Jonathan Stagge’S "Turn of the Table"(1940)



パトリック・クェンティンが、スタッグ名義で送るウエストレイク医師ものの第4作。
後期作によって、ツイストの効いたサスペンス作家としての印象が強いクェンティンで
すが、初期作に筋金入りの本格作品が多い事はROMの皆さんは先刻ご承知の事でしょう。
中でもスタッグ名義の10作品は本格魂が横溢したビレッジ・フーダニットに仕上がって
います。のどかな田舎町の奇天烈な犯罪というコンセプトは、ホックのサム・ホーソン医
師シリーズにも通じるものがあり、翻訳されれば必ずや本格ファンから拍手をもって迎え
られるでしょう。やもめのウエストレイク医師と愛娘ドーン・愛犬ハーミッシュの掛け合
いを読むだけで幸せな気分に浸れる事、請け合いです。
さて、本作は、そのウエストレイクものの中でも、森英俊氏曰く「カーファンに最も支
持されそうな」作品であります。なにせ、降霊術と吸血鬼というオカルト要素てんこ盛り
の作品なのです。

友人の老医師が夏の休暇を楽しむ間のピンチヒッターとして、ウエストレイクはグロー
ヴス・タウンへとやってきます。診療所の隣にはプール付きの大邸宅があり、その主ブル
ース・バニスターは街でも有数の銀行家。家には、彼の母親で篤志家のサラ・ディーン、
後妻シーラとその二人の連れ子リネットとオリバー、亡くなった先妻グレースとの間に出
来た長男で医学生のグレゴリー、そして亡妻グレースの姪エレノア・フレイムが看護婦と
して同居していました。
愛娘ドーンをキャンプに送り出したウエストレイクは代役の主治医として、この複雑な
構成の家族と馴染みになります。心臓に持病を持っているブルースが診断から帰った後、
ウエストレイクは、身重のシーラの訪問を受けます。「夫を降霊術に引っ張り込むエレノ
アをなんとかしたいので、男の看護人が必要だと診断してもらえまいか」というのが彼女
の願いでした。続いて今度はその娘リネットが「降霊術でグレースの霊を呼び出し、思い
のままに振る舞うエレノアから自分達を助けて欲しい」とウエストレイクに懇願に現われ
ました。リネットは、神経症のグレースが生きていた頃の悲惨な状況を彼に語ります。そ
してグレースの死によって、子持ちの寡婦シーラが漸くブルースとの再婚に踏み切った経
緯、一時の平和の後、エレノアの登場によりバニスター家を再びグレースの影が覆い、ブ
ルースが引退を決意している状況等を訴えたのです。エレノアに「楽園の『蛇』」という
印象を抱いていたウエストレイクは、リネットの要請に応え、隣人として晩餐への招待を
受けます。
あらかじめ、予備知識を得ようとウエストレイクが老医師のカルテを繰ると、そこには
オリバーが一酸化炭素中毒らしき症状で診断を受けた記録に加え、先妻グレースが療養旅
行中に船から落ちて亡くなった顛末を記した新聞記事がありました。ウエストレイクは記
事にあった<グレースは一人っ子であった>という記述に気がつきます。だとすれば、エ
レノアは「姪」ではありえない事になります!
翌日の晩餐には、家族の他に、リネットの許婚でバニスター銀行の若手エリートである
デヴィッド・ヘンレイ、シーラの兄の著名な法律家トランブル・カムストックも招かれて
いました。ダイニング・ルームの壁には、美しい婦人の肖像画。その面影から若かりし頃
のサラ・ディーンの肖像かと問うウエストレイクの言葉に一同は凍りつきます。それは亡
くなったグレースの肖像だったのです。
晩餐後、オリバーの奏でるピアノに合わせ歌うリネットを熱い瞳で追うグレゴリー。そ
してウエストレイクもまたリネットに惹かれている自分に驚きます。
夜の帳が下りるのを見計らって、自室に引き上げたサラ以外の全員が降霊会に参加しま
した。お互いの指を触れながら円卓につくと、まもなく暗闇の中、ラップ音が響き始めま
した。ラップ音の数が示すアルファベットは「G、R、A、C、E」。
更にエレノアの質問に対し音は告げます。「ワ、タ、シ、ハ、シ、ア、ワ、セ、ダ」。
