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2003年6月30日(月)

◆銀河通信オンラインでやっていた、映像化して欲しい作品アンケート。日記をサボっている人間としては自粛していたのだが、正直なところ意外な結果だった。なぜ、京極夏彦がないの?
個人的に今一番映像化して欲しいのは京極夏彦の「魍魎の函」「鉄鼠の檻」あたりだったりする。というか、実写の京極堂や薔薇十字探偵や木場修を拝んでみたいという話なんだけど。SMAPがもう20年貫禄つけば出来なくないような気もする。などというと非難轟轟なんでしょうね?
◆入っているメーリングリストで「猟奇先生」という呼ばれ方をした。なんだか、新鮮だわ。自分のこととは思えない。思えないので遊んでみる。さあ、下の句は何がいいでしょう?

「猟奇先生捕物控」おお、いい感じ。「河童の巻」「鉄火の巻」とかありそう。

「猟奇先生酔夢譚」これはヨコジュンまんまですな。

「猟奇先生血風録」すごく当り前だ。

「猟奇先生と二重太陽系七つの秘宝館」ミライ取りがミライ、特に意味はない。

「猟奇先生とわたし」明朗小説。春陽文庫白背って感じ。

「猟奇先生とお呼び!」いや、そう言われましても。


◆「いきはよいよいかえりはこわい」鎌田敏夫(ハルキホラー文庫)読了
売れっ子脚本家の放つ長編書下ろしホラー。この文庫叢書での前作「うしろのしょうめんだあれ」が異様に面白かったので、かなり期待して読んだのだが、今回は前作にも増してエロチックで、朝っぱらから電車の中で読む進むのが憚れる内容であった。こんな話。
広告代理店勤務のクリエイター由紀恵は、渋谷のわけありマンションに引っ越して来る。かつてその部屋では、住人の女性が、イラン人青年によって惨殺されるという事件が起きてきた。それを承知で値段を優先させた合理主義の由紀恵は、彼女の直前の住人からの申し送りである「部屋に鏡を置かないこと」という忠告にも背いてしまう。その報いは、先ず映像で訪れる。或る夜、鏡の向うでOLが惨殺される様が映ったのだ。そして、そこに覗いた加害者の脚は、若者のそれではなかった。更に異変は、同居を始めたファッション・コーディネータ八重を襲う。性に溺れることのなかった彼女が、次々と男を銜え込んでは、愛欲に耽り、果ては、誇らしげに「街の女」になってしまう。そして訪れる黒の男と死。遠い記憶の向うで咲き誇る桜、堰堤に埋まる無理心中、密室の鏡、憎しみと愛はどちらか強い?いきはよいよい帰りはこわい。
「そこで寝ると必ず死ぬ部屋」というのは、ミステリ界の定番メニューだが、この作品は「そこに住むと必ず娼婦になってしまう部屋」という設定が、なんとも不埒な劣情をそそる。ホラーなので、全くアンフェアながら「意外な犯人」もいたりして、これを5話連続のドラマでやられたら、さぞかし驚かされたことであろう。まあ、この汚れ役に挑戦する女優はいないので、AV以外では映像化不能だろうけど。


2003年6月29日(日)

◆朝からせっせとお持ち帰りの仕事を片付け、夕方、定点観測へ。
と、西千葉にブックオフがオープンしていてビックリする。つい最近、リサイクル系がもう一軒開店したところなのに、よくやるよなあ。これで、千葉の周辺は西千葉・東千葉・本千葉にブックオフが出来たことになる。うひょお。いや、まあ、大きいのは東千葉佑光店だけなんですけどね。安物買いで拾ったのはこんなところ。
「超・殺人事件」東野圭吾(新潮社)100円
「名探偵水乃サトルの大冒険」二階堂黎人(徳間ノベルズ)100円
「伊勢路殺人事件」春日彦二(天山出版)100円
「闇の夢殿殺人事件」風見潤(天山出版)100円
「いきはよいよいかえりはこわい」鎌田敏夫(ハルキホラー文庫)100円
「白の捜査線」レックス・バーンズ(角川書店:帯)100円
「ナッシュヴィルの殺し屋」Jパタースン(早川書房)100円
「Docken Dead」John Trench(Penguin)100円
翻訳物の2冊は、それぞれにMWA受賞作らしいのでとりあえず拾ってみる。
バーンズは麻薬絡みの警察小説、パタースンは暗殺者もの。絶対読まないんだろうなあ。
ペンギンブックは、森事典にも載っている暴力趣味の加わった本格シリーズの第1作。結局これが本日一番の収獲だったりする。


