58年前

 

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<スヤスヤ(いいにおいがします)

私の父の誕生日に実家にファックスを送った。「58回目の誕生日、おめでとうございます。58年前は病院で出産をするんじゃなくて産婆さんが家に来てくれてたのでしょうか」

父からの返事。「58年、改めて言われてみるとずいぶん生きたものだと思います。あの頃満州では多くの赤ん坊は生きられなかった。今こうして生きているのも運がよかったのかなと思います。」

父が2才のときに戦争が終わって、一家で満州から引き上げてきたと聞いている。船で何日もかかって。当時の苦労は、いまどきのお母さんのベビーカーを抱えて駅の階段をあがる大変さなんていうのとは比べ物にならないだろう。そのとききょうだいは4人、祖母のお腹の中にもうひとり。もしかしたら、生きて一緒に帰れなかったきょうだいもいたのかな。

お国のために男の子を産んで育てて、戦争に行って戦死して、、、。お母さんは嬉しいはずがない。だけどそれを口に出すこともできなかったのかな。

今は、どうだろう。お父さんは子どもが起きる前に家を出て、子どもが寝てから家に帰る。毎日子どもの寝顔しか見られなくて嬉しいはずはない。昔と違って声に出して言うことはできるけど、なかなか早く帰ることは難しいらしい。(一般論ですよ、念のため)

 

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