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2004年3月31日(水)

◆朝一番で本の雑誌の原稿を仕上げて送稿。6月号の「解説」特集に向けてのコラム。血風堂の倍の字数だったのでやや手こずる。連載は終わったものの、なんだか結局、隔月でお仕事を貰っているような。2月号「一角紙魚・多角紙魚」、4月号「古本者野望対談」、あ、やっぱり、そうじゃん。ちっとも楽になってないじゃん。いや、対談はただよしださんと喋っているだけで自動書記が仕上げてくださるから楽でしたけど。
◆京極豆本2冊を滑り込みで応募。豆腐小僧の豆本(これだけで、どことなく可笑しい)も4月1日が締め切りだったのだ。
次こそは、きちんと余裕を以って出そう。
って、まだ次があるのか?
あるんだろうなあ。
結局食玩もどきにまんまと嵌められてしまってるんだよなあ。

どなたか、憑き物落しの先生を呼んで下さい。
◆会社では一日書類の整理。書類山脈5つと格闘するが道半ばで、歓送迎会に突入。購入本0冊。
◆ヴェルビー赤坂の旭屋書店を覗いたら、文芸棚で拙著が平積みになっていた。じーーん。
◆帰宅したら出版契約書が着いていた。うーむ、アップロード権とかどうなるんだろう?通常は、二次利用の項目で読むんだろうけど、うちのような場合は、もとがウエッブだもんなあ。本の方が二次利用だもんなあ。


◆「殺しはエレキテル」芦辺拓(カッパノベルズ)読了
余り真面目に捕物帳を読む方ではない。笹沢左保と泡坂妻夫と有明夏夫を熱心に追いかけた以外は、半七・佐七・平次・かわせみをちょぼちょぼ。顎十郎すら真面目に読んでいないのだから推してしるべし。で、どうも推理作家が捕物帳を書くというのは「捕物帳に逃げる」ような気がして、今ひとつ諸手を上げて歓迎できないのである。「江戸川乱歩は何故、捕物帳を書かなかったのか?」というお題は、十分乱歩研究のテーマたりうるのではなかろうか、と小一時間。しかし考えてみれば、今を写せば済む現代ミステリと異なり、司法制度から風俗、文物、はなし言葉一つに至るまで気配りやら考証が必要な捕物帳は、作家の側からすれば、(仮に現代ものでのトリックやプロットの使いまわしが出来るとしても)、あまりコストパフォーマンスの良い商材とはいえない。その目でみれば、新本格作家でありながら、敢えて捕物帳に挑戦した芦辺拓の意気込みはむしろ評価されてしかるべきなのかもしれない。トリックやプロットの閉塞状況を打破するため「歴史小説に逃げた」大先達、ジョン・ディクスン・カーの正統後継者であることを改めて証明した、とまで言うと褒めすぎか?
いや、、手垢のついた江戸に背を向け、安吾捕物帳の勝海舟に相当する敵役として大塩平八郎を配した浪花蘭学探偵譚は、その反骨精神において正しく芦辺作品であると同時に、そのミステリ世界に新たなフロンティアを拓くことに成功しているといってよい。作者は、「火よ燃えろ!」や「死の館の謎」などで、カーが用いた「その時代にそんな発明が既にあったのか?」という手法を、この連作の初期条件に入力し、更にその上で、巻頭作にして表題作から、パターン破りを仕掛けてくる。その時代ならではの科学と疑似科学を巧みに操り、現代ものでは生かせないアイデアで新たな時代ミステリに一ページを記した作品として評価しておきたい。連載された媒体が「小説宝石」という中間誌なのも、なんとなく嬉しいではないか。
ただ、後半の作品になればなるほど、息切れの感があり、プロットが平板化してしまう。この密度を維持することの困難を承知の上で、シリーズの大団円には「ニューゲートの花嫁」のごとき大伝奇にして大ミステリを期待するものである。昨年「狼火の岬」で名探偵・大塩平八郎という趣向を読んだところだったので、余計にそう希う次第。


2004年3月30日(火)

