Mahler:大地の歌 (1) O.クレンペラー/VSO. E.カヴェルティ(Ms) A.デルモータ(T) 51.3.28-30 Vienna (Vox) Mono (2) O.クレンペラー/PO.,NPO. C.ルートヴィヒ(Ms) F.ヴンダーリヒ(T) 64.2.19-22/66.7.6-9 Kingsway Hall, London (EMI) Stereo ![]() |
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(1) Vox CDX2 5521 TEXEDO TUXCD 1036 Archipel APRCD0041
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![]() デルモータの声は張りのある声というのではなくてどちらかというと角の丸い甘さの勝ったような感じですが、精一杯さが伝わってくる歌。3楽章では歌が随分マイクに近い感じでちょっと違和感がありますが。 カヴェルティはペシミスティックなこの曲、特に終楽章には明るい声質で、こう言っては何ですが可愛らしい声。クレンペラーの締め上げるような強い音楽に対しおっとりとした歌い方で、この演奏がまるで暗いだけの演奏になるのを救っているようでもあります。 この録音は当時新しい録音媒体であったLPのためにVox社が強く求めていたものだったようで、クレンペラーにとってもコンサートを振るより実入りは良かったようです。録音はBeethovenの6番、Brucknerの4番、ミサ・ソレムニス、「大地の歌」の順に矢継ぎ早に行われ、選曲も新しく出始めたLPにちょうど見合った曲が選ばれています。 なお、データによるとこの一連のVox録音の後、クレンペラーは、少し前亡くなった(51.3.21)メンゲルベルク(Mahlerの良き友で最大の理解者でもあった)のために3月31日アムステルダムで追悼コンサートを振っています。周知のとおりメンゲルベルクはナチスへの協力を問われ戦後指揮することはありませんでしたが、クレンペラーは戦後6年位しか経っていないこの時点でさえ、指揮者としての彼の功績を忘れるわけにはいかなかったのです。この時の曲目にはBeethoven3番「英雄」と「大地の歌」から「告別」 Der Abschied がありました。この異様に表現主義的なVox録音には、Mahlerとメンゲルベルクの2人の告別の情が反映されているのかも知れないことを考えると少し聴き方が変わるかも知れません。 Archipel盤は当初ライヴとの情報がありましたが、これはVOX録音。24bit/96kHzでのリマスターとありますが、音が良くなっているとは思われません。また、タイミング表示は不思議なことに6楽章とも秒までTUXEDO盤と同じ。 ![]() 第3楽章は中国的な雰囲気の幾分明るめの調子。スケルツォ的性格も含めて意識的に逆説的な厭世的を表現した楽章で、歌詞の内容は結構アイロニカルではあります。第5楽章の表現はさらに自由でこうした歌唱は恐らく他では聴けないでしょう。美しい声を保っての高域ののびやかさ、「歌う」ということを第一とした声そのものの表情が、この不世出の歌い手の天才性でした。 これに対し、偶数楽章でのルートヴィヒは、節度を持った中にも意外なほど曲に没入しているような歌唱です。声域からか、若干低域に苦しいところが見られますが、特に終楽章では内側から導かれる劇的な響きが歌の造型性の揺るがすほど情感をもった表現です。 第4楽章の中程から音楽は高揚し、アルトが早口になるところでもそれほどテンポは上がりません。この対照は通常もっと明確に対比させて効果をあげたくなるところですが、クレンペラーの演奏では音の細部がつぶれないような配慮により、安っぽい感傷に傾くのを避けているような感じがします。 タムタムを伴った終楽章の重苦しい出だしも1楽章の冒頭と同じく何とストイックな音楽なのでしょう。無骨ではあっても非常に安定した、極端に言うとソリストの便宜を図るようなところが全くなく、ただ音楽の造型だけを求めたような音楽です。およそ伴奏という意識がありません。木管が常に弦と対等以上に扱われていることにより感傷に寄りかかることのない室内楽的とも言えるような輪郭線の確かさ。結果として非常に構造が明確で、言葉はおかしいかも知れませんがアルカイック的な線の美しさを感じさせます。絶望のうちに終わるのではなく天国的に静かに眠るように。 この演奏では、Mahlerが意図した楽章の対照性よりはるかに2人のソリストの歌のコントラストが重要なファクターとなっているように思えます。この2人の対照的な歌が、何の違和感もなく、むしろクレンペラーのパレットの上の鮮やかな色彩として映えています。 