埼玉県鶴ヶ島市 ( 市議会議員 ) 公明党

山中もとみつ スマッシュ通信

過去ログ01


●公明党議員の覚醒



 全国都市問題会議で公明党は僕だけだが、保守系4名生活ネット系1名共産党1名と同伴した。(陸の孤島だったホテルアムステルダム 遊びできたらこれほどいいホテルもない)
泊まったのが、他のビジネスホテルが予約が一杯でハウステンボスの中のホテルアムステルダムというコジャレたホテルになり、周りに何もない(近くの駅までタクシーで3000円ぐらいかかる…)ので体のいい隔離状態。しかも何もかもが超高いので、居酒屋で親睦というわけにも行かずに、夜の食事は、バラバラでという事になった。バラバラで食べても高いものは、高く、選択肢はほとんどない。一番安い刺身定食2800円(税抜き)などは、すべての刺身が二分の一サイズでやや渇き気味…和食ファミレスのとんでんならこの10倍うまくて安い(--〆)。コンビニなどもないので、ホテルの冷蔵庫の高いビールで何人かの議員と語り合った。
 公明党某支部長のお気に入りのファミレス。会合の帰り食事をする時、散々悩んでも結局そこに行く事になる。
 公明党の議員は、立候補すれば支持団体が手弁当で応援していただける。他の議員は、必死に組織を作り人脈を頼り選挙を戦う…もっともっとしっかりしなければ。創価大は議員の士官学校だろうという人もいたが、もしそうだとしたら僕の大学での成績は、どう説明したらいいだろうか。フランス語を青息吐息で単位を取り、Aの数は一桁…部室にいるほうが、教室にいるより多かった僕が、今議員でいることが、話しているうちに段々申し訳なくなってきた。なぜ議員になったのか?そういう話にもなったが、地域で推薦されてと言いつつ「今は、人の役に立てると言う事でこれほどの天職はないと感謝している」と自分に確認するように話した。
 他の議員より恵まれている。その分は、自らの使命を果たす事で答えねばならない!と、ちょっとした歓談だったが、議員として覚醒したいい時間だった。


●サンプラス復活!



 9月9日朝、街頭演説するにも雨だったのでテレビで早朝4時半からやていた全米オープンテニスをみた。実は、一昨日も見ていて30歳を超えたアンドレ.アガシが、昨年の全米チャンピオンの20歳のヒューイットを破っていた。決勝戦は、これまた30歳を超えたピート.サンプラス。フィジカル面でアンドレアガシの圧勝かなと予想していたら、サンプラスのバカ当たり。セカンドサーブでエースがポンポンでて、バックハンドが嘘のようにビシビシ決まっていた。後半は、残りの体力を計算したF1レースのピットインするしないの攻防みたいな間の取り方が、さすがに年齢を感じさせたけど、いい試合だった。 
 昨日、貴乃花も見事に復活したし、ちょっと違うけど先日の格闘技ダイナマイト!でのノゲイラVSボブサップ戦も圧倒的な体重差を押し返してノゲイラが勝った。どれもチョット励みになった。
 


●葬儀委員長



先日、葬儀委員長をとのご遺族から直にお話があり、長男さんが高校生からのご縁なのでお引き受けした。お葬式自体は葬儀屋さんが仕切るし、近所の青年部が周辺の車の整理もやてくれるので、私のやることは、式に参加する事と告別式での挨拶が主だったものだ。お通夜のときに虹がかかった。虹は縁起がいいといわれている。仏教の生まれた国インドでは、私は嘘を言ってません、という意味で舌をだす。(日本じゃアカンベーになってしまうけど)釈迦が法華経を説いたとき、地から宝塔が現れてその頂上から多宝如来が釈迦の説法は真実と証明をする。その時、長い長い舌をグーンと伸ばした。虹はその舌の意味がありその人の真実の証明となる。だから縁起がいいわけだ。
 Oさんというご婦人が先日なくなられた、地域の太陽のような方だった。まだまだお若い・・今回のYさんも58歳の壮年だ。63歳になる母を想った、70歳チョッと前の脳梗塞で倒れて12年になる父を想った。74歳になる恩師を想った。
 告別式での挨拶は、その方を想い、又Oさんを想い、池田先生の小説人間革命での一文を引用した。
 亡き夫を忘れられずにキリスト教を拝むあるアメリカの婦人、神父に聞いた「私の夫は天国に召されたでしょうか」「大丈夫ですよ」神父は微笑みながら答えた。「では、その証拠を見せてください。」神父はただ怪訝な表情を浮かべるだけだった・・・縁あって創価学会の仏法にめぐり合えたその婦人は、アメリカに初めて海外指導に来た若き池田大作に同じように聞いた。「私の夫は、成仏してますか。その証拠を見せてください。」 
「残されたあなたが幸せならばご主人は、必ず成仏しています。だからあなたは、前を向いて生きなければならない。あなたの勝利は、ご主人の勝利です。」と、間髪入れずに答えた。
 残された人間が強く、なんとしても幸福になってみせる。そんな生き方!今回の式辞、40歳になり人の死というものが今まで以上に現実のものと感じている、自分自身にも語りかけていた。


