Mozart:ホルン協奏曲第1番ニ長調K.412+514(386b)
Mozart:ホルン協奏曲第2番変ホ長調K.417
Mozart:ホルン協奏曲第3番変ホ長調K.447
Mozart:ホルン協奏曲第4番変ホ長調K.495

A.シヴィル(hr) O.クレンペラー/PO.
60.5.11-12,18-19 Abbey Road Studio, London (EMI) Stereo
Testament
SBT 1102
A
TOCE-6807(国)


A.シヴィルは1955年までビーチャムが創設したRPO.に在籍していました。同じくRPO.に在籍していたブレインはPO.にも在籍していて、かつ個人的にも演奏会を持つなど極めて多忙でした(PO.のホルンセクションには当初親友デル・マーも在籍していましたが早くに指揮者へ転向していた)。ブレインが1954年RPO.を辞して、シヴィルはRPO.のトップになったのですが、そのすぐ後、PO.がカラヤンとアメリカ・ツァーをしたとき同行し、そのままPO.に移籍しました。最初3番ホルンでしたが、1957年亡くなったブレインにかわりトップとなりました。1964年のPO.解散の危機の時、カラヤンからBPO.への移籍話があったようですが、団員による自主運営となりそのままPO.に在籍(この時代わりに入ったのがザイフェルトだったらしい)。1966年からBBCso.へ移り1988年の引退まで在籍。翌年1989年5月21日ロンドンで亡くなりました。享年60才。この間、管楽アンサンブルやソロとしても活躍、ブリティッシュ・ホルン・ソサエティ会長も務めたそうです(現在はタックウェルの名前があります)。

 この曲でまず思い浮かぶのはデニス・ブレインがカラヤンと入れた名盤でしょう。これは53年11月にPO.と録音されたもので、クレンペラーがEMIに録音し始める僅か1年前のことでした。カラヤンの指揮はメリハリのあるそれでいて流麗で実に気が利いています。ブレインのホルンも実に流麗で、様々な表情を持っています。これは録音にも依りますが、倍音の中で芯のある音階を奏でているような、決して大きい音ではないもののフワッと広がっていくような音は、人を眠りにさようような心地よさがあります。
 ブレインの不幸な死がなければシヴィルの録音はこの時期に実現していなかったでしょう。ブレインは54年のHindemithホルン協奏曲のセッションでクレンペラーと全く意見が合わず録音を断念してから、例え生きていても再びこの曲をクレンペラーと録音することはなかったでしょうし、同じホルンセクションのシヴィルがソロを務めて録音をすることはちょっと考えられません。ブレインのHindemith録音の失敗については、テンポの相違ということもあったようですが、この60年の録音でさえカラヤンの指揮の盤と比べてもそう極端に遅くはありませんから、きっと原因はそれ以外の点にあったのでしょう。クレンペラーのことですから恐らくこの華々しい活躍の若造を良くは思っていなかった筈で(ブレインがカラヤンと大の仲良しだったということもあったのでしょうか)、クレンペラーが乗り気ではなかったのが原因だろうと思います。

 シヴィルのホルンはたいそう恰幅の良い、大変暖かみのある音です。シヴィルはオーケストラの時とソロの時は違う楽器を使っていたそうですが、素人の私には違いが分かりません。技巧的な面を意識させることがなく、ゆったりとしたテンポで、洗練された響きの良い音は、一方では素朴な本来のホルンの音を聴かせてくれているようでもあります。特にフッと解き放たれて広がっていくような高音域は美しく、音色のせいもあってころころと転がるような流麗さと軽さを兼ね備えた音が素晴らしいですね。例えば3番の終楽章での軽やかなパッセージに見られる演奏。そして4番のロマンツェでのおおらかな歌。ブレインと比べれば幾分楷書的な演奏と言えると思いますが、Mozartらしい明朗な楽しげな音楽です。

 それにしてもここで聴かれるシヴィルの音は例えばドイツやウィーンのホルンの音とはかなり違うように思えます。私は楽器については詳しくないので細かいことは分かりませんが、奏法はもとより楽器の違いが相当大きな要素になっているということはあると思います。デニス・ブレインは愛器「ラウー」、そして「アレキサンダー」を使っていましたがシヴィルもまた「アレキサンダー」(1948年に48ポンドで買った愛器)でした。シヴィルのホルンはデニス・ブレインの父オーブリーに習ったこともあってデニスの音に非常に良く似ています。歌い口の点でブレインの方が中空を舞うような自由な闊達さが窺われますが、音が空間に馴染むようなフワッとした音は共通しています。同じロンドンのオーケストラでもLSO.に在籍していたタックウェルとは全く違います(楽器も違う)。
 ブレインが存命中のPO.、そしてシヴィルが吹いていた時期のPO.はこうしたホルンの音に支えられていました。特に50年代のPO.の音は非常に透明感が高く、ホルンも絵画の背景のような雰囲気を醸し出すたおやかな音です(カラヤンの演奏でも)。クレンペラーがPO.のホルンセクションの音が小さい、と言っていたのはこうした独特の音質に違和感があったためではなかったかという気がします。確かに他に見られるような輪郭のはっきりした押し出しの強いホルンの音ではないので、特にロマン派以降の強い金管が要求される音楽の中では物足りなく感じられるかも知れません。しかし、ここで聴かれるMozartの音楽の中ではむしろラッパのように響かないシヴィルの音が、いかにもホルンらしい優美な色合いを持っていて気持ちがよいものです。
 Testament盤にはクレンペラーのMendelssohnの「真夏の夜の夢」からホルンが活躍するノクターンを収録していますが、これを聴くとシヴィルも含めたホルンセクションの音が音楽の重要な雰囲気を作っているのを改めて感じさせます。

 クレンペラーの伴奏は、珍しいくらい弾力があって愉悦感を感じさせるものです。同僚の伴奏ということで、PO.もソロがやりやすいようにサポートしていたのでしょうか。特にTestament盤は音がいいです。音楽が入る前にテープヒスが聞こえますが、余計な整形を加えていない証拠でしょう。シヴィルのホルンも勿論その恩恵を受けていますが、クレンペラーの伴奏が実にしっかりしていることが分かります。

 なお、LPの時代には独盤で聴いていたのですが、引っ越しを繰り返すうち見あたらなくなってしまいました。ジャケットはTestamentから新たに出たものとMozart没後200年に因んで久しぶりに出た国内盤(廉価盤)。

1番 2番 3番 4番
シヴィル-クレンペラー/PO.(60.5) 8:39 14:26 16:03 16:43 Testament
ブレイン-カラヤン/PO.(53.11) 8:23 13:48 15:46 16:03 参考