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2003年7月31日(木)

◆歓迎会で飲み放題。一週間のうちに二回飲み会があると辛いと思う今日この頃みなさまいかがおすごしでしょうか?
追い討ちをかけるように、遥か逗子の方で人身事故が起きたために、千葉方面の総武線がべた遅れのぐちゃ混み。ブラジルの熱帯雨林の蝶の羽ばたきが、日本では台風となるのかどうかは知らないが、気分的には大荒れである。
◆「購入本0冊!」のつもりで帰宅したら、ネットで買った本が到着していた。
「乱れた関係」多岐川恭(桃源社)1500円
定価がそこそこの値段(680円)だったので、奥付けをみると昭和56年の出版。今にして思えば「買っときゃよかった」なんだけど、当時は多岐川恭なんか、精々代表長編を押えておけばいいや、と信じてスルーしてたもんなあ。こんなに本格推理の人だとは夢にも思わなかったもんなあ。まあ、短篇は風俗推理に踏み込んだ作品も多そうな感じではあるのだが、そこはそれ、

「背を早見 棚に忘るる 多岐川の ヌレでも今は買わむとぞ思う」

なのである。


◆「ネロ・ウルフ対FBI」レックス・スタウト(光文社文庫)読了
ネロ・ウルフ第28長編。1965年作品。後期の作品ながら、EQに分載後、幸運にも文庫化された結果、入手は比較的容易なタイトル。
この邦題、さながら怪獣映画か東映まんが祭りを思わせるノリだが、なにも巨大化したネロ・ウルフがワシントンに乗り込んで、口からグルメ光線を吐き、同じく巨大化したフーバー長官を大西洋に叩き込むような話ではない。いや、それはそれで読んでみたい気がしないではないが。
さて、FBIといえば、テレビの世界では、「アンタッチャブル」から「FBI」、そして「Xファイル」まで、たまに、所轄警察の捜査に嘴を突っ込む敵役に回る事があっても、悪名高いCIAに比べればまだしも「正義の味方」というイメージがある。しかし、それ自体が情報操作の結果であったとすれば、余り愉快にはなれない。その任期中、8人の大統領から恐れられた男:フーバー長官率いるFBIは「盗聴」の代名詞でもあった。反共の主張の一方で反米活動委員会からの召喚状を無視する硬骨漢スタウトが、肥満の騎士を駆って、FBIを懲らしめたのは、時代の要請であったのかもしれない。
物語は、著名な富豪の未亡人レイチェルが、ウルフのもとを訪れ、彼女についているFBIの尾行や監視をやめさせて欲しいという依頼を行うところから幕を開ける。FBIに反感を抱き、「だれも知らないFBI」という告発本をまとめ買いして友人・知人に広く送り付けた夫人は、FBIから好ましからざる私人と見なされていたのである。報酬に惹かれたウルフは、アーチの静止に耳を貸さず、この依頼を引き受け、FBIの弱みを掴もうと醜聞の種となりそうな事件を洗わせる。やがて浮上してきた、FBIの内幕を探っていたレポーター殺し。この迷宮入りした事件にはクレーマー警部も絡んでいるらしい。果して、ウルフはFBIとフーバー長官に一泡吹かせる事ができるのか?
さすがに後期の作品らしく、殺人事件の解決はどちらかといえば付随的なものであり、ウルフが如何にFBIの裏をかくのかがストーリーの中心に据えられたお話である。推理の部分での展開は、非常にオーソドックス、というか「何を今更」なものだが、これがウルフ・サーガに組み込まれると、それはそれで機能してしまうのだから立派なものである。クライマックスの静かな活劇シーンで快哉を叫んだ貴方は既にウルフ・ファミリーの一員である。
ところで、作中登場する「だれも知らないFBI("The FBI Nobody Knows")」だが、この本は実在する(らしい)。作者のフレッド・J・クックというジャーナリストは、もともとはコンサバな犯罪記者だったのが、共産スパイとして訴追を受けたアルジャー・ヒス事件の検証記事を書いたのが契機となって、売れっ子ジャーナリストとなり、FBIの他にも石油メジャーやら軍産複合体といった「権威」を槍玉に挙げる書を著したそうな。日本では早川から「マフィア犯罪白書」、みすず書房から「CIA」といった著作が出ていた(らしい)。共産スパイ容疑のアルジャー・ヒスと反共主義者レックス・スタウトという連環も見えたりしてちょっと面白く感じたので紹介しておく。こんなことも、ちょこっとインターネットを叩けば出てくるわけで、最近の解説者ってのは、大変だよなあ、と思ってしまうわけですよ(特に、中島梓の思い先行のぬるい文庫解説を読んでいると益々ね)。


