2001.9

Ravel:弦楽四重奏曲ヘ長調/ピアノ協奏曲ト長調

シャンペイユSQ
P.サンカン(pf) P.デルヴォー/南西ドイツRso.
54 Paris Mono/ 64.10.3-6 Baden-Barden Stereo
Accord
461 735-2



+亡き王女のためのパヴァーヌ/スペイン狂詩曲/道化師の朝の歌/ダフニスとクロエ第2組曲/ラ・ヴァルス/ボレロ
M.ロザンタール/パリ国立歌劇場o.

水の戯れ/スカルボ
J.ドワイヤン(pf)

マ・メール・ロワ
J.フェヴリエ、G.タッキーノ(pf)

Accordから新たに出たこの2枚組CDは、Ravelのオーケストラ曲、ピアノ曲、室内楽をバランス良く収め、その上非常に趣味の良いモンドリアンの絵に飾られています。このうちロザンタールのRavelはかつてAdèsでCD化されていて(Vega原盤)、輸入盤でも容易に入手できたのですが、最近はディストリビューターがなくなったのか店頭では目にすることがありませんでした。LP期にはDebussyとともに国内盤も出ていました。今回こういう形でリリースされたのは、Adèsレーベルが吸収されてしまったからなのでしょうか。
 ここで取り上げたのは、ロザンタールではなく、ドワイヤンやフェヴリエといった名の知れた演奏家でもなく、シャンペイユSQとデルヴォーが伴奏を付けたP.サンカンのピアノです。
 フランス的と言うと、サロン的な洒落た雰囲気を想像しますけれど、フランスの演奏家によるフランスの作曲家の演奏はそれ程柔なものではありません。20世紀初めから戦前のパリは常に華やかでしたし、それ故スキャンダラスでもありました。楽園でもあり得たし、夢を押しつぶす冷徹な都市でもありました。芸術家はそこに集まり、光はより輝き、闇はより暗く沈む。幾人もの芸術家が自らの芸術半ばで倒れた傍らで強烈に輝く光もあったでしょう。
 こうした時期を生きた芸術家の作品は非常に強い輝きを持っていますし、演奏家で言えば独特の活気を持った芯の強い演奏が多いように感じます。ミュンシュ(この人はアルザスの出身ですけれど)やモントゥー、パレー、そしてロザンタールももちろんですが、洒落た歌い廻しがあるにせよ、より外面に放射する力強さとか剛毅さを持っています。ドイツ的と言われる内面的な沈思と情念的なパッションより遙かにストレートで、言ってみれば音そのものが表現と一致しています。戦後のフランス音楽に見られる中間色的な雰囲気は、演奏家のインターナショナル化とそれによるオーケストラの変化によって形づくられたような気がします。特にフランス外部の演奏家の影響が強いのではないでしょうか。50年代頃までのフランスの音に、直に体験していない私のような聞き手が郷愁に似たものを感じるのは、音楽がインターナショナルになるにつれ、こうした活気が上品な絵画のように枠に収められてしまったと感じるからなのでしょう。

シャンペイユSQの演奏は54年のMono録音。若干きつい音質ですが、すぐ近くで演奏しているような臨場感のある音で不足はないと思います。
 このカルテットの演奏は初めて聞きましたが、快活であり、表現するという意識とそれに伴う熱気が聴く側に直に伝わってくる素晴らしい演奏ですね。楽章を追うごとに熱気を帯びてくるのですが、決してバランスを崩さない。大きなダイナミクスと表現の多様さ、強い集中力と確固たる造形感。雰囲気に頼ることなく、これほど音楽をストレートに音化して、尚フランス的な演奏もそうないでしょう。Ravelの音楽がまだ古典的な名曲レパートリーになりきらずに、演奏家によって表現されるべき新たな魅力を持ち続けていた時代だったのか、と思わせるほどで、熱気に満ちていた時代を彷彿とさせる実に感動的な名演です。

ピアノ協奏曲の方は、64年の録音でその分音が鮮明。ここでのピアニスト、サンカンという人も私はこの盤で初めて耳にしましたけれど、実に興味深く聴けました。微妙なニュアンスを弾き分けるというタイプではなさそうですが、くっきりとした明晰なピアノで、ピアノという楽器の持っている音の特性を改めて感じさせてくれる演奏ではないでしょうか。例えば第2楽章、この訥々とした例えようもなく美しいピアノの語りでは、サンカンの明るい音質のピアノが特別似合っているように思います。木漏れ陽の中にいるような幸福感溢れる響き・・・。
 伴奏を付けているデルヴォーの指揮も忘れてはいけません。ドイツの放送オーケストラは切れが良すぎるほどですが、音は素晴らしくコントロールされ整理されていて、新鮮な響きを聞かせてくれます。極めてオーソドックスですが、スケールの大きな演奏です。Ravelの曲を聴いて久しぶりに感動しました。

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