戻る


2003年12月20日(土)

◆連れ合いが友人の発表会で連弾するというので、朝から夕方まで主夫モード。購入本0冊。
◆夜は開放感からか、夫婦ともどもしたたか飲む。積録の「グルメ探偵ネロ・ウルフ」から未訳長編「Chanpagne for One」をドラマ化した「シングルマザーはなぜ殺された?」を視聴。シングル・マザーに憩いのひとときと将来の夫を提供する宴に代理出席したアーチ・グッドウィン。彼の目の前で起きたシングルマザーの毒死は果して自殺か、他殺か?奇抜な設定と意外な(意外過ぎる)犯人で見せる一編。これは、是非翻訳で読んでみたいなあ。


◆「The Field of Blood」Paul Doherty(Headline)finished
さあて、第9作の修道士アセルスタンは、
「王の伝令殺しを巡る鉄壁のアリバイ崩し」
「ガンダルフの黄金という宝捜しの絡む法廷モノ」
「御近所の近親結婚問題」の三本でーす。
時は1380年秋。ところは人頭税の導入が下層民の蜂起を加速させていたイングランド。その中でセント・アーコンワルド教会の教区民は、更なる「科料」を課せられる危機に直面していた。
なんと、テムズ河畔の教区内の廃屋から3人の死体が発見されたのだ。一人は娼婦のプルーデンス、もう一人はその客とおぼしきエセ説教師、だが問題は最後の一人の身元であった。なんと、なんとその男マイルズ・ショルターは王室伝令だったのだ。イングランドの法では、王の臣下が不審死を遂げた場合、その殺害者が明らかにされない限り、死体が発見された教区に罰金が課せられる。殺害の前日午後三時、マイルズは同僚のフィリップ・イッケルシャルとともに夫人のブリジッドに見送られミンチャム街の家を出て、テムズを越え、一旦はテムズ南岸のシルケン・トマスに投宿した。近場に宿を取ったのは、翌朝早出をして一気にカンタベリーに向おうというスケジュールを組んだため。しかし、夕刻急に忘れ物をである護符を取りに戻る途中、何者かに誘いこまれ身包みはがれた上で殺されたように見えた。教区を護るためにも、王の検視官クラストン卿とともに、伝令殺しの真犯人を追うアセルスタン。アセルスタンは、親し過ぎるブリジットとフィリップの態度に不倫の匂いを嗅ぎ付けるのだが、二人にはそれぞれに鉄壁のアリバイがあった。
更に、托鉢修道士を悩ませる事件はそれだけではなかった。一つはクラストン卿から持ち込まれた「血の原野」殺人事件。宿屋パラダイス・ツリーの女将ヴェストラー夫人が、アリス・ブルックストリートなる女子未決囚の告発で、駆け落ちが伝えられていたロンドン塔の文書官バーソロミューとメイドのマーゴットを殺害した罪に問われたのだ。アリスは、女将が二人の死体を「黒の草地」に埋めている現場を目撃したと告白し、司法取引で自らの罪を免れようとしたのだった。女将はクランストン卿の亡き戦友ステファン・ヴェストラーの未亡人。そしてなんと現場検証では二人の死体に加え、次々と白骨が掘り出され、「黒の草地」は今や聖書に伝えられる「陶工の畑」即ち「血に飢えた原野」に喩えられる始末。なんとか彼女の無実を晴らそうと奔走する卿だったが、殺害された文書官が探していたガンダルフの黄金伝説や、パラダイスツリーの帳簿の不正と脅迫など、王の法廷では、女将に不利な証拠が提出され、敏腕を伝えられる弁護士ラルフ・ヘンガンの健闘もむなしく、有罪評決へと外堀を埋められていく。宿屋とテムズを結ぶ「血の原野」に居を構えるカルトの指導者「第一の福音」と彼に付き従う尼たちは何を見たのか?
今ひとつのアセルスタンの悩み事は、鍛冶屋の長女エレノアと、ピーボルド酒場の長男オズワルドの恋愛。相思相愛の二人の前に近親婚の壁が立ちはだかったのだ。ゴシップ好きの溝堀人パイクの妻イメルダが、古老の記憶をもとに二人の祖母が姉妹だったとして、二人の婚約を邪魔したのだ。セント・アーコンワルド教会の前任者が破戒僧で、教区の過去帳を燃やしてしまったために、真偽の程を確認する術はない。エレノアは、怒りの余りイメルダを殺してしまいたいとまで口走る。古老の記憶違いにかけるアセルスタンだったが、その結果は芳しくなかった。果して二人の愛を成就させることができるのか?
おなじみの教区民の面々に加え、叛徒の秘密結社、死人釣りの男、義賊「地獄の牧師」などこれまでのアセルスタン・サーガを彩ったキャラクターが総出で綴る時代捕物絵巻き。今回は行政法・刑事訴訟法・民法などのお勉強にもなる。惜しげもなく謎や危機を盛り込んで、話を盛り上げていく手際には、毎度の事ながら脱帽してしまう。文字通り、凡百のミステリ2、3話分のエピソードを楽しめる御得用のエンタテイメント。伝令殺しのアリバイトリックは小味だが、証拠固めの「足の捜査」での浪花節や、クライマックスでの犯人との対決は魅せる。また、題名のエピソードも、古文書解読と宝探しの妙味に加え、意外な真犯人と「動機」の深みがなかなかのもの。近親婚事件も、14世紀風俗を知り尽した作者ならではの仕掛けが準備されており(このエピソードではアセルスタンが心を寄せているベネディクタが大活躍する)、頭の天辺からシッポの先まで楽しめる造りになっている。やっぱりこのシリーズはいいなあ。