2003年7月30日(水)

◆就業後、本の雑誌の原稿用下調べのために別宅ヘゴウ。
あああ、本に囲まれている。
じわりと幸せに包まれる。
壁のような積読の中から次は何を読もうかとあれこれ迷う。
この瞬間が、読書における至福の時なのかもしれない。
翻訳書の方は、比較的ビッグネームが書棚の前に並んでいるので選び易いが、日本モノは「買うものがないので買った本」が書棚の前に積みあがっており、ビッグネームの積読を掘り出すには一苦労なのである。結城昌治やら、佐野洋やらも読んでみたい気もするんだけどねえ。「バカ買いの壁」に阻まれております。はい。


◆「狼は天使の匂い」Dグーディス(ポケミス)読了
ポケミス名画座4本目。「ウサギは野を駆ける」と同じフォトカバーで出すと面白い事になったのではないかと思われる本。ノワールは守備範囲外だがとりあえず168頁という薄さに惹かれて読んでみた。結論としては「薄さで本を選んではいけません」といったところ。
男の名はハート。故郷の南部の町ニューオリンズから逃げてきた男。自らの人生を投げて来た男。辿り着いた1月のフィラデルフィアの寒さに耐えかね、一流店でコートを盗み、凍った裏町へと駆け込むや、そこで「彼等」の制裁に遭遇してしまう。裏の大仕事を目論む飢狼たち、そのリーダーであるチャーリーに見込まれたハートは、いつしか彼等と行動を伴にすることとなる。だが、チャーリーの女、フリーダとの火遊びは、ハートの人生の真実を暴き、狼の群れに不協和音を掻き鳴らす。閉ざされた人生を開く鍵は、ただ死神だけが持っているのか?冬来たりなば、厳冬遠からじ。ウサギは野を駆け、狼は天使の匂いを放つ。
中途半端な主人公の造型が、ストーリーそのものまで中途半端なものにしてしまったヌルい犯罪小説。強盗計画も、詰めが甘く、爽快感がない。いわんや、この妙ちきりんな結末に至っては、思わず「金返せ!」もの。量産され、消費される三文ハードボイルドという印象は最後まで拭い切れなかった。ああっ、もうっ!!煮え切らないんだからっ!!ポケミスでさえなければ、絶対買いもしなければ読みもしなかったであろう。ただ原寮(正字はウ冠なし)の解説は、ポイントを捉え思い入れもたっぷりで吉。


2003年7月29日(火)

◆定時で帰る。雨あがりの銀座通りを抜けて東京駅まで歩いてみる。と、長らく豹柄の鉄板の向うで工事していたカルチェがオープンしていた事に気付く。金持ちA様御用達、貧乏人Bには息も掛けてくれるなといわんばかりの店構え。警備員密度高し。なんだか無性に腹が立ってきた。定点観測で八重洲古書館を覗くと、既に「エリアーデ幻想小説全集1」だの「ブラディー・マーダー」だのといった定価4800円の本が、2900円で売られていた。これって、一体何なのであろうか?ざっと読んで古本屋に売り飛ばす類いの本ではないと思うのだが、、既に定価で「ブラディー・マーダー」を買ってしまった身の上としては、少し哀しくなる。本を買う気をなくし購入本0冊。デパ地下で舟和の芋羊羹を買って帰る。ちょっとだけ元気を出す。
◆SFマガジン最新号を斜め読み。小谷真理監修「写真のアングルは左向き45度よっ!」総指揮号。女性作家SFが並んでいたが、リブの闘士+SFマニアとなると、これはもう、議論するために生まれてきたようなお方たちなんだろうなあ、と思わず知らずのうちに身が引けてしまう。もう10年以上もジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞なる賞があったことも今回初めて認識した次第。
女性ミステリ作家には余りそういったイメージがないし、そもそも「ジェンダー系女性ミステリ作家」などといった分類が存在しないような気がするんだけど、どんなもんなんざんしょ。4F系のグラフトンやら、パレツキーというのはそういった路線に当たるのだろうか?確かにラプラントあたりだと、更にえぐいし、柴田よしきのRIKOシリーズや、桐野夏生の諸作には「性差」への意識が感じられなくはない。いわゆる「女でないと書けない」って奴ですか。うーん、ミステリの方が、一方の極にクリスティー以来の「コージー」という女の楽園を抱えている分、「女流イコール知的、戦闘的、男は敵」といったイメージが薄まってしまっているだけなのかな?でも「ジェンダー系女性ミステリ作家」などと下手に云うと、高村薫あたりから「何を男の理屈でしょうもない分類しとるんじゃ、ごるらあああ」と叱られちゃいそうだしなあ。つるかめつるかめ。


