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2004年4月10日(土)

◆朝から家族で動物園に行く。しかしモノレールに乗るなり娘は爆睡モード。現地について、小一時間程度経った頃に起きたのだが、なんとなく機嫌が悪い。「こどもどうぶつえん」の「ふれあいコーナー」で、実物の山羊に触ってから徐々に元気を回復。「ひつじ、ひつじ」といいながら山羊の後ろを追いかける。しかし実際の羊に触らせようとすると、すこし大きい分、おっかなびっくり。引き続き、象を見に行くと、「ぞうさん、ぞうさん」と歌い始める。隣の麒麟をみても「そうさん、ぞうさん」と言っているところがなんとも。まだ遠くにいる動物には反応できないようで、ゴリラ、チンパンジー、オランウータン、マンドリル、日本猿などには興味を示さない。噴水コーナーで遊ぶのだと、突進するので、連れ合いは足場の定まらない中、引き離すのに一苦労。夜の予定があったので、閉園1時間前に動物園を後にする。
◆その足で単独行動、遠隔書庫に向い、夜の宴会準備。あれこれと本を掘り出そうとするのだが、なかなか出てきやしない。時間一杯まで戦い、ようよう目的の本を十数冊揃えると一路、飯田橋へ。
◆飯田橋で下車。会場に向う途中で浅暮三文さんに出会う。「いやあ、昨日は吉川英治文学賞のパーティーだったんで、連荘でさ」と酔いどれ文士道一直線な模様。眼鏡と髭の間から覗く顔色は既にほど良い具合に酒焼けである。
◆会場のイタ飯屋では、今をときめくベストセラー作家・貫井徳郎さんが妙齢の女性と並んで受付をやっていた。尊大にも「うむ、お勤めご苦労」と今をときめくベストセラー作家に声をかける。で、宴会の趣旨は、これだ。

