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2019年11月の見聞録



11月4日

 吉川徹『日本の分断 切り離される非大卒若者(レッグス)たち』(光文社(光文社新書)、2018年)を読む。簡単にまとめてしまえば、現在の日本において、社会を主として担っている30代から50代の日本人を、壮年(1955年から1974年世代)と若年(1975年から1994年世代)、男女別に分けて、その上で大卒層と非大卒層という区分を加えて8つに分ける。それらの各層の置かれた状況に関して、仕事・経済状態・資産・親子関係などについての第7回SSM調査(2015年)と、社会的態度・社会活動の経験や頻度などについての第1回SSP調査(2015年)という大規模階層調査の結果を用いて分析した結果、今後の日本を担うべきはずの非大卒若年層、特に男性(Lightly Edugated Guys=LEGs(著者の造語))が不利な生活条件に置かれていて、政治的な声もあげにくい状態に陥っていると指摘する。結果として、将来の日本を担うはずの1/8の人間が、自分以外を支えるだけの余力を持っていない、とする。
 学歴による社会での差異については、これまでにも触れている文献もあるが(たとえば、戦前についてのものならば、竹内洋『学歴貴族の栄光と挫折』)、国家レベルの統計調査に基づいて、しかも詳細なデータに基づいて論じている点において、説得力があるものに仕上がっていると思う。
 その上で少し気になったのは、大卒の階層の区分に関して。本書では、同じ大卒でも違いはあるが、日大卒層との違いほどのものではないとしている。これに関して、少し違和感を感じたのは、2000年代後半にとある下位ランクの大学にて非常勤講師をしていたときに、興味深いデータを知った経験があるため。その大学では就職率が80%台後半ほどあった。まずまずの就職率だなと思っていたのだが、とある学部の人数が受講生名簿の学籍番号の番号よりも明らかに少ないなと気付いて就職課で尋ねたところ、あくまでも就職課に登録している学生に対する就職者数の比率であり、在校生全体ではない、とのことだった。つまり、登録すらせず就職活動すらしていない学生が、そこそこいたのであり、学生全体の就職率はおそらく6割ほどに落ちそうな感じだった。あくまでも個人的な経験に基づくことであり、この大学での事情だとは思うのだが、下位ランクの大学ではそれほど変わらない姿が見られるのではなかろうか。
 なお、1990年代に出版されていた『就職の王道』(JICC出版局、1994年)は、大学のランクを5つに分けて、どのランクはどの企業に就職できるか出来ないかを露骨に論じていた。さらに、溝上憲文『超・学歴社会 「人物本位」「能力重視」の幻想』も、人事担当者への取材を基に、現在でも企業は就職から昇進までにおいて学歴を重視している実態を指摘している。なので、学歴に基づく分断を論じるのであれば、やはり大学のランク別の検討も必要ではなかろうか。それとも現在では、大学ランク間での相違はなくなってきているのだろうか。ただし、まずは非大卒層が置かれた状況の指摘が大事ということで、論点を絞ったのかもしれない。
 以下メモ的に。SSP2015において、夫が家事や育児をするのは当たり前だ、という質問において現役世代の男性(1368人)の「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の肯定回答は67.1%であったが、現役世代の女性(1608人)は55.0%にとどまった。これに対して、男性は外で働き、女性は家庭を守るべきという質問では、現役世代の男性(1369人)の肯定回答は26.3%であったが、現役世代の女性(1607人)は19.0%であった。ここには、男性と女性がそれまでそれぞれの性別の領域に属するとみなしていた分野に対する既得の主導権を守りたいという意識がうかがえる(74〜78頁)。
 離職回数に関して、壮年男性の非大卒と大卒では、3回以上の離職経験があるのはそれぞれ30.3%と13.5%と大きな開きがある。若年だと24.0%と8.8%になる(134頁)。
 大卒層と非大卒層のいずれも、同じ階層の出身者と結婚する割合は6割強から8割弱である(145頁)。あくまでも個人的な感想だが、この数値は以外に低い気がする。特に若年大卒女性における非大卒の男性と結婚する割合が31.5%もあるのはかなり高い気がする。若年大卒女性は、とりわけ同一階層へのこだわりが強いように感じていたので。
 47都道府県の半数は、大学数が10に満たない。だからこそ、大学進学を志す若者は都市部へと流出せざるを得ない。増田寛也編著『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』が指摘する地方からの若者の流出は学歴の問題が関連している(152〜154頁)。
 SSP2015における上層帰属(10段階)・自由度(5段階)・生活満足度(5段階)・幸福感(11点満点)におけるポジティブ感情の標準偏差を算出すると、非大卒層がやや低めである。若年大卒男性が50.75、若年大卒女性が52.07、若年非大卒男性が48.81、若年非大卒女性が49.58、壮年大卒男性が51.81、壮年大卒女性が51.72、壮年非大卒男性が47.94、壮年非大卒女性が48.69である(173頁)。社会的活動についても、仕事への関与度・社会参加・政治関与・高級消費・文化的活動の5項目にて、非大卒層は低めである。若年大卒男性が50.21、若年大卒女性が50.61、若年非大卒男性が46.72、若年非大卒女性が46.68、壮年大卒男性が53.11、壮年大卒女性が53.13、壮年非大卒男性が48.98、壮年非大卒女性が49.50である(185頁)。
 SSM2015における喫煙率は、若年大卒男性が31.9%、若年大卒女性が7.1%、若年非大卒男性が52.2%、若年非大卒女性が24.1%、壮年大卒男性が32.7%、壮年大卒女性が7.4%、壮年非大卒男性が48.0%、壮年非大卒女性が17.7%である(202頁)。