なお、この曲はアルトの代わりにバリトンを使うことも出来ます。クレンペラーも「対話」の中で、過去に2度アルトの代わりにバリトンを起用した演奏をしたと言っています(戦前にショル、戦後にフィッシャー=ディースカウと)が、曲が単調になるという理由でアルトのほうが好ましいとしています。確かにバリトンを使うことには音楽的に言って積極的な理由は何も見つかりません。 この盤は昔から同じMahler同門でこの曲の初演者であるワルターVPO.盤とともにこの曲の1,2を争う名盤と言われています。ただし、演奏の上では全くと言っていいほど正反対のアプローチで、片や構築的な再現性の極致、片や知情意を兼ね備えたドラマ、とも言えるでしょう。 ワルターの演奏ではテノールをパツァークが、アルトをフェリアーが歌っています。ワルターの指揮は、絶妙なテンポの収縮やアーティキュレーションの使い方があって、VPO.の音とともに劇的な素晴らしい演奏だと思います。でもパツァークの歌い方は私には何か脳天気に感じられて好きではありません。フェリアーはやはり中域から下の方の声の広がりが見事です。これは声質も含めてルートヴィヒとは対照的な歌でしょう。単純に比較できませんが、高域の、例えば上昇パッセージでの昇っていってスーッと消えるところなどは芯のある硬質な声のルートヴィヒに比べると繊細な美しさで少し劣るかなという気がしますが、下降パッセージで降りてくるところの声の広がりは独特の安定感があります。また、イギリス人なので子音の発音が柔らかく、きりっとした輪郭線を描くというより筆のタッチを思わせます。 ワルターの演奏は、Mahlerの意図を極めて誠実に、音楽的に再現されています。それは楽譜を正確に音を再現するという意味ではなく、Mahlerが音楽をどのよう響かせることを意図して楽譜を書いたのか、ということをすごく良く表現できた人だと思います。(特にこの曲に関しては、ワルターが初演者であり、Mahlerから演奏についての情報を得ていただろうことを別にしても。)恐らくMahlerは今演奏されているより遙かに情緒的な響きを求めていたと思われますが、ワルターはその辺を実に音楽的に表現しているように思えます。ワルターの歌い方、音の強弱、5楽章から終楽章にかけての大きな高揚感から静寂への効果的転換、ドラマチックでまさにひとつのストーリーを感じさせます。 ワルターに比べ、クレンペラーはこうしたドラマを全く感じさせません。 個人的には、ワルターの演奏とクレンペラーの演奏の決定的な違いは、恐らく歌の扱いとオーケストラの響きの点にあると思います。クレンペラーの声の扱いは少なくともクレンペラー側から見れば器楽的なところがあります。勿論ヴンダーリヒの歌唱には、テンポを除いて制約されたようなところはありませんけれど、クレンペラーの方はヴァイオリン・ソロと同じようにスコアに音がある、といった扱い。決して歌手の歌いやすいような演奏をしているわけではありません。 響きの点で言えば、ワルターの方が遙かにシンフォニックで歌謡的。加えて劇的効果も上。これに対しクレンペラーは録音の仕方も影響していると思いますが、むしろ室内楽的な響きを求めたかのような印象です。勿論クレンペラーのオーケストラが小編成であると言うことではありませんし、箱庭的という意味でもありません。9番では端的に感じられることなのですが、重層的でありながら線がしっかり見える演奏と言えます。オーケストラの規模が違いますが、これはBachロ短調ミサの感動的な演奏を思い出させます。 これは演奏上の問題ではないのですが、この曲の歌詞、つまり中国の漢詩からとられた詩の内容(ベトゲの訳とMahler自身の選択を別として)は、我々が昔漢文の授業で習った頃の感覚で言えばそれほど厭世的でもペシミスティックでもないように思えます。極端に言ってしまえばそれはその時代のひとつの文学的技法でもあった訳で、どうも私たちはその歌詞、例えば1曲目の「生は暗く、死もまた暗い」というようなテキストを随分Mahler寄りに引きつけてしまいやしないか、という気がしないでもありません。聴く側からの勝手かも知れませんが、Mahlerが人一倍ペシミストで尚かつ体調の思わしくない状況にあったとしても、あまりにこれらに偏った聴き方はむしろ視野を狭めることになるような気がします。作曲者が自分の作品を世に出すときに何も個人的な情報まで披露するわけではないのですから。 この曲での私の好みは、あくまで西欧音楽の枠内でやっていることが演奏の上でわかるような演奏です。冒頭、いかにも中華風に響くのはちょっと苦手です。