槙坪監督より        鑑賞道中記         企画制作パオ公式HP        老親TOP

  

「生きていればこそだ! 明日は明日の… 風が吹くよ!」



奈良・斑鳩(いかるが)の里

のどかな自然に囲まれた道を 主婦・隅田成子(すみだせいこ)は自転車で駅に向かう。
東京に単身赴任している夫を出迎え、その帰り道、公園に寄りブランコに乗る二人。
19才の息子(喜生)に続き18才の娘(聡子)も無事に就職が決まった。
親としての役目が一段落した夫婦の一見にこやかな何気ない会話。

「東京に家を建てようか?」と言う夫に妻は突然言う。
「ねぇ…、私たち解散しない?」 …唖然とする夫。   

家に戻り机をはさんで話し合う二人。あくまでもにこやかだが妻の決意は固いようだ。

「俺がいったい何をした!?」皆目見当もつかない夫に妻が言う。
  「何もしなかった…。あなたは何もしなかったわ。いつだって逃げてばかりで。」   

この言葉が全てを象徴しているのではないかと思う。
夫は今の今まで妻の気持ちをまるで分かっていなかった。

いや、分かろうともしなかったのだと思う。
「仕事が忙しいのと、自分の父親をみてもらっているのは申し訳ないが、
その他の事では何も不自由させていないではないか?」それが本音だろう。  

妻に言わせれば、そんな事ではないのだ。
「この7年間、私はいつも自分の人生を犠牲にして来た。
そして夫は、ただ私に我慢してくれ…というばかりで、
少しも私の身になって
考えてはくれなかった。
いつだって仕事のことや体裁ばかり気にして…。

もうこれ以上、この人や おじいちゃんに振り回されるのは御免だ!
これからは自分の人生を生きてみたい。そのために別れたい。」



東京・世田谷に引っ越して来た母と娘。

離婚して始める東京での新しい生活は、蓄えもわずかで
前途多難にも思えるが二人の表情は明るい。成子が言う。

「あの凄まじい7年をくぐり抜けて来たんだもの。もう、何があっても大丈夫…!」



7年前・・・

成子は実父の看病のため病院へ通う毎日。本人には知らせていないが父は末期ガンだった。
実母も顔を出しているが、長女である成子に対しては感謝するどころか文句を言う始末。
「自分をいじめ抜いた姑にそっくり」という理由で 母は子供の頃から成子にツラく当たってきたのだ。
弟妹は仕事があり専業主婦の成子は他家に嫁いだ身にも関わらず当然のように借り出されていた。

そんなある日、病院にいた成子に電話が入る。斑鳩の姑が倒れた‥。脳溢血だった。
東京にいる夫に連絡するが、なんと実母の急より仕事優先‥!「君が行ってくれ。」
困り果てる成子に父が言う。「行ってあげなさい。」「隅田のお義父さんによろしく。」
後ろ髪引かれる思いで実父の元を去り、姑が運び込まれた病院へ‥。
結局、姑の付き添いも「長男の嫁」である成子に当然の事として押し付けられる。
病院で過ごす夜、昏睡から来る姑のイビキ。そして長椅子で眠る舅のイビキ。
病室内はイビキの大合唱になり苦笑する成子。(客席からも笑いが起こる)

やがて姑は他界し、残された舅は成子の肩に掛かって来る‥。
トイレで風呂で、舅の下(しも)の失敗の後始末に悩まされ、大姑、小姑のイビリに対抗する毎日。
言うべき事はビシッ!と言う成子だが 相手もなかなかのもの。それでも明るく前向きに頑張る成子。
(この人のエネルギーが、作品全体を前向きな雰囲気にしていると思う。見習いたい!)
自分の人生って何なのだろうか‥? 疑問は年を追う毎に膨らんでゆく‥。
そして、夫を憎んで‥ではなく、自分の人生を生きる為に離婚する。



再び世田谷の家

先に上京して保育士になっている息子・喜生(よしお)も時々訪れる。
そして転職ばかりしている娘・聡子と送る新生活は最低限のものしか無くても生き生きとしていた。
成子の仕事は本の執筆。 ところがそんなある日、なんと舅がやって来た! 
大阪の本家から家出して来たらしい。 成子の元亭主(おじいちゃんの息子)も、
「もう自分たちは離婚したのだから成子の世話になるのはおかしい」 と帰るように言うが、
当のおじいちゃんは
「慣れた人の方が気楽やさかい。」なんだか居座ることになりそうな気配…。
公園でブランコを思いっきり漕ぐ元夫婦。タイヘンな状況をコミカルに表現している素敵な場面。

