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2003年9月20日(土)

◆慢性睡眠不足のツケで、寝ているか、ぼうっとしているかの一日。ベビーベッドの組み立てやら、実家のPCトラブル対応やら、それなりに働いた覚えもあるのだが、あれは夢だったのか?
◆奥さんが録画しておいてくれた今週水曜日放映の「世にも奇妙な物語 2003年 秋の特別編」を視聴。筒井康隆「鍵」、山田正紀「パーフェクト・カップル」(原題「ホームドラマ」)、小松左京「影が重なる時」の原作もの3編とオリジナル2編。個人的にはオリジナルの2編「遠すぎた男」と「迷路」が好み。特に、「遠すぎた男」のオチは凄すぎ。これはやられた。井川遥のオーラは消えたかと思っていたが、普通の主婦をやるとやっぱ美人ですのう。
◆21時からのNHKスペシャル「阪神を変えた男 星野仙一」をリアルタイムで視聴。みたか、この映像の分厚さ!!前回優勝時の「エースなき優勝」にも感動させられたが、今回は益々もって「プロジェクトX」ですな。
♪つーばーめよ〜、知将の星野、今岡に赤星金本(字余り)


◆「13階段」高野和明(講談社)読了
第47回江戸川乱歩賞受賞作品。作者は、岡本喜八組に籍を置いたこともある映画畑の文章芸人。アニメ界、テレビ界、そして映画界と、ミステリの即戦力というのは、夫々に潜んでいるものである。この作品、既に映画化もされ、歴代乱歩賞の中でも非常に幸運なスタートを切った。それは勿論、運だけではない。それだけの娯楽性と社会性の双方を備えた骨太の推理小説であり、「面白さ」にとことんこだわったプロットは、良い意味で、「見せ方」を心得ている匠の仕事なのである。
仮出獄した青年・三上純一。図らずも酒場での口論から、佐村恭介という若者の命を奪ってしまった男。叩き上げの刑務官・南郷正二は、ある決意を秘めて、純一に近づく。「死刑囚の冤罪を晴らす」、成功報酬1千万円のアルバイトは、被害者遺族への賠償に追われる家族を救うために、どうしても引き受けなければならない仕事となった。死刑囚の名は、樹原亮。彼は中湊で起きた、元校長夫妻惨殺事件の主犯として東京拘置所で執行命令に怯える日々を送っていた。記憶の欠落ゆえ、改悛の情を抱けぬという皮肉は冤罪を加速する。純一は、かつて高校時代に家出の果てに辿り着いた街、そして自ら手にかけてしまった被害者の故郷でもある街、中湊を「探偵」として再訪する羽目となる。人を殺す意味は?人に殺されるわけは?そして宿命という名の階段はどこにある?
「殺人」に関わってしまった人々の因果と悲劇を、サスペンスフルに描いた佳作。探偵の設定が前代未聞。そして依頼人の設定も前代未聞であるかもしれない。ともすれば、社会告発ドラマに終わってしまうところを、企みに満ちたエンタテイメントに仕上げた筆力は「御見事」の一言。最後の最後まで、作者に翻弄される快感に酔える。読後の味悪感も、ネタのうち。卑しくも人を殺してしまった者への作者なりの裁きと捉えるべきなのであろう。これは乱歩賞として必要十分。どこを切っても無駄がない。


2003年9月19日(金)

◆残業。奥さんから買い物を仰せつかったので古本屋に寄れずじまい。購入本0冊。
◆ビールと焼酎でご機嫌になっていたら、奥さんから「今日はスポーツニュース見ないの?」と尋ねられる。あれれっ?と新聞を確認すると、おお、今日から「伝統の一戦」5連荘ではあーりませんか。すっかり忘れていた。余裕である。既に23時に近かったので、ネットで結果を確認すると、阪神の完勝。やったね。
「今年は、なんと申しましても横浜信用金庫様にお世話になったわけで、山下理事長様におかれましてはご機嫌麗しく、このあとに控えているのは選手の年俸が1000万円以上は保証されないベイ・オフでしょうか?また、本日も含め、巨人銀行様にも沢山ご融資頂き、しみじみとありがとうございます。どうか『メガバンク』と呼ばせてください、原ジャイアンツホールディングカンパニー社長様。また頭取(ヘッドの鹿取)様にもよろしく御伝えくださいませ。」
◆日記のネタがないなあ、と電網をふらふらしてみる。ミステリ系更新されてますリンクで普段行かないサイトを尋ねる。更に、そのサイトのリンクから飛んでみる。「おお、世の中にはこんなミステリ系サイトもあったのかあ」と感心しながら、どんどん未開拓のリンクを辿っていく。ニフティのフォーラム繋がりの人達がこじんまりと集落を形成して、濃密なオフ会なんぞを開いているのが判る。で、「うーん、今日はこんなところまで来てしまったかあ。随分と遠出をしちゃったなあ」と満足して、ふとそのサイトの「掲示板」を覗くと、ひょっこり小林文庫の黒猫荘に出たりする。子供の頃、大冒険をしたつもりが、実は近所をぐるぐる回っているだけで、馴染みの通りに突き当たってしまった、そんな記憶が甦る朝の5時半なのであった。


◆「リチャード三世『殺人』事件」エリザベス・ピーターズ(扶桑社文庫)読了
今年2月の新刊を百均で拾っておいてなんなんなのだが、これは当たり。エリス・ピーターズと紛らわしい歴史作家上がりのもう一人の女流ピーターズの司書(後に作家)探偵ジャクリーン・カービー・シリーズ第2作(らしい)。この作者は考古学者アメリア・ピーポディーのシリーズが欧米で最も人気があり、ピーターズといえば遺物ネタという印象があるが、この眼鏡の熟女司書ものも捨てたものではない。いや、眼鏡フェチとすれば、正にど真ん中のストライクである。こんな萌えの対象を、今になるまで知らなかった己の不明を深く反省する次第。こんな話。
王位簒奪者リチャード三世。だが、その復権著しい今、リカーディアンと呼ばれる集団が、更なる「リチャード擁護」の証拠を求めて日夜活動していた。美貌と教養と皮肉に裏打ちされた司書ジャクリーンは、その古文書鑑定の腕を買われて、大学教授トマス・カーターに、週末のバイトを持ち掛けられる。富豪サー・リチャード・ウェルドンの館で、歴史上リチャードの無実を証明するとして知られた「姪の手紙」が披露されるのだという。だが、下心一杯のトマスを嘲笑うかのように、仮装の館では、リチャード三世の「史実」をなぞりながら、客たちに災難が降り掛かる。殴られる事務弁護士、一服盛られる医師、樽に突っ込まれる教授、そして「首」を切られる役者、果して、悪戯の連鎖の目的とは?反リカーディアン主義者の妨害?それとも?眼鏡の奥から、司書の慧眼が最も古典的な動機を暴く。必要は発明の母であり、真理は時の娘である。
かのジョゼフィン・ティの畢生の著名作「時の娘」へのオマージュともいえる作品。というか、それを前提にして、リチャード三世をめぐる見立てパズラーに仕立て上げた、教養豊かなユーモア・ミステリである。などとというと「『時の娘』を読んでいなければ楽しめないのでは」と不安に感じる人がいるかもしれないが、ご心配なく。実は、まだ「時の娘」を読んでいない私でも充分に楽しめた。ああ、また未読の真実がバレてしまった。