◆夕方から雨になる。明日が上製本「魍魎の函」での応募者全員プレゼントの申し込み締切日なので、途中下車して八重洲ブックセンターへ。
「魍魎の函」京極夏彦(講談社:帯)
500円送ると豆本「小袖の手」がゲットできるのだそうな。最初から豆本を付録で付けてくれればいいものを、と愚痴の一つもこぼしたくなる。いずれ、豆本とセットで古書店のカタログに載るんだろうなあ。くそう。それにしても講談社の豆本商法、すっかり京極本で味をしめたのか、森博嗣の「四季」でもノベルズ4冊が完結するかしないかのタイミングで「函入り鉄の処女(ハードカバー)・応募者全員こぶ(豆本)付き」バージョンを出してきたのには唖然とした。既に森博嗣に対する忠誠心は地に落ちているので、手を出さずに済んでいるが、ファンは辛いだろうなあ。
◆八重洲ブックセンターでも拙著を確認。古本関係エッセイの棚に1冊だけ置いて貰っていた。うう、感無量っす。
更に、自宅から最も近い本屋に立ち寄ると、こちらでは平積み状態になっていた。おおお、思わず赤面。ありがとうございますありがとうございます。折角ですから何か買わせて頂きますね。
「殺しはエレキテル」芦辺拓(光文社カッパノベルズ:帯)
HMMでも買ってお茶を濁そうと思ったら、SFMとジャーロしか置いてないんだもんなあ。と、HMMと同じぐらいの値段の芦辺本を今更ながら購入。芦辺拓の捕物帖初挑戦連作。勿論、舞台は大阪。上方が舞台の捕物帖って有明夏夫の「なにわの源蔵」シリーズぐらいしか知らんないので、期待してしまおう。
◆名探偵モンクの第1話をリアルタイムで視聴。おおこれが、噂の神経症のシャーロック・ホームズか、とおっかなビックリで見始めたが、掴みから感心することしきり。キャラの立たせ方が抜群に巧い。実行犯は新ペリイ・メイスンを彷彿とさせる「殺し屋」パターンだが、それでもきちんとフーダニットしてみせたところは立派。終盤の追いつ追われつは、スペシャル版ならではの時間稼ぎと割切って、まずは過大なこちらの期待に応えてくれる出来映えであった。やんややんや。


◆「闇の淵」レジナルド・ヒル(ポケミス)読了
ダルジールとパスコーシリーズ第10作。後年の「完璧な絵画」同様に、クライマックスから話が始まる作品。なんと、作品の冒頭で、ダルジールとパスコーの二人組みは、崩れた地底に二人きりで放り出されてしまっているのであった。ああ、一体何があったのか?
前作で署長になり損ねた元副署長が、タブロイド新聞に乗せられ、選挙を目指した、回顧録を連載し始めたことが、一度は葬り去られた過去の事件の封印を解き放つ。少女連続殺人事件に新たな光が当てられた事で、既に鬼籍に入った炭鉱夫への疑惑が再燃してしまうのだ。その遺児である、若き元船乗りコリンを巡る、街の人々の葛藤。繊細なブルーワーカーの鬱屈に、翻弄されるパスコーの妻エリー。炭鉱の街を巡る、秘められた恋と殺意の物語は、崩落した闇の淵で、最後の瞬間を待つ。
クリスティーが晩年好んで書いた「過去の殺人」を、階級社会の衝突の中で展開させた重厚作。クライマックスの地獄めぐりは、さながら横溝正史の八つ墓村や不死蝶を彷彿とさせ、この闇の美学が日本の特権ではないことを証明する。ただ、ミステリとしての構成は、シンプルに過ぎ、ヒルを読むようなすれっからしの読者を騙せる程の仕掛けはない。また、「死に際の台詞」で見せた社会問題と本格推理の神業的融合に比べるといささか社会派の要素が鼻につく。まずは最高傑作「骨と沈黙」への助走作品というべきか。いや、それでも凡百のお手軽ミステリに比べれば、格の違いは歴然としているのだが。


2004年3月29日(月)

◆尚も、メール、掲示板、自サイトなどで拙作の購入報告・読了報告を頂きありがとうございます。分量だけ問われれば、あと5,6冊だせるだけの原稿はある勘定ですが、正直なところ世の中にはもっと出されなければならない原稿があると思います。
◆掲示板でHernaniさんからカバー付きポケミスのご指摘あり。ありがとうございます。「アラベスク」の方は何故か持っていながら記載漏れでしたが、「マーニイ」はカバーの存在を知りませんでした(泣)。ううう、またしてもゴールが遠のく遠のく。

では、あらためましてカバー付きポケミス番号(暫定版←開き直った)
223,260,355,366,601,736,758,775,780,792,855,896,897,898,900,910,919,926,927,933,934,936,938,939,944,
946,949,952,953,956,957,960,961,965,972,976,979,980,981,984,985,996,1005,1012,1016,1017,1030,1032,
1035,1038,1040,1061,1070,(1073),1086,(1100),1110,1136,1142,(1160),(1161),1215,1347,1431

◆就業後遠隔書庫で、西村文生堂の目録回収。相変わらず高い本は高いなあ。「古本血風録」の頃は鷲尾三郎って1万円ぐらいの作家だったけどなあ。結局目の保養で終わる。
◆帰宅すると遅れてきた横溝正史百周年記念出版同人誌が届いていた。
「定本 金田一耕助の世界《投稿編》《資料編》」(創元推理倶楽部秋田分科会:帯)
なんと二冊で860頁というとんでもない分厚さ。んでもって中身も濃い。
拙文については「病院坂の首縊りの家」の解説依頼に「とても書けません」とお断わり状を出したところ、浜田知明さんの注釈で増補して頂き採用されてしまった。まあ、断り状一本で5600円の本を2000円でゲットできる権を得たと思えばラッキーのうちでしょうか。