●せこすぎ!共産党!



 6月定例議会が終了した。今回は、議案は少ないけれど少し考えさせられた議会だった。
まず下記の新聞記事を読んでみる。京都市の八幡市での有事立法関係の意見書の問題だ。
公明新聞より抜粋(掲載日:2002/06/16)
編集メモ/有事法意見書で「赤旗」「民報」の姑息な“報道操作”
 国会で審議中のいわゆる「有事法制三法案」について、京都府八幡市議会は5月末の臨時議会で、慎重審議を求める意見書を可決したが、日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」などは、「反対意見書可決」と、さも法案そのものに反対したように報道、読者の目を欺こうとしている。
 共産党は、各地方議会で有事関連法案に対する反対意見書の提出などを狙っているが、可決されたものは、同党が主張する「断固阻止」「廃案」などとはかなり距離のある「慎重審議を求める」ものが少なくない。
 八幡市議会でも、共産党議員らが賛成者として意見書が提出されたものの、「今国会で強行的に成立させることに反対し、国民に対する説明や地方自治体等の意見を尊重するなど慎重審議を求める」という内容。決して有事法案そのものに反対した意見書ではなかった。
 それなのに、「赤旗」(5・23付4面)は、記事では、今国会での成立反対と慎重審議を求める意見書としながら、「有事関連法案反対の意見書 八幡市議会で可決」との見出しを付けて報道したのだ。
 共産党京都府委員会の実質的な機関紙「京都民報」(6・2付1面)も同じく、「八幡市議会が反対意見書」との見出しで報じた。しかも、「赤旗」と同じく本記では、「今国会での成立反対と慎重審議を求めています」としているにもかかわらず、共産党市議団長は「議会が反対を決議したことは世論を励ます大きな力」などと故意としか言いようのない間違ったコメントを寄せ、法案自体への反対であるかのように印象付けようとしている。
 さらに、同「民報」は、同日付「インタビュー 許すな有事法制」欄(2面)で市内の有力者に、「八幡市議会が、有事法制三法案に反対する意見書を可決したのは大変結構なことだ」「八幡市で『有事法制反対』の意思が示された」と言わせるなど、完全に法案に反対したと決めつけているのだ。
 この「赤旗」と「京都民報」の姑息で、いびつな報道のやり方をいわゆる“報道操作”といい、共産党がよくやる確信犯的なプロパガンダの手口である。よくよく気を付けなければならない。(葉)
よくよく気を付けなければならない!この6月定例議会で共産党が紹介議員なった請願もまさにこのパターン!
 意見書となると、全会一致が原則でありハードルが高い上に、共産党の場合、全国ほぼ一律の意見書案なのでその点を突かれることも多い。今回の請願は、「『有事立法の慎重審議を求める意見書』をだして下さい」という請願だ。ややこしいが、通れば意見書の中身は、議会内で決めなければならない。八幡市のそれよりもセコイ感じがする。共産党が紹介議員になっているが、その人の一般質問の通告文には、「鶴ヶ島は、交通の要所、市長は有事三法案に反対表明を。」という感じのものであり、モロ反対!であるのに慎重審議?とは・・・また、共産党は、赤旗掲載の漫画にも「有事法制は、ズバリ戦争に反対する人を犯罪者にする法律!」と絶対反対を唱えている。のに慎重審議とは?その訳は、上記の新聞記事を見ていただければ明白だが、あまりに不誠実なセコイやり方ではないか。
 公明党は、鶴ヶ島議会でその点を訴え反対討論をおこなった。慎重審議なら反対する理由はないのでは?と共産党以外でも賛成に回った方々は、私のこのコラムを見てどう考えられるだろうか。
 一事が万事である。彼らは、目的の為なら手段を選ばない。そもそも共産党は、『共産主義』が目的なのに、医療制度改革に反対し、有事法制に反対し、その結論として「だから、資本主義は、だめなんだ!共産主義にしよう!」と本当の目的に結び付けないのはなぜなのか?国民の9割方の人が共産主義なんて真っ平ごめんと思っているであろうその中で、それを表にだすのは、マズイという判断なのだろうか。自分の党の名前にもなっている、自分の党が目指している本当の目的、主義主張を、はっきりと訴えることができないような政党を、信じることができるのだろうか。


