瑣末の研究13

「山城屋五兵衛の選ぶ横溝三人娘」


ニフティの推理小説フォーラムには「横溝島」という集まりがございます。
そこでは<上陸申請>の際に、島だけで通用するニックネームとして横溝
正史の作中人物を名乗る事になっています。
で、私の場合は「山城屋五兵衛」。
「誰やねん?それ。」という方が殆どでございましょう。時代長篇「変化
獅子」で狂言まわしを務める中年の脂ぎった商人であります。ああ、なんて
私にぴったりなんでございましょ!
この名前で書き込みを続けておりますと、ほれ貴方、身も心もすっかり狒
狒じじいに染まっていくようで、えもいわれぬ快感でなのでございますよ。
ほっほっほ。
では、私の愛してやまぬ正史世界の別嬪方をおさらい致しましょうかね。

其の一「大道寺琴絵」(女王蜂)
「おや?『女王蜂』のヒロインは大道寺智子なのでは?」と思われた方、
まだまだお若いですな。確かに、智子については正史翁も古風な日本的美と
現代風の魅力を兼ね備えた麗人として描いておられます。何と申しましても
この娘を奪い合って何人もの男どもが非業の死を遂げて参るわけですから、
いうところの「傾国の美女」。
それを、何を好き好んで、その母親である琴絵を選ぶのか?
正史翁はこう表現されてらっしゃいます。
「その照りかがやくばかりの美しさは、白椿の朝日に匂うよりもまだ風情が
あった。」そして「琴絵は美しいばかりではなく、性質が素直で、おとなし
く、どこか頼りなげなところがあるので、男でも女でも、彼女に接すると、
保護欲をそそられずにはいられない。」
これ! これでございますよ。
そもそも、この『女王蜂』事件は、犯人の智子に対する邪恋が動機になっ
ておるわけですが、更に溯ればその邪恋の源こそ、この「保護欲をそそられ
ずにはいられない」母琴絵であった訳でございます。舞台となる<月琴島>
という島の名を抱く薄幸の佳人。
この山城屋、あわよくばこの佳人を囲いものとして、それはしっぽりと…
あ、いやいや、これは失礼。
更に申し上げますれば、この大道寺琴絵につきましては、映像の刷り込み
もございましてな。市川崑監督作品の「女王蜂」で、この琴絵を演じました
のが、小股の切れ上がった和風美女の萩尾みどり。
かぁーっ、もういけません。丁度「チェックメイト78」で、松方弘樹の
相方としてレギュラー出演されていた頃かと思うのですが、男勝りの女刑事が、
一転なんとも憂愁を漂わせた和装美人に変身されてまして、心から底から、
「ああ、綺麗だ」と、なんとも素朴な感慨をいだきましたのでございます。
大道寺智子なんぞもう青臭くって。はい。何が「口紅にミステリー」だ!

