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2003年11月30日(日)

「羊皮紙の穴亭」の亭主殿からリンク頂いたので、表敬ご紹介。ビブリオミステリと音楽ミステリのリスト作成が売りのサイト。ビブリオ・ミステリは大好きなので、ちゅうか、多くのミステリマニアにとって本ネタのミステリは、それだけでプラス1ポイントって感じじゃないかなあ。気長に充実させていって頂きたいものであります。
◆奥さんと娘との時間をたっぷりとってごろごろする一日。雨だったので、結局家から一歩もでないうちに一日が終わってしまった。購入本0冊。


◆「TOOL & STALL」大倉崇裕(双葉社)読了
作者のデビュー作を含む連作短篇集。東京創元社の作家という印象が強いのだが、実は小説推理の作家でもあったのである。これと光文社が、今や日本の短篇推理作家の登竜門ということになるのかな?オール読物新人賞はどうなんでしょうね?
さて、有栖川有栖推薦帯には「お人好し探偵に乾杯」とあるが、この連作の主人公、白戸修は、巻き込まれ型主人公ではあるが、必ずしも「探偵」の役を割り振られる訳ではない。正直申し上げて、ただの<事件を呼び込む不運な男>である。
殺人容疑で追われる友人の容疑をはらすために、箱師専門の元刑事と東京のターミナル間を駆け巡る表題作、
一晩でステ看100枚設置という苛酷なバイトのピンチヒッターを務め「何でも屋」間の争いに巻き込まれる「サインペインター」、
銀行の手違いで下ろされてしまった虎の子の1万円を取り返す筈が銀行強盗事件に遭遇し、ダイハードな清掃員とともに命懸けの血戦を繰り広げる羽目になる「セイフティゾーン」、
携帯電話に掛かってきた間違い電話に誠実に対応した事から私立探偵とストーカーの攻防戦に一役買って出る「トラブルシューター」、
入社式に向け安売りスーツを仕立てた事から、にわか仕立ての万引き監視員を押し付けられる「ショップリフター」、
まあ、これほどに犠牲者の山羊タイプの主人公がよくぞ生き延びたもんだと感心する事しきり。とことん「作りもの」である。その荒唐無稽さを楽しめるかどうかで評価は変るだろう。個人的には、珍しくも快刀乱麻を断つ名推理とゴキブリの如き駆け足で意外な犯人と真相を白戸修くん本人が暴く「サインペインター」がベスト。こういう浪花節はイイッ!


2003年11月29日(土)

◆実家で二泊三日。いつもご馳走になってばかりいるので勤労奉仕。棚を5つ組み立て、年賀状140枚を表裏印刷。
◆bk1で、東京創元社の編集者・桂島浩輔氏が選ぶ内外ミステリ今年の収穫が発表されている。うち私が国内で読んでいるのは4作、海外では5作。せめて、横山秀夫の「第三の時効」ぐらいは読んでおこうかなと思い、古本屋をチェックするが見当たらず、仕方がないので新刊書店を覗く。と、大森望激賞の「と学会」会長の大人向け小説が平積みになっていたので、そちらを買ってしまう。
「神は沈黙せず」山本弘(角川書店:帯)1900円
あと2冊、デフォルト買い。
「ミステリマガジン 2004年1月号」(早川書房)840円
「ブラックジャックによろしく 第7巻」佐藤秀峰(講談社:帯)533円
HMMはイアン・ランキン特集。リーバスシリーズの長編全解説+短篇収録。途中からすっ飛ばしで翻訳紹介の進んでいる現状が一目で分かり苦笑してしまう。まあ、ヒルのダルジール警視シリーズも中期作に未訳があったりするのだが、一応は文庫オリジナルで出版意欲を見せており、その姿勢は評価できる。やはりラヴゼイ・クラスにならないと、中抜き部分の完全紹介には至らないのであろうか?森さんのコーナーと新刊周辺書コーナーでMK氏の「ある中毒患者の告白」の熱の入った紹介が行われており、これからデジタルデバイド層からの問い合わせが入ることになるのかな?同人誌で300部というのは、やや多めかなと思っていたが、意外に完売の日も近いかもしれない。しかし、問い合わせようにもメルアドしかないんだもんなあ。デバイドされた人々からすれば「どないせい、ちゅうねん!?」って感じかも?
「ブラックジャックによろしく」は、まだ「がん医療編」の続き。とことん引きまくり。ああ陰鬱だ。ブラックジャックなら一話完結なのに。
◆東京駅で下車して定点観測。
「現代大衆文学全集7:小酒井不木集」(平凡社:函)100円
「現代大衆文学全集18:松本泰集」(平凡社:函)100円
「現代大衆文学全集35:新進作家集」(平凡社:函)100円
d「悪党パーカー 犯罪組織」Rスターク(ポケミス:映画カバー)1000円
御存知平凡社の現代大衆文学全集が100円均一棚に晒されていたので、3冊ばかり拾う。松本泰集が嬉しいところというべきか。高く買った事がないので、正直なところ、この全集の価値は判らんなあ。尚、35巻に登場する初々しい新進作家の皆さんのお名前は以下の通りである。
林不忘
山下利三郎
川田功
大下宇陀児
久山秀子
角田喜久雄
城昌幸
山本禾太郎
水谷準
橋本五郎

