作者からの最新のメッセージです

≪木版画の歴史は古く古代版画と称され仏像の胎内に印仏、摺仏、として数多く特に鎌倉印仏はとても美しいと云われている。
一色摺版画は世界で古くから作られて来たが、多色摺木版は浮世絵版画が顕著で、数10版に及ぶ緻密な多色摺り技法が日本で秀れた作品になったのは、独得の和紙、馬連(版木に乗せた和紙をこする道具)ブラシ、ハケ(色を版木に塗る道具)桜や欅などの版木が良かった事、そして何より日本の多湿な気候条件が木版を摺る工程に最適であったのは周知の事である。≫
そんな日本の伝統的な流れを受け継いで私も現在制作しています。30年前三重県から京都へ移り住んだのもひとつは彫師、摺師と云われる木版制作に係わる専門家達の作業を真近に見たいと思ったからです。道具を大切にする心と、同じ作業を丹念に続ける忍耐を学び、多く知識を得ました。
昔と違って今、絵の具がとても多種になり、色彩表現の可能性が無限に広がったのではないかと思います。今、私のテーマのひとつに間接的色付でどこまで深く美しい色が出せるか、遠い宙の青、長い年月が作り出す古代色、喜怒哀楽を色で、風景の形を借り、より美しい色を捜して埋めて行きたいと考えています。
又、現在の様に物が無かった子供の頃、月や星に希いを託した想い、それは今も夜空を見上げる小さな人間を力づけてくれます。美しい星を追って村や街を旅して版画を創って行くのも私の楽しい仕事です。

渡辺 裕司 略歴
 
1941年 三重県に生れる
1963年 木下富雄氏に師事。木版画を始める
1966年 日本版画協会初入選
1968年 版画協会展・奨励賞・準会員推挙。水彩協会展・版画部最高賞
1971年 京都へ移住 木版を使った染色を始める。東京・京都・大阪・松山で版画個展
1983年 長野県穂高町へ移住
1984年 版画大賞展・買上賞
1986年 信州版画協会・知事賞
1987年 帝国ホテルにて着物展’88年 東京を中心に全国で着物展開催’99迄
1989年 版画と木版染め着物展 山画廊(以降’90年から94年まで各年、94〜’02年迄毎年個展)。長野市にて個展
1992年 東京・大阪にて個展
1993年 京都へ移住 東京・大阪にて個展
1995年 東京・大阪にて個展
1996年 東京・大阪・知立にて個展
1997年 東京・大阪・岡崎・名古屋・津にて個展
1998年 大阪・可児・津にて個展 東京に移住
1999年 静岡・津・名古屋にて個展
2000年 東京・静岡にて個展
2001年 静岡にて個展

 ここ数年、月、星のある風景を主に制作している。戦後の幼年期、しばらく田舎では燃費節減の為、
「もらい湯」という習慣があって、近くの親戚同志が交代でたがいの風呂を使いに往き来していた。
暗い田舎の田んぼ道では、月を見上げ、星と対話するしか少才がなく、明日の希いを星に託す家族の
語らいの場でもあった。その後、都市へ移って生活は一変するが、フトしたことで信州の山中に住まう
ことになって最初の夜、空には星が満ちて新たな生活の不安を払拭してくれた。信州での10年は美し
き星の再発見、星と過したといってもよい。現在は、東京住まいでほとんど見えないが、終焉の地は、
こぼれるような星くずが手に届きそうな場所であったらと祈っている。

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