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2003年9月の見聞録



9月12日

 若桑みどり『象徴としての女性像』(筑摩書房、2000年)を読む。副題に「ジェンダー史から見た家父長制社会における女性表象」とあり、主題はこれにあるとおりで、古代ギリシアから近代の絵画までの図像を用いて、女性の歴史を読みとる。様々な図像を用いており、それぞれの解釈には色々と教えられるところも多いのだけれども、どうもジェンダー的というよりはフェミニズム的な部分、しかもその悪い面が、前面に出すぎている気がする。過去の歴史において、女性が男性に比べて様々な不利益を被ってきたことは事実であろう。しかしながら、それを単純に男女の二項対立という観点に断定しすぎなように思えるのだ。
 私はそうは思っていないけれども(このことは後でもう一度触れる)、もしかすると過去には、「男」と「女」という2種類の対立しかなかったのかもしれない。けれども、現代の状況はそれほど単純ではないはずだ。たとえば、「オタク」には男女ともにいるけれども、そのおかれた状況は共に違うし、少なくとも男の「オタク」は、男だろうが女だろうが、自分は普通だと思っている人にとっては蔑みの対象でしかない。ここには「男」対「女」という構図はない。男だからといって女よりも上位にいるわけではない人間もいる。これは何も例外を挙げて揚げ足を取りたいわけではない。フェミニズムやジェンダーが女性の立場を改善したということは十分に認めているけれども、虐げられた「女」とのさばる「男」という構図だけでは、これ以上の進展は望めない。敵としての「男」しかいなければ、共闘する男がいない分だけ、半数以上に見方は増えないのだから(女性の見方をしてすり寄ってくる「男」など、状況次第ですぐに裏切る)。おそらく「オタク」のような社会的(というよりも精神的な)底辺層をすくい上げることが出来なければ、今後フェミニズムもジェンダーも男性からの揺り戻しによって、その強みを失ってしまうだろう。
 ちなみに、「男」対「女」という構図もまたフェミニズムによって単純化されすぎた嫌いがあると思われる。たとえば、オイディプス王は父殺しを知って自ら目をつぶし、国外への放浪の果てに死んだ。その娘アンティゴネーは父親の遺体を故国に埋葬するために断固として自分の意見を貫き、死んでいった。こうした物語を、「男」と「女」と単純に2つに区分することは出来ないのではなかろうか。


9月16日

 福本伸行『最強伝説 黒沢』(小学館、ビッグC)1巻を読む。42歳で友達もいなく独身の土建屋・黒沢が主人公。これはすごい。普通ならばこのダメ人間が、正直さと情熱だけで徐々にのし上がっていく物語を描いてしまうところだ。福本の初期の作品にもこのような人情ものの漫画はある。しかし、この漫画では夢も希望もなく年だけ取ってしまった孤独な黒沢の絶望と、人望を勝ち取ろうとしてことごとく失敗していくダメっぷりと惨めさが、これでもかと描かれる。たとえば、青木雄二『悲しき友情』に出てくるバクチと酒にしか興味がなく、年老いて使い捨てにされてしまう土建屋の親父のような人物も、これまでもこれからもいるとは思う。その悲惨さと黒沢の惨めさは少し違う。それは黒沢が幸せな他者の存在を知っていることと、プライドを知ってしまったというところにある。おそらく、あと数十年後には、能力以上にプライドとエゴを持ってしまった黒沢のような人物が、幸せを求めてもがく姿が少なからず見られるのではないか、という気がする。
 最終的にどういう方向に進むか分からないのだが、ぼんやりした処方箋のようなものを提示する方向へ向かうのならば業田良家『自虐の詩』(竹書房文庫)のような感動の傑作となるだろうし、現状をありのままぶちまけて終わるのならば、内田春菊『ストレッサーズ』のような不快な傑作となるだろう。個人的には後者の方へ壊れてくれるといいのだけれど…この人の傾向からすると、無理かな?


9月23日

 岩崎宗治『シェイクスピアの文化史』(名古屋大学出版会、2002年)を読む。シェイクスピアの作品を同時代の社会的情勢と絡めながら読み解いていく。関曠野『ハムレットの方へ』(北斗出版、1994年)岩井克人『ヴェニスの商品の資本論』(ちくま学芸文庫、1992年、原著は1985年)ほどの奥深さはないが、知的好奇心をくすぐるという意味ではこちらの方が取っつきやすいか。また、さすがに英文学プロパーの人なので細かい語句の検証は前二者には見られないものだろう。個人的に一番面白かったのは「ヘンリー四世」に17世紀のカーニヴァルの衰退を見て取った章だった。この著者に新書サイズでシェイクスピアの読み方みたいな本を書いてもらえばそこそこ売れると思うけど、もうどこかの出版社が企画を持ち込んでいるかもしれない。


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