戻る


2003年11月20日(木)

◆早起きして、昨日の日記と感想をちゃっちゃと書きあげる。よっしゃあ!、と思ったら、アップし忘れてやんの。とほほほほほ。仕方がないので帰宅してからアップする。
AMさんの翻訳短編拾い読み企画に好感。長編の書評や感想は世の中に溢れているが、短編はデータベースこそあれ、拾い上げて内容を紹介しているサイトはまだまだ少ない。HMMやEQの収集難易度は低い方かと思うので是非息長く続けて欲しいところである。紙媒体のミステリ同人誌の世界では、荻巣さんという先達の「マイナー通信」というスグレものがあったのだが、身辺多忙らしく、ここ数年、新刊が出ていない。残念である。お元気なんだろうかなあ?
◆フーダニット翻訳倶楽部で今年の年間ベスト投票が始まる。そうか、もう1年経ってしまったかあ、としみじみ。今年は全くといっていいほど原書が読めなかったので、参加は控えようと思うが、「翻訳新刊」「オールタイム」「未訳原書」「なんでも」という4ジャンルでそれぞれにベスト10を選んで短評をつけるというシステムは、はっきり申し上げて荒行の世界である。あうあう。
それはそれとして、なんでも聞く所によれば、今年の「このミス」では、特に翻訳ミステリについて「マニアックな趣味に走り過ぎてくださるな」てな指導とも要望ともつかない一文が付されていたそうである。うーん。年間ベストぐらい好きに選ばせてもいいんじゃないのかな?。ただ、投票対象となった本のリストと、投票者がその中で読んだ数を必ず書いて貰うようにしてもらえば、あれこれ加工のしようがあると思ったりもする。
SRの会の投票システムは年季の入っている分、その辺りが洗練されていて、<「本格」大好き>な偏向はあるにしても、投票者の新刊読みとしての信頼性は確保できているし、最低投票者数縛りで一握りのマニアックな人々が推すカルト作がのさばる事ができない仕組みにもなっている。
まあ、新刊や年間ベストで一喜一憂する気忙しさを忘れましょうというのが、拙サイトの拠って立つところでもあるので、これ以上何をどうしろ、というわけではないのだが、「今年ミステリを50冊以上読んだ方にお尋ねします。新刊・旧刊に限らず今年読んで面白かったミステリのベスト10を挙げてください」という国勢調査をまともにやったら何が一番になるのかな?などと、ふと思ったりもするのである。「慟哭」とか、いい線いったりするのだろうか?
◆カルフールでボージョレ・ヌーヴォーとパンとチーズ買って帰っておフランス気分。荷物が多くなってしまったので購入本0冊。


◆「レオナルドのユダ」服部まゆみ(角川書店)読了
山田正紀の「天正マクベス」がシェークスピアを玩具にした話だとすれば、こちらはダ・ヴィンチへの真摯なるラブレター。名探偵群像な柳広司はともかく、1年の間に、智の巨人として西洋文明にその名を刻む二人の天才がミステリのネタにされるというのは、何かの偶然なのか?時代の必然なのか?服部まゆみ3年ぶりの長編はこんな話。
これはルネッサンスの巨人レオナルド・ダ・ヴィンチに関わった人々の記録。のちに師レオナルドの遺した作品を委ねられる事となるヴォー・プリオ・ダッタの領主メルツィ家の長男ジョヴァン・フランチェスコ・メルツィ。その乳母マイアの息子ジョヴァンニ・ピエトーロ・リッツィ、既に「最後の晩餐」を完成させ、ミラーノの暴君イル・モーロの庇護を受けていたダ・ヴィンチに二人が出会ったのは、1497年の春の事であった。自然を愛で、自由を尊び、戦争を引き起こす人間の愚かさを嘆く天才。その医学・化学・工学など自然科学への造詣、絵画・音楽など芸術百般への類い稀なる技巧、深い洞察と人の心を思いやる慈愛、少年たちはたちまちのうちにこの天才の虜となった。やがて彼等は、師の声望を護るために一人の人文学者と闘う事となる。男の名は、パーオロ・ジョーヴィオ。そのコモ出身の医師は、腐敗した権威たるローマ教皇の元で、観相学の第一人者としての地位を築き上げていく。叶わぬ思いに身を焦しながら、ただ「使徒」を追う男。猖獗を極める黒死病。天上へと放たれる鳥。赤と青のメカニズム。嫉妬の果て、誹謗は踊り、微笑を求める男を凶弾が襲う。龍よ翔べ!そして、ユダは食卓の向うにいる。
行間からバロックの調べと陽光の温かさが零れ、光の向うに神がしろしめす。重厚にして絢爛たる教会のステンドグラスを思わせる作品である。また、装丁から割付まで洒落心に溢れた造本も、思わず読者の背筋を伸ばさせる。果してこの小説の「謎」は何か、読者の前には只管人間レオナルドの証言が積み重ねられていく。<弁護側の証人>、そして<検察側の証人>、彼等の鬱勃とした焦燥を、天上の歓喜を、敬虔なる戦慄を目の当たりにしながら、物語は30年がかりで一つの「事件」に収束していく。廉恥の士であるが故に「なんちゃって」の悪癖がある服部まゆみであるが、この作品も、その弊がなくはない。ここまで大風呂敷を広げ、騙った挙句が、これかよ!という突っ込む向きもあろう。しかし、これが服部まゆみなのである。これは服部版「美の秘密」であり「法の悲劇」なのである。なんちゃって。


2003年11月19日(水)