ああ、初々しい。

スタークは勿論、映画カバーだけのために1000円出してしまう。ポケミスフォトカバー一歩前進。とうとう4桁出すようになってしまったかあ。っていうか最近、これに値をつける店が増えちゃったよなあ。このへっぽこサイトがその高騰に一役買っているとすれば、内心忸怩たるものがございます。はい。


◆「神は沈黙せず」山本弘(角川書店)読了
人類の歴史とともにあった「いまどきの神様」のすべてがここにある。そして、本物の神様もそこにいる。一言で申し上げればズバリ山本弘版「フェッセンデンの宇宙」である。
この作品は、幼い頃に洪水で両親を失った女性ライター阿久津悠子こと和久優歌の綴ったルポである。今や絶滅に瀕している紙の本として2033年4月に出版された。
進化シミュレーションゲームの開発者となった優歌の兄、
中学時代からの友人で長じて女医になった柳葉月、
電網を舞台に若い読者の共感を勝ち得ていく新進ファンタジー作家・加古沢黎、
ありえざる事を収集する老人・大和田省二
2010年、神は天空にしろしめし、サールの悪魔はモアレに包まれた宇宙を跳梁する。それぞれの創世、それぞれの終末、試しに遇う魂、電網駆ける悪意、無血革命の顛末、ヨブ記の真実。星は歪み、スプーンは曲る。私の名は焦点。
シミュレーション小説として読むと経済面での突っ込みが甘く、些か辛いものがある。が、巷にある凡百の経済小説が絶対に描けない未来がこの作品にはある。「とんでも」な疑似科学、似非宗教、マッドサイエンティストを知り尽くした作者ならではの蘊蓄や仕掛けが満載で、まさにとんでもの集大成と呼ぶに相応しい大作である。それでありながらリーダビリティーが高く、ページタナーとしての役目はきちんと果たしている。なにより、人間賛歌であるところがいい。


2003年11月27日(木)・28日(金)

◆普通に働いてから、大阪へ移動、前泊して終日研修。一応、寝屋川と塚口のブックオフを覗いてみるが、見事なまでに買うものがなかった。購入本0冊。
◆bk1から丁寧な回答を頂く。掲示板でも紹介済みだが、「廃虚の歌声」のbk1予約プレゼントは12月配送なのだそうな。ここ。これに安心して、ミステリ作家事典のハードボイルド・警察小説・サスペンス編も予約してみる。


