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2004年2月10日(火)

◆大阪日帰り出張。ちょこっと血風。
「殺さずにはいられない」小泉喜美子(青樹社:帯)
「わたしのボスはわたし」山本やよい(広済堂)
「スーツケース一杯の失敗」アーマ・ボンベック(文藝春秋)
小泉喜美子本が小泉小説本収集の上がり牌。まだ戸板康二らとの共著エッセイ集があるらしいのだが、とりあえずここで「<完集!>宣言」しちゃえ。どうせ翻訳本まで集めなきゃ「本当の完集」にはならんわけだし、そちらは端から念頭にないもんね。いやあ、久しぶりに専門書店でそれらしい出物に出会えたなあ。「一瞬我が眼を疑う」という快感を久しぶりに味わえた。値段も、帯付き美本が定価の1.5倍だから「安いっ!」と感じてしまった。6,7年前に最難関本といわれる「幻想マーマレード」を均一棚で拾ってから「んじゃまあ、集めてみっかー」と軽い気持ちで始めた小泉喜美子収集だが、この青樹社の3冊目にはてこずった。この作品集、余りにも縁がないので、既に図書館で借りて読んでしまっているのだが、そこはそれ、欲しいものは欲しい。
エッセイ集2冊は、小泉本に行き当たるまでに拾ったもの。前者はサラ・パレツキー礼賛本。後者は旅行モノのユーモア・スケッチ集。まあ、何も買うものがないのも寂しく思って無理矢理拾ったのだが、これも何かの縁、こういう出会いは大切にしたい。
◆帰宅するとROMの最新号(119号)が到着していた。既にネットでも話題になっているが21世紀最初で最後のフリーマン特集・幻の合作も含めた未訳作品全話レビュー、邦訳書誌、明治時代の翻訳に青縁眼鏡女史による新訳、と、まずはこのままパシフィカの「名探偵読本9 ソーンダイク博士」として出版されても不思議ではない出来映え。イマドキ風には「ぼくたちの好きなオースチン・フリーマン」とでも申しますか、いやはや、毎度のことながら、この同人誌は熱い。おまけに頁数も厚い。半端じゃなくなってきた(146頁)。いつもは「縁の下の力持ち」役の須川編集長が陣頭執筆の一冊。会員でない方も是非お手にとって観てください。

<炎の次号予告!!>
Revisit Old Mysteries、次の再訪先は黄金期アメリカ。
偉大なる聖典の空白を埋めるべく、ゲスト編集長・大鴎が舞う!
読了すれば直ちに忘却の淵へと追いやられるマイナーの命。
その死の砂漠で長い長い探索は続く。
果して行く手に待つのは虚無か、至宝か?
次号!ROM第X期の掉尾を飾る北米BQ探偵小説大特集に、

レッツ リード オフ マイナー!

「不死鳥のはばたきを君に……」

◆銀河通信オンラインのハヤカワ文庫復刊予告によれば、「騎士の盃」「眠れるスフィンクス」「疑惑の影」がお揃いで復刊だそうで。へえ〜。「パンチとジュディ」の文庫化やら「この眼でみたんだ」の新訳やら、若いカーファンには堪らない出版状況だなあ。というか、「絶版効果」が薄れてカルト人気を失っちゃうかもしれませんのう。まあ、でもこれで日本は世界一カーの本を現役で出している国になったと言って過言ではないでしょう。というわけで、カーの最入手困難本は「ハイチムニー荘の醜聞」に決定!


◆「ぼくのキャノン」池上永一(文藝春秋)読了
沖縄ファンタジーの貴公子・池上永一の最新作は、伝説の沖縄戦を隠しテーマにしたスーパー村興し小説。戦争ネタで「キャノン」と言われれば、日本の黒い霧を少しでも齧った人間は「キャノン機関」なる占領軍のスパイ組織を思い起すが、それとは全く関係なし。勿論、知的財産戦略で驚異的な利益を稼ぎ出す某優良日本企業とも関係なし。時代は飽くまでも9.11でアメリカ本土が攻撃された現代である。そして所は、マングローブの川、珊瑚の海、ジャングルの山に囲まれた沖縄の「村」である。そして、その村を見下ろす頂きに据えられた「帝国陸軍九六式一五センチカノン砲」こそが、この村の闘いを見守り続けた「キャノン様」なのであった。
これは祖父母たちからから孫たちへの伝承のドラマ。
その村は栄えていた。そしてその繁栄の中心に三人の老人がいた。キャノン様を祀る巫女(ノロ)である喜屋武マカト、現役の隻腕漁師・樹王、狙った獲物は必ず奪う天才的泥棒・チヨ。デイゴの咲き乱れる村には、ホテルかと見まがう給食センターが建ち、美女軍団「寿隊」の演舞が披露される村祭には何万という観光客が訪れる。ごくたまに大地を揺るがす「キャノン様の祟り」以外、村は平和だった。だが、村にはトンでもない秘密が隠されていた。その秘密を巡り、アメリカ人山師と巨大ディベロッパー小野田トラストの若き女帝が村を凌辱すべく牙を剥いた時、3人の子供たちが立ち上がる。マカトの孫・雄太、樹王の孫・博志、チヨの孫・美奈。デイゴの赤、マングローブの緑、海の青、そしてキャノン様の鈍色、歴史の闇に封印した宿命の輝きが、村に再び闘いを呼ぶ。キャノン様、万歳!
いつもながらの池上節炸裂!「悲劇」であった沖縄戦に敬意を表しつつ、とびきりの「IF」で陽気に逆境を笑い飛ばし、そして隔世遺伝の魔法で涙を絞らせる。主役の3組の祖父母と孫以外にも、完璧な寿隊のリーダー麗華、捨てる事=生きる事な若き女帝・紫織の存在感は、圧巻。既成の秩序や矮小な論理を蹴散らかし、どこまでもしたたかに、どこまでもパワフルに、灼熱の夏を走る。こんな村興しがあっていい。こんな元気があっていい。こんな大法螺があっていい。池上永一様、万歳!