◆大阪日帰り出張。定点観測不能。とほほ。購入本0冊。
◆成田さん@密室系のエールに感謝。「アクロバティック」という評言は嬉しゅうございます。ブッキッシュコラムNo1として偏愛している「活字探偵団」(本の雑誌社)の向うを張って「活字曲技団」とでも名のってみますか?
◆くりさん@諸読無常の買い物やダブリ本が凄い。買い物では、連日、佐々木丸美の未文庫化作品をこともなげに拾ってみたり、ダブり本の方では、渡辺啓介だの、三橋一夫だの、ホントにその値段でいいのか?という出物が転がっていて、こんな本貯め込んでいたのかあ、と感心してしまう。改めて、ネットやってる暇があったらコマメに古本屋回れという事だよな、と、我が身の「薄さ」を実感する次第。


◆「でぶのオリーの原稿」Eマクベイン(ポケミス)読了
87分署シリーズ第52作。手元に前作がなかったもので、順序を飛ばして最新作を読んでみた。まずは(何人目かの)愛妻への献辞の書き出しが笑える。「毎度変わりばえがしないのを承知の上で」。この文句は本書のすべてのページに振ってもよいかもしれない。「毎度変わりばえがしないのを承知の上で、この小説に現われる都市は架空のものである。」、「毎度変わりばえがしないのを承知の上で」殺人現場にはモンローとモナハンが待っており、「毎度変わりばえがしないのを承知の上で」クリングは同僚と恋愛しており、「毎度変わりばえがしないのを承知の上で」キャレラとテディは益々愛を深め、「毎度変わりばえがしないのを承知の上で」アイソラはビッグ・バッド・シティだ。
88分署刑事オリー・ウィークスの災厄。それは、人生一発逆転を期して完成間近にまで持ち込んだ小説「市警本部長への報告書」の原稿を何者かに奪われてしまった事である。ベストセラーになる条件をすべて踏まえた(筈の)その作品を盗んだ奴を追って、情報屋を使い、ビッグ・バッド・シティを駆け回るオリー。担当となった市長候補者狙撃殺害事件は、この際、87分署の連中と、イかした新米女性巡査に助言を与えておけばなんとかなるだろう。しかし、悪徳と食欲と強運の持ち主たるオリーにも、まさか、彼の創作を、本物の報告書だと誤解するヤク中がいるとは思いもつかなかった。そう、書き出しにあの言葉を入れてなかったんだ。「この小説に現われる都市は架空のものである。登場人物も場所もすべて虚構である。」果して、オリーの原稿の運命や如何に?ついでに、市長候補を殺した犯人とは?
「毎度変わりばえがしないのを承知の上で」面白い。9.11以降のアメリカの空気も盛り込みながら、いつもいいところを持っていく悪徳刑事オリーを主人公に据え、社会の裏側に詰め込まれた妬みと企みの瘴気を活写する。なんといっても笑えるのが、オリーの小説。これが、稚拙な悪文の極みで、しかもプロットのお約束ぶりがナイスと来ている。誰もが小説家を夢見ていたり、テレビの刑事を真似してみたり、というメディアに毒された21世紀の警官像には、ニヤニヤしながらも薄ら寒いものを感じずにはいられない。そんな警察の中で、ルーキーの女性巡査パトリシア・ゴメスの健全な感性にホッと一息ついて、ありゃりゃ、また、マクベインの筆に乗せられちゃったなあ、と思ったりするわけである。


2003年11月18日(火)

◆グルメ探偵ネロ・ウルフ続報
今回の第1シーズン分のエピソードガイドはしっかりWOWOWのサイトで紹介されておりました。ここ
第1シーズンは、このあと中篇2話ずつ2回放映(「死の扉」&「クリスマスパーティー」、「殺人鬼はどの子」&「ねじれたスカーフ」)の後、ウルフ自身の事件ともいえる長編「我が屍を乗り越えよ」で、とりあえずおしまい。で、アメリカでは第2シーズンが既に放映済み。ラインナップは以下の通り。

1. Death of a Doxy   <未訳長編!!>
2. The Next Witness  「法廷のウルフ」
3. Die Like a Dog   「真昼の犬」
4. Murder is Corny   「スイートコーン殺人事件」
5. Motherhunt     <未訳長編!!>⇒スタウト版「お母さんをさがせ!」
6. Poison a la Carte 「ポイズン・ア・ラ・カルト」
7. Too Many Clients  <未訳長編!!> 
8. Before I Die    「死の前に」
9. Help Wanted, Male 「求む、影武者」
10. The Silent Speaker 「語らぬ講演者」
11. Cop Killer     「巡査殺し」 
12. Immune to Murder  「殺人はもう御免」

第二シーズンも是非、WOWOWで放映していただきたいものである。
ところで、アーチ・グッドウィン役のティモシー・ハットンはジム・ハットンの息子って事なんだけど、ジム・ハットンといえば、あのリンクとレビンソンがプロデュースした「エラリー・クイーン」でエラリーを演じ、46歳の若さで夭逝したあのジム・ハットンではありませんか!!なんちゅうか、エラリー萌えでアーチ−萌えなEQFCのN女史が悶絶しそうな事実であります。うほほーい。
◆定点観測。安物買い。
「ヴェネツィア殺人事件」ダナ・レオン(講談社文庫)100円
知ってる人は知っている(といっても、精々、郭公亭の若旦那ぐらいだが)サントリーミステリ大賞を海外からの応募で掻っ攫っていった作家が、今度はCWAまで受賞したという話題作。ようやく均一棚に落ちてきた。
◆奥さんの実家で急遽カキフライ・パーティー。たらふく飲んで食べて、ごちそう様でした。
帰宅したら、森さんから本が届いていた。御存知Crippen & LandruのLost Classicsの新刊2冊。
「Karmesin」Gerald Kersh(Cpippen & Landru)17ドル
「The Pleasant Assassin」Helen McCloy(Cpippen & Landru)17ドル
前者はジェラルド・カーシュのピカレスク、カームジンの登場する17編の短篇を1冊にまとめた画期的作品集。後者はベイジル・ウィリング博士の事件簿。どちらもさながら藤原編集長のような仕事である。