私が初めてこの曲を聴いたのは(四半世紀も前のこと)ライナーの盤だったと思いますが、冒頭のホルンのフレーズが、東洋の人間としては気恥ずかしいくらい強調された強い響きで、少し辟易した覚えがあります。と言っても決して情に寄った演奏ではなく、むしろ逆に突き放したような意志の強い演奏ではあるのですが、あまりきつく響かせると無理に中国的な衣を纏っているような印象が強まって却って意気消沈してしまいます。私にとってライナーはむしろ好きな指揮者ではあるのですが、どうもこれだけは好きになれませんでした。 それ以降も(格別Mahler好きというわけでもなく良い聞き手でもないのですが)幾種となくこの曲を聴いてきましたが、あちこちで書かれ言われている「絶望的な諦観」の類の説明が曲に先行してしまって、その後しばらくの間この曲を聴くのに疎遠になってしまいました。そして、そういった作曲者の事柄と曲を切り離して聴けるようになってから、ただ単純に美しい曲だと思えるようになりました。恐らくこのクレンペラーの演奏を聴いてからだったと思います。 なお、この演奏は64年と66年の2回に分けて録音されていて、オーケストラ名もPO.とNPO.が併記されています。これは64年3月、レッグがオーケストラの解散を通告したことにより、NPO.として再出発したことによるものです。
![]() では、録音を残さなかった曲についてどう考えていたのでしょうか。 交響曲第1番 「第1交響曲はこれまでに一度しか指揮したことはなく、わたしはこの曲の終楽章が大嫌いです」(「クレンペラーとの対話」) 交響曲第3番 この曲に関してはクレンペラーは全く関心がなかったようです。しかし、クレンペラーがMahlerのリハーサルを始めて目にしたのは1907年の1月、ベルリンのことで、この時の曲が3番でした。クレンペラーはそこで舞台裏のサイド・ドラムを任されていましたが、生涯この曲を振ることはありませんでした。 交響曲第5番 「第5交響曲では第1楽章の葬送行進曲は大好きですが、スケルツォは長すぎます。それからアダージェット−ハープと弦楽のための小曲−はとても良い曲だが、まるでサロン・ミュージックです。終楽章もやはり長すぎる。だからわたしはこの交響曲を指揮したことがないのです」(「クレンペラーとの対話」) 交響曲第6番 「これは大作です。終楽章はほんとうにそれ自体のなかにひとつの宇宙を形づくっています。それは生と死の悲劇的統合です。しかし正直なところ、わたしには理解できないのです。さらにわたしは第1楽章の第2主題(注:これは一般に「アルマの主題」と呼ばれるものでしょう)は非常に問題があると思います。これは複雑きわまる作品です。マーラーはこの曲にたいへん感動し、自分自身のために書いたのだと思っていたのです。」 クレンペラーはこの曲を何度か指揮しようとしましたが、結局一度も実現しませんでした。しかし、自身の回想には、O.フリートがこの曲を指揮したとき、チェレスタを弾いたことが語られています。指揮したことはないが、演奏したことはあるのです。 交響曲第8番 この曲について、クレンペラーは否定的ではありませんでした。9番には劣るかも知れないが、十分評価していました。実際、最晩年(69年からのシーズン)にこの曲を演奏、録音する計画がありましたが、結局莫大なコストと体力的な不安のために諦めざるを得ませんでした。時機、既に遅しです。クレンペラーはこの機会を逃したことにより一度もこの曲を振ることはありませんでした。 交響曲第10番 L&Tによれば、1924年12月28日、当時最新のKrenek編による2つの楽章(アダージョとプルガトリオ)を演奏しています。アダージョの方は今日も演奏されていますが、プルガトリオ(煉獄)は第3楽章になるべき曲で、Mahlerの死後の1924年、次女アンナ・ユスチーナの婿で作曲家KrenekがBergや指揮者のシャルクの協力により補筆したものです。これはシャルクが同年10月14日ウィーンで、Zemlinskyがプラハで初演、クレンペラーがその年の末、ベルリンでドイツ初演しました。 クレンペラーはその後も1961年4月24日にアダージョのみを演奏していますが(今後録音が出てくる可能性あり?)、結局は、この未完の作品についてはMahlerの意志(死後に焼却するように)を尊重して、演奏されるべきではないと考えていたようです。また、クックの全曲版のスコアをクレンペラーは見ていたのですが、否定的でした。 |
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(2) A CC33-3265(国) A EAA-93091B(国LP)
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