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2003年10月20日(月)

◆定点観測。安物買い。
「どんどん橋落ちた」綾辻行人(講談社:帯)100円
d「ボニーと警官殺し」Aアップフィールド(早川ミステリ文庫)100円
d「わたしをみつけませんでしたか」Cフォード(早川書房)100円
「クレイマー、クレイマー」Aコーマン(サンリオ)100円
おお、遂に綾辻の短篇集の初版・帯が100円に落ちてきましたか。5編中4編を持っていたもんで、なんとなく買ってなかったんだよなあ、この本。後の二冊はダブり。んでもって、「クレイマー、クレイマー」はミステリじゃないけど、一応「裁判もの」だし、腐ってもサンリオの単行本だし、というわけで拾ってみる。
◆別宅で管理組合の総会対応。ふと30年ぐらい前のマイナー作家のマイナー作を読みたくなったので探し始めるが、全然出てこない。やはり普段一緒に住んで、見るとはなしに見ていないと「書庫のどこに何がある」という勘が働かないものである。しくしく。小一時間探して諦める。かくなる上は図書館で借りるのかあ?


◆「グレイヴディッガー」高野和明(講談社)読了
歴代乱歩賞の中でも良作にランクインするであろう「13階段」でデビューした乱歩賞作家の第二作。一言でいってしまえばディーン・R・クーンツが「火刑法廷」を書けばこんな感じになるのかな?といった風情のジェットコースター小説。わけもわからぬまま、謎の追跡者群から逃げて逃げて逃げまくる主人公。短時間のうちに矢と見えない炎で殺人を重ねる暗黒史上の処刑人。そして、内部に対立を抱えながら彼等を追う捜査陣。久々の「巻を措くあたわざる小説」は二枚腰、三枚腰で読者を翻弄する。
1年3ヶ月前に殺された筈の男の死体は、何故か損傷が少なく、しかも司法解剖を待つ一夜の間に法医学教室から消えてしまう。その奇妙な事件こそが、東京を恐怖のどん底に突き落とした<墓掘人>事件の発端だった。悪党面の悪党・八神俊彦は、骨髄ドナーとして移植手術に臨む日の前日、金を借りに立ち寄った知人・鳥越のマンションで、風呂で煮込まれた部屋の主を発見する。茫然とする八神の前に現われた取り憑かれた目の3人の男は、訳も言わず八神の身柄を拘束しようとする。悪党の勘と体力に任せて夜の東京を逃げ回る八神。その同じ夜。都内のあちこちでは、蒼白い炎に焼かれたり、死のバンジージャンプに処せられたりする猟奇殺人が相次いでいた。それは、魔女裁判の犠牲者の怨念が生んだ中世暗黒史上の謎の暗殺者<グレイヴディッガー>の手口そのもの。刑事部と公安部の軋轢の下で、連続殺人鬼と重要参考人・八神を追う刑事たち。刻一刻と移植のタイムリミットが迫る中、悪党とカルトと警察と墓掘人の命を掛けた<猫と鼠のゲーム>はクライマックスを迎える。大東京の闇を走れ、小悪党!
なんとも破天荒な話。人体移植にネット上のカルトといったイマ風のネタと過剰なまでのオカルト趣味を、これでもかと詰め込んだサービス精神の権化のようなエンタテイメント。なんといっても、主役の八神のキャラが良い。いかなるピンチにも屈しないこの男のゴキブリ的生命力には、徐々に感嘆の念が込み上げてくる。八神には山田康雄を、追う側の古寺刑事には納谷悟郎の声をアテて読むと吉。<謎>の余韻を残す幕切れには、やや説明不足の感もあるが、まあ、黒幕への断罪を考えれば、このオチしかないのかもしれない。<壊れた>印象も味のうちと割切って、作者の騙りに酔うべし。ああ、面白かった。


2003年10月19日(日)

◆朝一番で「しなければならない事」を片付け、あとは夜まで「別にしなくてもいい事」に耽る。まずは二日分の日記と感想をしこしこ。引き続き、8月に読んだ本の感想をしこしこしこ。今頃2ヶ月前に読んだ本の感想を書いたからといって、誰が褒めてくれるわけでなし。単なる自分の「けじめ」の問題なのか?つうわけで日記の8月上旬に「棺のない死体」「ギャンビット」「新世界」「わるガキ日記」「モーテルの女」の感想をアップ。
◆ネットをふらふらしていたら、Moriwakiさんが「半身」をこき下ろしていたので落ち込む。まんまと騙されてしまったアホウは私です。まあ、本を読んでの感想は人それぞれなんだけど。
◆夕方から日本シリーズを見る。10対0になったところでテレビを消す。あの試合を最後まで見届けた阪神ファンこそ「真性M」もとい「真の阪神ファン」である。
◆テレビ初放映の「トリック(映画版)」をリアルタイムで視聴。っていうか、もうテレビで流すか?オープニングにエンディングテーマ、小技の応酬のプロットに至るまでテレビ版そのまんま。これは映画館で金払ってみる話じゃないよねえ。タダで見る分には面白うございましたが、一番笑ったのが、放映直前の番宣の仲間・阿部の掛け合いだもんなあ。
◆昨日に引き続き、古SFMを拾い読み。96年10月号のパロディSF特集でバカ笑い。とにかくMMモームロス関連文書が凄い、凄すぎる。ここまでラブクラフトの精髄に迫った念のいったオバカがあっただろうか?「その真の人物像を求めて」と題された架空人物史、「激闘スライム平原」と題されたC級ホラー西部劇(よしださん必読)にもアタマが下がるのだが、笑いのツボを衝かれまくったのが「『あっという結末』名作選」。なるほど、これはラブクラフトだ。


