埼玉県鶴ヶ島市 ( 市議会議員 ) 公明党

山中もとみつ スマッシュ通信

肝高の阿麻和利2009
 肝高の阿麻和利東京公演2009  肝高の阿麻和利 鶴ヶ島応援団


肝高の阿麻和利映像

http://staff.ti-da.net/e2140219.html
   
■■地域ICT利活用事業の鶴ヶ島ポータルサイトに「肝高の阿麻和利東京公演に応援にいこう」というコミュニティも是非参照下さい。ただし、mixiのように紹介が必要です。■■

2003年鶴ヶ島市には、勝連町から肝高の阿麻和利の公演が来ました。高校生を中心に郷土の英雄の演劇を演じる彼らに多くのものを学びました。

 この度、10周年記念で東京公演を行うということを伺い、鶴ヶ島市からも応援に駆け付けたい!できれば平田大一さんや肝高の子らと交流したい!という事で、動き始めました。。

6月21日

 ☆「肝高の阿麻和利」阿麻和利のOB、OGとのトーク
関東再演(8月19-20日)記念☆

テーマ『まちを変えるのはどんな子どもたち?』
主催:風の輪
日時:6月21日(日)
時間:14時半〜17時半   (14時開場)
場所:コラボ21(さいたま市浦和区高砂2-3-10黒澤ビル3階)
参加費:無料

に参加しました。久々に肝高の歌を聴けて感激しました。
東京公演のチラシ 

7月5日
 8月19日20日そして21日と行われる「肝高の阿麻和」「オケヤアカハチ」の公演プレイベントに参加しました。
 演出家の平田大一さんは、僕の尊敬する人で、その講演が伺えて、また、著書にサインもいただき、有意義な時間でした。

会場入り口  ダイナミック琉球の演技 南島詩人 平田大一さん
小松さん、宮部さんと行ってきました。

発足したサポーターズにも入会し、時間があれば、スタッフとしても本番に参加できる(^.^)ようになりましたが、そう、歴史的な総選挙が決まり、8月20日の公演は公示の2日後という事で、一転公演に行けるかも不安な状況に…。

しかし、奇跡的に予定がうまくつながり、抽選でご招待された前夜祭に出席、そして22名で押し寄せた本番も無事迎える事が出来ました。

8月18日

 6年前に我が鶴ヶ島市にまで来てくれた「肝高の阿麻和利」の10周年イベントとしての2回目の関東遠征、東京公演の前夜祭が開かれました。公示の日ですが、たまたま、東京まで行かなくてはならない用事があり、ご招待されていましたので、顔を出す事が出来ました。

 大人たちと子ども達のいい触れ合いの中で、みんないい子に育っている…というような、もう保護者になったような気分でした。(^^ゞ

 このエネルギーから、元気をいただきました。

現役の演技 肝高の歌

8月20日
このレポートを書き終えるのはさびしい限りです。本番は、最高でした。ちょっとは、6年前の恩返しができたと思いました。
 


肝高の阿麻和利に触れて
(きむたかのあまわりにふれて)

勝連城址 肝高(きむたか)とは、気高い心と言う意味。=時がながれても、命巡っても、わすんなよ夢を 肝高の夢を。=勝連町の高校生、中学生が中心となって演じる組踊(くみおどり)「肝高の阿麻和利」。肝高の夢とは、その勝連の子達だけでなく、全ての人が忘れてはいけない想い。主役をはっていた子どもでも高校生を卒業すれば今度は裏方に回り支える側になる。勝連を出た子どもたちもその誇りを胸に人の光になる事を目指す。自分の地域、自分の足元を見つめなおすー子どもたちは、そこからスタートするという。そして、組踊・阿麻和利へ裏方での参加を望む子の方が多いという。子どもが変わると地域が変わるー後継の子がいることで今の自分の努力は決して無駄でないそう大人が信じられるのではないか。どんな高邁な理想も行動も後に続く人間がいなくては・・・=黒い雲が目の前に立ちはだかる時もその想い持ち続けられれば目の前の扉は開くのだ=そんな組踊「肝高の阿麻和利」が、沖縄のこども達とともに、この8月4日(月)鶴ヶ島市の東公民館で演じられた。これで終わりなんですかね、なんかさびしいですね、という僕の問いかけに、鶴ヶ島のスタッフの一人は、ここからが、始まりです、とそう答えた。