2003年12月19日(金)

◆そろそろ今年の猟鉄ベストを決めるかな?と考え始める。ところが、どう考えても10だが12だか13だかに収まりそうもない。だいたい、オールタイムベスト級の積読本を国内・海外それぞれに10作以上読んでしまったのだから端から収まるわけはないのである。収まらないのは、本買いの常ではあるが、平積みしておけばいい買った本と違って、読んだ本は来年の年間ベストまで積んでおくというわけにもいかない。そもそも積読本を読むからこんな事になってしまうのだ。うーん、一体、わたしは何を言っているのだ?ベスト10で一喜一憂しない、っていうのが、このサイトのコンセプトなのにいい。きーーっ!よくもまあ、皆さん、ベスト10に収められるものですねっ!>怒るなよ
つうわけで、今年のベストは、国内・海外、新作・旧作のマトリクスで選ぶ事に超決定!!
◆ミステリーズ3号を裏から読む。ジェームズ・ヤッフェが1927年生まれで15歳にしてデビューとあった。掲載作は2002年作品のようなので、つまり作家生活60年目の作品というわけですか。はあ、なんとも初々しい。


◆「玻璃ノ薔薇」五代ゆう(角川ホラー文庫)読了
「すべての本は古本である」というのと同じく、天下の暴論の一つに「すべての小説はSFである」というのがある。それは、古今東西の小説というものは、同じプロットでラストだけが異なる、例えば、50億年後の未来に飛んだり、百万年前の過去に飛んだり、牛と一緒に宇宙へ連れ去られたり、大宇宙の支配者となって壮大な葬式で幕を閉じたりする、数多くの選択肢の中から、最も現実に縛られた凡庸な結末を選んでいるにすぎない、とするものである。このゲームのノヴェライズ本を読んで、久しぶりにその「暴論」を思い出した。
結論から言うと、この物語は面白い。しかし、まともなミステリの読者であれば、壁直行は間違いない。だが、ひとたび「すべての小説はSFである」と価値観を代えれば、五代ゆう作品の中でも面白い方に属する「レトロ探偵小説風」エンタテイメントに化ける。
ぼく、こと東日タイムズの文化部記者・影谷貴史が、過去の迷宮入り事件を取材する過程で入手した一冊の手帳。それは片桐尚美という美女の祖父が遺したもので、その中には昭和4年、とある孤島で起きた、映画一族を巡る連続殺人事件の顛末が記されていた。幻の探偵映画として名高い「玻璃ノ薔薇」は、フィルムの一部しか現存せず、そのプロットも歴史の闇に埋れてしまっていた。尚美とともに事件の起きた『キネマ屋敷』跡に向ったぼくは、そこで崩落事故にあう。そして1929年10月22日、自殺した当主・吉野堂伝兵衛の隠し子・七瀬和弥としてキネマ屋敷の一室で覚醒する。傲慢にして無能な息子とその従順な妻、怜悧な美貌を誇る映画女優の娘とその婚約者、女子高生の双子姉妹、当主の三番目の後添え、といった一族に加え、活弁士や刑事といった客に交じり、ぼくは七瀬和弥として「玻璃ノ薔薇」のストーリーを実体験する事となる。画面から飛び出す仮面の殺人鬼、顔を剥され吊るされた美姫、都合のいいナオミ、アリスの孔は少女を招き、二重の壁の向こう側で「刑事」たちの確執が縺れる。妖艶な美女が持ち込んだ影の谷の記録。果して偏在する悪の正体とは?三人の七瀬和弥が集うとき、狂気の操り人形はコマ落しで嘲い、ゲームの終わりは無限に広がる。
コード満載の設定が、さながら「金田一少年の事件簿」を思わせる。怪しげなキャラクターの配置といい、舞台といい、展開といい、この判り易さが凄い。物語の焦点には常に「七瀬和弥」があり、主人公ともども読者を眩惑する。どこまでが、元のゲームの設定で、どこからが五代ゆうのオリジナルなのかは知らないが、この問答無用の真相は、それなりに説得力がある。というか、説明を無効化する無敵モードとでもいうべきか?勿論、「面倒な事を!」という突っ込み所は掃いて捨てる程あるのだが、これはこれで辻褄は合っているように思える。要は、数多ある「玻璃ノ薔薇」の一つの枝と思って楽しめばそれでいいのである。今やゲームに避ける時間はないので、精々ノベライズで楽しませてもらいました。やんややんや。


2003年12月18日(木)

◆朝一番ののぞみで帰京。読書時間のつもりが爆睡してしまうのはいつものお約束。くそう。
◆最初から目的をもって神保町行き。Y頭書房で2冊。
d「真昼の翳」Eアンブラー(ポケミス・映画カバー)1000円
d「サンセット77」Rハギンズ(ポケミス・映画カバー)1000円
フォトカバー2歩前進。まだまだ道程は遠いが、買えるうちに買っておく。さすが専門店の店主は、戸惑うことなく「2100円になります」とクールに応対してくれて吉である。
◆三省堂を覗いてみる。クリスティー文庫創刊冊子が欲しくなってしまい、せめて何か買わなきゃと、デフォルト買いの1冊をカゴに入れる。
「vol3ピンバッジ応募券」(東京創元社)1000円
ピンバッジの応募券に、なんと菅浩江女史やヤッフェの小説、いしいひさいちの漫画まで付いていてとてもお買い得である。>こらこら
そういえば、京極夏彦の妖怪小説の新刊も、「上製うぶめ」で味をしめたのか、またしても豆本の応募券がついていた。この「本グリコ」めえ!二匹目の泥鰌めえ!!うみゅみゅう。