◆「塵よりよみがえり」Rブラットベリ(河出書房新社)読了
郷愁の幻想作家ブラッドベリの「2001年過去への旅」。長編というふれこみだが、これまで55年亘って書き継がれてきた一連の魔家族<エリオット一族>の短篇を紡ぎ合わせた連作集である。全編を流れる溢れんばかりのノスタルジー、「ああこれは、どこかで見たような」という既視感に襲われるのは、実際にどこかで読んでいるからなのである。と、言ってしまうと身も蓋もないが、それでもついていくのがブラッドベリ信者。確かにチャールズ・アダムス画の装丁と相俟って、こういう形でパッケージされると、それはそれで許したくなってしまうではないか。
塵の香、密やかな擦過音、闇飛ぶ魂魄、騒霊たちの宴、旅行する死者、恋する魔女、微笑む木乃伊、酩酊する幽霊、捨て子の救世主、おかえりなさい、おかえりなさい、あなたたちのいるべき場所へ。
ブラッドベリというのは過去の人なのだ。「忘れ去られた人」なのではなくて、我々が体験した事のない筈の「過去」を体験させてくれる「過去の魔術師」なのである。最新長編が「喪われた処女長編」だったというのも、余りにも「らしい」話である。たとえこれが遺作になったとしても、ブラッドベリは、いつも我々の心の中の塵よりよみがえる、そんな気にさせられる作品集。

「師よ、いずこへ?」

「あなたの心の中の『10月』へ」


2003年10月18日(土)

◆思いついたので書いておく「匣型の叙述トリックが凄い!」「それはメタばれ」
◆朝から実家のパソコンに170名分の住所録を打ち込み。郵便番号から住所の8割までが一発で出てくるので非常にラクチンである。世の中進歩しております。と、今頃知った私は石器人である。うほっ、うほっ。
◆昼過ぎに奇矯、もとい帰京(なんで、うちのパソコンは「ききょう」の一発変換が「奇矯」やねん?)。新幹線で本日の1冊は読み終えたので、総武線では昨日買ったSFMをぽつぽつ拾い読み。
で、今更ながら、飛浩隆「デュオ」が凄い。150枚のノヴェラなのだが、禁断のピアニストを題材にした音楽ホラー。めくるめく戦慄と旋律のイメージに均整のとれたプロット、そして叙述の罠。もう10年以上前の「新作」なのだが、エバーグリーンな怖さと美しさを兼ね備えた典雅な作品。これって、どこかのアンソロジーに収録されているのだろうか?このまま埋れてしまうには余りにも惜しい。傑作じゃ、傑作。
キッド・リード「テープおたく」は余りにも身につまされて、涙なくしては読めない。この主人公は俺だ。だって、オチが完全に読めてしまったんだもん。しくしくしく。
キャシー・コージャ「恋する天使」はエロエロ。壁越しに隣の「声」に合わせてイク孤独な女が一線を超えた時、そこに見たものは?うほお、ずる剥けのエロ小説なんですけど、SFマガジンってセックス・フレンド倉庫の意味だったっけか?
◆帰宅したら東京創元社から「おじさんマーク・ピンバッジ」がついていた。これまで創元のグッズには踊らされなかったのだが、このピンバッジ企画には思わず死霊の盆踊り状態。マークが一通り終わったら、今度は「紙魚」バッジとか作るってのはどうだろうか?まあ、それまで「ミステリーズ」がもつかどうかが一番の問題であるのだが。
◆日本シリーズにかまけてWOWOW放映の「ネロ・ウルフ対FBI」は録画したのみ。「TRICK」も録画したきりだしなあ。うみゅう。だから「テープおたく」は俺だって言ってんじゃん。


◆「パドックの残影」海渡英佑(立風書房)読了
はっきり申し上げてギャンブルと名のつくものが大嫌いである。競馬・競輪・競艇・オートレース・パチンコ・賭け麻雀などなど。ディック・フランシスは許せても、日本の競馬は許せない。それは阪急電車で大股広げて席に陣取り競馬エイトに没入する柄のエエおっちゃんたちのものであって、礼装した紳士・淑女の楽しみではないのである。従って、和物の競馬ミステリといえば、精々、岡嶋二人の初期作ぐらいしか読んでこなかった。更にいえば海渡英佑が競馬ものの推理小説に手を染めた事を「堕落」だと信じていた。