◆「七度狐」大倉崇裕(東京創元社)読了
えー、上方落語でいうところの東の旅で、一番人気がある話といいますと、この七度狐ということになりますか。伊勢参りが「東の旅」になるところが、上方の上方たる所以ちゅいますか、江戸から見たら「西」ですわな。そやさかい江戸の人らが、「東の旅」ゆうと、なんや、けったいな気がします。日本の西あっても東アジアゆうようなもんでっか。池袋の西口にあっても東武ちゅうようなもんかもしれませんな。山上たつひこの「ガキでか」にも、こまわり君が七度狐に変化するという回がございまして、ほほー、なんや山上たつひこのギャグの呼吸は、桂米朝やったんかいな、とえらい感心した覚えがございます。で、この作者の誕生日が米朝師匠とおんなじ11月6日の筈でして、本人はさぞや、ご両親に感謝しとるんやないでっしゃろか。
「いてるかい? あーもー、えーわかいもんが、朝から何ごろごろしとんねん」
「推理小説読んでまんねん」
「どれ、みしてみんかい。『七度狐』てかい?えーい、憎いは二人の旅人!ちゅうあれか?」
「それそれ。その見立てで落語家がバタバタ死にますねん」
「ゆうたかて『七度狐』ゆうたら、川んとこと、べちょたれ雑炊ぐらいしかばかさへんで。バタバタちゅうわけいかへんやろが?」
「それが、七回化かす長尺の七度狐があって、その噺をこさえた名人が消えてしもて、あとをついだ弟が、それから45年後に自分の跡とりを選ぶ一門会をひらいたら、次から次へと、跡取り候補が殺されて、嵐の山村で、探偵役は北海道におって、それへさしてされこうべがごろごろ!」
「なんやお前の話、ようわからんわ」
「わからんようにしゃべるんが、推理小説の紹介ですがな」
「ほんで、べちょたれ雑炊はでてくるんかい?」
「嵐で川が増水します」
わいわいゆうとります「七度狐」、なかばでございます。
これは年間ベスト級の端正なコード型古典推理。陸の孤島で、跡目を狙う人々が次々と見立て殺人に遇い、過去の因縁と古い閉鎖社会の因習が縺れ、名探偵は事件に間に合わないものの、最後に颯爽と現われて二枚腰、三枚腰の真相を暴く。横溝正史はだしのプロローグから、さても恐ろしき妄念かななエピローグまで非の打ち所のない快作。長尺版の七度狐が隠されているために、見立ての面白さが生きてこないのが隔靴掻痒だが、これほどまでに横溝正史のツボを押えた新作は見た事がない。ついでに申せば、カバーアートから、カバー折にある見事な梗概から、霞流一入魂の後書きまで、この1作に掛けた造り手側の入れ込み具合が伝わってくる素晴らしい仕事である。大絶賛しておきます。


2003年11月17日(月)

◆ネットで拾ったネタ1
問「本格ミステリ冬の時代はあったのか?」
答「あった。それはカーの著作の半数以上が絶版もしくは未訳だった時代を指す。よって即ち綾辻・芦辺デビュー以降もあった。第4カー氷期とか」>いいたいことはそれだけカーっ!?
◆ネットで拾ったネタ2
鮎川哲也賞受賞作家・満坂太郎氏逝去。
東京創元社では「預かりっぱなしになっていた」受賞第1作を緊急出版。
あの出版社のことだ。同じ作品を他社から出していれば、おお慌てで出してくれたに違いない。
◆定点観測。安物買い。
「翳りゆく夏」赤井三尋(講談社:帯)100円
「氷の女王が死んだ」CHソウヤー(創元推理文庫)100円
「ミルクから逃げろ!」Mミラー(青山出版社)100円
「テープ」Sベルバー(DHC)100円
ごめん、今年の乱歩賞を均一棚から買ってしまった。


