第1話 開かれない会見

 西暦X500年、日本では未婚者の増加により、出生率が低下。若者の減少に加え、外国人労働者の賃金高騰により、深刻な労働者不足に悩んでいた。
「もはや移民を受けいれる以外、日本の製造業は維持できない。」
そんな世論に対し、人口増加の切り札として政府は斬新な対策を発表する。
「5年後のX505年に、首都東京で既婚者による競技大会を開催する。」
かくして、TOKYO X505 パパリンピック・ママリンピックが開かれることとなった。

 大会まで後一月と迫ったころパパ・ママリンピックが五つの巨大なものに乗っ取られるとの噂が広まる。マスコミが政府に会見を求めるも、ノーコメントとしか返ってこない。やがて首相官邸と取り巻くデモ隊とマスコミ。その中から一人の若者が現れ中へ入っていく。若者の名は、開道正義(かいどうせいぎ)。ただ一人、五倫山の仙人に育てられた者である。彼は官邸に入るなり、ただならぬ気配を感じた。

「仙人は見つかったのかね?」
首相の問いに、若者は首を横に振った。
「こうして各地の指導者に会っているのですが手がかりは得られません。」
若者の返事を聞いて首相は大きくため息をついた。
「世界中の人が心配している。私も何度かお会いしたことがあるが、とても数百歳とは思えない元気で不思議な方だった。」
「仙人は通常の方の10分の1の時間の流れにおられます。われわれは1日24時間ですが、仙人は2.4時間しか生きておられません。ですからやっと50歳ぐらいです。私は、五倫の書を探せば、必ず仙人の元にたどり着くと信じています。」
若者は一呼吸おいて話を続けた。
「ところで五倫の書の第一章には『心を開いて真実を語れ』とあります。なぜ首相は国民の問いに説明なさらのですか?」
「所詮は噂だ。」
と首相は言った。
「では、ここですぐにしませんか?」
「いや、首相の身が危ない。表にはどんな暴漢がいるかわかりません。」
SPの一人が答えた。
「守られた人の言葉には誰も耳を傾けません。正義を行うには、覚悟を示すことも必要なのです。」
「今、首相に万一のことがあればパパ・ママリンピックどころではなくなる。それだけは避けなければ。」
すかさず側近の一人が反論した。それを聞き、若者は床に正座し直した。
「消息を絶つ前日に仙人は私にこういいました。5つの巨大な力がこの星に向かっている。このままでは人々の心はやがて荒む。すぐに旅に出よ。そして仲間を探しなさい。」
「それが、今回の件と関係あるとでも?とにかく面倒なことはいやだ。もうじき総裁選もある。余計なことを言って票を落としたくない。」
「そう、面倒なんだよ。」
そういう人々の後ろには巨大な黒い影がうごめいていた。
五倫獣『ゲンブ』
人間の心を閉ざし、やがて引きこもりらせる

「あーあ、今日の会議、休んじゃおうかなあ?」
「いっそ、休会にしちゃえば?」
首相も秘書たちも口々にやる気の無い発言を繰り返す。

「このままではだめだ!」
若者は表に出ると、抗議を続ける人たちの前に立ちはだかった。
「みんな、野次るのはやめて首相に説明してもらえるようお願いしよう。」
突然の彼の叫びに、一瞬その場は静寂になったが、すぐに怒号が飛び始めた。
「お前じゃないんだよ。」
「邪魔するな。」
「子供は引っ込んでろ。」
やがで怒号に混じり、石や空き缶などが手当たり次第に彼に投げつけられる。
「聞いてくれ。このままじゃ危険で出てきてさえもらえないぞ。」
彼の声は、むなしく怒号に掻き消された。
官邸では首相が窓からその様子を一人見ていた。
怪我をし、よろめきながらも必死に訴かけるその姿に、首相の心の中で何かがはじける音がした。
「会見を開こう。」

首相の一言とともに、人々の背後にあった黒い影が消えた。
「やりましょう。すぐに準備だ。」
各大臣が集められ、その日のうちに記者会見が開かれた。
「日本政府は国民の皆さんとともにTOKYO X505 パパリンピック・ママリンピックを必ずや成功させます。そのためにはどのような妨害にも決して屈することはありません。」
強い決意表明であったが、一度広がった不安は簡単には消えなかった。しかし、大きな暴動は徐々におさまりを見せていった。

 官邸内部には一匹の黒い生物が首相と開道の前にいた。
「おれは、ゲンブ。慈守稀星(じしゅきせい)という自由な星に暮らしていたが、悪の手により厳しい取り締まりが始まり、われ等の権利は次々と奪われていった。やがて五体が脱出し、宇宙をさまよううちに地球にたどりついた。われ等は五つの巻物と合体、以降の記憶はない。」
ゲンブは頭と尻尾をうなだれると
「すまなかった。」
と言った。五倫の書と合体し五倫獣(ごりんじゅう)となったことで正気を失ってしまったらしい。
「仲間を助けてほしい。」
ゲンブは一緒に来た仲間と故郷に帰りたがった。

ゲンブは正義の持つ、腕時計に封印された。そして彼は『開剣』(カイケン)の使い手『コクリン』となる。

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