宇宙
瑣末の研究5
オカルト・ミステリ問答

(初出:ROM106)

「これはまた、随分と沢山のアンケートを頂きましたね?」
「有り難い事だよ。これがまた人によってオカルト・ミステリの捉え方に見事なまでの差
があって、どうまとめようか随分悩んだんだ。」
「で、一体どうするんですか?」
「まとめるのは諦めた。」
「諦めた?」
「端から無理な相談だったんだ。実は今回の特集を組むに当たっては一応自分なりのオカ
ルト・ミステリ観を固めたつもりだったんだ。
つまりオカルト・ミステリとは『超自然的・神秘的な存在や能力、技法等によってしか
説明不可能と思われる<犯罪を主とする事象>を既存の自然科学・物理法則の範囲で合理
的に説明する『智の対決』をテーマとする娯楽読み物。納得のいく合理的な説明が行われ
ていれば、最終的な解法は超自然に委ねられていてもよい』とね。」
「回りくどい、言い方ですね(ため息)」
「『伝説の吸血鬼の仕業としか思えない、血を抜き取られた密室の死体』
『古のランプや書物の呪い以外に解釈しようのない、人間消失』
『翼のある悪魔に連れ去られたとしか見えない、足跡なき雪原中の惨殺死体』
『幽霊のたてる物音』『霊魂からの殺人予告』『甦る死者』『殺人一角獣』
『一夜過ごすと必ず死ぬ部屋』『不老不死の魔女』などなどの謎が合理的に解決されて、  
 自然科学万歳!となる推理小説の事。但し、きちんと合理的に解決を図った後でなら、
もう一ひねりして『いやあ、でも、本当は、お化けの仕業だったんです』でもかまわない、
とでも言えばいいかな?」
「最初からそう言えばいいのに」
「しかしこれは余りにも狭い定義でありすぎた、というのが今回の僕の反省だね。
自分の頭の中にあったのは、即ちオカルトも又、真実への道を拓く人間の叡智の一つ
であり、ある命題に対し、片や物理法則から解法を試みるアプローチと、片や超自然から
解法を試みるアプローチがあって、その2つが鎬を削る対決にこそオカルト・ミステリの
面白さの神髄がある、ということさ。
<妖怪もまた説明の体系である>というのが近年の日本推理小説界のコンセンサスに
なってきているが、それなんだな。
例えば、火事が起こったとしよう。
科学的に調査すると、配線の経年劣化と天井の煤塵によって漏電が発生したという事が
分かった。
一方、妖怪流に解釈すると「煤が大好物の赤舐めに、天井すべてを舐め尽くされたため
に」火事が起こった事になる。
そしてこの二つの解釈による根本的な予防策は『天井に煤をためないよう掃除する』
という同じ動作になる。<妖怪>が古人の叡智の集積と呼ばれる所以だね。」
「『砂を巻き上げるのは、旋風!』って(笑)」
「…鬼太郎はさて置きだ、話をオカルト・ミステリに戻そう。」
「自分で振っておいて」
「通常、推理小説では、自然主義の範囲内で『レストレイドの論理』と『ホームズの論理』
が対決するんだが、オカルト・ミステリの世界では更にここに『チャレンジャーの論理』
が登場するわけだ。
これは読み物として非常に贅沢な話であり、面白さの秘訣は『対決』にあるというエンタ
テイメントの鉄則にも合致する。」
「じゃあ、それでいいんじゃないですか?」
「ところが、今のはあくまでも『狭義』のオカルト・ミステリ感である、という事を今回
思い知らされたわけだ」
「じゃあ、広義のオカルト・ミステリというものがあるって事ですね」
「どうやら、そうらしいね。『らしい』というのは、まだ確信には至らないっていう自信
のなさの現われなんだけれども、今回のアンケートで、トワイライト・ゾーンのあちら側
に属すると思われる作品についても分類上『オカルト・ミステリ』として支持する声を大
量に寄せて頂いた事実は素直に受け止めなければいけない。
一つのキーワードは『時代性』なのだと思う。
つまり、歴史的に見ると、オカルトを描いたホラーの方が、ミステリ=謎が自然科学の
範囲で合理的に説明される推理小説よりもはるかに古い。
 更には、推理小説の父祖ポーも中興の祖ドイルも優秀なホラーの書き手であったという
事実。そもそも18世紀後半『オトラント城奇談』に始まるとされるホラーが、産業革命
という極めて無機質な自然科学万能の世相に対するアンチテーゼとして登場してきたとい
う背景。
この辺りから導き出されるのは、推理小説は19世紀当時、ペニードレドフルといった
下品な形で流行していたホラーに対する更なるアンチテーゼであり、自然科学への回帰を
告げる文学であった、という事だね。一種の『二重否定』といってもいい。人間の理性が
