ムーンライト・セレナーデ
高橋 保志
月のきれいな夜は好き。
街が明るく照らされて、紺色の光のなかに輝くの。
青い月が好き。
夜が好き。
明るい夜のきれいな月が好き。
月のきれいな夜の街が好き。
でも、ママは言うのよ。月の光の明るい晩には、外へ出てはいけません、て。
月の光はよくない光。
ママは、そう言うの。へんなの。こんなにきれいなのに。
昼の太陽は嫌い。眩しいから。
昼の太陽は嫌い。痛いから。
月ならば、そのまあるい光をそのまま見られるわ。群青色の空の中にぽっかり空いた水色の光。
太陽の下の街は嫌い。明るすぎるから。
月の明るい街は、気持ちよい光に包まれてるわ。海の水をとおして見たらこんな感じよ、きっと。
月のきれいな夜は好き。
だから、月のきれいな夜には、そっと窓から抜け出して、街の散歩を楽しむの。
ママには、内緒よ。
「‥‥‥ごめんなさい。また電話しました。もう、かけてくるなって、あなたは言ったけど。ごめんなさい。また、電話しました‥‥‥」
どうして、だめなのかしら。好きだから、電話するのよ。好きだから、あなたの姿を見ていたいの。好きだから、あなたの声が聞きたいの。好きだから、あなたのそばにいたいの。好きだから、あなたのこと知りたいの。好きだから、あなたの物が欲しいの。すきだから、あなたの時間がほしいの。好きだから、あなたのすべてにあたしを映したいの。好きだから‥‥‥だから、あなたの番号をまた指が追いかけているの。
不思議じゃないでしょ?
おかしくないでしょ?
好きだから。あたしが、あなたを好きだから。
あなたが、あたしのこと好きじゃなくてもいいの。そんなこと、どうでもいいの。
あたしが、あなたを好きだから。
あなたの記憶があたしでいっぱいになればいい。他のことがあなたの頭の中に入り込まないように。
だから、また電話するの。あなたの電話をあたしの声でいっぱいにするの。
あなたが、好きだから。
あたりまえのことでしょ?
あたしは、あなたが好きだから。
あなたが通る道で、ずっと待つの。
あなたが、行くお店で、ずっと待つの。
あなたの住む家にも行くわ。
ごめんなさい。来るなって言われてたけど、ちょっとだけ。
ごめんなさい。あなたとちょっとだけ、お話がしたいの。
ごめんなさい。あなたの顔を、ちょっとだけ、見たかったの。
だって‥‥‥。
だって、あたしは、あなたが好きだから。
あなたがいやがるのはわかっているの。あなたが怒るのはわかっているの。
でも、それは、いいの。
だって、あたしは、あなたが、好きだから。
あなたが、いつも、あたしのことで、怒っていればいい。
あなたが、いつも、あたしのことで、いらついていればいい。
そして、お友達に話して。あたしの名前を。
あなたと一緒にいる人に、いつも話して、あたしのことを。
だって、あたしは、あなたが好きだから。
月の眩しい夜は、外へ出てはだめ。
ママにはそんなこと言えないわ。あたし、知ってるもの。ママも、青い月の光が好きだったのよね。だから、あたしにはパパがいないんでしょ?
知ってるもの。ママがあたしを生んだとき、パパはいなかったんでしょ?
あなたの体が冷たくなっていくのを、あたしの体で感じたい。
あなたが死んでいく瞬間を、あたしの腕で抱きしめたい。
死という確かなものが、あなたを捉えるその瞬間に、あなたをあたしのものにしたい。
あなたが永遠のなかに捕らわれる瞬間を、あたしの胸の中に閉じこめたい。
だって、あなたが好きだから。
あたしは、あなたが好きだから。
心の中に灯る確かな気持ちだけが、本当のこと。
月のきれいな夜は好き。
明るい街を歩きながら、月の青い光があたしの中に入ってくるの。冷たい音を立てて、入ってくるの。
あたしの心は、そうして、水色になるの。
気持ちいいよ。
月の光を体いっぱいに浴びるの。月の光を心いっぱいに浴びるの。
ママはだめだって言うけど、ママだってそうしたんでしょ?
あたしは、月のきれいな夜が好き。
ママが、だめだって言ったって、いいの。
ママみたいになるの。
ママが好きなの。
だって、ママはきれいだよ。
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