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2016年7月の見聞録



7月30日

 海老原嗣生『「若者はかわいそう」論のウソ データで暴く「雇用不安」の正体』(扶桑社新書、2010年)を読む。現在の若者の苦境を指摘した近年の著作の間違いを批判した上で、問題が全くないわけではなく、むしろ見落とされている重大な問題があると指摘する。
 まず、批判されるのは3冊の著作である。門倉貴史『ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る』(宝島社新書、2006年)では、タイトル通り現代にはワーキングプアが増えた、とされている。労働者の4人の1人がワーキングプアでその数は546万人としているが、となれば総労働人口は2184万人となり、明らかにおかしな数字となる。ただし、大まかにいえば正社員の増減に関して総人口(生産年齢人口)のことや、進学率の上昇によって学生が増えたことを忘れている。
 批判されている3冊のなかで唯一読んだことがある、玄田有史『仕事の中の曖昧な不安 揺れる若年の現在』は、非正規雇用の増大を主張している。その説明として1991年から1998年には常時雇用が約7%ほど減ったことを挙げているが、これはこの7年間に大学生・大学院生が51.3万人が増えた状況に由来しているに過ぎない。さらに言えば、バブル終焉期の91年と崩壊後の二番底である98年を比較すること自体に問題がある。
 そして、城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』(光文社新書、2006年)は、年功序列が崩れたために昇進の期待ができなくなった若者が会社を早期退職するようになったとする。しかし、リクルートマネジメントリソリューションズが行った「昇進昇格実態調査2009」によれば、1991年と2009年の役職者比率は後者の方が高く、昇進資格年齢はたとえば課長ならば39.7歳と40.0歳でほぼ変わっていない。
 これ以外の一般的な見方への批判も行う。たとえば非正規の増加が主因で貧困率が増加している、という言説について。そもそも低所得世帯とは、世帯別可処分所得の中央値の半分の所得しかない世帯を指し、現在では128.5万円以下の世帯が貧困となる。「国民生活基礎調査平成20年版」に基づけば、150万円未満の世帯のうち高齢者が51%を占め、続いて失業中が20%、正社員が16%、自営業7%であり、非正規は6%にすぎない。つまり高齢者の貧困こそが実は大きな問題になっていると分かる(96〜99頁)。若年層の非正規社員が5割という言説も、総務省「労働力調査08年」に基づけば、非正規249万人のうち在学生が118万人を占めているので、それを除けば非正規率は31.5%に過ぎない(100頁)。1994年から2008年に正社員は266万人ほど減ったのは事実だが、若者の総人口が573万人も減少して大学生と院生も48万人ほど増加しているので、それだけ正社員が減るのは当たり前である(101〜103頁)。なお、厚生労働省の翔苦行安定局集計に基づけば、卒業後3年の離職率は、中卒で6割代、高卒で5割弱、大卒で3割程度で、20年以上昔から推移してきている。高卒と中卒は1970年の数字でも46.6%と46.5%であり、決して低いわけではない(125〜126頁)。
 さらに、大企業の新卒採用予定数は、日経リサーチのデータとその推計値に基づけば、景気による上下動はあるが、減少しているとは言えない(106頁)。そうしたなかで大学数が増え続けたため、中堅・中小企業は常に人手不足の状況ではあるものの、中位以下の大学は大企業にそもそも就職が困難となる。その一方で、円高による生産業の海外流出からブルーカラーの雇用は減少して、対人折衝を必要とするサービス業への就業が不可避となり、それに適応できない若者が上手く就職できない状況に陥っているとする。
 改善案として、派遣事業に関する改革を提案しているが、心情的なものとしてはステップアップしない権利も温存すべき、というのも重要な気がする。というのは、『若者はなぜ3年で辞めるのか?』への批判のなかで述べられている、正規社員の実態と感想にもかかわるかと思うからだ。たとえば、就職した会社に在職し続けた人物であっても、色々な仕事の事務やサポートをこなしていくなかで、やがてはそれなりのプロジェクトを担うようになる。実力主義の転職をして華やかな活躍をしている同期の人物にあったとしても、引け目を感じることはないだろう、という(79〜82頁)。「「ハンコを押すのと文句を垂れるだけの、夢のない上司」の体の中には、そんな能力が隠されているのだ」(83〜84頁)と記し、「係長止まりの緩い人生でいいじゃないか」(86頁)と書いている。そうした普通の人生にも意味がある、と堂々と言うことこそがいまは必要なように思う。


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