自然に存在する「謎」を解釈し、再生産し、消費していく。それは浪漫と現実の相克に揺
れる作家の心理的バランサーとして発生してきたのではなかろうか。
 その推理小説の中でも、特に『狭義』のオカルト・ミステリは、オカルトを題材に採る
が故により反オカルト的文学だといえる。<科学的知見に反する事象は名探偵の叡智の前
に否定されなければならない>という公式を内在しているのだから。
ところが、『広義』のオカルト・ミステリでは、そこまで峻烈な合理性は、必要とされ
ない。何もかもが科学で説明されるなど人間の思い上がりも甚だしい、霊魂の叫びを聞き
取り、影に棲息する古の生き物の息吹を感じれば、謎など最初からなかったのだ、『広義』
のオカルト・ミステリの探索者である探偵は超自然的解釈を発見してくればよしとされる。
人間は不安の動物だ。その不安を解消するために解釈を行う。ホラーは恐怖という感情
を再生産するメディアであると同時に、一種の解釈を与えるという点では、精神安定のツ
ールでもあるんだ。「名」を与えた瞬間に、真の意味での「魔」は祓われるのさ。
『広義』のオカルト・ミステリは、更にその解釈を補強する文学である。そして『広義』
のオカルト・ミステリを支持する人たちはここで、小説の使命は全うされた、とするのだ
ろうね。文学の使命をどう受け止めるのかは、即ち現実の世界・時代に対する認識によっ
て異なってくる。また人間の理性を象徴する探偵の役割も同様に変わってくる。以上、
これが『時代性』の意味さ。」
「うわあ、一気に喋りましたね。
 でも、読み手も書き手も、そこまで小難しい事考えて読んでるんですかね?」
「…ひ、ひどい事をしれっと言うね。まあ、今のはあくまでも枠組みからの推論だから。
そもそも、『広義』のオカルト・ミステリを支持する人たちは推理小説の世界には入ら
ずに、ホラーや幻想小説の世界に行きそうなものなのだが、これがまた奇妙な事に(書き
手の一致についてはポーとドイルを例に挙げたけれども)読み手の世界でも、濃厚な本格
推理マニアとホラーマニアが一致するという現象があるんだ。今回レビューを寄せてもら
った小林晋さんや加瀬代表は言うに及ばず、私の周りにもそういう人は多いよ。」
「なぜ、そうなるんですかね?」
「一言で言えば『読書の達人』って事なんだろうね。小説の読み方に長けていて、自分の
中に借り物でない推理小説やホラー観が確立されており、巧みにその舵取りを行いながら
話の流れに乗れる人なんだろう。」
「自分の枠に縛られたりはしないんですか?」
「そこが、間違ってはいけないところだ。破格を楽しむためには形のなんたるかを知らな
ければいけない。最近特に日本ではジャンルミックスが進んできているから、年若い読者
あるいは作者の一部にはともすれば『なんでもあり』的に考えてしまう者がいるが、いか
がなものかと思うよ。フェア・プレーの精神を忘れたものにミステリを名乗る資格はない
んじゃないかな?」
「最後は、グチですか、やれやれ。 ところで例の『幽霊やゾンビが探偵を勤める』『魔
法が科学になっている』というのは、どうなるんですか?」
「そうそう、宿題を忘れるところだった。舞台や設定にオカルトをルールとして組み込む
場合だね。結論を言えば『SFミステリ』なんだと思う。ホックのレヴューでも述べたけ
れど『SFミステリ』と『オカルト・ミステリ』は根が同じ部分がある。ブラックボックス
に入っているものが『未来の知恵』か『過去の知恵』かという差があるだけで、条件を
すべて読者に示し、土壇場になってブラックボックスから妙なものを取り出さないという
フェア・プレイ精神に貫かれていれば、それはやはり立派な推理小説だろう。SFのSを
Science と言うと識者から叱責を受けるかもしれないが、オカルト・ルール組み込み型の
ミステリはPseudo-Sci-fi Mystery とでも呼んではどうだろうか?」 
「はあ。で、結局、まとまりませんでしたね、オカルト・ミステリ」
「そう。でもこれだけは言っていきたい。オカルト・ミステリは、恐怖を友とした経験を
持つサービス精神豊かな作者から、あれもこれも楽しみたいという贅沢な思いをもった
読者に贈られた最高の読み物だ、と」
「ありがとう。では、これで。今からじゃ駅まで駆け足ですよ。さようなら。」
「まあ、そう急がず、一晩編集手伝ってくれよ、おい、おいったら…」
(了)



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