◆「ポーズする死体」AJオード(教養文庫ミステリボックス)読了
アンティークも扱うインテリア・コーディネータ、ジェイソン・リンクスが主人公を勤める一人称シリーズの第2作。先日、茗荷さんのサイトで、作者が、同じくミステリボックスで3冊出しているオリファントと同一人物である事を初めて知った。よくよくみればリンクス・シリーズ第3作のあとがきに書いてあった。現代ものは殆ど積読状態の叢書だけど、後書きぐらい読んでおいてもバチは当りませんのう、と反省する次第。
ガールフレンドの女刑事グレースが不品行の弟の尻拭いに出かけている間、彼女の巨大愛猫クリッターの世話を引き受けた「わたし」ことジェイソン・リンクス。巨大愛犬ベラとクリッターに引き連れられて朝の散歩に出かけたわたしは、公園の常連で自分の事を話す事が大好きな中年男フレッドの死体を発見する羽目になる。一見、毎度の瞑想に耽っているかのようなポーズを取ったフレッドの死体。なぜ犯人は、不自然なポーズを取らせたのか?フレッドの姉マージから、フレッドの別れた妻リシアへのメッセンジャー役を頼まれたわたしは、ひょんなことから数ヶ月前同じ公園で画家グレッグ・スタインウェールの妻メロディがポーズをとった死体となって発見されていた事を知る。果して二人の死には、連環があるのか?身勝手で能弁で品性下劣な元官吏と、贅沢を身に纏ったファザコン妖精を結ぶ紅い糸。母親たちはプロットを交わし、富豪たちはカードを回す。偽りの微笑みの底に狂気は見えるのか?
登場人物が少ない割りには、作者に鼻面を掴んで振り回される感のあるフーダニット。序盤に蒔かれた赤鰊に眩惑されて、真相を見抜けなかった。キャラクターの立たせ方は達者で、今回もジェイスンのホモの助手の煩悶や顧客である愛すべき老嬢の孤独などがよく描けている。この筆力なればこそ、被害者たちの邪悪なまでの壊れぶりにも説得力が生まれ、呪われた因縁にネメシスの鉄槌が落ちた事を寿げるのである。ただ、もう少し人間関係(というか、主人公の女性関係)を整理した方がとっつきがいいかも。グレースの大食漢ぶりと、彼女の愛猫クリッターのブタ猫ぶりには好感。「食べても食べても太らない美人」というのは女性のファンタジーなのかもしれない。


2003年11月16日(日)

◆昨日偶々見てしまったガンダムSEEDの後番組「鋼の錬金術師」。余りのハードボイルドな展開に虚を突かれる。凄いな、こりゃ。偶々そういうエピソードだったのか?毎回この品質だとすると、アニメとゲームが日本のキラーコンテンツとする政府 知的財産戦略推進本部の結論もむべなるかなですな。
◆政宗さんのところのアンケートにマジレスしてみる。同人誌にいっちょ噛みするのが趣味なもんで。ついでに自分の掲示板にもレス付けしてみる。サイト開設して最初の1年は、これを毎日やっていたっちゅうんだから我ながら大馬鹿野郎である。当時は1日4、5時間、サイトの運営に費やしていたもんね。それに読書・探書の2、3時間が加わるわけで、仕事するか、寝るか、ミステリ・サイトやってるか、という毎日だったわけです。はい。今は昔の物語。
◆アフタヌーンティーに挑戦。私はサンドイッチ係、奥さんはスコーン係。サンドイッチ一斤分とスコーン9個が忽ち胃の中に納まる。イギリス人はこれをしこたま夕方に食べた上に、よく夕御飯が食べられるねえ、と呆れていた二人が、20時過ぎには、しっかり和幸の梅しそ巻で飯を食っていた不思議。
◆夜は、積録の「グルメ探偵ネロ・ウルフ」第2話<容疑者が多すぎる>を視聴。なんと原作は、1952年の未訳長編「Prisnor's Base」ではないかっ!!そうかあ、聞き慣れない邦題だったので、何か中編でもネタに膨らましたのかと思っていたら、未訳長編だったのかあ。大会社の株の9割を6日後の25歳の誕生日に相続する予定の美女が、殺害される。なんと彼女は、死の直前にウルフ宅に宿を求めてきていたのだった。責任を感じ、事件を追うアーチーは、彼女の死によって株式の分け前に預かる4人の重役と弁護士に接触を図る。更に、彼女の別れた夫が財産の半分を譲り受ける証書を持って南米から現われ、事件は容疑者だらけ。警察の横暴に業を煮やしたウルフは、アーチを依頼人にして、無報酬の事件に乗り出すのであった、てな話。
なるほど、褐色砂岩の建物や巨大地球儀の鎮座まします事務所に始まり、ファッションから車までレトロな仕上げの風俗描写やら、小気味よい科白の応酬やらで、見事にネロ・ウルフ・ワールドの映像化に成功している。料理人のフリッツや、探偵のパンザー、弁護士のパーカー、ライヴァルのクレーマー警視正など、実写でやるとこうなるのかあ、と感動することしきり。唯一、残念なのはウルフが思ったよりも小さいところかな?でも、考える人モードに入った時の口をとんがらせてごにょごにょするところなんぞは、ああ、こういう仕種なのか、と納得できて吉。なにより、英語で読まなきゃいかんぞ、と腹を括っていた未訳長編がどんな話か判っただけでも大吉である。
ちなみに、第3話「シングルマザーはなぜ殺された?」の原作はこれも未訳長編の1958年作品「Champagne for One」である。そうと知ったら目が放せませんな。


◆「ヒミコの夏」鯨統一郎(PHP研究所)読了
鯨統一郎の最新長編。出版社も異色だが、なんと連載されていたのが「日本農業新聞」なる業界紙だっちゅうんだから驚く。そんな新聞があったのね。おおた慶文のカバーアートが、ロリコンを直撃する本だが、一応中身にも呼応してはいる。
永田祐介、37歳、「週刊ワード」の専属ライター。小学校の壁新聞で誘拐未遂事件をスクープして以来、スクープの魔力に取り憑かれ現在に至る。そんな祐介が、自然農法の米作推進グループである<オリザの会>を取材中、田の真ん中に佇む美少女を拾ってしまう。警察を恐れ、記憶を失い、そして植物と交感する少女「イナホ」。その彼女を追う職業的殺人者<みどり>。日本の食卓を席捲する米国産の古代米<ヒミコ>を巡り、陰謀者は破滅へのビットを上げる。男性恐怖症の植物学者・高樹みどりとイナホの出会いは、滅びの夏を止められるのか?
意外な犯人やら、ヒミコの秘密やら、それなりにミステリとしての体裁を保とうとはしているものの、薄っぺらな印象は拭えない失敗作。この読後感は、そう「隕石誘拐」のそれと同じである。農林大臣やら米官僚やら、名前だけ出てきて殺されてしまう食品会社研究員やら不完全燃焼のキャラクターが続出し、もう何がなんだか、とりあえずお話は終わらせました、という青息吐息の状態。長編小説としての体を成していないのである。「タイムスリップ森鴎外」や「北京原人の日」などでは見直しかけたものの、やはりこの作者は本質的に短篇向きなのであろう。


