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2008年11月の見聞録



11月3日

 湯浅誠『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書、2008年)を読む。ホームレスなどの貧困者を救うための支援活動を行っている著者が、現代の日本は副題にあるような「一度うっかり足をすべらせれば、すぐさまどん底まで転げ落ちてしまう社会」になってしまっているのではないかと、実体験を基に訴える。そもそも日本には生活できないような意味での貧困問題は、いまでもほとんど存在しないという意見が根強い。2006年に発表された内閣府の報告にも「日本が厳しい貧困状況にあるという結論を導き出すことは難しい」記されている。しかしこの記述は、アメリカの民間団体が「過去数年間で生活必需品を調達できなかったことがあるか」と700人に聞いたところ、調査対象国中で最も低かった、という結果のみに基づいている(97頁)。実際には、岩田正美『現代の貧困』が明らかにしているように、日本にはバブル期でさえも貧困問題は厳然として存在し続けていた。そして現在、雇用・社会保険・公的扶助のセーフティネットに引っかからずに、そこまで落ちてしまっている実例が、本書には幾つもあげられており、決して他人事ではないことが分かる。
 確かに、現在貧困状況にある人たちのなかには、真面目に働こうとしなかったという自分の責任にすぎない人も少なくないだろう。しかし、本書を読めば、自分ではどうしようもない状況にはじめからはまりこんでいる人もまた少なくないということが分かる。たとえば、冒頭に紹介されている1966年の男性は、12歳にして両親を失い、世話になった叔母の家では疎まれ、放り込まれた全寮制の学校になじめず中退。一人暮らしを始めるもその後。自衛隊を経て約30カ所の職場を転々とする。そして上京して結婚するが、妻もまた苦しい状況にあって、2人の暮らしは決して安定していない。
 この男性に対して、なぜ高校を退学したり仕事を辞めたりするのか、踏みとどまればいいではないか、つまり「根性が足りない」または「計画性がない」のだと自己責任論で責めることもできる。また、日本の世帯における平均年収は、平成18年で563万円だが(34頁)、平均以下の世帯が60.7%いるとしても、200万円あれば暮らしていけるのではないか、と反論する人も珍しくない。
 だが著者は、こうした自己責任論を「溜め」という概念に基づいて批判する。その基となっているのは、アマルティア=センの「貧困はたんに所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態となっている」という主張だ。たとえば、ニューヨークのハーレムの人間は、バングラデシュ人の平均所得を上回っているものの、40歳以上まで生きる確率は逆に低い。つまり、ハーレムの人々のほうが、生活上の望ましい状態を達成する潜在能力が欠けている。著者は、この潜在能力を「溜め」と呼ぶ。溜め池と同じように、それがあればいざというときに深刻なダメージを防いでくれるという意味で用いる。「溜め」は、お金だけではなく、いざというときに助けてくれる友人や家族も含まれる。苦しい状態においても、努力によって回避できた人は、「自分もできたのだから他人にもできるはず」と主張することが多い。だが、その際には、個々人が持つ「溜め」の大きさの違いを見た上で主張する必要があることになる。たとえば、自分を支援してくれる人間がいるかいないか、しかもどの程度親身になってくれるかは、人それぞれ大きく異なるのであり、その違いを無視して自己責任論を訴えることはできなくなる。となれば、貧困者を救うためには、その人の「溜め」を増やす努力こそが必要になる。
 著者は、そのための活動をしているのだが、小さい場所での活動によってこそ、制度をどう変えるのかという大きな話へとつながると考えている。実際に、ホームレス状態にある人の連帯保証人になっても、金銭的トラブルになるのは5%程度であったという実体験に基づき、彼らがアパート生活をしないのは、しようと思っても単にできないにすぎないからだ、ということを身をもって訴えているのは、その現れだろう。また、生活保護の相談に著者たちボランティアのメンバーが立ち会うことで、自分たちだけで相談すると冷たくあしらわれていた貧困者が制度的な支援を得やすくなった、というのも同様である。そして、彼らが自由に出入りできる喫茶店をつくることで、「溜め」を得られるようにするというアイディアも、現場にいなければ生まれなかったであろう。さらに、組合のようなものをつくり、月300円の会費で年2万円までをいざというときに受け取れるというシステムを設けているが、そこには公的な保護を得ることへの抵抗感を和らげるものがある。貧困問題の解決には、派遣会社による中間搾取を少しでも減らすべきではないかという訴えも、こうした活動に基づいているからこその説得力を持つ。
 こうした活動そのものは、賞賛すべきものであることを十分に認める。その上で、偉そうに書いてしまうのだが、著者の活動をさらに軌道に乗せるには、これをビジネスとして、経営基盤を拡大させるしかない気がする。それは下手をすると、著者が何度も厳しく批判している、弱者を食い物にする貧困ビジネスに連なる可能性もある。それどころか、揶揄する人間が絶対に出てくるに違いない。それに耐えて信念を貫くのは、ものすごい茨の道だろう。本来ならば、こうしたことは公的機関によってこそ担われるべきなのに、それをボランティアが為さねばならないというのも悲しいことなのだけれど。
 以下、メモ的に。冒頭に挙げた人物は、寝る場所がなく駆け込んだ教会にて「ここはみんなの場所だから、寝させてあげるわけにはいかない。その代わり祈ってあげるから」と追い出され、警察に相談すると「生駒山まで登ってまた降りてくれば夜は明ける」と言われたという(6頁)。2007年10月、厚生労働省は所得の低い6〜8%の人は生活保護世帯よりも貧しい暮らしをしている、と発表した。しかし、この調査結果は生活保護を受けていない貧乏人もこれだけいるのだから、という、生活保護基準切り下げのために活用された(101頁)。
 なお、貧困のなかで、家族を殺してしまう事例も少なくないが、そのなかに「他人に迷惑をかけてはいけない」と育てられたという人物がいた、とあるが、おそらくこうした人も少なくないのだと思う。この部分を読んだときに思い起こしたのは、宮部みゆき『火車』の、クレジットカードで破産に追い込まれるのは、余所から借金してでも頑張って返そうとする真面目できまじめな人間だ、と弁護士が主人公に説明した場面だった。