◆「やさしい死神」Fブラウン(創元推理文庫)読了
発作的にブラウンなんぞを読んでみる。1956年作品。丁度、創元推理文庫を買い始めた約30年前に品切れ時期に当たっていたため、74年に復刊された際には小躍りして喜んだ作品。しかし結論から云うと「なぜ、こんな話まで翻訳されたのか?」という疑問すら湧いてくる凡作であった。
時は4月。ところはアリゾナ州のメキシコ国境付近の街ツーソン。ある朝のこと、信心深い老人ジョン・メドリー宅の庭に、若い男の射殺死体が転がっていた。男の名は、カート・スチフラー。ユダヤ系移民として人生の辛酸を舐めてきた彼は、更に二週間前に自動車事故で愛妻と3人の子供を亡くすという悲劇に見舞われていた。誰がこの世界一不幸な男を殺したのか?タウソン警察の刑事フランク・ラモスは、カートの過去を洗うほどに、やさしい死神の存在を確信するのであった。
この作品、実は、真犯人を三分の一行かないうちにばらしてしまう。ありゃりゃ?それ以降は、「何故?」という動機の謎と、どのようにその「犯罪」が破綻するかという倒叙の楽しみしかない。非常に色気や華のない話であり、ストーリーテラーのブラウンにしては、狙い所が掴めない作品である。一つあるとすれば、ブラウン流の「神の殺人」か?クイーンの「第八の日」のように、何やらそこに深遠にして真摯な思いが隠されているのか?ここでブンガクやら神学をやられても読者は当惑するだけだと思うのだが。


2003年7月28日(月)

◆終日缶詰状態で、企画会社からのプレゼンを聞く。終了後、宴会。月曜日からやるメニューじゃないよなあ。ぐだあああ。購入本0冊。
◆何も書くことがないので、ラ・テ欄から拾ったネタでも。
本日から、またしても「水戸黄門」が始まったらしい。里見浩太郎・黄門としては第2シリーズ。通算第32部、このシーズン中に、999話に到達して、1000話スペシャルは3時間特番になるそうな。ひょええええ。凄い、凄いぞ、印籠街道999!!
さらに驚くべきは、「ご老公のメーテル」こと由美かおるが、いまだに健在であること。機械の身体を持っているのだろうか?はたまた、徳の高い坊主の生き胆か人魚の肉でも食ろうたのであろうか>嘘八百ビキニ。


◆「日米架空戦記集成」長山靖生編(中公文庫)読了
小林文庫ゲストブックの書込みを見て本屋へ飛んでいった本。この内容の本が700円でお釣が来るというのだから堪らない。「中公文庫<戦争の真実>フェア」参加の7月新刊のうち海野十三の「赤道南下」は、確かに<戦争の真実>かもしれないが、こちらの方は題名からして「架空戦記」なのに、<戦争の真実>もへったくれもあったものではないと思う。いや、何もケチをつけているわけではない。それだけのハードルを越えてこの本を上梓せしめた関係者の熱い想いに脱帽して感謝申し上げたいのである。
中には明治43年から昭和19年までに書かれた空と科学と諜報と銃後における様々な日米決戦11編が収録されており、特に「新兵器で幻の大勝利」の科学小説3編と「悲喜こもごもの銃後」と題された正史・圭吉・三橋の銃後小説3編は圧巻。また戦闘機乗りの軍人魂を余すところなく描いた海野十三の「空行かば」あたりを見ると、既に昭和8年の時点から、斯くも決死・必殺の念が高まっていた(或いは高めようとしていた)のかと改めて感心した。
「暴れる怪力線」における片柳教授のマッドな発明に歓喜し、
「海底国境線」におけるアメリカの大陰謀と日本側が放った大掛かりな奇手に唖然とし、
「桑港けし飛ぶ」における原子爆弾への確かな理解と信頼に遠い眼差しになる。
或いは、「慰問文」における銃後のお嬢さまの大活躍と完璧な結末に嬉し涙を浮かべ、
「空中の散歩者」における推理と防諜活動の粋に触れ、
「帰郷」における切れ味鋭い幻想譚の捻るに惚れる。
中でも、これだけ厳しい縛りの中で、すべての条件をクリアしながら、尚且つ一級の驚愕を仕込んだ正史は本当に凄い。横溝正史先生ばんざーい。日本国ばんざーい。


2003年7月27日(日)

