雑想庵




(2000年10月10日開設)

当庵は、見たり・読んだり・聞いたりした色々なものについて考えたことを
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2019年2月27日更新<見聞録>)

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本日の呟き(7月26日) (バックナンバーへ

「今のままじゃ、Jリーガーになれても日本代表としてW杯に出るのは無理」スペインで活躍する柴崎岳が変わるきっかけとなった青森山田高校・黒田監督の言葉サカイク
「褒められ慣れてしまうのは、すごく危険だと思います。なぜなら、自分ができること以上の要求をされたことに対して、ストレスを感じるようになってしまうからです。今まで70%、80%の力でプレーしていたことに対しても、安易に褒めてしまうと、それを100%のプレーだと勘違いして「これが自分の全力のプレーなのだろう」という思考が働いてしまいます。安易に褒めてしまう指導は「無責任」なことです。さらに向上できるよう導くことが適切な指導だと考えています。」
 教育において大事なことは褒めることだと思っていたが、それだけでもダメだというのは肝に銘じる必要があるな、と。
*

当庵の覚書(2008年3月更新)
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見聞録の書斎(2月27日更新) (追記の更新目録はココ
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最近の見聞録


2月27日

 笠谷和比古『武士道の精神史』(筑摩書房(ちくま新書)、2017年)を読む。タイトル通り武士道について論じたもの。NHKのラジオ文化講座で述べたものをまとめているので、武士道の性質や歴史的変遷をトータルで述べているというよりは、武士道に関する個々のテーマをトピック別に集めた感が強い。武士道以外に関する記述に興味深いものが多かったりする。
 以下メモ的に。1642年に発行された『可笑記』は、このような馬鹿な真似をするとお家が潰れる、という批判的な内容が記された武士の教訓書である。この作者である、斎藤親盛は、最上家の改易に伴い主君と禄を失い、再仕官も叶わなかったので、教養を活かして文筆で生計を立てるべく、この書を記した。『徒然草』を模しつつ無能な武士の姿を批判的に描いた本書は、好評を博して何度も刷りを重ね、近世小説の祖型をなしたと評価されている。本書には武士道という言葉が10箇所ほど出てきており、「命を惜しまないことばかりが有能な侍ではない」と明言しており、人間としての徳義を磨き涵養することこそが武士の心得と述べている(76~79頁)。
 平和になった江戸時代において、農民の安全を守るという大義名分を失った武士たちは、年貢を納めさせる理由として行財政の分野の役職に目を付ける。ただし、ポストは武士全員に用意されたわけではない。武士であることによって禄や知行はもらえるものの、無役と記された。こうした変化が武士道の観念の変容と関係していると思われる(84~86頁)。
 薩英戦争において薩摩藩は、炸裂弾であるペキサンス砲によって応戦した。3000メートルの射程距離を誇る攻撃で、直撃を受けたイギリス艦隊の旗艦ユーライアラスの艦長と副館長は即死した。イギリス海軍は砲戦を避けて鹿児島の町を砲撃によって焼き討ちにして帰って行った。つまり、薩英戦争は薩摩藩ではなくイギリス軍の方がダメージは大きかった(94~95頁)。井上勝生『開国と幕末変革(日本の歴史18)』にどう書いてあったのかを調べると、イギリス軍は戦死者13名を出し、薩摩藩は死傷者を出さなかったものの、「市街の消失など、被害は甚大であった」(291頁)とあった。
 幕末の水戸藩はヨーロッパの最新式の軍事技術の最先端であった。当時の藩主徳川斉昭のもとで欧米の文化と技術を説いた会沢正志斎は1825年に記した『新論』にて、アジア以外の世界を支配したヨーロッパ人は、アジアで植民地化を進めており、中国や朝鮮、日本にも必ずや来る、と述べている。これはアヘン戦争よりも15年前の指摘である(98~99頁)。
 『葉隠』には、主君の名とあるならば、まずもって謹んで承るべきである(「仰せ付けにさへあれば理非に構わず畏まり)という文章に続いて、納得がいかなければ何度も訴えかけるべし(「さて気にかなわざる事はいつ迄も訴訟すべし」)、とある。したがって、ただ黙って従うことが忠義ではないと説いている(104~105頁)。
 江戸時代において、武士は大刀と小刀の二本差しであったが、初期には一般庶民も50センチ程度の脇差しを腰に差していた。護身用のためである。一般庶民が町中で脇差しを指さずに丸腰で歩くようになったのは、元禄時代以降のことだろう。それ以後も旅に出かける際の護身用やハレの日の正装として刀を携帯する場合もあった(151~152頁)。
 江戸時代に盛んに行われた頼母子は、参加者がそれぞれ出資額を持ち寄りくじに当たった人物がそれをすべて得ることができるというシステムである。ただし、参加者の人数と同じ回数だけ出資は行われ、くじに当たれば次からはくじを引く権利を失う。つまり、1人1回はまとまったお金を手に出来た。それによって新たな事業を興したりしていた(167~168頁)。
 江戸時代の三行半は、夫が妻を追い出すために使われたのであって、当時の女性の弱さや従属性を示す代名詞のように言われがちである。しかしながら、むしろ妻が自由を獲得するために夫から奪い取る離婚確認書であり、再婚許可証というのがその本質であった。既婚女性が三行半をもらわずに夫以外の男性と駆け落ちすれば不義密通で死刑であるため、どうしても三行半が必要だった(187頁)。
 江戸時代までの忠義は、自己の主君に対するものであった。ところが明治時代には、忠義は天皇ただ一人に対して果たされるものとなった。そのため赤穂浪士の物語がネガティヴに捉えられることもあった(194頁)。
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2月17日