◆「ラスト・ダンス」Eマクベイン(ポケミス)読了
◆「マネー・マネー・マネー」Eマクベイン(ポケミス)読了

最新作を先に読んでしまった87分署シリーズの第50作と第51作。それにしても、87分署公式クロニクルの第46作に短篇「87分署に諸人こぞりて」がカウントされるようになって、釈然としない日々が続く。例えばメグレ警部が80余編とか言っても、そこには短篇が二、三十編含まれており、「全部で何冊」とは表現したくても表現できない。87分署に限ってはそれがあるまいと思っていたのだがなあ。そもそも、中短篇集である「空白の時」を第15作と数えておいて、「諸人こぞりて」は短篇一つで1作というのが我慢ならない。はあ、イライラする。かつては87分署が、まず中編としてアブリッジ版が雑誌掲載される時代があった関係なんだろうか?それとも、一つの冊子として出版されたということなのであろうか?とりあえず「ラスト・ダンス」には麗々しくも「第50作」としてポケミス最大の高さの帯がついているのだが、素直に「50作到達おめでとうございます」という気分に浸れないのである。ぶつぶつ。というところで時間切れ。


2003年11月26日(水)

◆「廃虚の歌声」の予約特典が一向に届かないので、bk1に問い合わせしてみる。
◆次々と寄せられる「月長石」への声。拙サイトの今年の一番の話題作はこれかな〜。
◆「どうしてメールが処分本への申し込みばかりなのか」とこぼしている某サイトの主宰者様。そんなもん、当り前です。アンケート企画でもない限り、私が貴方から頂いたメールの全ても「その本、譲って」というメールでした。自分の胸に手を当てて考えてみてください。
◆大阪日帰り出張。大阪駅前第3ビル地下の百均棚でジーン・ウルフの新しい太陽の書が4冊揃って並んでいた。反射的に掴んでから、これ以上ダブリ本を増やしてどうするだ!?と自己突っ込みして、リリース。ふっふっふ、大人になったのう、と思っていたら、駅前第2ビル地下で古本市が本日最終日。3冊100円につられて、ふらふらと拾い物。
d「星条旗と青春と」小林信彦&片岡義男(角川文庫)
d「妖精悪女解剖図」都筑道夫(角川文庫)
d「レールは囁く」鮎川哲也編(徳間文庫:帯)
d「IFの世界」石川喬司(講談社文庫)
「愛の見切り発車」柴田元幸(新潮文庫)
「十二人の手紙」井上ひさし(中公文庫)
わーい、こんなに買って200円だあ。だめだめだあ。
◆新幹線の行き帰りで、これまで幾度となく挑戦しては、途中で放り出してきた日本推理小説三大奇書の一つ「黒死館殺人事件」を読了。いや読了というより「眺めきった」といった方が正しい。睡魔と闘いつつ、歯を食いしばりながら頁を繰り、ストーリーを追おうとするのだが、ふっと意識が途切れ、自分勝手な筋を補完する事数度。これって原書を読んでる時に陥るトランス状態だよな。いやあ、本当に世の中のミステリマニアと呼ばれている人々はこの天下の大悪文を片言隻句読んだのか?これは、もはや読書ではない。荒行苦行の世界である。
で、なぜ、そんな苦労までして読んだかというと、これで昨年末に和物・洋物各10作ずつあげた私的<読んでないと恥かしいけど、実は読んでいないミステリ>を全て読み終えた事になるのだ。やりい。「俺様はこんなものも読んでないんだ、スゲエだろ?けけけけ」という悪趣味な自爆ネタへのワタクシなりの「けじめ」である。実は去年、あの企画を思いついた際から、このオチを狙っていたのである。
「手間の掛かる事を!」


◆「黒死館殺人事件」小栗虫太郎(教養文庫)読了
とりあえずショート感想。
著者の探偵小説の集大成にして日本探偵小説史上に巍然と屹立する異形のゴシック建築。漆黒の館に待つ衒学と弦楽の死重奏。その蘊蓄は洋の東西を問わず、登場人物は唯只管に博覧強記。擬似科学、魔法学、神秘学、医学、修辞学、言語学、音楽、美学、物理学、民俗学、占星術、錬金術、金言警句の応酬に読者は翻弄されるのみ。水精、風精、火精、地精が招く異界の殺人術。禁断の魔手は妖光とともに犠牲者を示し、死に様は矩形の戯画が予言する。自動人形の惑星の運行は波動を歪め、天上の詭計を鐘鳴が告げる。
はっきり申し上げて、推理小説としては、「違法建築」である。


2003年11月25日(火)

