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2013年11月の見聞録



11月7日

 麻耶雄嵩『神様ゲーム』(講談社ノベルス、2012年(原著は2005年))を読む。小学4年生の「ぼく」こと芳雄の住む神降市で、猫の殺害事件が連続して発生する。芳雄は同じ町に住む同級生の男女と結成した探偵団で犯人捜しをはじめることにした。ところが、転校してきたばかりのクラスメイトの鈴木に、「ぼくは神様なんだ。猫殺しの犯人も知っているよ」と明かされる。しかも、彼の予言通り、探偵団の本部として使っていた古い屋敷で死体を発見する。しかもそれはクラスメイトでもある芳雄の親友だった。同じ探偵団にいる憧れのミチルと一緒に犯人を探すのだが、警察の捜査でも犯人は捕まらない。ついに芳雄は、「神様」鈴木に真実を教えてほしいと頼むと共に、犯人に天誅を下してほしいとも頼む。その結果、天誅が下った人たちは芳雄の予想だにしなかった人物だった…。
 これは子供向けのシリーズで初めは出たそうだが、子供にはあまりに残酷なように思ってしまうのは、はるか昔に子供だったオッサンの戯れ言なのかもしれない。いまの子供はこれくらいのレベルならば見ているのかな、と。それとは関係なく、このラストのどんでん返しはよく分からなかった。ラスト直前までは、だから警察官が一人で現場に行っていたのか、と考えていたら、最後に実は女性だった、となったので、どういうトリックなのかよく分からなかった。単に理解が足りないだけなのかもしれないが、もしかしたらロジックの部分よりも後味の悪さを楽しむタイプなのかもしれない。


11月17日

 長谷川修一『聖書考古学 遺跡が語る史実』(中公新書、2013年)を読む。『旧約聖書』の記述について、考古学的な知見と照らし合わせてその内容を確認していく。たとえば、前二千年紀はじめと年代づけられる族長時代の記述のなかに、ラクダをつれて旅に出るシーンがある。一方で、西アジアでのラクダの家畜化は、遺跡から出土する骨の研究から前16世紀以降とされている。実際に、アマルナ文書やマリ文書、ウガリト文書などの前二千年紀の文書にはラクダが登場しないが、前一千年紀のアッシリアの文書には見られるようになる。となると族長たちの物語が記されたのは、ラクダが身近な動物となった前一千年紀と考えられる。
 他にも、ダビデが戦った巨人ゴリアトの武装を、考古学的な知見と比べた箇所もある。彼が身につけているのは「青銅の兜」「うろことじの鎧」「青銅のすね当て」「青銅の投げ槍」である。これらの装備は西アジアには見られず、ギリシア人に特徴的なものである。ただし、金属製の防具を身につけるようになったのは前7世紀以後のことであった。また一騎打ちも西アジアにはなく、『イリアス』などからも分かるようにギリシア世界にしばしば見られる慣習である。従ってこの描写も、執筆が行われた前7世紀の時代の現実が反映していると見なされている。前7世紀には、ギリシア人の傭兵がパレスチナ海岸部に植民したことも考古学的に判明している。
 これ以外にも、色々と『旧約聖書』の記述の検討が行われている。一般的な見方では考古学は発掘のロマンがあり、見た目にも楽しい考古遺物を掘り出す学問と見なされているが、実際には地道な作業が必要であり、その成果の大部分は派手なものではない。そのあたりの考古学調査の概略については本書でも1章を当てている。しかし本書は、そうした地道な考古学を『旧約聖書』と絡めることで、派手な考古遺物だけではなく、地道な方面も面白いとを提示できている興味深い本ではなかろうか。というわけで、考古学に少しでも興味がある人には本書を読んでもらえれば、その学問の本質を見せることができる点でお勧めできるだろう。
 ただし、問題は聖書に関心がある、つまりクリスチャンに対してはどうかという点である。著者は、出エジプト記に関して述べている際に、『旧約聖書』の記述の真偽を論じるのではなく、そこで語られている伝承が当時の読者に伝えようとしたメッセージや、伝承がまとめられた意図を明らかにする方が有意義だと見なしている。『旧約聖書』の記述が正しいかどうかだけでその価値を判断しようとするのは、歴史学的に見れば間違っているのはもはや当たり前である。史料批判の結果としてその内容に信憑性がないから無価値というわけではなく、著者の言う通り、その史書が同時代に持っていた役割を探ろうとするのは、もはや歴史学の常識である。だが果たして、純粋なキリスト教徒の立場からそれができるのかは、クリスチャンではない私にはよく分からない。実際に著者は前書きにて、講義を聴いたクリスチャンのなかには「背教的」という感想を寄せた人もいた、と記している。聖書に書かれたことは歴史的にもすべて真実と信じることが、本当の信仰だろうか、と問いかけているものの、これは近代的なリベラルな立場にすぎないのではなかろうか。


11月27日

 柳広司『パラダイス・ロスト』(角川文庫、2013年(原著は2012年))を読む。D機関シリーズの3作目(前作はココ)。今回は割とオーソドックスな短編があるなかで、イギリス特派員がD機関の元締めたる結城中佐の生い立ちと正体を暴こうとする話がある。何となくゴルゴ13におけるデューク東郷の出生話を思い起こしたが、あちらが基本的に思い込みの空振りが多いのに、こちらは相手を嵌めていく感じの面白さがあるのは、さすがといったところか。


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