埼玉県鶴ヶ島市 ( 市議会議員 ) 公明党

山中もとみつ スマッシュ通信

過去ログ02


●行政に依存しない市民



市民が行政依存でなくなってきているということ…それに加えITを使ったネットワーク、確実にその流れはできつつある。傍聴に行ったまちづくり審議会での会長さんの閉めの言葉ですが、ぼくもそう感じています。ただ、まだまだ中途半端なところがあるとも思っています。「鶴ヶ島には大きな企業もないし、税金も高いんでしょ!だから財政も大変なんでしょ!なのにあんな大きな公園作って(`´)/」みたいなことを言う方の方が多い気がします。
税金が高い⇒標準課税で東京でも埼玉のどこでも所得が変わらなければほとんど同じ、財政も大変⇒今までだと標準的な施策で足りない分は交付税で穴埋めされたのでどこもそんなに変わらないし…
大きな公園作って!⇒確かに財政を圧迫するが、実際には、直接税金の負担が増えるわけではないので市民には痛み伝わりづらい。
 目覚めた市民というべき方々の目覚めようも、ちょっとした貧乏性的な部分が大きい。(実は自分自身もそうなのですが(^^ゞ)。そんなに必要のないことで大きなお金を使っちゃもったいない的な…
 ご家庭でもご主人の給料と1ヶ月に必要な食費やお子さんの習い事などあってその中で智慧を使って節約されるのですが、その中でもし、家計費に足りない分は、おじいちゃんから仕送りをもらっていたら、節約しなくて5万円もらっていたのが、がんばって2万円うかせたら、仕送りが3万円に減らされるとしたらどうでしょうか。2万円うかせる代わりにチョット食事をたまには豪華にしようとか(同じ食費ですから)子どもの塾をもう1教科増やそうとか、心の中でおじいーちゃんゴメンと言いつつやってしまうのではないでしょうか。子どもにとっては、たまに家族で豪華に外食は、我が家の当たり前に、塾の科目を増やされるのは、それ自体は大変と思ってもその為に塾にいくら多く払わなくてはいけないのかとは考えが及ばないのではないでしょうか。
 今、頼りになるおじーちゃんからの仕送りは、なくなります。ちょっと贅沢していた分は、なくすか。他のことを削って維持するか。子どもたちにもそれを理解させなくてはなりません。まだ、それまでも節約に努めていたご家庭はいいのですが、おじーちゃんの仕送りを当てにのんびりやってきたところは…
 自分自身がしっかりするだけではまだ足りません。他の家族とお互い子どもを教えあったり、食事の材料を共同で買って少し浮かせたり、行政でいえば、ボランティアで手伝ったりしてお互い助け合うところまで行かなくては…
 でもちょっとこれって大変だけれど素敵な事だと思いませんか。
 その為にも、行政の情報をモット身近に分るようにしなくてはなりません。情報公開よりもっと積極的な情報提供!が必要です。

●党員登録



 例年、9月か10月に行われる公明党員登録が、10月6日に行われました。ホンと、党員さんにはおんぶに抱っこで申し訳ないぐらいです。月に1回の党員会も皆さんの都合に合わせてなかなかできず、四苦八苦していますが、常在戦場で学び行動するそんな党員組織を構築したい!そう決意を新たにしています。
 公明党と言うとその支援者は、創価学会といことが世間でも理解されていますし、実際多いのですが、ちゃんと党員もいて、選挙以外でも活動をしています。その輪を大きく広げて、創価学会の方のみならずそうでない方の割合を増していきたいとも考えています。
その為には、議員として力をつけ、信頼を築き、様々なグループからも応援いただけるようになりたいと決意しています。我々公明党は、誰よりも恵まれた支持者に支えられているのですから。