◆「大江山幻鬼行」加門七海(祥伝社文庫)読了
鬼競作の「平成の部」担当。加門七海らしからぬ、緩い文章の羅列に驚く。これは男もすなる日記文学というものか?
なんと申しますやら、

「大江山すちゃらか幻鬼行」

とでも命名した方が、より内容に則しているような気がする。うん、そうした方がきっとセールスも稼げたに違いない。
鬼競作中編の締切を目の前にして、まだ一頁も書けていないオカルト大好きホラー作家の私こと加門七海は呻吟していた。だが、蝶マニアの女教師・朝子が見せてくれた一枚の奇妙な写真が、私を遥か丹波の大江山へと誘うこととなった。それは、古来より鬼車と呼ばれてきた揚羽蝶に跨る鬼の姿を写したものだった。奇しくも、酒呑童子の名誉回復に萌えていた最中、勇躍、うかつな小説家友達とともに、夏山登山に挑む私。果して、都の彼方に眠る鬼の怨霊は、すちゃらかなホラー作家に何を語りかけてくれるのか?そして、奇妙な写真の正体や如何に?今、天は裂け、鬼車は宙に舞う。
プロットがありそでなさそな不思議語り。これが意外に面白い。もとより小説もエッセイも怪談もどんとこい超常現象!な作家なので、どこまでが実話でどこからが作り話なのかの境目がトワイライトゾーンであり、緩いお笑いの中にも独特の雰囲気を醸し出すことに成功している。これが全編フィクションだとすれば、それはそれで大したものである。これが全編実話だとすれば、その日常は羨ましくもオモシロすぎる。


2003年6月28日(土)

◆「本の雑誌」の9月号向け原稿で悶々として過ごす。なまじ「歳時記仕立てにしまーす」と宣言したがために、ネタを思いついても季節にこじつけるのが一苦労なのだ。始めた当初は、その月の出来事に併せてネタを作ればいいんだから、楽に違いないと思っていたのだが、トンデモない勘違いであった。ネタなんてのは、季節に関系なく思いついちゃうんだよう。題名をホームズ譚の地口にするだけでもヒイヒイ言っているのに、一体何をやっているのやら。4時間がかりでなんとか細い線を繋ぎ合わせる。かくして、日記も読書も果てしなく遅れていくのであった。とほほ。いやまあ、夕方から放送していた阪神・横浜戦にも足を引っ張られたんだけどね、、
◆阪神の中継が終わったあとは、ピザをつつきながら夫婦二人でワインを1本半空ける。夜は垂れ流していた「タイタニック」の後編に突っ込み入れながら過ごす。購入本0冊。


◆「鬼を斬る!」藤木稟(祥伝社文庫)読了
400円文庫・鬼競作「明治の部」担当。或る時は京極夏彦を、また或る時は手塚治虫をパクってきた藤木稟だが、この作品では、堂々、諸星大二郎をパクっておられる。こんな話。
時は、明治初期、ところは奈良県吉野。架橋工事を監督すべく新政府から派遣された内務省吏員・立花は、村外れの禁忌の場所・井光の泉に鬼が出るという噂を耳にする。猟銃を下げて山を行く世捨て男爵・朱雀の語る神話の虚構、廃仏の煽りを受けた住職の呪詛、村人たちの供応と畏敬、果して、泉に巣食う鬼の正体とは?だが、立花もまた、明治という時代が生んだ修羅であったのだ。
基本アイデアは、諸星大二郎の余りにも有名な柳田國夫ネタの短篇である。それを明治の魔性に上手くはめ込んでおり、まあ、これはこれなりに楽しめる。主人公の設定に工夫があったり、朱雀ファンを翻弄する設定を忍ばせてみたり、作者なりの遊び心が感じられて吉。それしにしても、恩田陸がぱくっても誰も文句をいわないのに、藤木稟がぱくると、なぜ、こうも叩かれるんだろうね。男と女の差か?それとも「これは、尊敬する○○先生のあの作品にインスパイアされました」と書くか、書かないかの差かね?恩田陸だって、元ネタをそれと表明している作品はごく僅かだと思うんだけどなあ。