2003年11月15日(土)

◆早起きはしたものの「感想書きたくない」病にかかって、うだうだとネットサーフ。とりあえず昨日の日記のみ上げて、読書モードに突入。
◆午後から背広と靴を新調に出かける。ついでに新刊書店に寄ってデフォルト買い。
「でぶのオリーの原稿」Eマクベイン(ポケミス:帯)1200円
「刑事マディガン」Rドハティー(ポケミス:帯)1500円
「『別冊宝石』傑作選」ミステリー文学資料館(光文社文庫:帯)743円
お約束の「ポケミス完集!」っと。今月は偶然にも刑事ものが2冊。87分署の第52作と、これが初見のRドハティー(綴りは"Dougherty"で、我等がポール・ドハティー"Doherty"とは異なります)。河原畑解説が、全然作者にふれていないので「誰、この人?」状態。ネットで検索したものの、上手く引っ張り出せず、「映画『刑事マディガン』の原作者」というのが、一番の説明のようである。原書古本サイトで見ると「A Summer World」「Duggan」てな小説も残しているらしいが、詳細不明。原書の作者紹介に頼るしかないのかもしれない。
尚、ポケミスの帯によれば、ポケミス名画座は企画として「当たり!」だった模様で、2004年も続映決定とのこと。「白い恐怖」「ピアニストを撃て」「殺しの接吻」「怪人フー・マンチュー」「ドクトル・マブゼ」「セメントの女」といった好事家を「ぎゃっ!」とのけぞらせるラインナップ。「フー・マンチュー」と「ドクトル・マブゼ」だけでも、出して頂きたいものである。
光文社文庫の「甦る推理雑誌」シリーズも残すところ「宝石」のみ。いやあ、よくぞ続いてくれました。これも年間企画賞もの。今月の都筑道夫光文社文庫は未収録作の分量が多いので、少し心が揺れ動いたが、とりあえずスルー。帯にこだわりがないので、いずれ古本で買ってしまうのかな〜。
◆夜は、グルメ探偵ネロ・ウルフ第3話を裏録画しながら(一体いつ見るんだ?)、女子バレーで日本が散るのを見届け(頭の中で「ちょー・ぬいぬい」が飛び回ってしまった)てから、積録しておいた「スパイダーマン」を視聴。ビルの間を飛びまわる特撮はホントに凄い。大画面で見たかったかも。主演女優が冴えないのと、明らかに続編を意識したキャラの配置は少々興ざめだけど、アメリカン・ヒーローの映画バージョンとしては、私的ベストの「スーパー・マン」並みに面白かった。なるほど、こりゃあ、ヒットするわけだ。


◆「神々のプロムナード」鈴木光司(講談社)読了
「メフィスト」に足掛け7年かけてだらだらと連載されていた「リング」作家の最新作。正直なところ、メフィストがメフィストに誌名変更した頃の作品という印象たっだので、図書館の新着図書コーナーで見掛けた際には、思わず「何かの間違いでは?」と我が目を疑ってしまった。著者のあと書きを見ると、意識的に空のフロッピーを渡して時間稼ぎをするとか、相当に編集者を困らせた模様である。売れっ子から原稿を頂くってのは大変なんですなあ。もともと構想していたプロットが、オウム真理教という「現実」に追い越されてしまったらしく、作者としても、見切り発車もいいところだったようだが、オウム事件も一審判決が出揃う頃になって、この作品が本になったのも偶然ではあるまい。で、結論から申し上げると、オウム真理教という「現実」に遥かに届かなかった失敗作。これを7年掛けて連載で読んできた人は、思わずあの分厚い分厚いメフィストを壁に叩き付けたくなったのではなかろうか?
学習塾経営で、気楽な社長業を営む「独身貴族」村上史郎は、青春の一時期を伴にした友人・松岡が謎の失踪を遂げた事を知らされる。幼子を抱え路頭に迷う松岡の妻・深雪への恋情を抱きながら、松岡の行方を追う史郎。松岡が失踪直後に残した、存在しない筈の車の番号が意味するものとは?そして、時同じくして起きた人気女性タレント加納諒子の失踪との連環は?やがて、事件の背景に新興宗教団体の姿が浮かび上がり、消失を呼ぶルポルタージュは神々のプロムナードへと史郎を招く。メディアという名の霊媒が信仰を弄ぶ時、神は貴方の隣にいる。
深雪という「男に頼るしか能のない」女の魂の漂泊を描いた普通小説と割切れば、まあ、楽しめなくもないし、とってつけたような最終章にも共感が持てるかもしれない。が、宗教ネタのエンタテイメントだとすれば、これはオウムにも幸福の科学にも遠く及ばない。どことなく緊張感に欠ける追跡といい、通して読むと不自然な時間の飛躍といい、長期連載の垢がそこいらに顔を覗かせ、この作家の筆力は所詮この程度だったのか、と溜め息が出てしまう。こんな肩透しを食わすのであれば、もう、一生「山村貞子」教の広報担当やってればいいです。はい。