2004年2月9日(月)

◆久しぶりにネットに接続したら50通のウィルスメールが届いていた。うへえ。
◆近鉄バッファローズの球団名は是非東武に買ってほしい。
…それが「♪東に西武で、西、東武」という日本池袋化計画の第一歩である事に気付いているものは誰もいなかった……というのはどうだろうか?>いや、どうだろうかといわれても。
◆プチ残業。購入本0冊。


◆「中国黄金殺人事件」RVフーリック(三省堂)読了
ディー判事ものの長編第3作だが、年代記の上では一番最初に位置するお話。初登場作以降に年代記初期の作品が描かれるというのは、クイーンで言えば「ギリシャ棺の謎」、メグレで言えば「メグレの初捜査」、ホームズで言えば「グロリア・スコット号」(合ってる?)みたいなものである。「あの名探偵の探偵法は何故生まれたのか?」とか、「あのレギュラーキャラと名探偵の最初の出会いは?」といった楽しみ方ができるのが読み所だが、なんとこの作品は、それだけはない。密室ものであり、オカルトミステリでもあるのだ!それだけで、もの凄く得した気分になってしまうカーマニアの浅ましさよ。こんな話。
都を遠く離れ朝鮮との国境近く平来に新任知事(判事)として赴く壮年官吏ディー。文書に埋れた都の職務よりも、治世の実践に天職を見出したいとする彼の行く手を二人の盗賊が遮る。鮮やかな弁舌と経験豊かな剣法の技で二人を退けるディー。その二人こそ後にディーの副官として活躍するマー・ロンとチャオ・タイの義兄弟であった。だが、ディーの豪胆も前任知事の幽霊相手には分が悪かった。密室で謎の毒死を遂げた前任知事が夜の政庁に出没し、上級書記は心神耗弱。更に、主任事務官が失踪を遂げる。それは、有力商人の新妻が消えたのと時を同じくしていた。加えて、人食い虎の跳梁、謎の「死体」遺棄と、新任判事の席の温まる暇はない。文化の交叉点で、繰り広げられる陰謀と活劇、冒険と推理、復讐と怨念の一大絵巻。唐代一の名探偵ここに誕生!
モジュラー型に幾つかの事件が並行して語られ、最後にそれらが一つのシナリオに収束していく様が実にお見事。忠義のホン警部、陽の武侠マー・ロン、陰の武侠チャオ・タイと後に判事を支える副官たちの言動・行動も実にきびきびしており、夢の対決をみせてくれる。密室トリックやパズラー趣味は控え目だが、「陰謀」に纏わる仕掛けや「真犯人」には、思わずページを繰って確認させられる羽目となった。なんとも抜け抜けとやってくれるものだ。フーリック侮り難し。「ファミリー」の活躍でネロ・ウルフのそれに迫り、ミステリの仕掛けではウルフの3倍面白い。積読にしていて御免なさい。


2004年2月6日(金)〜8日(日)