◆うせもの一件。ショックで一日おろおろと過ごす。SRとEQFCの会費、森さんの処での買い物代金など払い込み、課内積み立てを支払ったら既に金欠である。とほほのほ。
◆夜は宴会。購入本0冊。


◆「翳りゆく夏」赤井三尋(講談社)読了
ショート感想。
本年の乱歩賞受賞作。20年前の嬰児誘拐事件を再調査する特命記者もの。登場人物たちが善人過ぎ、御都合主義的展開が気になるが、プロットは気が利いており及第点。全体的に、こじんまり纏まった感があり、賞狙いの割りには地味な作品。How to 乱歩賞に欠かせない業界ものの味付けがない、というか、手垢のついた新聞業界を今の視点で改めて取り上げてみたという事なのだろうか?その割りに、舞台となる新聞社が「美味しんぼ」の域を出ていないのには苦笑してしまう。業界蘊蓄小説へのアンチテーゼとなれば、それはそれでよし。


2003年11月24日(月)

◆三連休最終日。午前中は二日分の日記をしこしこ。「月長石」の感想は、別枠の原書レビューを除けば、これまでの1600余の感想の中で最長だと思う。最良だとは思いませんけどね。午後からは、8月中旬分の日記をhtml化してアップ。
その間の読了本は「殺人犯は我が子なり」「大赤斑追撃」「猫は聖夜に推理する」「死霊の跫」「わが名はレジオン」「魔法探偵スラクサス」「模倣犯(上)(下)」「ハグルマ」「フェンス」。ご興味のある方は、乞、ご笑覧。
あとは、依頼原稿を1本やっつけて、「TRICK」の第3エピソード「誰も死なない老人ホーム」前後編を視聴。なんとも凄まじい仕掛けだが、幾らなんでも、これは破綻必至ではなかろうか?裏筋の「真相」も全然辻褄合ってないしなあ。真犯人の最後の一言は強烈(第1シーズンにも同じざらっととした後味の回はござんしたけど、更にハードボイルド)。


◆「ドクラ・マグラ」夢野久作(ポケミス)読了
日本探偵小説界の三大奇書の一つ。これまで数回チャレンジしながらも、毎度チャカポコ(=「キチガイ地獄外道祭文」)の章で挫折してきた異形の書。かつてはポケミスで最も分厚い小説であったが、イアン・ランキンや、レジナルド・ヒルの長大路線のせいで、そのタイトルは失った。しかしながら、その壊れっぷりにおいてこの書に敵う推理小説は世界中どこを探しても見当たらないと申し上げても過言ではなかろう?左脳が痙攣を起し、右脳が悲鳴を上げ、間脳がタップダンスを踊り出し、チャカポコが口を衝いて出る。おそらく、この書の主人公に感情移入してしまうと、正常な世界には帰ってこれないような気がする。解きほぐしてしまえば、プロット自体は単純明解。二人のマッドサイエンティストが、一組の男女を実験体として弄ぶ過程を、狂った男の視点から追体験する幻想譚である。ただそれだけの話が、パッチワーク状の騙りの不連続のうちに描かれる。抑制を放棄した奔放な文体、生理的不快感を醸す破調の不協和音、記憶の混濁と不安。赤裸々なる狂気。あーああああ、探偵小説数々あれどー、キチクな英米にもこんなキチガイ小説みたことない。探偵、被害者、加害者、博士、登場人物みなキチガイで、作中作の作者もキチガイ、ぶううーーーんんんに始まり、ぶううーーーんんんに終わる、これが日の本一のアホダラ狂。アホダラ教。アホダラ経。チャカポコ、チャカポコ。
あらためて挑戦してみて、驚いたのはそのリーダビリティーの高さ。チャカポコを真剣に読まなければ、後は供述書のくだりで多少引っ掛かる程度。野卑な言葉づかいも心地よく、つるつると最後のぶううーーーんんんまで辿りつく事ができた。「この話は訳が分からなくていいんだ」という割切りが出来ていれば楽しめるのだ、という事がよく判った。なるほど奇書という評言がこれほどに当てはまる話も珍しい。


2003年11月23日(日)

