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2003年8月20日(水)

◆ちょっと残業。駅の中の本屋で新刊買い。
「江戸の陰獣」横溝正史(徳間文庫)552円
「まさかこれは出ないだろう」と思っていたお役者文七の短篇集。徳間文庫、偉いっ!!ほんとーに偉いっ!!
このうえ出版芸術社からは、人形佐七の拾遺集から時代長編・連作までズラリと予定されているし、21世紀は奇蹟の世紀である。それにしても、文七とアトムが現役で活躍した昭和30年代半ば、アトム誕生の2003年に、お役者文七の短篇集が初めて出ると思った人間が何人いただろうか?いなかった方に500ガバス。はらたいらさんに全部。
◆時に、「江戸の陰獣」ってのはベタな題名ですな。これで乱歩の方に「正史・蔵の中」なんてな作品でもあれば笑えるんだけど。


◆「殺人犯は我が子なり」Rスタウト(早川書房HMM301・302分載)読了
ネロ・ウルフ登場の第19長編。ミステリマガジンには、何度か長編分載の旬があって、この300号近辺でも結構頑張っていた。本になってしまうと、なんだ二度売りじゃないの?という気がしなくもないが、訳しっぱなしにんっているとどうして本にしないんだ?と突っ込みをいれてみたりして、まこと、読者という動物は勝手なものである。さて、ウルフものの後期には、お父さんを探す話や、お母さんを探す話があるのだが、これなぞは、さしずめ「息子をさがせ」である。
今回の依頼人は、ネブラスカ州オクラホマから老体に鞭打って現われた資産家、ジェームズ・ヘロルド。依頼の向きは、11年前に2万6千ドルを着服して失踪した息子ポールの行方探し。なんと、11年後の今になって、横領の真犯人が捕まり、父として自責の念にかられ、なんとしてもポールを見つけ勘当を解きたいというのだ。早速ウルフが「PHへ」と題する新聞広告をうったところ、新聞記者や警察から探りの電話が相次ぐこととなる。それは現在殺人の罪で公判中のピーター・ヘイズの事件にウルフが噛んでいるのか、という問い合わせであった。公判でヘイズの姿を見たアーチはヘイズがポールである事を確信する。だが、ヘイズはポールである事を否定し、自らが問われている不動産業者マイク・マロイ殺人事件についても無実を主張するばかりで、詳細は黙秘のまま。ヘイズの無実を証明すれば、父親の覚えも一層めでたいと算盤を弾いたウルフは、殺しの真相を探るべく被害者の妻セルマに迫るのだが、それが配下の探偵キームズの死を招く事になろうとは予想だにしなった。
殺しの部分のフーダニットについては、なんともワンパターンな話である。例えば「黄金の蜘蛛」や「ウルフ対FBI」や「語らぬ講演者」などの本筋と、どうすげ替えても不自然ではない。改めてウルフものの面白さは、推理の部分にあるのではなく、どうやって出不精で仕事嫌いのウルフに殺人事件の捜査に乗り出させるかという展開の妙とアーチのムダ話にあることを実感させる作品。クライマックスもあっけなく、最初の人探しの解決がさらりと片付けられてしまい余韻に欠ける。「息子探し」という点と「ウルフの部下が殺される」という以外売りに乏しい、比較的薄味の作品である。


2003年8月19日(火)

◆初日に頑張りすぎて起きられず、年休にしてしまう。軟弱な奴だなあ。購入本0冊。
◆「本の雑誌」に撮影用のネタ本を送る。
◆やっと7月分の日記を書き上げてアップする。なんとか4周年までには追いつきたいものである。まだ12冊分の感想を書かなきゃいけないんだよな。とほほ。1200冊の積読や、120冊一気買いなんかは「へのかっぱ」だが、12冊の感想書きは辛いんだよう。しくしくしく。


