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2013年7月の見聞録



7月10日

 中島隆信『お寺の経済学』(ちくま文庫、、2010年(原著は2005年))を読む。書名通り、寺を経済学的に見ていったもの。もともと寺は、地域コミュニティと持ちつ持たれつの関係であったために、改まったガバナンス・システムを必要としなかった。それが1951年の宗教法人法施行によって法人化されると、住職が経営者のように扱われ、財産を有効活用すべく誰が寺のガバナンスをするのかが問題になってくる。これによって本山から解放されたのも事実だが、自分たちで管理せねばならなくなったというわけである。そもそも江戸時代のころから、本山は末寺に経典や仏像などを買わせる一方で、末寺も檀家に宗門人別改帳への登録と引き換えに、仏事、お布施、労役を貸し、葬儀はすべて任せるように求めていた。だが法人化後には特に、僧侶の様々な仕事は、それぞれ別の専門家へと振り分けられる場合が多くなり、僧侶も仕事をせねばならなくなってきている。
 そうした経済的な問題は様々な場面で現れてくる。たとえば、宗派から離れて単立寺院として独立するケースもある。宗派の名称は使えなくなるが、地元の檀家をがっちりとつかめばやっていける。宗務庁に払う賦課金の額は、何かと経費が高くなる都市のほうが相対的に重いために改善すべきだという声もある。ただし、本山はまずは教義の面で結束を図るべきである、としている。
 そもそも顧客との関係から見ると、僧侶の仕事は一般的な職業とは異なる。というのは、普通ならば礼を述べるのは顧客から金銭を受け取る商売をする側だが、僧侶は医師や教師などと同じく顧客の側から礼を言われる。これは相手に支払う金銭がサービスの対価ではなく、お礼を意味するためである。そして僧侶は人々を現世の苦しみから救う菩薩行を実践するのが役目といえる。したがって、信者が心から礼を言って僧侶にお布施をできるかどうかが、僧侶としての役割を果たしているかの重要な判断基準となる。そして、寺と檀家の関係がドライになっている現状では、単なるサービス業者となってしまい、そうした寺を免税にしているのはおかしいとの批判がでても仕方がない。
 これとも関係してくるのが葬儀である。もともと、葬儀や供養は仏教の思想ではなく儒教の思想である。だが江戸時代の僧侶は、手がけていなかった庶民の葬儀を、土着の葬儀を取り込む形で担うようになった。そして現在においては、寺は墓の管理をしているのだが、そもそも日本では勝手に墓をつくったり移転させるのは法律(墓埋法)で禁止されている。檀家は寺から墓地の永代使用権を取得している立場にすぎず、いわば「墓質」をとられているようなものである。加えて戒名の問題もある。ただし、信者の側にも問題がある。仏教徒でありながら信仰心を持っておらず、葬儀のときだけ関係を持とうとするために、こうした問題が起きてしまう、とする。