◆金曜日に年休1日貰って双方の実家ともども箱根へ二泊三日の家族旅行。購入本0冊。

◆「ピーナッツバター作戦」RFヤング(青心社)読了
「異色作家短編集」がウゴウゴルーガの筍の如く様々な出版社から並行進化している姿をみるにつけ、「誰か忘れちゃいませんか」と声をかけたくなる作家の一人がこの人。カーシュ、イーリイ、スタージョンといった他の異色作家が、キャビア、フォアグラ、トリュフ、松茸、ツバメの巣といった珍味だとすれば、こちらはさしずめ甘味の王である。名パティシエが奏でる時間と空間を(ストリップティーズの)股にかけた純愛物語は、ジャック・フィニイよりも甘く、ウィリアム・テンよりも敬虔で、ブラッドベリよりも科学の味がする。too young to go out of print 絶えてしまうには若すぎる。青春とはこころのヤングである。5編収録。以下ミニコメ。
「星に願いを」夢に見続けた憧れのマドンナが、現実界では貴族軍官の情婦にして己が肉体を曝け出して踊るバブルダンサーだったとは。名もない市民奴隷の私の高嶺の花。女神ダイアン。だが、夢と現実の境界は既に覆えされつつあった。ミュータント哲学者の命を懸けた想像は創造へと姿を変える。どこまでも強引な夢ネタSF。ジョン・D・マクドナルドの「夢見るものの惑星」を彷彿としたが、「なぜ八年間も同じ夢を見続けたのか?」という問いの答えには唖然とする人も多いのではなかろうか?
「ピーナッツバター作戦」森を抜けた川岸で少年が出会った二人の妖精。友情の証であるピーナッツバターサンドイッチがもたらしたものは何?表題作だが、書かれた時代を差し引いても余りにも素直に過ぎるファーストコンタクトSF。「怒りの葡萄」をヤングが書くとこうなるということなのかな?
「種の起源」マンモス型航時機を駆って、百万年の過去に行方不明者を追う過去探査係員ファレル。ネアンデルタール人に攫われた国際古人種学協会の女性助手ミス・ラーキンへのほのかな恋心は、人類創世の真相の前に揺れ動く。旧人類と新人類の非連続性への一つの答え。恋と冒険、科学と神秘、そして人類への皮肉を盛り込んだ面白SF。ミス・ラーキンの実像に悩殺されること必至。旧人類嘘つかない。未来人嘘つく。
「神の御子」アフター・ドゥームスデイ・テーマの宗教SF。科学を宗教の教義のもとに操る技術尼と平民レイズハンドが出会ったのは夏の終わりの事だった。妄想狂の技術神との闘い。勝つのは人か、それとも神の使いか?恋に震える主人公達の姿が感動を呼ぶ作品。これぞクラシック。
「われらが栄光の星」宗教的「復活」に立ち会おうと密航した踊り子を乗せた船が時空の歪みで引き裂かれる。それは、さまよえる新地求人の伝説のはじまり。当てのない売り込み先を求めて最後にたどり着いた星でナサニエルが出会ったものは神話だった。冷たい方程式と見せかけて、感涙のツイストを仕掛けた時間テーマSF。理屈はどうあれ、うまい!書かれざる部分で泣かせるんだ、これが。


◆「乾杯、女探偵!」カーター・ブラウン(ポケミス)読了
旅先なので軽い読み物をと思い、最もオツムの軽いシリーズ探偵の代表作を読んでみた。ポケミスで180ページという長さも軽量級である。マリリン・モンロー並みの美貌と肉体、そして鶏並みの脳味噌の持ち主メイヴィス・セドリッツの第6作。
事件はいつも相棒のリオがいないときに始まっちゃう。今回、あたしたちの探偵社に厄介ごとを持ち込んだのは、南米の女たらし。浅黒い肌、黒い髪、青と茶色の眼、そして神をも怖れぬ国王のトラブルシューター。だめっ、そんなに迫らないで。だって私たち死体連れなのよ。それも、貴方は国王の息子の命を狙う暗殺者なんて言ってたけど、なによ、実は虎の子の借金を頼みに来た富豪その人だっていうじゃないの?知らなかったって?一体何がどうなっているの?でも、ここは私にお任せOK。死体の処理場所を一緒に探してあげるってば。でも、完璧な作戦で忍び込んだ筈の富豪の屋敷には、カメラと銃を構えて富豪の夫人が待ち受けているは、街一番の「処分屋」からは警察を呼ばれてしまうは、もう踏んだり蹴ったり。それに許せないのは「死体」の奴よ、急に車のトランクから消えたと思ったら、今度はわたしのおうちの可愛いバスルームに浮いているなんて!!リオー、助けてえ〜!
いやあ、これはバカです。死体を抱えて町をうろうろする絶世の美女と死の影を湛えた渋い二枚目という設定だけで、幕切れまで突っ走ってしまうお色気ソフトボイルド。メイヴィスの惚れっぽさと唐手技と頭の悪さがなんとも不埒に男心をくすぐる。犯人探しの仕掛けは単純だが、意外性はある。意外すぎて、主人公が読者に成り代わり荒っぽい制裁を加えてしまう。この作品が絶版になっても、ミステリ界はなんの痛痒も感じないであろう。でも、4Fでリブで隣に住んでいそうな女探偵ばかりじゃ息がつまりそうになった時、ちょっとメイヴィスをよんで、そのおばかっぷりでガスを抜いてもらうのもよろしいのではないでしょうか?「乾杯、女探偵!」とは、よくぞ名づけた。