♪本グリコロコロ本グリコ
♪オマケにはまって、さあたいへん
♪どじょうがでてきて、こんにちは、
♪おっちゃん一緒にコロビましょう

食玩に嵌まっている先輩を笑えない私なのであった。
◆帰宅すると謹呈本1冊。
「名探偵ベスト101」村上貴史編(新書館:帯)頂き
最年長執筆者からのご恵送。ありがとうございますありがとうございます。中身は名探偵を切り口にしたミステリの解説書。なぜか「ジーヴス」だの「墨野隴人」だの「ベンジャミン・スモーク」だのといった渋すぎるチョイスもあって、マニア魂が窺いしれる。ホームズ、ポアロ、ファイロ・ヴァンス、明智小五郎、ペリー・メイスン、メグレ警部、刑事コロンボといった大どころや、御手洗潔、島田潔、犀川&萌、森江春策といったニュースタンダードを敢えて外しているものマニア魂の為せる業か?従来ペアで語られたクール&ラムではバーサを削り、逆に単体で語られる事が殆どだったネロ・ウルフはアーチ・グッドウィンとのペアで語るという仕切りは納得性高し。探偵の個性をレーダーチャートで示すというのは斬新だが、中でも「運」には笑った。
◆昨日はネットを切っていたので、本日になってようやく、「安田ママ、出産退職」の報にふれる。他人事ながら、少しショックを受けるが、まあ、本や書店員に代わりはあっても、母親の代わりはありませんもんね。潔いご決断に敬意を表します。銀河通信オンラインぐらいのビューがあれば、ネット書店とタイアップしてバーチャル書店員も可能だと思いますよ。とりあえず、無事出産を祈念いたします。んでもって1,2年は「赤ちゃんのいる暮らし」を満喫してくれい。


◆「悪党パーカー/犯罪組織」Rスターク(ポケミス)読了
シリーズ第3作。「人狩り」で妻を含め裏切った連中をぶっ殺し、「逃亡の顔」で整形手術を受け組織の末端に齧り付いたパーカーが、いよいよ組織そのものに揺さぶりを掛ける。犯罪小説にも色々あるだろうが、斯くも「犯罪を生業にするとはこういう事である」とばかりに様々な「ビジネスとしての犯罪」を描いた作品は珍しいのではなかろうか?
物語は、パーカーが組織から差し向けられた殺し屋を返り討ちにするところから始まる。そして犯罪のプロたるパーカーは、振り払う火の粉の元を断つ事を決意する。まず、殺しの仲介者を自らの手で屠る一方、組織の上前を撥ねるよう仕事仲間たちを唆す、更には、次期ボスを狙う中ボスに接近し現ボスを葬った暁には相互不可侵とする密約を結ぶ、そして、動揺する現ボスを最も信頼のおける仲間とともに抹殺する。
まあ、それだけの話ではあるのだが、この物語の素晴らしいのは、そこに一流のビジネスマンの「仕事の手順」が描かれているところである。
まず、自らを磨き、行動する。
仲間を倦むことなく説得し、それぞれの力量を信頼して、実行させる。
プロジェクト終了後の落とし所を考え、根回しを行う。
最も信頼できる仲間とともに、自らが先頭に立ってプロジェクトを完遂する。
素晴らしい。これだけできれば、実業界での成功は約束されたも同然である。
更に、この話で笑えるのは、インテリやくざが、現ボスに「なぜ、カジノは襲撃されたのか?」を分析し説明するシーン。大企業病に悩む経営者が、コンサルタントに縋りつく姿が二重映しになる。しかもその際のインテリやくざの分析がこれまた最高。ここでは敢えて紹介しないが、宮仕えの身であれば、爆笑必至。竹村健一あたりの推薦文つけて、ビジネス書コーナーに置けば売れると思うんだけどなあ。
改題は「悪のビジネス術〜男の生き方・組織の潰し方」でどうよどうよ。


2003年12月17日(水)

◆大阪出張。日帰りのつもりだったのだが、母親が携帯のメールを勉強中とのことで、実家に寄って特訓する。我が母上はパソコンで漸くメールが打てるようになったのだが、携帯メールは初体験につき、とにかく時間がかかる。私が普段使っているドコモでなくTU-KAだったこともあって、教える側の当方がTU-KAのクセを理解するのに小一時間。携帯打つ人、作る人、そのまた取説作る人、っちゅうか、何やら今どきの日本人は猛烈な時間の無駄遣いをやっているような気がしてきた。
そういえば、時刻表から弁当箱の包み紙までいろいろな収集家はいるだろうけど、取扱説明書収集家というのは、余り聞きませんな。
「へっへっへ、これが幻のDCCラジカセの取説だぜ〜」
「ひやああ、あれって市場に出てたの?本体買った?」
「取説だけ抜いて捨てた。」
「使えないもんねえ〜」
みたいな。
◆定点観測。
d「殺人部隊」Dハミルトン(ポケミス・映画カバー)1000円
d「血統」Dフランシス(ポケミス・カバー)100円
写真カバー1歩前進。オマケにイラストカバーの競馬シリースも買っておく。店員が余りの値差に驚いていた。でも、レジで「千円です、、か?」と戸惑わないでくれええ。こっちだって「カバー1枚に1000円は辛いよなあ」と忸怩たる思いで、それでも無理矢理自分を騙して買いに走っているんだからさあ。


