さくらの咲く頃

高橋 保志


 はあい!
 ねえ、みんな。みんなは、さくら、好き? あたしは、大好き。
 あたしは、さくらが好き。そして、さくらの咲く季節が大好き。
 冷たい風の吹く冬が過ぎ去って、あたたかい太陽と春風が、なんか、街を、空を、地面を明るい、くっきりとした色に塗り替えて、茶色と灰色だった世界に草木の緑と色とりどりの花が咲く季節。春っていいよね。そして、ふわあっと、大きな木全体に、枝いっぱいに、綿菓子みたいにピンクの花をつけるさくらの木は、ホント、きれいよね。あたしは、枝のあちこに白いつぼみがぱらぱらとつく頃からわくわくしちゃって、咲き始めから、ちょっと、寂しい、木が緑色の葉っぱに衣替えしちゃう咲き終わりの頃まで、うきうきした毎日になるの。でも、一番好きなのは、いっぱいの花をつけて、風にさあって花びらが舞い落ちる満開の頃かな。
 みんなは、知ってるかな? さくらの咲いている間は、好きな人を殺しちゃっても罪にならないっていう法律。うん、いわゆる、告白の季節ね。この時期だけはさ、好きな人に、いつも心の奥にそっと秘めてる想いのすべてを込めて、体当たり。殺しちゃっても許されるんだよね。
 えっ? あたし?
 ふっふうん。よおく聞いてくれました!
 やっちゃんたんだよね。今年。ついに。初めて‥‥‥。
 どうやったかって? ええとね。包丁なんかは使わないのよ。よく、雑誌なんか見ると、「一年間の想いを込めて」みたいに、しこしこ毎日研いだ包丁でぶすってのが載ってたりするけど、そういうのは、どうもねぇ。あたしは、スマートに、バタフライナイフ使いました。銀色のちっちゃな、でも、刃を出すとけっこう大きいのよ。ステンレスのとっても切れ味の鋭いの。高かったけど。バイトでためたお金、全部使っちゃった。でも、いいの。そのためのバイトだったんだから。
 でも、ほんとに欲しかったのは、シルバーのナイフなんだ。二番街にある「なある・ぷらん」のディスプレイに飾ってある小さな細身のきれいなナイフ。とても、あたしたちみたいな稼ぎもない未成年には手に入れることできないんだけど、シルバーのアイテムは、やっぱ、憧れよね。いつか、私も、大人の女になって、あんなナイフでぷすりって‥‥‥。うふふ。
 まあ、それは、いいんだけど‥‥‥。
 で、具体的にどうしたかって? もう、そこまで言わせるかなぁ。
 いちおう、あたしは、「もうこの日!」って、カレンダーにマル書いて、その日に向けて着々準備。あ、言い忘れてたけど、相手は、クラブの先輩なの。一年のとき、初めて会ってから、ずっとずうっと気になってたんだ。で、もう、この人しかいないってかんじで自分の中で盛り上がっちゃって。で、先輩の行動パターンとかなにげに調べて、ナイフも準備して、もちろん、その前に、さりげないふんいきづくりも大切ね。なんとなくそういうふうな話題にもっていって反応とか見てると、イケそうかなって、わかるじゃん。
 で、当日は、もう、気合いね。髪の毛の先からつま先までばっちりきめて、制服も、クリーニングしたてのやつ。下着も、もちろん、おろしたてね。リボンをかけたバタフライナイフをそっと鞄に忍ばせて、いざ出発! 授業なんかうわのそらで放課後を待って、三年生の教室のある東校舎からクラブハウスにつながる裏の渡り廊下で先輩を待ち伏せ。なんか、男の子も、内心そういうの期待しているようなところ、あるじゃん。それに、なんとなくまえふりしてたこともあってか、先輩は、やっぱり一人きりでそこを通った。で、大きく息を吸い込んで‥‥‥。
「先輩!」
「あれ、ひなこさん、どうしたの?」
「先輩、実は、あたし、先輩のこと‥‥‥」
 ほんと、最後は、ドキドキ。自分がどうにかなっちゃうんじゃないかってかんじだったけど、えいってナイフをおしだした。先輩の胸にめり込んでいくナイフは、思ったより、抵抗があった。「あ」とか、「う」とかいう声を出して、先輩は、刺された胸に手をやって、あたしがナイフを引き抜くと、傷口から血を噴き出させて、その場にくにゃって倒れちゃった。先輩のあたたかい血が、あたしの両手やほっぺたにかかった。先輩はそのまま絶命、っていうか、どうやら、うまいぐあいに即死だったみたい。
 その後、返り血浴びた制服を親にバレないようにこっそり洗って。いや、別に、バレたらいけないってわけじゃないんだけど、こいうのって、なんか、いやじゃない。親に知られるのってさ。だから、そっと洗濯して、記念にする血のついたナイフを、枕元において、あの人を刺した瞬間を何度も何度も何度も思い返しながら、とぉってもしあわせな気持ちで寝ました。