2003年11月14日(金)

◆就業後、八重洲ブックセンターを覗いたら、横山秀夫の「影踏み」サイン会をやっていた。が、サイン本なら東京堂書店に山ほど並んでる事だし、そこまでのファンでもないので、スルー。
翻訳ミステリ棚ではポケミスの今回の復刊セールの現物を初めて見る。「アデスタ」「死の序曲」「悪魔とベン・フランクリン」「美の秘密」あたりが極美で並んでいるのをみるのは壮観。思わず欲しくなるが、ぐぐっと堪える。
和物ミステリ棚では、上製本の「姑獲鳥の夏」に「豆本プレゼント」のPOPを立てて平積みにしてあったけど、あれって9月末で申し込み締切りじゃないのかね?大丈夫なのか、八重洲ブックセンター?
◆昨日ペーパーバックを買った、カーター・ブラウンがどれぐらい現役なのかをAmazonで調べてみたところ「全滅」である事が判明。半ば予想していたこととは申せ、なかなかショッキングな結果である。更に、Amazonのセコハン売りでは90ドルクラスのトンデモ価格がついていたりする。

「まじっすか?」

で、今度は原書の古書サイトで検索してみると、さすがに、ヒット件数は多く、値段もバラバラ。中には数十ドルするものもあったりして、思わず「へえ〜」である。
日本でも、現役本はポケミスで復刊されている5冊程度。「今日はカーター、明日はブラウン」とまで称えられた(?)、いわば「ポケミスの裏の顔」とも言える作家の本がこの惨状である。いやまあ、別にだからといって「惜しい」とか「出版社の怠慢」とか云う思いは全くなくて、

「そりゃまあ、そうだわなあ」

と深く深く納得してしまうのであった。
カーターブラウンこそは、<読み飛ばされ、忘れ去られる作家>の代表としていつまでも私たちの記憶に残る作家なのである>変な日本語。
◆ヤフーオークションで芸術社版「名探偵オルメス」の函付きが、5桁半ばまで行ってしまった。

うっひょおーーーー。

そ、そうか、先日、函・帯・月報付きの完本を500円で入手できたのは、「大血風」だったのね、実は?
道理で、小林文庫湘南分科会オフの際に、須川さんが

「カミの500円は、イカンですよ、500円は」

と、からんできたわけだ。
裸本・月報付きを茗荷さんに800円で譲ったら

「そんな驚きのお値段で良いのですか?」

と逆に尋ねられたわけだ。そこまでの稀覯本だとは、思わなんだなあ。
◆フーダニット翻訳倶楽部の「海外ミステリ通信」11月号が届く。今回の特集はCrippen & Landruの The Lost Classic シリーズ。なあんだ、フーダって「いまどきのミステリ」の読者が殆どかと思っていたら、ちゃんとこういう渋い本格どころも読んでるんだ。新刊紹介では「天使と悪魔」が翻訳者インタビューと併せて分厚い読み応え。このメルマガが無料で読めるんだから嬉しい。配信の申し込みは、こちらまで。


◆「神様からひと言」荻原浩(光文社)読了
フレドリック・ブラウンの「スポンサーから一言」を連想して手に取ったら、ホロ苦系のサラリーマン小説だった。昨年10月に出た荻原浩の(とりあえず今のところ)最新長編。題名に云う「神様」とは、お客様の事。最近、ベストセラーになっている某カメラメーカーのお客様相談員の経験談「社長を出せ!」に、戸梶圭太「牛乳アンタッチャブル」と安田弘之「ショムニ」を掛け合わせたような作品。横糸に元・草バンド野郎の失恋と復活を織り込みながら、無能上司、おたく青年、失語症の正義感、賭博狂いのヤリ手、過激な美貌の元・副社長秘書といった<珠川食品リストラ要員強制収容所>が誇る精鋭と夫々に癖のある「神様」たちとの闘いが克明に綴られる。
喧嘩っぱやさが仇になり、大手広告代理店から飛び出し典型的同族企業「珠川食品」にモグリこんだ佐倉凉平は、最初の役員会議の新製品プレゼンで、卑劣な上司・末松と衝突し「お客様相談室」送りとなる。そこは「お客様の声は、神のひと言」という創業者会長(現在失踪中)の社是が生んだ最前線、その実、リストラ要員をいびり出すための「強制収容所」であった。常連クレーマー、小金を稼ごうとするチンピラ、代紋しょったその筋の方などなど、珠川食品の衛生管理や販促策の杜撰さを突いて次々と襲い掛かる危機また危機。やる気のない先輩の指導を引っ張り出しながら「家賃」のために闘う凉平。客相から見た地獄と会社の真実とは?明石町の三味が唸り、ティンバーウルフが笑う時、会社という闇鍋は覆る。神託は、怒涛の如く。
食品会社の腐敗曝露と「神々」との闘い、草バンド恋愛小説という要素が、それぞれに主張し合って、この作者の作品にしては、やや散漫な印象。テレビドラマにして、ワンクール+スペシャル分のエピソードは充分。逆に云えば一本の長編としては具材過剰。キャラクターの立たせ方は、例によって抜群に達者であり、客相のテクニックも現場に根差した真実味がある。客とのやり取りと観察で、相手の正体を見抜くくだりなんぞは「シャーロック・ホームズ」はだしである。そんなわけで、パートパートは非常に面白く読めるんだけど、これが全体を通してのカタルシスとなると、今一つなんだよなあ。いっそ、最初から連作仕立てにした方が、違和感がなかったかもしれない。作者のファンと客相の方々はどうぞ。