11月8日

 冲方丁『マルドゥック・スクランブル The Second Combustion−燃焼』(ハヤカワ文庫、2003年)『マルドゥック・スクランブル The Third Exhaust−排気』(ハヤカワ文庫、2003年)を読む(第1作目はこちら)。傷ついたウフコックと共に迎え入れられた科学技術発祥の地「楽園」で、前を向いて歩く決意をしたバロット。そのために、シェルの犯罪を裏付ける記憶データが保管された、カジノの4つの百万ドルチップを入手すべくポーカー、ルーレットに勝ち、そしてブラックジャックで最強のディーラーとという最後の大勝負に挑む。その後に待つのはボイルドとの死闘であった…。
 2巻と3巻のメインになっているのはカジノでのギャンブル勝負なのだが、その話に入る部分を読んでいるときに、まさかこんなにも長くこの場面が続くとは思わなかった。著者の後書きを読むと、最後の大勝負を書いているとき、カジノの場面を書くために5日間籠もっていたホテルの部屋で思いっきり吐いたそうである。勝負の熱にあてられたとのことだが、確かにそれも頷けるほどの力のいれようだ。『カイジ』を思いっきり濃密にしたような、とでも言うような描写は、確かに読んでいるこちらも異様な雰囲気に陥りそうになる。それでも第1巻と同じように、バロットの成長物語、という1つの筋が失われたわけではない。殻の外で生き残ると宣言し、そのために戦うと宣言したバロット。そして、死んだはずの過去を振り返らずに、埋葬して、前へ進むことを考える。こうした短い言葉でまとめてしまうと陳腐に聞こえるのだが、実際に読んでもらえば、その成長過程というのは、よく分かる。そして、こうした自分のやるべきことを自覚した後の成長が、ブラックジャックの最後の大勝負でカタルシスとも言えるほどの頂点を迎えたときの感覚は、確かに著者が吐き気を催すほどの熱にあてられたというのも頷けるほど圧巻である。
 1つメモ的に。「楽園」の管理者は、サメが人を襲うのは単なる好奇心にすぎないと述べ、好奇心こそが暴力的行為の背景にあると断ずる。好奇心によって人も動物も生きている「ことを知り、そのことに耐えられるものこそ人間と呼ぶべきだ」(2巻・142頁)と。好奇心というのはポジティヴに語られることが多いけれど、そのネガティヴな側面を知った上で、その重要さを語ったというのは珍しいのではなかろうか。