◆「秘密諜報員ジョン・ドレイク」ウィリアム・テルフェア(ポケミス)読了
まあ、カバーばっかり気にして中身を読んでいないというのものなんなので、一つ試しに読んでみた。あれれ、なんと作者はモンテ・ナッシュ・シリーズのリチャード・テレフェアじゃないの。そーかあ、全然意識してなかったなあ。とかいいながら「作戦シリーズ」も一作も読んじゃいないんだけどね。もう一つ驚いたのは、テレビでジョン・ドレイクを演じたのが、かのプリズナーNo.6(番号で呼ぶな!)のパトリック・マグハーン。現在のところ、刑事コロンボ最多犯人役者でもある。旧刑事コロンボ最多犯人役者の一人ロバート・カルプが「アイ・スバイ」だったわけで、へえ、あの人もスパイだったのねと、ちょっとうれしくなってしまった。そうなるとCIA局員を演じた「仮面の男」にも実は「ジョン・ドレイク」ネタが隠し味で仕込んであったのかもしれないなあ。などと話は本編そっちのけで、テレビネタへと転がっていくのであった。
NATOの秘密諜報員ジョン・ドレイクに休暇はない。今日もまた、同僚エージェントキャル・ジェンキンズの訃報を彼の妻リビーに伝えるべくロンドンへと飛んでいた。キャルが追っていたのは、NATO内の機密漏洩。NATO加盟国の三人の外交官のうちの一人が裏切り者であるらしい。ポルトガルのカルチェロ、ルクセンブルグのハウスナー、デンマークのキーラー。リスボンに入り、キーラーの妻でスピード狂のツィアに首尾よく接触したドレイクだったが、既に敵の魔手は彼にも迫っていた。壮絶なカーチェイスと銃撃の果てにドレイクがたどり着いたのは「ブラガンサ騎士団」なる秘密結社。そして、その幹部は余りにも意外な人物であった。誰もが信じられない非情の掟。姦計、詭計渦巻く組織の罠にドレイクの銃が唸る。
いやあ、絵に描いたような軽スパイ小説。しかしツイストの効かせ具合はなかなかのもので、なるほど、時代の仇花とは申せ売れっ子作家になるには、それなりの理由があるのだと感じ入った。この類の小説はナポレオン・ソロぐらいしか読んでなかったので、ル・カレやフリーマントルやラドラムの重厚さや頭のよさに飽きた人間には、かえって新鮮に映る。こんなのばっかりでも困りものだが、箸休めにどうぞ。


2004年2月5日(木)

◆朝起きて更新をサボり、昨日のうちには終えられなかった「ナイン・テイラーズ」を読了。日記やら感想を書いている暇があったら読書に振り向けるべきなのかもしれない。
◆買った本。
「カインの影」ビューグリオシー&ハーウィッツ(創林社:帯)
d「神戸港殺人事件」Jメルヴィル(中公ノベルズ)
創林社てな聞き慣れない出版社から法廷ミステリが出ていたらしい。作者のビューグリオシーは75年に「Helter Skelter」で、79年に「裁判−ロサンジェルス二重殺人事件」でMWAのTHE BEST FACT CRIME BOOK を獲っている。前者はいわずとしれたチャールズ・マンソン事件の実録。ビューグリオシーが担当検事だったそうな。へえ〜。ちなみに後者の原題は「Till Death Do Us Part」である。おおお「毒殺魔」じゃ、「毒殺魔」!ちょっと検索してみると4年前に黒白さんが買っていた。そうだろう、そうだろう、と妙に納得してみたりして。
◆そんなわけで、ちょっとエドガーズのサイトを調べていたら今更ながら「TVエピソード賞 Best Episode in a Television Series」なる賞がある事を知った。その85年の受賞作が「ジェシカおばさんの事件簿」の「海に消えたパパ」らしい。へえ〜。
つまり、なんだ、こいつのノベライズ「ジェシカと疑惑の四姉妹」を収録した創元推理文庫の「ハリウッド殺人事件」は「MWA受賞!」と帯につけても良かったのかね?


◆「ナイン・テイラーズ」Dセイヤーズ(創元推理文庫)読了
「こんなものも読んでなかったのか」読書。一応、古手のミステリ者であるので、東京創元社の世界推理小説全集版・平井呈一訳も所持はしているのだが、今日に至るまで積読であった。「ポケミス版のお『ハムレット復讐せよ』みてえな悪訳つうわけではごぜーあせんのですが、恐っろしく読みづれえんでごぜえます、御前様」と聞いていたため、「大枚叩いたのに<読んでしまうのは勿体無い>効果」もあって、なんとなく読まずに来てしまったのだ。それが、一気に集英社と東京創元社から新訳が競うように出てしまい、最早「勿体無い」とはいえなくなってしまったら、今度は「前から読まねば」である。いやはや「読まない理由」を考え出す事にかけては天才かもしれない。とうとう年貢を納めさせていただきましただよ、御前様。
大晦日、一年の煩悩と穢れを祓う鐘が夜を徹して奏でられる。その奏者の一人は誰あろう、我等がウイムジー卿。雪だまりにタイヤを取られ、行き暮れて難渋していた卿主従が一夜の宿を求めて訪れた教会で、恩返しに奏鐘の技を提供する仕儀と相成ったのであった。3ヵ月後、村の名士の墓から、見知らぬ男の死体が発見された時、教区牧師は迷わずウイムジー卿に助けを求めた。やがて事件は12年前に起きた未解決に終わった宝石盗難事件へと連なり、二つの事件の関係者と鐘は時を超えて響き合う。鐘楼で発見された謎の詩文。井戸の中の切り刻まれたロープ。螺子の外れた寺男の目撃談は不可解を加速し、名もなき男の名を求めてウイムジー卿は海を渡る。谷間に八つの鐘が鳴る時、死は如何に奏でられたのか?
「憑くも神」という概念がある。もともとは命のないモノであっても、長年人間に遣われている間に気を溜め込み、それ自体が意思を持ち始めるという。ゲゲゲの鬼太郎でいえば「朱の盆」みたいなものですな。さしずめ、この物語に登場する夫々に名を持る八つの鐘は、その資格十分であろう。創元推理文庫の巽解説では、この物語の構造から「魍魎の函」に思いを馳せていたが、なんのなんの、もっとうわべのレイヤーでこの物語は、京極堂サーガに連なるものがあるのである。
閑話休題。さすが黄金期本格のベストオブベストの一つと称される作品だけのことはあった。ゆったりとした語りのテンポは、さながら「イギリス流スローフードの薦め」である。そこには英国の田園地方の自然と人情が息づいており、したたかな謎と人にふさわしき天啓と恵みと配剤が待ち受けている。昨年の読了本ベストであった「月長石」同様、ゆったりとした運びを楽しみたい向きにはたまらない作品であろう。ためにする暗号や、前代未聞の殺人トリックといった細工は細工として楽しめるが、この読み物の魅力は、ミステリの枠では語りきれない。衆生の幸福を祈る心こそが、この宗教的ともいえる物語の核心への近道なのであろう。面白うございました。アーメン。


