(情けない)ツーリングレポート     usagi

6月12日、2005年第一回目のツーリングがあった。
その日の新聞によると天気予報は札幌が午前中は雨で、太平洋側の室蘭・苫小牧方面は一日中雨予想。
当然カッパは必需品。
「雨だったらどうするの?」とメールを入れてくる者もいたが、一蹴。
起きてコーヒーを2杯がぶ飲みし、倉庫に行ってバイクを出す。
身支度は出かけるとき雨の痕跡がなかったため通常のブルゾン・モトクロパンツ仕様で出発。
目論見では45分で支笏湖に到着予定だ。
西岡から駒岡、常磐と抜けて支笏湖線に入ると小雨模様。
仕方なく上下雨合羽の出で立ち。
着替え終えて一服しているとGTRが何台も通過していく。
四輪のツーリングだろう。
改めて向かうが、結局15分遅れ。
見通しが甘かった。

スタンドに到着後すぐ、ぷかぷか氏に「大丈夫か、悪寒があるんだって?」と聞かれ、「???」。
ぺんぎん氏にも「具合悪いんだって?」。
俺も「何?なんで?電話でも入った?」と聞くと「メールに入ってた」と言われ、ますます「???」。
「何にも入れてない」「だって入ってたぞ、ほれ」。
確かに入ってるけど、誰だ、そんな悪戯したのは!!
しかし問題ないことが分かって一安心。
すると見慣れぬ顔が一人、と言うより見慣れたような・・・。
当然T橋氏の息子。
さらにK島氏・O池(兄)氏・ごんたそしてTOYOKI社長で総勢8人の今年一回目、雨中オフロードツーリング。

何度も道の確認をしながらのんびりツーリング。
道標を見て記憶を辿り、分からなければ地図を広げ確認。
そうこうしてお腹もすいてきたので昼食をとることにしたが、なにぶんこの雨。
屋根付きのところで昼を食べるため廃校後研修施設になっている元白老の小中学校で昼食。
そこで働いている人が、汚れて中に入ることさえ抵抗のある我々に手を差し伸べ、部屋に暖房さえ入れてくれてたいへん優しかった。

(← 旧教室の一室を借りての林道の確認風景) 

そして若干でも心も身体も温まったところで、礼を言い研修施設をあとにした。
何10分か走って大滝村の道の駅で「キノコ汁(まっ、キノコの味噌汁ですね)」を食べ、また出発。
オンロードを寒い思いをして走っていて、何度目かのゲート(美笛)をくぐると締まったオフの路面。
途端に3人ほどかっとんで行って、「あっ、取り残された」と思い俺もすぐさま追いかけたのは言うまでもない。
しかし、
しかし、やはりと言うべきか、支笏湖周辺には魔物が住んでいた。
なんでもない直線の、多少ゴロゴロした石が有ったとしても、転倒するところではない。
それでも魔物は俺を呼んでいた。
一瞬ハンドルから手を離したが間に合わず、自分のバイクに激突。
いつものパターンからいくとすぐに起きあがり、バイクを起こして何食わぬ顔をしているところだが、如何せん足が下敷きでしかも力が入らないため座って後ろから来る人たちを待っていた。
本当は寝たままでいたかったが、転倒したバイクのそばで人が寝ていたら、後ろから来る人はきっとギョっとすると思い無理して座っていたが、心では「早く来い!誰でも良いから俺を起こしてくれ」。
やっと助けてもらい、多少の痛みを感じながら無事帰路に着いた。
途中洗車もし、やっとの事でバイクを収納して家に帰り、風呂に入り、驚くことに9時には寝てしまった(今までそんなことはない)。

後日談:月曜、病院で検査したら打撲が右手親指付け根・左大腿部・左小指付け根。擦過傷が左肘・顔面の髪の生え際。そして左肋骨のヒビ。
湿布薬と胸のバンドを貰い、その治療で2週間後のツーリングには参加できるなと思っていたが、木曜くらいから右の肋骨が痛み出し、再度病院へ行くと今度は骨折しているとのこと。
支笏湖には魔物が住んでいる。
2度有ることは3度ある。
だとしたら4度目は・・・、諺がないから魔物もいなくなるのかなぁ。
そして来週のツーリング、大丈夫なんだろうか・・・・