◆"The Bump and Grind Murders" by Cater Brown(Signet)finished
原書講読のリハビリにと薄っぺらい本を選んでみた。「今日はカーター、明日はブラウン」とまで歌われた「ポケミスの裏の顔」カーター・ブラウンの未訳作である。主人公は女探偵メイヴィス・セドリッツ。アル・ウィラー警部と共演した「とんでもない恋人」に続くシリーズ第9作だそうな。1964年の作品で当時のブームを反映してか「スパイ」ものの要素も若干取り込んでいるが、基本的には脳天気なお色気サスペンスである。同じカーターブラウンには「ストリッパー」というそのものズバリの作品もあるが、ミステリには、ストリップの世界を舞台にしたものが幾つかある。その代表は、伝説のストリッパー、ジプシー・ローズ・リーが書いたとされた「Gストリング殺人事件」。勿論、クレイグ・ライスの代作であったことは、今や世界の常識であるが、更に、邦題がこの作品に引っ張られたであろう「Gストリングのハニー」もストリップもののメイン・イベンターとして忘れ難い。お堅い商売ではかのペリー・メイスンだって「ストリップガールの馬」では、ファン・ダンサーのために一肌脱いだりする。日本では、梶龍雄の「毛皮コートの死体」「野天風呂殺人事件」でチエカというストリッパーが探偵役を務める。ストリッパーが探偵役を務めるのと、シリーズ探偵がストリッパーを務めるのとではどちらが「エロ」かと言えば、やはり、シリーズ探偵が無理矢理ストリッパーに仕立てられるという展開の方がそそる。といわけで、我等がバストよりも脳味噌の軽いグラマー探偵の登場である。 あたしの名はメイヴィス・セドリッツ。その朝の大事件を聞いてくれる?相棒のリオと経営する(えっへん)探偵事務所に一番でやってきて窓を開け、ロスのスモッグを胸一杯に吸い込んだ途端、ブラのストラップが弾け飛んじゃったのよ。でも、ガールスカウト出身は伊達じゃない。これでもお裁縫は得意なんだから。淑女のたしなみでクロゼットに潜んで針仕事を始めたと思ったら、おっちょこちょいのリオが依頼人連れて断りもなしにクロゼットの扉をぐいっ。まあ、上半身素っ裸の観音様を無料でご開陳だわ。依頼人はスチュアート・ハトチック・三世。彼の婚約者イルマ・スロスコウスキーは、芸術的舞踏のプロ、っていうか、要はストリッパーなんだけど、彼がどう説得しても、「芸術活動」を止めようとしないんだって。ところが、その彼女が勤め先の「クラブ・ベルリン」で、身の危険を感じているらしくって、というのも、ある日、店の経営者と、サロメ・デア・ホーニッヒ(フランス語風の名前って、ややこしいわよね。え?ドイツ語ですって?)っていう名の彼女のライヴァルのダンサーに向って、顔に疵のある男が「スタン」とかいうボスがいらついて喉を掻き切られてもる羽目になっても知らねえぞ、と脅しを掛けているところに出くわしちゃったんだって。ハトチックさんの依頼は、イルマの完全ボディ・ガード。というわけで、このあたしに白羽の矢がたっちゃったのよ。おっかなビックリで挑んだ経営者のアドラーさんの面接は、なんだか机の周りを逃げ回っているうちに「合格」。偶然に、ブラウスだのスカートだのが破けちゃったのを独創的な「芸」だと思われたみたい。でも、折角潜入ボディガードになったと思ったら、イルマの控え室で殺人が!え?殺されたのはサロメの方なの?あれれ?死体がなくなっちゃたわ!きゃああ、顔に疵のある男が、私に迫ってくるうう!リオ、助けて!何、寝惚けてんのよ!ああ、なんだかリオはFBIのエージェントに脅しを掛けられて及び腰だし、あたしもうコンビを解消させてもらうわよっ!!さあ、殺し屋でもスパイでも影の「幹」部でもなんでもかかってこい、海兵隊仕込みのジュードーをお見舞いしちゃうんだから!
題名をポケミス調に訳せば「くんずほぐれつ」あたりだろうか?Bumps and Grinds と複数形になると「ずっこんばっこん」なんだそうな。もう全編、メイヴィスのオバカっぷりと抜群の肢体が炸裂。洒落た事を言おうとするたびに、教養のなさを曝け出し、普通に動きまわるだけで、豊満な肉体が服を破って弾け出る。物語はストリップ・クラブで行われている裏取り引きが東側スパイの資金源になっているというエピソードも絡め、何が何だかごちゃごちゃしているうちに、美女の死体が現われては消え、消えては現われ、最後に勝手にとんでもない真犯人が明らかになる。その間、惚れっぽいメイヴィスは、ストリップの舞台で相方を務めた男にすっかりイカレ、冷たいリオとのコンビ解消を決意したり、ブラインド・デートにわくわくしたりと、これまた、何が何だかである。フェアとか、アンフェアとかいってるレベルではなく、素直に我等がスーパー・グラマラス・ブロンドのドタバタを楽しむべきお話なんでしょうね。「裏取り引き」の方法なんか、笑っちゃうよ、実際。メイヴィスのファンは必読、ってか?