2003年6月27日(金)

◆「本の雑誌」7月号のネタに使った「The Captive of Gor」を返却がてら、新橋で待ち合わせて、二十年来の友人と飲む。友人は未だにGORを現役で(勿論、原書で)読んでいるという筋金入りのGOR者である。シャーロキアンとか、トレッキーとかいうけど、GORマニアは何と呼べばいいのだろうか?「ごるらああ!」か?じゃなくて「Gorean」なんだそうな。
ゴル・シリーズは、日本では6巻で刊行がストップしているが、本国では、一昨年、長い長い合間を開けて第26巻 Witness of GORが電子出版されたとか。はっきり言ってSFよりはSMの方に重心がかかった話なので、生真面目なSFファンダムから澎湃として復刊・続刊の声が湧き上がるというものではないのだが、なればこそ、ニッチ好みの血が疼くというものである。そんなこんなで近況報告やら共通の知人の噂話や本を肴に楽しいひとときを過ごす。お互い全く解説がいらない相手と呑むのはええもんですのう。ういい。購入本0冊。


◆「フロスト・ハート」桐生祐狩(角川書店)読了
異能ホラー作家の第2長編。受賞第1作というのは、その作家の地力を計る上で、重要であるが、「夏の滴」で、軽やかに「人間性」を青空の彼方へ葬り去った作者は、なおも、世界を歪める程の欲と業の深さを追求する。これもまた「フロスト・ハート」という題名が暗喩する、心臓も凍りつくほどのショッカーである。
主人公は幻視に悩む少女・須藤千香子。彼女の一家は、豪州で、臓器移植の順番を待つ長男とそれに付き添う両親、自分の胎盤を売り捌く姉、そして高校を中退せざるを得なかった千香子の事を労る祖母、どこか異形だが、それでも千香子にとってかけがえのない家族だった。或る日、千香子は駅で不思議なオーラを持つ男と関わる。だが、喫茶店を出たところで、男は階段から転落し、それを予め測ったかのように現われた救急車の3人組によって連れ去られる。それが、千香子と奇病フロスト・ハートを巡る、苛烈な運命の幕開けだった。カルト宗教に嵌まる叔父夫婦、暗躍する臓器ブローカー、異形の石を追い求める医師、すべては<トリンキュロー>の導くままに、幻視は叶うか?命は繋がるか?
そのアモラルぶりにおいて「夏の滴」の延長線上にある作品。しかしながら、表現法や小道具に磨きが掛かり、ごく脇役以外の登場人物すべてが奇矯である。我々が日常と信じている世界を一皮剥くと、斯くも歪んだ欲望のアルゴリズムと宿命のフローチャートが潜んでいるのかと慄然とする。奇岩に祈願するカルト、石マニアの医師などが跋扈して冗談と苦笑まじりに、生け贄の正しい在り方を語る。挿入されるトロピカルな幻視に隠された作者のとびきりの悪意に驚かない読者はいないであろう。またしても、やられた。ばっさりとやられた。


2003年6月26日(木)