2003年9月18日(木)

◆また日記で間違いをやらかした。何を思ったか、「加護亜依」を、「加護愛衣」とご丁寧に誤記していたのだ。ああ、情けない。年寄りの冷水もいいところである。しくしくしく。
ここのところ、フーリック作品の題名を間違えたり、小笠原諸島を八丈島に間違えたり、スヌーピーをチャーリー・ブラウンと間違えたり、こっそり直したものの、MWAをMVAと書いてみたり(>なんだよ?、MVAって)、実に実にミスが多い。
これでも、一応アップする前に目を通しているのだが、一旦脳内に誤って認識されてしまったものは、なかなかミスとして発見できない。書く方からみた「間違いの悲劇」は読む方からみれば「間違いの喜劇」、目が「読者の目」にならないのである。これでは「ハヤカワミスプリマガジン」などと人のことを笑っている資格はありませんのう。
深く深く反省。ご指摘頂いた皆様に感謝。
◆それでも、ネットの便利なところは、速攻で修正できるところ。これが、印刷物となると、そうは問屋が卸してくれない。例えば、今、本屋に並んでいる「本の雑誌 10月号」掲載の拙文で「エミリー・ロッダ名義の本は日本で13冊出ている」と書いたのだが、これはデルトラ・クエスト2が始まった事を知らずにデルトラ8冊+ローワン5冊で、つるっと書いてしまったもの。校正を戻して一週間後に気付いても時既に遅しである。また、「シリーズ探偵で眼鏡の女性は東西で2例しか知らない」として、東の代表でニシ・アズマ女史を西の代表でヴェリティー・バードウッドを引き合いに出したのだが、昨日購入したエリザベス・ピーターズの「リチャード三世『殺人』事件」を読み始めてぶっ飛んだ。この「時の娘」殺人事件とでも呼ぶべき作品の探偵を務めるジャクリーン・カービーは、司書の資格を持ったスタイル抜群の眼鏡美人、しかも熟女、という設定なのである。うわああ、こりゃあもろにツボ!!参った参った。これは何としても触れておくべきだった。しかしこれも時既に遅し。
事ほど左様に、紙媒体ってのは始末におえない。にも関わらず、紙には紙の魅力があるのも事実。二三日前に「FSS企画」というところから届いた宣伝メールには、大笑いしてしまった。日記サイトを開いていらっしゃる皆さんのところには一斉に届いているような気もするが、こんな内容。

以下、引用

世に残しておきたい、語り継いでいかなければならない貴重な体験、経験の記録、執筆者のユニークな研究論文やエッセー、作者本人でなければ描けない旅行記や文学世界を、友人、知人、あるいは広く多くの方々に読んでもらいたい、知ってもらいたい、公共図書館に並べておきたいという書籍は多数あります。
インターネット時代でご自分のHPにこのような思いを掲載されている方々も多くおられます。手軽に掲載できる利便性はありますが、なかなか人に知られにくい面があります。また読者の立場に立つと画面上で読書する姿勢は、本当の読書の楽しみにはほど遠いものがあります。いかなる場所でもリラックスした姿勢でじっくりと読んでこそ、筆者や書いてある事柄に共感するものが湧いてきます。
また本にしてこそ一人前という世間の人物評価には根強いものがあります。

引用ここまで。

ぎゃはははははは、
ホームページよりも本にした方が、人に知られやすい?
本にしさえすれば一人前?
「本を配布する事の大変さを無視してよくもまあここまで云う」なのではあるが、<本好きの目立ちたい君>のツボはついているような気がしなくもない。
邪悪な古本者としては、

商業出版では、部数は最低でも数千部になってしまいます。私家版は部数を絞って、希少価値を自由自在に演出することが可能です。当社では、あなたの作品の真価を知る一握りの人々にメッセージを届ける事をお手伝いして参ります。
また、特装で帯や函を作れば更に喜ばれます。その際に帯の文句を3パターンご用意いたします。是非「煽り」サービスをご利用ください。

と囁きたいところである。
◆仕事で飲み会。いつもと違う路線になったので、一駅途中下車して定点観測。安物買い。
「ブギーポップ イン・ザ・ミラー『パンドラ』」上遠野浩平(電撃文庫)100円
d「人形の夜」Mミュラー(講談社文庫)100円
「青い館の崩壊」倉阪鬼一郎(講談社ノベルズ)100円
「『瑠璃城』殺人事件」北川猛邦(講談社ノベルズ)100円
「幽霊船」井上雅彦編(光文社文庫)100円
d「青いリボンの誘惑」飛鳥高(新芸術社:帯)100円
「13階段」高野和明(講談社)100円
ブギーポップはなんとなくダブり臭い。マーシャ・マラーは、そういえば昔はミュラーって呼んでましたっけねえ、と懐かしくなって拾う。まあ、講談社文庫黒背だし。「青いリボンの誘惑」は帯付き100円ならダブリ買いでしょう。帰宅してから、bk1で検索すると品切れの模様。というか、既に河出文庫の名作選すらヒットしないのには恐れいった。マジかよ?高野和明の乱歩賞受賞作は、ようやく100均ゲット。これで読めます。


