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2011年9月の見聞録



9月9日

 佐々木毅『プラトンの呪縛 二十世紀の哲学と政治』(講談社学術文庫、2000年(原著は1998年))を読む。プラトンは、19世紀までは主として哲学的な対象であったが、自由主義者の間では批判も行われていた。それが受け継がれた19世紀末から20世紀初頭には、プラトンを援用したエリート層の教育や教養主義の擁護へとつながっていた。しかし第一次世界大戦後には、民主政への敵対者やファシズムおよび共産主義につながるものとして批判されるようになる。ただし、戦後には、さらにそれに対する反論が行われるようになっていった。こうした状況を、年代順に論者をあげつつ概観していく。
 以前、私は「アトランティス伝説が孕むアカデミズムの袋小路」にて、プラトンを批判的に見る文章は多くない、と書いたが、その認識は少し改める必要がある。たとえば本書では、ワーナー・ファイト、H.S.クロスマンなどが大戦間の時代にプラトン批判を行った人物として取り上げられている。ファイトは、プラトンを敗れた貴族主義者と見なしている。それ以前にも、ヴィラモーヴィッツ=メーレンドルフのように、プラトンの生涯および彼の生きた時代とプラトンの著作を重ね合わせるように論じる者もいたようだ。ただし、彼の場合は仕方がないのだが、本書を読む限り、前4世紀のアテナイの民主政を衆愚政ではなく、民主政の成熟期と見なす古代ギリシア史の見解は、プラトン論にはまだきちんと取り入れられていないように思える。本書の著者にもそれへの目配りは特にないようだ。いずれにせよ、プラトンという古代の哲学者が、自身の主義を反映する鏡のような存在であり続けていた点は興味深い。
 なお、ニーチェはプラトンを哲学者ではなくむしろ大衆への教育者として扱った。その点でニーチェはヴィラモーヴィッツと重なっている。さらに、ニーチェは、プラトンを現実を否定し、心理を否定する者が社会を社会を支配すべきという考えを持っている人物とも見なしている。これは、ソクラテスを民主的、プラトンを全体主義的と見るポパーとも重なっている(99〜103頁)。


9月19日

 殊能将之『鏡の中は日曜日』(講談社文庫、2005(原著は2001年)を読む。法螺貝の形をした梵貝荘と呼ばれる館で開かれていたマラルメの研究会。そこで生じた奇妙な殺人事件は名探偵・水城優臣によって解決される。しかし、彼の助手兼記録者である鮎井の報告について、14年後に別の探偵のもとへ再調査の依頼が舞い込んできた。確かに、そこには微妙な違和感を感じられた…。
 現在と過去とをいったりきたりするタイプ。決して楽しめないわけではないのだが、以前の作品である『ハサミ男』と同じネタを使って(アレンジは異なってはいるとはいえ)いいのかなあ、と。


9月29日

 仲正昌樹『「学問」の取扱説明書』(作品社、2009年)を読む。哲学・思想、政治学・政治思想、経済学・経済思想、社会学・社会理論、法学・法哲学の5つの分野に関する現在の状況を、学生と編集者との対話方式で説明するというもの。ただし、それらの知識を得ることもできるが、一般的な概説書・入門とはやや異なる。学生の中には、学者が何らかの学問を極めた達人であるかのような幻想を抱き、自分もそうなりたいという考える者もいる。実際には、学者とは常に探求し続ける仕事なのだが、幻想を抱いた人間は、それを偽者と思ってしまう「まじめ」で「話の通じない」人間になってしまう。そうした人間がはまりがちな落とし穴を指摘するために入門書的なことも行っているというのが、前書きをごく簡単にまとめた本書のスタンスである。
 そうした著者の見解は、大きく間違っているとは思わない。少し異なるかもしれないが、学問には何らかの明確な答えがあって、教員はそれをすべて知っていなければならない、と考えている学生に私自身も出会ったことがある。そうした学生に対して、私も分からないことがあるのだから、まだ学問を続けている、と話してもどうにも理解してもらえなかった。そうした人々の大部分は、著者の言うように、人文系のエッセイ風指針本を読む人々でもあり、それを読んで何かを考えるのではなく、すべての悩みを解き明かしてくれるような答えとして受け入れて依存してしまうのであろう。そうした学生や読者のお手本になっているのが、まるで全能であるかのごとく学生の前に立つ教員ではないかと思うのだが、なぜそんなに偉そうに語ろうとするのだろう、と思うこともある身としては、現代日本の知識人の傾向についての言及が一番多い、政治学・政治思想を取り上げた第1章が最も面白かった。
 そのあたりを引っ張ってきてまとめると以下のような感じか。大学で教えている知識人の中には、自分をラディカルと位置づけて、新自由主義やグローバリゼーションを批判することで、自分の姿勢が正義の実現に寄与すると自認する者がいる。そして、知的であることを装うために、海外の知識人をできる限り引用・参照しようとする。だが、反体制的な自由のために戦っている者たちが、その内部の考えや基準に従うという体制的な振る舞いをする場合もある。
 ちなみに、「"ジッセン"好きのサヨク・ウヨクの人たちも、それから普遍的な正義に基づく完璧な「制度」を論文で構想しようとしている人たちも、ともにプラトンの哲人王思想の末裔なのかもしれません」(34頁)という主張は、「アトランティス伝説が孕むアカデミズムの袋小路」で以前書いたことを短くまとめたような文章だろう。
 なお、著者に対する批判として、ネガティヴな批判だけをする、というものがあるようだ。その批判がまるまる正しいというわけではないのだが、著者はいくつか挙げている見解のうちのどの立場により近いのだろう、と感じることがあった。そもそも自分の見解を、たとえば左翼か右翼かのどちらかにはっきりと属させることなどできないので、それを求めるつもりはない。たぶん、おまえは保守なのに左翼的な物言いをするのか、みたいなイチャモンをつける人が多いのだろう。それでも、ただいろいろな見解をあげて、高みから物を言っているように感じることがあった。第5章で自分が実際に関わった案件に触れた部分を読むと、決してそのようなつもりではないのだということは分かるのだが、そこを読むまでは、そのように感じてしまった。こうした誤解を避けるには、立場を白黒つけずとも、自分の専門外のことについては整理をつける程度のことしかできないのだ、ということを軽く言い添えればいい気がする。そのように書いたとしても、イチャモンをつける人間は結局言いがかりをつけてくるのだろうが。
 なお、著者はネット上の批判についてかなり頭にきているようで、本文だけではなく後書きでも触れている。その気分は分かるつもりだ。私も、ごくささやかながら、2ちゃんねるにて「言っていることがよく分からん」とけなされたことがある。著者レベルになれば、もっといろいろと言われているのであろう。2ちゃんねるなどでは、具体的な説明を省いてけなすだけという場合が多い。さらに、ブログなどでもいろいろと言われているのだろう。だが、本当に聞くべき意見があるところには閲覧者は集まってくるし、そうではないところには集まらないものだ。なので、一概にネット上の言説を批判するのは、できれば止めた方がいいのではないかな、と思う。まあ、閲覧者の少ない本サイトがいえるようなことではないのだけれども。


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