旅の話15 いざ四国,いざ剣山スーパー林道。でも,半分以上は観光?


1995(平成7年)4月28日〜5月3日(6日間) 走行距離:毎度不明
マシン:YAMAHA SEROW225  HONDA XLR250BAJA


(1日目)天候:曇り 宿泊地:船中
東京タワー前〜有明フェリー埠頭〜太平洋上


 ついに,四国へ行くことになった。GWということもあって,東京(有明)発新門司行きの東九オーシャンフェリーの東京・徳島間をかなり早めに予約した。
 当日は平日でもあり,私は仕事があるので,東京タワー前に午後4時半集合とし,仕事場へも早起きして,野宿道具を満載したバイクで出勤した。仕事を早めに切り上げて,荷を積み終えた所へ,めずらしく時間前だというのに,ター坊が到着した。さすがに,フェリーには乗り遅れたくないらしい。
 東京タワーから第一京浜を通り晴海通りへ。野宿道具を満載したバイク2台は,渋滞の第一京浜にはひどく不似合いだ。すり抜けの際に,タクシーに荷物が当たってしまったが,「すいません!」の一言で難なくクリア。豊洲でガソリン,フェリー内のでの酒,食料などを調達し,有明のフェリーターミナルへ向かった。
 さすがに,明日から(平日2日を含んで)9連休とあって,トラックだけでなく自家用車やバイクも多い。しばらく待って,乗船開始となり,バイクはいつもながら端の方(といっても,かなりの台数だったので,我々は端の方ではなっかたけど・・)に並べられた。出航するとバイクを載せた甲板には降りられないので,必要なものは持って客室に上がった。九州訛りのお兄さんに案内されて,雑魚寝の2等客室へ。さすが連休,満員御礼のぎゅうぎゅう詰めで,枕の幅×2mほどが,一人に与えられた今夜のスペースだ。
 一番窓側に陣取り,出航前だというのに,早速乾杯となる。デカイ洗面器が灰皿だ。隣は埼玉から来たという男女のペアだが,やはりオフロードバイク乗りとのことで,早々と宴会は合流となる。自然にバイク乗りが集まってきて,やれ飲め,それ飲め,どんどん飲めとやっているうちに,ご酩酊の意識不明で第1日目は終了。 


(2日目)天候:雨 宿泊地:旭丸峠近くの剣山スーパー林道脇
太平洋上〜徳島港〜小松島〜上勝〜剣山スーパー林道


 2日目の空は雲行き怪しく,二日酔いの我々の頭の中のようにどんよりしている。窓からは南紀白浜が間近に見えており,結構テレビも写るし,だいぶ陸地に近いところを航行しているのだ。昼ちょうどに徳島港に到着したが,結構激しく雨が降っており,手痛いお出迎えを受ける。
 フェリー埠頭から55号を左折し小松島で昼飯を食おうとするが,なかなかずぶ濡れの我々が入って行けそうな店は見つからず,出だしからうろうろしてしまう。何とか先客に相模ナンバーのディグリーが停まっている小さなラーメン屋を見つけ昼飯にありつく。(ディグリーはオネエチャンでした。)
 その後はだらだらと雨の県道を上勝まで進み,買い出ししようとするがバイパスっぽい道を進んでしまい,あったのは役場だけ。部落内から来た道との合流点にビールの自販機を見つけ,とりあえずビールだけはGETする。それから部落内に入って行くと,なんと酒も食料品も売ってる店を発見。えらく愛想のいいオバチャンがいる店で,焼酎,烏龍茶と食い物をGET。スーパー林道通過記念スタンプ付きの木版ももらってしまう。ガソリンは普通の民家っぽい家の横に給油機が1台ある燃料店で入れたが,後で計算したらセローとBAJAで全然単価が違っていた。いったいどういう計算なのだろう?
 林道起点の看板の所で記念写真を撮り,野宿前,最後の一服,通りがかったソロチャリダーの写真を撮ってあげて,さあ出発。野宿地を物色しながらスーパー林道を進むが,良い場所は見つからない。それどころか,セローは何か排気音がおかしい。でも,雨は降り続くし,早く酒が飲みたいので,止まって確認せずに先に進む。結局,旭丸峠から尾根に出て,少し行ったところの林道脇の空き地で野宿することになった。バイクを止めてふと見ると,セローの荷にくくり付けておいた烏龍茶がなくなっていた。さっきの排気音が変だったのは,排気口の前にビニール袋ごとぶら下がった烏龍茶が原因だったのだ。結局烏龍茶は袋が切れて林道のどこかに・・・。
 雨が小やみになったので,タープを立てて宴会を開始するが,途中で雨は元のように降り始め,途中でテントに移動となる。いつものように飲みつつ,ふとラジオをFMにしてみると,何と聞こえるではありませんか,FM放送が。さすが四国は狭いのですよ。こんな山中でも都市までの距離は以外と近い。放尿しに崖のところまで出てみれば,眼下には439号を走る車の明かりが見えた。などなどしているうちに,酔いは回り四国第1日目の夜は更けていった。