大反省。

この日本競馬歳時記ミステリとでも呼ぶべき連作は、それぞれが立派に懐かしい海渡フーダニットではないか!しかも私のようなド素人が読んでも、日本競馬界のシステムや慣習がなんとなく理解できるように出来ている「情報小説」でもある。まあ「男と女の事件簿」的淫臭がお約束のように仕込まれているのは、御愛敬。稚気溢れる犯人当てやら、夫と妻に捧げる犯罪系のツイストなど、期待値が低かった事もあってか、非常に楽しめた。古書価格を出す必要はないが、定価(680円)の値打ちは充分にある。以下、ミニコメ。
「気まぐれな馬」前シーズンから頭角をあらわしてきた人気馬「アサアケ」の謎の不調。その不調を予見していた競馬記者の死。そしてその現場から消えた「もの」が語る差し脚の鋭さを奪うトリックとは?あっはっは、なんなんでしょうね、この無理矢理な落ちの付け方は。エラリー・クイーンもビックリの<現場から消えていたもの>シリーズ。馬本格、じゃなくて馬鹿本格の見本。
「極秘情報」会員制必勝情報のネタ元は誰か?競馬界随一のネットワークを誇る馬主と同じ読みをみせる「極秘情報誌」に秘められた謎。そして殺人とアリバイのトリック。やや平板だが、きちんと意外な犯人しているところが律義である。
「出馬表は語る」本作品集の白眉。実業界のプリンスが妹のために催した祝賀会で、女性デザイナーが毒殺された。果して誰が、いつ彼女の飲み物に毒を盛ったのか?そして引き続き起きた第二の殺人。二重のダイイングメッセージが示す「犯人」。だが、競馬記者は不自然な出走表から真犯人を暴き出す。なんとも古典的本格推理のコードてんこ盛りの作品。地方競馬の雰囲気も味わえ、消去法による犯人特定も完璧。
「大穴の秋」秋風の立つ夫婦関係はさて置いて、競馬にのめり込む紙上チャンピオン。不倫相手に譲った「通し券」が死を招きよせ、欲望は場外で殺意に化ける。どんでん返しの果てに落ちた大穴とは?裏傑作。一瞬、何が起きたかと唖然とした。まんまと作者の罠に引っ掛かってしまった。これは改作したことで、更にツイストのきれ味がよくなったのではなかろうか。
「灰色の賭け」本命馬の仕上げに向け、調子を落す騎手。背後に蠢く、競馬界の黒い霧。かつて競馬界を追われた怨念の末裔が仕組む悪意の罠。そして死。競馬を愛するが故に、記者の採った結末とは?ミステリ的には凡作だが、競馬シーズンの締め括り作としてはまずまず。


2003年10月17日(金)

◆思いついたので書いておく「♪初めてのアクム」
◆大阪出張。実家に宿泊。すき焼きをよばれる。毎度毎度ご馳走様でござります。
◆実家傍のブックオフをチェック。フクさんの住いから100mのところにあるので、何も期待はしていなかったが、案の定、何もございません。それでも何か買わずにはいられない奴。
「SFマガジン 1992年6月号」(早川書房)100円
「SFマガジン 1992年10月号」(早川書房)100円
「SFマガジン 1996年10月号」(早川書房)100円
「SFマガジン 1996年12月号」(早川書房)100円
SFMは、ちゃらんぽらんな買い方しかしていないので90年代がごっそり抜け落ちているのだ。で、その抜け落ちているあたりが、ずらーーーーっと70冊ばかり100円均一に並んでいた。
うーーーーーーーーむ。欲しいけど出先だしなあ、
というわけで、収録作にそそられたものを厳選して拾う。 偉い!!>どこが?
読むためにSFマガジンを買うなんて久しぶりだなあ〜。
>毎月、何のために買っているんだ?