◆「配当」ディック・フランシス(ハヤカワミステリ文庫)読了
競馬シリーズ第20作。今回の主人公は射撃の名手の物理の先生。献辞によればフランシスの息子をモデルにした模様。で、はっきり言って、これまで読んできた競馬シリーズの中でぶっちぎりのワースト作品。
まず、ネタがなってない。
テーマは「3回に1回は必ず勝ち馬を当てる夢のコンピュータプログラム」を巡る人間模様なのだが、虚構を素晴らしい虚構足らしめるだけの信憑性に欠けるのだ。「ものは新たらしいところから腐る」といわれるが、これなんぞはその最たる例。プログラム言語が今や「古語」に属するBASICで書かれていたり、媒体がオーディオカセットテープだったり、これが仮に、伝説の予想屋の必勝方式文書であるならば、ここまで薄ら寒くならなかったに違いない。
更に、前半・後半で主人公を替えて数年間の時の流れを描くという趣向も、はっきり申し上げて「水増しされて気の抜けたビール」といった印象。前半部分だけで終わっておけば、ラストの物理の先生らしいツイストも含め、小味ながらも許せる1作になったものが、後半の騎手崩れを主人公にしたパートで見るも無惨な仕上がりになってしまった。これは出版契約で何ページ以上という約束でもあったのだろうか?卑しくも一人称ミステリで、前半・後半で主人公を替えるのであれば、その趣向を活かしたプロットを仕掛けるのがプロというものではなかろうか?
ひょっとして、息子に捧げるにあたり、前半は妻が書いて、後半はフランシス自身が書いた、とかいう隠された趣向があったりしてね。だったら、許します。


2004年3月28日(日)

◆引き続き風邪で引きこもり状態。ううう。購入本0冊。 ◆「エコエコアザラク〜眼〜」第11話・12話を視聴。クライマックスに向ってようやく話が収斂してきた。式神対黒魔術、ミサ対邪眼の対決シーンにもう少し時間を割り振って欲しかったところ。スランプ状態のミサが最終回でどこまで復活を遂げるのか?なんだか難しい話になっちゃってるよなあ。 ◆夜はWOWOWで「アバウト・ア・ボーイ」をリアルタイム視聴。ヒュー・グラント扮する空っぽの高等遊民と、神経症のシングルマザーに育てられた虐められっ子との「男の友情」を描いたイマドキのヒューマン・コメディー。うーん、悪くない、っちゅうか感動した。しかし、こういう地味な映画を映画館に見に行く人というのはどういう人なのだろうか? ◆うわっ、茗荷さんが手間の掛かることを。ようっぴさんからもメールで長文の感想を頂く。ご高評感謝。

◆「金時計の秘密」JDマクドナルド(扶桑社文庫)読了
帯によれば扶桑社ミステリー文庫“ヴィンテージ”ラインアップの1冊だそうな。へえ、そんな叢書内叢書のイメージだったんだ。まあ、気合の程は各所での高評でも窺い知れる。どこの出版社にも旧いミステリを愛する編集さんが潜んでおられるのだなあ、と感じた次第。
物語は、暴力のプロである始末屋のぼやきから始まる。狙った獲物は必ずものにする彼等を完膚なきまでに手玉にとる歳若いカップル。物理法則は無視され、ただ陽気なしっぺ返しが奇蹟のように訪れる。青年の名はカービー・ウインター。つい3ヶ月前に、唯一の肉親であった伯父オマー・クレッブスを亡くすと同時に仕事も財産も喪った彼。そんな彼を、妖艶な美女チャーラが、チャーラの姪にして女優のベッツィが、もと同僚で知性美溢れるウィルマが、次々と誘惑する。これは幸運なのか、はたまた女難なのか?カービーが天才的投資家であったオマー伯父から遺されたのは、古びた金時計一つ。しかしその「遺産」には世界を思いのままにできる驚天動地の秘密が隠されていたのだった!
軽快なファンタジー。アイデアは手垢のついたものであり、同じネタで引き締まったプロポーションと才気を誇る作品は幾らでもある。ただ、だからといってこの読み物に価値がないわけではない。むしろその饒舌を楽しむべき話なのである。幾人ものタイプの異なる美女から「ぬはは」と迫られては、持って生まれた間の悪さを爆発させるハンサムボーイが如何に自信をつけていくか、その過程を楽しむべき物語なのである。たとえ貴方がどんなに小説を読み慣れていても、妖女チャーラが最後にどのような変身を遂げるかは、絶対に予測不可能と断言してしまおう。