◆「悪の断面」Nブレイク(ハヤカワミステリ文庫)読了
「こんなものも読んでなかったのか」読書。引き続き、英国の冬を堪能出来る1冊を手にとってみた。ニコラス・ブレイクの後期作で、なぜか文庫化もされた異色作。この作者の系列では「闇のささやき」などと同趣向の、シリーズ探偵ナイジェル・ストレンジウエイズがエスピオナージュの主人公をあい務めるお話。子供を準主役にあしらっているためにどこか「童話」を思わせる(それも「本当は残酷」で「政治的に正しい」童話である)。時代は冷戦下、敵が鉄のカーテンの向こうの共産国家でありながら、どこか第二次大戦時はおろか第一次大戦時代の外套と短剣の樟脳くささが漂う中、「博士の画期的な発明を奪うために、悪人たちが博士の愛娘を誘拐する」という、ステレオタイプなプロットを、どう大人の鑑賞に耐える物語に仕立てあげるかが、桂冠詩人の腕のみせどころ。
昔むかしあるところに、小説家を目指す利発な少女がおりました。彼女のお父さんは、冷たい戦争のバランスを崩すかもしれない大発明をおこなったところでした。ところが、それを嗅ぎ付けた悪い人たちは、その発明を横取りしようとたくらんだのです。冬の宿から、少女を誘拐し、博士を脅迫する。なんて恐ろしいたくらみでしょう。しかも、悪人たちは、あらかじめ宿から数マイルの田舎に一軒家を借り切り、そこに少女と同じ年頃の少年を住まわせて、「病弱な少年とその一家」という隠れ蓑を用意していたのでした。陰謀を予感して差し向けられた名探偵は、ふいを付かれ、まんまと少女は誘拐されてしまいます。なぜ、少女の行動が筒抜けだったかというと、それは宿の客の中に悪人達の仲間がいたからなのです!引退した提督夫婦、ビート族とその彼女、得体の知れない記者、名探偵とそのガールフレンドの彫刻家、そして少女のお父さまと美しいお義母さま。一体誰が、共産主義の手先なのでしょう?悪い魔女は偽りの微笑みで少女に迫ってきますが、賢くて勇敢な少女は、その裏をかいて自分の居場所を伝えようと知恵を絞るのでした。頑張れ、私!
梗概を書いているうちに、益々御伽噺の香りに包まれてしまった。これが英国ミステリの稚気というものだろうか?スパイ小説全盛のミステリ界を純白の諧謔で笑うかのように、犯人探しと、タイムリミット付探索行、そしてダブルミー人グの悲劇をちりばめた作品。「大人の理屈」や「国家の非情」が推理小説を索漠たるものに追い込んでしまった事に「子供の無邪気」で一矢報いたとでも評するべきか。レギュラー探偵でエスピオナージュに正面からぶつかり玉砕したクリスティーの「複数の時計」の混迷ぶりに比べると、ブレイクの手法は「逃げ」ではあるものの、逃避文学として成功しているように思えてならない。まあ、21世紀の今となっては共産主義そのものが「御伽噺」だったのかもしれないのだが。


2004年2月4日(水)

◆日頃から、日本発のコンテンツの中でマンガやアニメやゲームに比べて「推理小説」の国際競争力の無さをあげつらっていた人間としては、ここは一番アタマを下げて置く必要がある。
桐野夏生の「OUT」のMWAノミネートは本当に壮挙である。
日本の推理小説を英語圏に広めようとしてきた方々の取組みに心から敬服する。
それにしても、「OUT」ねえ。「将軍」やら「ラストサムライ」の日本人女性像は「亭主をぶっちらばるパート主婦」の姿に完膚なきまでに破壊されることでありましょう。
◆WOWOWで「8人の女たち」を録画。くうう、リアルタイムで見ようと思っていたのに。
◆買った本1冊。
「望楼館追想」エドワード・ケアリー(文藝春秋)
先日、掲示板に書き込みいただいた文藝春秋の永嶋さんの編集本ということで膳所さんから勧められた本。以前から気にはしていたが、こういう周辺の本って誰かに背中押して貰わないと駄目なんだよなあ。「ジョン・ランプリエールの辞書」を積読にしてこの方、少し臆病になってしまうのであった。>最初から積読を予定している原書はどうなるのだ?と突っ込まないように。


2004年2月3日(火)