◆「海外ミステリ誤訳の事情」直井明(原書房)
たまにはエッセイ本を読んでみる。一部で大評判の<マルタの鷹協会>の会報に連載された、ミステリの誤訳チェック本。作者は、かのエド・マクベインに「あんたの書いた文書のここが辻褄あっとらんぞ」と英語で指摘できる、おそらくはただ一人の日本人。格好いいっ!!直井お奉行様っ!!
この類いの本は、これまでにもあったが、「略語」「食べ物」「経済関連」「映画」「銃器」など、様々な場面での誤訳を指摘し、そこに至った理由を推理してみせるというアプローチが斬新。これだけ、切りまくって憎めないのは、基本的には翻訳者に対しても編集者に対しても敬意を表しており、きちんとした仕事は仕事として評価する、というスタンスの正しさ故。なればこそ、切れ味鋭い筆鋒に素直に感心できるのである。最初はゲラゲラ笑いながら読み進むうちに、だんだんと読者の背中が真っ直ぐと伸びてくる好エッセイ集である。翻訳を業とする人にとっては、どんなホラーよりも背筋が寒くなり、脇の下にじっとりと汗をかく本であろう。編集者も他人事ではない。
珍訳の例には事欠かないのだが、最も目からウロコだったのは、超訳について語ったところで、ひとしきり原文との乖離を指摘した上で、我々が子供の頃に読んだ「世界の名作」こそ超訳のはしりであり、それでもって「世界の名作」を読んだ気になっている己を叱咤されているくだり。そうだよ!いわれてみれば「宝島」も「ロビンソンクルーソー」も「西遊記」も全部「超訳」だったよ。うん。
というわけで、既にこの本は、ワタクシ的には今年のSRベスト周辺書の投票で10点決定なのである。


2003年9月17日(水)

◆一瞬の躊躇で、1時間半のタイムロス。神保町タッチ&ゴーに失敗。こういう日に限って何か出物があったに違いない、と暗鬼に駆られるのであった。
◆悔し紛れにブックオフを一軒定点観測。安物買い。
「リチャード三世『殺人』事件」Eピーターズ(扶桑社ミステリー文庫)100円
「ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王」上遠野浩平(電撃文庫)100円
「マスカレード」井上雅彦編(光文社文庫)100円
「純白の殺意」新津きよみ(ホリプロ)100円
ピーターズはエリザベスの方である。おそらく普通のミステリ読者の9割9分はエリス・ピーターズとエリザベス・ピーターズの区別がついていないと思うのだが、どんなものなのだろうか?まあ、私のように加護亜依と辻希美の区別が出来なくても、まっとうな社会生活が営めるのと同様、エリスとエリザベスと混同していても通常は何の差し障りもない。ごく稀に「あ、カドフェルの作者だ!」と思って買った人がいるであろうというだけだ。
問題はエリザベス・ピーターズの読者に対して「あ、新作だ!」と思わせんがために、徳間文庫で出ていた「裸でごめんあそばせ」を「ベストセラー『殺人』事件」と改題して出す商魂であろう。裸でごめんあそばせな加護あいりをベストセラーな加護亜依と誤認させるようなもんですか?ちがいますかそうですか。
個人的には新津本が今日のヒット。副題が「グルメライター水沢風味子・周富徳の殺人レシピ」。おお、これはゲテものだ。名探偵・周富徳ってのは金春智子ぐらいのものかと思っていたら、こんな本もあったのね。ホリプロのミステリというだけでも「拾い物」感あり。と思って、奥付けをみたら発売は金春本と同じ湘南出版センターでした。それにしても一体なんで、実在の料理人を名探偵に仕立てようという企画が罷り通ったんだろうね?うーん。どうせなら「グラハム・カーの世界最大のゲームな猟奇ショー」とか読んでみたくない、ねえ、スティーブ?


◆「バルカン超特急」ELホワイト(小学館)読了
ヒッチコック映画で有名な1作。ポケミス名画座の方でも「らせん階段」が訳出されるとかで、21世紀はエセル・リナ・ホワイトの時代かもしれませんのう。>ないない
ホワイトの未訳作には「She Faded Into Air」なんてのもあるんだけど、結構消失ものを得意としたんでしょうかね?「バルカン超特急」は、高校生の頃に、かの「ロウソクのために1シリングを」が原作とは名ばかりの「第三逃亡者」との併映で見たのだが、やはり世に名高い「バルカン超特急」の方が面白かった。旅ものってのは、それだけで愉しくなってしまう。こんな話。
欧州で悪友たちと破天荒なバカンスを過ごした挙句、つむじを曲げて一人で英国へ帰る事にした跳ねっ帰り娘のアイリス・カー。言葉は通じず、日射病で体調も崩した彼女は、特急列車でお喋りな英国人オールドミス、ウィニフレッド・フロイから声を掛けられ救われた気持ちになった。ミス・フロイは大陸のとある男爵家の家庭教師を務めていたが、そこを辞して別の職場に移る合間の故郷帰りとか。二人は食堂車でも話に打ち興じた。だが、席に戻ったアイリスがうたたねから醒めてみると、ミス・フロイは彼女の前から姿を消していた。同じコンパートメントにいた男爵夫人も家族連れも英国人女性など最初からいなかったとアイリスを冷笑する。爆走する列車の中を捜し回るアイリス。しかし、宿でも一緒だった貴族姉妹も美貌の夫婦連れも「そんな女はいなかった」と口を揃える。唯一、ミス・フロイを見たといってくれた牧師夫人の証言も、アイリスを更に困惑させる。アイリスに振り回される気の良い土木技師と教授。交錯する欲望。募る焦燥。そして密やかな陰謀。はたしてミス・フロイはアイリスの見た夢だったのか?今、約束の地に向けて、動輪は回り、運命は回る。
作中で著名消失事件の「パリ博」ネタが参照されており、それをもとに作者なりの人間消失に取り組んだ事が判る。消失トリックそのものは、最初からみえみえだが、消失の必然性については、巧みに伏線を張っており、説得性高し。ただ、推理の妙味を楽しむというよりは、孤立無援な極限状況の中でのヒロインの葛藤をはらはらしながら見守るタイプの純正サスペンス。そのハラハラ感が大事であるにも関わらず、揺らぐ猜疑を盛り上げたところで、ミス・フロイの両親の日常を挿入したりするのは、作劇法として如何なものかと戸惑いを覚えた。またヒロインも、感情移入して読むには、いささか我侭過ぎて辛い。最後に陰謀者たちを「策士策に溺れる」結末が待っていたりするのは痛快だが、ミステリとしても、恋愛小説としても中途半端。わざと「お約束」を避けているのだろうか?今回の訳出については、高く評価するものだが、作品そのものは破調のサスペンスといった印象に留まる。
尚、山前解説は、非常に頑張っているが、やはり原書の1,2冊も読んでおいて欲しいよなあ、と感じたのは、私だけではあるまい。