2004年3月27日(土)

◆午前中、2週間ぶりに日記をアップ。感想が全然間に合っていないのだが、出版前後の出来事をこれ以上風化させるのもなんなので、上げてみる。
◆風邪なのか花粉なのか喉をやられ半日寝込む。公私ともども一山越えて気が緩んだかな?購入本0冊。
◆積録の山から、先週の日曜日にWOWOWで放映していた「新刑事コロンボ」最新作「虚飾のオープニングナイト(Columbo Likes Night Life)」を視聴。犯人二人に被害者二人という豪華版は「ロンドンの傘」ぐらいかしらん?ディスコ経営者にB級テレビ女優の犯罪は、畳み掛けるようなテンポで綴られるが、それでも過失致死→偽装→脅迫→謀殺という流れを語り終えるには相当の時間が必要、コロンボ登場のタイミングが相当遅い部類に属するのでは?「どこでヘマを犯したか」の解法から「死体の隠し場所」を巡るクライマックスまで、最後の新兵器以外は、これといった目新しさはないものの、コロンボを知り尽くした人間が監督を務めただけのことはある出来映え。正月の古畑よりも完成度は高い。


◆「もっとも危険なゲーム」ギャヴィン・ライアル(ハヤカワミステリ文庫)読了
本格&明朗マニアだとばかり思っていた森英俊氏から、「ライアルはマキシム少佐以外はいいですよ」と薦められたので、「ほな、もう一回だけだまされてみましょか」と思って手にとってみた。実は随分以前、冒険小説のオールタイムベストを「女王陛下のユリシーズ号」と争うといわれる「深夜プラス1」を読んで全然感心しなかったのだ。それ以来、これは「お他所の学校」だと判断して、ポケミスの番号揃えのためだけに買う作家と割切っていた。で、この作品だが、なるほど、これは悪くない。
舞台は世界の片田舎フィンランドのそのまた片田舎ロバニミエ。主人公は、中古のビーバー水陸両用機を駆って空中からのニッケル鉱床探しで日銭を稼ぐわたし、ビル・ケアリ。徒歩では行きづらいロシア国境の湖畔にアメリカから来た男ホーマーを運んだ事が、わたしを「もっとも危険なゲーム」へと導く。ホーマーは熊を仕留めるために有り余る暇と金を掛けてこの地に来た高等遊民。その彼を追う美貌の妹。そして、北の大地を謀略と陰謀の影が覆う時、わたしの人生を封じ込めた因縁が鉄のカーテンの向うで笑う。もっとも危険な標的(ゲーム)、その名はビル・ケアリ。
ストイシズムの極致。運命に背を向ける男の意地がたまらなく素敵だ。不器用な生き様と洗練された台詞。無駄のない文体で氷の大地に男たちの詩が刻みこまれていく。卑劣とは?、退屈とは?、逃避とは?、そして夢とは?ライアルの世界の中では、女すら男らしい。ちょっとお他所の学校にも、潜り込んでみようかな?


2004年3月26日(金)

◆続々と拙著お買い上げのメールやら書きこみやらを戴く。ありがとうございますありがとうございます。これはもう素直にありがとうございます。しかし、一体、どこで売っているんだろう?
◆就業後、送別会。購入本0冊。
◆帰宅するとMurder by the Mailのカタログが到着。ううむ、あの山の中にこれだけの「商品」が眠っていたのか。よく管理できるよなあ、と改めて感心してしまう。
◆今週は江角マキコの「国民年金未納事件」が凄かった。6億2千万円の広告宣伝費が無駄になるどころか、逆宣伝効果を呼んでしまったわけで、いや、これは担当者だったら生きた心地がしないだろうなあ、と同情申し上げる次第。
「あの図書カードのキャラクター、ピーター・ラビットさん(102歳)が本を読んだ事がないことが判明!!
図書カードのキャラクターとして親しまれてきたピーター・ラビットさんがこれまで本を読んだ事がなかったことが社団法人日本広告審査機構(JARO)の調べで明らかになった。ピーターさんは、英国生まれ。図書カード誕生の3年後にあたる平成5年から同カードのメインキャラクターとして親しまれてきた。『国際的にも有名なキャラクターなので信頼してきた。まさか本を読んだ事がなかったとは』とカード発行元の日本図書普及(株)の担当者もショックを隠し切れない模様。
(・x・)『だってウサギですから』と語るピーター・ラビットさん(102歳)」
みたいな。


