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2003年5月31日(土)

◆朝からアロン・アルファー片手にホットプレートの修理を試みる。
使った事のない焼肉用のプレートを落っことして、取っ手の部分を割ってしまったのだ。

こんなものは、ちょいちょいとアロンアルファを付けてだなあ〜、、、、

うげっ!!、
手にくっつくんじゃない!!
こら!こらああ!!(ぶんぶん)

……あちゃあ〜

しょうがない、やりなおし、

アロンアルファ、ちょいちょいとつけて、、、

あれ?
なんだかピッタリと着かないぞ、
うんしょ、うんしょ、(ぐいぐい)

うげげげ、な、なんで手に貼りついてくるんだよ〜(ぶんぶん:泣)

繰り返す事、数度、最早誰の目にも大失敗である。

なぜ、使った事もないプレートの取っ手如きに斯くも振り回されるのか?
段々腹がたってきたので、とりあえず仕舞って、なかった事にする。

取っ手を丸ごと買い換えてやるううう!!!
◆夜は、奥さんの実家で宴会。出掛けに、ポストを覗いたら森さんから、新刊書が届いていた。
「Marksman and Other Stories」William Campbell Gault(Crippen & Landru)3000円
お馴染みのLOST CLASSICSの1冊。エドガー賞を受賞した事もあるパルプライターの初作品集との触れ込み。本格味はあるのかな?


◆「果つる底なき」池井戸潤(講談社)読了
実は、うちの掲示板の名称はこの題名からの頂きだったりする。第44回江戸川乱歩賞受賞作。福井晴敏とのダブル受賞に輝いた作品。
では、ここでクエスチョンです。これまで一度に最も多くの乱歩賞受賞者を出した際の作家名と作品名は何でしょう?答−中津文彦「黄金流砂」・岡嶋二人「焦茶色のパステル」これまでにダブル受賞は7回ですが、岡嶋二人が合作作家なので、受賞者が3名になるのでした。
閑話休題。この受賞作は、元銀行員の作者と等身大のヒーローが金融絡みの陰謀と友人の死の謎に挑む物語。「失われた15年」の加害者側として何かと風当たりの強い銀行員なる職業であるが、その実態は決して優雅なものではない。特に、債権回収を担当した場合、非人間的なタフネスを要求される。いや、今は融資を担当するのも地獄か?こんな話。
舞台は渋谷を商圏とする二都銀行の支店。主人公・伊木は、支店長代理の肩書きを持つ融資担当。かつて本店のエリートコースを歩んでいた伊木が前線に送られらのは銀行マンの良心から派閥の領袖を「裏切った」報いであった。夏のある日、回収担当の同僚・坂本が突然死を遂げる。死因は蜂の一刺し。坂本との別れ際に交わした言葉の意味に思いを馳せる伊木の感傷は、坂本が数千万円を不正に送金していたという疑惑の前に消し飛ぶ。友人の無実を信じる伊木は、かつて融資先として家族ぐるみの付き合いをしていた「東京シリコン」を巡る金の流れに着目する。閉ざされる道、引き裂かれた恋情、忍び寄る悪意の羽音、消される記録、謎と殺意の交わる先は果つる底なき欲の海。
いにしえのダブル受賞者・佐賀潜が得意とした経済犯と強力犯のコラボレーション。いわゆる「社会派」ではあるが、出世に背を向け友人の無実を信じ卑しい街をいく主人公の姿には、ハードボイルドの風合いも感じる。些か勧善懲悪の色彩が強く、誰でもが加害者になれる金融闇事情にあっては、甘さを感じないでもないが、とりあえず読後感は爽やか。暗い世相の中で、何も好んで暗くなる必要もないか?ヒロインが絞れてなかったり、実行犯の設定が安易だったり、ケチをつければキリがないが、全体的にこじんまり纏まった印象であり、こういう受賞者が出てきたのも縮小均衡の時代の要請であろうか。とりあえず、三菱銀行に見切りをつけて腕一本で世間を渡っていく決断をした作者に敬意を表して、及第点を差し上げておく。


2003年5月30日(金)