◆夕方の6時半までお持ち帰りの仕事をする。ああ、いやだいやだいやだ。
本でも買わなやっとれまへんな状態に陥り、ふらふらと夜の街へ繰り出す。古書だととんでもない値段がついていた噂の創元推理文庫の新刊が狙い。
「黒いハンカチ」小沼丹(創元推理文庫:帯)700円
「まぼろし綺譚」今日泊亜蘭(出版芸術社:帯)1500円
小沼タン、ハァハァと探し求めること3軒目で漸くゲットだぜ。
何かもう一冊と思ったら、今日ドマリマボロシ キターーーーーーーーーーンがあったので、おし頂くようにして買う。どちらも凄い本だ。ありがたやありがたや。
◆「それにしても、皆が買う本しか買えてないなあ」と、発作的にスーパー源氏で桃源社の多岐川恭を検索してみる。すると、思いがけず未所持が2冊ヒット。ダメモトで注文を入れてみると、案の定、片方は売り切れだったが、もう片方はオーダーが通った。へえーっ。買えるもんなんだねえ。ちょっと癖になりそう。


◆「蘭郁二郎傑作集」日下三蔵編(ちくま文庫)読了
「怪奇探偵小説名作選」第二期の目玉商品。国書の探偵倶楽部でも「火星の魔術師」他「夢鬼」「地図にない島」などの代表作は読めるが、更にデビューから幻想系の諸作を数多く取り込み、SF系の作品も増補したのがこの本。実は、この本がこの作家の初体験。アンソロジーなどで1,2編は読んでいるのかもしれないが、それと意識して読むのは今回が初めてである。
で、一読驚嘆。何に驚いたかというと、作品の質もさることながら、たった31歳の若さで亡くなっているという事実。つまり10代、20代でこれだけの傑作、佳作を残してきたのか、ということ。これは、惜しい人を亡くしたものである。仮に戦後も存命であれば、日本のSF史は(漫画の歴史も含めて)大幅に塗り替えられたに違いない。特に「火星の魔術師」「脳波操縦士」「地図にない島」あたりの科学的ガジェットは「懐かしい未来」そのもの。同時代の英米製のSFに比べ遜色ないどころか、むしろ科学的だったりする。
また、初期の幻想・耽美を貴重とした作品は、「小乱歩」とでも呼びたくなるような出来映え。「夢鬼」の粘着と奇想、「魔像」の猥雑と残酷、「鉄路」の無機と幽鬼が織り成す血の絢爛、「足の裏」の諧謔と淫靡、「実は、乱歩の未発表原稿なのだよ。明智君」とこっそり渡されれば信じてしまいそうな程にその根っこにおいて乱歩である。帯の「時代を走り抜けた天才の傑作集!」という煽りが、真実を述べているという希有な例であろう。なるほど、これは天才であり、傑作である。ごちそうさまでした。1300円は安い。


◆「黒いハンカチ」小沼丹(創元推理文庫)読了
MYSCON4のオークションで元版にとんでもない値段(2万1千円)がついた私小説作家の「日常の謎」系推理連作集。北村薫の「謎のギャラリー」を手にとってもいない人間としては、その存在すら知らなかった作家であり、作品である。これが、創元推理文庫に入るというのは一重に<北村薫>効果のなせる技であろう。お蔭様で、我々パンピーなミステリ愛好家は、日下三蔵法師の落札価格の三十分の一の御値段で当り前のようにこの書が買えて、電車の中ででも気兼ねなく楽しめるわけである。
なんといっても、この連作集の魅力は、素人お嬢さま探偵であるニシ・アズマ先生の設定に追うところが大きい。推理の段になると、赤縁のロイド眼鏡を掛けて、颯爽と数多の謎を解決する美人先生!これは、眼鏡フェチの経絡秘孔を正しくつくケレン以外の何物でもない。やられました。
12編の謎や事件そのものは、ミステリの歴史に名を残すというものでは決してないものの、このさりげなさと敷居の低さが、推理小説を普通の人のものにするというムーブメントの貴重な証人なのである。
お話としては、探偵の特徴とも対応させつつ女心の機微を突いた犯罪を描いた「眼鏡」、
若者たちのプライドが恐ろしい結末を招く「蛇」、
ホームパーティーでの盗難事件を軽やかに扱った「スクェア・ダンス」、
展示板の下から覗く足の動きだけで、事件の構図を見破る「足」、
自己パロディの正月譚「シルク・ハット」、
死体の手を咥えた犬から真実を暴く「犬」あたりの切れ味が好み。
小沼タン、ハアハア。ニシ・アズマタン、ハアハア。


2003年7月26日(土)