●畏るべし、女性議員



 特に女性と限っての事ではないので、このような言い方は、ジェンダーフリーの立場からすると思いっきり差別的な言い方で申し分けない限り…実際は、うちの女性議員!ということで限定したものですのでご了解を。
 最近議員になって5年もたつと変に小さくまとまっていて、ちょっと反省している。例えば、雇用問題、仕事の斡旋は、国の仕事で、市町村では、情報の提供ぐらいしかできない…というのが常識なので、たとえば障害者の方から地元での就職を要望されても、ある意味市議会議員だと打つ手はなかなか見出せない。でも議員成りたての時は、分からないなりに福祉課に行ったり、産業課に行ったり、いろいろ動いたハズだ。結果は、やはりはかばかしくないが、その動く事でいろいろ勉強になった。
 うちの女性議員だと、行政の仕組み?!そんなことお構いなしで、「困ってる人がいるんだから何とかしなさい!」みたいな感じで一般質問なんかしてしまう。もちろんいい答弁など出ようもないのだが…でも今回、今年になって規制緩和で市町村でも職業の斡旋が少しできるようになり、市としても地元の企業の求人を取り持つ事業を立ち上げた。ラッキーである!言ってみるもんだ!しかし、それに対しても「4月に予算を決めて10月施行からなんて少し弛んでるんじゃないの!」みたいな質問で追い討ちをかける…ぼくならきっと新規事業だしそれくらい当たり前か、それにしても規制緩和があってよかったな〜ぐらいですんでしまうだろう。現場は常に動いていて、いつ規制緩和が起きるか、また状況が変わるか分からない。よく物事を一般化してはいけないと言われる。たまたま打った手がうまくいったからといって、物事そんなものと決め付けてはいけないと言う事だが、逆の事もいえるのだなとつくづく思う。もう一度初心にかえって、ひとつひとつ確かめながらもう一度地道に頑張ろうっと!
 でもきっと僕には、行政側がその仕組みや財政の事で、様々な要望に対していい返事ができない時に「殻を破れと言いたい!」などと切って捨てるのは一生できないと思う。(^^ゞ
 あとこれも感心するやら呆れるやらという事に思い入れたらトコトンという事もある。例えば、環境問題、EM菌の活用が流行ってそれを取り上げたが、結構、お金がかかること(原液1L2,000円…)、冷静に考えると効果があるのか、ないのか僕には実感できなかった事などもあり、今はチョット距離を置いてみている。同時に始めた女性議員は、EMのビデオなんかほとんど鵜呑みにして、今や洗濯にも洗剤を使わずEMでとかリサイクル廃油石鹸と混ぜて使うとか、いろいろパターンを広げてきている。ちょっと川に鴨が来たらEMで川が浄化されたから!とか…ほとんど宗教のようである。でも、信者?!は確実の増えていて、リサイクル石鹸と合わせて一大地域サポート運動になっている…
 なんでも徹底してやる事のすごさ(恐ろしさ?!)を感じている。僕はといえば、やれデーターがとか、やれ他の事例がとか、支援団体の婦人部が壮年部に抱いている不満「口は出すけど動かない!」を地でいっていてまるで若年寄のようでもある。もう一度、あの女子レスリングの浜口親子のように「気合」で突き進んで、アルミ缶集めや駅前の掃除なんか頑張ろうっと。
 でも僕には、洗濯物を廃油せっけんで洗ったり、布団にEM菌をかけたりとかは多分しないと思う(^^ゞ。


●世界の中心で愛をさけぶ



 「世界の中心で愛をさけぶ」を映画館で見ました。5月にロードショーされて今までのロングランということで大ヒット作です。「セカチュウブーム」も起こりました。いずれにしても5月では、参議院選挙のま最中で、愛をさけぶよりは、演説で年金を叫んでいましたので、3ヶ月も乗り遅れてしまいました。
 丁度1986年と2004年との時代を交差する物語なので、実際は、5年ぐらい差がありますが、ついつい自分と置き換えて見てしまい(いい年こいて笑われるかもしれませんが…)ました。映画で出てくるウォークマンを買ったのは、丁度大学1年の頃でした。見る年代によってきっと受け取り方も違うんでしょうね。ボクには、ついこの前と感じることなんですが…。ずーっと映画見てから胸の奥にへんな喪失感が残っています。主人公が乗ってるバイク、リードは当時テニスのボルグが宣伝していて憧れのバイクだったんです。で、今40代になってリード100に乗っています。
 テレビドラマの方も今までのあらすじをインターネットでチェックして、金曜日の最近の2回は見ました。 なんか当たり前と思っている事、家族が元気で女房がうるさい事なんか、とても幸せな事だと改めて感じました。
映画やテレビドラマの話の内容は、ファンサイトに詳しく乗っています。


●参議院選挙大勝利!