11月13日

 新村拓『痴呆老人の歴史 揺れる老いのかたち』(法政大学出版局、2002年)を読む。古代から近代に至るまで、日本では痴呆老人がどのように扱われてきたのかについて、史料に基づきつつ述べていく。
 平安期までの古代には老いと痴呆はネガティヴなものだったし、村民が村の秩序で規制されていた中世後期の惣村では、異質性が目立てば外へと排除されることもあった。ただし、そもそも東洋医学の観点からすれば、精神病理は気血の異常によるものであり、論理的には誰でも精神障害者になる可能性があった。加えて、老いて亡くなった親はやがて子孫の守護神となる、とする祖霊信仰のもとでは、老いた親の介護をなおざりにすることはできなかった。さらに中世になると、老人は世俗の規制から解放された身と捉えられ、長寿ゆえの経験に基づく知は、神に属するような畏敬すべきものとも見なされていた。そうしたなかで、痴呆は歓迎されない場合もあったが、老耄に由来するおかしな行為は誰にでも訪れる自然の摂理であり、そうした老人の介護者となる運命は享受すべきと考えられていた。
 けれども、西洋医学が導入されると、老耄は病という狭い文脈のなかでしか捉えられず、精神病の枠組に入れられてしまった。そして、養老院に対して否定的な見方が強いゆえに、老人介護に対する家族への負担が重くなり、老いに対する負のイメージが膨らむことへとつながった。
 本書の冒頭では、痴呆老人は1980年代に精神病院に入れられる事例が頻発したことを紹介しているが、それも近代医学の老いに対するまなざしの延長線上にあると言えよう。ところで、本書によれば、老人に対するイメージは、江戸期まではネガティヴなものばかりではない、ということになるが、これは一般的な理解をひっくり返すものではなかろうか。確かに、昔は親孝行という考え方は強かったのかもしれないが、前近代には姥捨て山のようなことがしばしば行われていた、というイメージの方が普通は強いと思う。たとえば、深沢七郎『楢山節孝』(新潮文庫)などの舞台も、私だけなのかもしれないが、勝手に前近代ではないかと考えていた。ところが、もし本書で提示されたような考え方が社会において主流だったのであれば、姥捨て山のような行為は江戸時代に行われていなかったことになる。これはあくまでも何の根拠もない想像なのだが、老人を捨てるという行為は昔から行われていたことだという言説が、近代に入って形成されたためではなかろうか。姥捨てに関する伝承を収集して、それがどのようにして形成されたのかということを探れば、何か面白いことが分かるかもしれない。
 以下、メモ的に。晩年の良寛は痢病と腹痛に悩まされ、寝床で糞尿を垂れ流すこともあり、最後は寝たきりになったという(1頁)。
 中世ならば尊ばれた楽隠居した老人も、明治期の啓蒙思想家の間では怠惰の象徴として非難されることが珍しくなかった。たとえば福沢諭吉は、個人を主体としている西洋と異なり、家を基礎としている日本では、楽隠居した老人が死ぬまでは財産が相続されないなど、彼らによる支配の弊害が生じている、と批判した(128〜129頁)。