2003年9月16日(火)

◆朝夕刊、デイリースポーツを買う。デイリーの「ー」が阪神勝利の際に虎のシッポになることは、既に日本の常識だが、今日の虎のシッポは金色に輝いていた。やんややんや。
◆就業時間が終わったのを見計らって、職場に阪神タイガース仕様のミニ・ゴーフル缶を配って回る。この日のために、職場のトラキチが準備してくれていたもの。「本当にこんな事をやる馬鹿がいたのか」と呆れられるとともに「これが、阪神優勝の経済効果だっせ!」と道頓堀に飛び込むのだけが阪神ファンではない事をアピールする。それにしてもマスコミは道頓堀ばっかり中継すんなよ。「やめろ、やめろ」といいながら煽ってるんだもんなあ。職場の人間の二人に一人は「kashibaさんは、とびこまなかったんですか?」と聞きやがる。そんな、みんなのやるような事できるかい。
◆帰宅したらROM118号がついていた。一昨日、現物を見せて貰ったとはいえ、やはり160頁のボリュームには圧倒される。いや、何も分厚ければ良いわけではなくて、世の中には分厚い同人誌はなんぼでもある(筈)。普段からROMのハイレベルぶりを知っているだけに、驚嘆してしまうのである。私が編集を手伝わせてもらった号の80数頁でも歴史的な大冊!とROM氏からお褒めの言葉を賜ったのに、117号の大陸ミステリ特集が100頁を軽くクリアしたのに続いて、118号「ユーモアミステリ特集」では、<さらに倍、どん>てなもんである。
ウッドハウスの中編翻訳を含む小特集、カミ、クリスピン、グルーバー、コックス(バークリー)あたりのビッグネームに、マニング・コールズが別名義で世に問うた幽霊ファンタジーのシリーズ、知る人ぞ知るパメラ・ブランチ、アリス・ティルトン、ロバート・バー、そして聞いた事もない作家たちのレビューがてんこ盛り。怒涛のMK氏のレビュー通信も2回分40作の大盤振る舞い。牧人・茗荷丸のネット若手も参加して、なんともいやはや、賑やかな本である。今後、この160頁を超える号は今後出てくるのだろうか?果してこれは宴の支度、それとも始末?次号!21世紀最初で最後のオースティン・フリーマン大特集+αを刮目して待て!


◆「石の猿」Jディヴァー(文藝春秋)読了
リンカーン・ライム・シリーズ第4作。今年に入って読み始めたディーヴァーだが、とうとう本年の新刊に追いついてしまった(まあ「コフィンダンサー」以降の追っかけなので、これで5冊目。たいした冊数ではない)。一編あたりの頁数を考えると、一日一冊にこだわっている人間が手を出すには歯ごたえがありすぎるのだが、それでも「読みたい」と思わせるだけのオーラがこの作家にはある。こんな話。
八月のとある火曜日未明、ロングアイランド沖の荒れる海に福州竜丸はあった。積荷は密入国者。「美しい国」に明日への道を託した老若男女十数名。その中には政治犯サム・チャンの一家もいた。だが、約束の地を目前にしながら、福州竜丸は沿岸警備隊の急襲を受ける。ゴーストと呼ばれる名うての蛇頭すら舌を巻いた素早い察知の裏にはリンカーン・ライムの慧眼があった。自爆の果てに沈下する船、水際の策謀と逃亡、追う者と追われる者が交錯し、その銃口はライムを狙う。大林檎の碁盤上、『鬼』は豚を求め新疆を走らせ、日出処の刑事は人の海に潜る。日没処の刑事が海中で迷い、輿上の捜査官が微細証拠をアップする時、釈尊の掌に躍る腐敗の思惑、石の猿が語る真実は、人の道、陰の道、父が息子に範を示すのは之孝行の拠って立つ処、
「<ドンデン返し>のインフレ」に作者自身が倦んだのか、比較的淡白な仕上がり。尤も、曲者の作者の事なので、淡白でありながら玄妙な中華風味わいを醸す事には成功している。特に、かの偏屈ライムが、中国人刑事に対し心を開いていくあたりの描写やら、アメリア・サックスの「変心」、更には、最後にライムの下す「決断」のくだりはキャラクター・ノベルとして完璧。推理小説としては、非常に大掛かりな錯誤とリックが仕掛けられており、言の葉の裏表を操りながら、森から気をそらせる魔術師の手際にはいつもながら唸らされる。安心して御読みください。


◆「クレオパトラの誘惑」井原まなみ(ポプラ社)読了
1日1冊の帳尻合わせで手に取った御手軽少女向けミステリ。ポプラ社から2000年に出た「ティーンズミステリ文庫」の創刊ラインナップの1冊。作者は日本人推理作家としては寡作家というイメージだが、この年に同叢書にて「ワールドミステリーツアー」「原宿おしゃれ事件簿」の2シリーズ3作ずつのジュヴィナイルミステリを上梓しており、随分と精力的に仕事をしたんだなあ、と感心させられる。まあ、それぞれが150枚級の中編サイズなので、「6作」といっても知れているのだが。で、この「ワールドミステリツアー」シリーズは、旅行作家の父を持ってしまった、中学二年生・狩野遼(はるか)が世界のあちこちで謎に遭遇するという設定(らしい)、このシリーズ三冊全部収集者が出ますと、ブックJTBからよしだまさしと行く均一棚6日間の旅がプレゼント。それでは、狩野遼、最初の旅に、不思議発見!
「わたしは今、エジプトはナイル河畔のホテルにきています。旅行作家のパパに無理矢理連れられてきたのですが、そこで殺人事件に巻き込まれてしまいます。パパの後輩で商社マンの酒井さんが、なんとピラミッドの上で、私達の見守る中、アヌビス神に殺され、しかも、その容疑者としてパパが警察に捕まってしまったんです。酒井さんは、地元で知り合ったキャリアウーマンのイマンさんにゾッコン。でも、イマンさんの従兄で婚約者のラムセス警部に睨まれ、身の危険を感じていました。私たちがエジプトに着いた日も、呪いを暗示する脅迫状がいつのまにか、車から出てきたり、もう、エジプトは謎がいっぱい。それでは、ここでクエスチョン、一体、酒井さんを殺したのは誰なのでしょおかあ〜」
なんと井原まなみにこういう御手軽ミステリの才能があったのか、と驚いた。中学二年生を無理矢理世界旅行に引っ張りまわすという強引な設定を乗り切れば、それなりに楽しめる。小粒なアリバイ・トリックもあって、プロットにも破綻がない。漫画イラストの質は、もう少し高ければよかったのだが。
「では、まずマコト君の答から。これは、犬の絵が書いてありますが?アヌビス神ですか?」
「それは、わかっとる!」と坂東さんが突っ込んだところで、お別れです。