2003年12月16日(火)

◆神保町タッチ&ゴー。富士鷹屋書店で1冊。
d「人形とキャレラ」Eマクベイン(ポケミス・フォトカバー)800円
ポケミス・フォトカバー収集1歩前進。それにしても一体いつになったら終わるんだろう?終わって欲しいような、終わって欲しくないような、アンビバレンツな私。
◆帰宅するとSRマンスリーが届いていた。特集は「翻訳ミステリ」。それなりに頁数は埋まっているのだが「クリスティーの翻訳のここが変、という指摘が変」とか、「なんでみんな翻訳ミステリを読まないんだ」とか、「私が翻訳ミステリを読まなくなったのはこういう理由だ」てなお話が並んでおり、些か肩透し。
尤も「じゃあ、お前『翻訳ミステリ』というお題で一つ書いてみろ」といわれれば、やはり同じような「逃げ」をうつだろうな、とは思う。翻訳ミステリの収集は、ポケミス完集と創元推理文庫の「毒殺魔」の購入までが「華」で、後は所詮つけたしの世界なのである、てな事をマクラにして、先日Moriwakiさんが喝破した「ジュヴィナイル世界の名作は全て超訳だった」という切り口で、超訳と子供向け翻訳、涙香や乱歩の「翻案」、更には「刑事コロンボ」小説あたりの是非論を述べるといったところかなあ。
特集以上に頁数が割かれているのが深堀骨インタビュー。この人の文章は相性悪くて駄目だと思っていたのだが、そのルーツがあの「文豪」だったとは!それだけでもエラリー・クイーンの国名シリーズ並みのサプライズである。「読者よ、全ての手掛りは与えられた!」>嘘つけ


◆「鳩が来る家」倉阪鬼一郎(光文社文庫)読了
異形立つ 十三の闇 最善首
「鳩が来る家」魂魄の 鳩呼ぶ嘗羅 難波筋
「骸列車」骸載せ 遮断機の母 夏軌道
「片靴」瀝青に 靴奪われし 夢日記
「裏面」比類なきペルソナ 想起する私
「布」怖怖怖怖怖 布布布布布布布 ふふふふふ
「爪」贄の闇 爪ささくれし 寿老人
「少年」ふる網に 命の七つ 灰の白
「古着」帯開き 内なる小菊 朱啜る
「蔵煮」至高なる一如 食らわん哉地獄
「黒い手」黒枠の 愛高らかに 善導す
「天使の指」父の暮れ 蕎麦打つ腕 天使行
「緑陰亭往来」春宵の せいろ一枚 食う供養
「アクアリウム」水族の 変態自由 管理にん


2003年12月15日(月)

◆朝、家を出る間際になって、奥さんから「蔵書の整理」を迫られた。
正直なところ、今、自分が何冊の本を所持しているのか把握していない。
1万冊までは数えていたのだが、それを越えた頃から諦めてしまった。
現在は、その殆どを「別宅」に並べているのだが、まず本を整理して、その「別宅」を貸すなり、売るなりしないと、無駄が多すぎるというわけである。純正ダブリ本、勢いだけで買って後悔している本、とりあえずノスタルジーで手元においているコミックス数百冊を整理すれば、速攻で本棚1本分程度は処分可能だけど、これぞ「焼け石に水」。うーむ、と悩んでいるうちに時間切れ。
「逃げるわけじゃないけどね」といいざま家を飛び出す。
逃げてますねん。
◆駅前で「フセイン拘束!」の号外を貰う。「折角の休刊日やったのに〜」という記者や印刷屋の恨み節が聞こえてきそうである。
◆朝の一件で「本を減らす」事ばかり考える一日。購入本0冊


◆「閉じた本」ギルバート・アデア(東京創元社)読了
「作者の死」の作者の1999年作品。「海外文学セレクション」の一冊として本年9月に訳出されたが、ビブリオ・ミステリと呼んで差し支えあるまい。本好きにとって、本が題材になった本というのは、それだけで一点増しなところがある。作中登場する「本好き」に感情移入しやすいからであろう。「映画」を題材にした「映画」や、「演劇」を題材にした「演劇」などが受けるのも同じ理由。ただ一種「進化の袋小路」ではあるので、下手を打つと「可愛さ余って」となるリスクも負っており、予算も時間もないから内輪受けで行こうというのは厳に戒めるべきであろう。こんな話。
事故で失明し顔面崩壊の憂き目にあったブッカー賞作家ポールのもとに、新たな助手がやってくる。その名はジョン・ライダー。「ビッグマック」を使いこなし、料理の腕も上々、気難しい作家の注文にも素早く応えるジョンは「助手の最長不倒記録」をあっさりと塗り替える。しかし、ジョンの持ち込む情報に奇妙な歪みが生じ始めた時、作家の暗鬼は募り、やがて究極の悪意がその相貌を表す。作家の名はサー・ポール。回想の名は「閉じた本」。
「影の顔」と「スルース」を足して二で割ったような作品。面白くなくはないが、今更「ブンガクだあ」と持ち上げる人の気がしれない。おお、なんか知らんが言い尽してしまったので、これで感想にしておこう。