◆残業して帰宅すると、荷物が二つ着いていた。
◆一つはe-NOVELSの山田正紀評の「報酬」にと所持本を預けて大・山田正紀にサインして貰ったもの。えっへっへ。どの本にサインを貰うか悩み抜いた末に、個人的な山田正紀ベストの「火神を盗め」に頂くことにした。何か一言つけてくだされ、と併せてお願いしておいたら「神狩り2」と入ってきた。おほほほほほほ。嬉しや嬉し。
尚、仲介者の方からは、遅めの出産祝いということで珍品を併せてご恵送頂く。
「鮎川哲也追悼文集」山前譲編(私家版)頂き!
既に商業出版されているので、内容的には目新しいものでもないのだが、無機質な白装丁が実は「白樺荘」をイメージしたものだと云うことは秘密である。大嘘である。で、頂いた本は山口雅也の文書が欠けている落丁本らしい。おお、なんか知らんが珍しい。>珍しかったら何でもええんかい?!
◆今ひとつは、ROMメンバーからのダブリ本セール。いつもありがとうございます。
「Death Took a Publisher」 Norman Forrest(George G. Harrap)
「The Clue」 Carolyn Wells(Hodder & Stoughton)
「Death Leaves a Diary」 Harry Carmichael(Panther)
「Diplomat's Folly」 Henry Wade(Howard Baker:DW)
「The Steps to Murder」 Rufus King(Crime Club:DW)
「Death on Romney Marsh」 Leo Bruce(W.H.Allen)
「Jig-saw」 Eden Pillpotts(The White House:DW)
「Cigar for Inspector Head」 E.Charles Vivian(Ward Lock)
「Not Proven」 Bruce Graeme(Hutchinson)
「Black Maria MA」 John Slate(Rich & Cowan)
「Death at Pelican」 Cecil M.Wills(Bodley Head)
「The Man without Head」 Joseph Bowen(Covici Friede)
「The Virgin Hunters/Murder in Millennium VI/
The Far Cry/When Dorinda Dies」(Unicorn Mystery Book Club)
都合13冊送料込みで、25480円はお買い得である。中味は渋いラインナップ過ぎて、はっきり言って価値が判っとりまへん。レオ・ブルースの後期作は入手困難作だそうである。フィルポッツの「ジグソー」、ボウエンなる作家の「首のない男」あたりは密室ものらしい。ウエイドの後期作は小林解説によれば「中の下」だが、まあ、こんなところまで間違っても訳されないだろうと思って買わせて貰う。ダンボール一箱一気買い。いやあ、買った、買った。本を買った日は日記が楽だ。


◆「混線」Dフランシス(ポケミス)読了
競馬ミステリ第9作は、これまでとはガラリと趣向を変えた航空ミステリ。先日読んだディーヴァーの「コフィン・ダンサー」などもそうであったが、小型航空機業界というのは、熾烈な生存競争を行っているようで、ニッチゆえに小回りを利かせて利潤を上げるというわけにもいかないようである。「卑しい空を行く」ってことなのかね。
わたし、マット・ショアは、デリイ・ダウン・スカイタクシー社のパイロット。妻のために大手海外航空会社から国内専用線の社に移った挙句、離婚して借金を背負い、今の社に転がり込んだ。腕も経験もある。が要領はいい方ではない。転職した前任者に代わって人気ジョッキーコリン・ロスを載せ、競馬場から競馬場へと飛んだ日、僅かな操縦桿の引っ掛かりを感じたわたしは予定外の着陸を行う。そして乗客4人ともどもチェロキー機を後にした瞬間、機は爆破炎上してしまう。一体誰が、ターゲットだったのか?馬主、調教師、元大佐、人気ジョッキー、それとも私?動機と機会を探る商務省の捜査が続く間も、わたしは飛びつづけなければいけない。そして、悪意が錯誤の罠に落ちたとき、愛と友情は葬送空路へと混線する。
掴みはOK、サスペンスも充分、競馬界の裏で仕組まれる如何にも英国的な陰謀の姿が徐々に現われてくる中盤以降の展開に不意をつかれ、クライマックスの活劇まで一気読み。読み終えてから、一人として無駄なキャラクターがいなかった事に気付き、唸る。ストイックな主人公が交わす、人気ジョッキーとの友情、その妹との仄かな恋情、人のよい公爵と聡明な息子との交感、なんとも胸が厚くなる世界である。騎手自身が主人公の話よりも騎手のなんたるかがよく理解できるストーリーであり、終始楽しく読めた。これほどに練れた男と離婚してしまった妻というのもよく分からないところではあるが、まあ、そこはそれ。


2003年6月25日(水)