 旭丸峠付近のスーパー林道脇野宿地


(3日目)天候:曇り 宿泊地:室戸岬近くのやってないキャンプ場
剣山スーパー林道〜木頭〜東川千本谷林道〜伊尾木林道〜張川林道〜安芸〜室戸


 さあ,四国第2日目の朝がやって来ました。早く寝たせいか,林道を通るダンプの音で目が覚めた。二日酔いもなく以外に体は快調。小雨模様の中,出発する。ほどなく雨はやみ,雨後にもかかわらずスーパー林道は良く締まった走り易い路面で,快調にペースを上げて木沢村の山の家で休憩する。途中,林道脇の東屋でテントを張っている連中を見つけたが,雨の日の野宿ではなかなか良い作戦だと感心する。
 
 野宿地出発の図(カメラの日付が遅れているのはご愛敬。)

 昼飯のため,スーパー林道終点から195号を木頭村へ左折し,最初にあった酒屋で停まる。パンを買って道端で食っていると,店のオバチャンがいすにして座るようにと一升瓶のケースを持ってきてくれた。しばらくすると,また雨が降り始めた。するとオバチャンは今度は店の中に入れと勧めてくれた。たかがパン1個と缶コーヒーしか買っていないこ汚いオヤジ二人に,四国の田舎の人は何と親切なことか。オバチャンに礼を言って,再び走り始める。

 木頭村営山の家(バイクも多いが車も多い)

 さっき国道に出た少し手前から東川千本谷林道に入る。結構厳しい林道で,雨も強く降り出した。駒背峠を越えて舗装路に出たが,すぐに今度は伊尾木林道へ。途中から張川林道へ。張川林道はちょっと荒れ気味だったが明るい感じのいい林道だった。

 張川林道入り口(ハッキリ言ってずぶ濡れです。)

 山を下ると安芸市内で野良時計に寄ってみた。田圃の真ん中に忽然と建つ大時計はちょっと異様でもある。休憩後55号で室戸に向かった。何故かというと,台風の時などにニュースに出てくる室戸岬を一目見ようと,ただそれだけの理由だ。
 室戸市内のスーパーで土佐は鰹ということで,鰹の刺身他食料を調達,酒屋を見つけるのにちょっと手間取るが,なぜか九州麦焼酎や地域限定ビールなどを手に入れ,国民宿舎むろとの下にあるキャンプ場で宴会となる。コロッケ,餃子,わかめスープのシメジと豚肉煮など,鰹の刺身以外は代わり映えしないメニューだ。そういえば,何かモノの見え方が悪いような・・・。何とメガネをかけていなかったのだ。どうやら,野良時計で休憩したときに,忘れてきたらしい。明日,高知へ向かう途中で探しに寄ることにする。かなりの走行距離だったので,この日も早々の就寝となった。

 雨仕様の宴会風景

 いつも同じような超豪華メニュー、地(域)ビール?付き。


(4日目)天候:曇り後雷雨 宿泊地:中追渓谷観光温泉
室戸〜安芸〜南国〜桂浜〜高知〜中追渓谷観光温泉


 さあ、四国上陸後3日目の朝が明けました。この日も二日酔いはなく、体は快調だが、天気はというと、どんよりとした曇り空から小雨がぱらつき怪しい感じだ。ラジオの天気予報では、午後は激しい雷雨になるそうだ。室戸スカイラインを下り、室戸岬を見るため、55号を徳島方面へ向かった。岬は見渡す限り太平洋という感じで、台風ではないので、ごく普通の岩場の海岸だった。
 室戸岬も見たので、55号で高知を目指す。途中、昨日メガネを忘れた野良時計に立ち寄るが、メガネは見つからなかった。野良時計前の東屋で一服しながら、本日の行動について協議した結果、桂浜、はりまや橋、高知城と観光地巡りをし、激しいらしい雷雨を避けるため、午後は早めに温泉旅館に避難することになった。そうとなれば、旅館の予約だと、そばにあった公衆電話で電話帳を見ながら高知市の西側にある温泉の旅館に電話をかけまくるが、連休中とあって、なかなか空いている宿が見つからない。7,8軒目にかけた中追渓谷観光温泉というところが空きがあるとのことで、即決で予約した。

安芸から高知へ向かう途中の国道55線にて(「飛びます!飛びます!コント55ってか?)