●市民相談と議員の使命



 議員になって3年がたった。「人の役に立ちたい」それが議員の仕事だけではなくある意味人がこのように生を受ける意味だと思っている。議員でいることはあくまでその手段にすぎない。なにが人の役に立つという事なのか。少し壁にぶつかっている。
 市民からの要望や相談を受けるとき一番やりがいを感じる。自分だけの判断で、間違いを犯してはいけないので先輩議員に相談をする。市民相談などは、反応のスピードが命と思っているのでこちらもアドレナリンがあがっているが、相談すると少し冷却する。僕の守るべきは、自分の立場か、先走って失敗して責任問題などでてきたら応援してくれた人たちを裏切る事になる?そんな発想は全然持っていなかった・・・。自分を信じて応援して下さった方に答えるのは、いったいどういうことなのか。
 一を聞いて十を知るというけど市民相談は10を聞いて1を知るぐらいでないといけないと先日の市民相談の対応でも思い知った。相談者が大変な状況なのでせめて早く方向性だけでも示してあげないととアドレナリンがあがる、、状況を聞くだけで、相手の住所と生年月日なんかも聞きそびれたり、どうしたもんかね。今回は、バイク事故の事だったが、結局は、現状のまま、対応する事となり、何の役にも立たなかった・・・ただ色々と手を尽くし状況が飲み込め納得した上で対応できるといってもらえたが。違う議員が対応したらもっと状況を変えられただろうか。
 議員の使命とは何だろう。議員でいることによって人の役に立つとは、どういうことだろう。議会は立法府だから本来は、議案をあげて条例などを作るのが本義だが、国会でも議員立法は少ない。修正議案もだされる事はすくない。
 行政のお目付け役の部分もあるだろう。しかしほとんどの議案が原案可決だ。行政では、審議会といって市民や識者をメンバーに市民との協働で基本計画などを決めているが、議会には、ない。市民の代表として議員となったと自覚しているが、市民との協働を掲げ市民を交えた計画づくり等が進めば、その意義も薄れてきてしまうだろう。
 議員として人の役に立つ事とは、ある意味これは、これだという答えがでてこない事なのかもしれない。常に問い続けて、とにかく何かをしていく。委員会質疑、一般質問、街頭演説、挨拶まわり、HP作成、、、今日も試行錯誤の戦いは続く。


●アンディー・ロディック!!



 我が家にヤフ-BBがきて、(我が家の位置は、NTTから二キロ圏内!ラッキー)ウィンドウズXPのFMVを購入して、いやー快適快適!常時接続というものが貧乏性の私のPCライフをどんだけ変えた事か。ダイヤルアップすぐ切断、秒単位の貧乏時代が夢のよう。ルーターの故障でちょっと手間取ったけれど家庭内有線LANも張り(無線にできないのはちょっと情けないが、)セキュリティも少し向上。でもまめにパソコンは、電源切ってます。貧乏性だから。そして今回はじめて有料のコンテンツを見ましたリアルプレイヤーだと保存できないみたいで2月22日までですが、2001年の全米オープンテニス、レイトンヒューイットvsアンディロディック。アンディロディックやっと見れるぜ!ヒューイットは20歳のランキングナンバーワン(カップヌードルの宣伝にでていた。)何度もテレビで見ているけど、アンディロディックは、アメリカのホープでテニス雑誌では話題の新人。テレビに映る決勝戦には、まだでてきていないので、一度も見たことなかった。小さな画面だけど、さすがADSLちゃんと見れてるよ!おーサーブ早ッ!おーフォアハンド早ッ!あー録画したい!!おーフル画面でも十分見れる。でもこの試合3時間30分もやってるんだよね。画面小さくしてワードでの作業の片隅にして見よう。あー効率悪ッ。アンディロディックが、サンプラスやアガシの後継者になりうるか。もう少ししなやかさがでれば、いいのだけれど。試合は最後の最後に審判の判定にアンディが怒りだして台無しって感じになってしまった。でも試合後の握手でちゃんと審判とも握手をしていた・・・スポーツはこうでなきゃ!