 松永正訓『子どもの病気 常識のウソ』(中央公論新社(中公新書ラクレ)、2017年)を読む。タイトルが示す内容についてのオンラインでの連載を、加筆修正してまとめたもの。本書は小児科医が書いている点で信頼性は高い。そもそも、ネットの情報に誤りがあってもその真偽を確認できないのは、明確なソースが挙げられていないという理由が大きい。その意味で本書も何らかのソースを挙げてくれれば、より信頼性が高まると思うのだが、さすがに煩雑になってしまうからやめたのだろうか。その点で、エミリー・オスター『お医者さんは教えてくれない妊娠・出産の常識ウソ・ホント』は徹底していたなと思う。なお、病院はどんな病気も治せるわけではない、と頭では分かっていても、患者とその家族は少し上手くいかないと責めてしまいがちなのだが、医者としてのそうしたことへの対応の苦労がにじみ出ている気がした。
 以下メモ的に。風邪を引き起こすウィルスを殺すための薬は存在しない。したがって、風邪がひどくならないうちに受診すれば早く治るというわけではない。風邪薬を飲んでも飲まなくても、免疫細胞がウィルスがウィルスを駆除するまで風邪の症状は続く(48~49頁)。風邪を治すのに可能なことは「暖衣・飽食・睡眠・衛生」という基本的なことをきちんと行うしかない(52頁)。なお、体温は朝は下がっていて、午後から上昇に転じる。したがって、子供が24時間平熱をキープできてから通園させるべきである。そうでないと悪化してしまう(74~75頁)。
 子供が真夜中に熱性けいれんを起こした場合、普通の熱性けいれんならば5分以内に収まって、気持ちよさそうに眠るかぱっちりと目が醒める。5分を超えたら救急車を呼ぶことを考慮すべきで、保険証などの準備をする。10分を超えたら救急車を呼ばねばならない。この場合には、脳炎やインフルエンザ脳症の可能性が高い。きちんと早めに対処しないと、脳に大きなダメージが残る(65~66頁)。
 クル病の予防のためにも、夏ならば涼しい時間帯に10分、冬ならば暖かい時間に小1時間、日光を浴びるべきである。なお裸になる必要はない(101頁)。
 インフルエンザにかからないためには、加湿器を使って湿度を55~60%に保つ必要がある。空気清浄機は、花粉症やインフルエンザを完全に防ぐことは出来ないので、補助的な役割と思っておいた方がよい(102頁)。
 鶏卵を食べると顔が赤くなる子供は多い。ただし、そもそも1歳半までくらいまで鶏卵を食べてもアミノ酸のレベルにまで消化できない。子供の腸が成人なみの強さを持つのは1歳半くらいと考えられている。実際1歳半くらいまで卵アレルギーの大半は消える。ただしそれまで卵を控えるのはかえってよくない。生後7~8ヶ月まで待ってから、固ゆでのゆで卵の黄身をひとかけらだけ食べさせる。初日はこれで終わらせる。2日目にはふたかけら、と徐々に量を増やし黄身1個を食べさせる。次に固ゆでの白身をひとかけら食べさせる。1歳までに全卵の2分の1が食べられれば優秀である。スープに溶き卵を入れる際には、がっちり加熱する必要がある(132頁)。