 参議院選挙、公明党は、与党でも唯一議席を伸ばし、参議院として過去最高の得票も得て大勝利を飾った。昨年4月の自分の市議選から1年以上選挙漬けの毎日で、それは議員だけでなく支持者の皆様も手弁当で草の根の戦いを続けてこられて、もうこれ以上はできないというところまで応援していただき、感謝で一杯です!
 ただ、強敵を伏してはじめて自分の力が分かるように、ぶち当たってはじめて自分限界が見えるように今回目標としていた1000万票には届かなかったという現実、逆に本当にこの1000万の意味を改めて知る機会となったと思っている。テクニックやタイミングでは、カバーできない絶対的な力のなさを今自分では噛みしめている。筋トレでも数字に表れてくるのは3ヵ月後…次の3年間もっと自分のステージをあげる活動をやり抜いていく!そう新たな決意を今している!


●公明党の伝統



「後輩を自分以上の人材に育てる」公明党の伝統として創立者が提唱されていた。実際には、もしかしたらそうでない事もあるかもしれない、でもそうあるべきだという事には疑いはない。
 自分が、正しいと思えたら必要と感じたら迷わず県会議員でも国会議員でも連携をとって教えてもらったり動いていただいたりします。それはお互いの立場は違ってもその責任感は、「大衆の為」という点でいささかも違わないという事と前出の理由である意味頼れる部分があるからです。
 今回地元で年も期も自分より若い後輩が出てきました。同じ市議選を一年前に経験しているのに、当事者とそうでない者の違いも強く感じつつ、選挙の手伝いをしながら、5年前、何も分からないままでも「一人の人間の可能性を叫びきっていた」原点を思い出させてもらいました。自分自身が学ぶことの多いことにある意味驚いています。
 人を育てると言う事は、自分自身も成長していかなくてはできないと、この伝統の意味を感じています。


●アウグストゥス



 ヘルマンヘッセの作品『アウグストゥス』−−アウグストゥスは主人公の少年。彼が生まれるとき「誰からも愛される」という願いをその母は、神に願い、そのとおり彼は誰からも大事にされた。ちやほやされるのが当たり前となり、やがて彼は、冷たい傲慢な人間となっていく。それでも誰もが親切で、それが彼の心を空虚にさせていく。自殺して回りの人間を驚かせてやろうと考えるまで彼は、‘追い詰められていく’死のうとしたその時再び神に願う機会が訪れ、今度は反対に「人々を愛せるようにして下さい」と彼は泣いて頼むのだった。彼の生活は一変する。今までの傲慢な振る舞いを批難され、今までの生活をののしられた。そしてついには、投獄されてしまう。醜く老いていく彼…出獄してからも、一杯の水を乞うても邪険にされ続ける。けれども彼には、全ての人々がいとおしく思えた。誰もが自分の家族のように思えていた。世界をさすらいながら、不幸な人に尽くしながら、彼の心は温かだった。もう虚しくなかった。彼は幸せになった。
 私の尊敬するSGI池田大作名誉会長は、この物語を通し、「現代人の多くは、前半生のアウグストゥスの生き方を目指していないだろうか。人から大事にされようといい評価をされようと地位や富を求め、成功すれば傲慢になり失敗すれば敗北感を抱く。その結果どちらにしても心が貧しくなってしまってはいないだろうか。」と我々に問い掛けられている(埼玉新聞2004.1.15新春随想より)
 議員という仕事は、どうしても「いい評価」を求めてしまう。しかし、人から愛されようという行動はではなく、人の為に尽くそうという行動こそが、問われていると今決意を新たにしています。
 池田先生の新春随想の末尾は、イギリスの女性教育者エルシー・トゥさんの言葉で締めくくられています。「幸せになりたければ善いことをしなさい。なにか自分にしてあげられることがあれば、『私にやらせてください!』と名乗り出ましょう。それを先に延ばすことは、幸せになるチャンスをみすみす逃す事になるのよ」 頑張ります! (このエッセイは、冒頭の挨拶のひとつでした。北海道の方からメールをいただいたり、反響がありましたのでここに転載しました。)


