Edward D. Hoch's “The Quest of Simon Ark”(1985)


現役最高のパズラー作家がEDホックである事について異論を唱える人は誰もいないと思い ます。多少バリエーションで見せるという部分はあっても、質的にも量的にもこれだけの魅惑 的な謎を作り上げてきたミステリ作家はこれまでも、そしてこれからもいないといっても過言 ではないでしょう。
そのホックが最初に世に送ったシリーズ探偵が、悪魔を追って1500年以上の時を生きている コプト教の元聖職者ことサイモン・アークであります。ここ数年、他のシリーズキャラクター に押されて、殆ど我々の目に触れる事のなくなったサイモン・アークですが、その登場作はあ る面では、古き良き「ゴースト・ハンター」の伝統を踏まえつつ、そして一方では悪魔に心を 奪われた者達の犯罪を合理的に暴いていくというパズラーの楽しさに満ち溢れています。

「オカルト探偵サイモン・アーク」という呼び名は早川ミステリマガジンの創作だとは思い
ますが、まさにいい得て妙。その言葉の響きだけでもワクワクしてくるではありませんか。
ワトソン役は「ヌプチューン・ブックス」という大手出版社の次長をである「私」が務め、
この辺りも、ホームズ型の「ゴースト・ハンター」の伝統を律義に踏まえているといえます。
このミステリアス・プレス社から出された短編集はサイモン・アークものとしては今のとこ
ろ最後の作品集で、当時としての「サイモン・アーク傑作選」的な本であり、初期作から当時
の最新作までをカバーしたお買い得の1冊です。収録作9編中5編は既になんらかの形で翻訳
が出ていますので、以下、未訳の4編を中心にご紹介したいと思います。

The Vicar of Hell
「私」は、ある歴史的な謎の解決を記した文書を発見したという女性からの連絡を受け12
月のロンドンへと旅立つ。手紙の主は、レイン・リチャーズという不思議な名前(「雨」)の
女性。ファンションモデルかと見まごうばかりの美貌と、銃器コレクションという男勝りの趣
味、そして英国史の研究者という知性を兼ね備えた彼女に惹かれる「私」。彼女の話によれば、
文書は、16世紀ヘンリー8世の友人として「地獄の教皇」と異名をとったフランシス・ブラ
インアン卿にまつわる話であり、卿の妻の前夫オムロンド第9代伯爵ジェイムズ・バトラーの
毒死と卿自身の不可解な死の謎を解き明かした17世紀の書物だという。
文書の持ち主ヒューゴ・キャリアが、彼女に1万ポンドでその文書を譲ろうと持ち掛けてき
たが彼女にはそれだけの金の余裕もなく、ネプチューン社に話を持ち込んだ次第。3万ドル相
当の値打ちがあるものか否か、ともかくヒューゴに会いに向かった彼等を迎えたのは、悪魔的
儀式によって槍で磔にされたヒューゴの惨殺死体であった。
途方にくれる彼等のもとに、自分の死を予感したヒューゴが生前出した手紙が届く。問題の
書物は「魔王崇拝」という題名で「青い豚」亭というパブの裏の建物に隠されている、という
のだ。コレクションの銃器を持ってその場所へ向かった二人を謎の刺客が襲う。
危機一髪、刺客を倒したのは誰あろう、サイモン・アークその人であった!
果たして、彼等は過去と現在の殺人の謎を解くことができるだろうか?
かなりオカルト趣味の強い話。特に現在の犯罪の方は、文書の隠し場所を除いてはトリック
らしいトリックはない。活劇シーン等視覚的に見せる部分が充実しており、一種の捕物帳的な
面白さはある。最後にアークが指摘する「悪魔の棲家」が意外であり、この話を印象的なもの
に仕上げている。

The Judges of Hades
「私」の元に凶報が入った。父と妹が故郷の街メイプル・シェイズで交通事故に遭い死んだ
のだという。厳格な判事である父への反抗心から縁遠くなっていたインディアナ州の田舎町へ
妻シェリーを伴って向かった「私」を待ち受けていたのは更に衝撃的な事実であった。なんと
父と妹は別々の車で、しかもお互いを確認する事が出来るにもかかわらず正面衝突したという
のだ!
確かに妹のステラは、夫フランク・ブロデリックとの結婚を父に反対されてから父と不仲に
なってはいた。しかし、どちらにしろ殺すほど相手を憎んでいたとは思えない。
警察は目撃者の証言から事故扱いで処理するようだが、父と同じく判事を務める叔父のフィ
リップは、秋の選挙で再選を果たすためにも、一切の疑義をなくしておきたいとして、私に私
立探偵の紹介を頼んできた。私の知る探偵といえば、そうあの男しかいない。
私は、ハドソン大学に電話を掛け「ダーク教授」を呼び出す。
父と叔父はその厳格な判決から「冥界の判事」と政敵から呼ばれていた。その厳格な裁きは
義理の息子フランクに対しても揺るぎ無かったという。しかし、サイモン・アークが出馬する
とまもなく今度はそのフランクが暴漢に襲われ肋骨を折る重傷を負ってしまう。一体この街を
どのような狂気が覆おうとしているのか?
サイモン・アークの慧眼は第三の「冥界の判事」の存在を見抜き、事件の真相に迫る。
「私」自身の事件であり、ミステリの幕開きとしてはかなりショッキングな部類に属するの
ではなかろうか。オカルト色よりも冒頭の謎が強烈で、「第三の<冥界の判事>の名前は、悪
魔の別名なんだよ」とアークに教えられても、それがどうした?という雰囲気になってしまう。
しかし、推理小説としては完璧。「殺人犯レオポルド警部」などでも思ったが、キャラクター
自身の事件を書く時のホックは気合がいつも以上に入った感じがする。