2003年12月14日(日)

◆朝から溜まりに溜まった積録ビデオの整理。3ヶ月前に録画したTAKENだの、555だの、一体いつ見るというのだろうか?奥さんが起き出してきても作業は終わらず、冷ややかな眼差しで見つめられる。4時間がかりで、整理し終わる。その数、VHSテープで20本。奥さんから「DVD買えば?」と一言。
◆渡りに船と、駅前のヨドバシへ。目星をつけて、貯金を下ろしてPanasonic製のHDD120Gタイプを購入。こいつをVHSレコーダーと入れ替えるのに、2時間以上掛かってしまう。2年ぶりにテレビの裏側を掃除してしまった。といっても、腐乱死体やミイラ系が出てこないところが冷蔵庫とは違うところである。なぜシンディー・クロフォードのエクササイズビデオが出てきたのかは謎である。
◆パソコンが、デジカメを認識してくれず、これまた数時間悶々と過ごす。ああ、年賀状はいつになったら出来るじゃあ。機械に振り回される一日。購入本0冊。


◆「妖精悪女解剖図」都筑道夫(角川文庫)読了
都筑道夫追悼読書。積読本は沢山あるのだが、全て「別宅」の書庫送りになっているので、唯一「本宅」にあったダブリ本を読んでみた。この元版であるソフトカバー装の桃源社<新作コレクション>シリーズは、ゾッキを5冊揃いで買っては積んだきりになっているもの。各巻は軽ハードボイルドやPI小説やサスペンスなどテーマ別に纏められており、続いて「怪奇小説という題名の怪奇小説」「西洋骨牌探偵術」あたりも同じシリーズとして刊行が予定されていたような気がするが原本に当たってないので、話半分に聞いておいてちょ。収録作は中編2編と短篇3編、加えて角川文庫版には作者の小説講座の弟子が書いた「小説『解説』─都筑教室にツヅキはあるか─」が併載されており御得用。これがなかなかツヅキ小説しているので、元版をお持ちの方も要チェック。以下、ミニコメ。
「霧がつむぐ指」女性翻訳家・佐久間啓子が拾った男・沼江。これは、つかみ所のない「ぬえ」を殺害する事になってしまった女の顛末記。本心と翻心。告白と酷薄。ピシカの桃の導くところ、他殺と自殺が縺れ、刃はどちらの方を向く?中盤から、新たに追う女と追う男が現われ虚実相乱れるプロットに眩惑される。なにより「地の文で嘘をつかない」という基本が嬉しい。中編サスペンスのお手本。
「らくがきの根」正確に実直に時を刻んできた珈琲店の経営者が、落書きに告発された時、ネメシスは芳香の中に立つ。この話の教訓は「人はどこで恨みを買うか判らない」なのか「因果応報」なのか?結末が唐突に過ぎ、一捻り余分な印象が残る短篇。
「濡れた恐怖」人里離れた愛の園。嵐の夜に忍び寄る殺意。人生は悲鳴では終われない。よくも悪くも「夫と妻に捧げる犯罪」の見本。
「手袋のうらも手袋」年の数だけ持てない歴な葉名子に男が言い寄ってきた時、開かない筈の扉が開く。裏切りへの報復が我が身を打つ時、女は運命を操る側に回る。「人は悪女に生まれない、悪女になるのだ」。源氏鶏太ばりの皮肉なBG小説。もう少しこの先を見てみたくなる余韻が憎い。思わせぶりな題名も巧い。
「鏡の中の悪女」妻が消えた。そして、妻の名前で、心当たりのない住所から届いた時期はずれの誕生日プレゼント。消防自動車の玩具、イタリア製のお面。夫が、差し出し人の住所を訪れるや、東京の端と端で同じ男の死体が転がる。死体の謎と鏡の裏側に潜むもう一人の「妻」を巡り、夫と退職刑事の探索は始まった。生者と死者のドッペルゲンガーという趣向に挑んだ中編サスペンス。扱う謎といい、いかにも「退職刑事」のプロトタイプといった印象。アイリッシュの亜流の域を出ていない。


2003年12月13日(土)

◆先週日曜日の朝日新聞Be extraを探す。安田ママさんの文章が掲載されていたらしいのだが、全然チェックを入れていなかったのだ。納戸に積み上げた古新聞の束と格闘すること数十分。最後は奥さんが、チラシの間から発掘してくれた。他の書店員が、本店代表だったり、六本木ヒルズ店代表だったりするのに対し、「旭屋書店船橋店」ってのがよいではありませんか。身重の体でカリスマ書店員への道を驀進しておられる。
◆おおお、なんと土曜のまっ昼間から「TRICK」の再放送を流しているとは!
というわけで、木曜日に録画し損ねた最初の5分を視聴できましたとさ。やるではないか、テレビ朝日!!この調子で、平日も昼間のワイドショーなんかも全部やめちゃって前夜のドラマの再放送してればいいんじゃないの?と思えてしまう、高度情報通信社会を実感する昼下がり。