◆疲労が蓄積したのか何もやりたくない気分。一日中うだうだと過ごす。うだうだ過ごすといっても、朝御飯の支度をしたり、デイリースポーツを買いに行ったり、CSI:2の再放送を見たり、古本屋を4軒定点観測したり、ガンダムSEEDを見たり、奥さんが「パソコンで作曲」講座を受けに行っている間に赤ん坊の面倒をみたり、新刊書店で本を買ったりぐらいのことはした。どのへんがうだうだかというと、要は漫画以外1冊も本をよまなかったのである。
「ミステリマガジン 2003年9月号」(早川書房)840円
「SFマガジン 2003年9月号」(早川書房)890円
「日米架空戦記集成」長山靖生編(中公文庫:帯)667円
「キネコミカ」とり・みき(早川文庫JA:帯)580円
ミステリマガジンは、MWA特集。早川書房の底力を思わせるラインナップ。拾い読みしてみようかとも思ったが、どれもこれも「長い短篇」ばかりでめげる。山田正紀のポケミス特別メッセージは「ポケット」にこだわった名文。さすが僕たちの好きな先生である。斯くもポケミスファンとしての琴線をくすぐられたのは椎名誠以来かも。並びで入る筈だったルース・レンデルの特別メッセージがオチていたのには「編集さんの胃に孔が空いたのでは」と同情を禁じ得ないが、(既にAMMMでも指摘のあった通り)三橋暁の「リチャード・ドハティ」発言には情けなくなる。ポケミス名画座近刊予告の「刑事マディガン」に引っ張られよってからに。ドハティーの夜明けは遠いぜよ。少なくとも三橋暁が「海外の事情に詳しい本格ミステリ・ファン」でないことだけははっきりした。あとHMMでは、次号のホック特集の予告に垂涎し、小山正絶賛のカルトDVDに興味を引かれた程度。
「キネコミカ」は一気読み。作者の尖がったセンスがみっしり楽しめてお買い得。長編もいいが、やはりこの人の本領は、限られた頁数でこそ発揮されるような気がする。「SFマガジン」は買っただけ。「日米架空戦記集成」は志の高い文庫。解説の入れ込みに「ホンモノ」の迫力を見た。これが、本屋で買える喜びにうち震えよ、小国民。


2003年7月25日(金)

◆大阪日帰り出張。会議三連荘。朝の6時前に出て22時過ぎの帰宅。はああ。大阪の街は天神祭の真っ最中。環状線も浴衣姿の娘さんで溢れかえっていた。天神さん=菅原道真公といえば日本を代表する大怨霊。上方落語「質屋蔵」の下げにも登場して、きちんと仕事をしてくださる学問の神様である。その優秀さの余り、阪神からダイエーホークスにFAして、悲惨な晩年を送った松永浩美のような人である。などと書いていると罰が当たりそうなのでやめよう。どうか「天神さんといえば古本市だ」などと浮かれている輩にも天罰を下してください。
◆夜の十時半から家族三人で小さな祝い事。といっても、阪神のマジック36を祝ったわけではない。


◆「孤独な場所で」DBヒューズ(ポケミス)読了
ポケミス名画座三本目の作者はなんとドロシー・B・ヒューズである。ポケミス100番台で「デリケイト・エイプ」が、別冊宝石で「墜ちた雀」(The Fallen Sparrow:1942)と「影なき恐怖」(The Blackbirder:1943)の2長編+1短篇(情熱の殺人)が紹介されたたきり、「E・S・ガードナー伝」ぐらいでしか、その名を見ることのなかったヒューズである。「狼は天使の匂い」のグーディスもそうだが、ポケミス名画座というシリーズは、作家の方も、リバイバル上映で、虚を衝かれるのである。で、勿論、これまでの長編3作は買うだけで全く読んでいない。あっはっは。「E・S・ガードナー伝」は読んでいるので許してね、ドロシー。更に申せば、ボガード主演・製作とやらの映画も未見である。勘弁してね、ボギー。
男の名は、ディックス・スティール。学生時代の友人だったという高等遊民メル・テリスの留守宅に住み着いた<自称>作家。
「実は、いま探偵小説を書いているんだよ」。
そう語る相手は、イギリスで戦友だったブラブ・ニコライとその妻シルヴィア。
「誰からアイデアを盗むんだい。チャンドラー、ハメット、ガードナー?」
そう尋ねるブラブは、ロサンジェルス市警の殺人課の刑事。そして、彼は謎の美女連続殺人事件を追っていた。被害者たちを結ぶ手がかりは何ひとつなく、ただ殺すためだけに殺す絞殺魔の跳梁に怯える街。そして、その夜の街にスティールは静かに出かけていく。宿命の女の幻を消すために、たった一人の孤独な場所へ。
隅々まで気の配られた緻密なシリアル・キラー・サスペンス。表4の梗概などでは(映画がそうだったせいか)あからさまに殺人者が誰かを書いてしまっているが、ここまで堂々とネタばらしされてしまうのは、作者の意図とは違っているのかもしれないと不安になる。というのも、この原作自体は、犯人と動機の全てを「最後の一言」に結晶させるという技巧を用いており、倒叙もののように犯人の心理を追う組み立てにはなっていないのである。本格推理とは、別の地平に立つ作品だが、キャラ設定の手堅さや、描写や会話の滑らかさは一級のプロの仕事を感じさせる。