◆「大赤斑追撃」林譲治(徳間デュアル文庫)読了
昨年「ウロボロスの波動」の上梓により、名実ともに架空戦記作家・機動戦士作家から「SF作家」へとレベルを上げた林譲治の2001年のジュヴィナイル中編。科学考証に手を抜かず、木星大赤斑内部でのでのスリリングなオペーレーションを活写した快作。
西暦2108年、木星上空。二週間の大赤斑探査にチャーターされた調査艇フェニックスは、軍の払い下げ老朽船3隻からリサイクルされた「不死鳥」。乗員4名、腕は良いが妻を事故で失ってから無茶な仕事を取ってくるようになった船長マイケル・コリンズ、航法士・美鈴はマイケルの娘、クライアントである柄の悪い「太田のおばちゃん」、彼女の部下らしい青年バリー・モース。ケチのつき始めは、大赤斑突入時に落雷により通信装置を失ってしまったこと。そして、その宙域に、凡庸な二代目艦長ハメル大佐率いる宇宙軍最新鋭艦ネルソンがいたこと。功を焦るハメル大佐は、通信に応えようとしないフェニックスを海賊と見なし、副長の静止を振り切り攻撃命令を下す。かくして、赤褐色の嵐の中で、白い提督と不死鳥の命懸けのチェイスが始まった!!果して、美鈴たちは生きて再び木星の重力圏を脱する事ができるのか?
気風のいい宇宙娘の成長物語であり、科学的に正しいスペース・アクションであり、おまけに「何を証拠に、お奉行様?」だったりする。大赤斑も、人間もよく書けている。威勢のいいセリフの応酬が泣かせるんだ。尻尾の先までオシャレのつまったハードSFである。宇宙少年にオススメ。
ところで、マイケル・コリンズの元ネタは、アポロ11号の宇宙飛行士の方なのか?アイルランド独立の英雄の方なのか?隻腕探偵ダン・フォーチュンの作者じゃないよな?


2002年8月18日(月)

◆今日から新学期、じゃなくて、10連休明けの月曜日。メールの整理だけで2時間すっ飛ぶ。午後から4時間半の会議でへたれ、就業後は飲み会の幹事。初日からよく働く奴である。
◆SRマンスリー329号が届く。特集は「笹沢左保」。好企画だが、中でも佐竹裕之氏の「孤影は風の中に」と題したテレビ版木枯し紋次郎レビューがためになった。テレビのオリジナル話が二話あったことを初めて知った次第。へえー。
河田陸村氏の「ミステリーズ」評はいつもながらの「モノとしての本」への拘りに辟易とする。中身はどうなんだ、中身は?
今や連載となった沢田安史氏の十蘭、いなばさがみ氏の島田一男の二大追っかけは、益々病膏肓に入って倦む事を知らない。いいねえいいねえ。戸田和光氏の「「平九馬子」の謎」も新情報として目うろこである。
読み物として一番面白かったのは、へ氏(なんちゅうペンネームだ)の「『探偵実話』=三原葉子」論。60年代の肉体派女優・三原葉子と、実話作家・橘外男などについて熱く語ったサブカル論。癖のある平成軽薄体な文体が内容の怪しさ・妖しさとマッチしていて好感。このまま「『探偵実話』傑作選」の解説に使えます。
総じて読み応えのあるマンスリーで満足至極。