◆大阪日帰り出張。余りに感想を溜めすぎたので、新幹線の中ででも書いてやろうかと思ったが、往路復路ともAC電源の取れない車体だったので、バッテリーで駆動可能な2時間弱しか作業できず、復路では鼻風邪の症状も出てきたので後はふてくされて寝る事にする。今時、バッテリーが1時間しか持たない機種を使っている私が悪いんです、はい。
◆新大阪駅のKIOSKでいつもの新刊買い。
「ミステリマガジン 2003年8月号」(早川書房)830円
2003SFフェアのチラシも山積みされていたので、一枚貰ってくる。だったらSFマガジン買えよ、てなもんだろうが、荷物が重かったので2冊は買う気がしなかったんだよなあ。すまんすまん。
ミステリマガジンでは、ポケミス復刊アンケートの集計結果が出ていた。既に色々なサイトで話題になっているが、まずは順当なところだと思う。応募総数は、45周年の際には221通だったのが、300通以上に増えたようで、まずはご同慶の至り。芦辺拓の50周年記念エッセイは、いかにも芦辺拓らしい屈折具合が笑える。是非、浜尾・小栗・夢野(+都筑)に続く、<ポケミス入り日本作家>になるべく精進して頂きたい。一連の贋作シリーズは文庫化せずにポケミスにこそ入れるべきだと内心密かに思っているのだが。
で、暇だったので、珍しく掲載された翻訳短篇を拾い読みする。2年越しの「幻想と怪奇」特集だったのだが、歴史的価値はともかくとして、いずれも左程面白いものではなかった。かろうじてソーラ・ポンズの一編が、ストライク・ゾーンをかすった程度。あと、ウェルマン作品のアメリカ独立戦争時代の記述は、普段見馴れない分興味深く読めたが、中味の方は余りにもお約束なので引いてしまう。結局、ゴーストハンターものってのは、妙チキリンに理に落ちてしまうところが、ミステリ読みとしても、ホラー読みとしても中途半端な印象を受けてしまうんじゃなかろうか?
◆総武線に乗り換え、後一駅で千葉というところで携帯が鳴り響き、誰かと思えば、本日、飲み会を開催中の<小林文庫 湘南分科会(でいいのかな?)>の面々であった。完全に出来上がった方々が、次々と電話口に出てこられるので応対に困る。鎌倉の御前に、なぜかよしだまさしさんに、女王様に、後は誰?須川さんだったのかなあ?お誘いは頂いたのだが、大阪日帰り出張につき参加できなかったんだよう。ああ、楽しそうだなあ、くそう。思い切り本の話がしたいぞう。


◆「黒猫は殺人を見ていた」OBオルセン(ポケミス)読了
「今頃出ている」といった方がいいのかもしれないが、なんと1939年の作品。10年留保で翻訳権フリーになっている作品なのかいまどきのポケミスにしては中表紙の裏面がえらくすっきりしている。訳者あとがきをみると持ち込み原稿のようである。出版のアテもなく訳しておられたということですか。こういう形で世の中に埋れている「趣味の翻訳」が出版されれば、更に恵まれた読書環境がもたらされるであろうに。とりあえず、訳者に早川を紹介した仁賀克雄にも感謝、である。古典が1000円で読めると得した気分になってしまうよね。こんな話。
男運のトコトン悪い姪リリーの誘いで、海辺のリゾート地に向う老嬢レイチェル。御伴には、亡姉が莫大な財産を遺した雌猫サマンサ。だが、リリーが間借りする安下宿サーフハウスには、欲望と陰謀と貧困の香りが立ち込めていた。暗殺の恐怖に晒される富豪猫、失踪した芸術家、昏倒するリリー。そして、遂には血生臭い殺人が起き、レイチェルまでもが瀕死の重態に陥る。砂から突き出た手。濡れた毛皮。天井の徘徊者が、覗き見る殺意の風景。断たれた音が告げる殺しの序曲。猫は夜中に散歩する。
元祖猫ミステリという触れ込みであったが、この作品に登場する雌猫サマンサは後のライヴァルたちに比べて全然印象が薄い。<莫大な遺産を相続している猫>という設定には見るべきところもあるが、要はただの猫なのである。しかも、主人公にして飼い主の老嬢探偵レイチェルから「他の猫に擦りかえられたのではないか?」という疑いを掛けられる始末。とても、ココや三毛猫ホームズのキャラ立ちに及ばない。翻って、ミス・マープルのライヴァルと呼ぶべき、ミス・レイチェルは、迂闊なまでに活動的で、よくぞ殺されなかったものだと感心する。というか、単に悪運が強いだけであり、本格推理の名探偵を気取るには、あと九生ぐらい必要な気がする。担当警部と薄幸の娘とのラブ・アフェアなどそれなりのサービス精神は評価に値するが、これはコージーというか、HIBKというか。まあ、1000円だし。


2003年6月24日(火)

◆職場のトップの歓送会。役をやらされたうえに、30ブックオフの会費を取られるって割り合わんよなあ。ぶちぶち。「本でも買わなやっとれまへんなあ」状態に陥り新刊買い。
「黒猫は殺人を見ていた」DBオルセン(ポケミス:帯)1000円
みんなが今頃買ってる元祖猫ミステリ。バスに乗り遅れないように。猫バスかい?