2003年7月24日(木)

◆残業。新橋駅前に出たら「こいち祭」なる行事の真っ最中。公園では盆踊りの真っ最中。駅前では古本市の真っ最中。あ〜そりゃそりゃ。買う本なんかはありゃしない。それでも1冊安物買い。これで日本も安泰かい。
「バルカン超特急」ELホワイト(小学館)200円
帯なしだけども、帯なしだけども、200均には勝てやせぬ〜。あ〜こりゃこりゃ。


◆「エンプティー・チェア」Jディーヴァー(文藝春秋)読了
最上のベッド・ディテクティブ、リンカーン・ライム・シリーズ第3作。前2作で築き上げてきた必勝パターンにアレンジを加え、ホームグラウンドを離れた土地でライム対サックスという師弟対決を実現した話題作。こんな話。
ニューヨークはマンハッタンから南西に500マイル、ノースカロライナ州エイヴリーに介護士のトムと今や公私ともどもパートナーとなったアメリア・サックスととにもライムはあった。サメの組織を移植して頚骨と神経の再生を行う手術を受けに来たのだった。だが、手術を待つ1日の間、地元パケノーク郡の保安官、ジム・ベルがライムに助けを求めて来る。ギャレット・ハンロンという16歳の昆虫少年が、女性二人を誘拐して「パコの北」と呼ばれる広大な湿原のどこかに消えたというのだ。既に、男子高校生一人が撲殺され、保安官補が蜂の罠に掛かり重傷を負った。FBIの出動を待っていては女性二人の命が危ない。保安官の必死の嘆願に、渋々ながら応えるライム。土壌の組成も把握していない未知の土地で、急ごしらえの分析装置と素人助手を用いて、ライムとサックスとの闘いは始る。だが、物語の本番は、二人の短い勝利の後に待ち受けていた。信じるもののために賭けに出る女豹、豊かな自然の内懐に仕掛けられた死へのパスポート、発掘される骨。捕われの少女、置いてきぼりの少年。空っぽの椅子に座っているのは誰?そして悪魔の本性とは?
さすがに、シリーズも三作目となってくると、ディーヴァーのスタイルというものも見えてくるが、それでも尚且つしてやられる。今回は、アメリカという国の気合の入った田舎さ加減をじっくりと味わいながら、ホームズ対ワトソンという趣向を楽しめる。いや、ホームズ対ホームズというべきかもしれない。それ程のアメリア・サックスは、ライムの「半身」としてその存在感を増してきているというべきか。特に、終盤の法廷場面とそれに続く病院の場面では、ライムとサックスの補完関係が如実に現われていて、なんとも泣かされるのである。最後の最後まで油断できない敵、最後の最後まで油断できない作者である。


2003年7月23日(水)

◆大矢女史のネタバスに乗ってみる。
「阪神が優勝すると、デイリースポーツが売れる」
「デイリースポーツは阪神一途なところがミステリである」
よって「阪神が優勝するとミステリが売れる」
それは三段論法やっ!!
>どこが三段論法やっ!!


◆「バレンタインの遺産」Sエリン(ハヤカワミステリ文庫)読了
おそらく日本で最後に出たエリンの作品。ハヤカワミステリ文庫オリジナル。只今好評絶版中。もう、25年も前の出版だったことに驚く。カーシュやスタージョンの傑作集が編まれる今日この頃、エリンの第3短篇集を翻訳する出版社はどこぞにないものか?光文社文庫の短篇集のシリーズに入るべきだったと思うのだが、早川と睨み合っちゃったのかなあ。欧米での扱いに比べてけしからん!と思ってamazonで検索してみたところ、ヒットしたのは「特別料理」以外に2,3の長編だけだった。結局、あちらでも「特別料理」の人なのかなあ。
(と、書いたらSPOOKYさんから、最後に出たのは創元推理文庫の「闇に踊れ!」(原作83年、日本初出94年)ではないですか?とメールを頂きました。すみません、仰せの通りでございます。)
かつて腕利きのテニスプレーヤーとして栄光の入り口にいた青年クリス・モンテ。だが、脚の故障から、プロへの道を閉ざされ、今ではマイアミ・ビーチのリゾートホテルのテニスコーチとして口に糊する日々。また、図らずもデトロイトのギャングのアリバイを立証してしまった事から、今では警察からも睨まれている始末。そんなクリスにある日、テニスの稽古をつけていた娘、エリザベス・ジョーンズから思いがけない取引が持ち込まれる。「2ヶ月でいいからエリザベスと結婚して欲しい」。彼女は、イギリスの<バレンタイン協会>の社主が遺した百万ドル以上にのぼる遺産を獲得するために、夫が必要だったのだ。借金漬けのクリスは、渡りに船とばかりこの申し出を受ける。だが、それは彼を殺害しようとする緻密な計画のスタートでもあったのだ。かりそめの新婚生活、襲い掛かる鮫と銃弾、弾かれる命の値段、掏り替えられた相続、果して、クリスとベスはバレンタインの遺産を勝ち取る事ができるのか?
一発ネタの冒険サスペンス。主人公の設定や、ヒロインの造型は、さすがエリンであるが、今回は「一発ネタ」が見えてしまった分、中盤のレッドヘリングが辛かった。実は、作者の思惑以上に悪意に満ちた結末を予想していたので、ある意味、意外で、且つ救われた気分になれた。余談だが、最初のベッドシーンは眼鏡フェチ必読。ツボを突き捲ったシチュエーションなんだ、これが。