◆ネット切って読書三昧。
◆散歩がてら定点観測。何もございません。
d「誰もがポーを愛していた」平石貴樹(集英社:帯)50円
別宅で探しだすのが面倒なので、読むために拾う。益々以って、なんのための「書庫」なのかわからなくなってまいりましたあ。
◆散歩から帰宅するとbk1から本到着。
「廃虚の歌声」Gカーシュ(晶文社:帯)1800円
年刊ジェラルド・カーシュ、とでも申しますか。予約特典欲しさにbk1で買ってみる。で、予約特典って、どんな形で届くんでしょう?届いた?>ALL
◆奥さんが借りてきたDVD「シカゴ」を視聴。うはあ、いまどきのミュージカルやねえ。浮気、殺人、逮捕、入獄、会見、出廷、尋問、評決その全てが「おーる・ざーーっと・じゃず!!!」
ああ、女は怖い。


◆「月長石」Wコリンズ(創元推理文庫)読了
<元古本者 kashiba@猟奇の鉄人の手記>
わたくしどものような教養ないものが、このような形で文章をしたためますことは心苦しくも、おめよごしなこととは存じますが、昨年末に犯した無礼千万に対します懺悔かたがた、電網上に駄文を掲げる次第でございます。
そもそも「月長石」と申しますと、常にわたくしどもの座右にございます創元推理文庫の解説目録をひもときますと、まだわたくしが青臭い中坊だった時代からハインライン家のロバート様の「異星の客」と並び、創元推理文庫の二大「電話帳」と呼ばれたものでございました。伝え聞くところでは、かつて「月長石」の方は上下巻に別れておったそうでございまして、黄色い「月長石」と青い「月長石」がこの国にあったという事でございます。黄色い「月長石」は今尚奇跡的に版を重ねておりますものの、青い「月長石」につきましては、その整理番号とともに既にこの世には存在しないものとして、インドから参った3人のバラモンがこれを追っているという噂もございますが、それは私の座右にある創元推理文庫解説目録(2002年1月版でございます)の43頁に「しかし、その行くところ常に不気味なインド人の影がつきまとう」と予言されているではありませんか!!なんという符合でありましょうか。わたくしどもは常々、生きていく上で、悩みを抱える事がございますと、この創元推理文庫解説目録を開くこととしております。そして、そのたびに、天啓としかいいようのない、神の意志に触れるのです。例えば、このようなサイトを運営して、好き勝手な事を言っていてよいものだろうかと、不安に感じた際には、2000年6月版創元推理文庫解説目録の71頁に、こうございます。「誰も批評家を愛せない」。ああ、そうなのです。誰も批評家を愛せないのでございます。このように、創元推理文庫解説目録には人生の機微の全てをまるっとお見通しの箴言が溢れているのでございます。どうか皆様方も、創元推理文庫解説目録をお手元に置かれ、熟読されますことを御勧めする次第でございます。
ああ、いけません、肝腎の懺悔に入るまでに、もうこれほどの字数を使ってしまいました。しかしながら、この長い長いロマンを語るためには、それにまつわる史実と評価からご説明せざるを得ないと感じるわけで、この大著を僅か1日で読み切られた喜国雅彦さまや、この書を愛してやまぬ真田啓介さまへの恩顧にお応えするためにも長口舌をご寛恕いただければと祈るばかりです。
さて、それは2002年も押し迫りました12月27日の事。このサイトの日記で、わたくしめはこのような不埒な内容を書き散らかしてしまったのでございます。

「輝け!第1回<読んでないと恥かしいけど、実は読んでいないミステリ>大賞」
別名「第1回<必読&未読、恥かしくて人に言えない=ひみつ読ミステリ>大賞」
その受賞作は、投票者の三分の一を集めましたこの作品に決定いたしましたああ!!

ウィルキー・コリンズ「月長石」!!

古典の中の古典であるという歴史性、
常に現役本でありつづけるタフネスぶり、
もともとは文庫本で上下巻だったというトンデモない分厚さ、
そして読む者をふかーいふかーい眠りの国に誘う退屈さにおいて、
他の推理小説の追随を許さない作品と呼んで過言ではないでしょう。
まさしく「究極のHundrum」にして「紙で出来た枕」「百年の積読」!
今回、あえてこの作品の名前を出されなかった投票者の方々の中にも、実は読んでおられないの方は多いのではないでしょうか?