◆「猫は聖夜に推理する」柴田よしき(光文社カッパノベルズ)読了
猫探偵の第2短篇集。はっきり言って第1短篇集よりも質の低下が著しい。もうこのシリーズに推理小説の醍醐味を期待してはいけないのかもしれない。
猫たちの井戸端会議から、犯罪像が浮かびあがる「正太郎と井戸端会議の冒険」は、趣向が見え見えで、読み進むのが辛かった。
不倫の決算を描いた小品「猫と桃」も、加害者の狂乱ぶりに女性ならではの感性が窺えるものの、他には見るべきところがない。
次々と首を奪われていく着せ替え人形や、絵本の謎を追う「正太郎と首無し人形の冒険」も動機は悪くないが、解決へのプロセスが飛躍しすぎで唐突感あり。
22世紀の宇宙空間で起きた閉め出し殺人を扱ったパズラー「正太郎と冷たい方程式」はお遊び部分と推理のバランスの悪い話で、乗り切れないままに終わってしまった。
作者の分身の失恋譚をパズル仕立てにした「賢者の贈り物」も、なにやら年増の昔語りに付合わされたような押し付けがましさが不快。
唯一、ミステリ作家誕生前夜譚の「ナイト・スィーツ」が、真実っぽくて好感。この時代のドキドキを忘れずに、丁寧なミステリ作りを心がけて頂きたい。
とまあ、ミステリとしては貶し放題だが、猫小説としては、それなりに読ませるものあり、某シャム猫探偵シリーズへのくすぐりも楽しい。くそ生意気な猫(まあ、猫ってのはどいつもくそ生意気ではあるのだが)が好きな人はどうぞ。


2003年8月17日(日)

◆夏休み最後の日。テレビでアナウンサーが「夏休みもあと半月」などとのたまうものだから「にゃっ、にゃにおう」とムカつく。しかし考えてみれば、そういうアナウンサーだって働いているんだよなと納得してみたりもする。結局、無神経にお決まりの表現を書くライターに腹が立つのか?それとも単に、自分の夏休みが終わることに腹をたてているだけなのか?>俺ってば
◆昨日「イヤッ!」というほど安物買いをしたので、とりあえず古本依存症は小康状態。一日、家に篭って3週間前に読んだ本の感想をしこしことしたためる。読む端から内容を忘れていくもんで、読み終わった直後に感想を書くのに比べて1・5倍は余分に時間が掛かっているような気がする。こんな感想に一体如何ばかりの意味があるのかと小一時間。ほら、斯様に時間が掛かるんだってば。購入本0冊。
◆阪神完敗。誰か「阪神完敗」で登録商標はとらないのか?「阪神乾杯」という商品が出たら、類似商標として上がりが稼げるかもしれない。虎に狸の皮算用。


◆「死霊の跫」雨宮町子(双葉社)読了
新潮ミステリー倶楽部賞受賞作家のモダン・ホラー集。6編収録。後ろの二つが書下ろし。
「高速落下」同僚教師の告別式をさぼって遊園地にいった4人の教師を襲う呪いの顛末。これってどこかで読んだ話だよな。黒岩研の「ジャッカー」とネタが被っているからかなあ、と思ったら2000年2月に読んだ「おぞけ」に入っておりました。再読。呪いの口の開き方、呪われた人々の滅び方が斬新な作品。理に落しきらないところが怪談の怪談たる由縁か?
「いつでもそばにいる」過食症に悩む孤独な娘二人と、オカルト好きの青年が出会った時、開けてはいけない扉が開き、そいつはいつもそばにいる。都市伝説と古典的な幽霊譚を絡めた佳作。老人と孫娘のシークエンスが、静かな怖さをうまく演出している。
「Q中学異聞」回る回る呪いは回る。封印された時の呪いは一人の教師とともに甦る。いつも授業は命懸け。これは怖い。呪われた人々の哀れと毅然たる魔の姿に戦慄する一編。多重視点の語りも危なげなく、学校の怪談としてもA級の出来映え。
「這いのぼる悪夢」救世主は我が肉体を緑なす神に捧げられた。それは神話の始まり。世界の終わり。草刈りのバイトに集められた4人の男女を、這いのぼる悪夢が吸い尽くす。選ばれし者よ、命の蔓となれ。バイオホラーというか、一種の怪獣モノ。映像的にもアイデア的にもやや凡庸。
「翳り」売れっ子少女漫画家の一人語り。愚かな自慢話が、透き通った死の予感に絡めとられ、人生は翳る。ホラーとしては無理筋。業界内幕ものとして楽しめなくはない。
「幽霊屋敷」悶死した伯母の家には少年の幽霊が出るという。呪われた遺産の顛末は、卑しい欲望が二重映しで身勝手な女たちを呪う。推理小説とホラーのコラボレーションを狙った<火刑法廷>。強引ながら、フラッシュバックされたラストシーンは怖い。