◆一応、豆などを撒いてみる。明日は即、娘が拾い食いしないように、掃除しないとね。
◆Web本の雑誌のミステリーのページ、今月のお題が「テレビ」だったので、テレビをネタにしたミステリをあれこれ思い浮かべて書き込んでみる。不思議な事に、野沢尚やら、池田雄一やら、長坂秀佳といったテレビ出身の作家たちにテレビネタのミステリがないような気がするのだが、どんなものか?「それは最後の武器だ」って感じなんでしょうかね?(と、アップしてから「破線のマリス」がテレビネタという事を知りました。すんません。)。あと、考えている時は思いつきもしなかったけれど、山村美紗には数限りなくテレビネタのミステリってのがあるんだろうなあ。伊藤蘭演じるニュースキャスター沢木麻沙子ってシリーズがあるもんな。それともあれも女弁護士高林鮎子みたく、テレビ・オリジナルのキャラクターなんだろうか?と、調べてみたら小説の主人公のようでした。絶筆を西村京太郎が書き足した「龍野武者行列殺人事件」も含めて8作あるそうです。でも83年に「ガラスの棺」で登場するのは「矢村麻沙子」だったりするんだよなあ。これは逆にテレビでの改名を受けて「沢木」になったんだろうか?それとも、婚姻による改姓なんだろうか?それとも、本名が矢村で筆名(沢木麻沙子は推理作家にしてTVキャスターなのである)が沢木なんだろうか?ああ、なんだか調べれば調べる程に謎は深まっていくのであった。いやまあ、読めば判る事なんだろうけど、山村美紗は小説を読むよりも、読まないであれこれ推理している方が面白そうで。
◆連れ合いが義弟殿の見合い話で盛り上がっている。で、我々の馴れ初めからをおさらいし始める。「Mi2」「ホワイト・アウト」「チャーリンズ・エンジェル」「宮廷料理人ヴェーテル」といったところでしたかね?「『宮廷料理人』を観た」と日記に書いたら、「何故?あんな渋い映画を?kashibaさんが?」と石井女王様から鋭い突っ込みを受けてタジタジっとしたっけね。


◆「眩暈を愛して夢を見よ」小川勝己(新潮社)読了
小「はい、では今月の合評いきます。」
川「この人、絶対、永沢光雄 の『AV女優』読んでますね」
勝「中村淳彦の『名前のない女たち 企画AV女優20人の人生』の方じゃないの?」
己「へえ、そんな本もあるんだあ。勝っちゃん、好きもの〜、キョコン」
小「単体女優も芸名ばかりだけど、企画女優は更に記号ですからね。勝さんは純粋な美の探究者であると」
川「んでもって、中身の方は『葦と百合』でしょ」
勝「俺も同じ感想。やや、生臭いけどね。」
己「それって、脚フェチのお姉様たちの話っすかあ?」
小「己さんは、AVから頭を切り替るように。奥泉光のメタ小説です」
川「あちらが横溝正史だったので、敢えて作中作は、乱歩・連城・清張で迫ってみたってことでしょうか?まあ正史風は次の『撓田村事件』で本気でやってみたりもするようですけど未読なのでなんとも。例の角川の金田一パスティーシュ競作集では非常に出来が良かったように思いました。」
勝「あと、アイテムの散りばめ方がキングだろ。同世代感覚って奴」
己「フーゾク小説!フーゾク小説!」
小「隠し味でハインラインも顔をだすところもありますね」
川「隠し味というよりは『輪廻の蛇』は、この作品の基本モチーフでしょう?」
勝「それって、ネタばれ?」
己「あたしって、まえばり」
小「口に貼ってなさいっ!って、何を言わせるんですか(コホン)えーっと、<見立て殺人による復讐>という道具立ては非常に本格のコードに忠実ですが」
川「コード自体がミスディレクションとでもいうべき処理なので、あの辺りから『葦と百合』かな?と感じ始めましたね」
勝「ハードボイルドの文体は結城昌治あたりか?」
己「ヘアーのある男たち!」
小「だから己さんは、AVから頭を切り替えるように。」
川「作者が実に器用な人である事は良く分かります。さながらサリエリ風作曲をアドリブでからかうモーツアルトのようなものですか?天才を感じますね」
勝「俺なら、江川達也が『Be Free』の冒頭でやった絵柄真似芸というところだな。」
己「あの人ってスケベだよー。気持ちいいよー」
小「こんなところで淫臭あげるな!(ゴホゴホ)そろそろ纏めいきますか?普通のミステリを読み飽きた人向きの曲球小説ってところ」
川「消える魔球かもしれませんね。隠し球臭い部分もあるし」
勝「一読カンタン、ってことで」
己「カンタンって、どんな字かくの〜?」
「だから、本屋で買って読んでくれってば!!」
小・川・勝・己「貴方、誰?」


2004年2月2日(月)

◆よしださんと神保町で落ち合って古本話。ああ、時間があっという間に過ぎていくう。いやあ、楽しいなあ。本当に、本当に楽しいなあ。詳細は「本の雑誌」にて。
◆眠りが浅い方なので、滅多に夢を覚えていないのだが、よしださんとの対談の余韻を引き擦って、派手な夢をみてしまう。
なんと拙宅にアガサ・クリスティーが突然やってくるのである。
あああ、しまった。ちゃんと英会話を勉強しておけばよかった、と思うが後の祭り。更に、遠隔書庫に放り込んでいるために、手元にクリスティーの本が1冊もない。ああ、これでは、サインがもらえないよう。せめてハヤカワのクリスティー全集を1冊でも買っておくんだっあ。ああ、どうしよう、どうしよう、というところで目が醒めた。

教訓:うーん、やっぱり、ビッグネームについては1冊ぐらい原書のハードカバーを手元に常備しておかないとおちおち寝てもいられないぞっと>どんな教訓だ?!