◆「半身」サラ・ウォルターズ(創元推理文庫)読了
一億二千万タイガースファンはこの題名を見て、つい口ずさんだことであろう。
♪おーっおー、おーっおー、はーんしーんウォルターズ、浮霊、霊、霊、霊
というわけで、サマセット・モームがジェット風船を飛ばす英国女流新人のビクトリアン・オカルト推理(時事ネタ)。女囚の罵倒部分のみ、編集の朱が入らなかったという中村有希女史会心の翻訳(だそうな)。
一八七四年九月。父の死のショックから立ち直ろうと足掻く29歳の薹の経った乙女マーガレット・ブライヤは、狂える六弁の華・ミルバンク監獄に初めて慰問に訪れる。規則に押しつぶされる女囚たちの呻きと怨み、心の均衡が崩れ、そこに勤める者の魂すら歪めていくこの世の煉獄。そんなテムズの霧の奥で、マーガレットは一人の女囚に心惹かれていく。彼女の名はシライナ。切り取られた窓の中で菫を抱く19歳の娘。監獄の中では誰一人、心を開かないシライナは、その世界では名を知られた霊媒であった。だが、彼女のパトロネスを死に至らしめた令嬢傷害事件の罪で投獄されたのであった。シライナの過去を追うマーガレットの周りで次々と起きる超自然の出来事。それは喪われた「半身」との邂逅なのか?支配するのは霊。ピーターは目よりも早く。
カットバックで挿入されるシライナの霊媒ぶりと徐々に彼女の魔力に絡めとられていく主人公の姿が、妖しい韻律で読者の心に魔の確からしさを刻み込んでいく「ミステリー」。創元の旧分類でいえば「猫」マークに属する作品。例えばそれは「夜は千の目をもつ」の「猫」マークである。もう、このビクトリア朝風俗の書込みだけで満足。更に女囚ものの覗き趣味も吉。更に、複雑にして玄妙なプロット。終章において明らかにされる<真相>を見抜く事は相当の読み手でも難しかろう。虚飾という名の現実からの逃避を残酷なタッチで騙りきった作者に脱帽。これはうっかり「ミステリの新女王」などという尊称を与えてはいけない才能の予感がする。


2003年10月16日(木)

◆残業。「本でも買わなやっとれまへんな」状態。新刊書店でデフォルト買い。
「007/赤い刺青の男」(ポケミス:帯)1200円
「殺人犯はわが子なり」Rスタウト(ポケミス:帯)1000円
うーん、遂にスタウトまで本になってしまったかあ。あとHMMに訳出されたきりの長編といえばウエストレイク「誰がサッシマヌーンを盗んだか?」、ホック「狐火殺人事件」、ジョンストン「それ行け、スマート」あたりになるのかな?この辺はいつポケミス化されても何の不思議もない。しかしポケミスファンとしてはエリンの第3短篇集、ブルテンの「○○を読んだ男」シリーズ、あたりを期待したいところではある。
などと考えていたら、もっと楽しめる企画を思いついてしまった。むふふふふふ。その企画とは、、、

「名探偵登場(7)」「名探偵登場(8)」を編む!!

だああ!!
日本版EQMM、HMMに訳されたきりの短篇から、他のアンソロジーでは読めない作品をピックアップして、本にしてしまう。勿論、「名探偵登場」の1〜6の収録作家・探偵は除く。
どうです、ワクワクしませんか?

と、いうわけでとりあえず、私なりの「名探偵登場(7)」「名探偵登場(8)」はこんな感じ。



「名探偵登場(7)」早川書房編集部編

「ラジオは知っていた」Nマーシュ(アレイン警視)
「庭園の死体」Lブルース(ビーフ巡査部長)
「黒魔術の殺人」Jカミングス(バナー上院議員)
「修道士アセルスタンの告白」Pハーディング(修道士アセルスタン)
「猿神殺人事件」Sパーマー(ヒルデガード・ウィザース)
「ストラング先生、グラスを盗む」Wブルテン(ストラング先生)
「黄泉の国へ」EDホック(サイモン・アーク)
「ローレライの呼び声」Pアルテ(ツイスト博士)
「この世の外から」Pゴドフリー(ロルフ・ルルー)
「最後の短篇」Cブランド(コックリル警部)



「名探偵登場(8)」早川書房編集部編

「ナポレオン・ソロ対美女」RHディヴィス(ナポレオン・ソロ)
「小宝」RVヒューリック(ディー判事)
「消えた頭取」Hマクロイ(ウィリング教授)
「さはさりながら」Iアシモフ(黒後家蜘蛛の会)
「探偵が多すぎる」Rスタウト(ネロ・ウルフ)
「脅迫された女優」Sブレッド(チャールズ・パリス)
「危険の遺産」Pマガー(セレナ・ミード)
「悪党どもが多すぎる」DEウエストレイク(ドートマンダー)
「87分署に諸人こぞりて」Eマクベイン(87分署)