 ステロイド軟膏は「人差し指第1関節の長さ(約0.5g)で手のひら2枚分」のルールを守っていれば副作用は起こらない。ステロイド軟膏に危ないイメージが付いたのは、1990年代に大手メディアがバッシングを行ったことに一因があるのだろう(144頁)。
 悪くない黄疸では、肝臓から胆道を通って胆汁が腸の中へ流れるので、便の色が黄色から茶色になる。胆道閉鎖症は、胆汁が腸が流れないので、便に色が付かず、白・灰白色・薄いレモン色になる(なお、代わり尿の色が濃く褐色になる)。このチェックは生後2週と1ヶ月と1~4ヶ月の3つの時期にチェックせねばならない。この病気は先天性ではないためである(163頁)。
 異物を飲み込んだ際に、最も狭いのは食道であり、胃まで到達した異物はたとえ釘のようなものであっても、早ければ48時間以内、遅くとも1週間以内に排出される(235頁)。小さいのに危険なのは複数個の磁石であり、良くあるのは貼るタイプの磁気治療器である。2個以上の磁石は、小腸の壁を隔てて腸と胃をがっちりくっつけてしまい、腸捻転の原因になったり腹膜炎を起こしたりする。なので、磁気治療器を2個以上飲み込んだら即座に入院である。アルカリボタン電池も危険である胃酸によって金属が溶けて、中のアルカリが出てきて、胃の粘膜に損傷を与えるからである。これも病院で磁石を取り付けたチューブによって取り出してもらわねばならない(236~237頁)。リチウム電池は最も危険であり、食道に引っかかって放電するため、30分から1時間で食堂の壁に損傷を与える。なので、救急車を呼ぶか、掛かり付けの小児科で順番を待たずにすぐ診てもらうべきである(238頁)。
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便利な商品コーナー

かつて、「茶の間の呟き」で紹介したことのある商品の中から、
個人的に使い勝手のいい物をピックアップしています。

SX-CL02MSV (2009年5月7日)
 ノートパソコンの背面下部に置いてUSBにつなぐと風を送ってくれて、ノートパソコンの底面を冷やしてくれる(なお、バスパワータイプのUSBハブにつないでも作動してくれている)。これはかなり劇的な効果があるので、パソコンの熱さにお悩みの方は是非。なお、これはB5サイズ用で、A4サイズ用はSX-CL03MSVになる。


ブックストッパー (2009年5月7日)
 洗濯ばさみに分銅のようなおもりが付いたようなもので、見た目はかなりショボイのだが、本の両端にはさんでおけば、常に見開き状態にすることができる。文庫や新書、ペーパーバックなどを見ながらパソコンに情報を打ち込むのに便利。2つ一緒に用いないと使いづらいので、買うならば2つ一緒に。


桐灰カイロ 上からはるくつ下用 5足入 (2014年2月25日)
 靴下の裏から貼るカイロだと、冷たくなったときに硬くなってしまい、歩いていると足の裏が痛くなってしまうのだが、上から張るのだとそうならくて便利。


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