◆「ろくでなし」樋口明雄(立風書房)読了
赤新聞という種類の媒体がある。その紙面は、半分が広告、残り半分が広報発表資料という体裁。はっきり言ってメディアとしての存在意義などないに等しい。発行者は一匹狼が多く、プライドゆえに組織に帰属できず、そのプライドを殺して取材という名の広告取りに走る。資本主義と自由主義の狭間にある卑しい言論界を行く男。それは、どこかで、私立探偵のDNAに一脈通じるものがあるのかもしれない。で、樋口明雄の97年作品は、そんな赤新聞発行者を主人公にした話。
おれ、田沢、38歳、マザコンの赤新聞屋。奇蹟や幸運は、かつて大新聞の政治記者だった頃に一度特ダネにぶつかって以来、お目にかかった事がない。そんな俺の元に、容姿端麗眉目秀麗な美人が現われ、二百万円で探偵仕事を引き受けて欲しいという。裏に、因縁の政治家秘書の翳を感じながら、美貌と金額にノックアウトされたおれは、久我山の一軒家から出てくる人間の尾行という、余りに簡単な探偵の真似事を引き受ける。一軒家から出てきた男は、一見サラリーマン風の中年だが、ひがな一日、街を散策しては、食べ歩くという優雅な日常を過ごしていた。だが、おれが、よんどころない事情で(つまりは競馬なのだが)、行き着けのスナックの女・夢子に尾行を下請けに出したその日、男は衆人環視の公園のトイレで死体となって発見される。なんと死因は「餓死」。その直前まで、買い食いしていた筈の男の消化器官からは一切の残滓が発見されなかったという。なんたる、不可解、なんたる謎。だが、それは発端にすぎなかった。やがて、物語は更なる美女と怪しい東洋人、ロシアと政治と宇宙を巻き込んだXファイル的大事件へと拡散していくのであった。一筋縄ではないかない、双子姉妹、さんざめく空の下、死は飢えから訪れ、業のまま七転八倒、苦闘するおれの名前は「ろくでなし」
参ったね、これは。なんともすちゃらかな夢と夢子の物語り。部分的にはシリアスな展開はあるものの、その本質において「大風呂敷」を絵に描いたようなホラー話である。おそらくは無味乾燥な広告と広報にまみれていた業界記者だったころの鬱憤の全てを晴らすべく描かれた作品なのであろう。とびきりの謎やら、美女また美女、金また金の御都合主義やらに茫然としている間に、騙りのジェットコースターは、軌道カタパルトに乗ってコスモスの世界へ突入していくのであった。なんともノリのいい、いい加減で楽しいバカ・ハードボイルドミステリの佳作としてオススメしておきます。カーター・ブラウンに読ませてみたい。
あと、お約束の「夢子萌え〜っ!!」ってことで。はい。


2003年6月23日(月)

◆残業。購入本0冊。日記に書くようなことは何もない一日。
◆娘報告。
最近、うちの娘は腹ばいになって両手両足を上げるポーズに凝っている。コードネームは「飛行機」である。つい一週間前まで、首が据わらず自分の小間物に顔を突っ込んでいたとも思えない元気さで、きゃあきゃあ、むんむんと声を上げては「どうよっ!」という目でこちらを見る。そのたびごとに、親馬鹿どもは、えらい!えらい!と拍手喝采である。おそらく娘にとって、両手両足のすべてが地面から離れている状態を自分で演出できるというのが、新鮮なのであろう。