◆原書SF読みの湯川さんから、出張で私の勤め先のビルに行くのだが、もし湯川さんを見かけても「やあ、 巨乳評論家の湯川さんじゃないですか、あっはっは」とは声を掛けないでくれ、と涙のメールを頂戴する。じゃあ、私を見かけても「これはこれは、ページ3ガールとフランス書院文庫に造詣の深い猟奇なkashibaさんじゃありませんか」と声をかけないように、とレスをつけておく。
◆汐留の松下電工ビルを見学。まずはルオーのミニ展示を見せて貰うが、私には全く良さが判らない。子供の落書きにしか見えねえ。
ねえ、ホントにこの絵っていいの?
っていうか、他の見物客の皆さんは「いい」と思ってみてるの?
お次は、地下2階から順に上へ上へとショールーム見学。805万円のシステムキッチンや、348万円のお風呂やら、68万円の折りたたみ壁やらに溜め息。ルオーよりこっちの方がいいです。
っていうか、ルオーにも値段つけておいてくれ。
◆ついでに24階でご馳走になる。
外堀通りの向う、ビルの間に沈む夕日を見下ろしながら、気分はもう『野望の王国』である。

「ふはははは、愚民どもめえ(ぶひぶひ)」

今日は、バカが一段と高いところに登っております。

◆よった勢いで一駅途中下車して定点観測。
「踊り子の死」Jマゴーン(創元推理文庫:帯)240円
実は、先週読んだのは図書館の本なのであった。とりあえず、安物買いしておく。これって意味のある行動なのか?


◆「サンジェルマン殺人狂想曲」レオ・マレ(中公文庫)読了
まだ藤田宜永が流しの翻訳者だった頃、中公文庫から「パリ・ミステリーガイド」というキワモノ企画として出版されたシリーズの開幕編。もともとの「新編・パリの秘密」は全15編あり、この作品は第4作にあたる。これまでに翻訳された長編は全部で6編。ポケミスが1冊だけ訳してそれっきりといういつものパターンだったところを、中公文庫から4冊訳出され、その16年後に文芸社から1冊だけ訳出された流転のシリーズ。詳しくは「名探偵の事件簿」ネストール・ビュルマの事件簿をご参照のこと。ネストール・ビュルマは、元刑事の中年私立探偵。腕っ節よりも舌先三寸で世渡りするタイプ。正統派ハードボイルドのPIの如き禁欲主義者ではなく、ちゃっかりとガールフレンドもいれば、足の綺麗な女秘書もいるところがパリジャンである。
侯爵夫人宅から盗まれた1億5千万フラン相当の宝石の「買い取り」の裏交渉。私が、保険会社のグランディエから引き受けた仕事を果たしに、指定場所に乗り込むと、そこには交渉相手の黒人ジャズ奏者マック・ジーの死体が待ち受けていた。同じホテルに住む彼女を誘い出し、パリの地下酒場でアリバイ作りに励むうちにミス<ゴミバコ>コンテストの予選に出くわし、<タクシー>という名の美女のセミヌードを拝み、果てはベストセラー作家のサンジェルマンの屋敷に招待され、禁断のマンハント映画を見ながら酔いつぶれる。二日酔の如き事件の突破口は、首になったホテルの守衛。だが、私のいくところ、何故か死体がお待ちかね。容疑者は警察に消え、宝石は宅急便でやってくる。文学、ノワール、ロマンポリシェ、サンジェルマンの夜はエスプリと殺しのロワイヤルだ。
一筋縄ではいかない冒頭部分を乗りきれば、50年代の熱気も心地よいホンキイ・トンクでアモラルなフレンチ・ノワールを堪能できる。主人公ネストールは事件を解決するというよりも、事件の発端から解決まで、偶々立ち会う破目になった傍観者という雰囲気。振り返ってみると、頭の天辺からシッポの先まで伏線のぎっしり詰まった話であり、捨てるところがない事に驚く。なんとも腕の良いシェフではないか?このレオ・マレという作家。脳天気な私立探偵ものが好きな人は是非どうぞ。


2003年5月29日(木)