如何でしょう?自分で作っていて、なんだかとっても欲しくなって参りましたわん。
どなたかハードボイルド編を作ってみそ。


◆「飛奴」泡坂妻夫(徳間書店)読了
「問題小説」に年に一度、語り手のリレーを行いながら書き継がれてきた夢裡庵先生捕物帖の最終巻。永遠に続きそうな気もしたが、なるほど、永遠に続くかと思われた江戸時代とともに幕を引くとは、さすが洒脱な騙りの手品師・泡坂妻夫。旧作の面影をちらつかせながら、それでも密度濃く語りきった技に心より敬意を表する次第。なお、ネット上にはSAKATAMさんの抜群のシリーズ解説があるのでシリーズ全体を回顧されたい方は是非こちらをご覧あれ。以下、ミニコメ。
「風車」腕は薮だが、世話好きの医者・塗師小路正塔がただ一度仲人をしくじった元夫婦の再会を目にした時、不誠実な旦那は死してなおお灸をすえられる。<風のまま揺れる女の深情け>。殺しのプロットは野卑なのだが、こう書かれると胸に染みるものがある。相変わらず作者の物識りぶりには脱帽だ。
「飛奴」塗師小路正塔が施療に通う米問屋・大坂屋に出入りする天文道師・赤虫。その霊験あらたかなお告げも盗賊までは予言できなかった。起きた筈なのに起きなかった盗みの裏で鶯の音は何を告げる。<鶯の身をさかしまに飛奴> 。ミスディレクションが鮮やか。何が謎か判らないうちに、ぽんとオチが来る。答が最初から目の前にあるだけに驚きも大きい。
「金魚狂言」供養の饅頭の犠牲者は、人に猫に金魚たち。江戸の街に毒の恐怖が走る時、崩れた公式の下で何が起ったか?<饅頭の次に怖いは心もち>。これも真相の隠し方が抜群。あっけない幕切れだが、語りが旨いので全然腹が立たない。
「仙台花押」花火でごった返していた仙台堀の人気が引いた時、船頭なき船に転がる女の死体。船を有り様を見た夢裡庵の出た賭けとは?<浮かばれぬ板子一枚下の苦界>。「消える船頭の仕掛け」が粋で哀しい。夢裡庵のホームズばりの慧眼が心憎く、江戸の昔の人情にほだされる。べたな話なんだけど、印象鮮烈。
「一天地六」夢裡庵の懐に差し入れられた財布から転がる仕掛け賽と文。賭博の神は偶然の賽を振らない。卑しい企みを暴く男意気。 <ほころびは雌賽の転び盆の内>。サイコロ二題で一編に仕立て上げた捕物譚。「人物消失」ネタは肩透しだが、はっぴーえんどに免じてお咎めなしとする。それにしても、この仕掛け賽って本当にあるんだろうか?あったら凄い。
「向い天狗」晩秋の江戸を襲った大火。焼け出されてしまった夢裡庵を更に不機嫌にさせる連続髪切魔事件。焼け跡に交錯する思いの果てに立つ異形とは。<火事場泥捕えてみれば「あ」の手なり>。ミスディレクションの妙で読ませるが、作者のファンにとっては懐かしのネタである。ラストシーンは実写でみてみたいものである。
「夢裡庵の逃走」官軍が進攻する江戸の街、彰義隊とともに上野のお山に篭った夢裡庵の運命や如何に?アームストロング砲の唸る中、江戸の歴史に幕が下り、捕物絵巻の夢も散る。<受け止めた砲弾並みの大放談>。砲弾を受け止めトリックには、のけぞった。そんなんありか?非連続だと思っていた江戸と明治の間を駆け抜ける忠義と気風が心地よい作品。シリーズの掉尾を飾る異色編にして雄編。逃げて終わるところが亜ですか?


2003年10月15日(水)

◆残業。ゾンビ状態。ああ、ミラ・ジョヴォビッチに蹴られたい。>壊れかけ。いや、もう壊れてるか?
購入本0冊。
◆帰宅すると、娘は、「じいじ」と「ばあば」のフランス土産を着せてもらってオシャレな格好をしていた。少し和む。
「フーダニット翻訳倶楽部」のメールマガジン「海外ミステリ通信」10月号が届く。「バウチャーコン関連新人賞ノミネート作品レビュー」他未訳・既訳作のレビューが10作ばかり読める。興味をもったのは、Julia Spencer-Flemingという作家の"IN THE BLEAK MIDWINTER"。女性司祭を探偵役とする「フーダニットにこだわった」作品らしい。ふむふむ。
「未訳クラシックミステリがおもしろい」というエッセイでは、Oliver Keystone なる米作家が紹介されている。そうなのか。面白いのか。結局、オイラなんぞ、「森事典」によって拓かれた沃野で遊んでいるだけで、その柵から外には出ようとしないもんなあ。「森事典」に載っていない古典パズラー作家を追うというのは、「冒険」以外の何物でもない。「森事典」が下敷きにしている、原書のリファレンスを通読してみる、という段取りなのかな?いや、その前に、ROMに連載されているMK氏のレビューか。あれは、まとめてROM叢書として刊行する値打ちがあると思いますよ、実際。
閑話休題、これを読んで、青縁眼鏡女史のペンネームの方がやっと判った次第。「フーダ」のみなさんってば、ハンドルネームとは異なったペンネームをお持ちなので、おぢさんには誰が誰だか判らんのですよ。