2003年9月15日(月)

◆午前中は前日の日記書き。午後4時過ぎまでせっせと古感想を埋める。午後4時以降は「阪神優勝」モードでテレビにへばりつき。購入本0冊。
◆ヤクルト・横浜戦の経過を確認すべくヤフー・スポーツのライブに接続しつつネットを徘徊していたら、王様こと未読王の休筆宣言が!!「タダで読ませるのは勿体無い」という御判断なのであろうか。ひそかに更新を心待ちにしていた者としてはまことにもって残念。まあ、そのうち「帰ってきた未読王購書日記」「未読王購入日記 最後の聖戦」の2冊でウエッブ分掲載がまとめられ、これで終わりかと思わせておいて、紙媒体オンリーの「真・未読王購書日記 第1章」が刊行され「女子高校生限定サイン会(貴重なダブリ本プレゼント付き)」が開かれる。すると先頭に女王様が並んでいて、
「一番に来たんだから、一番珍しい本を寄越しなさいよ!さあ!!」
「お前のどこが女子高校生なんじゃ?!」
「これでも20年前は女子高校生よ!」
「そんなもの現役女子高校生に決まってるだろ!」
「それ、どこに書いてあんのよ!」
「あーあー、判った判った大変貴重な新潮文庫の『点と線』でもくれてやるよ。」
「これのどこが貴重なダブリ本なのよ!」
「俺様のサインが入っているところだろ!」
と押し問答になるのではなかろうか、などと妄想してしまうのであった。横浜、頑張れ!


2003年9月14日(日)

◆鎌倉の御前の召集につき、奥さんと娘を実家にやって、いざ鎌倉! 鮎川哲也翁一周忌間近ということで、彼の地に詣でて、その偉業を偲ぶのぢゃ。いかねばならぬ、いかねばならぬのぢゃあ。実はただのオフ会なのぢゃあ。
◆千葉駅から総武・横須賀線快速で1時間半の旅。しめしめ、昨日の分も本が読めるぞ、と思ったら、結局半分ぐらい爆睡してしまう。慢性的寝不足の身の上に電車の揺れと車窓から差す日差しは強力な催眠作用を及ぼすのであった。はっ、と目が覚めたら「北鎌倉」。「うへっ、これって鎌倉の手前だっけ?向うだっけ?」と、しばしパニック。幸いにもそこから3分ほどで善男善女みーちゃんはーちゃん鳩サブレでごった返す鎌倉に到着。はあ、なんとかアリバイ成立だ。改札には、レゲエな格好の「御前」こと奈良さんに、須川・岩堀の長老コンビ、黒白さんに、女王様、そして本当に御久しぶりの小林文庫オーナー。濃いい、今日の面子は一際濃いいぞよ。
「最近は新刊しか買ってないわよー」という舌の根の乾かぬうちから「さいのくにのあれはさいこさんらしいわよ」「おおこうちのよるにつみありはどうよ」などと訳のわからぬ呪文を口走る女王様の健在ぶりに、自然と顔がほころんでしまう。
◆駅前のスーパーで食べ物とお酒を仕入れて、おのぼりさんでごった返す通りをしばし歩む。先頭を行く御前と女王様は、すたすたと前傾姿勢で人並みを突っ切っていく。あ、そういえば、鎌倉にも古本屋ってあったけね、と思いつくと、横を歩いていた黒白さんが「一時間前に来て、二軒チェックいれましたあ。鎌倉の古本屋は固いです」ですと。うひいい。相変わらずやなあ、みんな。ふと辻を入ると住宅街、そこに建つ閑静なマンション。その二階の一室にどやどやと雪崩れ込む一群。リビングに入るなり、本棚に駆け寄り値踏みにはしる女王様。これこれはしたない。奥様ご用意のビールを手に、さあ、真っ昼間から大宴会である。
本日の話題は、勿論のことながら基本的に鮎哲縛り。
「鮎哲の作品では何が好き?」といった他愛のない、しかし、実は奥の深い話題から、
「晩年はMUに嵌まって、さながらドイル」といった編集者の間では有名な裏話やら、
「『白樺荘』ってどこまで出来てたの?」といった一億二千万人鮎哲ファンの最大の興味やら、
「著作権、どうなるんでしょうね?」といった際どい業界話、
「天城一は、最近音信不通で心配」てな同世代作家の話などなど、
何かにつけ「ヤママエさん」の名前が出てきて、殆ど代理人状態。確かに、そりゃそうなんでしょうねえ。「ヤママエさんはシンドーだった」「いや、シンドーのケーソクをやっていた」「ヤママエさんは酒飲みだ」「そーだそーだ、酒飲みだ」みたいな。
◆御前と女王様は昨年10月の「お別れの会」にも潜り込んでいたので、その際に形見分けされた鮎川哲也銘入りの原稿用紙やら、ビデオやらの話題でも盛り上がる。その原稿用紙で「新・本格推理」に応募すれば完璧ですな。しかし、どこでまとまった枚数を手に入れるかが問題である。あ、女王様にコピーさせて貰えばいいのか。>って、書くのかよ?
また畸人郷の野村さんからも聞いていたが、かの本格推理の驍将は、実はバラエティーやUFO番組や特撮がお好みだったそうな。などという話になると、とたんに、
「そうそう『絵のない絵本』がイイ!」やら、
「『ああ世は夢か』がベストでしょう!」とか、
「『怪虫』だろ、『怪虫』」などと忽ち異端の作家としての鮎哲論が湧き上がってしまったり、いやあ濃いいぞ、みんな。
仮にその方面の知見もいれて「黒いスーツ」とか「ごじら荘事件」とかが書かれていたら凄いだろうなあ。芦辺拓向きだとは思いませんかそうですか。
◆また、晩年ふたたびヨリを戻された推理作家「芦川澄子」女史の話題も盛んに出て、宝石を揃えていながら未読王な私は恥かしい想い。一部で復刊の動きもあるらしいが、御本人がウンと云わず実現は困難なんだそうな。ふうううん。
関西推理作家人脈の話になっても、島久平がボクシングやっていたとか、山沢晴雄は公務員だったとか、新章文子はタカラジェンヌだったとか当り前のように喋っているこの人たちは何?なんで、みなさま、そこまで読んだり、知ってたりするのでしょうか?僕なんかまだまだです。
◆「読んでない」で盛り上がったのは晩年作の「唱歌のふるさと」。コアなマニアしか存在も知らないのではないか?という黒白さんに、知ってるけど持ってないよ、と白状すると、なんと我も、我も、小林文庫オーナーと黒白さん以外の人間は、存在は知っているけど、持っていないし、読んでいない、連中ばかりである事が判明。一説では、既に3冊のうち最初の1冊は品切れ寸前らしく、そろそろ真のマニアなら押えに走るべきなのだろうか?音楽之友社といえば「ミステリーズ」の2号に告知がひっそり行われているということなのだが10月3日(金)午後には、音友主催で、鮎川哲也を偲ぶミニ・コンサートが開催されるらしい。昼間の開催なので私は身動きがとれないが、歌曲にご興味のある方は、顔を出されてはいかがだろうか?鮎哲コレクション(レコードの方ね)も飾られるとのことである。
◆占い話を切っ掛けに黒白さんからは高木彬光の奇行ともいえる行状記を聞けたし、須川さんからはROMの118号も拝ませてもらったし(まだ、届きません:涙)、小林文庫オーナーのご健在ぶりも拝見できたし、いやあ、あっという間の5時間半。帰りの車中でも新・同人誌企画の話題で盛り上がったり、頭の天辺からシッポの先まで鮎川哲也漬け、ミステリまみれの1日。<聖地で宴会>を企画してくれた事情通の御前に感謝。奥様、大変御騒がせ致しました。ありがとうございます。