2003年11月13日(木)

◆美麗本こだわりのミステリ・コレクターとしてネットの一部で有名なくりさんがサイトをオープン。のっけっから「首のない女」の感想を創元推理文庫の書影付きであげて闘いの年期をみせつけてくれる。戦場へようこそ。
◆掲示板であらま草さんから「ジョージR.R.マーティンは米国の人ですよ」と教えて頂く。えええっ?そうなの?そうだったの?がちょーん。完全に勘違い。ご指摘ありがとうございます。過去を改変しました。
◆神保町チェック。安PB買い。
"The King is Dead" Ellery Queen(Signet)250円
"The French Powder Mystery" Ellery Queen(Signet)250円
"Death Spins the Platter" Ellery Queen(Signet)200円
"The Master" Carter Brown(Signet)200円
"The Pornobroker" Carter Brown(Signet)200円
"The Crown" Carter Brown(Signet)200円
"The Bump and Grind Murders" Carter Brown(Signet)200円
"No Blonde is an Island" Carter Brown(Signet)200円
クイーンの本は、適価でみかけたら拾っている。昔はEQFCの例会のオークション用という理由があったのだが、今は単なる惰性なのか?シグネット版は表紙がピンナップガール風の写真なので、カバーアート的にもゴミなんだよなあ。
あと、一世を風靡したカーター・ブラウンの原書が、10冊以上並んでいたので覚えのない題名の作品を浚えてくる。原書講読のリハビリに1冊読んでみようかな?ちなみに上から2冊がリック・ホルマン、3冊目がアル・ウィラー、4冊目がメイヴィス・セドリッツ、5冊目がラリー・ベイカー登場作だそうな。メイヴィス・セドリッツが嬉しいやね。
◆帰宅したら「本の雑誌 2003年12月号」が届いていた。これで、連載も最後かと思うと、ほっとするやら、物悲しいやら。ともあれ、よくぞ2年間も使っていただきありがとうございました。特集は「活字のファッション王決定戦!」。普段から服装に無頓着なワタクシにはとことん無縁な企画である。ベスト・ドレッサーとはまた違う概念だしなあ。ベスト・ドレッサーなら007かな。うーん、加納朋子のアリスあたりどうでしょ?mc Sister系。


◆「隣人殺し」AJオード(教養文庫)読了
教養文庫ミステリボックスが推した女流作家オードが描く、骨董品店主ジェイスン・リンクス・シリーズの第1話。
主人公の設定が、いかにも訳あり。孤児として育ち、泥棒に入った先の骨董品店主ジェイコブ・ブキャナンに好かれ、目利きとしてのてほどきを受け、店を譲りうける形で独り立ち。画家である愛妻アガサとの間に一子ジェリーを設けるが、8年前の冬の夜、妻が失踪。事故車に残された息子は障害を負い、乳飲み子の頃から植物人間状態。現在、隣人の愛犬家、ホイットニーから譲り受けた白の大型犬ベラと二人暮らし。この第1話では、ジェイソンはその隣人ホイットニー夫妻殺しの謎に迫る。それが、妻アガサの失踪の真相に繋がるとは露知らぬまま。質素な生活に似合わぬ贅沢な骨董家具、愛犬家にして宗教家の相貌に隠された隣人の正体とは?仕掛け箱から過去が現われた時、幽霊は真実の扉を叩く。
苛酷な運命に動じない主人公のタフネスぶりに脱帽。普通、この境遇であれば、ドロップアウトしますわな。それが、弱い者には慈愛をもって接しつつ、美貌と知性溢れる大食漢の女刑事とはよろしくやりながら、警察はおろかFBIの向うを張って、陰謀と自らの事件を解決する。泣く時は泣くし、撃たれりゃ血も流す、しかし、落とし前はきっちりつける。少し格好よすぎるところが、女流の女流たる所以か?一種の禁じ手を用いてはいるものの、「意外な犯人」にはこだわっていたりするところは微笑ましい。が、ジャンル分けすれば、少なくとも本格推理ではない。巻き込まれ型PIものの亜種かな?シリーズを追う毎に主人公の過去が徐々に見えてくるという仕掛けらしい。日本語に訳された3作目までで、どの程度判るのかなあ?ドキドキ。


2003年11月12日(水)