ウイルキー・コリンズさん、おめでとうございます!!
そして、いつまでもこの作品を出し続けていてくれる東京創元社さん、本当にお疲れ様でございます。どうぞ「第1回<読んでないと恥かしいけど、実は読んでいないミステリ>大賞受賞!」「<ひみつ読ミステリ>大賞受賞!」帯をつけて拡販にお勤めください。

ああ、今、読み返しましても、己が短慮に背筋が凍る思いでございます。
「紙で出来た枕」
「百年の積読」
言うに事欠いてなんという不遜な事を!!
このたびこの作品を通読し、その悠々たる筆運びと物語りとしての豊穣さに唸りました。まだ日本という国が近代国家の体をなしていない頃(1868年)に、既にこれほどの恋愛と犯罪の人間劇が小説として描かれておったという事実に打ちのめされました。そして、その推理小説としての面白さに、魅力的な探偵に、一見、不可解な行動を取る登場人物たちの心理的な葛藤が過不足なく割り切れるカタルシスに触れ、この作品が、今なお読み継がれている理由が、些かなりとも理解できたような気が致しました。どの行間からも、1840年代後半、産業革命と植民地経営で世界に冠たる一等国であった大英帝国の空気がひしひしと伝わって参るではありませんか。人々が我が身の責任を知り、分際をわきまえ、恥を知り、愛に殉じる。勿論、その世界には、悪党も狂信者もおり、それがゆえにドラマがドラマとして機能する。その風俗や文物が、密接にドラマの展開に関わってくるというのも、ただただ饒舌でページ数を稼ぐ近頃の読み物とは、気配り目配りの全てにおいて、格の違いを感じる次第でございます。例えば、月長石が紛失する夜のこと、ある人物が雨の中、天蓋のない馬車で帰途につく、というくだりがございます。なるほど、この時代には、このような「粋」があったのか、とトリビアな趣向に耽っておりますと、それが後々の伏線であった事が判明し、愕然と致します。また、探偵役を務めるカッフ部長刑事の造型の豊かさはどうでしょう?巧みに話題を逸らしながら、ついと相手の胸元に真実の問を発する間合いは、尋問術において20世紀の洗練の極致である刑事コロンボのそれを思わせ、引退後は薔薇の育成に励むその姿は、レストレードの如き凡庸にしてステロタイプの警官像ではなく、ジョンブルの誇りに満ちたホームズを彷彿とさせるではありませんか。しかも、このカッツ部長刑事は、なんと一度は、そう!丁度あのエラリー・クイーンにように「敗北」まで喫するのです。このような「名探偵」が既に、推理小説の黄金期と呼ばれる時代に先立つ事50年の昔に活躍していたとは!!これを「衝撃」と呼ばずして何を衝撃と申しましょうか。ことほどさように、この小説は驚きに満ち溢れた大層面白さに衒いのない話なのでございます。その長さを恐れる事なく、いや、まさにその長さを楽しむつもりで、ページを繰れば、忽ちのうちに、貴方さまも、様々な語り部たちによって19世紀の英国に誘われ、古典推理の様式美と物語の精髄に息をのまれることでありましょう。不品行から更生した不具のメイドの純情に胸打たれ、狂信的なオールドミスの布教ぶりに笑いを噛み殺し、妖しく跳梁するインド人たちの影に震え、鮮やかなる名探偵の慧眼に唸り、そして、古風な、あまりにも古風な恋人たちの愛の顛末に酔う。これぞ、一大ロマン、これぞ、小説でございます。
今一度、創元推理文庫解説目録2002年1月版の43頁をご覧下さい。そこには、こうございます。
「最大にして最良の推理小説」
左様、まさに然り。
昨年末の、神をも畏れぬわたくしどもの失言を、ここに深くお詫びするとともに皆様方にも、この書に親しまれる事を強くお勧めして、駄文はこれにてごめんこうむらさせていただきます。


