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2002年12月の見聞録



12月1日

 板垣恵介『バキ』(少年チャンピオンC、秋田書店)15巻『バキ特別編』(ヤングチャンピオンC、秋田書店)を読む(13巻はココ)。ドイル編と柳龍光編の間に、梢と刃牙の性交が初めての行われるのだが、そのシーンを特別編で描いている。「性交」なんていう書き方をしたのは、その方がしっくりくるから。この特別編のエッチの場面の濃さははっきり言ってやらしいというより怖い。2人がキスした場面でお互いが感じあう場面など、2人の脳内断面図が見開きカラー頁で描かれてる。終わった後の場面では部屋の中にティッシュのくずが無数にさん散乱しているし、あんたら、何回やってるねん。熱いバトルを描く漫画家にとっては、セックスも戦いなんだな、と。
 ちなみに、このマンガは18禁にしなくてもいいのだろうか? バイト先の店ではメインの平台に置いて、『新装版らんま1/2』の横に積んでるけど。


12月4日

 金谷武洋『日本語に主語はいらない』(講談社選書メチエ、2002年)を読む。タイトル通りの本で、三上章『像は鼻が長い』(くろしお出版)の改訂版とでもいった趣か。現代の欧米の原語において主語は構文上必要なのに対して、日本語の「主語」にあたるとされる「は」や「が」は、述語の補語にすぎず、さらには「は」はマルチな意味を持つ助詞であるとする理論の持っていき方は、日本語における主語の必要性を訴える議論よりもただしそうに見える。
 ただ、これはまったくの想像なのだが、日本語における主語論は、1970年代以前には日本人の近代化が遅れていることの論拠として使われていたのではなかろうか。曰く「日本人は主語を使わないから、主語を使って個人を主張する欧米のような近代個人主義に到達し得ない」のように。この本の中で少し引っかかるところは、著者は主語不要論を訴えることで欧米の文法を日本語にあてはめることの無意味さを訴えつつ、そのあてはめが欧米の悪しき影響を日本に与えているとしていることだ。そして、著者が日本語の教育をしてるケベック礼賛の文章が、最初と最後では述べられている。行き着くところは、結局日本の後進性という点で主語必要論者と同じというのは、なんだかしっくりこない気もする。まあ、序文と後文で述べることによって、議論の導入やちょっとした理由付けを行っているためなのかもしれないが、議論が安っぽい日本論のようになるから不要なのでは?
 あと、近代文法論以前の日本語教育はいかなる形で行われていたのかということも気になる。もし主語不要論が正しければ、江戸以前の文法書では当然のことながら主語・述語の説明はないはずだ。また、井上史雄『日本語ウォッチング』で触れられているような長期的な日本語の変質は関係しているのかな、と。もっとも、この問題は文法学者よりも歴史学者の仕事なのかもしれないが。
 それと、日本語における言文不一致と欧米における言文一致の構造と、この問題は関係しているような気がする。前者が後者よりも遅れているのではなくて、違っているというだけの話。この問題については、すでに橋本治『蓮と刀』(河出文庫)で追求されているけれども。


12月12日

 きら『シンクロオンチ!』(クイーンズC、集英社)1巻を読む。26歳のOL・松たま子はやせたいと思いスポーツクラブで水泳を始めたのだが、そこで美男子のシンクロコーチ鎌田と出会い、シンクロを始めることになる…。彼氏の意見にすぐ合わせてしまうたま子がへたくそながらもシンクロにのめり込んでいくことによって自分を主張し始めるようになる過程を描いているのだけれど、このネタで長期連載は出来るのかな? ちなみに、コーチの親友のゲイの銀太がいい味出してる。


12月27日

 佐藤俊樹『00年代の格差ゲーム』(中央公論新社、2002年)を読む。『不平等社会日本』(中公新書、2000年、私は未読)の作者が、その出版後に書いたコラムっぽい文章を集めたもの。『不平等社会日本』を読んでいないので、断言は出来ないのだが、この人はお題を編集側から与えられることが多いコラム向けの人ではないような気がする。むしろ、緻密に議論を組み立てる余裕がある書籍の書き下ろしか、専門用語をフリーに使える論文の方がたぶん向いているのではないかと。
 なお、『論争・中流社会』を読んだときに書いたが、意識の上での平等感が崩れたことこそが、階層分化が実感され始めた原因ではないかと書いたが、このほんの最初に収録されている、能力主義は評価する側により大きな重圧が掛かるというエッセイを読むと、平等の方が楽だったから平等にしておいたということもあるのかもしれない。
 また、マルクス主義者の大学教授でもその子供はホワイトカラー雇用上層に当てはまるという指摘はまさにその通りであろう。思えば、貧困の中で暮らし続けたマルクス本人は、その境遇の中でも厖大な著作を残していったという点で偉大だったのだな、と。


12月31日

 樹なつみ『八雲立つ』(花とゆめC、白泉社)1819巻を読む(17巻はココ)。闇己は自らの体に念を取り込み、自らの体を七地に神剣で突き刺させてすべてを浄化する…。うまいことまとめたなという感じ。最後の最後で「転生」というというオチにはびっくりしたけど。ただ、この落ちもじっくり読んでいた人には分かっていたのではないかな。巻ごとに間をあけて読んでいたため、途中で話の流れが読めなくなってしまったこともあったが、作者自身は最初から最後のシーンを決めていたのだろうな。


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