11月14日

 宮部みゆき『希望荘』(小学館、2016年)<を読む。杉村三郎シリーズの『ペテロの葬列』の続編。一人になってしまって探偵業を始めた杉村が関係した4つの事件を取りあげた短編集。なお、4つのうち2つは、それなりの役割を与えられていた脇役が重要人物だった、というパターンでは同じだったりする。ミステリのトリックとしては特にすごいというわけではないのだけれど、やはりちょっとしたことであらわになる悪意と、それが運悪く悲劇を導いてしまうというのを描くのが上手い。その一方で、必ずしもいつも現れるわけではないのだが、ほんの少しだけ見出せる光を描くのも上手いと感じた。今回でいえば表題作において、亡くなった祖父のようになればいいとといった杉村に対して、孫の高校生が「「無理だよ」と言った。「じいちゃんは、じいちゃん一人だけだ」 地道に働き通した市井の人に捧げる、これは最高の墓碑銘だろう」(185頁)という場面。古代ギリシア・ローマには歴史に残らない庶民の墓碑が今に至るまでいくつも残っているが、本当にありそうな感じがするくらいである。


11月24日

 西山隆行『アメリカ政治講義』(筑摩書房(ちくま新書)、2018年)を読む。アメリカの民主政治、大統領と連邦議会、連邦制がもたらす影響、二大政党とイデオロギー、世論とメディア、移民・人種・白人性、税金と社会福祉政策といったアメリカの政治に関する諸項目を取りあげて解説する。前著の『移民大国アメリカ』よりも入門書の趣が強いのだが、私のようなそれなりの知識しかない人間にも分かりやすく、さらに様々な情報が込められているので、タイトルに興味があれば読んで損はないだろう。
 以下メモ的に。アメリカでは投票率が低く大統領選挙は50%くらい、州や地方の選挙では10%くらいしかない場合も多い。その大きな理由として1つは選挙が多すぎることがある。もう一つは、住民票のないアメリカでは、選挙をするためには有権者登録をする必要があるため、手間がかかってしまい足が遠のくという理由もある。さらに、有権者登録の名簿が陪審員を選ぶときの名簿に使われるので、登録をしたくない人もいる(29〜32頁)。
 アメリカでは、重犯罪者、あるいは元重犯罪者の投票権が剥奪されており、現在は人口の2.5%程度が相当している。特に黒人の割合が高く、黒人の13人に1人に当たる223万人が投票できない状態にある。黒人男性の約32%は生涯のうち1度は刑務所に入るため、投票権を失う比率が高い(38〜39頁)。
 アメリカの閣僚はMinistryではなくSecretaryである。したがってあくまでも行政権をもつ大統領を補佐するにすぎない(51頁)。
 ニューディール期からごく最近に至るまで、民主党は利益集団の連合体であったのに対して、共和党はイデオロギー志向が強かった。1970年代頃まで、アメリカは経済成長に伴う税収の増加という状況に際して、利益分配を得るべく民主党という勝ち馬に色々な団体が連合していた。こうした民主党が優位であった状況の中で共和党は、保守勢力の挽回を目指すための団結を行った(120〜122頁)。
 アメリカの45歳から54歳の死亡率において、白人は例外的に上昇している。大きな理由は薬物やアルコールの過剰摂取と自殺の増加である。2000年から2012年において、前者は10万人あたり10人以下だったのが30人へと増え、後者は15人強だったのが25人強へと増えている。ここからは白人の社会に対する絶望がうかがい知れ、これがトランプ現象へとつながった(176〜177頁)。


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