Sword for a Sinner
コロラドとニューメキシコの境にあるサンタ・マルタという山村に「私」とアークは向かう。
その村のハッデン神父は、かつてアークに窮地を救われた兄弟からアークの評判を聞き、彼に
助けを求めてきたのだ。なんとハッデンは神父でありながら、霊媒としての才能に悩んでいる
という。だが、そんな彼の個人的な悩みを吹き飛ばす大事件が起った。
サンタ・マルタにはかつてのフランシスコ派の流れを汲み歪な発展を遂げたキリスト教の一
派「悔い改める者の修道会」を信仰する者が残っていた。更に山中にある巨大な十字架を象っ
た教会の地下には20の十字架が立てられ、それに頭からフードを被り下履きのみをつけた信
者が括り付けられる。これが彼等にとっての「お勤め」なのだという。その信者の一人がスペ
イン風の剣で刺し殺されたのだ。意外な事に被害者は、村の悪徳の一切を引き受ける飲み屋に
して賭博屋「オアシス」のオーナーであった。保安官の疑惑は、信者を括る役目を担う信者の
指導者クルツに向けられるが、「私」はアークの命を受けて「オアシス」の関係者に探りをい
れる。バーテン、流れ者の娘、被害者の妻。そして「私」は現場の駐車場に残されたタイヤ跡
からある推理を行うが、アークはハッデン神父を霊媒に使った降霊会を催し被害者の霊を呼び
出すという提案を行う。
奇妙な宗教集団の描写が非常に印象的な作品である。地下に蠢く20の生きた十字架!
フーダニットとしてもよくできており、特に消去法の理由がいかにもサイモン・アークであ
る。また作中で珍しくアークがコプト教徒であった時の苦い経験が逸話に託され語られるのも
珍しい。

The Witch of Park Avenue
アークは、ニーヴンズ&スコット法律事務所の年若い弁護士グレッグから奇妙な依頼を受ける。
事務所の上得意である女億万長者モウド・スランバーは、70を越えるこれまで独身だと信じら
れてきたが、二十歳の頃にフランスで結婚を経験していた事が判る。その別れた夫ライル・シー
ザーが弟のエリックとともに彼女に金をせびりにきたのだ。モウドは、グレッグに「自分は魔女
である」事を打ち明け、状況を改善できると打ち明ける。そして、なんとライルはマーケットの
窓から転落しガラスで首を切って死んでしまったのだ! 次の事件が起る前に、その道の研究家
であるアークからモウドに意見して欲しい、というのがグレッグの依頼だった。
モウドに会見するアークと「私」。モウドは、貫禄たっぷりにアークをあしらうが、アークの
興味はライルが紹介したという小間使いマリーに向かう。その帰り道、新たな事件が起きた。
弟エリックが、モウドのマンションの回転ドアに閉じ込められ、「私」達がみつめる中、息を
引き取ってしまう。しかも検死の結果、死因は青酸中毒だった事が判明する!
誰も手の触れる事の出来ない状況での毒死。果たしてそれは魔女の呪いなのか。
そして、死に際に彼がガラスに書き残した「MARIE」の文字は何を示すのか?
不可能犯罪にダイイング・メッセージ、魔女の呪いとフランスの血、お、そういえば探偵も謎
の男だぞっと、さながらミニ「火刑法廷」といった雰囲気の傑作!オカルトと本格推理の要素が
見事な配分で盛り込まれており、短編集の掉尾を飾るに相応しい作品となっている。

最後に一応、収録された既訳作についても簡単に触れておきます。
◆「死者の村」(「ホックと十三人の仲間たち」ポケミス所載)
サイモン・アーク登場編。一つの村の住民73人全員の大量死の謎を追う新聞記者の私は
謎の人物サイモン・アークと出会う。この村の生き残りが後に私の妻となるシェリーである。
◆「過去のない男」(「密室への招待」ポケミス所載)
過去の記憶を持たない新興宗教の教祖が、衆人環視の雪原で刺殺される。新興宗教とゾロ
アスター教の符合は何を物語るのか。アークは自らの命を懸けて真相に迫る。
◆「海から来たミイラ」(HMM311号所載)
ブラジルの浜に、数日前に失踪した男が防腐処理を施されミイラの姿で打ち上げられた。
それは海の女神エマニアへの捧げ物だったのか?祭の最中、一発の銃声が悲劇の幕を引く。
◆「一角獣の娘」(HMM327号所載)
ネプチューン出版に「一角獣の娘」と題する小説を持ち込んだ男が、突然窓から身を投げ
た。そして原稿も同時に紛失する。7つの架空動物が物語る70年代の夢の果てとは?
◆「切り裂きジャックの秘宝」(EQ8号所載)
切り裂きジャックの曾孫を名乗る女性が、ヴィクトリア女王即位50周年の50個のダイヤ
を散りばめた黄金の獅子像の在処を記したとされる文書をロンドンの古書店に持ち込む。
そして起る殺人。過去と現在の殺人の真相に挑むサイモン・アーク。

(初出:ROM106)


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