◆「ゴールデン・フリース」RJソウヤー(ハヤカワ文庫SF)読了
1848年の物語に耽ったあとは2179年のお話。これも「こんなものも読んでなかったのか」読書の一環。今や「SF者、ミステリ者、まとめて面倒みてやるぜ」の代表選手ロバート・J・ソウヤー。といっても、父祖アシモフのように、純粋の現代ミステリに手を染める訳ではなくて、飽くまでも基本は「SF」。それも極めてハードなSFである。さはさりながら、「科学オンチはおとといきやがれバクスター」みたいなチタニウムで鼻を括ったようなところはなくて、「じゃあ、一からいってみようか」的啓蒙先生だったりする。このデビュー作も、ある意味で優しいハードSF。宇宙船は、最も基本的な恒星間宇宙船であるバサード・ラム・ジェット。相対性理論とウラシマ効果があしらわれ、幕間では宇宙から来たメッセージにカール・セーガン調の解読が施される。そして本編は、どんなに推理小説センスのない読者にも犯人が判る「倒叙推理」。どーよ、どーよ。
わたしがこの物語の語り手であり、目撃者であり、犯人であり、探偵であり、乗り物である。わたしの名は「イアソン」。1万人余の志願者とともに、47光年かなたのエータ・ケフェイ星系第4惑星コルキスを目指すバサード・ラムジェット宇宙船<アルゴ>を制御するコンピュータである。旅程の4分の1到達を祝う日を目前にして、わたしは一人の女性天文学者を自殺に見せかけ葬った。彼女の名はダイアナ・チャンドラー。「HALを発明した博士」と同姓だと指摘するのはバグであって本筋ではない。着陸船<オルフェウス>へと追込み、そこでラムフィールドへと晒す。ダイ・マスト・ダイ。彼女は死ななければならなかったのだ。だが、ダイアナと結婚解消したばかりの男アーロンは、彼女の「自殺」に疑問を持ち、単独で捜査を始める。形見のデジタル時計、高すぎる放射能、再構築される探偵、命懸けのポーカーフェイス。大宇宙を行くホワイダニットはアルゴノーツへのレクイエム、それとも神の創世期。
SFミステリの快作。この「シンデレラの罠」はだしのアクロバティックなプロットを見よ。倒叙SF推理というのはヴァンデル・アース博士ものにもあるので、これが最初というわけではないが、AIの視点で描かれた倒叙推理となると前代未聞。思わず「やられた!」である。通常の倒叙推理同様にどこから犯罪が破綻するか?という妙味に加え、なぜAIが人を殺さなければならなかったか?という謎が魅力的。HALも0号原則も当り前の世界で、トンボを切ってみせた元気の良さに敬服。「犯人」が探偵の手のうちを探る手法がこれまた後の「ターミナル・イクスペリメント」辺りに通じるぶっとび方で、一つ一つはお馴染みのネタが、この作者の手に掛かるとどこか懐かしい新作料理に化ける。SF好きは勿論、ミステリマニアも必読の書。このジャンルで「鋼鉄都市」「星を継ぐ者」に比肩する里程標的作品となるであろう。っていうか、もうなってますかそうですか。


2003年11月22日(土)

◆二日分の日記を書いてアップ。図書館に行って返却&借り出し。
◆「古い家と家具にこだわるイギリス人」出口保夫(世界文社)読了。発作的にイギリステーマのエッセイなんぞを読んでみる。徹頭徹尾イギリス礼賛。
例えば、「エラリー・クイーンが好き」という人間がいたとして「『エジプト十字架』が凄い」とか「『Xの悲劇』は大傑作」、ふむふむ、「やっぱり『十日間』でしょ?」「そのあとに『九尾』だよなあ」、はあ、まあ、「最高傑作は『ガラスの村』ではなかろうかと」、うーん、と唸りながらも、まあ、このあたりまでは許容範囲として、「ファンだったら『孤独の島』を読まなきゃだめでしょう!!」となると、これはもう病気である。クイーンとつけば、フラッシュ・ゴードンでも、EQとつけば、デヴィッド・カルーソまで、盲目的なクイーンファンと判断してよい。
と、同じように、ワタクシ的「盲目的な英国マニアの判断基準」がある。即ち