「『エロチカ』出版記念パーティー」兼「e-NOVELS執筆者懇親パーティー」

そう、あのeROTICAの「解説」を書いたWEB書評子連中が、e-NOVELSの書き手の懇親会にお呼ばれをうけたのである。中ほどのテーブルに、政宗さんやら、雪樹さんやら、松本楽志君やら、ヒラマドさんが、さながらサバンナのシマウマのように群れており、入り込む隙間がない。がるる。で、群れの中には、さすがに臨月状態の安田ママさんの姿はなかった。宴会の最中に産気づき、そのまま出産となれば、これは文壇史上に残る大事件になったにちがいないのだが、と少し残念。そうなれば、名前は「うたげ」ちゃんだのに。ぶつぶつ。
◆真ん中のテーブルは文士席。我孫子武丸せんせの左隣にピンクフラミンゴのような髪をした艶やかな女性が陣取っており、名札を覗くと「久美沙織」さんだった。おおお。となると、その左隣の長髪・着流しのアニさんが旦那さんということであろうか?こちらも満席状態だったので、こそこそと奥に向うと奥から二番目の島に座っていた市川尚吾さんから「kashibaさーん」と声が掛かる。あ、よかった知ってる人がいるじゃん、とその島のコーナーに座ると、市川さんのお向いはクロケンさんだった。あ、こりゃどーも、どーも。大矢さんはお元気ですか?>それしかないのか?
その隣に座っていた人には面識がなかったので名札を拝見すると「月田」さんだった。おおお、あのネット初期から頑張ってる幻影の書庫の管理人さんではないですか。どーもどーも、始めまして。それにしても篠田秀之の「蝶たちの迷宮」はワーストですよね、と盛り上がってみる。>それしかないのか?
と、そこへ御存知よしだまさし師父登場。「知り合いいないから、どうなるかと思った」一緒や、一緒や。「いやあ、本を掘り出すのに手間取っちゃってさあ」。一緒や。一緒や。
◆貫井氏が乾杯役にと考えていた山田正紀御大が遅刻、もはやこれまでと定刻やや遅れての見切り発車。ご発声は、困ったときの浅暮頼み、酔いどれ文士道免許皆伝の「乾杯!」で開宴。
なにやら、e-NOVELS関係の業務連絡で「浅暮頼みの人は委託料を払うように」とお達しがあったかと思うと、「では、後はご歓談ください」と今をときめくベストセラー作家はあっさりとした仕切り。
え?それだけ?もうちょっと、何かフォローないの?ない。大人だから?
これはもう、自活するしかないと、まず店から飛び出し、筋向こうの文鳥堂書店に飛び込む。実は一番奥のテーブルに大倉崇裕さんの姿を発見していたのである。フクさんからの前もっての出席者名簿にはなかった名前。そうと知っていれば「無法地帯」を持っていったものを!なにせ、今年ここまで読んだ中でのベスト作品。ここは一番、買い直す覚悟で日本文学の棚を探すが見当たりゃしない。ならば「刑事コロンボ」の殺しの序曲の翻訳でも、と探すのだが、こちらは更にない。がっくりと肩を落して会場に引き上げると、一番奥の島に山田正紀御大が陣取っておられた。おおおお、やったね。しかし、なまじファンとしての思いが強いと近づきがたいもので、「ひつじ、ひつじ」といいながら実際の羊に触れない娘のような状態。どーしよー、どーしよー、と悶々としていると、一際きちんとした身なりの人が本を抱えてやってくる。「はじめましてSAKATAMです」おおお、貴方があのきちんとしたホームページの管理人さんですか!こちらこそはじめまして、と挨拶する眼前に「サインください」と「あなたは古本がやめられる」が突き出される。ぐはっ。kashibaは40ポイントのダメージを受けた。
うーん、サイン貰う前にサインさせられたあ。まあ、なんですな、本物の作家さんに頼む前の予行演習みたいなもんで、はいはい。
◆と、こちらも何か吹っ切れたような気分になって、そこからは持ちこんだ本を抱えて作家さんにサイン攻撃をかける。「えー、あたしゃ、あなたの大ファンでしてえ」。
戦績:サインを貰った本
「水霊 ミズチ」田中啓文(角川ホラー文庫:初版・帯・署名・鳥の絵)
「昔、火星があった場所」北野勇作(新潮社:初版・帯・署名・カメの絵)
「襲撃のメロディ」山田正紀(ハヤカワJA文庫:初版・署名)
「バイバイ・エンジェル」笠井潔(角川書店:初版・帯・署名)
「匣の中の失楽」竹本健治(幻影城:初版・署名)
「ドラゴンファームのこどもたち(上)」久美沙織(プラニングハウス:初版・帯・署名・識字)
「怪人摩天郎」飯野文彦(ソノラマ文庫:初版・署名・識字)
「塔の断章」乾くるみ(講談社文庫:初版・帯・署名)
「安達が原の鬼密室」歌野晶午(講談社文庫:署名)
山田・笠井・竹本といった御大の面々には、今をときめくベストセラー作家に露払いをやってもらって、なんとかサインをゲット。後ろの2冊は、当初出席予定のなかった人々。おお慌てで文鳥堂で仕入れてきた。くう、なぜ「葉桜の季節に君を想うということ」をおいてないんだ、あの店はっ!!
もう一冊持ちこんだ「双月城の惨劇」は作者欠席につき、サインを貰えませんでしたとさ。実はもう1冊、「ひょっとしたら」と思って京極夏彦本も持っていったのだが、さすがに地方からの突発参加はなかった模様。まあ、嵩張らないように妖怪豆本「川赤子」を持ち込んだので、徒労感は少ない。
尚、我孫子先生や今をときめくベストセラー作家の貫井さんには、以前にサインを貰っているので改めておねだりはしなかった次第。
◆歓談中、「エロチカ」の編集担当の河原@講談社さんから「一番、良かったのはどれですか?」と聞かれたので、「一番、役に立つのは津原さん」と、正直にお応えする。これはよしださんも全く同意見。「でも、普段エロを書かない作家がエロスに挑戦」というのは津原さんには当て嵌まらないぞお、っと「抗議」しておく。あ、そういえば、今日は「エロチカ」の集いだったんだよなと思い出したりして。ほとんど合同サイン会だと勘違いしているワタクシ。
「で、ネット評論家のあとがきはどうでした?」とこちらから逆質問してみると、「皆さん、その作家さんの作品をおそらくは全部読んでおられる方々なので、詳しいですよねえ。画期的な試みだったんじゃないかと思います」という優等生の回答であった。なるほどね。そう答えておけば、角は立たないよね。我々も「いやあ、皆さん、さすがプロなので、それぞれに持ち味を発揮したエロスを追求されていて。とても画期的な企画だったんじゃないかと思います」と答えておくべきだったんだろうなあ。
◆半ばを過ぎたあたりで「ビンゴ」の時間。
で、予定通り、その部分の司会役を仰せつかる。
依頼が来たのは2日前。これが古本のオークションであれば、二つ返事なのだが、ビンゴとなると難しい。本のネタもふれないし、加えてビンゴというゲームは、最初に一番良い景品を持って行かれてしまい、あとは盛り下がる一方なのだ。故・山村美紗女史のように、新しく仕事を始めた会社の編集者に一番よい景品が当たるように仕組むとか、せめて景品を過剰包装して、それと判らなくするというような手間でもかけない限り、盛り下がること夥しい。
で、今をときめくベストセラー作家が何を景品に準備してきたかというと、一等は確かに凄い。「安楽椅子探偵」シリーズのDVD3巻セットぉおお!

