はじめに
 私の木工教室基礎コース一日目は平鉋を使えるようにすることです。刃物が切れて正しく使えることで、工作の精度が向上しや手加工の幅が広がります。職人さんが何年も修行をして覚える研ぎを一日で覚えるのは無理な話ですが、どのように研ぐか、また刃や台の正しい状態を実際に見、それを目指して研ぎを体験してもらうことにより、以後自分で研ぎを練習できるようになると思います。研ぎや台直しの方法や考え方は、さまざまであり、これが正解というものはありません。ここに書いている方法はひとつの例であることは知っておいてください。


1日の流れ
刃を抜く
裏押
中研ぎ
耳削り
仕上げ研ぎ
裏押(裏金)
中研ぎ(裏金)
二段研ぎ(裏金)
仕上げ研ぎ(裏金)
裏金の押さえ調整
刃と裏金の隙間確認
台直し
刃の調整

準備物
二枚刃の平鉋
玄翁(225g〜300gぐらい)
中砥(ベスター1200番、キング1000番、シャプトン1000番など)
仕上砥(キングS1,G1,、嵐山等)
名倉(人工仕上砥に付属のもの)
金盤
金剛砂などの研磨剤
下端定規(30cmのステンレス尺で代用可)
台直し鉋(あれば)
サンドペーパー180番
厚いガラス板30cm四方程度

刃を抜く

図のように樫木の台に表と裏の刃が重なって入っています。刃を抜くには台頭の上角の両側を交互に刃と平行にたたきます。このとき、刃が抜けて落ちたりしないように刃と台を左手で包むように持ちます。音が変わって抜けそうになったら、注意深く刃を抜きます。

裏押

 日本の刃物は裏がとても大切で、刃先まで完全な平面に仕上げます。ただし、大きな面積を平面に維持するのは困難なので、鉋は中央部が広くすきとってあり、刃先と刃の両側、2〜3mmが平面となるように作られています。下の写真は、私が数年使っている刃の裏側ですが、刃先は1ミリもないようになっています。このような状態は「糸裏」と呼ばれ、よく切れるのですが、もうすぐ切れ刃がなくなり、再度裏押を行う必要があります。なお、地金の部分をたたいて刃先を裏側にわずかに曲げる作業が重要なのですが、初心者は鋼を割ることが多いので、注意が必要です。この作業については、別記します。

 裏押にはダイヤモンド砥石等を使う方法もあるのですが、私は昔ながらの金盤を使う方法を修得するのが大切であると考えています。金盤をまっすぐな木の台に固定し、床に置きます。そして刃先があたる部分に研磨剤を少し(耳掻きにいっぱいぐらい)を置き、一滴か二滴の水を加え、最初は練るように、そして木の押棒を手にもって、写真のような姿勢で、体重をかけて前後に動かします。この時の要領は、「刃先に力が入るように左手7:右手3ぐらいの気持ちで体重をかける。しかし右側が絶対に浮かないように」です。右手で刃を握ってしまうと、刃が浮いて丸刃になりやすいので、軽く前後からはさむ程度にするとよいでしょう。時々裏を見て、鏡のように刃先の先端まで完全な平面になるまでこれを続けます。刃先まで金盤に当ったら、水を少なくして、往復運動の速度を速めます。水がなくなり、空研ぎ状態で研ぎあげれば、鏡のような光沢に仕上がります。(左利きの方は、右左を入れ替えて読んでください)

(注:研磨剤としては金剛砂が一般的ですが、教室では酸化アルミナの金属研磨用パウダーを用いています。刃物店で入手可。)

参考:裏出し
 金床に裏刃を当て、軽い目の玄翁で、しのぎ面の上部をたたくと柔らかい地金は伸び、その結果刃先が裏側に少し曲がることになります。平面部分が多くなった刃や大きく刃先がダレている時は、裏押だけでは良い裏を作ることができません。刃先が金盤に当るようにわずかに曲げる必要があります。この作業を「裏出し」というのですが、鋼を割ることが多いので、最初は割ってもかまわないような刃で狙ったところをうまく叩く練習をするとよいと思います。下の図の矢印付近を叩きますが、この時、金床に当っている真上をたたき、コツコツと音がするようにします。叩いて曲げるのではなく、柔らかい地金を伸ばして曲げるわけです。

中研ぎ

 刃の斜めになった面を「しのぎ面」といいます。しのぎ面の平面を崩さずに研ぐことが最も大切です。古い鉋などでしのぎ面が丸い刃の場合、まずそれを平面に修正する必要があります。この作業は一定の角度を保持するための刃研ぎ治具が必要な唯一の場面かもしれません。堅木を使うことが多いので私の場合は刃先角は30度を目安にしています。針葉樹を主に削る場合は刃先角25度が良いとされているようです。新品の鉋は最初の角度をそのまま維持するようにして下さい。とにかく、治具を併用してもよいですから、荒砥できれば平面の狂いにくいダイヤモンド砥石などでしのぎ面を平面にしてください。