●民主党古賀議員報道に思う



 民主党古賀議員の学歴詐称疑惑報道が、連日ワイドショウを賑わしている。テニスを愛する目からほんと情けなくみている。古賀議員は45歳だそうだから、大学では一回り先輩の代の当たるがほぼ同世代。その頃の高校テニスは、福岡の柳川高校がトップに君臨しており、あの福井烈や松岡修造を輩出している。柳川時代の成績は、まったく知らないが、全日本クラスでの活躍はなかったのではないだろうか。ペパーダイン大学は、アメリカでも当時強い大学で、グレン道端(日系人でセイコースパーテニスにも来た)やブラットギルバート(あのアガシやロディクのコーチ)が、同世代ぐらいにいた。ペパーダイン大でテニスでレギュラーだったら、即プロ転向可能ぐらい、日本では、当然話題になっていただろう。
 アメリカでの事だしばれないと思っていたのかもしれないが、学歴詐称は、もちろんの事、テニスでの戦歴詐称もばかばかしいが、腹立たしい。4ヶ月間だけだが、大学の終わりにカリフォルニア州立大学ノースリッジ校のESLに留学していた事がある。その際、そこの大学のテニス部に参加させてもらった。レベルは高くないが、もちろんボクでは足元にも及ばない。実力社会で厳しい世界を少し垣間見た。日本人でレギュラークラスの人がいたが、大学の学業とお金とそしてテニスの勝負、厳しい感じだった。西海岸の学生大会で優勝するなどチョッとでもその世界にいた人間ならつけるうそじゃないはずだ。
 その時、いろいろな日本人とであった。日本じゃ絶対接点のないような所謂ボンボンみたいな奴や上の大学UCLAやアイビーリーグを目指す奴など様々だったが、日本人は日本じゃないとここまで…お金もチャンスもあるのに大麻を吸ったり、異性関係…という人もいた。それも少なからず…いい子ぶるわけではないが、日本人のいやな情けない部分を感じた。
 もちろん必死に夜の寮の勉強室で勉強している留学生からは、アメリカに行けば何かがあるわけでなくしっかりとした目的があることが必要だとも学び自分を情けなく思ったりもした。
 有権者には、アメリカの大学出身やテニスでの戦歴がいいと受けがいいと思ったのだろうか。その報道を見るにつけ、アメリカでボクが感じた日本人のとてもいやな情けない部分を思い出す。
 (※思い込みから本文中に誤記がございました。ご指摘をいただき削除致しました。管理者)



●「泣き虫」を読んだ。



 高田延彦(プロレスラー)の引退までの軌跡を描いた本「泣き虫」を読んだ。向井亜紀の旦那さんと言った方が世間的には、通用するかもしれない。その内容よりどちらかというとプロレスって戦う前から勝敗が決まっている事を元トップファイターが、述べている事がセンセーショナルだと言われている本で、已前「高橋本」と言われる「プロレスは、全て劇である。」と元レフリーが暴露した本と比較されて語られている。
 2002年11月の本音トークで書いたように、同い年の高田には、結構思い入れがある。感想は、同年代を見てきた人間じゃなければこの本の内容は、分からないだろうなという事をまず思った。
 高橋本を読んでからさすがにプロレス熱は冷めた。高田本を読んで、UWF道場に弟と見に行ったり、東京ドームにUWFインターと新日の試合(高田が武藤にドラゴンスクリュウで負けた試合)を見に行った思い出がチョッと虚しく感じた。
 暴露本とも違うし、なぜこんな形でこんな事書いたのだろうか。自分にプラスになる事などないのに…なんかわかる気もするが…
 それでも大晦日片手にリモコンを握り4、6、8と年の暮れにピコピコとチャンネルをチェンジしながら年を越そうとしている。「ほんとマイペース(`´)」忙しなく年越しの用意をしている妻に嫌味を言われた。


●衆議院選挙



 衆議院選挙が終わって1週間がたった。この衆議院選挙は、いろいろな意味で勉強になった選挙だった。特に今回公明党は、小選挙区は、自民候補、比例区は公明党にという事を念頭に入れて行動したが、自分の地域では、さほど票として表れなかった。でも様々な情報の分析をしてもプラスに転じているだけでまだマシカとも思えるし、全国的には、民主+自由の票が結局41万増にとどまったにもかかわらず、公明党は、100万票近く伸ばしている。小選挙区も10選挙区中9選挙区当選し、議席増を果たした。でも心は、晴れ晴れというわけにはいかない。
 それは、ベストを尽くすしか考えなかった自分が、ベストを尽くしたつもりでいても結果が出ないことがあるという事が埼玉であったからかもしれない。そして同じ轍を踏めない戦いが、すぐ目の前にひかえているからかも知れない。


●住民基本台帳ネットワークカード!