しかし後は、東急ハンズで買ってきたパーティーゲーム。うひいい。

それも、むき出し。がーーん。

が、引き受けたからには、それなりにハラハラの要素を加えなければならないと二、三抵抗を試みる。

まず、パンピー用に目玉を作る。
「では、司会者特権で、『貫井徳郎の作品のモデルになる』権を作ります。いいですね!貫井さん!」
WEB書評子の女性陣から黄色い歓声があがる。
そうなんですよ、あなた、今をときめくベストセラー作家なんだから、もっと御自分のソフト資産価値に自信を持ってくださいってば。

それから、次に書痴用の秘密兵器を取り出す。
「えー、これは角川文庫の『八つ墓村』の初版でしてえ」

と、「このパートはkashibaにお任せ、自分は黙々と玉を出すだけ」と割切っていた貫井さんの目の色が変る。奥のテーブルでは「わたしゃ今年のビンゴ運は熱海で使い果たしたもんね、関係ないもんね」と行儀よく無関心だったよしださんが席を蹴って叫ぶ。

「それが、ここで出るか!?」

出るんです。

受けるためなら、なんでもするのが司会者の努めです。

さて、戦績の方は、一番最初にリーチを掛けた久美さんが、最後まで立ち損に終わる一方で、リーチもせずにダマテンでビンゴしてしまった千街さんが一番乗り。
勿論、もっていったのは「八つ墓村」角川文庫初版であった。そうでしょうとも。
引き続き「貫井徳郎の小説のモデルになれる権」が二等賞として貰われていき、司会者も今をときめくベストセラー作家も一安心。
あとは、DVDが予定通り消え、ゆるやかなアンチクライマックスのうちにビンゴは終了したのであった。
◆1次会の最後は「遅れてきた推理作家」山田正紀御大が、「乾杯」の一言で締め、省力ぶりでうまさをみせつける。さすがである。
その後面子の多くが近場のカラオケ屋に移動して二次会。こちらでは歌部屋にはいって「神話」と「ダイオージャ」を歌う。だが、「ガイヤ」にしくじり、以降は、話部屋との間を往復。なんでも歌える我孫子せんせいやら、久美沙織さんの熱唱やら、松本楽志クンの中島みゆきやらそれはもう皆さんお上手で。正直なところ、この辺りの記憶は定かではないが、最初は、久美さんの旦那さんの波多野さんに絡んで、握手してもらったりとか。いや、Hiでのご活躍は素晴らしかったです。はい。
すっかり酔っ払って帰宅すると午前様。そのまま妻と娘の横で爆睡。

今日は、めえめえ鳴く山羊の群れと遊んだね。
フラミンゴもみたね。
仕事をしないオランウータンもみたね。
顔を赤くしたマンドリルもみたね。
猿山のボス猿もみたね。
楽しかったね。
おやすみなさい。


2004年4月9日(金)

◆大阪日帰り出張。それも急ぎ旅だったので、定点観測不能。購入本0冊。

◆「貧者の晩餐会」イアン・ランキン(ポケミス)読了
購入日の日記にも買いた事だが「おお、ランキンにしちゃあ、そんなに分厚くないやん」と思ったところ短編集だった。それも21編も入ったお徳用である。「分厚っ!」。
で、前書きあった「自分は短編作家である」と告白に「嘘つけっ!」と突っ込みを入れたものの、試しに一編読んでみて、間違っていたのがこちらであることを思い知らされる。同じ作者の長編作品を読んだ時には感じられなかったエッジ鋭く情景や「人生」を彫りだす文体に、まぎれもない「短編小説」の精髄を見た。とにかく、もう1編読んだらやめよう、やめようと思いながら、結局最後まで読みきってしまったのだがら、これは本物だ。
リーバス警部を主人公にした諸作も、それぞれに名探偵譚としての見所やサプライズに満ち溢れているものの、特に感心したのは、ノン・シリーズの音楽小説やコメディやクライム・ストーリー。あるときは一人称で、また、あるときは二人称(!)で、そして神の視点で、様々なアイデアと技法を盛り込み綴られる人間模様と人生の真実は、読む者にみっしりとした感動を呼ぶ。
CWAの最優秀短編賞を受賞した贋作テーマの「動いているハーバート」では、人間心理の密やかな闇に皮肉の光を当て(なんと、私にしては珍しくHMMででも読んでいたのか、再読であった)、ジャンキーの生き様で物語が地球を一周する「新しい快楽」では欲と愛の葛藤を切り取り、作者の自称唯一のコメディー「唯一ほんもののコメディアン」では、ほろ苦くも落差のある人間喜劇を描ききる。あるいは、ショートショートに属する「自白」の大逆転ぶりはどうだ。18世紀末の魔都ロンドンの底辺を駆け抜ける便利屋の推理冒険譚「大蛇の背中」でみせる生真面目な考証と破天荒なまでのエンタテイメント魂はどうだ。あえて、言おう。仮に、イアン・ランキンがこの短編集しか残さなくても、作者の名は21世紀ミステリシーンに燦然と輝き続けたことであろう。リーバスものでは、人間消失トリックと助演男優のキャラが楽しい「窓辺の機会」と、長編並の人生の重みを感じさせる巻頭作「一人遊び」を推しておく。いやまあ、騙されたと思って読んでみんさい。この本の定価1680円は十分元がとれる。封切り映画3本分の面白さ。題名も(ストーンズからの頂きだそうだが)象徴的で吉。


2004年4月8日(木)