◆「バイオ・ハザード」牧野修(角川ホラー文庫)読了
ショート感想。
原作(この場合、ポール・アンダースン監督の映画)の勝ち。ノベライズ巧者の牧野修ではあるが、このノベライズでは、「黒娘」の印象が被ったのか、主人公に好戦的な色づけを施し、中盤以降の展開も若干改変、<闘う女二人組>の物語にしてしまった。聖典たるゲームをやっていない人間には語る資格はないのかもしれないが、恐怖から闇雲に射ちまくっていたものが、徐々に冷静な殺戮の快楽に置換されていくのが、この「原作」の味のような気がしているのだが。また、映画では前半の見せ場の一つであった「赤の女王の防衛機構に切り刻まれる特殊部隊」のシーンをどう表現するか楽しみにしていたら、なんともあっさりと隔壁の外からの描写に留めたのも、残念。どう書いても映像の説得力には敵わないと判断したのだろうか?賢明な措置というべきか。
ジョージ・ロメロのゾンビ三部作から「バタリアン」までを引き合いに出して牧野修を持ち上げた 解説は力が入っており、好感が持てる。牧野修流ゾンビもの希望。然り。「Might of the Living Dead」とか、どうよ?


2003年12月12日(金)

◆都筑道夫が随分と前にお亡くなりになっていたようで。遅れ馳せながら合掌。偉大なるマイナー、通好みの名人芸、生きた洒脱、ペーパーバックの魔術師、ジャンルを超越した器用なプロフェッショナル。日本で二番目のショートショート作家。
最晩年のHMMのエッセイは、はっきり申し上げて読むのが辛い迷走ぶりだったけど、これまで日本推理界に遺した功績と足跡は永久に不滅でしょう。個人的には「日本版EQMM初代編集長」と「なめくじ長屋の作者」というだけで充分お釣が来てしまうんだけど、「やぶにらみの時計」や「猫の舌に釘を打て」や「三重露出」を読んだ時のドキドキやら「暗殺心」や「なめくじに聞いてみろ」を読んだ時のワクワクにも忘れがたいものがある。ううむ。追悼で何か読んでみようかなあ。鮎哲と違って山のように未読作があるんだ、これが。
◆定点観測。安物買い。
「黒猫の三角」森博嗣(講談社ノベルズ)100円
「人形式モナリザ」森博嗣(講談社ノベルズ)100円
「そして二人だけになった」森博嗣(講談社ノベルズ)100円
「少年時代(上下)」Rマキャモン(文春文庫)各100円
「遥か南へ」Rマキャモン(文春文庫)100円
「鳩が来る家」倉阪鬼一郎(光文社文庫)100円
「初恋よ、さよならのキスをしよう」樋口有介(スコラ:帯)100円
「天使は探偵」笠井潔(集英社)100円
「小さな場所で大騒ぎ」PKディック(晶文社)100円
「惨劇のプロヴァンス」Nボグナー(産業編集センター)100円
「今はもうない」を最後に離れていた森博嗣の本を久々に買ってみる。「今はもうない」までは新刊で即買いの即読みという非常に忠誠心の高い読者だったのだが、あの作品のトリックを丸っとお見通ししてから、なんとなく読めなくなってしまった。まずは犀川・萌の最後の二作を読まなきゃなあ。ぐぞう。マキャモンは「スワンソング」で完全にノックアウトされ、気力が充実するまでは手を出さないとココロに決めた大事な大事な作家になってしまった。数年ぶりの新作が話題になっているので、やっと旧作に手を出してみる。って、安物買いしてりゃ世話ねえな。樋口有介は今年のマイブーム作家。笠井潔と倉阪鬼一郎とディックは買いそびれ本。なにやら訳の判らないフランスものはマイナー心を刺激されて拾ってみた。
ついでに漫画も安物買い。
「ギャラリーフェイク27,28,29」細野不二彦(小学館)各300円
「悪魔が来たりて笛を吹く」JET・横溝正史(角川書店)400円
おお、ギャラリー・フェイクが追いついてしまった。29巻なんかバリバリの新刊なのにね。JETの金田一漫画はやっぱり一番ハマっているように思う。こんな新作でてたのかあ。
◆夕食の間、見るとはなしに見ていた、NHKの連想ゲームもどきで、外来語を四文字の漢字で表して、もとの外来語を当てさせるというネタをやっていた。例えば「甘皮菓子」で「シュークリーム」みたいな感じ。
これをミステリでやるとどうなるか?
サスペンスだと「緊張小説」
コージー・ミステリだと「快適推理」
エラリー・クイーンだと「合作女王」
エルキュール・ポアロだと「卵髭探偵」
HMだと「偉大巨探」
ネロ・ウルフだと「蘭食巨探」
ピーター・ウィムジー卿だと「母恐貴族」
クレイグ・ライスは「女酔理米」だんだん辛くなってきた。
アリステア・マクリーンなら「冒険史捲」でどうよ、どうよ。


