旅の話その1 記念すべき初の林道野宿旅!顛末はさてどうなりますことやら?


1988(昭和63)年7月29日〜8月1日(4日間)
マシン:YAMAHA XT250T,YAMAHA DT250


(1日目)天候:曇後晴 宿泊地:野反湖キャンプ場
(横浜)〜府中(8:00)〜(名栗?)〜秩父〜十国峠〜佐久〜軽井沢〜長野原〜野反湖(18:30)


 ター坊が,ここ数年,キャンプツーリングなるものをやっており,おもしろそうなので今回は私、ミン坊も参加し,2人で行こうということになった。ター坊はこの前のツーリングの帰りに,雨の中津川林道でテントを落としてそうで,事前に町田の16号線沿いのアルペンで,安物(3,980円)4人用テントを入手した。私はキャンプ用品などはシュラフ以外持っておらず,取りあえず武蔵境のイトーヨーカドーのスポーツ用品売り場でロールマット(980円)だけは入手した。
 出発当日は,どんよりした空の下,府中を8時に出発し,青梅から名栗経由で秩父へ(行ったような気がするが,どうだったかは記憶が定かでない)。299号に入り,小鹿野のGSで給油の際,十国峠の様子を聞く。「佐久○Km」の看板で峠越えを予感する。途中「恐竜の足跡」の看板を発見するが,実態は不明。(後に道路脇の斜面に,恐竜の足跡が付いていることが判る。)日航機墜落後,道が良くなった御巣鷹山の麓を一路十国峠へ。
 いよいよダートが現れた。十国峠までのダートは,前夜の雨で多少ぬかり気味で,多少ガスっている。水たまりを除けながら走るも,あっと言う間に泥だらけである。カーステレオをガンガンかけた男女4人が乗った脳天気なHILUXに追いつくが,すんなり進路をゆずられ拍子抜け。(峠で休んでいるとHILUXが追いた。)長野側は舗装済みで,軽快に佐久平へ下りる。しかし,なぜ佐久は町と市と2つあるのだろう?

十国峠にて

 御代田から18号へ入る。軽井沢手前ですぐ前を走る黒いセドリックが突然路側に停止する。何と手をあげた客に止まったタクシーだった。屋根に看板灯がないのでわからなっかた。軽井沢あたりのタクシーは皆看板灯が付いていない。なぜだ??
 軽井沢から146号で長野原へ。長野原で酒と食料を調達する。食料を買った小さなスーパーで,謎の眼鏡付きの花火も購入。ター坊は,歯ブラシを忘れたと,「毛先が球」のものを購入。
 六合(くに)村から野反湖への道はすでに舗装されてしまっていた。日が暮れかかった頃,キャンプ場入口へ到着。野反湖は山中にひっそりとあるきれいな湖だ。(実はダム湖です。)管理小屋で料金を払ってキャンプサイトへ。途中,小川に架かる小橋があり,ちょっと高さがあったため,高所恐怖症のター坊は大いにビビる。7,8分でテントサイトへ到着すると,周囲の人から「これからですか?」などどと言われる。(この時すでに真っ暗だった。)テントの下は草で波打っていたが,かまわず設営。記念すべき1日目の宴会へ突入。(メニューは忘れた。)疲労も手伝い,酔いの回りが早い。最後は花火で締めくくった。(謎の眼鏡は像が何個かに写る感動モノ?だった.


 野反湖到着(既に真っ暗)

 野反湖キャンプ場テントサイト

(2日目)天候:晴後曇 宿泊地:笹ケ峰キャンプ場
野反湖〜長笹林道〜草津〜志賀高原〜中野〜長野〜戸隠バードライン〜妙高高原〜笹ヶ峰キャンプ場( 18:00)

 朝から良い天気である。早々に撤収し,出発する。長笹林道経由で草津温泉へ向かう。
 草津温泉街をうろついた後,志賀草津道路へ。(国道なのになんで金とるんだよ)志賀高原,湯田中温泉を通過し,中野の食堂で昼飯となる。2人でかつ丼を注文する。出てきて蓋を開けると,何と中はソースかつどん。かつ丼って普通煮込みだよな?
 アップルライン経由で長野市内へ。長野といえば善光寺だ。「牛に轢かれて全治3ヶ月」。近くの宿坊の前にバイクを置き,境内へ。すると本堂は昭和の大改修で工事用シートに覆われていた。(修学旅行で東大寺へ行った時も大仏殿が昭和の大改修で,やはりシートで覆われていたっけ。有名な寺院は,どうやら我々にはその姿を見られたくないらしい?)門前で七味唐辛子をGET。
 途中が崩落し,迂回している戸隠バードラインヘ。中社で戸隠そばを食す。旨いのは確かだが、ボリュームが今ひとつだ。
 黒姫山麓を通り,野尻湖へ。野尻湖周辺でキャンプ場を探すが,良いところが見つからず,斑尾の近くまで行ってしまう。方針を変更して妙高高原から小谷方向の国設笹ケ峰キャンプ場へ向かうことにする。杉野沢という部落で酒と食料を調達する。酒屋でビールの冷やし代をとられる。新潟はがめついのか?
 ひんやりした山間の道を通り、笹ケ峰キャンプ場へ。キャンプ場は,備え付けのテントが中央の良いサイトを占拠しており,持ち込みは周辺部のサイトにしか張ることができなかった。宴会開始後,しばらくすると新井から来た小学生の集団のキャンプファイアーが近くで始まり,合流して盛り上がる。盛り上がりすぎて,アッと言う間に撃沈。