2003年8月16日(土)

◆このまま雨に負けて夏休みの間中、家で腐っているのも業腹なので、そぼ降る雨の中、思い切って定点観測に出かけてみた。ブックオフ3軒はしご。基本的には安物買い。
「邪空の王(上・下)」ワイス&ヒックスマン(ハヤカワ文庫FT)各100円
「洞窟の骨」Aエルキンズ(ミステリアス・プレス文庫)100円
「バラバの方を」飛鳥部勝則(徳間ノベルズ)100円
「大赤斑追撃」林譲治(徳間デュアル文庫)100円
d「リプリー」Pハイスミス(河出文庫)100円
「的の男」多岐川恭(創元推理文庫)100円
d「屋根裏の散歩者」江戸川乱歩(講談社乱歩文庫)100円
d「孤島の鬼」江戸川乱歩(講談社乱歩文庫)100円
d「コールサイン殺人事件」川野京輔(広済堂ノベルス)100円
「和菓子屋の息子」小林信彦(新潮社:帯)100円
「人生は五十一から」小林信彦(文藝春秋:帯)100円
「湾岸リベンジャー」戸梶圭太(祥伝社:帯)100円
「牛乳アンタッチャブル」戸梶圭太(双葉社)100円
「死霊の跫」雨宮町子(双葉社:帯)100円
「単独捜査」Pラヴゼイ(早川書房)100円
「木野塚探偵事務所だ」樋口有介(実業之日本社)100円
d「赤い涙」東野司(ハヤカワ文庫JA)100円
「悩みのスーパーヒーロー」Rメイヤー(竹内書店新書)100円
「悪女の挨拶」多岐川恭(桃源社)100円
「石の猿」Jディーヴァー(文藝春秋:帯)950円
Rメイヤーのスーパーヒーローパロディーと桃源社の多岐川恭がとても嬉しいところ。東野司の何故か入手困難になっている第1作品集は帯狙い。それにしても、「牛乳アンタッチャブル」やら「バラバの方へ」みたいな昨年の新刊でも容赦なく百円均一に落ちていたりするんだよなあ。ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズ第4作は定価で買わずにすみました。百均に落ちないうちに読まなくっちゃ。うーん、久々に腕がちぎれるほどの本を買っちゃったなあ。でも、これだけ買って3000円だもんなあ(電車賃別、奥さんへのお土産代別)。
◆夜はプロ野球ニュースのはしご。防御率1,2位の投げ合いで投手戦になるかと思ったら、案に相違して阪神の完勝だった。優勝マジックも一気に二つへって22。にこにこ。