 赤岡町で55号から外れ、高知空港を右に見ながら海沿いに進み、有料の浦戸大橋を渡ると桂浜である。浦戸大橋は日本道路公団の管理なので、通行料支払いにはハイカが使えた。桂浜の駐車場は有料なので、駐車場手前の道路脇にバイクを止めることにする。坂本龍馬の像のあるところへ行く途中の駐車場で、フェリーで隣り合わせた男女ペアの男の方が乗っていたIT(ヤマハの逆車)を発見。どこをどう回ったか知らないが、同じ場所へ来ていたのだ。龍馬像の周りは観光客で結構賑わっており、寺崎勉氏の著書であるナチュラルツーリングで見たとおり、「アイスクリン」ののぼりがあるアイス屋が隅の方にいた。(そこでアイスを食ったかどうかは記憶がない。)ナチュラルツーリングといえば、南国の「エチオピアまんじゅう」も気になっていたのだが、55号を南国の手前でそれてしまったので、噂の看板は見られなかったなぁ。そういえば、龍馬がふところに突っ込んだ右手は、「グー」なのだろうか?それとも「パー」なのだろうか?まさか「チョキ」ということは・・・・。ああ、くだらない。バイクに戻る途中、お土産屋が立ち並ぶところで、ついに例の男女ペアに遭遇。むこうも気が つき、ヤアヤアヤア。ちょっと話をして、もしかしたら、またどこかで会うかも知れないなどとと言いながらお別れする。
 桂浜からは、はりまや橋へ向かった。はりまや橋近辺は高知きっての繁華街で、こ汚いオフロードバイクには不似合いな所だ。はりまや橋の下の川は暗渠化されたのかなくなっており、川だった一段低いところはコンクリートになっていた。はりまや橋ではカレー屋で昼飯を食った後、土産物を物色し、買い込んだ土産物を高知郵便局からゆうパックで発送してから、高知城へと向かった。ゆうパックの箱を組み立ててくれたり、梱包を手伝ってくれた親切な高知郵便局員の方、ありがとうございました。

 「土佐の高知の♪はりまや橋」にて。景色に不似合い!

 高知城は33号線沿いの官庁街の小高い丘の上にあった。付近をうろつくが、天守閣まで続く道はことごとく車両進入禁止で、直接上までバイクでは行けそうになかったので、県庁近くの路上にバイクを止め、歩くことにした。歩き始めたはいいが、結構な傾斜と道のりで、ター坊はバテバテになった。かの山内一豊の妻もこの登りでは、さぞ疲れたことだろう。肝心の天守閣はというと、ずいぶんとこぢんまりしたものだった。
 思いがけない小登山で疲れ果てたが、あとは温泉に泊まるだけである。33号を西に伊野町を目指した。33号は道路中央に路面電車の土佐電気鉄道が走っており、線路のせいで、右折車がなんとも奇妙な曲がり方をしていた。ちなみに土佐電気鉄道は地元では略して「とでん」と呼ばれているようで、一瞬「都電」が思い浮かんでしまうのは私だけではなかろう。その「とでん」の終点の伊野で194号に入るころには、西の空が真っ暗になっており、宿まで何とかもってくれればと思ったのもつかの間、ぽつぽつ来たかと思う間もなく、激しい雨が降り始め、強制的合羽&給油タイムでガソリンスタンドへ逃げ込んだ。宿まではもうちょっとの所だったのに、ずぶ濡れになってしまった。気を取り直してスタンドを出たが、顔に大粒の雨が当たり、結構痛い。やがて、中追渓谷入り口の分岐を発見、ちょうどその分岐の角に酒屋もあったので、分岐を曲がったところでバイクを止めた。宿で飲むビールをター坊が買いに行くことになり、私はサッポロの500mlを3本頼んだ。やがて酒屋からター坊が帰ってきて一言、「選択の自由はなかったよ。冷えているのはスーパードライだけだった。」ムムム、まあ いいけど、おそるべし田舎の酒屋である。
 酒屋から渓流沿いの狭い舗装路を上ること十数分、一軒宿の中追渓谷観光温泉に到着した。道には案内用の事務所があるだけで、旅館は道から川原へ続く崖を這うように建てられていた。「カッパは事務所に干しておけばいい。」と事務所のおじさんに言われたので、カッパは脱いで、傘を借りて泊まる建物へ細い道を下った。部屋は建てたばかりの広い和室で、大浴場や食堂は別棟になっていた。温泉のお湯は良かったが、夕飯は量が少なく、一万円という宿代にしてはイマイチだった。夕食後、部屋に帰りテレビを見ながらスーパードライを飲むかたわら、エアコンをかけて、濡れたものを乾かした。手持ちの焼酎に手が着くとほどなく、何日ぶりかの布団でまどろんでしまった。
 