◆招待行事で半日立ちんぼ。久々にやるときついなあ。
◆定点観測。とあるお店で新章文子の「バックミラー」函入りを2000円で売っていた。持ってなければ絶対買いなのだが、ダブリで買うには抵抗ある値段。少し悩んでスルー。結局、安物買いに終わる。
「煙か土が食い物」舞城王太郎(講談社ノベルス:帯)300円
「まぼろしの腕」高原弘吉(新潮社ポケットライブラリ」100円
「試験に出るパズル」高田崇史(講談社ノベルス)100円
「天使はモップを持って」近藤史恵(実業之日本社ジョイノベルス)100円
ああ、やっと舞城王太郎のデビュー作を安値ゲットできたよ。これは本気で古本屋でみかけない本だった。読んだ人が売りたくなくなる本なんだろうね。高原弘吉は嬉しい一冊。新潮のポケットライブラリに入っていたとは知らなんだ。
◆ネットでの煽りはともかく、最近現実界で人に本を勧める事がめっきり少なくなった。「まあ、大人なんだし、読む本ぐらい自分で決めればいいよ」というスタンス。ところが、数年ぶりに「この本、あげますから、是非貴方に読んで欲しいっ!」という組合せがあった。それは何かと問われれば、EQFCのMoriwakiさんと「ミサゴの森」(ちなみに以前のカップリングは、よしだまさしさんに小川忠悳の「月を裂く快男児」、大矢ひろこさんに「架空幻想都市(上)」てなところ)。
10日前に御進呈したところ、本日読了され、まずは「絶賛」といってよい読書感想をアップされていた。昨年末「ミサゴの森」を読んだ際に抱いた「これはMoriwakiさんのために書かれたような話だよなあ」という印象が間違いではなかったことが証明されたようで、嬉しくなってしまう。自分の時間を割いて仲人を買ってでるご婦人方の気持ちの一端が理解できたかも。たかさごや〜。
◆古SFM拾い読み。掲示板であらま草氏も絶賛のG.R.R.マーティン「夜明けとともに霧は沈み」(SFM92年2月号収録)を読む。おおおおおおお、これは、いいっ!「夢幻能」に喩えた酒井解説が正鵠を射ていると思うが、まあ、よくもこんな感性が米国人にあったものだ、と感心してしまう。科学対超自然の宿命的相克を短いページに切り取った水墨画の世界。ますますマーティンが好きになってしまった。こんな名作を雑誌掲載のみで終わらせておくのは余りにも惜しい。「サンドキングス」に続く第二短篇集を超希望。ついでに「サンドキングス」も復刊希望。


◆「星の綿毛」藤田雅矢(早川書房)読了
ふと「綿の国星」を思わせる柔らかな題名。菊池健のふんわりしたカバーアートとも相俟って、なにやら「トシとホシ」的展開を予感させる。いや、ホントは下の田中啓文作品の英語題名が「The City and the Stars」なんだけど、よっぽど、こちらの方がクラークだわなあ、と感じ入ってしまうのであった。
砂漠をゆっくりと進む銀色の壁、<ハハ>と呼ばれるその建造物の後ろには、実りのベルトが生まれる。天樹、火樹、トオコの樹、ミズタマリの樹、レンノヅタ、ヨジノボリ、ミミカキグサ、ヤブノロイ、ギギンポ、トマトマ、そしてイナ。乾いた大地を耕し、種を蒔き、生命を育み、人々を養う<ハハ>。少年ニジダマも、そんな<ハハ>が生んだ村に育った。トシに憧れ、旅を夢見、翼魚に心を委ね、ニジダマは翔ぶ。そんな彼が交易商人ツキカゲと出会った時、その星を巡る遠い約束への扉は開く。改変される命の種子。イシコログサに眠る大望。蒼い血の真実。自壊するコピー。思いは綿毛となって宙を目指す。トシの名はマンマンイスイ。
極彩色の油絵のような田中作品の後では、おとなしい水彩画を思わせる作品だが、読み進むうちに、作者なりのサプライズや、悪夢的展開が心地よく感じられ、更には、二つの「思い」を止揚して飛翔するラストに酔う。エコロジーSFにつきものの説教臭さは薄いが、「植物的死生感」とでも呼ぶべき独特の生命賛歌は皮膚の下をくすぐられるような奇妙な感触。これもまた幼年期の終わりなんだろうか?


2003年11月11日(火)

◆朝一番ののぞみの自由席を確保するために、4時起き。新大阪駅の改札で30分近く立ちんぼした甲斐あって、余裕で空き席ゲット。実は昨日の昼ごろ一番ののぞみを予約しようとしたら指定席が既に満席なのであった。日本人ってまだまだ真面目やん。
◆雨もやんできたので定点観測して安物買い。
「エンディミオンの覚醒」Dシモンズ(早川書房:帯)100円
「火群の館」春口裕子(新潮社:帯)100円
「墓標の森」樋口明雄(双葉社)100円
「MAZE」恩田陸(双葉社)100円
「太陽の簒奪者」野尻抱介(早川書房)100円
d「風が吹く時」Cヘアー(ポケミス)100円
d「ウェンズ氏の切り札」SAステーマン(教養文庫ミステリボックス)100円
d「ポーズする死体」AJオード(教養文庫ミステリボックス)100円
d「隣人殺し」AJオード(教養文庫ミステリボックス)100円
ヘアーだのミステリボックスだのが百円均一に転がっているとついサルベージしたくなりますわな。「エンディミオンの覚醒」は確かまだ買っていなかった筈なんだけど。既にハイペリオンのストーリーを6割方忘れてしまった状態で「ハイペリオンの没落」はいつ読めるのだろうか?結局「ハイペリオン」をまた最初から読んで、力尽きるということを繰り返しそうな予感がしてしまう。どんどん、完読が遠ざかっていく作品というのも「ハイペリオン」らしくていいかも>よくねえよ。


◆「忘却の船に流れは光」田中啓文(早川書房)読了
逢坂剛の「カディスの赤い星」に相当する田中啓文の実質上の処女作。まあ、再生処女であるところがいかにも田中啓文だったりするのだが。高校生時代に書きかけては没り、新潮のファンタジー大賞に応募しては北野・火星に敗れ、ようやく新世紀に新装開店で世に出た「一見」階層宇宙もののえすえふである。中身はエログロスカトロ満載の「出家とそのダチ」って感じ。一見「○○」と思わせておいて、というツイストも加えた、骨を切らせて肉に耽る快作。読み終えた時の予定調和は実に懐かしく、これまで読んだJコレクションの中では一番波長が合ってしまったかもしれない。詳細後日。