「富士登山」

1999.7.18-20


(左から:大和久憲也、吉池満幸、鈴木智基、山縣俊平)

<<プロローグ>>
沖労連のキャンプ集会に行かないかと言われたのは本庄出張から戻って間もない 6月になってからだった。労働組合の上部団体の催し物だから、まあ出席せねば ならないのはヨークわかるが、前回のキャンプ集会にも参加しているのだからも う言いだろうというのが建前だが、ようするに今回はハードなので行きたくない、 のが本音だった。前回は福島県の五色沼パラダイスキャンプ場でのハイキングや らパフォーマンスお披露目大会だった。別れ際に「次回は静岡です。富士山です」 とコールされ、「けっ、次回行く人はご苦労さん」などと他人ごとだったのである。 それに、数年前に福島の七ッケ岳なるところでインディジョーンズ張りな無茶を して、膝を痛めた。奥多摩の御岳山→大岳山ルートですら痛み出す始末なのだ。 でも今年その『富士登山』のお鉢が回ってきてしまったのだ。文字通りお鉢巡りだ。 うーむ、洒落てる場合じゃないぞ。3000mオーバなんて登ったことないぞ。

<<三軒茶屋にて>>
メンバは4名。私の他、大和久氏、吉池氏、山縣(やまがた)君(以下敬称略)。 オールブラックス。つまり♂のみ。まあ登山だから無理ないか。大和久&吉池、 鈴木&山縣にて車2台で足柄SAに集合となる。うーむ、山縣に関しては面識もない。 とりあえずEメールにて携帯の番号と自分の顔写真を投げつけておいた。 当日、「三軒茶屋の246号と世田谷通りの分岐で」というかなり曖昧な場所で 面識のない者と待ち合わせることになった。
この辺りかな、と思うところで車を止め、まずは電話。道路の込み具合がわから んかったんで待ち合わせ時間より30分も早い。眠そうな声で「あ、今すぐ行きます」 さて、どんな奴が来るんだろう。ワクワクドキドキッ。おっ、ザックを背負った奴 が来たぞ。茶髪にロンゲ、ゲゲッ、怖そうなにーちゃんだ。うげぇーっ、こえぇよぉ。 お、お、お、お。と車の横を通過していく。どうやら違うらしい。なーんだ、びっく りさせやがって。そうだよな、社会人が茶髪ロンゲじゃへんだもんな。お、遠くから 一所懸命走ってくる奴がいる。手には大きなバッグを持っている。やっときたか。 そうだよな、もう待ってるって言ったから走ってくるよな、そりゃ。んんっ?こりゃ また幼い顔してんなぁ。よく見ると黒いズボンに白いシャツだ。うーむ、部活に急ぐ 中学生でした。チャンチャンッ!今度こそは完全装備のイデタチにサングラスをかけ た見るからにスポーツマンが、マウンテンバイクに跨りさっそうとこちらに向かって きた。チャリンコは積んでいけないぞ?どういうつもりだろう。かなりガッチリした 体格だな、いや身体そのものがデカイ。茶髪か?いや金髪だ。しかもハゲてる。既に 山縣ではないだろうとは思っているのだが、もし万が一山縣だったらどうしよう。 山小屋で犯される自分の姿まで想像して冷汗が吹き出てきた。心臓がバクバク打って いる、か弱き小羊の横を、その変な「ガイジン」はサッソウと過ぎていった。しばら くは、行き過ぎる人達に一喜一憂するヒゲ面の小心者のおっさん状態であった。 今度は浮浪者みたいのが現れた。ザックは背負っている。しかし短パンにビーチサン ダルだ。うーむ、富士山に登る格好じゃないよなぁ。しかしキョロキョロ辺りを見回 している。試しにPHSへかけてみる。プルルルル…。あっ浮浪者が慌ててポケットを 触り出した。ぶわっはっはっはっ。ビンゴッ!これが山縣の第一印象である。