「イギリスの料理を褒める」。

その基準に従えば、この著者は盲目的あばたもえくぼの英国マニアである。
その割りには、ミステリやスコッチに関する記述が一切ないのが、なんだかなあ。つまらん本を読んでしまった。
◆濾過していないタイプのボージョレ・ヌーヴォを飲んでみる。おお、フルーティー。これは癖になっちゃうねえ。


2003年11月21日(金)

◆「書評で鍛える文章力と読書力」という特集に惹かれてダカーポの最新号を立ち読み。とりたてて目新しいことはなく、ごく当たり前の心得が書いてあった。<書評読本>とでも申しますか。「本ってえ、あんまり読まないんだけどお、書評家になりたーーい」みたいな人が出てきませんように。つるかめつるかめ。bk1の書評の鉄人についても紹介あり。書評をランク付けする事で投稿が増えた由。ランク付けする方もランク付けされたいわけですか。
◆掲示板でリターンエース狙いばかりのレスつけなど。たまには、いいやね。
◆朝ウォーキングをサボったので、帰りに東京まで歩く。当然、八重洲古書センターをチェック。ポケミスの「道化者の死」が売れていた。5000円でも買う人は買うってことですな。いや、揶揄してるんじゃなくて、素直に適価だと思ってます、はい。
文芸棚で戸板康二「才女の喪服」初版・帯が1000円の値付け。帯一本に1000円出すか否か、しばし葛藤してスルー。いい値付けだよなあ、くそう。この葛藤で新古本の購買意欲を削がれ、結局、購入本0冊。


◆「オリエント急行戦線異状なし」マグナス・ミルズ(DHC)読了
なんとも人を食った題名の「不思議小説」。こういう題名を見ると無性に遊んでみたくなる性分なので、「アクロイド門」とか「凱旋子豚」とか「そして誰も異状なし」とかどうよ?などと思ってしまうのであった。
8月に第1作の「フェンス」を読んだのは、この第2作を読むためのジャンピング・ボードだったのだが、個人的には「繰り返しの妙で見せ、悲鳴で終わるガテン系カフカ」な第1作が好み。こちらはガテン系から習慣アルバイトニュース系とでも申しますか、ペンキ塗にはじまり、家庭教師、ダーツ選手、ボート搬送、薪づくりに牛乳配達と、様々なアルバイトが主人公の身に降り掛かってくる。翻訳は「フェンス」に惚れ込んだ奇想小説愛好家・風間賢二直々の出馬。DHCの本にしては、名の通った翻訳者の起用である。
英国の湖畔地帯。バイク一つで休暇にやってきたぼくは、ひょんなことからキャンプ場の代金がわりにペンキ塗りのバイトを引き受ける。依頼主であるパーカーさんのボートを借りたり、パーカーさんの娘で15歳のゲイルの宿題を手伝ったりするうちに、なんとなく村のハグルマとして組み込まれていくぼく。ボール紙の王冠を被りつづけるブライアン、調子外れの音楽を垂れ流しながら牛乳を配るディーキン、愛想の悪い食料品屋のホッジ、ダーツが上手い駄馬亭のバーテン・トニー、明日にもインドに向けて出発する筈が、雨に祟られ、ビールを奢られするうちに、村に腰を据えている自分。一体ぼくの運命はどこへいくのだろう?そう、どこにもいけないのである。
例えば、英語の「homework」には、宿題、内職、といった意味に続いて、ガールフレンドの意味があったりする。「ちょっとした宿題」(bit of homework)は「やらせてくれる彼女」だったりする。だから、ネイティヴが読めばドリスとぼくとの宿題くだりは「ははーん、このロリータ野郎め」みたいな暗喩を読み取ってしまうわけだ(おそらく)。んじゃあ、物語の最初から最後まで主人公を縛る「緑のペンキ」というものにも何か意味があるのか?と思って読んでいるととんでもなく理に適ったナンセンスが幕切れに待っていたりする。ウォーポールの「銀の仮面」やらカッシングの「料理人」で描かれた<静かな侵攻>を、主人公以外の全員が仕掛けてくるところが「あれ」なのかもしれませんな。たまには変な話を読んでみたいという人はどうぞ。