◆「魔性の馬」Jテイ(小学館)読了
世評に名高いティの「天一坊」もの。西洋ミステリ的には「曲った蝶番」もの、というか、まあ、あちらは本人も本人なのか別人なのか、記憶喪失で判らないというひねりがあるところがさすがはカーなのであるが、それに比べてティのこの作品は随分と真っ向から「なりすまし」に取り組んだ作品である。正直なところ、余り期待もせずに読み始めた。ところがどっこい、これが小説として実によく出来ているのだ。長閑な英国の田舎で、慎ましやかに生活を営む名家の末裔たちの描写が抜群。性格の違う双子の姉妹の描き分け一つで、ティが長く読み継がれている理由が判る。
斜陽一族の黒い羊と、放浪の孤児が出会った時、陰謀の幕は上がる。8年前、当主夫婦を飛行機事故で喪い、それを追うように次期当主たるべき長男パトリックが自殺してしまったアシュビィ家。ラチェッツ農場と厩舎の経営で手堅く遺産を守り抜いてきた後見人の叔母ベアトリスは、次男サイモンの成人を心待ちにしていた。長女エレノア、双子の姉妹ジェーンとルース、4人の成長は、ビー叔母の心の支えであった。だが、サイモンの成人の誕生日を前に、死んだ筈の長男パトリックが弁護士事務所に現われる。水死したと思われていた彼は、実は家出をし、貨物船でコック見習いをしながら世界を巡り、アメリカで馬の調教を手伝っていたのだという。誰がみてもサイモンと瓜二つ、そして家族しか知らない筈の瑣末事を完璧に身につけている「パトリック」。長男の帰還を迎える家族の反応は様々だった。手放しの歓喜、臆病な好意、戸惑う恋情、そして純粋な悪意。魔性の馬が跳ねる時、「パトリック」は試され、蹄の音は殺しへと続く。
主人公たるブラット・ファーラーが好漢なのである。父も母も知らぬまま孤児院で躾られ、世界を経巡り、英国に戻ってきた若者。その彼が、ひょんなことからアシュビイ家の長男になりすます事となる。優しい人々や、素晴らしい馬と馬のプロに魅了され、彼等を騙しつづける事に悩む一方、相続の資格を奪われたサイモンとの息詰まる駆け引きに興奮を覚えるブラットの日々。そして訪れる対決と破綻。サスペンスとして、カントリー小説として、一級品。じっくりと書き込まれた村の点景、人々の一言や、ふとした行いが実に実に美しいのである。これまでのところ、今年の主演男優賞はブラット・ファーラーに一票。
尚、吉野解説も「ノワールだけじゃない」稚気が感じられて吉。おいらなら訳題は「馬の骨」にしたかも。


2003年10月14日(火)

◆会議杭打ち状態。就業後は歓迎会。雨降りにつき購入本0冊。

◆「木野塚佐平の挑戦」樋口有介(実業之日本社)読了
癒され系<私立探偵>木野塚佐平、再び。おお、なんと去年の作品ではないか。92年10月に初登場してから「喪われた10年」の後、人心荒れ果てた日本に警視総監賞受賞のあの空気のような夢想家探偵が帰ってくる。ついでに、地の果てケニアから色気はないが有能すぎる助手・梅谷桃世までもが帰ってくる。
全日本金魚選手権を舞台とした飽くなき欲望と詐術のゲーム、電波な依頼人が持ち込む「村本総理大臣暗殺説」、ホームレスを束ねる傑物との出会い、そして佐平が不倫を希ってきた美人アナウンサーとの密会、瑣末な疑惑が膨らみ弾け、跋扈する巨悪に揺らぐ政界。佐平と桃世の行くところ、不可能なんぞどこにもない。いつもココロにハードボイルド。
空白の平成から、遥か戦後を振り返るファンタジックな私立探偵小説。騙しと騙しの果てに顕れる大物たちの「過去」と驚愕の大陰謀。いやあ、あのネタにこういう解釈があったのか、と一読三嘆。桃世の不敵な女傑ぶりと、佐平の骨董的天然ボケの対比も鮮やかに、日本の黒い霧を払っていく作者の筆の軽やかなこと。カリカチュアライズされた政治屋たちの狂奔ぶりにニヤリとし、権力の闇の力に戦慄し、佐平のボケにホッとする。この節操のない疾走感は、「ろくでなし」のそれを思わせ、木野塚佐平が得意なのは「日常の謎」ばかりではないことを証明する。馬鹿を承知でやってしまえる大人の作家の法螺話。熟年も悪くない。いかさま、実直も悪くない。


2003年10月13日(月)

◆ネットサーフしていたら、木村二郎氏のサイトで「アマンダ・クロス自殺」との報を発見。ウーマンリブ剥き出しの作風には些か閉口していたが、知的な現代本格ミステリの書き手としては重要な作家であったと思う。合掌。
◆湿度90%にめげて一歩も外に出ずせっせと過去日記・過去感想、お持ち帰りの仕事など。
◆積録してあった「バイオ・ハザード」を視聴。ゲームはやった事がないので、初めは「ん、何だ何だ?」状態。有無を云わせぬ強引な運びで、血と銃弾と暴力てんこ盛りのゾンビ映画に突入。御都合主義的展開も多いのだが、ミラ・ジョヴォビッチの<蹴り>が格好いいので、もう何もかも許しちゃう。オチも「元気があってよろしいっ!」といった感じ。エンドタイトルを見て初めて監督が「イベント・ホライゾン」のポール・アンダースンだった事を知った。なるほど地獄なわけだ。
◆夜は発作的に芸術祭参加作品「離婚旅行」なんぞをリアルタイムで視聴。主役級俳優のオンパレードはともかく、刺激には乏しい作品。まあ、「バイオ・ハザード」見た後じゃ、大概のドラマはぬるく感じますわな。