◆「わが名はレジオン」Rゼラズニイ(サンリオSF文庫)読了
70年代ゼラズニイを代表するハードボイルドな「プリテンダー」中編集。
結果的には二日続けてジャンル外からのPIものを読む事になったが、箸休めには丁度よかった。収録されている3編のうち、最後の「ハングマンの帰還」は76年のヒューゴ賞とネヴィラ賞の中編部門をダブル受賞したとかで、今ごろ感心している場合ではないのかもしれないが、まさに「ダブル受賞むべなるかな」の快作であった。ミステリとしてもよく出来ているんだ、これが!!ジャンルとしてのSFミステリを語る際には必ず言及しなければいけない作品だと感じた。古書価が高いばかりで眠い一方の「生ける屍」を探すのも結構だけど、ミステリマニアは是非こちらもご一読を。サンリオ絶版SF文庫の中では手頃な御値段の本だしさ。
コンピュータ管理社会の裏側に入る男<レジオン>。かつてコンピュータ・プログラマーの一員として、すべての人々の個人的記録をデータベース化する事に携わった男は、自らの経歴の全てを燃やし、更に、ネットワークの中になりすましのデータを入れる事ができた。何処にもいない男、そして誰にでもなれる男は、秘密探偵情報局の名無しのオプとして、常に事件の最前線にあった。
「<ルモコ>前夜」核爆弾で海底を噴火させ新たな火山列島を作ろうとする計画。新たな陸地創世のプロジェクトは、一方では滅びの引き金となる。爆破のタイミングを巡り陰謀者たちはルモコに集う。シリーズ開幕編。主人公の設定が、創世とジェノサイドのアンサンブルのうちに軽快に綴られる巨視的ハードボイルド。
「クウェルクェッククータイルクェック」海が巨大な鉱床となるとき、そこに棲む者たちは何処へいくのか?海底公園で殺害された二人のスキューバ・ダイバー。その死体にはイルカと同じ歯形があった。その謎を追い潜入した<わたし>が見た煌きの正体とは?「イルカの日」に一捻り加えた掟破りのフーダニット。「あ、これってSFだったよな」というオチではある。
「ハングマンの帰還」20年前、イオ探険に開発された人型テレファクター<ハングマン>。自らの意思を持つかのような<ハングマン>は、やがて命令を逸脱し、天王星の衛星タイタンでロストする。そして20年後の今、<それ>は還って来た。そして相次ぐ設計者たちの死。果してハングマンは「処刑人」だったのか?人としての存在の意味を問う、骨太のテーマが、主人公の境遇とオーバーラップするマンハントもの。皮肉なツイストの効いた好サスペンス。エンタテイメントでありながら、押えるところは押えたゼラズニイらしさが光る。


2003年8月15日(金)

◆雨の一日。ニューヨーク大停電の日。「ほら、どこにも行かなくて正解でしょ」と奥さんにいいながら、家でじっと感想を書く。ただ書く。只管書く。飽きたのでアップしてみる。一ヶ月前の日記なんぞ、誰が読んでくれるのだろうか?と思ったら、スガヒロエ女史の反応などもあってホッとする。著書をご恵送頂いておきながら感想が遅くなって済みませんです>私信

◆「魔法探偵スラクサス」Mスコット(ハヤカワ文庫FT)読了
ローマ帝国を舞台にした密偵ファルコ・シリーズや、中世イングランドが舞台の修道士アセルスタン・シリーズ等を読んでいると、半ば、剣と魔法の国の探偵ものを読んでいる気になってくる。勿論、魔法が通用するわけではないのだが、魔法や悪魔の存在を信じている人々の比率が高い分、自然科学と超自然科学の垣根は低い。しかし、ギャレットのダーシー卿以来、本格的な剣と魔法の世界の職業探偵ものというのはなかった、少なくとも私は寡聞にして知らなかった。そんな渇を癒すのが、この軽やかに世界幻想文学大賞を受賞した1999年作品。こんな話。
俺の名はスラクサス。魔法はイマイチ、世渡りは年相応。酒でのしくじり多数。そんな俺の元に持ち込まれたのは第3位の王位継承権を持つデュ=アカイ王女直々の依頼。ニオジの外交官アティランに当てた恋文を取り戻して欲しいという。楽な仕事に不相応な報酬、しかし、外交官の執務室に忍び込んだ俺を待っていたのはアティランの死体。恋文が隠されている筈の宝石箱には、呪文が記された羊皮紙が一枚。どうも何かが狂ってやがる。ドラゴンを眠らせるオルクの呪文。消えたエルフの赤布を追う暗殺者ハマン。エルフの差し出すダブル・ユニコーン硬貨。ちんけな外交官の死に始まった事件が、あんな大災厄になろうとは、空の女王リスタリスでも御存知あるめえ。
とにかくこの穀潰しの中年魔法探偵のキャラクターがイイっ!一人称主役を務めるスラクサス、若かりし頃はそれこそ、カドフェルばりに戦士として都市国家防衛の勤めを果たしたものの、酒好きが祟って宮廷の内外でしくじりを続けた結果、今ではすっかり貧乏をこじらせ、脂肪も不良債権化した状態。三文酒場を根城に、ギルドからの借金を返す当てもなく自堕落な生活を送っている。それでも、酒場の女給を務めながら宮廷大学を目指す混血の女戦士マクリからは、不釣り合いな好意を寄せて貰っているという幸せ者である。>この野郎!ストーリーは波瀾万丈。剣と魔法テンコ盛りのわりには、背筋の伸びたミステリのプロットが一本通っているところが憎い。これは名探偵の系譜に新たなヒーローが加わった。最低でも4冊あるという続編もプリーズ、トランスレート。