◆朝、新聞のラテ欄を確認したら、NHK−BSでは昨日放送予定だった2本も含め、本日「事件記者」を4本一挙放映らしい。

えらいっ!!!
これでこそ受信料の払い甲斐があろうというものである。

−BS録った
−ちょっと溜まった

◆ここ3ヶ月ばかり同じ仕事に関わっている別の部門の課長さんと外で待ち合わせ。
10分前にいくと、既にお待ち頂いておった。ふと、その人の読んでいた裸本に目をやると、こ、これは見紛う事なき、ハヤカワ文庫!!なんとペリー・ローダンの新刊であった。またしてもマルペ現役を発見!!
もう1人の部長職を待つ間に、こちらの「素性」は明かさず、少し蔵書方面に話をふると、
な、なんと、ご自宅には「EQ」が完揃いしているらしく、奥さんと「捨てる、捨てない」でバトルの真っ最中らしい。おお、これは本物の両刀使いだ!!これまで、社内で遇った中では、最もバランスのとれた読み手かもしれない。いらっしゃるんですねえ。こういう方って。
◆一駅途中下車して安物買い。
「フロスト・ハート」桐生祐狩(角川書店:帯)900円
「まろうどエマノン」梶尾真治(徳間デュアル文庫)250円
「写本室の迷宮」後藤均(東京創元社:帯)850円
「木島日記」大塚英志(角川書店:帯)100円
「怪獣な日々」実相寺昭雄(ちくま文庫)100円
「鬼・鬼・鬼」高橋克彦・藤木稟・加門七海(祥伝社ノンノベルズ)100円
「諏訪湖マジック」二階堂黎人(徳間ノベルズ:帯)100円
桐生祐狩の第2作とエマノンの第4作は探していたんだけど、会社や自宅の近所の新刊書店では見かけなかった本。やあ、やっと巡り合えた。なまじな新刊書店よりもブックオフの方が新刊の品揃えがいいというのも、なんだかなあ。
まあ、配本する人も私に云われたかないだろうけど。
◆寝入りばなを叩き起こされると、なんと遂に、娘が寝返りに成功した模様で奥さんは興奮気味。まだ自分の腕を上手く乗り越えられないのだが、確かにお尻を上向きには出来るようになっていた。うにっと体を捻った状態ながら、なんだか得意げである。
「あたしのやりたかったのは、これなのよ!」って感じである。
その時々の一生懸命がただただ面白い。
その先にハヤカワミステリがある事も知らず、「もう創元推理文庫の本格は全部読んじゃったもんね」と悦に入っていた中坊の頃の自分を思い出したりして。


◆「宇宙神の不思議」二階堂黎人(角川書店)読了
新本格界の浅見光彦・水乃紗杜瑠を名探偵役にフィーチャーした第4長編。有栖川有栖の顰に倣い、学生編と社会人編があるとのことで、その分類に従えば学生編の第2長編らしい。先日終刊したKADOKAWAミステリに1年間連載された作品であり、ハードカバー二段組470頁のいわば大著である。にもかかわらず、どことなく軽量級という印象を受けるのは、水乃サトルという探偵の性格に負うところ大である。
サトルの友人・武田紫苑が持ち込んだ謎とは、シオンの新たなガールフレンド小川宜子の「誘拐事件」。なんと彼女は幼い頃に宇宙人に誘拐され怪しい手術を受けた記憶があるというのだ!孤児だった彼女の過去探しに乗り出した二人は彼女の記憶を引き出した<天界神の会>が経営する老人ホームに乗り込むが、そこで、宇宙人に誘拐された経験のある老婦人島村民恵と出会う。富士に臨む彼女の村は村人諸共宇宙人に誘拐され、今はその痕跡すら残っていないのだという。次々と提示される宇宙人の記憶と人知を超えた所業。そして、宜子の義母の死に疑惑が起きた時、黒服の男たちがサトルたちを追い始める。揺れる大地、眩い光、浮かぶクラゲ、甦る「兄」、天を舞う光球、そして宇宙神の神殿で探偵たちを待つ運命とは。そう、誰も信じてはいけない。
擬古文の二階堂蘭子シリーズが映画だとすれば、さしずめ、こちらは4:3の画面比でビデオ撮影された特番といった趣。これでもか!とばかりうさん臭い矢追純一ネタを盛り込みながら、迷探偵の天啓を描く。一体ここまで風呂敷きを広げて収拾つくものか?と不安になったが、さすがにトリックでは定評のある作者のこと、まんまと「宇宙誘拐」の謎を解き明かした。お見事。怪しい新興宗教の使い方も本格推理の文法に則ったもので、まずは安心して読める。ただ、抑制の効いていない文体や、お邪魔キャラの先輩三人組など、ギャグが空回りしている部分も散見し、「早く終わらないかな」という気分にさせられ、そこが我慢できるか、できないかで、この作品の評価は変わるだろう。さらにマイナスイメージを加速するのが表紙絵。同じSF仕立てにするのであれば、ぶよぶよの宇宙人や宙に浮くクラゲや、得体のしれない宇宙神やMIBをモチーフにしてXファイルの如きシックな画面作りをすべきではなかったか?主人公たちに話とは全く無関係な2、30年前の東映動画の如きコスプレを施すセンスに呆れる。


2003年5月28日(水)

◆「小悪は法を破り、中悪は法を潜り、大悪は法を作る」
通常、小悪の法の破り方やら、中悪の法の潜り方をもとにした小説に血道を上げている者として、大悪たちが、法を作る過程というのは実に「みもの」であり、そのロジカルで、スリリングで、サスペンスフルなやりとりを広く電波で国民に中継する事は、マスコミ冥利に尽きるに違いない。

だからって「事件記者」の代わりに国会中継やっていい事にはならんぞ!!NHK!!
ごるらああ!!この、大ヴぉけがああ!!