 8月25日、住民基本台帳ネットワークが、国、県、市町村の縦の部分に加え所謂横の部分も本格的に稼動し始める日だ。
 住基カードを作る事が出来る。ICカードであり今後の有効活用が期待される。今は、ちょっとショボイ感じだが…
 住基カードを絶対初日に作ってやろうと思い勇んで市民課窓口へ。こっちが勝手に自動車の免許証のように写真は、デジカメで市民課の職員が撮ってくれるのかと勘違いしていたら持込だそうで、あえなく引き返す。
 ならば、写真は、名刺にも使っている選挙用ポスターに使うためのわざわざプロに撮ってもらったものを使おうとパソコンから専門用紙に印刷して持ち込む。え?インクジェットじゃ駄目なの!10年間もたすため!説明書をみせられて(説明書があるのならサッサと渡さんかい!)あえあなく初日申請は断念…
 翌日に備えて、証明写真をどうにかせねばと、そうだデーターにして写真やさんでプリントしてもらおうとアドビのフォトショップLEで3、5×4、5の証明写真に余白をつけL版(8、9×12,7)になるようにしてカメラのキタムラに持ち込みました。基本料なしで35円(1枚しかいらないので)で証明写真の出来上がり。
 このにこやかな笑顔の証明写真認められるかしら?となかば不安でしたが、無事受理されました。10日ぐらいでできるそうでお金500円もその時だそうです。
 最初に提出しに来た時は、2番目だったらしいが、結局15〜6番ぐらい目だそうです。初日でもないし、しばらく使う用もなし。でも妙な達成感があるんだよな。できあがったら公開します。
 翌々日早くも市民課から書類が郵送されてきました。すぐ週明けに急いで取りに行き無事カードをゲット!写真は、後日…


●選挙後初の地元党員会



 この度の選挙は、内輪の事だが、支持地盤が大幅に変わって臨んだ。半分以上が変わっている。どちらかというと新人状態だったが、それでも家の周りが地盤になったこともあって、今までとは違う手ごたえもあった。
 公明党の支持者は、最高だ。私利私欲でなく、世の中の為になると信じて、献身的に手弁当で応援してくださる。それに答えるにはどうすればいいのか。いい意味でのプレシャーがいつもある。
 地元での党員会を選挙後初めて開けた。さあ!という感じになった。


●働かず、繕わず、もとのまま



「えばるというのは、最低の人格だ。偉く見せよう、よく見せようとする事は、自らの力のなさを進んで示している事である。」恩師の言葉だ。
 葬式でお坊さんにお布施をはずむと法華経を読んでくれるという話がある。(ちなみに私の別の仕事は仏壇屋です。)その是非は別として、法華経がなぜ有難いのか。釈迦の説法はおよそ50年、最後の8年間で法華経を説いた。法華経以前のお経の仏様は、まさにスーパーマン。超能力はあるは、神通力はあるは、これでもかというほど超えた存在。人間は駄目、仏は、すごい、すがれ、たよれみたいな感じである。法華経で何が起こるかというと、「その仏、実は、あなた自身です!」という大転換があるのだ。
 煌びやかな仏は、仮のたとえ。本当の仏とはあくまで泥臭い人間。仏の目的は、人々の幸福。であるならば特別な存在にならなくては幸せにならないのでは、人は救えない。むしろ本当の底辺の人間が幸せになってこそ意味がある、力がある。
 西洋の神が空から舞い降りてくるようなイメージなのと違って法華経で説かれる地湧の菩薩は、地から湧き上がる。金持ちに札束でたたかれて「俺みたいになりたいか」と言われるよりも、同じ貧乏な人が「俺もできた君もできる。やれば誰でもできる!」といっしょに頑張る方がいいに決まっている。
 法華経以前のお経では、女の人は、男に生まれ変わってから、とか、まず、阿羅漢、菩薩など段階を得てからなどと条件がつくので、何回生まれ変わったらいいかわからないほどだが、法華経ではじめて、女性は女性のままで、人は人のままでそのままで成仏の道が開かれている。だから法華経は、最高の法とされている。
 はたかず、繕わず、もとのまま。飾る必要はない。裸の自分で勝負して道を開く人、それが人として尊い。思ってもみない票をいただき最高の形で2期目へのスタートを切らせていただいたが、僕は僕のまま、このままでまた4年間を勝負していく。そう自分で決めている。