◆発作的に掲示板で出版記念オフ会の告知。4月24日に企画してみました。
◆東京駅まで歩く途中、書店によって東京創元社五十周年冊子をゲット。ついでに、東京創元社目録の最新版も貰ってしまう。これで何も買わずに帰ってしまえるほど心臓に毛が生えているわけではないので、1冊お買い物。
「小説新潮増刊 警察小説特集」(新潮社)
いずれは文庫落ちするかもしれないが、この雑誌の定価が500円というのは頑張っている。せめて幾つかでも拾い読みしたいものである。
五十周年記念冊子は、年表と鼎談とキャッチコピー集という構成。おそらく「ミステリーズ」の5号にはこの冊子の内容の全てを含む更に充実した特集が組まれるとは思うが、そこはそれ、「紙くず」マニアには堪らない冊子であろう。目録にも50の文字が大きくあしらわれており、お祭り気分を盛り上げている。しかし、復刊のラインナップは相変わらず「復刊になって初めてしる品切れ」というパターンで、驚天動地の大復刊は望むべくもない。まあ、初文庫化の方で、「チャーリー退場」が燦然と輝いているのでよしと致しましょう。残るクライム・クラブ絶版本ではウィリアム・モールを一気に2冊復刊して未訳の「The Skin Trap」も訳出してしまうという企画はどうだろうか?帯の煽りは「最も猟奇的な探偵」でまとめてみる、とか。
◆八重洲ブックセンターを覗く。一冊だけ棚にあった拙作の姿は見えず、これもいわゆるひとつの「売り切れ」なんでしょうかね?
◆古書センターで安物買い。
「アゲイン 怪人二十面相の優しい夜 2003年版」横内謙介(扉座)
「ウイルキー・コリンズ傑作選10 夫と妻(下)」(臨川書店)
「アゲイン」は、江戸川乱歩のジュヴィナイルキャラ総出演のシナリオ。均一棚から拾う。世の中には、まだまだ自分の知らない越境ミステリ(?)があるもんだと感心する。
コリンズ傑作集も本屋で買ったことがない叢書。ぼちぼちとしか集めておらず、これでようやく8冊目かな?長編1篇読むのに、上中下巻で8千円超というのは、さすがに辛いものがある。本来は、図書館が買う本であって、個人で買うような叢書ではないのかもしれない。


◆「八月の舟」樋口有介(ハルキ文庫)読了
昨年話題の横山秀夫初の長編小説「クライマーズ・ハイ」は日航機墜落事件を題材にした大人の成長小説であり、同時に感涙の郷土小説でもあった。中央紙に対する地方紙記者の屈託や反発は、その地方、その職場で息をしいてた者にのみ描ける感情であろう。そして、この書もまた、前橋の重力に魂を引かれた人々の物語であり、正しく青年を主人公とした成長小説である。横山秀夫が18年の時を越えるには自分の分身を必要としたように、この物語の登場人物は、樋口有介の分身である。同世代でないと語れない世界があるものなのだ。
格好いい生き様を全うする母親に育てられた高校生。5年越しの書きかけのラブレターを、知り合ったばかりの友人の姪の部屋に忘れてくる男だ。田舎の濃密な人間関係に倦んで、街を出ようとする友人。真夏の夜の酒宴は、交通事故と恋を彼らに運んでくる。8月という舟に乗って旅に出たのは誰?プラトニックな恋と生理的欲求の中でボクと僕らの夏に、かかあ天下の風が吹く。
徹頭徹尾、いつもの樋口有介である。ご本人のノスタルジーがかぶる分、他の作品に比べても業が深いかもしれない。少し、虚構に疲れたときに、作者がノスタルジーというエネルギーを作品の結晶させた作品。ここに描かれた家族の肖像や、うつろう青春はそのまま最新作「雨の匂い」にも投影されている。殺人が起きるわけではない。謎があるわけではない。文学史上に屹立する何ががあるわけでもない。ただ、いつに変わらぬ樋口有介がいるだけである。文句あっか?


2004年4月7日(水)

◆残業。購入本0冊。
◆帰宅したら、東京創元社から時計マークのピンバッジが届いていた。
この創元推理文庫初期分類マークは、米クライム・クラブがある時期やっていた分類マークが元になっているのだが(と断定しちゃっていいのかな?)、ご本家では時計マークは「SUSPENSE」の印である(因みに「その他(SOMETHING SPECIAL)」は●に「!」符合ですな)。なので、というわけでもないのだろうが時計の針が指している時間は0時5分前ぐらい。一方、創元推理文庫の時計が指しているのは0時25分ぐらい。一体、この30分の差は何なのであろうか?と小一時間。いや、30分なんだってば。以下、若干の絞殺、もとい、考察(ううう、なんやねん、このパソコンの変換は?)。
通常、時間に追われるタイプのミステリは0時5分前あたりでクライマックスを迎える。爆発007秒前ってえのもあるけれど、まあ、そこはそれ。その意味で、本家クライム・クラブの時計が指している時間は、まさに「SUSPENSE」=宙ぶらりんのハラハラどきどきの時間帯なのである。だが、事件の解決からエピローグとなると、そこから30分は経っている。つまり、創元推理文庫の時計が指しているのは物語の終わりであり、見てそのまんま、まるっと「大団円」の時間帯なのではなかろうか。
漂泊旦那から「どうてもいい事」についてお褒めの言葉(だよな?)に与かったので、ちょっと瑣末の研究してみました。


