「西方放浪記」

西に行った私。

どうも私の体は昔から「西へ、西へ」と行きたがってた…修学旅行では京都に 行ったし、家族旅行でも京都のはとバスに乗ったりもしてた。しかしそれ以外 はとんと関西方面は御無沙汰している。キャンプで行くのは尾瀬、猪苗代、蔵 王、妙高…スキーで行くとこと変わらんし…つまり夏と冬は行くところが一緒 だ。他には北海道、沖縄、フィリピン、カナダ…と極端な距離になっているし…

一昨年にシニアのジャンボリー「ヴェンチャー」で琵琶湖のほとり近江へ行く ことがあった。10NJのスタッフ向けのアンケートには、ボーイのキャンプ にはもう行かないと書いておきながら…である。それは「憧れの」西方世界が 広がっているからだったのだ。大航海時代のコロンブス、シルクロードのマル コポーロのように私の中で冒険の血潮が沸き立っていたのであった。(どどー んっ!)

自衛隊のごっついテントに5日間ばっかりお世話になった後、GO WEST! いざ!汚いカッコでも文句の言われない湖西線に載って京都駅のロウソクタワー の地下3Fで風呂にはいる。ズキッ!あれっ!?なんだかジンジンするなぁ… 左足首のくるぶし辺りに刺された跡がある。くっそー、虻かなんかかな。とり あえず薬がないので、大阪の同僚の所に転がり込む。何回戦か終了していたら しい様子だったが、お構いなく女も連れ出して呑みに行く。「大阪来たらタコ 焼き食わんとねー」すっかり気分は関西弁だが、博多弁も混じっていたかも知 れんね、こりゃ。「やっぱ、本場はうまいっ!」「そおけ?どこも変わらんぞ」 はるばる千葉から大阪にタコ焼き食いに来た私に友はそっけなく言う…ま、い いとこを邪魔されたのだから仕方ないか…飲み屋さんで軽く引っかけて女を帰 した後、部屋で呑みなおすけぇ〜で、出てきたのが七輪っ!(どどーん)ワン ルームロフト付きマンションで女も連れ込む男が七輪だとおーっ!だからこい つが大好きなのだ。

ベランダでソーセージとかピーマンとか焼きながらビールをガンガン空けてた ら、なんだか心臓が足首にあるような感じがする…ズッキン、ズッキン、ズッ キン…みると、すっかり魔法使いサリーちゃんの足になってしまっている…今 でこそ、新・魔法使いサリーちゃんの足首は細いが、その時の私の足は、くる ぶしさえ見当たらなかった…
蜂の毒が酒呑んでガンガン回ってしまい、痛 くて寝られりゃあしない…そうそうここへ来たのは薬をもらうためだったっけ… え、ない?薬箱の中はスキンとマキロンと体温計だけ?とりあえず消毒して氷 で冷やすか。え?氷もない?ちょっと待っててくれ?すると御近所さんをたた き起こしてアイスノンを借りてきてくれた。全然冷たくなかったけど、お礼を 言って、自分の体の解毒能力を信じるしかなかった…おやすみなさい。私は密 かに「尾道」まで行きたい、と思っていた。大林宣彦という監督がいる。転校 生とか時をかける少女とか撮った人だ。ここに来る前に大林監督の「ふたり」 という映画を見て、舞台となった「尾道」の背景とそんな映画を撮る監督が育っ た街並みを見てみたかったのである。俺らしいミーハーな理由ではある。