<<御殿場ダイエー店>>
東名を御殿場に向かう。山縣は昨日も仕事で寝たのは今朝の4時半らしい。それで 富士山に登ろうってんだからたくましい。自分はと言えば、昨日暑くて一日中、水 ばかり飲んで今朝からピーピーである。足柄SAでもトイレに直行。うーむ腹に力 が入らない。寝不足とゲリぴーではどちらがより苛酷なのかな? ダイエーで食糧買いだし。開店前なのでオバちゃん達共々ちょっと並ぶ。カロリー メイト、カップラーメン、水2L×4、ビーフジャーキ、ゼリー、チョコレート、 行動食というよりおやつ、つまみだな。だんだん遊び心がムクムクともたげてくる。 バケツとセットになった花火の束。いいねぇ。夏の風物詩。西瓜割りとか…いいねぇ。 さて一通り買いそろえたところで、出口近くに西瓜がおいてあった。いいねぇ。 持ってみる。重いねぇ。話はそれで終わるはずだったんだけど、西瓜割りの呪縛が ここから始まる。いや無理だ。そんな、3000mオーバまで持ってくなんて。 いや、でも、いや…でも。既にFifty-Fifty。昨年登った山縣に聞く。「いやツライ ッスよ、でも、いや…でも」奴もFifty-Fiftyらしい。駐車場まで来て…結局買って しまったのだ。運べるのかよ?いやもう運ぶしかないんだな。うわーすげーっ。

<<5合目>>
<<須走り登山口>>
さあて、本人達が望むと望まざると富士山はそこにあるのだ。ピクニックなどとい う可愛いらしい名前のくせにステーキがメインというレストランでビーフカレーを 注文。山小屋のご飯がカレーだと知っていたら違うオーダしただろうに。おまけに ピーピーなんだから。んで、いざ須走り登山口を目指す。5合目まで車で行けると はいえ、結構勾配はきつい。前のサーフとの差は開くばかりだ。非力なエスクード では2速でも上がれない坂もしばしば。うーうー、エンジンがうなる。ドライバー もうなる。30分で標高2000mまで登る。時々いやな匂いが鼻をつく。クラッチ が焦げてんだか、火山性ガスのせいだかわかんないけど、どちらにしてもあまり いい気分じゃないな。やがて樹木の茂みが切れた。須走り口の駐車場だ。 少しガスっている。山頂は見えない。12:30集合の13:00出発なのだが、既に12:50分。 あわただしく出発の準備を…うーむ、西瓜をザックに詰めている奴をみていると 登山に行くんだか、行商に行くんだかわかんないな。と、自分の手にも苺ヨーグルト があるんだけど。気圧で破裂した時のザックの中身を想像して、置いてくことにした。 登り始めは、林の中だった。小さなホコラの脇を通り、山道に入る。結構みなさん 軽装備なのね。Gパンの方も結構いるし、荷も20Lクラスのほとんどデイパック くらいの容量である。それに引き替えワテラ4名は50〜60Lクラスのザックに 自分に至っては今はなきフレームザックである。改札や自動ドアで挟まれること、 しばしばの、あまりいい思い出のない代物だが、適当に詰め込んでも形が崩れない 点が楽チンである。ただ見かけがねー。ちょっとオーバーだよな。小さなバッグに カカトぺったんこの靴でチューリップハットかぶったオバちゃんがスタスタ登って いくわきを、なんてでかい荷物背負ってるんだ、おれは。それも大汗かいて…。

<<7合目(太陽館)>>
<<6合目ってどこだ?>>
高山病、低酸素濃度対策の身体慣らしのためなのか、登るペースは恐ろしくゆっく りだった。大和久さんは文句ブーブーだった。私はちょっと有難かった。運動不足 もあるし、古傷が痛み出さないか、気を使いながらの登山だったのだ。 100m上がっては休むというペースだった。時間はそんなに経ってないが、結構 急なのか標高は稼いでいる。1700m上がるから17回休憩すればつく計算である。 富士山の特徴として、あと頂上まではどれくらいかが正確に記されていることである。 鳥居や山小屋が植物限界を越えると良く見えて、非常にわかりやすい。ただ5合目付 近はまだ森林があり、まだ良くわからない。本5合目だが新5合目だか、登山/下山 ルートも別であるせいか、目印はあるのだが、それが順番に現れてくるわけではない ようだ。現に植物限界を越え7合目の山小屋についてしまってから「あれ?6合目は どこだったんだろ?」となる。出発時に購入した木杖に順番に焼き印を押してもらお うと思ったのだが、既にここは7合目だという。あーあ、1つ飛ばしちゃった。ま、 10合目の焼き印さえもらえればいんだけどね。で、本日の目的地は…え?7合目な の?どういうこと。え?この先の7合目?ふーん、わけわからん。ここは7合目の 太陽館という。なるほど山小屋の屋根にソーラーパネルが乗っている。 しばらく休憩していると、おっと冷えてくる。高度計は2800mを示している。 山々に囲まれていない富士山は今までの山とは景色がちょっと違う。残念ながら 梅雨のせいでか雲がおおくそんなに遠くは見渡せないが、ちかくには他の山は見え なかった。