◆「蒸発した男」ジューヴァル&ヴァールー(角川文庫)読了
警部マルティン・ベック・シリーズの第2作。なんとマルティン・ベックは共産圏のハンガリーに出向き失踪した雑誌記者の行方を追う。なんとなく、87分署のイメージを刷り込まれていたもので、「ストックホルムが真の主人公」という誤解をしていた。さながらスティーブ・キャレラがハバナまで出かけて捜査を行うが如き違和感ではあるものの、裏を返せばヨーロッパという地域が主義主張・国境の壁を越えて一つのまとまりであるということなのだろう。
家族との長期休暇を楽しむべく群島へと向ったマルティン・ベックは、到着僅か数時間で急遽上司からの呼出し命令を受ける。妻の罵倒を受けモラルの下がりきったベックを待ち受けていたのは、外務省への出頭。マルティンという名の外務官僚はアルフ・マトソンというルポライターがハンガリーで消息を断った事、彼を派遣した雑誌が「拉致」疑惑を記事化して国際問題を引き起こしかねない状況にある事を知らされる。渋々ながら依頼を引き受け、ブタペストに飛ぶベック。異郷の街で浮かび上がるマトソンの生態。酒癖が悪く、女性にだらしない腕利きルポライターは、果して『被害者』だったのか?野生的な美女の誘惑。黒の襲撃者。赤の捜査官。ベックはある臭跡を追って、失踪の真実を暴き出す。
スウェーデンには戦後間もない頃にハンガリーとの間で「ヴァレンベリ記者拉致事件」という歴史的事件があったそうで、この物語はその20年後のもう一つの記者失踪事件を描いてみたという趣向らしい。といっても、エイモス・バークのように富豪刑事が特務エージェントに早変わりするような話ではない。マルティン・ベックはどこまでも地道に、地元警察との軋轢と友情の狭間で捜査を積み重ね、トリッキーな企みに辿りつく。様々な人種が入り乱れる文明の交叉点で、悪が如何に育まれるか、川一本で隔てられ且つ結ばれる欧州の土地柄と冷戦時代の雰囲気がよく描けていて吉。それにしても第1作のロゼアンナに続いて、この物語でも貞操観念の稀薄な美女が登場するのは、一体誰の趣味なんだろうか?


2004年3月25日(木)

◆大矢さん、サイトでの広告ありがとうございます。私の「引き出し」は古本で一杯です。一杯過ぎて引き出せません。しくしく。
◆取調室の水木警部補を好演していたちょーさんに続いて、七曲署で一番ダイハードな刑事だったちょーさんもお亡くなりになったそうである。永年勤続お疲れ様でした。我々は刑事犬カールでの貴方の雄姿を忘れません、ってか?ご冥福をお祈りします。
◆EasySeekに先日「悪魔のようなあなた」を売ってもらった業者さんの評価入力。なるほどこういう手順の積み重ねが地に付いた信頼のもととなるわけですな。
◆就業後、自分の本が本屋に並んでいるのを「この眼でみたんだ」と云いたいばかりに、東京駅まで歩く。で、最初に立ち寄った旭屋書店の有楽町店で新刊棚に積まれているのを発見。不思議というか、こっぱずかしいというか、余りの恥かしさにそこにあった分を全部買ってしまおうか、と思うぐらい恥かしかった。なるほど、こういう気分なのですか。ありがとうございますありがとうございます。折角ですから何か買わせて頂きますね。
「名探偵金田一耕助の事件簿 悪霊島・犬神家の一族」横溝正史&JET(角川書店)
JET画の「悪霊島」ってあったんだ、とビックリ買いしてしまう。前田俊夫版しか知らんもんね。それにしてもあの大長編をたかだか200頁に纏めてしまうとはおそるべしJET。オマケで由利先生登場の「面影双紙」も収録されていて、都合本体657円はお買い得。JETの描く由利先生の格好いいことったら。まあ、JETの漫画はそのうちコミックス化されるので、横溝マニア的には、歴代20人目だか、21人目だかになる稲垣吾郎扮する金田一耕助のスチールが後々のお宝になるんでしょうなあ。
◆引き続き八重洲ブックセンターを覗いてみる。が、古本エッセイコーナーにも椎名誠他コーナーにも地方出版コーナーにも見当たらず。逆に、余りの本の多さに悪酔いしてしまい、こんなに沢山、本が出ているのに、今更、kashibaの本なんて置いて貰えるスペースはないですよね、しくしくとシッポを巻いて退散してくる。あああ、なんて世の中には本が溢れているんだあ、本本本本本本、もう、本なんか買うもんかあ、と半ば譫妄状態になっていたのだが、定点観測でつい悪心が。
「宇宙大作戦」Jブリッシュ(集英社ジュニア版世界のSF:裸本)
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー(産業編集センター:帯)
スタートレックのジュヴィナイルは、私が生まれて初めてSFに触れた叢書である集英社のジュニア版世界のSFの第1巻。「タイタンの妖怪」だの「宇宙船ビーグル号の冒険」だのそれはもう真剣に読み耽ったものである。それにしても、ジュヴィナイル版のイラストまで金森達だったとはなあ。函はないけど、こりゃあ嬉しい。タニス・リー本は耽美派ファンタジー作家のディストピアものらしい。なぜ、このような出版社から、このような本が?という謎の方が大きいかも。
◆帰宅すると本の雑誌社から贈呈用で9冊分の「あなふる」が着いていた。
同じ商業誌が10冊あるというのは、いっかなダブり買いの古本者でも未体験ゾーン。うーん、どうすべえ。
◆本日買ったもう1冊の本、月刊テレパルを夫婦で眺めっこ。おおおおおお、なんと今月末から「名探偵モンク」がNHK−BSで放映開始ではないか!これは、DVDスタンバイ!である。なのに、全然テレパルでは触れていない。どうも、この辺りのNHKの隠し玉は「ステラ」あたりで情報を独占してしまうのか、他のテレビ雑誌にとりあげられないんだよなあ。くうっ。いずれにしてもこれで火曜日はCSIとモンクの日である。るん。