◆「試走」ディック・フランシス(早川ミステリ文庫)
というわけで、昨年からぼちぼちと読み進めてきた競馬シリーズも第17作までやって来た。今回は「殿下とアリョシャの影」とでも銘打ちたくなる一編。五輪前夜の冬のモスクワを舞台にしたイデオロギッシュな陰謀譚である。
視力故に引退を余儀なくされた騎手ランドル・ドルー。それが私だ。王家への忠誠を誓う騎士の家系に生まれた私の元に、王家に醜聞をもたらしかねない事件の調査が持ち込まれた。モスクワ五輪の馬術競技で優勝を狙える位置にある王子の義弟を狙う黒い影。同性愛の罠に続き、その相方と目された騎手が競技場で突然死を遂げたのだ。奇妙な言葉を遺して。「おれは死ぬ……アリョシャだ……モスクワ」。厳寒の赤の国にアリョシャの正体を追う。一度は諜報活動は任にあらずと断った私だったが、王子直々の懇願を断るには臣下としての血が濃すぎた。旅行客を装ったロシアのシンパたち、宿の部屋に仕掛けられた盗聴器、そして偶然を装った急襲。言葉の通じない鉄のカーテンの向こうで、馬を愛する者同士の信頼のみを頼りに謎を追う私。長い長い綴りが語る陰謀の予感、そして完全殺人のトリック。果たしてアリョシャの正体とは?
西側諸国にとって幻の五輪となってしまったモスクワオリンピックネタなのかもしれないが、なんとなく時代錯誤の印象。陰謀の質も一騎手が扱うには大掛かりになりすぎ、荒唐無稽さが募る。モスクワの風俗やロシア人の造形も、類型的で、ロシア人からみれば、さぞや噴飯ものではなかろうか?零下の水に落ちるところなんぞは北欧を舞台にした「暴走」の繰り返しだし、全体に爽快感に欠ける。フランシスらしい殺人トリックで一本持たせようとしたのかもしれないが、シリーズの水準をクリアしているとは言い難い。文庫の郷原解説は、きちんとこの作品について語るべきじゃないかなあ。あれでは贔屓の引き倒しに思えてしまうのだが。


2004年2月1日(日)

◆日記をアップしてから届いていたアイデア家具3点の梱包を解いて組み上げ、ダンボールを一括りにする。洗い物して、朝飯を作って、洗い物をする。創業百年の写真館で家族写真を撮り、三越でお茶にする。いやあ、働く働く。創業百年の写真館、というのが「病院坂の首縊りの家」っぽくて宜しい。4人がかりで構図を決めたり、娘の注意を引いたりと、いやあ写真一枚撮るのにあれだけ人出をかけるんですな。いかにも「撮影助手」というおじさんが、釣竿の先につけたキティちゃんをルアーの如く操る技に感心することしきり。生首だって操れそうな(>こらこら)
◆飛鳥さんのところでやっていた「これが廉価版ミステリだ」の集計結果が纏まった模様。まあ、通常「廉価版ミステリ」といえば「文庫本」の事だと思うのだが、最近は1冊1000円を超える文庫も少なくないので、「廉価版マンガの値段(3、4百円)でコンビニで売られるミステリ」というジャンルがあってもよいかな、と思って参加してみた。ぺらぺらの再生紙に印刷し、「二時間ドラマの原作」に絞って配本、ドラマ放映前後一週間で売り切り、売れ残りは現場で廃棄する、というようなマーケティングはどうだろうか?連続ドラマなら、例えば「砂の器」を全12巻で出してみるというのはどうだろうか?で、基本的には読み捨てなのだが、一部の作家には古書価格がついて、20年後の西村文生堂のカタログには、「乱歩R版・江戸川乱歩傑作集」揃い5万円てな文字が踊るかもしれないと、未来から見た過去を捏造してみる。

◆そうさくどうわ「週報の魔女」
おとうさんは、にちようびのゆうがたになると
「ああ、しゅうほうをかかなきゃ」と
くらいかおになります。
おかあさんが
「せんしゅうもかいていたじゃない?」
というと
「しゅうほうだから、まいしゅうかかないといけないんだ」
と、おとうさんはこたえます。
きっとかいしゃにはわるい「しゅうほうのまじょ」いるのです。
でも、そんなまじょもおかあさんの「おさぼりこうせん」をあびれば
きっとかいしんするにちがいありません。