●遠方より友来るまた楽しからずや



 2002年は、伝統の二月に結果をもって先駆の戦いができました。(なにが伝統かは、メールでお問い合わせを!)忙しくってなかなか時間が取れなくて友人と会う機会がもてない・・・実は、心に余裕がない。(忙しいとは、心を失うと書く。青年は、読書と思索の暇を作れ!というのは、恩師の恩師の教えですが・・・)10分あれば電話もできるし、3時間あれば、一目だけでも会いにいけるのに。今年は、境涯革命なんとかやるぞ決意し、暮れに初めてのお子さんが生まれた親友のリッキーに会いに出かけ、カーナビに頼りきりかえって時間がかかってしまったが、無事正味2時間ちょっとで会う事ができた。直接会うっていいですね。そしたら、今度は、タイからスラサという友人が来て15年ぶりに会う事ができた。大学時代、短期だがアメリカに語学留学(!?)に行っていたときの友人で日本に工場機械を買い付けに来た。いつでもバンコックにウエルカムだそうだ。次の日夜携帯がなったら、地元の青年部の会合に大学時代の友人が来ているとの事、お互い忙しく直接会うのはへたすると10年ぶりぐらいか・・・食事をしているファミレス「とんでん」に会いに出かけ友好を深められた。やっぱり直接会うのはたとえ短時間でもいいもんです。決意するとそういう流れになってくるのかなと少し不思議ですが、この調子で今年は、人に会う!


●TBS出演・・・ならず!



 2001年12月 ホームページに趣味、格闘技鑑賞、高田延彦のフアンと載せていたのが目に留まり、TBSの大晦日特番「k-1対猪木軍」の前フリの宣伝番組に高田延彦応援みたいな討論会にでるお誘いがあった。TBSに実際行くまでは、半信半疑だったが、丸一日拘束され約5分程度のコーナーとの事で本当に撮影があった。“こんばんミ〜”のびびるの大木さんと山内TBSアナが一緒だったので少し舞い上がった。ピンマイクをつけたり、進行を練ったり、実際に居酒屋を借り切ってロケをしたりといい経験をさせていただいた。市議会議員と名乗っての事だったので下手な事はできないと注意をしていたが、それでも、放送されたあとなんかクレームがでないか、どきどきしていたが、31日ADの赤澤さんから連絡があり結局ボツとの事。残念。当日は、薬丸中心のトーク形式に変わっていた。でもスタッフの方々の仕事をみていたら、決して楽な仕事ってないんだなと一つ見識を深める事ができました。


●宇宙船地球号



 しし座流星群を家のベランダから夜中家族でモソモソ起きて見ました。「大気圏突入!」とロケットが飛ぶように、流星群の残した氷のつぶの壮大な帯の中に我が宇宙船地球号は、突入したわけですね。ロケットの窓ガラスの代わりが、オゾン層やらの大気圏で、氷の粒を吹き飛ばしたのが、あの流れ星の正体なわけだ。まさに地球に乗って宇宙旅行をしているんだな。となるとここにいる家族は、もちろん、地球にいるすべての生き物は、同乗者!なわけですね。
そうなると、日本もアフガンもアメリカも…僕の恩師は、人生の苦境の時も空を見上げ星座を見て思索を忘れなかったらしい。不肖の弟子は、ユニクロのフリースをはおりマスコミに踊らされるまま、ただミーハーでベランダに立つ。そして次の日ニュースでそれが、取り上げられると“あ俺も俺も見たモンネ”となんか嬉しがっている。