11月18日

 今野敏『慎治』(双葉文庫、1999年(原著は1997年))を読む。いじめられっ子の慎治は、ビデオショップの商品の万引を強要されるのだが、その店の防犯カメラに写ってしまう。偶然その場に居合わせた担任教師である古池は、面倒なことを引き起こされるのが嫌だという理由で、慎治を自分の趣味の世界に誘っていじめから回避させようとする。それはプラモデルの世界であった。そして、自分の万引き現場が映ったビデオテープを取り戻すためのゲームに巻き込まれるなかで、少しずつ自分を取り戻していき、いじめに立ち向かっていく…。
 自分の趣味を全開にしたかのごとく、アニメやプラモデルに関する必要以上に細かい説明があるが、それはまあ微笑ましいものですむレベルだと個人的には思う。それよりもむしろいじめに立ち向かう方法として、教室や学校の外に場所をつくるという方法を提示していることのほうが重要だろう。これは、かつて橋本治『青空人生相談所』(ちくま文庫、1987年)のなかで示された解答と同じなのだが、その具体例とも言える。慎治が中国拳法を習って、いじめっ子と戦うための武器を手に入れるところなど、ご都合主義に見えなくもないが、小説なのだから、そういう希望があってもよいだろう。
 ちなみに、ビデオ屋の店長の言葉を借りて、日本のアニメの素晴らしさを語っているが、そう単純には言い切れないことについては、大塚英志・大澤信亮『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を参照のこと。