◆あ、そうそう、お約束の本のやりとりね。
黒白さんに、カーのドイツ語版を1冊御進呈。んでもって、鮎哲祭に乗じてゲットしたのがこのあたり。
「七つの死角」鮎川哲也(三笠書房:帯)
「死者を笞打て」鮎川哲也(講談社:帯)
「新赤毛連盟」鮎川哲也(立風書房:帯)
「死のある風景」鮎川哲也(講談社ロマンブックス)
「宛先不明」鮎川哲也(学研ミステリ9)
御値段は内緒。「大血風」とだけ申し上げておきましょう。


◆「プラスチック・ラブ」樋口有介(実業之日本社)読了
97年刊行の短篇青春小説集。収録8編のうち6編までが「週刊小説」掲載。で、「週刊小説」って、こんなに爽やか系の青春小説を載せていたのかと驚いた。ツイストを効かせた作品もなくはないのだが、基本的にふつーの青春小説なのである。とてもティーンの読者が読む雑誌とも思えないので、つまるところ、この青春小説はおとうさんが年甲斐もなく背伸びしてみた「青春小説」なんだな、という事が判る。我々世代から見て「実に青春群像が良く描けている」と感じるということは、逆に若者からは、「こんな奴あ、いねえ」と一蹴されるような気がしてならない。作者の遊び心はすべての物語の主人公をちょっとイイ男の<木村くん>に統一して、読者を眩惑するが、特段「実はパラレルワールドでした」といった落ちも、「実は同一人物でした」といったアクロバティックな仕掛けもないところをみると、「今時の若いもんはみんな<木村くん>なんだ」といった軽いブンガク気取りであるらしい。人騒がせな。以下ミニコメ。
「雪のふる前の日には」中学時代の想い人から、家出した彼女の友人を説得するよう頼まれる<木村くん>。金属疲労した友情とヘビメタの間ですれ違いのピエロは惑う。今日がこんなに寒いのは、明日に雪がふるからだ。
「春はいつも」ガールフレンドの父が不倫した。彼女とともに、不倫相手宅を尋ねる<木村くん>。妄想の中の美貌は、現実に破壊され、麗しくも悲しいシナリオは破棄される。さて、ぼくは最後まで逃げずにいられるだろうか?
「川トンボ」お袋が家を出て一ヶ月、妹が不登校になって二週間、それでもしぶとく生きてきた水槽の水棲昆虫の様子が変ったとき<木村くん>の心も少し震える。人間、いつまでも傷ついてばかりもいられない。自分の彼女は自分で護ろう。
「ヴォーカル」素人バンドの女性ヴォーカル伶子さんが突然姿を消した。彼女に尻を叩かれながら慣れぬ人探しに乗り出した<木村くん>。住民票が明かした真実は、謎を深め、真相はテレビが告げる。きれいなお姉さんはすきですか?
「夏色流し」家族の歴史から抹消された祖父。自業自得の果てに、<木村くん>と同い年の叔母さんは集う。無頼の恋愛小説家の死に様はただ静謐で、夏色の川に砕かれた骨は還る。彼が生きた証は、つまりは我々のみなのだ。
「団子坂」かつてグループ交際していたガールフレンドが死んだ。バイク・レーサーにナンパされ、団子坂で事故に巻き込まれ儚い命を散らす。そのらしからぬ死に納得のいかない<木村くん>が辿り着いた回答。想い出という証人は、ひとり死者を裁く。
「プラスチック・ラブ」中学の頃同級生だった女子高生が、連れ込みホテルで殺された。妊娠4ヶ月。彼女が遺した<プラスチックラブ>という言葉は何を意味するのか?<木村くん>の困惑を笑いながら、大人に促成栽培されていく少女たち。売れるものは何?君のパンティーは幾ら?戸惑う答と込み上げてくる愛にこんにちは。佳作。
「クリスマスの前の日には」彼女の妹が「アルパカ」を飼えなければ学校に行かないといったからといって、どうして<木村くん>の出番になってしまうんだろう。面倒見のいい嘘吐きは、とりあえずどこまでも人がいい。