2003年8月14日(木)

◆一ヶ月前に読んだ本の感想をしこしこと書き綴る。昨日は「読んでも読んでも終わらない」だったが、今日は「書いても書いても終わらない」。本当に趣味なんだろうか?これは??
◆積録しておいたスピルバーグ製作のテレビシリーズ「TAKEN」の第2話を視聴。おお、今度は円盤信者も登場して怪しさ抜群。しかも、円盤教自体、実は軍の陰謀であったというオマケ付き。こりゃあ、よく出来てるねえ。矢追さん。それにしても天才子役ダコタ・ファニングはいつになったら画面に出てくるでしょうか?


◆「模倣犯(下)」宮部みゆき(小学館)読了
週刊ポストに3年間連載されたのち、2年の改稿期間を経て2001年に世に出た「21世紀最初のベストセラー・ミステリ」。なんと原稿用紙にして3551枚。二段組のハードカバーで上下合わせて1400頁超。これよりも厚いミステリはあるし、これよりも売れたミステリもあるだろう。しかしこの厚さのミステリがベストセラーになるというのは「壮挙」といってよい。
それだけ読まれ、その年の「このミス」一位も掻っ攫った本の内容を今更要約するつもりなど毛頭ない。既に多くの方が御存知の通り、これは「ピース」という愛称の青年が、もう一人の青年とともに犯す劇場型犯罪の記録である。彼等の犠牲になった人々とその家族の肖像、彼等を追う人々の熱情と日常、そして知らぬ間に事件に関わってしまった人々の困惑と成長、それらすべての記録である。第1部では、バラバラ死体の発見を端緒として、普通の人々の人生が破壊されていく有り様を追い、第2部では、犯人側視点から、長い長い殺戮の序章から表向きの破綻までを描き、そして第3部では二つの流れを一体化させて、巨大な嘘が再生産され自らの重みで瓦解するまでを綴る。家族を惨殺された少年、婚家との板挟みにあう女性ルポライター、孫娘を奪われた豆腐屋の主、デスクワークの達人である叩き上げの刑事、宮部世界のどこかで見たようなキャラクターが一堂に会して、唾棄すべき知能犯との対決に挑む。世紀末の日本の風俗と世相をとりこみながら、ミステリは大河小説となった。
これだけの虚構を支えきった地力に心から敬服する。あえて、ケチをつければ第3部ではてっきり「死の接吻」調の「ピース」探しが始まるものとばかり思っていたので、早々に正体を割ってしまったのが残念。勿論「声紋」の扱いを考慮したうえでの結論なのかもしれないが、それまで隠しに隠してきた名前が余りにもあっさり出てきたのには肩透しの念を禁じ得なかった。とまれ、この作品が宮部現代ミステリの(今のところの)総決算であることは間違いない。御時間のある方は是非どうぞ。


2003年8月13日(水)