●連続多発テロ事件



 一身の安堵を願うのなら、世界の平和を築き願い行動せよ。平和がなければ全てはむなしいものになってしまう。今回の事件が起きる1週間前ニューヨークでは、全米オープンテニスがおこなわれいて、二十歳のヒュ-イットが、ベテランのサンプラス相手にストレート勝ちで初優勝をおさめていた。あのお祭りのような喧騒と今映し出されている映像が、同じニューヨークでの出来事とは、すぐにはリンクしない。大リーグも休止となり、全ての文化の輝きは、平和の光があれがこそとあらためて感じた。アメリカは、ラディン氏を首謀者と特定しアフガニスタンと戦争が起こりそうな雲行きだ。そうなれば、さらに多くの人の命が失われ、環境破壊が進み、石油関係の混乱など大変な事態となってしまうだろう。今こそ対話を望むのは、あまりにも世間知らずだろうか。無暴力こそが勇気といったガンジーの言葉が胸に染みる。今こそ勇気ある無暴力の戦いを願いたい。
 でも国際社会にあって日本だけが、安全地帯にいれるのだろうか。今までの政府にはないすばやい対応ですでにアメリカ支持の具体案を示した。公明党のいる与党で自衛隊の海外での行動を可能にする法案をこの国会で決める。理想と現実、それは、責任と自立。自分だけ安全地帯にいられない戦い。次の朝立つ街頭演説、ぼくは、この事に触れ話すつもりだ。この前は、今こそアラブを学ぼう。アラブ危険とレッテルを貼ってはいけない。もちろんテロは許せないが、それは、イスラム教の教えではない。と話した。与党でアメリカ支持の具体的な提言を発表したあと初めての今度の街頭演説は、覚悟がいる。これは、あくまでも報復に賛成するのではない、テロを許さないだけだ!でも戦争が始まれば自衛隊を後方支援送り出す。どこが違う?何が違う?現実との格闘僕らは、逃げられない。


●参議院選挙開票立会人



 鶴ヶ島市公明党を代表して参議院比例区の開票立会人にのぞんだ。ご存知の方も多いでしょうが、立会い人を説明すると、各投票所で投票された票は、鶴ヶ島なら鶴ヶ島中学校体育館に集められ開票作業がおこなわれる。それぞれの候補名や政党名ごとに100の束になったものを(今回は50の束、20の束なんていうものもあった。)一つ一つ確認し確認印を押す。という作業をする役割だ。もちろん疑いのあるものは、どんどん指摘しなくてはいけない。
 冷房施設のない体育館、票が飛ぶので扇風機もない、窓も開けられない、灼熱地獄を覚悟して、しかも比例区は、被拘束名簿式になったので朝方まで作業がかかるという予想でとりあえずリポDを飲んでから8時半鶴中体育館に出向いた。
 初めは、選挙区かららしく1時間は、ボーと過ぎた。あ〜選挙速報が見たい!ラジオでいいから流してくれ〜。公明党は、高野は、1000万はどうなってるの?そおいえば3年前の参議院は、橋本内閣の時で優勢が伝えられた自民党が惨敗して公明党が過去最高の775万票をただきだし、政治のキャステングボードを握った選挙だった。ぼくは、その時、毛呂山にいて友人らと思わず歓声を上げたものだった。6時だったかなあの時の選挙の締め切りは。今回は、トレニアにうつ伏せて開票が進むのをただボーと眺めている。そのうち票も回ってきて、確認作業が忙しくなってきた、自由党の束に自民が混ざってるヨ!社会党が社民党の中に混ざってるヨ!社会党だと新社会党票なんですね〜案外間違いってあるもんですよ。なにこのタイガーマスクって??えっ?自由連合の佐山サトル??これで有効票なの?へえ〜♪(プロレスフアンとしては、少しうれしいような。票はでなくても、プロレスの格的には、オオニタよりはるかに上なのにな。)
 やがて12時を過ぎ2時半近くになって無効票のチェックにはいる。白票5〜600あったんじゃないだろうか。堀田由美子(自由連合の女子プロレスラー)の600倍か。ちなみに荒瀬も嵐も同じ。惜しいのは、加藤ひろし!20票ぐらいあった。高野ひろしも結構あったし、加藤と高野を列記してあるのも結構あった…加藤しんいちってのもあった勿論抗議したね、そしたら、なんとかしんいちって候補が他にいて2つの名前が混じっているのは無効なんですよ!だから加藤ひろしも無効!加藤しんすけだったら有効なのに。開票作業も無事2時半に終わりその後の手続きをし終わって、3時には、家に帰れた。途中、11時半ころ愛妻から携帯にメールで高野ひろし当確という知らせがあったので、まだよかったが、1000万は?全体の情勢はと思いテレビをつけたが、どこも比例の事は詳しくやっていなかった。加藤しゅういちがぎりぎり8位で入ったのを知ったのは次の日の午後だった。関西にまた借りができた…