<<本7合目(見晴館)>>

ここまでが今日一番辛かった。朝6時半に家を出て、身体の燃料切れが近かったせい もあるだろう。空気も多少薄くなってきたのかも知れない。標高差にして200m くらいだろうか。でもきつかった。数m進んではちょっと休みを繰り返し、列もかな りながーくバラけていたようだ。本当の7合目は見晴館という。ミエハルではない。 目の高さより少し低いくらいに雲海が広がる。まあ雲の高さは日々変わるから、 おそらくまた景色はかわるだろう。時刻は5時半。まだまだ明るい。でも気温は低い。 ProTrekは気温13度、高度3060mを示している。標高3250mという杭が立って いる。実際より高度が低く表示されるということは高気圧が近いことを意味する。天 気の大崩れはなさそうだ。明日はご来光が拝めそうだ。

夕ご飯は、やっぱりカレーだった。予想外だったのはご飯お代わり自由ということで ある。あとで聞いたのだが、山小屋は個人経営であり、小屋によってトン汁がついたり お代わりのシステムなどが違うらしい。どこが当たりかはずれかはその時の主人の胸先 参寸らしい。それを心配して大量の食糧とストーブを抱えてきたのだが、今回はまあ まあのほうじゃないのかな?とりあえずコーヒーを沸かして…うぅ…寒くなってきた。 おまけに風も出てきてなかなか沸かない。やっと沸いてもすぐ冷める…ぬるい…。 保温出来るポットかカップがあると嬉しいかも。

<<宿泊>>
一泊素泊まり5000円、2食つきで7000円。ミネラルウオータ400円。 山小屋は昨年立て替えたというだけあって新しかった。床も柱もピカピかであった。 ただここに何人宿泊するのかがわからないのが不気味だ。床面積は10坪くらいだろ う。昨年の覇者Mr成分は「背中をつけては寝られません」といっていた。頭と足が互 い違いはもちろん、なおかつ横向きにならないと入れない状態らしい。4人/1畳と いう勘定か、おそろしい…。

一番奥の布団付近に4人分の荷物と西瓜をおいて陣どっておいたのだが既に服着た 冷凍鮪(マグロ)が2つほどゴロンと横たわっていた。小屋の主に聞くと今日は布団 1枚に2人寝れるらしい。2段床の上下ともいっぱいのように見えたのだが、主は 冷凍鮪を叩き起こし、2人で一枚で寝るよう注意して回る。なんとか4人分のスペ ースは出来たが、私を除いてすぐには寝る気になれなかった。
え?私?私は禁止されているトクホンチールを足に塗りたくって主に注意 されそうになりながらも、パンツにTシャツで奥の布団に身体をねじこんでしまっ たのさ。これが21時前のことだ。あとのことは朝まで爆睡こいていたので全く知 らない。どうもあとからきいたところいろいろあったらしい。 まず狭さと暑さとイビキ大魔王に郷を煮やした山縣&吉池は小屋根裏の荷物をおく スペースを見つけ、そこで一旦仮眠をとったようなのだが、やはり今一つ良く眠れ なかった。すると1時半過ぎに山頂にてご来光を拝むグループがごそごそやり始め、 ますます眠れない。そのグループに交じり外に出てみる。と、そこには、それは それは満天の星が広がっているではないか。流星がたくさん見ることが出来た。 ソフトボールくらいの大きさのがずーっと横切っていくのが感動的だった。お盆の 頃が流星群のピークを迎えるので余計人が多く訪れるようなのだ。さて小屋に戻ると、 先ほどの先行ご来光グループが去ったあとには広大なスペースが生まれ、 大の字になって眠れたということらしい。
ソフトボール大の流れ星にはお目にかかったことがないっ。この登山で一番悔いの 残る出来事であった。

<<御来光>>

ようやっと目を覚ます。時刻は4時半。気分的には7時くらいかな。おろ?既に回り には誰もいない。皆さん早いのねぇ。表に出ると‥うっ寒い…。大体11月ぐらいの 陽気だろうか。アンダータイツを履いて丁度いい。お、青空が広がっている。目下に は夕べから並々と広がる雲海。ここはなんてところだろう。孫御空がキントン雲に のって横切っても違和感ないなぁ。 やがて雲海の東の果てがオレンジ色に輝き出す。おぉ、おおおっ。日の出だぁ。やは り朝日を浴びると心が洗われる思いだねぇ。こう内側から力がみなぎってくるようだ よ。「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――っ!」って叫びたい感じ。 振り替えれば山頂もくっきりと見える。さて行くぞっ!