「ワ、タ、シ、ハ、チョ、ウ、ワ、ノ、ナ、カ、ニ、イ、キ、テ、イ、ル」。
<たいした内容ではないな>と侮ったウエストレイクも次の言葉には驚きました。
「デ、モ、ぶ、る、ー、す、ハ、」「シ」「ン」「デ」、、
その瞬間、女性の悲鳴が暗闇を裂き、慌ててつけられた電灯の光は、倒れ伏したブルー
スの姿を照らし出しました。
混乱の中、ウエストレイクはまだブルースに脈があるのを確認し、心臓発作と診断。
直ちに椅子に掛けられたブルースのベストのポケットからみつけた瓶からニトロ錠剤を取
り出し彼の舌下に入れ、誰かに手渡されたオリバーのタンブラーから水を流し込みました。
一同の見守る中、一端、回復しかかったブルースでしたが、様態が急変。そのまま息を
引き取ります。環状血栓症の症状が出ていない事を見て取ったウエストレイクは馴染みの
コッブ警部に電話を掛けるのでした。
やがて警察が駆けつけ、検視官の下した判定はアトロピンによる毒死。しかし現場に残
された封を切ったばかりのニトロ錠剤の瓶からは毒は検出されませんでした。よって、警
察は降霊会中にブルースが服毒自殺を図ったという推論を示唆します。
ところが、この推論には誤りがある事をウエストレイクは知っていました。
なぜなら、彼が飲ませたニトロ錠剤の瓶は途中まで使ったものだったからです!
誰かが瓶を摺り代えた、とすれば、やはり自分がブルースに毒を飲ませた事になる。
医師としての誇りにかけて、ウエストレイクは捜査に乗り出します。
彼は深夜、警察が引き上げてから、バニスター家に忍び込み、ニトロの薬瓶を捜そうと
しますが、その現場をサラに見つかります。彼の苦しい言い訳を押さえ込むようにサラは、
かつてグレースがどれほど家族を苦しめていたかを語り始めます。突然、そこへかかって
くる電話。そしてそれをとったサラはその場で気を失う程の衝撃を受けたのでした。
そのヴァンクーバからの電話は果たして何を告げてきたのか。失神した彼女を介抱する
ため襟を開いたウエストレイクは、彼女の首に傷があるのを発見します。気がつき、その
場を取り繕うサラ。しかし、ウエストレイクには自信がありました、彼の見た傷跡が、人
の歯によってつけられたものである事を!
翌日ウエストレイクは、毒の成分が極めて特殊なものであり、しかもグレゴリー所属す
る医大の研究室から1年前に盗まれたものと同じものである事、死の前日ブルースはエレ
ノアに年額一万ドルを送るとする遺言の追加を行おうとしたが署名には至らなかった事等
を知ります。一体これらの事実は、何を物語るのでしょう?
事件は更にバニスター家の愛犬の毒死や、暗闇の中でウエストレイクの首に噛みつこう
とする異形ものの襲撃へと発展、夏季キャンプから逃げ出してきたウエストレイクの愛娘
ドーンも巻き込み、再度開かれた降霊会でのカタストロフへと向かいます。

・・・「ぐ・れ・い・す・ハ・コ・コ・ニ・イ・ル」・・・

かなり起伏に富んだプロットを、怪奇趣味と論理で縫い上げていく作者の手並みに感心
する事しきり、といった作品です。至る所に伏線が張られており、それでいて読者を眩惑
する手管は「カーの高み」に達していると言っても過言ではないでしょう。
不可能犯罪という程のものは登場しませんが、幽霊とも吸血鬼ともつかぬ<あやかし>
の存在が行間から匂い立ち、明るいアメリカの田舎町の惨劇を彩ります。
結末に至り、まさしくテーブルがぐるりと回るかのごとき論理の展開に拍手を送りたく
なるのは、編集子だけではない筈です。
また、事件の解決にあたっては、12歳の娘ドーンの一言がウエストレイクに天啓を与
えるという構成になっており、彼女の口の減らない天真爛漫さが、錯綜した人間関係の悲
劇を描いた本作の清涼剤となっています。
全体的に非常にサービス精神溢れた作品であり、と同時に本格推理の醍醐味を堪能でき
る佳編でありましょう。

(初出:ROM106)


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