◆一日「模倣犯」を読み続ける。
◆夕方、新刊書店チェック。
「心地よい眺め」Rレンデル(ポケミス:帯)1700円
「被害者のV」Lトリート(ポケミス:帯)1100円
お約束の「ポケミス完集!」。それにしてもレンデルはちゃんと新作を毎年1,2作は出しているんだねえ、2002年の新作もウェクスフォードものなんだもんな、と著作リストをみてしみじみ。23年前に「ひとたび人を殺さば」が角川文庫からポツンと出た時には、こんな大作家になって、その新作が軒並み訳出されるなんてとても思えない地味さだったんだけどなあ。LトリートはHMMに分載された警察小説の始祖。87分署や、ギデオン警視に先立つこと10年前の1945年にこのモジュラー型の警察小説でデビューしたそうな。ふうーん。で、新保解説は抜け目なく、メグレは名探偵小説であって警察小説ではない、とフォローしているところは流石。ただ、やられっぱなしで面白くないので、「ペニクロス村殺人事件」のモーリス・プロクターならどうだ?と思ってキャリアを調べてみた。1906年2月4日生まれ、ハリファックスで20年間警官として奉職の後に1946年 EACH MAN'S DESTINY で作家デビュー。これは、ミステリではなくて警官を主人公にした普通小説だったそうな。うーん、1年及ばなかったかあ、残念無念。
◆積録しておいたスピルバーグ製作のテレビシリーズ「TAKEN」の第1話を視聴。「未知との遭遇」を史実に忠実に再現していこうという円盤教信者万歳なSFシリーズ。スピルバーグが裏系の「Xファイル」や「ダークスカイ」を表から描くとこうなるということか。派手なのか地味なのか、よくわかんないテレビ映画ですな。


◆「模倣犯(上)」宮部みゆき(小学館)読了
分厚い。とてつもなく分厚い。そういえば、一時期の週刊ポストには、いつ見ても弐十手物語に並んでこの話が載っていたような気がする。とりあえず、感想は下巻を読んでから。


2003年8月12日(火)

◆かぞくでかさいりんかいこうえんの水ぞくかんへいきました。いっぱいうみのいきものがいて、おもしろかったです。こどももいっぱいいました。みんなわがままいっぱいです。お父さんたちやお母さんたりはほんとうにえらいなあとおもいました。水ぞくかんを出たところであめがふってきました。しお水のあめです。かかりいんのおじさんがニタリとさかなのようなわらいをうかべてはだかになっておどっていました。ちょっとこわかったです。ほんはいっさつもかいませんでした。きょうのにっきはちょっとくうそうもいれてみました。おしまい。

◆「ハグルマ」北野勇作(角川ホラー文庫)読了
北野勇作、ホラー初見参。こんな話。
日常生活を写したかのようなリアルな「追いつめられ」ゲームを開発していた後輩・石室が、転落死を遂げる。石室の後を継いで、そのゲームの開発を命じられる<おれ>。どこかネジが外れた状態に陥っていた石室の記憶が、ずいいいいいむとコピー機からはき出される。おれに纏わりつく女子社員・矢島久美。お腹に穴が空いている久美。ハグルマがぎちぎちとおれの周りで回り始め、おれは発条になって発情する。私、綺麗?組みしだかれているのは久美?それとも妻?エディアカラ生物群の怨念がぎちぎちと日常を侵し、わあっ、とびっくりして本を投げる、べちゃ。
結論からいうと、この人の文体は、ふうわりしたSFにこそ相応しいと思った。つまり、この人はサイコ・ホラーの文体で地口動物SFを書いているところが斬新なのであって、そのままサイコ・ホラーを書いてしまうと、どこにも「らしさ」が感じられなくなるのである。確かに、この作品にも、かめやら、いかやら、熊やら、あめふらしやらの役回りである謎の古生物(の化石)が登場する。そもそも題名も、その生物のモチーフから生じている(らしい)。しかしながら、全体を覆う昏く血塗られたトーンが、本来の北野勇作作品が持つ「呆けた癒し」とでもいうべき味を奪ってしまい、読者をアンビバレンツな不安の中に置き去りにしてしまうのであった。北野勇作の新境地と云う人もいるかもしれないが、私としてはいつもの世界に帰ってきて欲しいものだとハグルマにお願いするものである。ぎちっ。


2003年8月11日(月)