◆「乱歩邸土蔵伝奇」川田武(光文社文庫)読了
クライシス2002、川田武の帰還。それも文庫で500頁を越えるこれまでの最長不倒作品。更にテーマは大乱歩。少しずつ、真実の位相をずらしたパラレルワールドを舞台に、乱歩の二度の休筆と、昭和8年の「復活」と無惨なまでの退場の謎に迫る空想科学小説。イマドキのミステリ界と昭和初期の探偵小説界が舞台にはなっているが、この作品自体はあくまでも「えすえふ」である。まあ、NHKの大河ドラマのおかげで世間的には旬の「幕末」最大の謎の一つ「竜馬暗殺」に探偵作家・江戸賀乱歩が挑むという「歴史推理」の趣向があるといえばある。が、それも「新選組!」だと思って見ていたら「利家とまつ」であるか、ははーーっ!だったりするので、もう何が何やら、とにかく「えすえふ」なのである。
イマドキのミステリ界を描いたパートの主人公は、春陽堂を模したとおぼしき出版社「創奇社」の三代目・黒木祐一。その彼が、CS放送の「ミステリTV」の江戸賀乱歩企画に関わった事から、70年の歴史の扉が開く。昭和8年、極度のスランプに陥っていた乱歩。以降、翻案と少年ものに転向していく切っ掛けは何だったのか?池袋に最後の転居する前、戸塚の土蔵で何が起きたのか?発掘された死の目撃談。「明智小五郎」生誕の虚実。縺れた時空の果てで「疑問の黒枠」に「殺人鬼」は躍る。
いや、これはなんとも破天荒な。真面目なミステリ者が読むと土蔵の壁に叩きつけたくなるかもしれない。同じ趣向の作品を挙げれば、もう一人のエドガー・アラン・ポーを主人公にしたルディー・ラッカーの「空洞地球」あたりであろうか?個人的には、ラッカー作品同様に楽しめてしまったが、「長編歴史推理小説」という看板はいかがなものであろうか。「長編小説」で「歴史推理」で探偵小説界が舞台ではあるが、これはやっぱり「長編歴史推理空想科学小説」だと思いますよ。はい。 後、希望を述べれば、「創奇社」の三代目は女社長にして欲しかったりして。どうよ?>誰に聞いている?


2004年4月6日(火)

◆このホームページを開いていることは職場でもオープンにしているのだがそのわりには、一向に本のことを冷やかされる気配がない。結局、このサイトは28人の固定客と検索ロボットだけが見ているのではなかろうかと小一時間。
◆職場の飲み会で散財。購入本0冊。


◆「不思議の国のラプソディ」福島正実編(講談社文庫)読了
背広のポケットに突っ込んだままだったので、なんとなく拾い読みを始めたら面白くて止められなくなってしまった。いやあ、SFって本当に面白いですねえ。殆どどこかで読んだ話ばかりなのだが、せんす・おぶ・わんだーの懐かしさにうち震えてしまった。昔むかし、遠い銀河の彼方に、えすえふという読み物がありました。
「壁の中」(TRコグスウェル)呪術と魔術が支配する壁の中の世界。その外を異端の自然科学で目指す少年の見た真実を描いた成長小説。宮崎駿の「天空の城ラピュタ」とハリーポッターを掛け合わせたような元気の出る物語。王道である。
「暴風雨警報」(DAウォルハルム)異形の暴風雨の中で繰り広げられた、静かな侵略と撃退のドラマとは?地球は狙われている。そして我々は孤独ではない。酸素=窒素ショービニストに効くある生物の物語。むき出しのアイデアがなんとも懐かしい。
「反対進化」(Eハミルトン)異郷での単細胞生物との出会いが垣間見せた絶望の歴史。余りにも有名なアイデア・ストーリー。奔放にして冷笑的なツイストは地球の丘同様にエバーグリーンだ。
「手品」(Fブラウン)青春の喜び故の羽目外し。しかし、外すにも限度があって、というマジカルな巨匠の逸品。これも著名作だが、ふとした若者たちの会話に、アメリカのゴールデンエイジが見える。
「死都」(Mラインスター)遺跡から発掘されたステンレスナイフは、発掘者に富をもたらし、更なるオーパーツ探索へと男達を駆り立てる。だが、巨大なクレーターには強大な敵が待っていた。絵に描いたようなタイムトンネルSF。巨匠の筆に矛盾はない。
「ここは地球だ」(Wタッカー)昼寝から醒めた男が、通りすがりの男から尋ねられた奇矯な質問。だが、悪戯心の代償は余りにも大きかった。不運な男が巻き込まれた不条理の顛末は?話は完結しているのだが、謎は一向に解けない。ここはどこ?私はだれ?
「真夜中の太陽」(Rサーリング)ある意味で、ミステリーゾーンの代名詞的存在の傑作。極限の環境のもとで、地球文明が脆くも崩壊していく様を描いた名テレビ番組のノベライズ。見せ場に富んだ完璧なアイデア・ストーリー。何度読んでも素晴らしい。
「奇妙な子供」(Rマシスン)次次と喪われていく記憶。アイデンティティーが薄皮を剥ぐように消えうせた果てに待っていた者とは?語り口の妙で読ませるサスペンスSF。自分は誰か?という不安は、ある種のミステリにも通じるところがある。
「くりのべられた審判」(ジェンキンズ=ラインスター)アマゾンの奥地で出会った砂金もちの住民。家畜を買い集める委託を受けた冒険者が見た黒い恐怖とは?白黒ハリウッド映画向けの怪異と神秘。まあ、今更な話だが、まだま気違いになるわけにはいかない。
「静かに!」(Zヘンダースン)子供の悪夢が現実化したとき、静寂の中を家電の化け物が走る。未来警察で描かれたような、日用品の恐怖を描いた作品。
「最後の地球人」(JLヘンズレイ)ソノラマ海外シリーズにも収録された、侵略者たちの末路を皮肉なタッチで描いた名作。鮮やかなオチに万歳。
「災厄」(Rシアーズ)見舞われる不運を予知する青年。危機一髪の連鎖が予測する終末の絵姿。さよなら人類。どこにでもあるアイデアを、軽快にまとめた法螺話。やられた。