 寺と檀家の関係の希薄化が止まらない現代社会において、寺は若者を招き入れる必要性がある、とする。そのための方法論として3つの道がある。まずは葬式仏教の観念なビジネス化である。ただしもしこうするならば、宗教法人であるのをやめるべきである。第2は家内安全や商売繁盛、厄除けといった現世の利益のサービスを提供することである。ただしこれでは神社と変わらない。そもそも神社の賽銭は効果を期待してのものであるのに、寺は感謝のためのお布施であるという点で異なっている。著者が進めるのは第3の道であり、仏教の布教活動である。そのためには上記の問題のもととなっている墓を寺から切り離すべきである、と提言する。
 仏教史ではなく寺の歴史と現在の状況が多岐にわたり、なおかつコンパクトにまとめられており、寺に関しての基礎的文献としてスタンダードな著作となるのは間違いないだろう。寺は墓(葬儀)から離れるべきという提言に関しては、墓や葬儀に関する思い入れが薄れている都市部に位置する寺から意識せざるを得ない状況になるかもしれないが、地元のしがらみが残っている地方では難しいかもしれない。たとえ都会にいきていても自分の田舎との結びつきまでをも重視しない人は少ないと思うので。加えて、死に対する恐怖や穢れの観念はそう簡単に消せるものではない。そして、しがらみが薄れれば薄れるほど死に対する後始末を面倒に感じる者は増える。こうしたことがある以上、信徒の方が寺から墓や葬儀から離れることは難しいかもしれない。
 制度的な側面に関しても、僧侶というよりも宗教関係者はやや特殊だ。著者は僧侶を医師や教師をサービスの対価に関して同じ者と見なしているが、後二者はそもそも身分が低い場合が多かった。たとえば、個別地域の事例だが、ギリシア・ローマの教師の地位が低かったことは、H.I.マルー(横尾壮英[ほか]訳)『古代教育文化史』(岩波書店、1985年)から分かる。ヨーロッパの(現場の)医者も、山本義隆『一六世紀文化革命』にある通り、同じ立場だったはずだ。これに対して宗教関係者の場合、その文化や文明で主流な宗教は必ずといっていいほど制度の保護を受けてきた。制度に保護されているというのが歴史的な性格である以上、もし仏教のあり方が変わるとすれば、仏教に変わる新たな信仰が出てきたときなのかもしれない。ただし歴史的にみれば、それは仏教が廃れることにもつながるはずなのだが。
 以下メモ的に。江戸時代は、各宗派の本山の宗主を将軍が任命し、本山が末寺住職を任命するという形をとった。これにより幕府は教団の人事権を掌握していた(130頁)。
 寺が国から管理を委託されている国宝や重文クラスの宝物や仏像、建物について、国は管理料を払うことができない。政教分離の原則ゆえに国家は宗教法人と取引できないからである。そこで修理の時だけその一部を肩代わりすることしかできず、普段の維持・管理費は寺が負担している(167頁)。
 タイの僧侶は、生産をしないこと、異性に触れないこと、貨幣を持たないことなどの厳しい戒律を守っているため、タイの人々は彼らを尊敬し合えば手を合わせる。タイの男性は、そうした僧侶を一生に一度は体験するのが望ましいとされている。いわばタイの寺院は「徳」の取引の場所といえる(198〜199頁)。
 沖縄では、檀家制度を導入していなかった薩摩藩のもとで、江戸時代には檀家制度がなかった(214頁)。したがって、現代でも葬儀を取り仕切るのは葬儀社であり、葬儀社が遺族の要望を聞きながら、寺を選別する(222〜223頁)。