◆「密室に向って撃て!」東川篤哉(カッパノベルズ)読了
KAPPA−ONE第一期生の先頭を切って精力的に作品を発表しつつある作者の第二作。すっとぼけたユーモア感覚と、不可能趣味で、デビュー当時の赤川次郎を彷彿とさせる実力派の「プロとしての試金石」たる第二作は、衆人環視の開放密室で起きた不可能犯罪。第1作に続き、有名映画の題名のキモを「密室」に替えてのご機嫌伺い。既に第3作が出てしまっているのでなんなのだが、この路線で何が面白そうかを考えてみる。「俺たちは密室じゃない!」「荒野の密室」「12人の怒れる密室」「密室桟敷の人々」「七年目の密室」「王様と密室」「密室より愛をこめて」「サタデーナイト密室」「密室との遭遇」
うーん、いまひとつだなあ。個人的には「ジュラシック密室」とか見てみたいかも。「太陽が密室」も暑そうである。閑話休題。こんな話。
烏賊川市でデコボコ刑事コンビが引き金を引いてしまった密造拳銃消失事件は、彼等の心痛を嘲笑うようにホームレス殺しに発展し、なぜかあの<名探偵>を再び舞台に引きずり出す。ひょんな事からイカの加工食品で名高い十条食品社長の愛娘・さくらの婚約者3名の素行調査を引き受けざるを得なくなったものぐさ<名探偵>鵜飼杜夫。だが、その報告を届けに鳥ノ岬の十条邸を訪れた鵜飼と<探偵の弟子>戸村流平は、何者かに銃撃を受け、更に岬の突端にある飛魚亭で、婚約者候補の一人、神崎が射殺されてしまう。賊を追ったボディガードも深々と手傷を負う中で、断崖絶壁の彼方に悪魔は消えた。埋められた肉塊、銃弾のカウントダウン。迷走する恋心、自己増殖する評判、果して、不可能犯罪の動機とは?
作者は、あまりにもあからさまに証拠を並べて、「さあ、どうぞ」とばかり読者に推理パズルを挑んでくる。銃弾のトリックは、一発ネタながらコロンブスの卵。しかし、最新鋭の鑑識技術にはどこまで通用するかは疑問。強制挿入されるギャグ第1作にもまして滑り気味だが、とりあえず、第二作の壁はクリアしたと評価しておく。


2003年9月13日(土)

◆ハイ・ホーの借り領域が残り0.04Mを切ったので、朝から「啓示」板の過去ログを1000書込み、1.5M分をジオシティーの猟奇蔵へと移設。なんと、やっと2001年に突入したところだ。いやあ開設から1、2年目の「啓示」板って今から見ても凄まじい量ですのう。掲示板といえば、今年に入って、フクさんのところの掲示板が閉鎖され、先日、政宗さんのところの掲示板も閉鎖。書込みの常連が自分のサイトを開設してそっちのお守りで手一杯になる、というパターンに加え、はてな日記タイプの「日記+突っ込み」が浸透し始めているのも掲示板がふるわない理由の一つかも。まあ、誠実にレスがつく掲示板では、それなりの賑わいを見せているのも確かなので、レス付けをさぼっている人間はエラそうな事は言えないのだが、例えば、ようっぴさんあたりがご自分でサイトを立ち上げたら、がっくんとミステリ系ネットの掲示板は寂れるような気がしなくもありませんな。はい。
◆「阪神電鉄は只今、信号機故障のため、全線で運行を停止しております。御急ぎのところ、真に申し訳ございませんが、しばらくそのままでお待ちください。尚、阪急、国鉄などへの振り替え乗車券を発行しておりますが、既に球団経営はおこなっておりませんのでご了承ください。」
◆夜、奥さんの実家で大宴会。阪神優勝大祝宴会になる筈だったのに。ああ、なる筈だったのにい。ヤケ酒呑んで寝る。購入本0冊、読了本0冊。


2003年9月12日(金)

◆暑い、暑い、暑い、午後からビッグサイト西館で開催中の「自動認識機器展」などという、どマイナーな展示会を見学に行ったのだが、とにかく会社から新橋まで歩くだけで脳味噌がフランベされそうなぐらい暑い。とても古本屋なんぞに行く気力はない。体力もない。ふひいい。
会場では、RFIDタグの書籍への実装デモなんぞもやっていたが、まだまだ実用化には程遠い印象。しかし、本の1冊1冊に固有のタグが振られれば便利だろうなあ。書庫の入り口に立って、ピピッと読み取ると、一瞬で蔵書目録が出来る。おおおお、これは天国だ!!問題は、その部屋に中にあることは判っても、どこにあるかが判らないってことだな。なんだよ、結局一緒かよ。役にたたねええーーーーっ!!
でも、古本市で、ピピッと読み取ると何メートル以内に鷲尾三郎があることが判ったりすると便利かな?単に彩古さんの籠の中だったりすると嫌だな。例えば、「反逆者の財布」のデータを打ち込んだタグを新潮文庫の「点と線」あたりに貼ってライヴァルを足止めするってのは、どうかな?結構、脳内妄想としては用途があるかも。
それはともかく、なんか露出度の高いコンパニオンが倉庫用バーコードリーダーを手にもって微笑んでいるのはシュールである。これがモーターショーやら、エレショーなら、ダーティーペアもどきのスペオペファッションも悪くはないのだが。屋根をチリチリと太陽に炙られた倉庫街に、あんな姉ちゃんはおらんぞ、絶っ対におらんぞっ!!
◆帰路、食料品の買い物も仰せつかっているのでとりあえず八重洲古書館だけチェック。なんだ、結局寄るのかよ。
「コンクリート・アイランド」JGバラード(太田出版:帯)1000円
わっはっは、まだ本屋でさえ見掛けてなかったバラードの新訳・復刊をゲットだぜ。NW−SF叢書で唯一未所持だったタイトルなのでとても嬉しい。この新訳のおかげで、元版が値崩れして市場に出回ってくれると更に嬉しい。同じ叢書の「ベスト・フロム・オービット(上)」なんかは、未だにゾッキでドカンと並んだりする事もあるらしいけど、バラードのこのタイトルは現物すら見た事がないんだよねえ。何色の装丁なんでしょ?