◆「非情の裁き」レイ・ブラケット(扶桑社文庫)読了
われながら物知らずなので、「リアノンの魔剣」の作者にして、エドモンド・ハミルトン夫人のこの作者が、「三つ数えろ」の共同脚本家の片割れで、しかも「スターウォーズ・帝国の逆襲」の脚本までやっていたとは、全く存じ上げなかった。しかもブラッドベリの前書きでは、かのSF界の詩人の文章の師匠だったというのだから恐れいる。いやはやこれを「才女」と言わずして誰を才女とよびましょうか。性差を越えて凄いクリエイターだったんですなあ。彼女の才能に最初に注目したののはヘンリー・カットナーだそうだけど、夫婦SF作家の先輩との関係はそうなっていたのか。とまあ、前ぶりだけで相当に行数が稼げてしまうのだが、実はこの作品、そんな背景なしでも充分に通用する活きのいいハードボイルド。
SFで警察の鼻を明かし勇躍LAに戻ってきた腕利きの私立探偵エド・クライブ。彼を出迎えるクラブの歌姫ローレル。だが、エドが不在の間、ローレルには蝮のような悪徳探偵、狂暴な「夫」、そして所帯持ちの女蕩らしの翳がつきまとっていた。そしてあろうことか所帯持ちの女蕩らしで、エドの幼馴染にして卑劣な裏切者であるミック・ハモンドは一族総出でエドに脅迫事件の解決を依頼してくる。腐臭を放つ富豪の眷属、闇からの銃弾、襲い来る暴漢、次々と事故を装って屠られる関係者たちの屍を越え、タフガイは裁く。
はっきり申し上げて、昨年代表作を読んだチャンドラーなんかよりも遥かに面白く感じた。練られたプロット。魅力的なキャラクター。洒落た台詞回し。なによりタフな主人公。この分野での読書経験は浅いものの、この作品が非常に優れたものである事ぐらいの判断はつく。ちょいとした脇役の一言が効いていたりするんだ、またこれが(富豪一族に使える執事とかね)。更に、この作品がハードボイルド初挑戦となる名人・浅倉久志の翻訳もリーダビリティーを加速する。とまれ、ブラッドベリの甘っちょろいハードボイルドなんかよりは百倍本物だぜ、こいつは。


2004年3月24日(水)

◆午前・午後と外の会議2つに出て、速攻で議事メモと関係者連絡を片付けて20時前。青月にじむさんの書き込みに刺激を受けて、最寄り駅界隈の本屋を覗いてみるが自分の本は見当たらない。いまだに、手の込んだ「どっきりカメラ」じゃねえのか、と疑っている身の上としては、自分の目で本屋で見ないことには信じられないんだよなあ。こりゃあ、明日は八重洲ブックセンターでも覗いてみますかね。とりあえず、今更ながらの新刊(もう旧刊か?)1冊。
「非情の裁き」Rブラケット(扶桑社ミステリー文庫)
実は、昨年の話題作の落穂拾いをやっているのだが、なぜかこの本を講談社文庫だと思いこんでいたので、新刊・古本を問わず発見できなかったのである。ついでに、なぜかビレッジプレスから出ていたと思っていた「東京サッカーパンチ」も同じく扶桑社文庫だったことを知る。してみると、去年の扶桑社文庫って、エリザベス・ピーターズの新刊・復刊、ジョン・D・マクドナルドの冒険ファンタジーの発掘などと併せて相当に小洒落たセレクションをやっていたんですね。やんや、やんや。
◆おお、あらま草さんの書き込みでようやく気がついたのだが、早見裕司さんの新刊の題名は「精霊海流」で決定のようである。本の装丁まで発表されたので、間違いなかろう。で、昨年11月頃の拙啓示板の過去ログを見ればお分かり頂けようが、この題名はkashibaの発案だったりする。むふふ。
つまりこの2004年3月は、