其の二「(籾山?)久美子」(幻の女)
さてさて「幻の女」といえば、かのウイリアム・アイリッシュの名作が頭
に浮かびますな。「夜は若く、彼も若かった」という冒頭の一句は翻訳ミス
テリの書き出しとして最も有名なものではありますまいか?
実は、わたくしめ、恥ずかしながらほんの最近まで、正史翁の作品はそこ
から題名を採ったものと勘違いしておりました。よくよく見れば、かたや
「Phantom Lady」(1942)、かたや「幻の女」(1933.1‐4)、しかも正史
作品の<幻の女>は、「ファントム・ウーマン」ではございませんか!!
いやはや、無知というのは恐ろしいものでございます。
希代の女兇賊「ファントム・ウ−マン」という表現は、おそらく仏蘭西製
黄表紙の兇賊「ファントマ」からの連想かと勝手に推察しておりますが、横
溝三人娘の二は、そこで大活躍する<怪少女>こと籾山子爵邸に身を寄せて
いた幸薄き運命の娘:久美子でございます。
怪しげな黒人の巨漢アリをひきつれて、拳銃片手に敏腕記者三津木俊介を
手玉にとる美少女、奔放な母の血を受けたうえに幼い頃に人攫いにあいサー
カスに売られた彼女。籾山子爵へのひたむきな「愛」ゆえに、危険を顧みず
に兇賊との戦いにその身を投じる健気さ。そして大団円の後、自らの血の疼
きに、平穏をすて颯爽と退場していくその姿!
実に、しなやかさと強靭さを備えた青竹のような美少女でございます。
犯人からは「あんな乳臭いむすめ」呼ばわりを受けておりましたが、どう
して、サーカスで鍛えられた身体はまだ堅い蕾を思わせつつも健康な色気に
溢れ、末はどのような大美人に成長するかと思いますと、この山城屋、むら
むらと劣情が込み上げて、、、
あ、いやいや、これは失礼。
いずれに致しましても、サーカスの娘というシチュエーションには、なにか
こう燃えるものがございますね。はい。
角川文庫の表紙を飾った杉本画伯描くところの、唇を歪め気味に噛んだ猫
属を思わせる美少女が、この久美子ではないかと思うのですが、いかがでご
ざいましょう?

其の三「お粂:花魁東雲太夫」(人形佐七捕物帳)
今回はお玉ガ池の親分さんの特集本も編まれるという事でございますが、いざ
読み出しますと、これがあるある、とりあえず春陽文庫版だけで全150編。
とても〆切までに全部に目を通す事ができず、こちらの方でご機嫌を伺わせて
頂くことと致します。
さて佐七で美人となりますと、誰がなんと言おうと親分さんの恋女房お粂
さんでございましょう。なにせ、昔は吉原で花魁をはったこともあるという
大年増。これがもう悋気は起こすは、のろけるは、で辰五郎や豆六ではござい
ませんが、読み手の方も当てられっぱなし。お粂さんの初登場シーンでは、
「まったく水のたれそうないい女だ。どう見てもしろうととはみえないが、
それでいて、どこかきりりとしたところがあり、といっておつに澄ましている
のでもない。さんざ道楽をしぬいた佐七でさえが、おもわず見とれるほどの女ぶり」
(「歎きの遊女」)と、筆を極めての持ち上げよう。
いやあ、結構でございますなあ。一通りの作法を身につけた、それも今流行
の姉さん女房でございまして、もう佐七にぞっこんときているものですから、
可愛い女を身体全体で現しておるようなものでございます。
思い切り焼き餅を焼いていたかと思うと、事件になれば稟として佐七を支
えるしっかり者。金田一耕助や由利先生がどうも結婚生活には恵まれていな
いかのように思えるのに対して、佐七親分は果報者でございます。
仮に佐七親分が大捕物で兇刃に倒れるような事がございました暁には、この
山城屋が責任をもってお粂さんの面倒をみさせて頂きますぞ。それはもう、
昼となく、夜となく……。
あ、いやいや、これは失礼、繰り返しのギャグは三度迄でございますな。
ただ、実はこのお粂さんも花魁とは申せ、苦界に身をおいていたというのは、
それなりの不幸な身の上、父親も極悪人として刑場の露に消えていたという
過去がございます。なればこそ、それをおくびにも出さない日頃の気丈さに、
人しれず応援したくなるのでございます。

さて、いかがでございましょうか。期せずして戦後・戦前・捕物帳から、
一人ずつとなりました「横溝三人娘」。この辺りのキャラクターを偏愛致し
ておりますと、「せくはら」親父との謗りを受けそうでございますが、まあ、
そこはそれ、原作も相当に「せくはら」ということで、まずはこれにて、失
礼させていただきましょう。
は? 次点でございますか?
ふーむ、さて……、
ではこう致しましょう。
「市川崑映画で全国どこでも旅館の女中をやっている坂口良子」
山城屋五兵衛でした。

(新版・横溝正史読本2掲載予定)


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