2000.6-1 

Beethoven/Neefe:作品集

M.t.H.ランゲ(T) A.カレマッヒャー(pf) P.クラーネン(pf)
88.10.16 Christofori Piano Centre, Amsterdam Stereo
RARTUS RECORDS
389.02.88

このCDは何年か前に発売されたものですが、それまで聞いたこともないような非常に珍しい曲が収録されていて、Beethovenのファンの方には買われた方も多いと思います。曲名を「作品集」としましたけれど、正確には「BEETHOVEN AND HIS TEACHER Christuan Gottlob NEEFE Unknowen Works」というタイトルで、NeefeとBeethovenの曲を収めています。Neefeの方は、
モーツァルトの「魔笛」からのテーマによる9つの変奏曲
ディッタースドルフの「赤い小頭巾」からのテーマによる12の変奏曲
の2曲。
 NeefeはBeethovenにオルガンとクラヴィーアを教えたドイツの作曲家、演奏家。ライナーによると、1748年ドイツのケムニッツ(Chemniz)に生まれ、初めライプツィヒで法律を学びますが、音楽の道に転向、J.A.Hillerに学びました。1782年、ボンのケルン選帝侯宮廷のオルガニストとなり、教育者としても活躍しましたが、1794年、フランスがラインラントに侵攻すると、ドレスデンに、後にデッサウに移り、1798年に亡くなりました。この作曲家による作品では、ジングシュピールが評価されているといいます。
 Neefeは1779年にボンの劇団の監督になっており、Beethovenは1781年、11歳の頃からNeefeにクラヴィーアを学びました。まだウィーンへの1回目の旅行すら行っていない最初期で、この頃に最初の作品である「ドレスラーの行進曲による9つの変奏曲」WoO.63を書き上げ、続いて所謂「選帝侯ソナタ」と呼ばれる3つのクラヴィーア・ソナタWoO.47を書いています。(因みに前者は、プレトニョフの演奏がDGの全集で、ブッフビンダーの演奏がTeldecのピアノ変奏曲全集で聞くことが出来ます。後者にはかなりの録音がありますが、1,2番だけならギレリスの素晴らしい演奏がDGからCD化されています。)

 Mozartの「魔笛」による変奏曲の主題は、第2幕冒頭の旋律から採られています。始めにテーマが弾かれますが、これを聴くと、Mozartの旋律というのは本当に変奏のテーマとして使いやすい、いい旋律だと思います。確認のために久しぶりに「魔笛」の第2幕を聞きましたが、しばらく聞き込んでしまいました(持っている盤の中で一番オーソドックスと思われる、ハイティンクのバイエルンRso.の録音)。
 全く知らない曲なので、耳で聞いただけの印象(ただ、テンポも技法もピアノの素人が聞いた限りの印象で、おまけにこのCDには変奏毎のインデックスが入っていないから、正確ではない)では、
テーマの演奏から始まり、分散和音を使ったり装飾的にしたアレグレットの第1、2変奏、若干リズムに変化を加えた第3変奏、第4変奏でアダーショの短調の変奏に入ります。この変奏は、どちらかというとドラマティックな変奏で聞き所。装飾音を施したアンダンテの第5変奏、練習曲を思わせるアレグロの第6変奏、第7変奏は、第4変奏とは趣向を変え、沈鬱な表情の短調変奏、アルペジオの上昇下降を繰り返す音型の第8変奏、スタカートとシンコペーション・リズムをもった第9変奏、最後にコーダで締めくくる、と言ったところでしょうか。
 Dittersdorfのテーマによる変奏曲の方は、彼のオペラ(ジングシュピール)「赤い小頭巾(Das rothe Käppchen)」のDas Fruhstuck schmeckt veil besser hier によるもの。このオペラは1788年にウィーンで初演され、1792年2月にボンでも初演されました。Beethovenも同じオペラからアリエッタ「昔老人があった時」の主題による13の変奏曲を書いています(WoO.66 1792)。
 曲は大体同様の構成で、変奏が増えている分だけ、右手のオクターヴ高い変奏とか、3連符を使った特徴的リズムの使用、左右交代のトレモロの使用など変化をつけています。ただし、短調の変奏はひとつだけで、堂々として厳粛な雰囲気のコラール風コーダで締めくくります。
 曲としては、変化はあるものの、定型的な変奏という印象。例外は、それぞれの短調の変奏で、特に後者の第7変奏は非常にロマン派好みの雰囲気で聞かせます。
 ついでに、Beethovenのボン時代の変奏曲を4曲ほど聞きましたが(WoO.63,64,65,68)、やはり、師匠の上をいっているように思います。Neefeの割と定型的な変奏パターンに比べると、Beethovenの方は、後の劇的効果を変奏の中に盛り込んでいて、さすがと思わせます。比較に使ったのがDGのプレトニョフの演奏で、NeefeのP.クラーネンというピアニストとは格段の違いがあることは確かで、適当な比較にからないかも知れませんが。

 Beethovenの曲で、まずはじめに入っているのが初期の7つの歌曲。
人は炎を隠そうとする WoO.120
愛する喜び WoO.128
カンツォネッタ「おお親しい森よ」 WoO.119
ミンナに WoO.115
時は続きて WoO.116
親愛なヘンリエッテ Hess.151
自由な男 Hess.146
 この中で、珍しいのはHess番号をもつ2曲。2曲目は、1794年に改訂されたWoO.117の第1稿にあたるものらしい(1792頃?)。
 次に、ゲーテの有名なミニョンの歌に曲をつけた「あこがれ」WoO.134の4つのヴァージョン。4曲とも作曲されたのは1807年から08年にかけてで、順に、第1曲ト短調 4/4 、第2曲ト短調 6/8 、第3曲変ホ長調 3/4 、第4曲ト短調 6/8。これは、手直ししたものではなく、それぞれ同じ詩につけた別々の曲です。確かにこの4曲を全て収めている録音は少ないのかも知れません。私の持っているシュライアーのBerlin Classics盤とF=ディースカウのEMI盤にはWoO.146の同名の曲(こちらは、1715-6年にライヌィヒの詩に作曲したもの)はありますが、この曲は入っていません。プライのCapriccio盤ではP.コバーン(S)が第4曲を歌っています。気のせいか、最後の4曲目が一番いいような気がします。