◆「写本室の迷宮」後藤均(東京創元社)読了
第12回鮎川哲也賞受賞作。作者は国際派のビジネスマンだそうな。大言壮語な「受賞の言葉」を読むだけで、なんとなく「この野郎」感が込み上げてくる。一重にこちらの劣等感が成せるわざなのだが、「これで詰まらんかったら承知しねえぞ」という敵愾心剥き出しで読み始めた。こんな話。
欧州史の教授であり、推理小説新人賞の審査員でもある「わたし」は、3月16日、チューリッヒの画廊で一枚の絵に出会う。それは、日本洋画史に名を残した星野泰夫の作品であった。運命の導きによって託された星野の手記と「イギリス靴の謎」と題された犯人当てミステリ。それは、第二次世界大戦直後、雪に埋れたドイツの館で起きた好事家たちの宴と殺人劇へと「わたし」を誘う。天空の鉤十字。天草の争乱。天に届く図書室。厳戒を潜り抜ける生首。靴の中の名前。それは時を越えた読者への挑戦。過去の事件が甦る時、匣の中の匣の中の匣の中で騙り派は笑う。
本格推理のお約束に淫したようでいて、本格をせせら笑っているような後味の悪さが残る作品。虚構の中の虚構へと感情移入していく過程では、期待が膨らみ、読み飛ばしを封印する手管にも感心する。ただ匣型構造の芯にあるべき「犯人当てパズラー」が<クラインの壷>化するあたりから、雰囲気が怪しくなってくる。手際の悪い手品師に無理矢理カードを押し付けられたかのようなアンフェア感が最後まで拭い切れず、更に作品そのものを無効化しかねないラストの捻りにはゲンナリ。一体、本格が好きなのか、嫌いなのか、はっきりせんかい!と突っ込みをいれたくなる。なんちゅうか高柳芳夫の轍を踏みそうな予感。


2003年10月12日(日)

◆明方におき出して録画しておいた実写版のセーラームーンと「CSI:マイアミ」を視聴。
セーラームーンは怖いものみたさだったが、なるほど杉本彩は怖い。このまま曾我町子のように立派な特撮悪役女優として大成して頂きたい。セーラー・マーキュリー役の優等生は、眼鏡フェチ直撃。明らかに変身前の方が萌えます。ちゅうか、変身したら性格変わり過ぎだぞ、君。
「CSI:マイアミ」はTNGに対するDS9のようなものか?本家よりも、女優のアクがなくなり(普通に美人)、男優のアクが強く(悪役ヅラ)なっている。第一話は、如何にもマイアミな湿地帯に墜落したジェット機事故と、一人だけ現場から8キロ離れた場所に落下していた女性客の死の謎を追う。テンポの良さは御本家そのまま、「消えた弾丸」「消えたフライトレコーダー」という消失ネタもあしらって、動機の説得性も充分。「マイアミバイス」のようなドンパチ方向に流れるのかと思いきや、実にしっかりした造りの一編であった。お見事。
◆昼から、海外旅行帰りの義父母を成田まで子連れでお出迎え。そのまま、宴会に突入してしまい、泥酔。毎度ありがとうございます。購入本0冊。


◆「QED 竹取伝説」高田崇史(講談社ノベルズ)読了
くぉーど・えらーと・でもんすとらんだむ・せくす。
<式の密室>を開放した桑原崇の次なる憑き物落しは月に還る姫と織部村で起きた連続殺人の謎。「竹に串刺しにされた男」と「橋の真ん中から吊下げられた女」。それは、村に伝わる「笹姫手毬唄」を見立てたかのような死に様であった。支配のシステムが伝承を操作し、正義は邪に、略奪は禅譲に塗潰されていく。実在の人物をモデルにした竹取の姫への求愛者たち、覆面作者の嘲笑と鎮魂。光る竹とササが暗示する宝の正体とは?そして、千年の歴史を超えて死を呼ぶ竹取の呪とは?
日本史の闇に理知の光を当ててきた薬学のタタリ神が、竹取物語を解体し、時を越えて若い命を奪い続けてきた奥多摩のカーブに潜む「魔」の正体を暴く。いにしえの支配者たちの簒奪と無法に怒りを感じながら読み進むうちに、通り一遍の「常識」が覆っていく快感が味わえる佳編。竹取物語といえば、日本人で知らぬもののない<最初のサイエンスフィクション>。その物語が書かれなければいけなかった必然性、謎の作者の正体、そして、竹取伝説や七夕に隠された即物的な現世利益と呪い罠、その全てが、ただ一人の薬学博士の口から騙り尽される。現世利益の正体は、ここ数年、漫画の世界でもありふれたものになってきた「あれ」だが、それを立体的に再建築してみせるダイナミズムは、漫画を超えているかもしれない。この勢いだと、京極夏彦が妖怪にかまけているうちに、日本史の仕掛けはあらかたタタルに解体されてしまうぞ。


