Edward D. Hoch's “The Frankenstein Factory”(1975)


世の中には、何故翻訳がでないのか?不思議な本というのがあります。
例えば、巨匠の作品でもクイーンの「第八の日」ですとか、ガードナーの「怯えた相続人」は意味もなく翻訳が遅れたものです。遅れているぐらいならいいのですが、本当に忘れ去られてしまったのではないかと思う作品、クロフツの「解毒剤」ですとか、ブレイクの「不思議の国の悪意」ですとか、カーの「パパ・ラバ」ですとか、まだこの辺りは未訳が複数あるので許せるとしても、許せないのがホックのこの作品です。早川ミステリ文庫で順調に翻訳が始まったと思ったらもう20年近くもほったらかしです。
この作品「コンピューター検察局 対 フランケンシュタイン」。この1冊でホックの本人名義の長篇は揃う筈なのですが。
というわけで、3年前にSRマンスリーに載っけたものを再録させて頂きました。



南カリフォルニア沖に浮かぶ「馬蹄島」にCIBの副局長アール・ジャジーンが向かう所か
ら物語は始まります。彼の任務は20世紀末から次々と事業化されたコールドスリープ産業の
中でも最も業績を上げているICI(国際低温物理学協会)の秘密を探ることでありました。
「馬蹄島」はそのICIの本拠であり、地下には多くの冷凍睡眠者が眠っているとされてい
ました(コールドスリープは、SFの道具立ての中でも古参に属する技法ですが、この作品で
は、「死の瞬間に自らを冷凍してもらい未来の医療技術に蘇生を賭ける」という用法になって
います。但し、未だに蘇生の実績はなく、いわば「冷たい棺桶の墓守産業」になっている、と
いうのが物語の背景です。)
アールはその日にい行われるある手術の記録係として島に潜り込みます。彼を迎えた島の主
ホッブス博士は彼を研究所のメンバーに紹介します。聾唖者のメキシコ系メイド、ICIに巨
額の投資を行っている謎の老いた女パトロン、四人の外科医と一人の内科医、そして看護婦の
役も務める女性化学者。アールを入れて10人の島で行われようとしていたのは、11人目を
科学の力で生み出そうという手術でした。
アールの見守る中、手術は成功します(この辺りのあっけなさが、本業のSF作家ではない
ホックの弱みですが)。そしてその「生物(クリーチャー)」の目覚めを待つ間、手術の翌朝
に最初の事件は起ります。女パトロンが、ベッドに血痕を残したまま部屋から消え失せてしま
うのです。一同の捜索にもかかわらず、彼女の姿は島のどこにも見当たりません。
手術の事を極秘にしたいホッブス博士は本土との連絡を控える事を決意します。
その夜、アールは島でまだ捜索していなかった場所があることに気がつきます。それはコー
ルド・スリープのベッド!
彼はいまだ目覚めぬ「生き物」のいる地下に降り、彼が入っていたコールド・スリープベッ
ドを作動させます。確かにそこには死体がありました。しかし、それはチーフ外科医の絞殺死
体だったのです。その首に巻かれていたのは研究所のアラームシステムのコード。更に殺人者
は通信手段も島に一艘しかないボートも破壊していた事が判明します。
パニックに陥った医者達は、「生き物」の脳の提供者の正体を明かすようにホッブスに迫り
ます。果たして「生き物」の脳はある殺人容疑者のものであった事が明らかにされます。
さあ、「生き物」が犯人なのでしょうか? それとも。

この後は孤島モノの定石に従ってバタバタと人が死んでいきます。ロシアのスパイや、ちょ
っとアブノーマルな濡れ場、女性化学者を巡る三角関係、レーザーピストルによる決闘、甦っ
た「生き物」との肉弾戦等など、サービス精神の固まりのような作品ですが、推理小説として
の伏線やすべての「何故」が過不足なく説明されていく展開、小技ながら不可能トリックも
「さすがはパズラーの申し子、ホック!」と唸らされる出来栄えです。
手に汗握るB級本格推理、21世紀の「そして誰もいなくなった」はフランケンシュタイン
の夢をみるか? とにかく嘘つきの多い話でありますが、上質のホラ話としてご推薦する次第
であります。どこでもいいから、早く翻訳出しなさい。

(初出:ROM106)


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