●イラク戦争



 イラクで戦争が起きている。この戦争が起きた時に改めて思ったのは、日本の国際的な影響力は、ほとんどないという現実だ。戦争を止める事も回避させることもできない。常日頃の外交をいかにサボってきたかという事とともに、日本人の精神性の敗北ではないかと思う。多くの世論は、イラク戦争に対しても戦争は反対だが、日米安保は堅持。これは、矛盾しており国際社会では認められない。北朝鮮のミサイルの多くを日本に向けられいるという現実の中、大量破壊兵器がテロリストにわたる危機が現実味を帯びる中、日本でただ「平和、平和」と叫んでいるだけではなにも変わらない。「わしは、平和って言ったけんね」と責任転換をすることは許されない。
 バクダットが制圧され戦後復興に話題が移る際に日本は、アメリカの起こした戦争に金を払うのはもったいないとか、いうワイドショウのコメンテイターの発言にもうんざりする。どこまで人ゴトなのか。
 平和はなにより尊い。しかし、国際社会の現実のなかでその平和を築き上げる糸口は、その現場にしかないはずだ。公明党は、浜四津敏子代表代行が、女性の身でありながら
 イラクと国境を1000キロにわたり接するイランまで行き、そこの難民キャンプで人道支援の最前線で戦うNGOの方に意見を伺いに行っている。100の言葉より1つの行動。それを国会で取り上げた公明党に対して川口外務大臣からお礼の言葉があったそうだ。「財務省も人道支援を理解し財源確保を約束してくれた。現場の声を届けていただいたお陰です」と。一日も早い解決を祈ってやまない。


●俺たちの時代へのエール!



 4月に選挙戦があり、いろいろと出馬される方たちのうわさを聞くようになった。今ぼくが、鶴ヶ島市では、最も若い議員ででも40歳になる。次に若い方は41歳。うわさされている方の中でやはり40歳代の人がいる。強力なライバルだが、その志を察する。
 ボランティアとか福祉活動、自治会等の地域活動など自分の生活もありながら一生懸命されている方々と議員でいる4年間でたくさん出会う事ができた。例えば、その中で今回出馬される方がいたとして「議員になりたくてボランティアをしていたのか」とか「逆に議員に出る事でその組織にへんな色がついてしまう」などとその志を曲解されてしまう事を憂える事があるかもしれない。また、実際そのようにとられるかもしれない。
 ぼくが、4年前恩師から「例え偽善でも行動しないより行動した方がいい。まして人からの評価を恐れて行動しないのは、愚かである。行動した上での反省なら意味があるが、行動する前から反省する事は価値がない。」と背中を押してもらった。だから議員になってからも、たとえ偽善といわれても、良かれと思えば、ボランティアにも地域活動にも取り組んだ。だからいろいろな素晴らしい人たちと出会えた。
 選挙になればみな必死だが、自分も含めてエールを送りたい。全てはその行動が証明してくれるはずだと。またその中で応援してくれる人たちを思えば、忍耐強く我慢しなくてはならない事も議員活動では多いが、乗り越えていけるはずだと。
 このコラム自体がチョット(ダイブ!)偽善ぽいが、苦情がある人はメールください(^^ゞ
 今はノーサイドまで走りきるのみ!!