◆就業後、お祝い事でロッポンギなんぞへ行く。一体何年ぶりかね?
なんちゅうか、相変わらず旺盛な消費欲がむうむうと立ち込めている街ですな。
まあしかし、私向きの街ではない。
とことん、ういてしまう。
「神保町@ワンダー店内に立つボディコンのお姉さん」
ぐらいういてしまう。
お料理は美味しゅうございました。ショットバーのアイリッシュ・ウイスキーも美味しゅうございました。
次に来るのは何時の事だろう?今世紀中に再訪する事はあるのだろうか?
購入本0冊。


◆「罪と罠へのアクセス」鈴木輝一郎(実業之日本社)
探偵小説専門誌が滅び、中間小説誌が隆盛を迎えた昭和30年代後半から昭和40年代にかけて、本格推理に拘り続けた鮎川哲也は「倒叙」ものに転じた。完全犯罪とその破綻を描くという「倒叙」形式が、限られた頁数の中で本格風味を出すのに適した形だと感じたからだと伝えられている。その後の刑事コロンボの世界的なヒットや、コロンボの興奮を復活させようとした古畑任三郎の登場によって「倒叙」は知的興奮を我々に与えつづけてくれている。だが、安易に流せば、「間違い探し」的推理パズルに堕する危険性も孕んでおり、それなりの小説技法が要求されるのもこの形式なのである。
さて、お見合い小説、ミステリ、人情小説、時代小説となんでもこなしながら、今ひとつブレイクできない鈴木輝一郎の最新作がこれ。ネット犯罪を軸に「倒叙」連作を試みた着眼点は、マーケティングとしては正しい。後は、中味なのだが、これがやや評価に苦しむところ。ミステリ的な切れ味がよいものと人情ドラマに走ったものとの色分けがはっきりしすぎているとでもいうか。
ネットの底知れぬ悪意を感じさせるホラー的な要素すらあるシリーズ開幕編「みんな見ている」
<ホソキンの天敵>として電網界にその名を轟かせた女傑をモデルにした(としか思えない)、女性心理の綾をついた「私を追いなさい」
夫との息詰まる関係に倦んだ妻の選択肢とその残酷な顛末を描いた「ついてこないで」
不倫の清算と電子無脳の記憶が交錯するニューロイックな結末「なかったことにしてほしい」
ストーカーと化した売れっ子作家の赤裸々なる日常と無惨な夢の清算「やりなおせないか」
選挙への出馬を持ち掛けられたラジオタレントが嵌まった女の業と肉色の罠「残してみたい」
ネットでの出会いがひとときの夢と苦い真実を写す「やめないで栓をぬいて」
下積みコンダクターは只一度の栄光のために、すべてを棒にふるか?「一度でいいから」
姥捨て業を淡々とこなす元刑事と電脳刑事の静かな対決を描いた「誰も悪くない」
最初から本格である事を捨てた感すらあるが、第2話、第3話は電網推理譚として成立している。4話以降は変格の要素が徐々に濃くなり、最終話に至ってはネット犯罪という範疇を越えた骨太の人間ドラマが展開される。仮に一編選ぶとすると「誰も悪くない」なのだろうが、ネット犯罪とは言えない分、趣向として敗北しているかもしれない。コロンボや田村正和の名前を出してしまったのも疵で、あり、なんとも惜しい作品である。電網歴が長い人は、第2話だけでも立ち読みしてニヤリとしてくれい。


2003年5月27日(火)

◆夕方から雨。昨日、遅くなってからでも新橋駅前古本市を覗いておいて正解だったかな。
◆帰宅したら注文した本が届いていた。
「絶体絶命」フレデリック・ダール(三笠書房:函)5000円
「Impossibles」Mark Phillips(Pyramid Books)4000円
やりましたああ!!!ついにフレデリック・ダールの訳本コンプリートおお!!!この本はホントに縁がなかったので嬉しい。多少値は張ったが、函付きだし、オークションに出ればこの程度の値段にはなっちゃうだろうから納得価格と呼んでさしつかえないでしょう。満足満足。
それにしても、この作品も映画化されたからこそ、翻訳が出ていたのね。知らなかった。三笠書房という出版社で気がつくべきだよな。
ペーパーバックの方は、これも知る人ぞ知るランドル・ギャレットの別名義。ギャレット版の「未来警察・不可能犯罪課事件簿」である。海外から取寄せる手間と値段を考えれば、こちらもリーズナブルでしょう。たまにはこういう買い物もよろしいのでは?
◆積録だけはしている「顔」を初めてリアルタイムで見る。あちゃあ、一話完結じゃないじゃん?こりゃあ、参った。話が見えんぞ。