2003年7月22日(火)

◆一日研修。自分の取り組むべきテーマ候補3本を各4百字程度にまとめて、班の中で紹介しあったところ、

「帯作家!」

と呼ばれてしまった。
まあ、感想の1500も書いていれば、そうなりますわな。
◆早く帰れたので定点観測。安物買い。
「鳥」デュ・モーリア(創元推理文庫:帯)360円
「エンダーズ・シャドウ(上下)」OSカード(ハヤカワ文庫SF:帯)各100円
「乱歩邸土蔵伝奇」川田武(光文社文庫)100円
「不思議な猫たち」ダン&ドゾワ編(扶桑社文庫)100円
「ウーマン・オブ・ミステリー」Cマンソン編(扶桑社文庫)100円
「ウーマン・オブ・ミステリー2」Cマンソン編(扶桑社文庫)100円
d「天皇の密使」JPマーカンド(サンケイノベルズ:帯)100円
「ブラッドベリはどこへいく」Rブラッドベリ(晶文社)500円
「鬼火」横溝正史(出版芸術社:帯)600円
「フランケンシュタイン伝説」Sジョーンズ編(ジャストシステム)1000円
「エンプティー・チェア」Jディーヴァー(文藝春秋:帯)920円
いやあ、買った買った。マーカンドの「ミスター・モト」は角川文庫にも落ちているので、何を今更なのだが、今回は帯狙いのダブリ買い。なんと!「エラリー・クイーン絶賛」帯だったのである!!しかも、短評までがついている!!これは、この帯だけのために金を出す必要があるのだ!!「100円までなら」だけどさ。「鬼火」はいつでも買えると思っているうちに、店頭からは消えてしまった本。「フランケンシュタイン伝説」は図書館で見掛けるまで、出ていた事すら知らなかった本。そして、リンカーン・ライムの第3作を、遂に定価の半額も出して買ってしまう。「石の猿」は定価で買うことになるかもしれませんのう。


◆「怪談の道」内田康夫(角川ノベルズ)読了
原子力啓発シリーズ第2作。これも実家から持ち出した本。浅見光彦シリーズ第61長編。内田康夫も、あれでなかなか伝説やら呪いやらといった世界が嫌いではないらしくこの作品でも日本が世界に誇る怪談作家ラフカディオ・ハーンの足跡を辿り、その八雲が「地獄」と称した宿屋を舞台に、美人異父姉妹の父たちの死の謎を綴る。
東京で一人暮らしをするOL脇本優美の元に、二年前に亡くなった母・佳代が優美に500万円の預金を遺していたという報せが入る。母は幼い頃に、優美の父・伸夫と別れ、遥か山陰の倉吉で新たな生活を送っていた。金詰まりの父に背中を押されるように、亡母の嫁ぎ先を訪れた優美は、そこで母の面影を宿した異父妹・大島翼と出会う。なんと翼は、優美が訪問する十日前に醤油の醸造業を営む父を突然死でなくしたところだと云う。亡父のテープレコーダーに、殺人を暗示する会話が録音されていた事から、その死の謎を解き明かそうとする翼。果して父の遺した言葉「カイダンの道」が意味するものとは?かつて翼の叔父が営む小泉八雲が地獄と読んだ温泉宿に「長生館」で、取材中のルポライターとの出会いがもたらす、過去への旅。昭和の闇の中で燐光を放つ黄色い土、そして波のように踊る白い手は幽冥からの使者を招く。
ウラン鉱石の残土と、小泉八雲のエッセイをぽいっと放り込んで「浅見光彦」「美人姉妹」といったボタンを押せば、「こんなのでましたけど」と云った雰囲気の旅情ミステリ。「土蔵で何の外傷もなく心臓麻痺で死んだ男」というような設定は、書きようによってはバリバリのオカルトミステリになりうる魅力的な謎だと思うのだが、当代の売れっ子作家にとっては、単なる雰囲気醸成の小道具にしか過ぎないらしい。カー大好き人間から見れば「勿体無いお化け」がでてきそうなところである。原子力産業の代弁者という看板に染まらぬよう講じた、推理作家ならではの落とし前の付け方には思わずニヤリであるが、個人的にはもう少し寝かせてコードっぽいコクを出して欲しかったところである。