<<2日目>>
<<8合目/山頂へ。>>
朝ご飯は、オニギリ3個に漬物。あんまり食欲ないかなと思い気や、モリモリ食える。 へぇー、不思議なもんだな。7時間もがっちり寝てるからな。5時半に山小屋を出発 する。水の補給をしてくれるという話だったが、しなかった。山頂までいって下山す るのに2Lは要らないだろう。中には荷物を預けていく人もいる。なるへそ。 さて朝日を背に受け、力強く…んー、いきなり急勾配だなぁ。なんとか登り出す。 植物限界を越えているため、行く先ははっきり見渡せる。雲がかからない限り視界を 遮るものは何もない。山頂に向かう人々と下山する人々の列が見える。9合目くらい から連なっている。おおお、富士山は一大観光地であることを再認識する。それも こんなにしんどいのに人が押し寄せるというのは、もう信仰である、宗教である。 一歩一歩が確実に標高を稼いでいく。少し歩いては登り、登りが一段落すると緩やか な道が続くといったハイキングやトレッキング感覚は全くなく、山頂までタダタダ 自分の身体を運び上げる作業となる。リズミカルに歩ける道はもうない。 8号目になると酸欠気味の人がちらほら出てくる。ここより浅間神社境内とある。 でけー境内である。8合半、9合目に鳥居が立っている。ほとんど真上に見える。 標高は3400mを示している。あと300m。もはや回りの景色は関係なくなって いる。前の人の足、それもかかとだけをみている。ふと白い木が目に入る。お、9合目 の鳥居か。でも何にも書いてない。実は8.5合とか言うなよ?!あとはもうゆっくり ゆっくり。2、3歩で心臓はバクバク。汗は全くかかない。むしろ涼しいくらいだ。 向き合う獅子「あ・うん」の間を通り、山頂に到達っ!!やりました、やりましたよ おかーしゃーんっ!!!いやー長かった苦節31年。やっと、やっと日本一の山富士 山を征服しましたヨオおおおおっ!(冒頭の写真)

<<西瓜割り>>

いやあ、日本一の山頂だけあって一番栄えている山頂だった。海の家のように売店が 並ぶ。記念写真をとり、山頂の焼き印を300円で入れてもらい、浅間神社にお参り。 山縣がおもむろにザックから西瓜を取り出す。無造作に脇におく。道行く人が必ず目 を止める。一様に「なんで西瓜が?」流石にジュースやビール、お土産品が山頂の売店 に並んでいても、やはり西瓜の放つ存在感は大きいものがあった。売店のオヤジがい う。「おれが500円で買ってやる。そうすればゴミも処分してやる、どうだ?」 馬鹿。それじゃ原価割れだっつーの。ジュースが500円、地上の4倍なんだから、 ここぢゃこの西瓜8000円だぞ?!。「4人じゃ食い切れないだろ、え?」あー、 しつこいな。4人で食うわけねーだろ。割るんだよ、割るの。西瓜割りやんの。 そういうオヤジはメロンを食っていた。BGMにチューブがかかっている。いったい ここはどこだ?九十九里か?青い空に西瓜にチューブ。バックには海…いや雲海。 しかし、20分もすると冷えてきた。3700mはやはり寒い。雲もかかってきた。 おいしそうに見えた西瓜が、だんだん寒々しくみえてくる。いざ西瓜割りをしようと 記念撮影を終えた沖労連のみなさん(100人以上いたらしい)に呼びかけるが、 雨まで降ってきたせいで、みんな散り散りに。おお、3700mでの雨中西瓜割り。 前代未門だ。馬鹿だ。幹事組合の静岡の野口五郎に目隠しをする。5合目から携えて きた焼き印の押されている杖が、見事に西瓜を直撃。世にも罰当たりな瞬間である。