 中研ぎは丸刃になりやすく、難しいところです。上図のようにしのぎ面を真上から押さえ込む感じで研ぐとしのぎ面自体が治具になり、一定の角度で研ぐことができるのです。このようにしのぎ面を密着させたまま、平行に研げるような持ち方を工夫してください。私は右手の親指と薬指で刃を両側からはさみ、人差し指と中指を刃のすぐ上、図の矢印のところに置きます。左手は右手の添えるようにし、左手親指で刃の叩く上の方が重みで下がらないように少し後ろから持ち上げる感じです。そうしないと刃の重みと地金の柔らかさで、だんだんと鋭角になってきます。裏がちゃんとできていて、まっすぐに研げれば、数分研いだだけで刃先の裏側に刃返りができるはずです。20分も30分も研いで返りができないのは、丸刃になって、肝心の刃先が砥石に当っていないからです。

 中砥は研いでいる間に真ん中が凹んできます。砥石を平らにするには同じ砥石でお互いにこすったりもしますが、厚いガラス板に80番ぐらいの耐水ペーパーをおいて、水をかけながらこするのが一番いいようです。シビアな研ぎをするときは、研ぐ時間と砥石の面を直している時間は同じくらいかもしれません。

耳削り

 仕上げ削りに移る前に、刃口の幅に合わせて刃の両側、耳と呼ぶ部分を削ります。押さえ溝の部分に切れ刃があると、鉋ぐずが排出されずにつまって、うまく削ることができません。荒砥で行うのが望ましいですが、工房では手回しグラインダーで行っています。

仕上研ぎ

 名倉砥をよくかけて泥を出し、中砥の傷を取るように研ぎます。この時も丸刃にならないよう十分注意します。中砥と同じ研ぎ方ですが、少し軽い目に研ぎます。砥石の面をあまり直さなくてもいいように、砥石全面を使って研ぐことに留意してください。地金はあまり光りませんが、刃先は鏡のように光るはずです。刃先全体が光ったら、裏側を仕上砥にべったり乗せて、裏押と同じように数回研ぎます。さらに表7裏3の割合で数回研ぐと良いでしょう。

 鏡のようになって、写っている顔や窓のサンが刃先の先端まで歪んでいないでしょうか。また、どこから見ても刃先に白い線は見えないでしょうか。刃先で像が歪んでいたり、刃先に白い線が見えたら、丸刃になっている証拠です。何年も修行をして覚える研ぎですから、一日ではこのようにならないことがほとんどです。しかし、たえず「まっすぐに研ぐ」ということを意識してください。

裏金の裏押

基本的には上記の鉋刃と同じです。ただし、裏金にはあまりお金をかけていない鉋が多く、鋼がついていないただの鉄板(ナマ)というのもよく見かけます。要は裏が完全な平面となるようにしてください。刃が小さいので、裏押の際には押し棒が使えないことが多いでしょう。少々痛いですが、指でしっかり刃先に力をかけて裏押をしてください。

裏金の中研ぎ

これも刃の中研ぎと同じです。二段研ぎする前に、一度は返りがでるくらいまで研いだ方がよいと思います。安い鉋には最初から1ミリ以上も二段研ぎになっているものがありますが、これは百害あって一利なし。できればこういう鉋は避けたいところ。この部分は中研ぎだけで終わります。

裏金の二段研ぎと仕上研ぎ

逆目をとめる重要な働きをする部分です。二段研ぎの角度や幅にはかなり幅があるようですが、私は80度で0.3mmを基準にしています。しっかり平面の出た中砥で、80度ぐらいに裏金を立て、手前に数回引いて、二段にします。刃先の0.3mmほどの幅で白く均一に光るバンドができればOKです。その後同じ角度で二段研ぎの部分だけ仕上砥で仕上、裏も研いで、出来上がり。

裏金の押さえ調整

 刃を裏を上にして置き、その上に裏金の裏を重ねて置き、刃先を合わせます。そして裏金の刃先中央付近を押さえて、裏金の左右の耳をたたいてみます。カチカチと音がする方が、浮いているわけなので、そこを金床と玄翁で叩いて曲げ、音がしないようにします。刃と裏金の裏が完全な平面であれば、これで二つの刃先の間に隙間はなくなるはずです。刃を重ねて持って、明るい方を見て、隙間がないことを確かめてください。

刃を入れる、刃の調整

 苦労した研いだ刃ですから、丁寧に台に入れます。必ず刃と裏金の刃先をほぼ合わせて少しずつ叩き込むこと。そうしないと裏金の裏の平面が崩れてしまいます。

 上の図は、刃を台に入れた時の断面と思ってください。裏金は鉋身の刃先から0.3mmぐらい下げます。文で書くのは簡単ですが、このようにセットするのにもかなり練習が必要です。

台直し

文章で書くのは非常に難しいですが、

1、まず完全に平らにする
簡便法としては厚いガラス板に180番ぐらいのサンドペーパーを置いて、丁寧にこすればよい。研磨剤が残るので好ましくない方法ではあるが、初心者はこの方法が一番簡単。台直し鉋があれば、下端定規ですきまを見ながら削る。

2、 下図でAとBの部分だけ二センチ程度を残し、他の部分を0.3mmぐらい削る(2点あたり)。Cの部分も少し残すことがある(3点あたり)。仕上鉋などは二点あたり、平面を確保するのが目的なら3点あたりというように、使いわけますが、最初は2点あたりでよいでしょう。

ごくわずかに刃を出し、切れ刃の幅いっぱいに薄い削り屑が出れば最高です。最初からそんなに上手くいくはずはありませんが、あきらめずにトライしてみてください。