2003年7月21日(月)

◆なんの因果か、休日出勤。はああ。
本でも買わなやっとれまへんな状態に陥り、新刊買い。
「カッティング・ルーム」ルイーズ・ウェルシュ(ポケミス:帯)1200円
「狼は天使の匂い」Dグーディス(ポケミス:帯)900円
はいはい、「ポケミス完集!」ってことで。
それにしても、マメに毎月2冊ずつ出してますな。この調子で続けば133ヶ月後には2000番に乗せる事になりますのう。2014年かあ。もう生きてはいまい?いやいや、死ぬのは奴らだ。どっこい、まだ死んでいる、だと凄い(わけがわかりません)「狼は天使の匂い」と「ウサギは野を駆ける」との関係は、ネットでも紙媒体でも散々っぱら書かれているが、ポケミス主義者としては、これを何作とカウントするか悩むところ。「アリバイ」と「アクロイド殺し」は2作にカウントするから、やっぱ2作ですかね。それにしてもポケミスで罪作りをやったなあ、と思うのが「十二人の評決」。改訳版を新刊扱いして通番を一つ進めてしまったというのはいかにも伝統に反する所業。SF文庫では、「2001年」やら「ポストマン」やらが、異版を別番号で出すということをやっているが、ポケミスは「幻の女」も「災厄の町」も「三つの棺」も「ユダの窓」も改訳版は元版と同じ番号で処理してきていたという伝統があったのに。ぷんぷん。
閑話休題。今回の新刊に戻って、グーディスがあの創元推理文庫の「深夜特捜隊」のグーディスと知ってのけぞる。更に、原解説によれば角川文庫の「華麗なる大泥棒」もグーディスの作品らしい。ひえええ。興味のない作家ってのはこれだから、新しい発見があって楽しいですのう。持ってたっけな、「華麗なる大泥棒」?


◆「若狭殺人事件」内田康夫(光文社文庫)読了
原子力啓発シリーズ第1作。実家から持ち出した本。浅見光彦シリーズ第52長編。
物語は若狭の名勝・三方五湖の冬の神事から幕を開ける。1月15日、一年の吉凶を占う「水中綱引き」の最中、海水が混じる鹹水湖の日向湖で、頭を割られた男の死体が発見される。それから、一年後、東京で、広告代理店勤務のコピーライター細野久男が殺害される。推理同人『対角線』に小説を寄稿するのが唯一の趣味だった細野は人から怨みを買うようなタイプではなかった。偶々『対角線』が催した追悼集会に参加した浅見光彦は、そこで細野の遺作となった「死舞」に描かれた<黒い服の男>に死神の影を見る。果して、転職志願のロートル・クリエーターを襲った運命の皮肉とは?若狭の過去と現在の狭間に浅見は哀しい人の営みを見る。
複数の同人が寄り合うミステリ創作同人なるものは推理小説家の脳内にしか存在しないのではなかろうかと思っていたりする今日この頃、この作品にも「お互いの創作を酷評し合うがためにり、滅多に創作が載らなくなってしまったミステリ創作同人誌」が登場する。語るに落るとはこのことで、然るによって、そのようなものは、本来存続できる筈がないのである。くぉーど・えらーと・でもんすとらんだむ。
で、この話であるが、実は(野村正樹キャラの挿入も含めて)これが結構楽しめてしまったのだ。一種の因果応報ものなのだが、被害者と加害者の悪運の絡ませ方が絶妙なのである。当方の推理小説に対する期待値が下がっているということなのか、山村・西村ほどには、筆が荒れていないということなのか、いずれにしても「これはこれで宜しいのではないでしょうか?」と認めたくなってしまうのである。
尚、冒頭書いたように、この話は原子力に関する支持を電力会社の主張そのままに紹介しているという点で異色。反原発感情剥き出しの田中芳樹あたりに比較して、ここまで体制側の立場を綴るというのは、余程の事があったのであろう。なんというか内田康夫の人柄の良さが忍ばれるのである。まあ、作家としての落とし前は、この次の「怪談の道」でつけているといえば、つけているのだが。