<<お鉢巡り>>
さて、割った西瓜を関係者だけでなく一般の登山者にもばらまき、好評のうちに幕を 下ろした西瓜割りであったが、それとは裏腹に天気は荒れ模様。雲がかかり横殴りの 雨と風。気温も下がる。それでもお鉢は巡らないとね、ここが変だよ、日本人。 ガスって視界不良。右がお鉢、つまり火口。左は裾野。でも右も左も絶壁に見える。 モヤの中からNTTが見えてきた。無線なのか有線なのかわからないが、緑の公衆 電話が3台置いてある。

恐ろしいこと、いや当然のことなのかここでも携帯電話は つながるのだ。ただし5合目ではつながらなかった。天気のせいもあってかせっかく の山頂公衆電話は誰も使っていなかった。さらにモヤの中を突き進んでいくと… 神社とお土産屋と郵便局が現れた。話に聞いていたが、全然違和感ないな。普通の 田舎の郵便局である。記念切手やスタンプを押すこともないようなそんな気さえした。 ちょっと違和感があったのは、どこからかエンジン音が聞こえてくることか。高山病 かな?耳なりでもしているのかな。そんな心配をぶち壊すようにモヤの中から ブルドーザが現れた。うげ?どうして???すると境内からわさわさ人が出てきて ブルドーザにに積んでいる荷物を次々に運びだし、何事もなかったようにまたブルド ーザはモヤのなかに消えていった。これって実は日常の光景なのか…山頂ってヘリか 人手でしか物を運べないのかと思った。おそるべしブルの登坂能力。

さあて、あの富士山測候所はどこかな?山頂のどっかにあるんだろうけど見当たらな いな。お鉢も半分は過ぎただろう。そこにはおっそろしく急な勾配が待ち構えていた。 うげぇ〜。もう山頂についたんだろう?なんでこんなのがあんのぉ〜。 最後の最後の剣が峰(3776m)で果てた。やっぱりここだよ、ここが日本一なんだよ。 360度真っ白だけど、少なくともこれ以上はない、それが心地よかった。安心した。
<<高山病(ゲロ吐きカップル)>>
剣が峰を後にしてもまだ起伏のある道は続き、お鉢巡りは1時間半たっぷりとかかっ たハイキングコースであった。なんせ3700mである。頭がズキズキする。筋力 よりも心肺機能に負担がかかる。酸素を持っていったがあまり効果があるような気は しない。下山してから聞いたのだが、山小屋の主によると風船を膨らますと治るら しい。過換気症候群の一種らしく、酸素を吐き過ぎてCO2しか肺内に残らなくなっ て酸素欠乏症になり頭痛がしてくるのだ。うーむ、重症だなぁ。下山すればケロッと なおる。聞けばなあんだ、と言う話でも当事者は辛い。吉池さんと酸素ボンベでシュ ゴーシュゴーとダースベーダごっこをしていると「お鉢巡りはきついですか?」と 声をかけてくる奴がいる。「キツイけどここまで来たら行くしかないでしょう」と 無責任なこといったのだが、ふとみるとハンカチを口にあてて蹲(うずくま)ってい る彼女(だよな?きっと)が目に入った。(ありゃ、こりゃ無理だな)吉池ダースベー ダが酸素ボンベを渡し、下山を進める。先に降りたがすぐに追いつく。ありゃりゃ、 戻っしゃったよ。正義の味方、素人娘に滅法強いオオワクマンが彼女のザックを持っ てやり、富士吉田/須走り口の分岐まで、同行することにした。といっても足に古傷を もつ私は、そのカップルの下山スピードにも着いていけず、ちんたら下山道をついて いった。

<<下山>>
<<お食事タイム>>
お腹がすいた。時刻は1時を回っている。8合目の山小屋でお昼にしようという思惑が はずれ、7合目の太陽館まで降りてきてしまった。登山道、下山道が8合目付近から わかれてしまい、休憩する場とタイミングを逸してしまった。ともかくお昼だ。 4人が持っている水を全て合わせてもカップラーメン4個がぎりぎりか。ここで水を 使い果たすことは即ち死を意味する、ぬあんてことはないんだけど、500円もする サプリと水を購入。うおおお、500円もするだけあって、このサプリはうめぇぇっ! 単に脱水症状気味なだけである。いつのまにか太陽がカンカンに照りつけて、暑いっ たらありゃしない。白ガスストーブで湯を沸かす。標高は2800mくらいだが、 ちゃんと3分でラーメンが食えるくらいの湯温にはなっているようだ。 のほほん、のほほんと飯を食ってると、最後尾のグループに追いつかれてしまった。 おぉ、けっこうワテラもたついてたな。やっぱり西瓜割りが効いてたか。よしもう7、 6、5合目を残すのみだ、一気に下ろうっ!

