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2011年8月の見聞録



8月10日

 北村薫『リセット』(新潮文庫、2003年(原著は2001年))を読む。『スキップ』『ターン』に続くシリーズ。戦前、戦後、現代と時を超える生まれ変わりの物語。巻末には、著者と宮部みゆきの対談あり。宮部は時シリーズ三部作のなかでこの作品が一番好きとのことだが、個人的には一番ピンと来なかった。とはいえこれは、私にこの作品の良さを分かる資質がないためにすぎないだろう。


8月20日

 豊田義博『就活エリートの迷走』(ちくま新書、2010年)を読む。近年、きちんと就活をこなし、希望する企業に就職できた新入社員の8割くらいが、使えない人材であり、育てようとしても上手く育たずに止めていくことが多いという状況に対して、現在の就活の状況に問題があるのではないか、という観点から考察を加える。
 そもそも就職活動をしている学生うち、4割は就活そのものに積極的でない就活諦観層、さらに4割は中書企業や地元での就職をする就活漂流層と定義づける。残り2割うち5分は企業者並みの能力やセンスのあるハイパー大学生であり、彼らは就活を経ても意識を揺さぶられることはない。門だとなるのは、1割5分にあたる就活エリート層であり、これが上記のような就活に成功していながらうまくいっていない層であり、本書の考察対象となる。一見勝ち組である彼らは、自分の思い描いたようなキャリア・イメージと異なるルートを通らされると、途端にモチベーションが下がる事例が近年は増えているという。いわゆる就職エリートがこのような状況へ陥ったのは、エントリーシートや面接において、自分のやりたいことをしつこく問われることと関係している。バブル以前ならば上司の指示通りに動く社員がいればよかったが、崩壊後はそうはいかなくなり自分の意志で行動できる人間が必要となったためである。その結果として、短期間の就活を通じて自分のアイデンティティを形成し、さらには考え出した自分の志望動機が企業に評価されたと過信する傾向が強くなる。しかし、実際には入社してからこそさらに経験を積み能力を磨く必要がある。こうして就活によって築いた自分のアイデンティティとの齟齬が生じてしまうことになる、とする。
 出発点である使えない若者が増えてきたという指摘は、「最近の若者は…」というよくあるパターンの若者批判に近いのだが、そこに留まらず、できるかぎり現在の若者の状態から問題を考えていこうという姿勢が窺える点はよい点だと思う。確か1980年代頃から、大学生は暇な時間を作るのをいやがり、バイトや友達との遊びでスケジュールを埋めたがるようになったとされてきた。さらに1990年代頃から、大学生がまじめに授業に出席するようになってきたと言われるようになった。現代風の言い方をすると、コミュ力のある学生が勝ち組になるということになる。本書でいう就活エリートの問題はこのあたりと絡めて、コミュ力を満たしている自分と、志望動機を考えられていく中で作られていく自分とがともにあるべき自分を演じているという点で共通しているとするわけである。このあたりは現在の学生論としてはそれほど間違っているわけではないだろう。これを学生全体に当てはまるとするのではなく、就活エリートと重ね合わせたところが本書の特徴といえよう。
 ただ、私自身も解決策が何も提言できないので偉そうにいうべきではないのだが、それを踏まえた上での解決策は、残念ながら実行が難しいもののように思える。たとえば、新卒以外の就職ルートの開放を訴えているが、これは結局のところかけ声だけで終わって何年もうまくいっていないように感じる。他にもいくつかあるのだが、それらのほぼすべてが企業に対する改革を訴えるものとなっている。企業からすれば、理想論に過ぎないと捉えられる気がする。同じように、大卒の就職率はアメリカなどと比べても極めて高いがそれを持するのではなく、企業の採用の多様化に伴い、キャリアコースを多様化させるべき、という言い分も、学生をできる限り集めたいほとんどの大学からすれば、率先して行いにくいだろう。終身雇用制から業績主義への変更が、結局のところ例のいいリストラのいいわけに用いられた感の強い日本では、小さな改革も結局企業に取り込まれていったしまう気がする。
 私は何も改革しなくてよいといいたいわけではないし、どうせ無駄だ、と言いたいわけでもない。ただ一度形作られてしまった既得権益を改革するのには、小さな子とから始めるのは本当に難しいな、と。


8月30日

 西澤保彦『ファンタズム』(講談社文庫、2006年(原著は2002年))を読む。次々と起こる連続女性殺人事件。すべてに関連する共通点は、とんでもないものであった…。うーむ。著者お得意の、現実ではありえないものを設定に用いる作品は決して嫌いではないのだが、これは推理小説と見せかけてホラーといった感じで、今ひとつ納得できないなあ。


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