(5日目)天候:晴れ 宿泊地:徳島空港近くの海岸
中追渓谷観光温泉〜吾北〜早明浦ダム〜大歩危・小歩危〜鳴門〜大手海岸

 今日は四国上陸以来、初めての晴天だ。予想通りのお粗末な朝食を食った後、乾かしていたものをバッグに突っ込み、準備完了。しかし、この荷物、昨日下ってくるときは良かったが、上るのはきついなぁ・・・などとと思っていると、従業員の人が荷物は上げてくれるとのことで、人間だけ先に上の道路へ向かった。事務所で宿代を払って、カッパをたたんでいると、果樹園などの傾斜地で荷を運搬するのに使われるクローラ付きの小型運搬車で荷物を持ってきてくれた。出発準備をしながら、事務所のおじさんから聞いたところでは、この温泉施設は高知市内の土建業の社長が半分趣味で作ったのだそうだ。趣味とは言え、ご苦労さんです。
 さて、山を下って194号まで戻り、北上し、吾北村役場のある部落から439号を進んだ。439号は通称与作国道で、国道とは言え、早明浦ダムまではかなりの箇所が一車線の超田舎道状態だった。

 林道ではありません。これはれっきとした国道です。


 早明浦ダムはこの当時渇水問題で有名になっていたので、ダムおたくであるター坊のご希望で、休憩地に選定された。大豊からは32号に入り、大歩危・小歩危へ向かった。途中、祖谷のかずら橋へ寄りたかったが、約1名、高所恐怖症の者(私ではございません。)がいたので、パスした。小歩危では、観光ドライブインで奇岩を見ながらの昼飯となった。昼食後さらに北上を続け、池田町の三好大橋北詰から吉野川を挟んで192号と平行する県道を東進した。この道が、典型的な田舎の県道で、良く整備はされているのだが、それ故、単調で昼下がりともなればねむくなるのは仕方のないこと、阿波町の景勝地「土柱」まで、睡魔との戦いが続いた。「土柱」は山肌に風雨による長年の浸食で生まれた土の柱が立ち並んだところで、何でもチロル、ロッキーと並ぶ世界3大土柱(こんなのがあったんだ?)の1つなのだそうだ。ちょっとだけ感心して、さらに東進を続けると、道の両側に札所巡りのお寺が目立ち始めた。せっかく四国に来たのだからと、札所一番の霊仙寺に寄ってみた。感想は、ただのお寺でした。(当たり前か??)後は鳴門経由で海岸野宿のだが、この2日間、林道を走っていない ので、地図で見つけた山越えで海岸に出る細い道に入ってみた。だが、結局ダートは現れず、荒れた舗装路が峠を越えて海岸まで続いていた。海岸に出てから11号を徳島方面へちょいと進み、大盤振る舞いで通行料200円の鳴門スカイラインを通って大鳴門橋の下、鳴門海峡が見渡せる公園で本日最後の休憩をした。渦潮は残念ながら見えなかったが、海峡の向こうには淡路島が見えた。(注:現在鳴門スカイラインは無料)
 鳴門駅前のスーパーで買い出しをし、野宿地を検討した結果、徳島空港の手前の大手海岸ということになった。28号沿いの酒コンビニで酒を調達し、旧吉野川手前から左折し、ほどなく海岸に到着。海岸まで下りられる道はなさそうなので、道端にバイクを止めて、荷物だけを海岸まで運んだ。そして、とっととテントを建てて、とっとと薪をあつめて焚き火をつくり、宴会突入。夕暮れの海岸で聞くYS11のエンジン音はジェットとは違って何か心地よい。とっぷりと日も暮れた頃、ロードバイクが数台やって来て、若者4,5人が200mくらい離れたところにテントを張り始めた。しばらくすると、テントはそのままで、またバイクでどこかへ出かけていった。旅の疲れからか酒のまわりは結構早く、何だか見回りの人がやって来たり、若者達が戻って来たりしたような気もするが、おやすみなさ〜い。