宇宙(そら)に続く蒼球
白い翼が青を切る
そして、つんと出た
パンパースの白に
青のラインが走る

あ、おむつ、替えたらなあかんがな。


◆「QED ベーカー街の問題」高田崇史(講談社ノベルズ)読了
私はシャーロキアンではない。ひょっとすると聖典60編の全てを読んではいないかもしれない。特に、「事件簿」や「最後の挨拶」あたりの作品は怪しい。「本の雑誌」の連載でホームズ譚の地口をやってはいるが、あれは「偶々」が「意地」になってしまっただけの話で、やり始めた本人が一番辟易としているのである。閑話休題。さはさりながら、ホームズ物語は、今、読み返せばきっと嵌ってしまうに違いないので再読しない。もう少し、新しいものに倦んで、世界が狭い老人になったら読んでみてもいいかなとは思うのだが、「ホームズに始まり、ホームズに終る」にはまだ早すぎる。
さて、その博覧強記で既成の概念をぶっ飛ばしてきたQEDシリーズの第3作は、そのシャーロキアンの集いで連続殺人が起きる。そして、名探偵タタル君は、しぶしぶながら事件に係わり、ホームズ原理主義者たちを震撼せしめる危険な論理を証明してみせるのであった。
棚旗奈々は薬学部の先輩・緑川女史に誘われてシャーロキアンの集い「ベイカー・ストリート・スモーカーズ」の会合に参加する。代表の堀田はレストランの経営者、痩せ型の坂巻に、小太りの杉、緑川を交えた4人の正会員がパーティーの余興にと「まだらの紐」を演じる寸劇の合間に、犯人役の坂巻が何者かに刺殺される。事件の影に浮かぶ5人目の正会員・辻名。そしてもうひとつの死。回想と帰還の間に横たわる光と闇の葛藤。霧と薬と煙の向うに浮かぶ真実を射るは祟のQED。黄色い顔の最後の挨拶。
ホームズを巡る新解釈は、不敬にして大胆だが、そう考えれば、実に様々な謎が解ける。おそらくシャーロキアンの間でも、過去にこの新釈を思いついた人間は間違いなく存在するのであろうが、私は初見。故に(特に「回想」までの前段部分は)実に痛快であった。ただ、そこから先の虚実相乱れるホームズ原理主義的解法には、いささか引いてしまった。本筋の連続殺人の解法についても、二転三転する仕掛けを施しているが爽快さはない。図らずもホームズの偉大さを思い知らされるという点では企みとして成功しているのかもしれない。


2003年6月22日(日)

◆本を片手にヴィシソワーズに挑戦。セロリがなかったので、代わりに茗荷を使ってみる。むふふ、わたしも結構やるではないかと増長していたところ、録画しておいたTVチャンピオン「三分間料理王選手権」を見て、早作り名人たちのテクニックとイマジネーションに圧倒される。まさに、料理漫画の世界である。それも3分間真剣勝負の嵐。恐れ入りました。
◆空気の入れかえに別宅へゴウ。カタログが幾つか届いていたのだが、またまた購書欲がガス抜きされてしまい、購入本0冊。
◆来週の読書用に棚を漁ってみる。競馬シリーズの第7作「罰金」を抜き出して裏表紙の梗概を読んだところ、既読であった。「うっかり再読」しないで、よかった、よかった。第8作「査問」を仕舞って、代わりに第9作「混線」を持ち出してくる。それにしても、競馬シリーズの邦題における統一感の演出は上手いの一言。正直、原題のセンスを超えている。最近の英文まんまの邦題をつけて良しとしている映画界や出版界は少しは見習って頂きたいものである。
まあ、こういうのは、最初が肝腎なので、たとえばキングの「キャリー」だって

「恐怖王シリーズ:呪念娘」

として出版されていれば、後の作品も

「恐怖王シリーズ:黒狂犬」
「恐怖王シリーズ:魔女辻」
「恐怖王シリーズ:人呑車」
「恐怖王シリーズ:着火娘」
「恐怖王シリーズ:死領域」
「恐怖王シリーズ:幽霊宿」
「恐怖王シリーズ:魔墳墓」
「恐怖王シリーズ:異形人」
「恐怖王シリーズ:嗚悲惨」
「恐怖王シリーズ:欲望店」
「恐怖王シリーズ:富進化」
「恐怖王シリーズ:少年季」
「恐怖王シリーズ:闇半身」
「恐怖王シリーズ:薔薇殺」
「恐怖王シリーズ:緑監獄」

などになったに違いない。>なるもんかい!