 あたしは、この歳でやっと初告白、ってとこだけど。まあ、普通かな。ちょっとおそいくらいかな。あたしの友だちのともこちゃんとかは、スゴイよ。なんせ、初めてが幼稚園の頃っていうツワモノよ。好きだった男の子の喉をカッターナイフですっぱり、だって。さすがに、幼児でってのはどうかってコトで、そのあと、彼女の通ってた幼稚園では、さくらの季節は刃物の持ち込み禁止になったらしいケドね。ホントかな。その後、彼女のしとめた男の子の数は、二ケタは軽くこえてるって話だからね。あたしにとっては、ともこ様様様様<以下略>て感じ。
 でもさ、こっちがげろげろーとか思ってるヤツに「好きですー」とか言われて殺されたら、ちょっと、シャレになんないよね。ちょっとカン違いした人とかが、この季節、おめでたい行動に走られたら、まわりも迷惑。そういうことのために、「対さくら法」っていう法律があるわけよ。嫌がる相手をむりやり刺し殺そうってヤツは、その場ですぐ射殺っていう、ナイスな法律よ。
 例えば、タツカワっていう(ああ、名前を言うだけでもきもちわる〜)すっごいいやなヤツがいて、こいつ、気がつくといつもあたしの近くにいるの。体育祭のときとか、校外学習とか、移動教室のときなんかも、いつの間にか、さりげなく近くにいるのよ! でもって、あたしの方、気持ちの悪い目でいつも見てて、時には、生意気に話しかけてきたりするのよ! うう、ホント、気持ち悪い、気味悪い、もういや。
 で、考えたわけ。さくらの咲き始めてた先週のコトね。
「うんじゃ、あたし、明日、深杜公園一人でいってみようかなあ」
 ひろみやともことの三人での会話。うしろのあいつにも聞こえるようにね。二人は、あたしの計画、知ってるのよ。
 次の日、一人で公園に行くと、やっぱ、いた! あの男。バカよね。深杜公園は、さくら法の重点警戒地区なのよ。警官なんか、五メートルおきにいるんだから。
 で、さりげなく、大通りから離れた人の少ないところに移動した。川沿いの遊歩道に出たところで、期待通り、あいつが近づいてくるのを確かめて‥‥‥。
「きゃあ!」
 あたしは、振り向くと、思いっきり、でっかい声で叫んだ。そこにいた、タツカワは、やっぱり、手にナイフを持っていて、あたしの声にびびっちゃって、その場で、びくついてんの。で、すぐ大勢の警官がきて、まだ、なんにもしてないのに、取り押さえられちゃった。
「ああ、キミ」
 警官の一人が、あたしに近づいてきた。
「この男は、キミを刺そうとしてたみたいだけど」
「そんな。あたし、この人のことぜんぜん知らないし、そんなつもりもありません」
 あたしは、両手を握り、怖い思いをして気が動転してる、かよわい女の子のふりをして、
そう答えた。ちょっと、涙までは出なかったけど。
 そのお巡りさんは、うなずくと、後ろの他のお巡りさんたちに合図した。
「そんなぁ、ひなこさん、ひなこさあん!」
 タツカワは、情けない声を上げながら、引きずられていく。やがて、木の影に入って見えなくなったところで、パン、パンって二回銃声がなった。
「あ、キミ、この時期、とってもあぶないから、一人でこんなところ歩いてちゃだめだよ」
 お巡りさんは、そう言って行っちゃった。
 まあ、そういうわけなんで、こっちもうっかりしくじると死んじゃんう場合もあるわけ。それで、あたしの知ってる人も何人か警官に殺されちゃってる。じつは、今年は、ついに、ともこも、捕まっちゃって、死んじゃったのよ。もう、なにやってるのかしらって感じ。警官が来る前に、とどめさしちゃえばいいのよ。相手が死んじゃえば、わからないんだからさ。なあんて、デビューしたてのあたしが、えらそうに言うケド。
 とにかく、あたしの大好きなさくらの季節。花は、まだまだ、満開だから、しばらくは、楽しい毎日ね。あたしは、まあ、今年は、本命に告白できたから、らっきぃ、って感じかな。みんなも、この季節、頑張ってみて。
 あ、でもね、いくら好きな人でも、さくらが散った後とか、咲く前とかに殺しちゃダメだよ。それは、犯罪だからね。
 じゃね!

おとめごっこクラブ
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