●誰かがやらねば



 先日僕のスマッシュ通信をみて電話を下さった方がいた。自治会で掃除に出ない人へ罰金制度を設けているところがあり、今後いき過ぎのないように助言とした方がいいにでは?と3月定例議会で一般質問した内容に対しての問い合わせだった。自治会と言うのは実は、法律の裏づけのない任意団体で、人間のつながりで成り立っている。やめてもゴミが捨てられなくなるなどのデメリットはなく、皆が身勝手に振舞えば崩壊する事も容易い組織でもある。僕自身も地元自治会で2期目の会計をやらせていただいているが、会長を中心に事業の見直しや打ち上げ等を少し減らし自治会費1年3500円を今年は3,000円にしたりして、できるだけ参加しやすい環境を整えようとしている。罰金を設ける自治会があるのは、気持ちは、よくわかるが、金銭問題が組織を破壊する大きな一因となることは、身にしみているので敢えて質問した。市としても自治会に対しては、意見をいえる権限がないのは、知っての上で問題提起のつもりだった。共産党がよく市議会で国会で質問するような事を財源も考えずにクドクド質問をするのは全国どこでも見受けられる姿だろうが、そんな事はしたくない。市民にとってなにが大切か考え、波風が立つのを覚悟でやらなければならない事はやる。電話をいただいて、分かっていただけたかは、不安だが、こんな場面はこれからも多くなるなと気持ちを引き締めている。


●そして復活の時



 2001年4月1日坂戸のコミュニティセンターでソプラノの独唱を拝聴した。小学2年の娘のお世話になっている方の独唱だった。
山田耕筰、大正から昭和にかけて日本を代表する作曲家で北原白秋の詩に作曲した数は300に及ぶ。その絶命の一曲は「バラの花に心をこめて」その曲を聴いていて、地域で様々に活躍されていたその方のお母様の事がよぎった。先日倒れられ、今も闘病中でいらしゃるが、そのコンサートには、病院の許可を得て来ていらした。ごく自然体で地域活動をされているそのご一家の要のような方で、なぜあの方がと、倒れられた時は、ショックだった。まだ、完全ではないが、思ったよりもお元気そうで安心した。山田耕筰の歌を聴きながらなにかスッポットライトがそのお母様に注がれているように感じた。そうだ生きることは、美しい。釈迦が、最後の旅に出るときアーナンダに「見よ世界は美しい」と言ったそうだが、生きること自体が実はどんな苦境の時も絶頂の時も美しい。そう素直に元気が出た。最近特に、身近な方の不慮の死にふれてなにか精神的に少しまいっていたが、、、冬は必ず春になるそう知っていても、、、一つの歌でそれを思い出させてもらったような気がする。


●角田さんありがとうございました。



 平成13年3月18日角田さんが59歳で亡くなられた。建具の職人で僕の選挙カーの看板も僕のたて看板も公明党の掲示板20枚も全部角田さんが作ってくれた。朝街頭演説の時に立てる看板も作ってくださった。代金を受け取っろうとしてくれないので苦労した、言葉は、少ないけど背中は雄弁な方だった、10年前に癌が発病して病院でも前例のない回復だった、その間まだ末っ子で小学生だった息子さんたちも立派に一人立ちできる年齢に育っていた。そんな体で選挙カーも掲示板も立て看板もいやな顔せず作ってくれた。今回入院された時、もしかしたらと不安に思った、皆の祈りの中、大きな山は越し抗癌剤の投入が成功したと伺い、ほっとした矢先の訃報だった。夜中になってしまったがご自宅に伺った。角田さんがそこにいた。ぼくは、その亡き顔にふれ不謹慎かもしれないけど安心した。こちらが励まされるようなお顔だった。ご家族もこれから大変だと、角田さんのいなくなった穴は、大きいけどそれでも大丈夫なんだとほっとさせてくださるような、勇気をいただく姿だった。人は死ぬ事でも人を励ませる。ありがとうございました。鶴ヶ島市には、そこにもここにも角田さんの作っってくれた物があります。この鶴ヶ島でがんばります。