「雑誌で対談が出た」

「解説を書いた本が出版された」

「自著が出版された」

「題名のアイデアを出した本が出版された」

月になったわけですか。はああ。萩尾望都風にいえば「三月うさぎが集団」で、
島本和彦風にいえば

「これが増長だ!」

みたいな。


◆「リジー・ボーデン事件」ベロック・ローンズ(ポケミス)読了
♪レディー・ボーデン 匙を手に
♪ダッツ30パイント滅多喰い
♪あやや、と我に返ったら
♪今度は31(サーティーワン)を滅多喰い

と、苛烈なダイエットの余り、過食に走ったハイミスのボーデン嬢の悲劇を歌ったざれ歌が今も残っているが(>どこに?)それはさておき、ベロック・ローンズの地味な犯罪ファクションが21世紀に訳出されるとは、一体誰が想像したことであろうか?これも、近年の古典復興のなせる壮挙か?と思ったら、どうも訳者解説を読むと、近日出版予定である訳者のリジー・ボーデン研究本の副産物という感じが伝わってきた。はっはーーん。そーゆーことかー。
で、中身のお味はと申せば、甘口のロマンスの中にも一本筋の通った出来栄え。ミステリとしての仕掛けは、サタスウェイトの「リジーが斧をふりおろす」に物語のふくらみの点で見劣りするが、それは松本清張の「小説帝銀事件」と横溝正史の「悪魔が来たりて笛を吹く」を並べてみるが如き野暮かもしれない。証拠不十分で未だ犯人が不明とされているこの事件を解析するにあたり、作者は明快に犯人を指摘し、その背景として、果たされなかった恋の顛末を描く。しかしながら、その「恋」にまつわる全てが作者の想像に基づくものであるらしく、史実や新発見の証拠を元にした歴史新釈の快感はない。まあ、こんな「真相」もあったかもしれない、という程度のお話である。個人的には、宗教的な歪みを動機にしたほうがゾクゾクくるのだが、そいつは関係者の死から2000年たってもタブーなんでしょうかね?
「とにかく、古い作家の古い作品なら何でも読む」人か「ポケミス完全読破」を志した人が読んでおけばよい作品であろう。本文正味160ページなんで、「一日一冊本を読む」と決めた人でも可(>オレオレ)。


2004年3月23日(火)

◆神保町タッチ&ゴー。あ、またリスト外のカバー付きポケミスを見つけてしまった。くそう。でも、高めだったので買わないぞお。リストはちょこっと増やしておこう。
223,260,355,366,601,736,775,780,792,855,896,897,898,900,910,919,926,927,933,934,936,938,939,944,
946,952,953,956,957,960,961,965,972,976,979,980,981,984,985,996,1005,1012,1016,1017,1030,1032,
1035,1038,1040,1061,1070,(1073),1086,(1100),1110,1136,1142,(1160),(1161),1215,1347,1431
◆残業時間中に他所の部署の電話をとってしまったばかりに帰りが1時間遅くなる。うがあ、うがあ。購入本0冊。


◆「特等社員」竹森一男(春陽文庫)読了
たまたま先日50円で拾ったもので、泰西ミステリ研究の第一人者・森英俊氏曰く「三橋一夫よりもミステリしています」と手放しでオススメ状態の竹森一男を試しに読んでみた。今、ポール・ドハティーと並んで、森英俊氏が絶賛する小説家である。面白くないわけがない。まず、題名がいいねえ。どぉーんと「特等社員」ときたもんだ。果して特等社員は「三等重役」よりも上なのであろうか?
企業戦士を目指し熾烈な就職戦線で討死にする学友達を尻目に柔道五段・空野雷太はただ泰然としていた。道場主の娘の思慕も、大企業の社長令嬢の寝技も空転する中、黒社会に咲く堅い蕾との出逢いが、利権渦巻く企業戦争の直中へと雷太をいざなう。老武芸者達の葛藤、闇を裂く銃弾、QとS、赤い間諜が暗躍し、黄金のインゴットは舞う。冷徹な資本主義の掟、命の値段を笑う非情の契約、一億円の情事、空への逃避行、人間の屑いおはらい。特等社員、ここに立つ。
なーんちゃって、つまりは絵に画いたような快男児が、廃品回収業界を舞台に爽やかに大活躍してみせちゃう、という痛快娯楽読み物である。バッタ業界に近代的経営手法を導入して、忽ちのうちに市場を席捲してしまう展開は、ご都合主義ここに極まれり、火星の運河はスキャパレリてなもんだが、相手が社会の底辺の住人であれ、大企業の経営者であれ、つい胸襟を開かざるを得なくなる雷太のキャラクターは明朗の王道。武芸小説やスパイ小説の要素もスパイスに効かせながら、ぐいぐいと読者を支え釣り込み足で振り回す作者の筆の見事さは一読に値する。まあ、だからといってこの作者の本を、八戸や、長崎の貸本屋まで探しにいく気になるわけでもないのだが。
源氏鶏太とどこがちがうかというと、170頁で話しが終わるところ、
城戸禮とどこが違うかというと、ヒロインが「だいじょーび」といわないところ、
かな?