 
成子 「どうするんだよ〜っ!?」

元夫 「どーすんだよ〜っ!?」
成子 「なんのために離婚したか分からないよ〜っ!!」
 
元夫 「いっそのこと、東京でまた皆で一緒に暮らすか?」

  
成子 (ブランコを止め)「それはイヤ。また嫁になっちゃう‥」




おじいちゃんとの生活の始まり‥

成子は「おじいちゃんをイビリ倒して追い出してやる。」 との決意のもと、同居することに。
83才になる今日まで、自分ではお茶ひとつ入れたことのないお殿様だったおじいちゃん。
成子も聡子も働いているので昼間は一人だ。なんでも自分で出来るようになるべく奮闘が始まる。
なにしろガスを点けるのさえ初めての経験なのだから、そりゃもう失敗のオンパレード‥。
仕事から帰って来て、その後始末をさせられる成子に叱られると

「僕みたいな人間は早う死んだ方がええんや。長生きしてるさかい ご迷惑をお掛けしますなぁ…」
と しょげる。実はこのセリフに
7年間ビビらされて来た成子だが、もうその手には乗らない。
「死にたいならどう〜ぞ、おやりになって!なんなら、お手伝いしましょうか?」 と言い返す。


娘と話す。「おじいちゃんは、ゆっくり成長するタイプかぁ‥。そうかも知れないわね。」
おじいちゃんに対する成子の気持ちが、少しずつ変化してゆく‥。

一方、母がおじいちゃんをイビリ殺さないように監視するため(笑)に、時々訪ねて来る喜生。

「おふくろの立場も分かるけどさ。人それぞれの自立の仕方があるんだから。」
「おじいちゃんの出来る範囲でやればイイんじゃないの?」と言うが
「じゃあ出来ない範囲は? 誰が面倒みるの? 少なくとも‥アナタじゃないわよね。」
「家庭の土台を全部 女性に担わせて、出来上がった上での男の自立ごっこなんてお遊びよ。」
と言われ、何も言い返せずに
「はい‥ はい‥。」と首をすくめる。
喜生の発言は"おじいちゃんを思う優しさ"から発せられたものだが、
当事者である成子からするとやはりキレイ事でしかないのだと思う。




娘・聡子が恋人と暮らすために家を出て行った、その晩・・・。

おじいちゃんは、縁側で月を見ながら成子に語りかける。
「僕は小さい頃からおとなしい子で、いじめられっ子だった。」
「人付き合いが悪いのも…その頃から臆病になってしまったからや」
「なんや、人が怖うて。ガードするようになってしもて…。」 
成子はやさしく聞いてあげる。
「男らしさが何より…っていう時代だったものね。」 
「でも… だから人間らしいのよ…。」
「やって来た嫁もキツイ嫁だったしね(笑)。」
「いや、とても可愛いかったよ。僕が素直やなかっただけや‥。」  
すごく、いいシーンでした。月光の中で心のうちをさらけ出して…
 
元嫁と舅…ではなく、初めて
「人間 対 人間」として向き合った瞬間だと。



大阪から「おじいちゃん」の妹がやって来た。

こんな狭い所、しかも離婚した嫁の家なんかに居ないで大阪に帰って来い‥と言う。
だが、いつもは大人しいおじいちゃんが、頑として譲らなかった。 
 
「あの家は大き過ぎて、なんやこう‥寒いんや!」
「僕は、ここに居たいんや。」 「はよう、帰ってんかっ!」
妹はあきらめて帰って行った。成子が駅まで送って戻って来ると
申し訳なさそうに言うおじいちゃん。
「ママ、すまんな…。」
「おじいちゃんも怒るとコワイのね。見直しちゃった!」 
成子はきっと涙が出るほど嬉しかったに違いない。おじいちゃんの言葉‥。

きっと今までの全てが報われたような気がしたのではないだろうか‥?

新しい関係を築くことが出来た、成子とおじいちゃん。
だが、ある日成子が帰宅すると、おじいちゃんが台所で倒れていた。
膝が動かなくなってしまったのだ。
そして…入院。
 



執筆した本の関係で、とあるホールの壇上でスピーチする成子

83才になるまで何ひとつ自分でしなかった舅が、半年で家事をこなすようになった事。
それは「家族として必要とされる存在」になったからだという事。
そして自分は、そんな舅を素直に尊敬しているという事。


「大切なのは、諦めないで切り開くことなんです。」

「老いるということは決して絶望ではありません。」

「老いるとは、日々成長する新しい自分に出会い続けていくという事だったんです。」

「私たちは生きている限り‥成長を辞めないんです!」

このセリフに感動しました! 「嫁と舅」という立場を超えて
「人間同士」として
おじいちゃんと向き合ったからこそ気付くこときた素晴らしい発見!!
私たちも、いつかは老いてゆくけれど‥それは嘆くことではない。

「日々成長する新しい自分に出会い続けてゆく
そんなふうに考えられたら、なんだか人生って素敵だな‥って思えてきました。



講演を終え、病院へと駆けつける成子。

「講演は大丈夫やったか?」と気遣いながらも やはり寂しかったのか足が痛いと騒ぐおじいちゃん。 
成子は困りながらも足をさすってあげる。‥と、安心したのか寝息が聞こえてくる。
「寝ちゃった‥。」布団にしまってあげようと手を取ると、しっかりと握り返してきた。
寝ているようなのに成子の手を放そうとしない。
成子は微笑んで傍らに座り、おじいちゃんの手を両手で包み込む。