2004年4月5日(月)

◆職場が変って真剣に合間の時間がなくなる。当分浮上できない日々が続くか?
◆新刊買い1冊。
「ハヤカワミステリ 2004年5月号」(早川書房)
コージーミステリ特集。なるほど、これは特集が組めるね。日本人作家の作品もそれに併せればなお良かったのに。あとブックガイドでホン・コンおばさんまでもコージーに分類するのはどんなもんでしょうね?
◆駅のワゴンで1冊。
「不思議の国のラプソディ」福島正実編(講談社文庫)
このシリーズ、講談社文庫版で1冊だけ買いそびれがあるのだが、どの巻を買いそびれているのかを記憶していない。ダブリ確率9割。遠隔書庫へ確認にいかない限りダブリは確定しない。シュレジンガーの古本。


◆「007/赤い刺青の男」レイモンド・ベンスン(ポケミス)読了
自慢ではないが、007の小説を読むのはこれが生まれて始めてである。映画版は8割方は見ているが、それだけに「この作品世界は映画で楽しむべきもの」という刷りこみが出来てしまっている。にもかかわらず本日の一冊にしてしまったのは、この作品が日本を舞台にしているから、というそれだけの理由である。で、どうせ「国辱ミステリ」であろうと、半ばその外しっぷりを楽しみ読み始めたところ、どうしてどうして、ベンスンさん、やるではないですか。ところどころ思わずのけぞるような描写がないではないが(日本人は身体に障害のある子供が出来ると殺す、もしくはサーカスに売り飛ばす)、代々木から築地、新宿から青函トンネル、瀬戸内海に北海道、果ては北方領土まで、これだけ書ければ合格点。訳者あとがきで幾つか、ミスの指摘があったが、日本人作家だって、それぐらいのミスは平気でやりかねない。
007、今回のミッションは、先進8カ国首脳会議における英国首相の護衛。その開催地はかつて妻と現地妻を喪った想い出の地、日本。だが、とある製薬会社一族を襲った死の罠は、殺人許可書を持つ男に感傷を許さない。引退間近の日本の特務員タイガーとの旧交を温める間もなく、ボンドを襲う必殺の牙。武装する暴走族、コングロマリット化する企業舎弟、曲馬団の河童、そして世界最少の殺し屋軍団、MISHIMAに魅せられた漢(おとこ)が夢見るヤマトの鉄槌とは?
タランティーノ監督で映画化希望!ボンドの案内役を務める女性諜報員には長谷川京子、世界一のソープ嬢を目指すヒロインには菅野美穂、ってところですかね?で、赤い刺青の男は渡辺謙なんだろうなあ、やっぱ。いや、これは本気で見てみたいっす。


2004年4月4日(日)

◆朝からタイガース三昧。報知スポーツを含む全スポーツ紙を買ってきて親父と交互に読み耽る。頭がスポーツ新聞に染まる。どうやら、スポーツ新聞独特の文体というものがあるようで、この文体で政治やら経済面も熱く語ってくれると随分と面白いものになるのではなかろうか思ったりして。
◆昼過ぎに東京に移動。羽田まで2時間、羽田から2時間。ううん、毎度のことながら納得いかないよなあ。
◆夜もタイガース三昧。連れ合いは「去年は18年に一度のことだから、と思って我慢してあげたのに!」とふくれっ面である。