◆「白い恐怖」フランシス・ベーディング(ポケミス)読了
ポケミス名画座の一作。ヒッチコックが映画化にあたって大幅にハサミを入れたようだが、映画を見ていない身の上としては、素で原作を楽しむ以外にない。
舞台は山中の癲狂院、ヒロインは新参女医、悪魔主義者の患者、策謀の眠り、逆転する支配、狂人たちの宴、5000数えて!と、意外なまでのオカルト趣味を盛り込んだサスペンス。時代が時代なので、語り口の旧さは些か鼻につくが、オカルトミステリ大好き人間には思わぬ贈り物。視覚的にも足の裏の刻印など、はっとさせる趣向があって、クライマックスの異常性も印象に残る。具象イラストのカバーアートを夢想してしまう出来映えとでも呼ぶべきか。ヒッチコックとは異なった方向で映画化の可能性を感じてしまう。
ただ、作中での「詩人」に対するヒロインの対応は、如何に極限状況とは云え、医者として、人間として「それはないだろう」と突っ込みをいれたくなる。訳文はこなれていて、読みやすいものの、よくぞ、この時世にこの問題作の翻訳が出たものだとすら思える。
ところで、メル・ブルックスの「新サイコ」の元ネタは「めまい」かと思っていたが(原題が「高所恐怖症」だしさ)、精神病院が舞台となるヒッチコック作品となると、むしろ、こちらの方なのでしょうか?その意味からも、映画版を見なきゃあね。いや確かどこかに録画してある筈なのだが、埋れてしまったビデオテープを掘り出すというのは本以上に大変なのである。ガラガラと音を立てて崩れてくる黒い恐怖なのである。


2004年3月22日(月)

◆今日は宴会→二次会で猛烈に遅くなる予定が、主役級が続々と欠席で肩透し状態。というわけで小雨そぼ降る中、ちょこっと定点観測、1冊拾う。
「レジスタンス三銃士」ヴォエウドマール・レスティエンヌ(TBSブリタニカ)
かの北欧ミステリシリーズを抱えるワールド・スーパー・ノヴェルの一冊。こんな本、出てた事も知らなかった。現代版三銃士が、ナチス・ドイツと戦う話なのだそうな。まあ、長島良三訳なのでとりあえず安心して買ってみる。
◆帰宅したらネット買いした本が1冊とどいていた。
「悪魔のようなあなた」ルイ・C・トーマ(ポケミス:映画カバー)
どこまで続くぬかるみぞ。つい最近まで映画カバーがあるとは知らなかった本。ちなみに本年1月24日の日記で謎めかして書いたカバー付きポケミス整理番号一覧からも漏れていたので、改訂増補しておきます。

223,260,355,366,601,736,775,780,792,855,896,897,898,900,910,919,926,927,933,934,936,938,939,944,
946,952,953,956,957,960,961,965,972,976,979,980,981,984,985,996,1005,1012,1016,1017,1030,1032,
1035,1038,1040,1061,1070,(1073),1086,(1100),1136,1142,(1160),(1161),1215,1347,1431

なお、カッコ付きは、映画やテレビのスチールではなくて絵カバーのもの。
収集の御参考まで。


◆「たったひとつの」斉藤肇(原書房)読了
斉藤肇版「ラッシュライフ」。器用さを見せつけようとして、かえってショックのマグニチュードを削いでしまっているところがこの作者らしい。いつもながらの自負も傍から見ていて辛いが、敢闘賞は与えられるかな。


2004年3月21日(日)

◆朝から連れ合いのピアノの発表会の手伝いで近所の生涯学習センターのホールへ。手伝いといっても、控え室の留守番役と娘の相手がメイン業務。娘が寝ている間だけ持ち込んだPCで読了本の感想書き。4冊分を書いたところで、娘の目覚めとともにタイムアップ。同じ館内にある図書館に本を返却して、次の本を借りてくる。何か自分が図書館の一部と化しているかのような錯覚に陥る。
◆終了後、連れ合いの御両親と我が家でピザ宴会。ここ数週間修羅場が続いていた連れ合いは開放感で有頂天。うんうん、その気持ちは分かるぞ。というわけで今日もベロベロだあ。


◆「幽霊馬車」高木彬光(偕成社)読了
非神津もののジュヴィナイル。珍本。少し年長さん向けにかかれた雰囲気が漂う。というか、高木彬光の事だ、きっと大人向け作品のリライトなのであろう。
「幽霊馬車」が何時出てくるのかとドキドキしていたら、作中の映画の題名だったりする。うーん、こりゃ残念。