●青年部との会話



「若いメンバーが自信を持って政治を語れるネタってないですかね。」という話から政治談議になった。

 「青年には、もっと現実を知ってほしい。逼迫する財源、避けようのない少子高齢化。今までなら10できる事が5しかできない中でなにを優先するのか。物事に優先順位をつけなければならない時代。いい事だけ言うのは、無責任な時に例えば携帯電話の値段を下げます。とか選挙権を18歳からにします。といっても虚しいのでは。」「共産党が凋落傾向なのは、結局は資本主義にパラサイトしているから。いい事だけ言っていて予算に反対していても景気がいい時は、様々な施策が進みそれを自分の手柄みたいに言う事ができたけど、不景気だといい加減さばかりが目についてしまう。不景気だったり資本主義じゃなくなったら一番共産党が困るんじゃないか。」「政治家は、選挙を考えるとどうしても問題は先送りにしてしまう。しかしそれは、政治家としての使命を自ら捨てる事になる。公明党も、所謂大衆迎合主義ポピュリズムに陥っているのでは…」「今回の税制改革は、配偶者控除をなくすわけだが、50兆円の収入で80兆円の暮らしを30兆円借金してしている現状は、いつか必ず破綻する。広く浅く税金や年金、保険とるのは仕方がない。」「一人の高齢者を今現在働いている人の、今現在稼いでいるお金で年金を払っているわけだが、割合は1対4、20年後には1対2、単純に考えても今の倍、現役世代が払わなければならなくなる。人口構成上の問題なので景気がよくなっても変わらない。」今の日本の絶望は、未来を託す青年の不在だ。政治家が次の選挙の為に、大衆迎合主義に走り問題を先送りする事は、自らの使命に対する裏切り行為だと思う。同様に青年には、未来に対する全責任を担う気概がほしい。現実を直視すれば、行動せざるをえないはずだ。自分に何ができるか問いただすはずだ。身近なボランティアからでもいい、たとえ日本が一度だめになる事があっても、こいつらがいれば、必ず復活できるそういう希望がもてるようになってほしい。自分自身にも問いただす、戦う心を持った人は生涯青年であるのなら、自身もその青年の一人のはずだ。


●高田延彦引退試合プライド23



 格闘技好き、プロレス好きの私だが、11月24日のプライド23は複雑な思いで待っている。チケットを購入して東京ドーム行きたかったが、都合が悪く、残念だが30日のフジテレビでの放送を録画してみる事となる。スカイパーフェクトTVでペーパービュウでオンタイムで見られるのだが、スカパー自体がないのだからしょうがない。
 なぜ複雑かといえば、高田が同い年で新弟子の頃から見続けてきたからだ。とはいっても雑誌で見てきたぐらいだが。この試合で引退ということで、夜中の特集番組が組まれていたが、いろいろな場面場面が、僕の人生と交差する。この時は、大学に入った時だったな、とかアメリカに短期留学して帰ったらUWFが崩壊して新日本プロレスに吸収されていたんだったけかな。僕が鶴ヶ島市に単身引っ越してきて一人で店を立ち上げていた頃、吸収された新日の中で戦ってIWGPジュニアチャンピオンにもなってたよな。長州力の顔面蹴っ飛ばして前田日明が追放されたとき、わざわざ、世田谷の道場までまだ高校生だった末の弟といったよな。あいつ今年30か。起死回生で新UWFができて空前のブームが起きた時、武道館まで高田対前田を見に行ったよな。結婚したのは、その頃だったな。とか、とか。
 その後、UWFが分裂し高田は、UWFインターを立ち上げ(その頃のプロレスが一番楽しめた気がする。)その後、後輩の田村との世代交代の戦いを避けたような形で崩壊、「高田さん僕と真剣勝負お願いします!(田村談)」 − 親日と再び抗争を展開するが、プロレスよりU系のほうが強いと思っていた幻想が砕かれ、ヒクソングレイシーとの所謂ノールールマッチに出陣し惨敗、プロレスこそ最強という幻想も打ち砕かれた。その張本人が高田だった。選手としての後半は、期待はずれの感が多かった。それでも応援していたのは、自分が苦しかった時代、結構高田の活躍に励まされてきたからだろうか。高田のターニングポイントは、やはりUインターで田村戦を避けてからだろう。歯車は、その時から狂い始めた気がしてならない。人生、勝負のときそれを避けてはいけない。と逆に教えられもした。
 高田が、引退を表明したとき最後の相手は、誰かという事が話題となった。柔道の吉田の名前が挙がった。が、僕は、密かに田村戦を願っていた。人生のターニングオーバー、それを果たすのは、忘れ物を取りに行かねばならない。最後に高田が田村戦を表明したとき、その勝負の結果がどうであれ、高田の人生は、勝ったと思った。同時代を生きたぼくには、それだけで十分だ。
 今僕の人生にも勝負の時が、再び訪れる。親も段々年をとり、周りの環境も変化し続ける、子どもも中学生になる、そんな中で常に問うのは、自分は、勝負から逃げてはいないかという事。
 当日は、インターネットでオンタイムに結果だけは、わかるの(ありがたい世の中ですね)で取り合えずそれで我慢しよう。 ヤフーオークションでプライド23のビデオを落札したので、結果は、絶対知らないようにしてビデオが来るのをひたすら待ちます。【田村の一撃!衝撃的結末でした。】


山中もとみつスマッシュ通信(埼玉県鶴ヶ島市)市議会議員(公明党)