●マーチー.ルーサー.キング牧師



 街頭演説日記の所でも触れたが、1955年わずか45年前アメリカでは、公然と法の下で人種差別がおこなわれていた。人種隔離法、バスの席も白人用黒人用と分けられていた。公園の水飲み場も白人用黒人用、あたかも白人用からは特別な甘い水がでるの如く。抑圧される事に、人間としての尊厳を踏みにじられる事に憤りは深かった。でも誰もが勇気の一歩を踏み出せずにいた。勇気の一歩を踏み出したのは、1人の黒人の婦人だった。そこから始まった公民権運動のリーダーと推されたのが若きマーチールーサーキング牧師だった。 様々な迫害、非難、遂には、凶弾に倒れるキング牧師を最も非難したのは、同じ聖職者の白人の牧師だった。聖職者は、政治に関わるべきではない。そいった批判に氏は、明確にこう答えたという、「社会の矛盾から目を背けて教会の中だけで救いを説くより、信仰を原動力として社会改革に力を尽くす事こそ、宗教者として正しい道だ。」氏のリーダーシップのもと遂には、1964年公民権法の成立、黒人にも完全な選挙権も認められ、制度の上では、アメリカに差別はなくなった。ノーベル平和賞が氏に与えられた。キング牧師はキリスト教を広めたいから公民権運動をしたのでだろうか。人間は平等である。そんな当たり前の事が踏みにじられている事が許せなかった、目の前にいる苦しむ人の為に立ち上がった。それだけだった。だから非暴力で革命をやり遂げた。公明党の大きな支援団体は、宗教団体である創価学会だ。その事をもって非難されたり、数々の公明党のやってきた改革が正しく評価されない。そんなジレンマを感じている。全ては、民衆の為に迷わず進め、キング牧師の生き方は、そう語りかけてくれているように感じている。


●創価大学硬式庭球部



 創価大学硬式庭球部は、30周年の佳節を迎えた。僕が、現役だった頃15周年の原稿を書いた憶えがあるので、時の流れの速さに驚くばかりだ、とゆーか、自分の精神年齢の成長が見事に追いついてない事を思い知らされている。多分僕は、結構変った先輩だと後輩に思われているのじゃないかと、少し自覚症状はある。というのも、38歳、僕が現役の頃だったら、紛れもなくただのオヤジとしか思えなかった年にもなるまで大学の夏の合宿等に参加してきたからだ。思えば同年代の人ならただ懐かしく思い出すだけであろうキャンパスライフを卒業してから15年ちかくずーと関係できた幸せモンでもある。いまでもチャンスがあればラケットを片手に創価大学太陽の丘ビクトリーコートに行きたい衝動にかられる。硬式テニス部、テニスというとなんか軟派なイメージがあるが、どっこいそれは体育会!それはもうマジな世界!だからこちらもチャラチャラした気分では決していられない。でも僕らの時もそうだったけど一生懸命やる事がなんかダサイ、ツマラナイなんて世の中で体育会を続けていくのは結構並大抵じゃないし最近はもっと難しいんじゃないかと思っている。去年は選挙もあって夏合宿に参加しなくいや、妻の再三の忠告に従い、もう足を洗おうと区切りをつけていたのだけれど、熱血コーチの久保田先生がカナダに行かれたと伺いちょっと心配だったのと、30周年記念原稿を書いた際、20期の後輩の西橋と久々に話したのと(後輩といっても10近く歳が離れている、、、ア〜ア)その他にも合宿に参加するメンバーのいる事を聞いて後先考えずに菅平までいってしまった。体育会の有難いところはこんなオヤジでも先輩としてちゃんと迎えてくれる事だ。あいにくの雨でテニスはさしてできなかったが、夜のミーティングに参加させてもらった。「どういう思いで現役の頃テニスをやっていたか」マジに問われてドギマギしてしまった。洋介という去年卒業した後輩も来ていた。彼らの代は、硬式テニス部の究極の目標である部昇格を果たしていて、どれだけの思いで1年間を戦ったのか語ってくれた。部昇格をほとんど果たすはずだった前年、ちょっとした試合の手続き上のミスでダメになり、その悔しさを一年ひめながらみんなで団結して戦ってきた事、そして勝つということが並大抵でない事、、そんな思いも経験も僕は持ち合わせていないが、そんな話を聞けた事もまたその話を聞いてまだ燃えるものが自分の中にある事がとても尊く思えた。後輩になぜテニス部に入ったのか素直に僕は聞いてみた、大五郎という名前の後輩ををはじめ茶パツでいかにも今時の後輩にもいろいろな思いがある事を知りなんか感動した。さすがにもう合宿に参加する事はやめようと思っているが、ひとつの大切な原点を忘れずにいたい。→メールを後輩からいただき、また合宿いこうかな、なんて迷いが出てきてます、、、西橋さんも老体に鞭打って出てきてますなどと書いてありました。でもその西橋より8才ぐらい上なんだよな〜。→引き続き身内ネタで申し訳ないですが、テニス部の後輩から結婚の招待をいただいた。テニス部同士というのも久しぶり、夫婦とも知っているとなにかといいものであります。ちなみに私と妻は創価大学の同級生でした。→2月25日行ってきました。結婚式!なんせ年が離れてるから一緒に座る人だれか心配だったけど23期の斎藤が横で安心した。いい結婚式だった。こっちが幸せな気持ちにさせてもらえ、また、学生時代を思い出ししみじみした。