7月20日

 伊坂幸太郎『終末のフール』(集英社文庫、2009年(原著は2006年))を読む。「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」と発表されて5年後。パニックから起きた混乱も、やがて訪れる終末への恐怖に慣れた諦観が広がったかのごとく、世界は嵐の前の静けさのような状態を取り戻した。この世界における人々は、それぞれどのような残された人生をすごしていくのか…。
 各章ごとにそれぞれ別の人間が主人公となる、オムニバス形式をとる(それぞれが脇役として別の人物の物語にも登場する)。老年夫婦の日常と、子供を産むか悩む若夫婦の最初の2章を読んだ時には、こうしたちょっとしゃれた雰囲気を醸し出す文章には肌が合わないと感じたのだが、その後のちょっと前向きな若い女性の話や、パートナーの女性が亡くなった男性が決断する章を読んで、等身大に感じる人物の話を割と楽しんでいることに気づいた。と言うわけで、連作短編集としてなかなか味わいのある作品だと思う。


7月30日

 石原千秋『教養としての大学受験国語』(ちくま新書、2000年)を読む。大学受験での国語問題の解答法を、受験テクニックとしてではなく現代の評論を読み解くという方法論から教授すると共に、近年の主流なテーマを踏まえつつ学問的な評論の様相を説いていく。
 そもそも大学受験国語の評論の語り口は2つしかない。現実を肯定的に受け入れるか批判的に捉えるかである。もともとマスコミやジャーナリズムは現実批判の批評が多いので、大学受験国語でもその傾向が強い。そして、現実を肯定的に受け入れるのは保守的な評論であり、批判的なものは未来形の理想を掲げる進歩的なものと、過去形の思想を掲げるウルトラ保守のものである。そして戦後の日本においては、高度成長期までは近代を支持する評論が進歩的であったが、それが終わってからは近代批判が進歩的となった。対象となる文章の主張がどこに位置するのかを見極めることで、評論を主体的に読むことにつながり、それは評論との距離を持つことにつながる、とする。そして、このような二項対立の言葉を増やしていくのが教養を身につけることである、とする。
 このような立場から、大学入試で取り上げられている文章と問題文を読み解いていくのだが、確かに問題文だけではなく出題者の意図を理解すると問題の答えが導き出されていくのだな、というのが分かる。清水義範『国語入試問題必勝法』(講談社文庫、1990年(原著は1987年))収録の表題作はパロディながらも使えそうな感じだったが、あれを思想的にまじめに行ったというところか。たとえば、「記述問題では出題者(採点者)を喜ばせること、ただしサービス過剰に注意」(134頁)といった文章は、特にそう感じさせる。また、現代評論のテーマに対する入門書にもなっているので、受験を控えた高校生だけではなく、それに興味を持っている場合にも学ぶものが多い著作と思う。
 本書に述べられているテーマについて、それなりの知識があった私自身も学ぶところがあったのは間違いない。ただし、気になることがあって、それは著者自身の立ち位置の問題。「評論とは現実にはできもしない理想を掲げて現実を批判する文章のこと」であり「現実を変えようとするのが評論の仕事」(17〜18頁)と書いているのだが、それでは著者自身の立ち位置はどうなのだろうか。
 これに関連することについてかなり露骨なことを書くと、大学のランクに関して。森永茂『基礎強化 入試現代文』(学研、1998年)を引用して、下位・中堅大では西洋文化と日本文化を対比的に論じるやや古風な比較文化論だ多くて、中堅・難関大では情報化社会の中で消えていく近代を論じる現代文化論が主流だとしている。受験国語の質はその大学のレベルを反映している、というのが著者の持論だそうなのだが、ただしその質は大学のレベルを反映してはいても、偏差値によるものではないと述べている(12頁)。未読なのであくまでも推測なのだが、おそらく上記の著者は国語の問題文は偏差値を反映していると言っているのではなかろうか。私も反映していると思う。それでは、著者自身の勤務する大学はどこに含まれるのだろうか。つまり、本当は当事者であるはずなのに、他人事であるかのように外部から概観して語っているように見える。
 評論に対する立ち位置も、これと同じである。二項対立の評論がが大学受験国語の特徴だとするならば、著者自身はどちらの立場に立っているのか。それを少し匂わせることを書いている部分があって、「どちらか」ではなく「どちらも」を大切にするという二項対立的な思考方法に疑問を投げかける立場もある、と書かれている箇所がある(25頁)。ただし、ここしかなかった気がする。あえて言うならば、近代的な二項対立を用いながら近代批判を行った脱構築批評の先にかすかに現代という時代が見え始めている、と述べているところ(90頁)と、近代的自我を相対化して、自分がどのような選択肢を手にしているかが分かれば、そこはすでに学校ではないかもしれない、と述べているところ(115頁)か。とはいえ、いずれも具体性のある内容ではない。
 もし当事者であるならば、現状はまずまずだけれども改善すべき点もある、という立ち位置になるはずで、単純に二項対立的に分けられるはずはないだろう。むしろ、当事者の立場を放棄して上から語るというのは、特に「近代の知識人」に特有な行為であり、著者自身がそうであることを図らずも物語ってしまったかのように感じた。
 以下メモ的に。いくつかの文章を上げて、それらが本文と合致するか否かを問う問題は、問題数が少なすぎるときによく使う手法である。そして、そうした問題では、合致する選択肢よりも間違いの選択肢の方が少ないのが普通である。なぜならば引っかけて落とすのが入試だからだ(93頁)。
 若い者に向かって「私の世代には本物がいた」と自慢するのは、オヤジやオバサンの文化論でしかない(166頁)。同じように、インターネットの普及に対して「ゆがみ」や「寂しさ」などの言葉で語る、つまり新しい事態を否定的に語るところに新しい感性は生まれない。「新しい事態を肯定的な言葉で語ることができて初めて感性の変革と言える」(227頁)。


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