 杉野沢キャンプ場にて

(3日目)天候:晴 宿泊地:美ケ原温泉(追分屋旅館)
笹ヶ峰キャンプ場〜乙見山峠〜小谷〜白馬〜大町〜安曇〜上高地乗鞍林道〜白骨温泉〜松本美ヶ原温泉(17:30)

 キャンプ場出発後数百メートルで,いきなりダートになる。乙見山峠で休憩。小谷側はガードレールなどない,荒々しいダートが見渡せる。フロントディスクブレーキの(当時は)新型XTの人に写真を撮ってもらう。小谷温泉へ下る途中,右のブラインドで対向してきたローレルと接触しそうになる。かろうじてかわすが,DTと共に左の笹薮へ。ローレルのおじさんが降りてきて,薮から引き出すのを手伝ってくれる。危ない危ない・・!

 乙見山峠(新潟側)

 乙見山峠(長野側)白馬山方面を望む

 小谷温泉から148号へ出て白馬方面へ左折。しばらくは乗用車がすれ違うのがやっとの谷間の道が続く。野宿旅には似つかわしくない白馬から,仁科三湖を通り,大町へ。穂高町で147号をそれて県道経由で安曇村へ。途中で昼食に安曇そばを食す。昼食は信州そば三昧の日々が続く。
 158号の前川渡大橋で「乗鞍スカイライン通行止め」の看板発見。乗鞍行きをあきらめ,安房峠手前から乗鞍上高地林道へ。上高地入口から峠へは大渋滞。待っているのも馬鹿馬鹿しいと右側を進む。渋滞の中にパトカーを発見するが,そのまま追い抜く。(何も言われなかった。)白骨温泉の老舗斎藤旅館前で写真を撮り,奈川村へ。林道料金所で立ちごけする。(^^;)158号に戻り新島々を通り,松本市内へ。松本城の公衆電話で宿探しをする。入山辺や扉の旅館は満室で,仕方なく美ケ原温泉の紹介所へ。夏休みの行事かなにかで混んではいたが,「追分屋」に落ちつく。

 前川渡の乗鞍方面分岐(前面通行止。明日開通?)

 追分屋は小さいが,女将が親切。久しぶりに入る風呂はありがたい。部屋は狭いが,夕食は部屋食で海老の焼き物が付く。料金\8,000?也。夜は宿の知り合い人の望遠鏡で土星を見せてもらう。

(4日目)天候:薄曇り
松本〜よもぎこば林道〜扉峠〜和田峠〜霧が峰〜白樺湖〜蓼科〜茅野〜杖突峠〜晴ケ峰林道〜金沢峠〜富士見〜甲府〜
笹子峠(旧道)〜相模湖〜横浜?

 松本を後に,よもぎこば林道の快適な舗装のワインディングを登り,扉峠へ。峠で休憩をしていると,ぴかぴかのDT200の女の子が現れ,ター坊が一言,「汚れてないオフロードバイクに乗てんじゃねぇぞ!」
 有料のビーナスラインを避けて,142号へ降り,新和田TN手前から白樺湖へ。湖畔の道端で休憩するが,汚いバイク2台と汚い男2人は余りに場違いで早々に立ち去る。
 無料になったビーナスラインで蓼科を通り茅野へ。茅野市内で危うく有料の茅野TNへ吸い込まれそうになるが,直前で回避する。国道の案内板は,どこでもそうだが,なぜ有料の方へ行かせようとするのか?昼食は茅野のとんかつ屋で当然とんかつを食う。
 茅野市内から256号の杖突峠へ。晴ヶ峰林道で入笠山方面へ。金沢峠付近で道に迷い,通りがかったチャリダーに入笠方面への道を聞くが,うそを教えられる。何と教えられた道は,急坂を下り20号青柳へ出てしまった。
 さて,そこからは,炎天下の一般国道ダラダラ走行が延々と続いた。笹子TN手前で,最後の締めはダートだと,笹子峠旧道へ。ところがすでに全線舗装化されてしまい,拍子抜けのまま津久井を抜けて横浜へ帰還。記念すべき初の林道野宿旅はこうして終わったのであった。

 国道256号杖突峠(なぜか「突」の字に点がある?)

 晴ヶ峰林道

今回の装備
ミン坊:シュラフ(ダイクマ,\2,980),マット(イトーヨーカドー,\980),デイパック(ダイクマ,\1,980)
ター坊:テント(アルペン,\2,680),ストーブ(ピークワン茶色,愛用品),ランタン(キャンピングガス,愛用品),エバニューコッヘル他

この旅での教訓
・まずは,何はともあれ旅立つことです。案ずるより,生むが易し。流れていく空気が,景色が,回りの全てが新鮮です。
・それにしても,DTは燃費が悪すぎます。


nextBack

topHome