◆「スイス時計の謎」有栖川有栖(講談社ノベルズ)読了
まずはアンソロジーに載った作品が、改めて作家の個人集に収録されると、何故か損をしたような気になる。逆であれば、そんな風には思わないんだけどなあ。有栖川有栖の「国名シリーズ」第6作(なのか?)は4編中、2編を既にアンソロジーで読んでしまっており、新作集を読んだ気がしなかった。まあ、定価800円のところ200円で買ったんだから、どっちもどっち、なのであるが。また、ダイイング・メッセージ、首無し死体、密室、犯人当てと本格推理の王道パターンで切れのいい規定演技を決めたところは「その意気やよし!」。
勿論、誰でも規定演技を行えば良いというわけではなくて、例えば、斎藤栄が「Yの魔法陣:タロット日美子の首無し密室」とか書いてくれても、森村誠一が「密閉十字架:棟居刑事 馘首されたY」とかに挑戦してくれても食指が動くわけではない。そんなものは郭公亭の若旦那と、おーかわ師匠にお任せだ。
話をアリスに戻すと、この作品集はなかなか良い出来である。特に、表題作は堂々のノヴェラ・原稿用紙200枚で、これぞ「パズラー」という完成度を誇る。被害者と容疑者を中年アリスの同級生に絞り、バブル後の世相と中年に差し掛かったエリートたちの苦しい台所事情を切り取ってみせ、それがまた、火村の論理の怜悧さを引き立たせる。国名の扱いにも無理がなく、年間ベスト級の佳作として評価できる。
原稿用紙100枚の「あるYの悲劇」も、極めて意外な犯人が魅力。はっきり言って「禁じ手」といってもいいが、ちゃんとダイイングメッセージ通りではあるんだよなあ。くそう。
「女彫刻家の首」の「何故首を切ったのか?」、「シャイロックの密室」の<How to Lock the Room>の一点集中も頑張ってはいるが、力の入った2中編の前では薄味感は免れない。図らずも、本格推理という形には一定の長さが必要である事を証明した作品集である。


2003年9月11日(木)

◆本日40万アクセスに到達しました。毎度ご訪問ありがとうございます。

4周年!40万!よんでくれてありがとう!

しかしながらさりながら、世の中的にも30周年やら50周年記念事業というのはあっても、40周年というのは余り祝わないような気がしますのう。奇数の方がインパクトがあるということでしょうか?30、50のどこが奇数なのでしょうか?
◆本来ならば、拙サイト4年間の軌跡を回顧しつつ、ミステリネットについて思うところを綴りつつ、中秋の名月に世界の平和と出版界の未来を祈る筈だったのですが、23時過ぎまで野球をやっているドジなチームのために何もできませんでした。それをNHKが延々放送しちゃうんだもんなあ。とりあえず、本日は40万到達の御礼アップのみ。
◆一駅途中下車して安物買い。
「スイス時計の謎」有栖川有栖(講談社ノベルス:帯)200円
「幻神伝」浅田靖丸(光文社カッパノベルズ:帯)100円
「コラムは誘う」小林信彦(新潮社:帯)200円
「8つの物語」Fピアス(あすなろ書房)200円
「ベイ・ドリーム」樋口有介(角川書店:帯)400円
カッパ・ワンの大伝奇が100円均一に落ちていたので拾う。有栖川の新作はヌレ本だが、この値段には勝てない。樋口有介本も帯がついていたので納得してこの値段で購入。1年ぶりぐらいの定点観測だったので、店が残っているかどうか不安だったが、なんとか3店舗健在でホっとする。店の生存確認に行ったようなものですな。はい。


◆「魔法人形」マックス・アフォード(国書刊行会)読了
♪あほっ、あほっ、あふぉーど さ買った
♪あほっ、あほっ、あふぉーど さ買った
♪あほっ、あほっ、あふぉーど さ買った
♪あほっ、あほっ、あふぉーど さ買った
♪あふぉーど さ買った、あふぉーど さ買った
♪あふぉーど さ買った、あふぉーど さ買った
♪あっふぉーど さあ買っーたー
「あっりがっと、すあーん。」
よくぞ、出してくれました!森事典この方、全国一億二千万のカー愛好家が待ち望んでいたオーストラリアの隠れ本格推理作家の逸品がここに登場!!こんな話。
イングランド南西部の荒地エクスムアの谷間に聳える屋敷に死の影が忍び寄っていた。屋敷の主は悪魔学研究家の第一人者コーネリアス・ローチェスター教授。数学者にしてスコットランドヤードからも全幅の信頼をおかれている素人探偵ジェフリー・ブラックバーンが、ローチェスター教授の秘書を務めるロロ・モーガンの依頼を受け、屋敷で起きた奇妙な人形消失事件と、教授の妹ベアトリスの転落死の真相をつきとめるべく出馬した時、悪魔の計画は既に終盤に差し掛かっていた。探偵の登場から一夜明けた雨上がりの礼拝堂で刺殺される頭のネジの緩んだ教授の長男ロジャー。それは、人形の予告と同じ死に様。一転、連続殺人事件と様相を変えた悪魔のシナリオは、第三幕を要求する。鉄壁のアリバイに護られたのは、もう一人の探偵と長女のみ、歪んだ遺産を巡り家族と使用人たちが織り成す欲望の方程式。魔法人形は時の中から姿を現し、富への道は時の中に隠される。逆転の果てに導き出される怪の解法とは?
ROM116号の須川・大鴎両氏のレビューによれば、実はこの作家、カーの如くオカルティズムを駆使する作家ではないらしい。確かに、この作品には、悪魔学研究家が登場し、お館の中にはその筋の本が溢れかえっている。ジプシーの血を引く妖しい使用人が脇を固め、一家を象った人形が消えたかと思いきや死の宣告に現われる。しかし、全くと言っていい程「摩訶不思議」が込み上げてこないのである。実に実に狂った殺意と冷徹なロジックに彩られたパズラーなのである。犯人の計画は相当に大胆で(ある面で杜撰なのだが)その分、目一杯フェアに伏線が張られており、読後の満足感が高い。動機もシンプルなのだが、レッドヘリングの配置が巧くて騙される。更に意外な犯人にこだわった語り口も好感が持て、仰々しい書き出しも黄金期の「探偵小説」の王道を行く。いやあ、久々に「らしい」話を読めた。満足満足。本格ファンなら、アフォード、さあ買ったあ!!