◆「イリヤの空、UFOの夏 その2」秋山瑞人(電撃文庫)読了
昨年完結したヤングアダルトSFの精華。その第二発目。いや、実際、これ程に1冊、2冊、ではなくて一発、二発と呼ぶに相応しい小説にはそうそうお目にかかれない。連載で3回分と書き下ろしの掌編を収録。
秘めた心は、炎に向う。身を焦すのは、朱の色。砂漠にぽつんと出来た公園。孤独な陸の孤島に舞い下りた天使。不敗の新聞部長は、シェルターの疑惑を解き、更なる謎をジオラマに描く。闊達な妹は、不器用な兄にエールを贈り、学園祭の幕は開く。封じ込めた想いの中で燃え上がるストーム。水を見つけたユダヤの民の踊りは、万能の喜びを彩る。父よ、母よ、妹よ、風の唸りに血が叫び、力の限りサバイバル。スクランブルの片隅で、燃えよ、恋!
主人公たちのデートと原チャリ・チェイスの顛末を描いた「その1」からの続き物「正しい原チャリの盗み方 後篇」は、まだまだ、キャラクター紹介の域だが、狂乱の文化祭をその前夜から追った前後編「十八時四十七分三十二秒」は絡みで魅せる。そこに描かれた「文化祭」は、かの「うる星やつら2〜ビューティフルドリーマー」で永遠に訪れなかった「文化祭」の渇を癒すエネルギーに溢れ、クライマックスで宙に躍る光の軌跡は詩的なまでに青春なのだ。非日常の中の非凡なる感情表現。そろりと片鱗を見せる巨大なる「システム」。誰が誰と戦っているのかも見え難い空の下、夏は巡り、秋に実る。水前寺、地に目を配り、イリア、空にしろしめす。なべてこの世はこともなし。浅羽の父は、なかなかイカす。根性ーーっ!


2004年4月3日(土)

◆母から「本、でてよかったなあ」といわれる。
うんうん。
「最初で最後やろなあ」
うんうん。
◆実家の近所にはグンゼの工場跡を利用した「つかしん」という商業コンプレックスがあって、十数年前のオープン時にはアメリカ型商業施設として随分と話題になったものである。ところが、核になっていた西武百貨店の完全撤退が決まり、西武が部分撤退した際に2階分を占めていたミドリ電化までが撤退で改装中。集合店舗街の方も至る所で閉店セールの真っ最中で、かつての栄光は見る影もない。土曜日の昼間ということもあってそれなりに賑わってはいるのだが、ユニクロにダイソーといった中国発デフレ経済の象徴が中心。尼崎ではカルフールがオープンして、新しもの好きの客足は南側に向っているそうである。盛者必衰の理であることよな、と眺めていたら、一階で古本市をやっていた。それも既に閉店した古本屋の在庫処分のようである。
「風の日にララバイ」樋口有介(ハルキ文庫)
「八月の舟」樋口有介(ハルキ文庫)
ハルキ文庫で復刊され、古本屋に流れ、更にその古本屋が潰れて仮店舗の均一棚に並ぶ。ううむ、盛者必衰、会者定離。


◆「ハムレットの殺人一首」岩崎正吾(講談社ノベルズ)読了
田園ミステリと本歌取りの名手が新本格の殿堂・講談社ノベルズに初参戦した第4作。今回の「本歌」は題名の後半「百人一首」ではなくて、前半の「ハムレット」の方である。シェイクスピアのハムレットは、数ある沙翁劇の中でも最も有名な悲劇。それ自体がさながらオカルトミステリと倒叙ミステリの体裁をとりながら、告発の劇中劇に暗殺トリックを加味した強烈なメタ・サスペンスでもある。したがって、イネスの「ハムレット復讐せよ!」や、ライスの「なんとした、オフィーリア」といった古典は言うに及ばず、様々なミステリシーンで引用される事の多い作品でもある。いやしくもハムレットを元ネタにするのであれば、横溝正史やクイーンを調理するのとはまた別の覚悟、即ち、すべての文学者と評論家と一般大衆を相手にするという覚悟が要求されるといってもよい。この用法を誤ると、噴飯ものにして黴臭い失敗作に堕してしまう。生かすも、殺すも、それは「問題」次第、なのである。
自ら姿を隠した老実業家を追う女探偵と、玄人受けする中堅舞台俳優が、山梨の山村で邂逅するとき、紀貫之の歌が復讐劇の開幕を告げる。土地開発を巡り孤立する村の名家・山王家の一族に届けられる百人一首の札。巨大な罠に吊り上げられた死体の謎を追うホレイショウ。弱きものの、汝の名を問うのは、誰ぞ。「ハムレット」の復讐は人に知られで来るよしもがな。
およそ、ハムレットでも、百人一首でも夫々が一本の長編ミステリを支える要素として十分であり、その意味において、このミステリは二兎追った結果、どちらも消化不足に終わってしまった感がある。いや、振り返ってみれば、まさに分裂症的になる事が最初から予定されていたとも言えるわけで、それはそれで「正しい」のかもしれない。しかし「正しい」からといって面白くなくて良い訳ではなかろう。男女の性的衝動の描写では、毎度おおらかな岩崎節が効いており、もじもじした若者向け青春推理とは一味違った趣がなかなか。逆にこのあたりが絶対に生理的に受け付けない人も多かろう。まあ、いわゆる一つの新本格ではない事だけは確かである。


2004年4月2日(金)