 徳島の海岸のタダの酔っぱらいおやじ


(5日目)天候:晴れ 宿泊地:船中
大手海岸〜徳島港〜太平洋上

 ウ〜ム、何で帰る日にこんなにイイ天気なんじゃい!着いた日から3日間、天気が悪くて、本当に四国のボケッ、カスッ!なんて言っている暇はない。早々に朝飯食って、撤収し、バイクに荷をくくりつけて、徳島港目指し出発した。なにせ、フェリーの出航は11時なのだ。快晴の11号をすっ飛ばた。おっと、知らないうちに55号なっているが、まあ、いいか。しかし、四国の国道番号は11、33、55とゾロ目が多い。などどと考えているうちに、吉野川を渡り、左折して市内へ。フェリー乗船場標識に従い混雑した道をうだうだ進むうちに、材木置き場みたいなところを過ぎると、東京行きフェリー乗り場に到着した。取り急ぎ、腹に抱えた爆弾を投下しにトイレへ急いだ。あ〜、すっきりした。乗船手続きを済ませたが、まだ出航までは1時間以上もあるし、船内は酒が高いので、酒の買い出しに出かけた。来るときの感じでは、そうとう戻らないと、酒屋はなかったが、フェリー乗り場の前の材木置き場の間の道の奥に住宅街があるではないか。住宅街へ入っていくと、ありました、酒屋が。なんだ、歩いても来られるじゃねえか!酒とつまみを手に入れたし、これで乗船準備も完了。乗船前 に自宅へ電話をしようと待合室脇の公衆電話へ行き、テレホンカードを入れると、「ピーッ!」と言って、カードが電話に飲み込まれてしまった。あ〜っ!よく考えるとそのテレホンカードは職場の友人にもらったもので、上野でイラン人がよく売っていた、使用済みを変造したものだった。当然だが、自宅へは別のカードで電話をした。
 そうこうしているうちに、乗船時間となり、バイクを甲板に置いて、雑魚寝の2等船室へ。係の人の話では、団体客がキャンセルになったらしく、来るときと違い、広々と余裕のスペースで快適だった。早速、ビールで無事なツーリングの終わりを祝って乾杯し、うだうだ酒を飲んでいると、隣の若者集団もバイク乗りの様子。聞けばなんと、昨日の野宿地のとなりでキャンプしていた集団だった。テントを張ってから、また出かけたのは、町で飯を食って、銭湯に行くためだったとのこと。夕方は早めに交代で風呂へ行った。浴室にはまだだれもおらず快適で、は窓からは海が見え、船が傾く度に湯船からお湯がこぼれていた。船室でストーブを使うわけにもいかないので、晩飯だけは仕方なく食堂で食ったが、たいして旨くもないハンバーグ定食が1000円位したように記憶している。明日の東京到着は早朝なので、船の揺れと、酒の酔いに任せてこの日は早めに就寝した。

(6日目)天候:晴れ 
太平洋上〜有明フェリー埠頭


 目が覚める頃には、フェリーは既に東京湾に入っていた。到着30分前にはアナウンスと共に音楽が大音響で流れ、寝ている人もたたき起こされた。そそくさと、下船の準備をし、接岸後バイクの置いてある甲板へ行き、係員の合図でエンジンを始動。長かった四国ツーリングもいよいよこれでおしまいだ。順番を待って埠頭に下りた後、フェリーの前で記念撮影をして、ター坊は357号からレインボーブリッジ経由で横浜方面へ、私は豊洲、銀座、半蔵門経由甲州街道で一路帰路についた。

 到着後、フェリーの前で

 それにしても、二輪の料金はちょっと高くないすか?



この旅での教訓
 帰宅後、バイクを洗車していると、チェーンの1コマの外側が欠けていた。四国のどこで欠けたか分からないが、こんなこともあるので、ツーリング中も毎日バイクの点検はしよう。



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