◆「箱ちがい」RLスティーヴンスン&Lオズボーン(国書刊行会)読了
「世界探偵小説全集」が長編中心なので、「ミステリーの本棚」は短篇集・連作集中心か思っていたら、何故か長編のこの1作が交じってしまった。そのあたりの出版裏事情やら力学には伺いしれないものがある。しかも作者が、あの「宝島」「ジキル博士とハイド氏」のスティーヴンスン、というのだから、随分と渋い選択である。寡聞にして、このシリーズでラインナップされるまで、スティーヴンスンにこんなドタバタミステリの著作があるとは露知らず、いわんや、マイケル・ケイン主演で映画化されているとは全くもって知らなかった。自称マイケル・ケインファンとしては失格である。
中味は、莫大な遺産の継承者となったトンチン保険の加入者たる老人の「死」を隠蔽しようとした相続人たちが繰り広げるドタバタの顛末を、悪戯と諧謔、純愛と泥酔、陰謀と偶然、悪意と失意の連鎖のうちに描いた怪作。全英を股にかけながら、なぜか、舞台でシチュエーション・コメディーを見るかの如き、こじんまりとした印象を受ける作品。人の輪が、広がらないところがその主たる理由なのであるが、その割りには、どこかで様式美を放棄しているようなところもある。珍品なのではあろうが、訳者解説が指摘するように、メタ・ミステリの萌芽をこの作品の中に読み取るというのは牽強付会に過ぎるというものであろう。爽快感のない話であり、プラクティカル・ジョークが苦手な私としては、運命の皮肉に終始翻弄されるモリス氏に只管同情の念を禁じ得なかった。この書で一番驚いたのは、スティーヴンスンが44歳で亡くなっていたという事実だったりする。珍品がお好きなすれっからしはどうぞ。


2003年6月21日(土)

◆感想を10冊以上溜めてしまうと、逃げ出したくなる。

「ははははは、明智君、また会おう!!」

上司が二十面相だったら、
0120−022−022(オージンジ、オージンジ)

>スタッフ・サービスかい!!
>いのみすかい!!


◆「桜宵」北村鴻(講談社)読了
ビア・バー「香菜里屋」のマスター工藤を安楽椅子探偵にした日常の謎系の連作推理の第二集。三番館やら黒後家蜘蛛クラブの伝統を今に伝える逸品が並び、隠し味として初期泡坂作品に通じる狂った論理も堪能できる。
「十五周年」故郷を捨てたタクシー運転手が招かれた小料理屋の<十五周年記念パーティー>。漂う違和感の向うに、犯罪と企みが見えた時、決断は下される。古美術ものも得意とする作者ならではの仕掛けのアクロバット。やや無理筋で、着地してから、捻りを加えた徒労感がある。
「桜宵」妻の遺言を頼りに「香菜里屋」を訪れた刑事。追い続けた薄幸、嫉妬する慧眼、桜の闇の向うにあるのは微笑みなのか?諦念なのか?これも「首謀者」の想いが過剰で、つるっと落ちていかない作品。
「犬のお告げ」同棲時代な二人が直面したリストラの嵐。首きり鬼の陰謀は、迂遠な宣告を飼い犬に下させる。しかし、それすらも悲劇の上面に過ぎなかった。誰も飼い慣らされてはいなかったのだ。策士策に溺れ、策士は別の策士の掌で踊る。やや、説明を詰め込みすぎた感があるが、お話としてはユニークである。また要らない知識を得てしまった。
「旅人の真実」金色のカクテルを求める男が探し当てた奇蹟。だが、それは悲劇へのアペリチフとなった。あまりにも優秀な、そしてあまりにも哀しい性の物語。金色のカクテルのレシピも凄いが、工藤の<好敵手>が登場する点でも重要な作品。被害者の設定がすべてだが、まんまと納得させられてしまう。旨い。
「約束」北の小料理屋で、男と女が待ち合わせる。幾星霜、織り成された禍福の綾。そして工藤は、カウンターの向うに何か禍禍しいものを見ていた。チェスタトンが渡辺淳一の設定で書けばこうなる、といった雰囲気の傑作。この作品を読むためだけに、この作品集を読む価値がある。