翌朝、起きてやっぱりサリーちゃん状態の自分を見て計画変更する。ま、計画 なんぞ始めっから存在していないか。まずは足をなおそう。サザン・オール・ スターズのネオブラボーの替え歌を嘉門達男が歌っていた。♪岐阜県の温泉街 は、下呂!オオウ!で、下呂温泉に行こう!えーっと下呂温泉に行くには…っ と。げ。高山本線って本数が全然ないじゃんか!そんじゃもう失礼するわ。ど うもご馳走さんね!朝6時にフレームを背負ったびっこ引きの男は、挨拶もそ こそこに朝もやの中に消えていったのだった。薬屋で「ごっつうききまっせ!」っ ていうムシササレ薬を買い、足首に塗りながら、鈍行電車で下呂温泉に向かう… 民家もなんも見当たらなくなって来たが、湯治に向かうおばちゃんたちの集団 とテントと寝袋を持っているんで心配にはならなかった。
外人のカメラマンらしき女の人がザックを背負って乗っていた姿はサマになっ ていた。下呂温泉では、盆踊りをやっていた。ブラジルから太鼓隊が来ていた。 インド人でもイラン人でもわからなかっただろう。かなり怪しかったが、とて も陽気だった。変な盆踊りだった。夕飯どうすっかとブラついていた私は、出 店のあんちゃんに無理矢理焼きとうもろこしを買わされた。まけろと言うと倍 くれた。それが夕ご飯になった。

下呂温泉にて湯治に成功した私は、日本海が見たくなった。どどーんと波が押 し寄せるきびしい冬の海。雪の吹きすさぶ岸壁に立ち、演歌を聞きながらあぶっ たイカでもかじろうか、などと勝手に想像して富山に向かった。これじゃあ全 く「流し」だ。ギターを抱いた渡り鳥ならぬ、フレームを背負った渡り鳥だ。 いや「行商」の方が近いか。日本海!岩瀬浜という小さな海水浴場についた。 そう海水浴の季節ということをすっかり忘れていた。下界に降りてくると世の 中の動きに取り残されているというのはキャンプから帰ってくると常々感じる ことなのだが、世間は夏休みまっただ中なのだった。流石にハイレグねーちゃ ん、豹柄ねーちゃんこそいないもののビーチボールに戯れるカップルや浮き輪 を持って走り回る子供や家族連れの中、フレームを背負った山男が立ち尽くす 姿を想像してみてくれ!(どどーんっ!)
さて馬鹿な感傷に浸っててもしょうがないんで、とりあえず海パンになって海 水浴客に化けてしまおう。キャンプの携行品リストに必ず海パンがあるのは 「そなえよつねに」の精神だけでなく諸先輩方の涙ぐましい歴史の代償なんで あろうと感謝しつつ、海に入る前からシャンプーで頭を洗う。海のコインシャ ワーを風呂がわりに使う私はすっかり浮浪者。海で泳いで、一服しながらフラ ンクフルトなんぞつまんでいると、私の傍らにおいてあるフレームに惹かれた 海の家のおじさんが、どっから来なすったと聞いてくる。千葉からと言いそう になるのを他の千葉県民のイメージダウンになると考えた私は「山からです」 とだけ答えた。海の人に「山から来ました」なんてかなりアバウトな会話だが、 浮浪者という誤解だけは解けたようで、あきらかに周囲の目がほっとしている。 鬚ぐらい剃れば良かったか…そのうち暗雲たちこめ、ゴロゴロと雷までなって きた。夕立ちだろうから海の家で雨宿りしてようかとのん気に構えていたら、 ラジオから台風接近の知らせ。海水浴客は潮が引くようにいなくなるし、なん と海の家まで雨戸を閉めてその上から釘うちまで始めだした。どうも居座るこ とができないようだ。ひと気がなくなったので、すっかり暗くなった海の家で 雨合羽を着込む。どうも夏の海は私が嫌いなようだ。さらば日本海。

名古屋まで出るとキシ麺も流れんばかりのスンゴイ土砂ぶりだった。台風から 逃げるように東へ向かう。夜行列車の中では、「自由の女神は、東を向いてい る!○か×か?」と叫んでいる団体があちこちにいた。どうやら明日の朝、東 京ドームで「アメリカ横断ウルトラクイズ」の予選があるらしい。でかい荷物 しょってる俺もそう思われてそうだが、ま、いいやと思いつつ爆睡。東京駅に 午前4時半について、今度は猪苗代へと向かった。この年の夏はその後もまだ まだ続き、尾瀬でパラグライダーまでやり、死ぬほどそうめんを食わされるこ とになるのだが、それは西へ向かうという本題から外れるので別の旅行記とし て語るべきであろう。