目録にないハ長調のピアノのためのスケッチ
これはライナーによると、恐らくピアノ・ソナタ第3番op.2-3のスケルツォ楽章のためのもの。

 次に、スケッチブックからの9つの断片。ハ長調Hess.59、ハ短調、メヌエットハ長調、ハ長調、アンダンテ変ロ長調、ニ短調、メヌエットニ長調、イ長調、ニ短調のそれぞれ断片。これらは3曲目のメヌエットが2分程度ありますが、それ以外は1分前後の小品で、4曲目のハ長調の小品は20秒ほどしかありません。全て1790年代半ば頃までのもので、Beethovenの個性を感じさせるものはありませんが、どれも愛らしい小品。

 最後に一番気になる、ハ短調の交響曲のためのスケッチHess.298。Beethovenの9つの交響曲はどれも大傑作ですが、それ故に、他に手をつけたものがあれば聞いてみたいと思うのが人情です。クーパーによる第10番の録音もたいした内容ではなかったが結構売れたようですし、偽作ではあってもイェーナ交響曲は聞いてみたい(どなたかこの録音をお持ちではないでしょうか。過去にコンヴィチュニー盤とEternaレーベルに録音があった筈なのに聞いたことがない)。
 ライナーによると、
 Beethovenは第1交響曲を作曲する前、少なくとも2度交響曲的ジャンルの曲を試みている。1795年頃には既にハ長調の交響曲に取りかかっていたが、翌年にはこの計画を断念している。更に早い計画は1786年から90年頃のことで、まだボンにいた頃である。ブリティッシュ・ライブラリーにあるKafka雑録には、ハ短調交響曲の第1楽章Prestoの草稿を含んだ文章のうちの1頁を収めている。F.Steinは1912年にこの草稿を編曲して出版しているが、より正確な版はJ.Kermanの著書にある。この魅惑的な2声の草稿は111小節ほどで、少し前のピアノ四重奏曲第1番WoO.36-1(第1楽章変ホ短調で主題が現れる部分)で使われていたテーマを含んでいる。WoO.36のピアノ四重奏曲からの他のテーマは後の作品にも使われている。この録音でAnatol Karemacherは提示部の最後のところまでを演奏しているが、オリジナルのスケッチはもう少し長い。
 
 曲はハ短調という非常に興味深い調で書かれています。Beethovenにとってこの頃既にハ短調という調性で交響曲を書くつもりだったのでしょうか。調性もあって、確かにBeethoven的ではありますが、どちらかというとピアノ・ソナタに似合いそうな曲調。Mozartの25番、第1楽章の特徴的なテーマを単調にしたような雰囲気とリズムは確かに魅力的な楽想ですが、オーケストラで演奏したらどんな風に聞こえるのかちょっと想像できません。Beethovenは1787年にウィーンを訪れた際Mozartに会っていますから、そうした影響がこの曲に反映していたのかも知れません。
 ライナー中にあるWoO.36-1のピアノ四重奏曲はBeethovenの室内楽の中でもかなり珍しい部類に入る初期の曲で、1785年の作曲。同じ編成の3曲のうちの1曲で、Adagio assai、Allegro con spirito、Thema con Variazioni,Cantabileの3つの楽章から成ります。実際に曲を聴いてみると、この主題が現れるのは、上記ライナーで書かれている第1楽章ではなく、第2楽章のAllegro con spiritoの主題としてです。音型は若干変わっているものの、確かにこの主題を使っています(この楽章は何と、変ホ短調!)。比べてみると、スケッチの方は交響曲を念頭に書かれたことによるのか、確かにより劇的に構成されていることがわかります。
 Beethovenは交響曲というジャンルに対してかなり慎重な人だったけれども、この陽の目を見なかった交響曲が完成していたら、現在聞かれる第1交響曲とは全く違った曲が出来上がっていたでしょう。

このCDは、実は第2集にあたるもので、第1集は、ライナーの裏表紙に広告があります。これは85年にリリースされたもので、DIGITAL録音ですが説明にはRecordとあります。私の所有しているLPとも番号が一致しているので、少なくともこの時点ではCD化されていない録音のようです(3890185A)。こちらの方は、やはり小品(断片)が6曲のほか、Haydnに師事していた頃の対位法的習作とAlberchtsbergerに師事していた頃のフーガの習作を収めています。
Neefe:
モーツァルトの「魔笛」からのテーマによる9つの変奏曲/
ディッタースドルフの「赤い小頭巾」からのテーマによる12の変奏曲

Beethoven:
人は炎を隠そうとする WoO.120/
愛する喜び WoO.128/
カンツォネッタ「おお親しい森よ」 WoO.119/
ミンナに WoO.115/
時は続きて WoO.116/
親愛なヘンリエッテ Hess.151/
自由な男 Hess.146/
あこがれ(4version)/
ハ短調の交響曲のためのスケッチHess.298/
ピアノのためのスケッチ ハ長調/
9つのスケッチブックからの断片 Hess.59他

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