11月23日

 長山靖生『人はなぜ歴史を偽造するのか』(光文社知恵の森文庫、2008年(原著は1998年))を読む。タイトル通りの内容であり、日本において歴史的事実が偽造される過程を追う。そして、そもそもそうした偽造がなされる根本的な原因は、実際の自分とあるべき自分の落差に耐えきれず、自分にとって都合のいい物語を歴史に見出してしまうことにあるとする。
 本書で紹介されているような、徳川家康があやふやな系図を見つけ出してきた、つまりおそらくは偽造したのは有名だが、それ以外にも実例が幾つも紹介されている。たとえば源義経=ジンギスカン説。実は、この説は1885年に翻訳されたイギリス人の本によって日本人の間で人気を博することになったのだが、本当の作者はイギリス人を騙った日本人であった。末松謙澄という人物が、ケンブリッジ留学中に執筆したのである。漢文の文献を利用するのみならず、架空の欧米人からの引用という形で自説を補強していた。末松は、『源氏物語』の英訳を初めて行ったほどの人物だったのだが、極端に自尊心の強かった彼は、日本人が偉大であることを偽造してでもでっち上げることでその飢えを満たそうとした、とする(55〜61頁)。また、文明の起源が日本にあるという主張は決して珍しくないが、明治・大正期の英文学者としてプラトンの翻訳を初めて行った木村鷹太郎さえも、『古事記』こそが世界の超古代誌の真実を書いた歴史書と見なしていたという(68〜72頁)。そして、『古事記』に人類の起源を見出す大石凝の主張に進化論の影響が見られるように、最新科学の知識が巧みに取り入れられることが多い(73頁)。
 こうした偽史はフィクションのネタとして用いられることもあるが、戦前には少年少女向けの冒険小説に取り入れられ、それを信じてしまったものも少なくなかったようだ。たとえば、作家の伊藤圭一は、義経=ジンギスカン説を偽史と知った上でも、子供の頃に呼んだ小説が忘れられず、津軽を訪れた際に、ここから義経は北海道に渡ったのだな、と思わず考えたという(82〜83頁)。
 また、ムー大陸をでっち上げたチャーチワードの日本語訳は1942年に翻訳されているが、その序文にて訳者の仲木貞一は、ネイティヴ・アメリカンやマヤ文明もムーの後裔だと主張している。ここには、対アメリカ戦争が古代に失われた日本の領土を請求するものという論理が透けて見える。同様のことは、1928年に公開された『竹内文書』からも窺える。古代どころか明治以降の新造語すら混じったお粗末な偽書とはいえ、そこに記された世界中に散らばった諸民族が天皇のもとに集うユートピアを語ったこの文書は、「八紘一宇」の理想像に他ならなかった(99頁)。
 なお、本書の約3分の1を占めるのは、南北朝問題であり、熊沢天皇と南北朝正閏論争、特に後者が中心的なトピックとして扱われている。南北朝正閏論争については、単なる学問的な問題にとどまらず、政界まで巻き込んだ大論争に発展していったことを詳細に述べている。この辺りは個人的にあまり関心がないので、やはりメモ的に取り上げていくことにするが、熊沢天皇の問題で一番面白かったのは、GHQ絡みの部分。マッカーサーは天皇の戦争責任を追究しない立場だったものの、それに反対する者たちは、南朝の血を引くと自称する熊沢天皇に近づいたという。ただし、今まさに訪れる皇室の危機を救うのが自分の任務であると述べ出すと、GHQ内の反主流派は手を引いたという(130〜131頁)。また、南北朝問題に関して興味を引かれた箇所は、論争そのものとは全く関係ない幸徳秋水の話。秋水が否定する戦争とは、陰謀を巡らせ奇計を図る「女性的」な「美しくない」戦争であるにすぎず、公明正大な戦争は拒まなかったという。したがって、社会主義から無政府主義へと進んだのも、特に不思議ではないと言える(208頁)。
 なお、著者は自由主義史観の論者と誤解されることが多いらしいが、それに対してそうではないと否定している。むしろ、あらかじめ愛国的に選択された物語を、歴史教育として若者に施すことは欺瞞であり煽動であると述べ、愛国心と誇りある歴史とを切り離すべきだ主張している。この点に関しては同意だ。ただ、歴史家が一般書を書く場合には文学っぽくしてしまうことに問題があるというのは、歴史家を買いかぶりすぎだろう。むしろ無味乾燥な事実の羅列のようなものしか書けないから、小説家の物語ほどの影響力を持てないのではなかろうか。何も、史料の隙間を空想めいたロマンで埋めろといっているわけではない。著者の言うように、歴史家は小説家のように書くことは許されないけれども、だからといって実証のみに縛られた文章しか書けないのも問題なのでは、というだけだ。自由主義史観の批判として、あらかじめ選択された物語を用いている、と述べているが、歴史家の場合、自分自身も現在の観念に無意識に縛られているのであり、完全に客観的なものなど書けはしないという自戒がむしろ必要ではなかろうか。
 もう1つ気になるのは、偽書がはびこりやすいのは日本の体質、という記述がしばしば見られる点。江戸時代の職人は、諸役免許を得るために特殊な由緒を主張しなければならなかったため、その起源をでっち上げることがあった。だが、それを裏書きしてくれる権威者として、公家に頼るようになるであった。公家たちは、身分は高くとも生活は苦しいことが珍しくなかったので、両者の利害は一致したという(26〜27頁、ただし、これは典拠がよくわからない。すぐ後に笹本正治『職人と職人集団』という書名が挙げられているものの、そのタイトルの本が見つからなかった)。これに比べて西洋のギルドでは徹底した文献批判が行われ、それが今日に至っていると述べている。判断する材料を持っていないが、それは事実なのかもしれない。
 だがやはり、別に日本に限られたことではないと思うのだけれども。たとえば、皆神龍太郎『ダ・ヴィンチ・コード最終解読』に挙げられているシオン修道会に関する文書の捏造などはその分かりやすい事例だ。さらに、原聖『<民族起源>の精神史』によれば、中世ヨーロッパ諸国の王族たちは、自分たちの起源をできるだけ古く見せるために、ローマの伝説的な英雄たるアイネイアスを先祖と見なし、さらには『旧約聖書』のノアにまで遡らせている。これは疑うことなく偽造だろう。別に日本をいたずらに称揚する必要はないものの、日本だけを貶める必要もない。
 あと1つだけメモ的に。1942年、日本軍がマニラを占領したとき、司令部の主催で、「マニラ陥落豊太閤報告祭と祝賀行進」が行われた。これは、朝鮮出兵をして国威を発揚した英雄としての秀吉を讃え、その意志を継ぐことをアピールしたものたものであった(67頁)。このあたりの偶像化された秀吉像については、藤田達生『秀吉神話をくつがえす』にも触れられている。