●政治の話



 山中って議員なのに政治の話でてこないジャン、といわれてしまいそうなので、ここで一言。70日間の臨時国会30日間も空転した与野党の対立が伝えられているけど、あれってホント国民をばかにしていると思っている。特に野党、いいよな〜責任がなくってという感じですね。もちろん卑肉ですよ。非拘束比例名簿式の選挙法改正にかこつけて、衆議院の方までボイコットする、それもあんだけ大騒ぎした斡旋利得処罰法を審議しないっていうのだから、あきれる。結局は、ポーズでしょ。本当に世の中をよくするという気持ちがあって、野党にいても与党にいても責任感があるならもう少し真面目な対応がなされてしかりだと思うのだけれど、党利党略とお互い罵り合っても、じゃどれだけ現実に一歩でも前に進んだのと言いたい。非拘束比例名簿式も実際党利党略ならどう悪いのかちゃんと説明しなさい。自民党と書く人がいないからというけれど、それは、どの党でも同じじゃない?それより旧全国区みたいにお金がかからないのか、でも今の比例だと、政治家一人一人の顔が見えない、党内力学の影響が大きい、どこに価値をおいてどう折り合いをつけるのかそこの所が重要だし政治家の質も問われるのではないか。それをレッテルを貼って後は問答無用では、どうせ国民は中身はよくわからないという、ポーズ優先の作戦がみえみえではないか。責任感があるならくさい演技をせずにもっと悩め、考えろ、と言いたい。行動のない理念や理想は、煙のようなものだと、ガンジーもいっている、本当に世の中をよくしたい、その為に自分にできる事があるはずだ、そういう原点を忘れないで、物事に望めば与党も野党ももっとお互いにの力が引き出せるのではないだろうか。あとマスコミには、センセーショナルなものに重点を置くのではなくて、しっかりと正しく報道をしてもらいたいと願う。その国が栄えるのも廃れるのも、国のために尽力している者を正しく評価できているかどうかにかかっていると伺った事がある。政治不信で結局損をするのは国民だろう。


●創価同窓の集い



 10月15日久方ぶりに母校創価大学を訪れた。卒業生全員に会ってあげたい、そう創立者が、心を砕いてくださり、11期生から18期生まで一同に会しての大総会だった。人生の師といえる人に一生のうちに出会えるという事がいかに幸せか噛み締めるような思いがした。同期の奴等とは、仕事や地方にいるのでなかなか会えないけど、その日最後に残ったのは、僕の妻と(創価大で同級生)テニス部の後輩たちだった。13期と16期の後輩たち、縁というのは不思議だなとしみじみした。誰と出会えるか、人生って案外そんな事で動いていくそれは、どうしようもないことだけど、でも全ての事には意味がある、偶然なんて本当はないと僕は、知っている。今出会えた事これは、きっと意味がある。「人と出会う事それが人間革命、人と語る事それが生きる目的」創立者池田大作先生は、そう総会で話された。


山中もとみつスマッシュ通信(埼玉県鶴ヶ島市)市議会議員(公明党)