◆「本格的」鳥飼否宇(原書房)読了
横溝正史賞作家の連作中編。古くは英国に始まるキャンパスミステリの伝統に理系の遺伝子を組み込んだ「象牙の塔の生き物地球百科」。どこか壊れた学者風の下ネタ満載につき、アカデミックでお上品な教養小説を期待すると、派手に裏切られる事必定。
題名も充分人をおちょくっているが、副題が「死人と狂人たち」ときたもんだ。続編は「死人の申し分なき重罪人」でしょうか?収録作の冒頭には、聖典からの引用を行い、それなりにチェスタトンへの敬意が感じさせるが、仮にこれが英文科のチェスタトン研究論文として提出されれば評価はDマイナス。トンはトンでもトンでいるのは仕方ないリチャード・シートン動物記ってところでしょうか?>誰や、リチャード・シートンって?
本格(的)推理小説的評価を行えば、無理目の「変態」、意外性の「擬態」、掟破りの「形態」、余分な「実態」といったところ。
「変態」女子学生の性生活を研究対象とし克明な観察レポートを作成する異端の数学教授が遭遇した殺人事件。火照る体、果てる命、痴性が加速する時、天才は変態に降臨する。これは確かに「変態」である。正直なところ、全てこの教授を主人公にして話が進むものとばかり思っていた。と同時に「こら、かなわんなあ」とアタマを抱えてしまった。これは、誰しもが思いつくが誰も小説にしない類いのプロットである。是非、土曜ワイド劇場で映像化して欲しい。「世界ふしぎ発見」そっちのけで見せていただきます。>やれへん、やれへん
「擬態」デパートは燃え、女は消え、マントヒヒは逃げ、死体は掘り出され、講義は続き、学生は抗議する。裏の世界とバーチャルな世界、捕食から逃れるための生存戦略、告発は試験問題とともに。過去に例のないユニークな「暗号もの」。只管まじめに昆虫学の講義を行うという展開は、取りようによっては、頁数稼ぎにも思えるが、逆転の派手さで救われる。プロットは長編のそれだが、一冊の推理小説の半分が昆虫学の講義になっても困るよな。中編で正解。
「形態」動物園で誘拐されたのは、禁断のクローン人間だったのか?光るクローンマウス、動物病院での狂騒、生命を掌で転がす学者たちのゲームが情に流される時、偶然の神はドナーを裁く。捨てネタの錯誤を見破って満足していたら、まんまと引掛けられた。偶然に左右されるところの多い話だが、生命の不思議に比べれば、この程度は神の必然というものなのかもしれない。
「実態」注意深く話しを読んでいるかどうかの試験。まあ、こんな趣向があってもいいっすかね。


2003年12月11日(木)

◆新刊1冊。
「観月の宴」RVフーリック(ポケミス:帯)1000円
こんなのもありさ。順調にポケミス3冊目のディー判事登場。薄さが嬉しい。ポケミスにおけるシリーズものの扱いは、はっきり言ってクールである。素直にシリーズ第1作から出すなんて事は稀。まず、観測気球に「賞」取り作品を出版しその反応を見てから、続きを出す。したがって1冊は「よくあること」、2冊は「よくやった」、しかし3冊となると「よくよくのこと」である。あのカドフェルやスペンサーですら1冊しか出さなかったのがポケミスなのである。いやあ、良くぞやってくださった。あとは、間違っても、既に他の出版社から出た作品をわざわざ改訳して出すなどという回り道をせずに、真っ直ぐに未訳本から出して欲しい。頼むから。
◆帰宅したら「廃虚の歌声」予約購入特典が届いていた。こういうプレゼントは心底得した気分になれる。どうせ新刊で買うなら何かオマケがつくとことで買う。他の商品では当り前の事が、余りにも出版界には少なかったのではないか?値引きのない世界なんだから、何か差別化しないと。といっても、栞やら文庫用本棚が欲しいわけではない。小説そのものをオマケにつけるという発想が実に素敵だ。銀行業界の横並びを一番笑えないのがマスコミではなかろうか?
◆「TRICK」の冒頭5分を録画し損なう。うにゃああああっ!!


◆「QED 百人一首の呪」高田崇史(講談社ノベルズ)読了
メフィスト賞受賞作。丁度、手間ヒマかけすぎるドラクエの間隙を縫ってFFがRPGファンの心を捉えていったのと同じように、なかなか次のでない京極妖怪小説の間隙を縫って蘊蓄小説萌え層を自らのファンに取り込んでいく事に成功しつつある作者のデビュー作がこれ。
一代で財を成した辣腕事業家が、年に一度、息子・娘が集う宴の夜に撲殺された。その直前に、被害者は、長い髪の女や宙に舞う白い衣、更には人魂を目撃していたという。百人一首の収集に入れ込んでいた被害者のダイイングメッセージは尾形光琳画の一枚・文屋朝康の句「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける」。だが、その札は、事件の夜の容疑者7人全てを指していた。果して、瀕死の被害者が最期に見たものとは?既視感、未視感入り乱れ、事象の歪む守りの館で、怨念をカタチにした者は何者?博覧強記を以ってなる異能の薬剤師・桑原崇は、俳句で天下をとった天才・藤原定家が百人一首に込めた「呪」に迫り、奇蹟の配列を発見する。「証明終わり」はもうすぐだ。
先駆者はあるとはいえ、作者なりの百人一首の謎解きが圧巻。巻末近くに挿入された配列表は、かつて定家の座敷にも広げられていたのかもしれないと思うと胸に迫るものがある。現在の殺人の方の謎解きは、作者の素養を活かした、ある意味「姑獲鳥の夏」を思わせるネタ。フェアとアンフェアの境界線上にあるトリックであり、筋金入りの本格マニアは鼻で笑い飛ばすかもしれない。これで、もう少し名探偵に華があれば京極堂なんだろうが、どうもこのシリーズの男女トリオは、部屋に篭って酒ばかり飲んでるんだもんなあ。蘊蓄と殺人パズルがそれぞれに我が道を行く話で、メイントリックが定家に絡むアクロバットがあれば、「猿丸幻視行」並みの大傑作と言われたかもしれない。惜しい。