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2018年12月の見聞録



12月9日

 植村和秀『ナショナリズム入門』(講談社(講談社現代新書)、2014)を読む。タイトル通り、近代のナショナリズムについて概観したのち、日本・ドイツ・ドイツと東欧・ユーゴスラヴィア・アメリカ・イタリアとフランス(とアルジェリア)とイギリス、ロシアとアラブ諸国、東アジアなどを地域別にみていく。本書の核となるのは、ナショナリズムを人間集団単位のネイション形成と地域単位のネイション形成として分けてみていくということだろう。前者が「民族」的なネイション形成、後者が「国民」的なネイション形成という表現に近い。後者の場合は地域の住民はネイションの一員でなければならないというこだわりが強く出る。これに対して前者の場合には、人間集団の一員はネイションの一部でなければならない、というこだわりが強く出る。ただしこちらの場合だと、地域単位で国境線を定めてまとまる近代国家との関係を保つのが難しくなる。前者のように、地域単位のネイション形成を活用して、多様な人間集団を統合しやすくはないからである。あえて乱暴にまとめてしまえば、後者は西ヨーロッパであり、前者はロシアや東欧であるということになる。ただし後者には、神聖ローマ帝国が存在していて東欧への移民を行ったドイツが含まれる点が興味深い。
 ナショナリズムの基本について抑えつつ、世界各地の具体例から消化している点で、優れた入門書であると思う。各章の末尾には参考文献も紹介されていて、さらに学ぶのにも便利であり、ナショナリズムを学ぼうとする場合も教えようとする場合にも有用だと思う。ただし、1つだけ気になったのが、中国のナショナリズムに関してネイションの活力を高めるためには民主主義の仕組みを取り入れることが不可欠とあるところ(250頁)。おそらく著者がそのようなことを思っているはずはないであろうが、民主主義がまずは必要だという安易な考えを持ってしまう読者も現れてしまう気がする。民主主義の仕組みがベターであるのは間違いないが、それが絶対でないことはポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実』などの本を読めばよく分かるので。
 なお、あとがきに、「しっかりとした新書と選書を一〇〇冊読めば、それだけで十分、教養が身に付くのではないか、ということです」(282頁)とあるのは、まさにその通りだと思う。ただし、専門分野に限らずに幅広く、しかも学生が面白く感じるようなものを紹介できるだけのストックが(自分自身も含めて)教員にあるのか、という問題もあるが。ちなみに、主に政治史的な観点からの説明なのであえて含まなかったのかもしれないが、日本のナショナリズムにおいて浅羽通明『ナショナリズム』は挙げてもよかった気がする。
 以下メモ的に。明治人の感覚には、江戸時代とは異なるネイションが目覚めて起き上ったという開放感があったと考えられる。しかし昭和戦前期には、そうした解放感が失われた閉塞感を感じるようになってしまった。そうしたなかで、ネイションにこだわる人々は、異物と感じる有力者への襲撃を頻発させる(54頁)。さらに、ネイションのために自らの身命を賭するとよりも、事故の力不足をネイションによって埋め合わせようとする(56頁)。
 1937年に出版された『ドイツ歴史地図帳』の表紙裏には、国内に6500万人のドイツ人が暮らし、国境の外に3000万人のドイツ人が15か国に別れて暮らしている、と記されている。この数字は誇張があるにちがいないとはいえ、国外のドイツ人が第1次世界大戦の敗北によるドイツの劣勢によって苦境におかれていたのは間違いない(105頁)。こうしたなかで、ビスマルクによって国家的にネイションを形成したドイツは、ヒトラーによって文化的な再形成へと進んでいく(106頁)。実際に第2次大戦後には1000万人以上のドイツ人が東欧から脱出している。そしてヒトラーによって、東欧は人間集団のネイションへと強制的に再編成されていく。それを引き継いだのがソ連のスターリンであった(107〜113頁)。
 イスラームにおいて、啓示はアラビア語でアラブ人に下ったためにアラブ人とアラビア語であることとイスラームであることには強い結びつきがある。ただし、地域差はあるものの、部族的な系譜意識もあるために、イスラームと国家の関係は複雑になってしまう(218頁)。


12月19日

 安藤至大『これだけは知っておきたい働き方の教科書』筑摩書房(ちくま新書)、2015年)を読む。働くことと日本型の労働についての説明を行う。もう少し深いものを想定していたのだが、これから働く若者のためのガイドブックという感じで、個人的には肩すかしであった。これはちくま新書と言うよりはちくまプリマ−新書に収録した方がよかったのでは? ただし、いくつかの興味深い文献を知れたので、その点では収穫はあった。
 以下メモ的に。正規雇用と非正規雇用の人数は、1985年には3343万人と655万人、2000年には3630万人と1273万人、2013年には3294万人と1906万人となっている。正規雇用が減ったと言うよりは非正規雇用が増えたと言える(83頁)。なお、この調査は総務省の「労働力調査」に基づくはずなのだが、本書での出典の言及がやや曖昧なので違うのかもしれない。こうした非正規雇用の増加は、自営業者とその家族従業員が減ったことと関わる。自営業の商店や飲食店が廃業して、コンビニやチェーン展開される飲食店に置き換えられた結果として、非正規雇用が増えた(95頁)。なおこの指摘については、具体的な出典やデータは特に挙がっていない。


12月29日

 竹内康浩『中国王朝の起源を探る』(山川出版社(世界史リブレット)、2010年)を読む。タイトル通り、周までの中国の歴史を近年の研究も踏まえて解説していく。必要があって読んだのだが、決して面白みがあるとは言えないものの、基本的な事実はおさえられるので、タイトルに興味が持てれば読んでもよいだろう。
 以下メモ的に。夏王朝の実在について疑われているのは、出土文字資料によって確認できない点にある。中国人研究者は二頭里遺跡を夏王朝と見なしている。確かにこの遺跡は殷に先立つ重要な文化遺跡であるが、「夏」と呼ばれる組織であると示す出土文字資料は確認されていない。そのため、後世の文献にて「夏」と呼ばれた王朝と見なしうるのかが確定できていない。ただし、殷に先立つ王朝がなかったと言えるわけではなく、あくまでもそれが夏と呼ばれた王朝かははっきりしないという意味である(41〜42頁)。
 国家=王朝ではないので、王が存在することで形成される「この世の秩序」がいかなるものであり、その権威や権力のも目的や源泉が何であったのかが分からなければ、王朝史としては不十分である(45頁)。
 殷墟には、宮殿や宗廟区、王稜区、住居群、中小墓、青銅器製作址など多くの遺跡があるものの、城郭は発見されていない。そのため、都市や王都ではなかったのではないかという疑問は消えない。ただし時間をおいて建て増しされており、長期間にわたって使われた場所であるのは間違いない(55頁)。
 殷墟文化の青銅器は、製造が簡単なそれ以前の小さいものや平たいものに比べて酒器が多く青銅器に対する特別な意味づけが成立していたと窺える。技術力の高い殷の青銅器は、王室関係者が用いただけではなく、貢納に対する見返りとして王室から配分されたものとも考えられる。王室の宗教権威をもって聖化された祭司の道具の受領によって、王室の祭祀の体系と結ばれたわけである(58〜59頁)。
 西周の封建は同姓諸侯を各地へと使わし、安定した支配を望むために行われた。魯公、康叔、唐叔の3人に対しては、重要な祭器と共に殷人や殷に服事していた人間集団が賜与されている。それぞれの現地の習慣に適応する形で支配を行っており、急激な変化によって軋轢が生じないように配慮している(77〜78頁)。


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