◆就業後帰阪して、実家ですごす。孫の顔を見せに帰った次第。とかなんとかいいながら、父との会話はもっぱら阪神の逆転勝利だったりするのだが。購入本0冊。

◆「精霊海流」早見裕二(ソノラマ文庫)読了
作者の最初のシリーズキャラクター・水淵季里、ソノラマ文庫に初登場。東京と沖縄を結び、惑うマブイと季里との「闘い」を描いたシリーズ第4弾。自分が題名のアイデアを出しておいてなんなのだが、読んでみれば「太陽雨」という最初の題名が如何に相応しかったかが改めて判るストーリーである。
かそけき異能者・水淵季里の前に、もう一人の霊能少女が現われる。沖縄の風、比嘉告未(ひが つぐみ)。虐めという都会の牙を退けた時、怨霊は既にそこにいた。恐れ故に怒りの虜となる告未の父。早すぎた決断が、季里の心に勇気を点す。操られる身体、放逐された心、太陽雨の下、海流の果て、癒しの風は紅を散らす。
うーん、これはシリーズのこれまでを知らない新しい読者には辛い話かも。出版社を替えて出たシリーズ第3作の「夏の鬼 その他の鬼」では、季里を支える「チーム」の面々や「ゲームのルール」が連作の中に巧みに配置されていたのだが、この物語ではその辺りの約束事の部分で筆を惜しんだのか、取っ付きが悪い。そもそも、土地に縛られた水の申し子であるヒロインを沖縄まで引っ張っていくことに無理があったのではなかろうか。ノン・シリーズの一編として語られる物語だったのかもしれない。
ここは一番、親父に横恋慕した死霊の陰謀で自分の体から放り出された少女が、土地の神様の特訓を受けて、必殺技「太陽雨デイゴ返し」を会得。米軍キャンプ上空で、奪われた自分の体を相手に霊的シャワーを浴びせ、快勝する。がっはっは。てな話の方が。>それでは池上永一だっ!


2004年4月1日(木)

◆帰宅すると本が届いていた。
「精霊海流」早見裕二(ソノラマ文庫:帯:署名)
<命名御礼>というわけで早見さんからバリバリの新作をお送りいただいた。
どーもどーもありがとうございます。これまでも、さんざん架空書物の題名を作ってきましたが、本当に採用されるとなんだか面映いものですね。早速読ませていただきます。なにせ自分の本の題名は編集の金子さんが決めたものだったので、名付けの楽しみがなかったんですよねえ。じゃあ、あれ以外に何かあったか?となると、ないんだろうなあとは思うんですが。はい。
◆録画しておいた「エコエコアザラク〜眼〜」の最終話を視聴。最後の最後に、どんでん返しがやってきた。なるほど、こういう捻りであったか。しかし、いかんせん詰め込みすぎの感は免れず、解決されずに終わってしまった「思わせぶり」もある。もう1話分ぐらいかけて、じっくり作りこんで欲しかったよな。演出にばかり凝った凡庸な回もあったので、シリーズ構成にもう少し気を配れば及第点をあげることができたと思う。なんちゅうか、「眼」を前面に押し立てながら、眼の迫力で佐伯日菜子の足元にも及ばなかった上野なつひというキャスティングにも難あり。うーん。久しぶりに1クール通して見たテレビシリーズだったんだけどなあ。


◆「絹靴下殺人事件」Aバークリー(晶文社)読了
遂に新刊で復活した第四シェリンガム(おお、なんか、ファントマみたいでいいかも)。何故か戦前に抄訳が出ており、何故か超格安で(神戸元町のつのぶえ書房で僅か千円で)手に入れてしまい、何故か勿体無くも積読にしてきた作品である。ただ同じく戦前のみの抄訳紹介であった「第二の銃声」に比べると、マニアの熱狂度合いは低め。「第二の銃声」が既に10年前に国書の全集の斬り込み隊長として鳴り物入りで復活したのに比べれば、今回の復刊も、既にコアなマニアの興味は、同じく晶文社で予定されているABコックス名義の「プリーストリー氏の問題」の方に移っているという具合である。つわもの揃いの生徒会やら、トリックスターな新聞部長みたいな作品が多いバークリー作品の中では、「真面目すぎるあまりに、目立たない」そんな副・風紀委員タイプの作品なのであった。
「女優を夢見てロンドンに向ったまま音信不通となった娘の行方を探して欲しい。」ドーセットの片田舎の牧師の願いに一肌脱ぐ気になった名探偵シェリンガムは、既にその娘・ジャネットが非業の死を遂げていたことを知る。自らの絹靴下を用いた縊死。だが、同様の事件が相次いでいることに気付いたシェリンガムはそこに奸智に長けた殺人鬼の影を見る。三人目の被害者は本物のレディ。動き始めた警察の向うを張って、ジャネットの姉アンとともに、素人探偵は希代の絞殺魔に挑む。
いわゆる「リッパーもの」の王道をいくミステリ。その評価にあたってはクリスティーの「ABC殺人事件」よりも、Pマクの「Murder Gone Mad」や「X vs. Rex」よりも5年以上早いということを勘案しておく必要がある。それでもなお、年間ベストを選ぶ際にはベスト10に入ってくるのは難しいかもしれない。それほどに当り前の本格ミステリである。多少なりとも、ミステリに親しんだ人間であれば、この作品の真犯人を登場と同時に指摘できるであろう。この作品の評価を高からしめるには、唯一戦後訳のないシェリンガム作品として絶版効果に頼るしかなかったのかもしれない。