「おじいちゃん‥。」 涙があふれてくる・・ 「おじ〜いちゃ〜ん‥‥。」
萬田久子さん発するこのセリフには、限りない優しさと愛情が込められていて‥

気付いたら、自分も成子と同じ涙を流していました‥。



おじいちゃんとの生活の終焉

車椅子の身となったおじいちゃんは、息子と妹に連れられて大阪へ戻ることに。
明るく見送る子供達とは対照的に、言葉も少ない成子。
もしかしたら‥これが最後になってしまうのかも知れない‥

おじいちゃんも車の中からじっと成子を見つめる。
おじいちゃんの目が「ありがとう‥ありがとう‥!」と言っているようで‥

今、これを書きながら思い出しても涙が出てきます。一番、忘れられないシーンでした。




娘・聡子の決意

今まで「自分のやりたいこと」が見つからず、転職を繰り返してきた聡子だったが、
母と祖父を見ているうちに、「老人介護」に携わりたい‥と思うようになる。
そして、介護最前線を視察するためカナダに旅する母・成子に同行する。




おじいちゃんの死

「ただいま〜!」 カナダから元気いっぱいに戻って来た成子と聡子。
だが、家の中は火が消えたように静まりかえっている。居間の座卓で喜生がうな垂れている。
「お兄ちゃん?」喪服を着た喜生が顔を上げる。その目には涙が…。
「おじいちゃんが…。」
二人の旅行中に危篤状態になったおじいちゃん
喜生は大阪で死に目に会ったのだった。
意識が朦朧とする中で、喜生の方に視線を向けるおじいちゃん。

「おじいちゃん?」喜生が手を取る。
「見ず知らずの方にお願いするのは‥誠に申し訳ありませんが‥」
もう孫の顔すら分からない‥。「何?おじいちゃん?」

「東京に…とても親切にして下さった女性が二人…おりましてなぁ…。
        ひと言お礼を言いたかったんやが…
ありがとうと伝えてもらえませんかのぉ?」

「分かったよ、おじいちゃん。 必ず‥必ず伝えるからね。」

「おおきに‥。 おおきに‥。」
満足そうにそう言ったおじいちゃん、
ふぅ〜っと息をつくと、そのまま帰らぬ人となった‥。


果たして死の間際に思い出したのは成子と聡子のことだった‥。
喜生からその事を聞いて、たまらず外へ飛び出して行く成子。

以前おじいちゃんと来たことのある公園のベンチに座り泣く成子‥。

そこへおじいちゃんの幻が現れる。泣いてるなんて貴方らしくないよ‥と励まされる。
もう足の痛みからも解放されているおじいちゃん、成子と手を取り合い軽やかにステップを踏む。
やがて幻は消えるが、成子は確実に励まされたようだ。

「おじいちゃん‥ ありがとう‥。」



新たな「老親」との生活の始まり‥

成子の元に実母がやって来る。 仕事をしている弟妹の所に居たのだが、
やはり限界を感じたようで
結局、専業主婦である成子が引き取ることになったのだが、
この実母が一筋縄では行かない。もともと「自分をいじめ抜いた姑にソックリ」という理由で
成子にだけ辛く当たってきたのだが、世話になることになっても態度は変わらず、

感謝するどころかへらず口のオンパレード‥。
それでも成子と聡子は負けない。
「この成子さん、転んでもタダでは起きないわよ。しっかり小説のネタにしてやるから!」
‥そんな意気込みで、毎日を明るく前向きに乗り越えて行く。

そんな毎日の中で、頑なだった実母の心にも変化は起きて来たのだろうか‥‥。
ラストの場面では相変わらずの憎まれ口の中に
ほんの少しだけど希望の光を見たような気がした。

何十年もの間、険悪な関係にあった実母と成子‥。
それがここへ来てやっと、当たり前の「母と子」になれるのかも知れない‥。


人は その気にさえなれば いつだって、

その場所から新たな関係を築いて行ける‥


これが、この映画を通して私が思ったことなのです。


「老親」‥素晴らしい作品だと思います。
ただ鑑賞して終わり…ではなくて、観終わってからも色々と考えさせられる作品。

紳司君が出演しているから…という理由でこの「老親」を観たわけですが、

本当に「出会えて良かった!」心からそう思える作品でした。

「生きていればこそだ! 明日は明日の… 風が吹くよ!」

ラスト…成子の希望に満ちたこのセリフ
そして続くエンディング…涙せずにはいられませんでした。

この映画からは、たくさんの大切なことを教わりました‥。
この先、どんな運命が待ち構えているのか、それは分からないけれども‥‥

日々成長する新しい自分に、臆することなく出会い続けて行きたいと思います。

                            
2001年、夏の日に。



         → 槙坪監督より