かいしゃにのりこむと、しゅうほうのまじょがあらわれました。

さあ、しゅうほうをかくんだ
おいしいしゅうほうでないとゆるさないよ
いひひひひひ。

「おさぼりこうせん、いくわよ!」
えい!びびびびび。

「あれえ〜」
しゅうほうのまじょは「おさぼりこうせん」をあびて、こうさんしてしまいました。
「おかあさんにはかなわない。これからはこころをいれかえて、げっぽうのまじょになります。」
やった、やったあ。

でも、うちにかえると、おとうさんはもっとくらいかおになっていました
「ああ、げっぽうをかかなきゃあ。
おかしいなあ、たしかせんしゅうまでは、かいたようなきがするんだけどなあ。」

なんと、きょうはげつまつだったのです。

おとうさん、がんばってね。
らいしゅうはらくになるからね。

めでたしめでたし。


◆「天使の帰郷」キャロル・オコンネル(創元推理文庫)読了
「これぞ、2003年翻訳ミステリのベスト・オブ・ベスト」と川出正樹氏が確信犯的に絶賛するマロリー・シリーズ第4弾。一週間でなんとか辿り着きましたあ。とまあ、そこに、この作品が各種ランキングで上位にラインナップされなかった理由の一つがあるわけで、即ち、順序通り読まなければならないシリーズであり、加えて1作1作が相当に(質・量ともに)分厚いものであるということ。丁度、レジナルド・ヒルがランキング上位に来ないのと同様、このシリーズも相当にタフな翻訳ミステリ読みもない限り、手に取るまでに青息吐息となる。
「いやいや、それでもリンカーン・ライム・シリーズの『石の猿』は相当に頑張っているではないか?」と仰る方がいらっしゃるかもしれない。実は、そこに、マロリーシリーズのもう一つの悲劇の要因がある。「ボーン・コレクター」と「マロリーの神託」の差である。鳴り物入りで登場し映画化もされたメジャー出版と、ひっそりとマイナーな文庫から紹介され、版元を移した流浪のシリーズとの差である。
しかも、この「天使の帰郷」、リンカーン・ライムの第3作「エンプティー・チェア」の相似という点でも損をしている。どちらも舞台は閉鎖的な南部の街、豊かな自然の陰に化学工業の爪痕が残る中、当てにならない保安官事務所の留置場から抜け出す女性主役、彼女を追う自警いう名の暴力、そして事件の鍵を握る心を閉ざした少年、勿論、本筋は全く異なるものの、道具立ては非常に似通っている。しかし、裁判長!確かに日本では「エンプティー・チェア」が先に出版されておりますが、原書では「天使の帰郷」は1997年、即ち、「エンプティー・チェア」よりも3年も前に出版されているのであります!!ダン、ダン!!静粛に!!こんな話。
天使が故郷にやってきた。ルイジアナ州デイボーン。新聞に載った塑像の顔がチャールズをこの地に招いた。それは「死のオブジェ」事件の後、何も言わず彼の前から姿を消したニューヨーク市警巡査部長キャシー・マロリーの顔に生き写しだったのだ。彫刻の主を訪ねたチャールズは、年配の美女オーガスタの歓待を受ける。そして、彼女は、像はこの地で17年前に非業の死を遂げた女医キャスのものであることを告げる。更に、チャールズの求めるマロリーがデイボーンの留置場にいることも。そう、氷の天使の羽音は、既に小さな町に暴力と死の影をもたらしていたのだった。両腕を傷つけられた自閉症の青年、心臓発作を起した副保安官、そして無惨に殺されたカルトの教祖。偽りの信仰の向うでユダが笑う時、封じられた殺戮の記憶が人々の心に還ってくる。その曲を弾くな。その名を呼ぶな。名もなき犬が密かに息を引き取る時、天使は静かに復讐の翼を開く。紅蓮と叫喚の果て、罪無き者が石を取る。明日は明日の風よ吹け。
幾重にも仕掛けられた伏線が弾けていく快感。気風のいい女達の生き方にただ嘆息する痛快小説。勿論、マロリーのハードボイルドぶりも頼もしいのだが、この作品では、街の歴史とともに生きてきた悲運の元令嬢オーガスタ・トレベックなる女性が場を浚っている。2003年のミステリ助演女優賞はこのキャラで決まり。現在の殺人よりも、マロリーの運命を変えた17年前の事件の解明がこのミステリの主題であり、すべてがそこに収斂していく。メイン・キャラが真っ直ぐに対決モードに突入するため、もたもたしていると作者においていかれる。この長さが嘘のようなリーダビリティー。「君の名は」的「為にする」すれ違いがないのである。メイン・キャラは自分で考え、駆け引きは行うが勿体をつけない。快感である。マカロニウエスタンから一転ハリウッド調スペクタクル映画を思わせる大がかりなクライマックス。一人一人が読み誤りながら描かれる「真相」という名の一大タペストリー。そして、マロリーファン用に最後の最後に仕掛けられた「解明」には悲鳴ともつかぬ声を漏らしてしまうのではなかろうか?なるほど川出氏の激賞もむべなるかな。これは年間ベスト級の作品である。
しかし、ここまで書き切ってしまうと、これを上回るシチュエーションを組み立てるのが大変だろうなあ。チャールズ・クラスのレギュラーを絶体絶命に追込むぐらいの工夫が要りそうで、一体どうなるんでしょうね?