 阿麻和利(あまわり)のストーリー

(いわゆる通説と違い劇中での内容です。)
阿麻和利は百姓出身であったが(劇中だと海を渡ってくる)その才覚と人望により頭角を表し、14世紀初め領民に推されて暴君であった当時9代目按司(あじ:城主のこと)望月を成敗し、英雄として自ら10代目城主となった。
 阿麻和利の治める勝連の繁栄ぶりは、1429年に三山統一を果たしていた首里王府にとって大きな脅威となっっていた。首里王府は勝連に対し、牽制として三山統一に多大な功のあった名将の護佐丸を勝連と首里の中間にある中城(なかぐすく)城に移した。劇中では、首里王府の策士:金丸の策略でその護佐丸と阿麻和利を共に戦わせ両者とも倒そうとする。まず護佐丸と身分の釣り合いをとらせる為、王の娘、百十踏揚(ももふみあがり)を阿麻和利に嫁がせる。そのとき百十踏揚(ももふみあがり)の幼馴染の大城賢勇(うふぐすくけんゆう)も目付け役として一緒に勝連城に来る。
 そして1458年、「護佐丸は王府に対する謀反を企てている」と首里王府からの護佐丸討伐の命が下る。阿麻和利は中城(なかぐすく)城を攻め護佐丸を自害に追いやる(護佐丸の乱)。実は、首里王府の功労者の護佐丸は、百十踏揚(ももふみあがり)の祖父であり、政略結婚とはいえ、心を開きかけきた妻の父の命でその祖父を討たねばならない阿麻和利・・・そして悲しむ百十踏揚(ももふみあがり)をただ見守るしかない大城賢勇(うふぐすくけんゆう)様々な思いが交差する。=今までの通説だと「阿麻和利こそ謀略により王府転覆をもくろむ謀反人」で「護佐丸は悲劇の忠臣」
公演後参加者が会場ロビーに 阿麻和利が策略で護佐丸に無実の罪をきせたことになっている。首里王府にそのことを察知され、そこで阿麻和利は先手を打って首里城に軍を向けるが大敗する。 勝連城に敗走した阿麻和利は追撃して来た鬼大城(賢勇)を大将とする王府軍により攻められついにここ勝連城で戦死した(阿麻和利の乱)。・・がこれらは、表面上の史実であり「実際はこれら2つの乱は政権安定を目指した首里王府が仕組んだ策略であった」わけである。
 実際これら両者の滅亡によってようやく琉球王府の全島支配は揺るぎ無いものになったのである。=
 大城賢勇(うふぐすくけんゆう)は策士:金丸の命により護佐丸の娘といわれる娘二人鶴松と亀千代を含めた旅芸人を勝連城に招き、踊りに乗じて酒で酔わせた阿麻和利を敵討ちの名目で暗殺させようとする。あえてその刃を受けた阿麻和利・・・金丸の策略だと反撃しようとする仲間を制し「もはや無駄に命を捨てる時世ではない。肝高の子らよ勝連を、琉球をたのんだぞ」と未来を信じ、報復の連鎖をあえて自分で切る道を選び、死んでいく・・・ここで舞台はフィナーレへと移っていきます。
* 三山時代
 三山時代は1314年から約100年余り続いた琉球の戦国時代であり、今帰仁グスクを拠点とした「北山」、浦添グスク(後に首里城に移動)を拠点とした「中山」 島尻大里グスクを拠点とした「南山」の3勢力が対抗した時代。それぞれの王は中国と外交・貿易を行って勢力争いにしのぎを削っていた。中山王の尚巴志が1416年に北山を、1429年に南山を滅ぼして琉球統一を成し遂げ三山時代は一応幕を下ろした。
よみがえれ!!阿麻和利の精神文化

 思えば「逆臣・逆賊」とのレッテルを貼られて500年、現在知られている阿麻和利とは違った視点で歴史を検証し民草の王としての阿麻和利按司の真の姿見つめ直すことが、この取り組みのはじめからのテーマでありました。次代を担う子どもたちわが町の偉人の生き方を1つの精神文化として受け継いでもらいたいーそんな思いがつまった過去の舞台は町内外の支持に支えられ、大きな反響を呼び、大成功のうちに終える事ができました。
 何よりも、今や地域活性化の原動力として、また「人材育成」の学び場として、舞台本番にいたる稽古のプロセスそのものが県内外の教育者の注目を集めているところであります。
 結びに脚本の賢筆をふるっていただきました島津与志先生、また子どもたちの力を十二分引き出した力強い演出の平田大一先生を中心にお世話いただいているスタッフの皆様への感謝を申しあげ私のあいさつとさせていただきます。

勝連町教育委員会
教育長  上江洲安吉

=肝高の阿麻和利観賞用パンフレットから抜粋=

阿麻和利の生き様に学ぶ

 1999年10月勝連町教育委員会からの呼びかけで中学生を中心とした「阿麻和利の劇」演出の依頼があった際、ぼくには、地元の偉人に目を向け、地域の歴史に思いを馳せることが、自分の足元を見つめることであり、ひいては「自分自身」を考える大切な作業ではないか、という想いがあった。
 町内にある全ての学校(離島も含めて)自ら訪問し出演者募集のを開き、力一杯子どもたちに参加を呼びかけた。舞台づくりのプロセスにある「ふるさとの学ぶ」こ
との意義を見出していたからである。
 7人で始まった稽古をあえて公開にした。見学に来たギャラリーの中学生から口コミ的に広がり、舞台本番当日には150名の出演者が揃ったのは、奇跡ではあったが、ぼくは一つの確信を得た。それは、この「集い」は、学校や塾や部活動とも異なる「新たなる学び合いの場」になりうるのではないか。この取り組み自体が地域おこしのモデルケースになるのではないか、という強い想いであった。この想いは、強まるばかりである。
 願わくば、子どもたちの成長とともにこの舞台に関わる大人たち、そしてなによりもこの僕が、阿麻和利按司の生き様に近づく1人でありたい、そう願いつつ、今日も稽古場に向かう。

きむたかホール館長
南島詩人 平田大一

=肝高の阿麻和利観賞用パンフレットから抜粋=


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