<<砂走る?>>
『須走り』の由来は「砂走り」から来ているらしい。7合目から少し下ると今までは スイッチバック式に降りていた下山道がいきなり直線に、しかもふもとに向かってま っしぐらに延びている。いままでもザックザックと細かい瓦礫の道だったが、これを 一直線に下れとは…、ま時間のロスはないんだけどね。いざザックザックと踏みしめ …らんないなぁ。これが砂走りなのか?確かに1歩1歩はいつのも歩幅よりは全然進 みが大きいのだが、砂ということはなくてやっぱり細かい瓦礫である。砂丘を一気に 駆け下りるイメージではなくて、3月頃の重たい雪のなかを進んでいるイメージのほ うが近い。後で聞いたことなのだが、本当はもっとさらさらで1歩で2mも進み、自 分が巨人になったような錯覚を覚えるほどのものらしいのだが、雨が大量に降ってし まった所為で、表面に積もっていた細かい砂がみんな流れてしまい、粒の大きな瓦礫 が残ってしまったので、あまり気持ちのいい下山ではなくなってしまったらしいのだ。 おまけに「ザザーッ、ザザーッ」と歩みを進めるたびにものすごい砂煙が上がるのだ。 更に下から風でも吹き上げてこようなら、後続の人たちにその砂煙がもろにかかる、 という事態になる。コンタクトをしている人ならゴーグル、サングラスの併用をお勧め する。自分も用意していったが、コンタクトを使っていないのと、先頭を歩いていた おかげであまり意味はなかった。
一気に降りてしまえば気持ちのいいものなんだろうが、うーむいかんせんスピードが上 がらない。足も痛いが、足場も決して軽くはないのが残念。スピードが上がらないと 結局、この砂走りもすんごくつまらん。で、飽きれるほど長い。すでに飽きてきた。 途中、休憩している親子連れを追いぬく。「あとどれくらいあるんでしょうか?」 んなこと聞かれても、こっちも初めての富士山だ。わかるわけがない。高度計をみて 「標高差にして100mから200mぐらいでしょう」すっげー不親切な答えを返す。 あ、なんだか知らないけど励ましにはならなかったようだな。泣きそうな親子の顔を 振り切って黙々と下山していった。

<<エピローグ>>
3時を回ったところで、車が見えてきた。お?駐車場か?駐車場は5合目にある。こ こも5合目らしいのだが、うさんくさいなぁ。バス停まで2km30分とある。うげ。 まだゴールではないらしい。普通の車が出入りできるようなことろではないことは、 ボコボコのランクルが物語っている。ここからは火星の表面のような世界をぬけ、 地球に帰還してきたように樹木がうっそうと茂る道を進む。
「キャディさぁん、フェアウェイはどっちですかぁ?」
「もうロストボールにしましょうよぉ?」
うーむ、いくらOBで林に打ち込んでも、こんな森林はないだろう?!散々ものすごく 長いバンカーを下ってきたというのに、こんなに深いOBとは…パー500くらいの ゴルフ場か?「キャディさぁん、カートはないんですかぁ?」完全にバカである。 第100打目くらいでラフを抜けた。おお、見覚えのある登山口に戻ってきた。やったぁ。 山頂に着いたときと同じくらいの感激があった。登山口のおばちゃん、しいたけ茶ごちそう様。

<<また登れるか、登る気になるか?>>

日本人なら一度は登ってみるべきだよ。登った人はそういう。 今まで登った山でもう一度登った山などない。それなのにもう一度登るかというテーマを 担ぎ出すこと自体尋常ではない。おまけに草木も生えない山であるから季節によって 表情が変わることもない。雪化粧はするが、登山できるのは7月1日から8月31日の 2ヶ月間だけなのだ。でも防寒と水分の対策をして、ゆっくり歩いていくならば、 3000mオーバーの標高は富士山が一番お手軽かもしれない。流星群と雲海は一見の 価値有り。片方は見ることが出来なかったけど。うーむ。で、あえて言わせてもらおう。 「日本人なら一度は登ってみるべきだよっ!」

おわり。