11月28日

 スーザン=ヒル(幸田敦子訳)『ぼくはお城の王様だ』(講談社、2002年)を読む。イギリス郊外の古くさい館で、父親と一緒に暮らしている少年のフーパー。その館に住み込みで働く母親と共にやってきたキングショー。フーパーは、自分の家によそ者が入るのを嫌ってキングショーにつらく当たり、キングショーはそれに反発するため、両者の溝は決して埋まらない。そうしたなか、彼らの父親と母親が親しくなっていき、母親はキングショーの振る舞いを注意して、フーパーと仲良くするようにたしなめると、キングショーは自分が孤立していくように感じて、やり場のない絶望が蓄積されていく…。
 この本に出てくる主要な人物、フーパーとキングショー、そして彼らの父親と母親は、全員がエゴの醜さを前面に押し出していて、しかもそれを自覚していない人物ばかりである。フーパーの父親は子供たちの現実を見ようとせず、キングショーの母親に向かって、息子のために何もかも犠牲にせず自分のために時間を持ちなさい、と諭す。その背後には、自分がよき父親になりつつあるという自惚れに近い感情と、彼女に対する感情が芽生えてきているために、事を進めたいという欲求もある。彼女は彼女で、このチャンスをものにすればすべてが上手く行くと考えて、それまでは息子一辺倒だったのに、彼に気に入られて家族をつくるためにも、キングショーの振る舞いを我が儘なものと判断する。フーパーは、自分に逆らうことができないという立場を利用してキングショーをいじめる。
 一番最後の場面は、フーパーのいやらしさに思わず嫌悪感を抱くほど。最悪の結末を迎えたキングショーを見つけたフーパーは何を思ったのか。「ぼくのせいだ。やったやった、ぼくだ、ぼくのせいなんだ。そして、突き上げてくる勝利感に身を震わせた」(397頁)のだ。そのフーパーを守るかのように優しく抱きしめるのがキングショーの母親なのである。「フーパーは押しつけられた湿ったコートに顔を埋め、香水の匂いをかいだ」とあるが、フーパーは自分を構う彼女を嬉しく思いながら、実はあまり好きではないと独白している。つまり、彼女が好きなのではなく、彼女をキングショーから奪ったという事実のみで彼女の愛情を評価している。
 となると、キングショーのみが不幸で悲劇の主人公のように思えるのだが、読み始めれば、そんなことはないとすぐに気づく。確かに、キングショーはつらい立場にある。だが彼は、「誰も自分を分かってくれない」という思いからだけで、周りを見てしまい、客観的になることができない。子供だから仕方がないのかもしれないが、著者はその愚かさをも容赦しないかのような展開を盛り込んでくる。屋敷の近くの農村に住むフィールディングは、キングショーが唯一の味方と信じた少年であり、キングショーの悩みを聞いて自分の考えを正直に言ってくれる。本書の主要な人物のなかで、唯一よい人間として描かれているのが、このフィールディングである。しかし、フィールディングが屋敷に招かれ、フーパーと少しでも仲良くすると、裏切られたとキングショーは考えて、もう近づこうとしない。キングショーにとって、フィールディングは自分だけの仲間でなくてはならかったからだ。こうして、キングショーは自分から世界を狭くしていってしまっているのだ。子供がいかに残酷でずるがしこく、物わかりが悪いのか、その暗い部分を凝縮したという意味において、ラストとそこに至るまでの描写は素晴らしい。
 ところで、キングショーは自分を救うであろう希望を、通っていた寄宿舎のある学校へ帰ることに見出している。そうすれば、だが、結局のところ母親たちの決定でフーパーと同じ学校に通うことになり、その希望も潰える。かつて橋本治は、『青空人生相談所』(ちくま文庫、1987年)にて、いじめられている生徒に対する相談の答えとして、虐めている奴を憐れむと共に、部活に入ることなどによって、外の世界に自分の場所をつくりなさい、と答えていた。今野敏『慎治』の主人公である慎治はそれに成功したものの、本書のキングショーは残念ながら失敗してしまった。では、どうすればよかったのかというと、私には何も言えない。
 ただ、後書きによると、本書を読んで「自分だけじゃなかった」という感想を著者に述べる人もいるという。今でもそういう思いにある人が、本書を読んで何かを得られればよいのだが。「よく思うのだが、なぜ、なんのために、小説を書くかといえば、結局はこれに尽きる−あなたはひとりぼっちじゃないんですよ、と伝えるため」(403頁、著者のあとがきより)。福本伸行『賭博黙示録カイジ』(ヤングマガジンC)第8巻の超高層鉄骨渡りの場面で、人間は孤独だが、言葉を発信することで、たとえ細いつながりではあっても、そこから存在をお互いに確認し合うことができる、とカイジが悟った場面を何となく思い出した。


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