◆本格的夏休みに突入。といっても、子供が小さいので本格的に「寝夏休み」。
◆WOWOWで007の第1作「ドクター・ノー」を今更ながら初視聴。すべてのスパイ映画の原点がこれか、と思うと感無量。最近の火薬と新兵器頼りのボンドに比べてアナログな活躍ぶりが良さげである。しかし、科学設備のお粗末さには頭を抱える。というか、腹を抱える。「竜」の正体なんざ、思わずのけぞりましたがな。
◆映画「誘拐」を視聴。公開当時、好意的な評判しか聞いていなかった作品だったが、なるほど、これはよく練られている。このような形で「誘拐」犯罪を描いた前例は小説にもドラマにもなかったように思う。動機はどこまでも日本的だが、疵にはなっていない。せやけど酒井美紀のけったいな大阪弁だけはご勘弁でっせ。
◆そうそう、定点観測も致しました。
「模倣犯(上・下)」宮部みゆき(小学館:帯)各100円
「タイムライン(上・下)」Mクライトン(早川書房:上のみ帯)各100円
「源氏物語99の謎」藤本泉(徳間文庫)100円
「王朝才女の謎」藤本泉(徳間文庫)100円
「ケラーの療法」ミステリシーン編(扶桑社文庫:帯)100円
「ハグルマ」北野勇作(角川ホラー文庫:帯)350円
宮部みゆきとクライトンの百均落ちが嬉しいかも。定価で買えば4冊で7200円だもんなあ。発売直後に買っていても、きっと積読だったろうしさ。


◆「フェンス」Mミルズ(DHC)読了
たまにはブンガクしてみようかと思い立ち、近作「オリエント急行戦線異常なし」が一部で評判の英国作家のデビュー作を読んでみた。ブッカー賞とやらの最終候補作にもなったらしい。赤帯に白抜きで「トマス・ピンチョン絶賛!!」との文字が躍っている。トマス・ピンチョンといえば、「競売ナンバー49の絶叫」やら「V」やら「重力の虹」やらで天才作家の名をほしいままにしてきた米文学界の巨星である(1冊も読んでないけど)。なんだかエラそうである。
これをミステリでいえば「中井英夫絶賛!!」のようなものになるであろうか。
SFでいえば「中井英夫絶賛!!」でどうだ。
そして幻想小説でいえば「中井英夫絶賛!!」のようなものに違いない。

なんで、この本を中井英夫は絶賛していないのだろう?

閑話休題。
イングランド人の<おれ>は、フェンス職人。経営者のドナルドからタムとリッチーの二人を率いるよう命じられ、高張力フェンスのクレーム処理でスコットランド山中へと繰り出した。タムとリッチーの腕は悪くはないのだが、二人きりでは手抜きが起る。マクリンドルさんの依頼通りにフェンスを張り直し、一日の仕事が終わればパブでビールを飲む。ところが事故ともいえない偶然で、杭がマクリンドルさんを直撃し、氏はその場で頓死。とりあえず、死体はそこに埋めて、仕事を済ませる。マクリンドルさんも文句はないだろう?次はイングランドで仕事もあることだし、ビールも飲まなきゃならないし、また死体も埋めなきゃならないし。

仕事、前借りして酒、また仕事、パブのはしご、といった単調なフェンス職人の日常に、唐突に死が挿入される。が、誰もその死を気にかけない。まるで、仕事にも酒にも関係ないといわんばかり。一方で辣腕社長の要望と新製品技術は、日に日に昂進していく。が、職人は与えられる仕事を出来る範囲でこなすだけ。この脱力系のリフレインが、結末に至り、なんとも居心地の悪い一言で叩き切られる。さて、どう解釈したものか?家畜の如き労働者と、神の如き経営者。彼等を隔てるフェンスは単調増加で高くなり、客は土となり肉となる。諦念の連鎖を渇いた笑いでごまかそうにも、既に自分の目は家畜の眼なんだ。うーん、絶賛はピンチョンに任せて、わたしはとりあえずビールを飲もうっと。