2003年10月11日(土)

◆三連休初日。行ったり来たりの一週間だったので、休みぐらいはゴロゴロするぞと固く決意したのだが、ねっからの「へそ曲り」の血が疼き、本宅の片付けを始めてしまう。切っ掛けは、平積みの底にある本が床に貼りついてしまう事に気がついたため。別宅の床は、畳とカーペットとコルクのフローリングなので、このような目に遇ったことはないのだが、木のフローリングではこんな惨事が起きてしまうのね。創元推理文庫や、昔の角川文庫などが被害にあってしまった。まあ、全部ダブリ本だったので、ダメージは少ないのだが、たとえどんな本でも、自分の手でカバーをズタボロにしてしまうのは辛い。皆さん、木のフローリングの上に平積みする際には、一番下に紙を敷いてから積みましょう。
◆夕方、定点観測。また一軒、リサイクル系が撤退していた。オープンから半年もたなかったんじゃないかな?開店して一ヶ月経つや経たずで、百メーター駅よりの場所に、ブックオフがオープンしてしまうという「悲運」に見まわれては、撤退もむべなるかな。コンビニもそうだけど、立地ってピンポイントで決まってしまうんだよなあ。ちょこっと残念。とりあえず拾ったのは、こんなところ。
d「エドウィン・ドルードの謎」Cディケンズ(創元推理文庫:帯:紙魚の手帖)120円
「QED 竹取伝説」高田崇史(講談社ノベルズ:帯)300円
「動機」横山秀夫(文春文庫)250円
横山秀夫は、一度は新刊で買ったのだが、母親に持っていかれてしまい、実家でも行方不明になってしまったので買い直し。百均落ちが待てませんでした。「エドウィン・ドルードの謎」は目録落ちだと思って押えたら、「どっこい」在庫僅少で踏ん張っていた。まあ、初版・帯・紙魚の手帖(最終号)が120円ならよしとしますか?bk1じゃ切れてるみたいだし。
もう一冊「月刊井川遥スペシャル」が350円で落ちていたので拾っておく。「月刊井川遥」だと5桁ついてたりするんだけど、もう旬は終わってるよね?


◆「動機」横山秀夫(文春文庫)読了
推理作家協会賞受賞作収録の第2作品集。作者の「出世作」と呼んで差し支えなかろう。今回読んだ文庫本も2002年11月の初刷から、わずか半年で12刷を数えており、「すげえ」の一言。昨年、今年と税金対策が大変だろうなあ、と要らぬ世話を焼いてしまう。
内容は、警察手帳30冊一挙盗難事件を扱った表題作がベスト。主人公は、貝瀬正幸、44歳。巡査として精勤を尽した父親の背中を見て警察官を志した男。階級は警視。J県警本部 警務課企画調査官の職にある。まずは順調に出世の階段を上ってきた貝瀬が、警察官という職業の在り方を問い掛けるべく仕掛けた警察手帳一括保管。だが、その賭けは裏目に出た。なんと衆人環視の署内から30冊の警察手帳が盗まれてしまったのだ。迫り来るタイムリミットに心をすり減らしながら、貝瀬は、警務課と反目する刑事課の人間に容疑の目を向ける。錯綜する動機と機会。そして、辿り着いた警察官という生き方の業。不器用な男たちの詩は敬礼の向うにある。
なるほど、これは非の打ち所のない小説だ。そこかしこに仕掛けられたダブル・イメージ、捜査のプロではない警察官僚の孤独な戦い、男と男が対峙する動と静の真剣勝負、そして畳み掛けるようなカタルシスへと雪崩込む筆運びの妙。これは「傑作」と呼ぶに値する短篇警察小説であり、世界と勝負できる作品であろう。
「逆転の夏」は女子高校生殺しという業を背負った前科者への強引な「依頼」を軸にした異形のフーダニット。高野和明の「13階段」と似通った話であるが、短い分、悲劇の密度で勝っている。
「ネタ元」は女事件記者もの。主人公が引き金をひいてしまった地方紙存亡の危機。嵩にかかって責め立てるライバル紙と全国紙の取材合戦の最中、彼女に囁かれる甘美な誘惑。虎の子のネタ元を巡って野心と困惑が交錯する、勘違いの夜。男社会の軋轢に潰されそうな女性記者がシチュエーションコメディーのような展開に翻弄される「間違いの喜劇」。乾いたユーモアがなんともイイ味。
「密室の人」は公判中に居眠りし、妻の名を呼んでしまった裁判官の懊悩と探索を描いた作品。閉鎖社会のしきたりを学んでいるうちに、思いがけない<事件>の構図が浮かびあがるというプロットは作者のお得意であるが、ここまでいくと少し無理目の感がする。