◆「帰ってきた紋次郎 悪女を斬るとき」笹沢左保(新潮社)
惜しげもなく読んでしまおう。木枯し紋次郎サーガ全21冊中、ラス前の一巻。新潮社の新シリーズ全6巻の5巻目である。この新潮社のシリーズ、2巻から4巻までは「木枯し紋次郎」がシリーズ名であったものが、なぜ第5巻が「帰ってきた紋次郎」となったのかは定かではない。
惚れ惚れさせる男ぶり、長脇差二振りの死に場所は路の彼方か懐の中「やってくんねえ」
雨に降られて振り返る、運命(さだめ)の先の三途の渡し「振られて帰る果報者」
山の彼方の江戸風景 寄せては返す悪縁を斬った処で散る命「望郷二十三年」
仇を追う者、逃げる者、消されぬ過去と知りながら討たれてみせた男花「乱れ雪の宿」
狂い咲き誇る悪の華、殺しを見届け経巡る先で情けを捨てた長脇差「悪女を斬るとき」
命を懸けた遣いの頼み、企み・目論見・闇の中、関わりのつけは刀でつける「雪の中の大根」
またしても、推理趣味の薄い純正ヒーロー股旅小説が並ぶ。ラストの「雪の中の大根」が若干のツイストを含んでいるが、これも「見返り峠の落日」の頃のバリエーションである。「やってくんねえ」や「振られて帰る果報者」の気風のいい渡世人たちの死に様を見ていると、作者がまたしても、紋次郎を殺したくなってきたのがひしひしと伝わってくる。初期作に比べて、関わりを持つ事を拒否しない紋次郎にも、死に場所探しの心が見えなくもない。第2シリーズで、格好いいばかりではないところをみせた紋次郎だったが、この最後の第4シリーズでは完全にスーパーマン状態。これはこれでいいのかもしれないが、作者の筆は「飽き」という刀で何度も紋次郎を斬っているように感じられてならない。


2003年5月26日(月)

◆通勤の友に2冊持ってでる。さて、バリバリよむぞお!と思い「多重人格探偵サイコ−小林洋介最後の事件」を読み始めたところ30秒後に、この作品が角川スニーカー文庫の加筆版である事にようやく気がつく。うへえ、「読者が被害者」パターン。やってくれるよなあ。えげつない商法だよなあ。漫画・実写・小説と微妙に位相をずらしながらサイコ・ワールドを形作る大塚英志だけど、この「ずらし方」は禁じ手だと思うぞ。
◆残業。今日から新橋駅前で青空古本市なのだが、立ち寄れた頃には夕闇古本市を越えて、ナイター古本市状態。ああ、東京には青空がないと智恵子は云ふ。落穂モードで軽く会場を流す。欲しいものは何もない。「淀君の謎」が300円で転がっていたが、こいつは既にダブり状態なのでスルー。貸本上がりの光風社版島田一男の函付きが200円で転がっていたが、これもスルー。とりあえず、古本の匂いを嗅げただけで満足する。いいねえ、リサイクル系以外の古本屋さんも。
買ったのは2冊。バリバリの新刊の安物買い。
「罪と罠へのアドレス」鈴木輝一郎(実業之日本社:帯)200円
「桜宵」北森鴻(講談社:帯)200円
ああ、東京に古本はないと智恵子は云ふ。やってる事はリサイクル系と変わりませんな。


◆「木枯し紋次郎 さらば手鞠唄」笹沢左保(新潮社)読了
作者は死んでも、ヒーローは死なず。無宿渡世に怒りを込めて無敵の上州長脇差が帰って来る。というわけで小説新潮に連載された紋次郎最後の旅・全6巻のうちの第4巻を読んでみた。さすがに第一シリーズの頃の精彩はなく、推理小説と時代小説の幸福な和合という挙句は既に過去のものである事を再認識。「木枯し紋次郎が出てくればそれでシアワセ」という人が読んでおけばよい作品が並ぶ。
橋の袂で謎掛ける 後家の想いを 風が断つ「まぼろしの慕情」
関わりねえと捨てた過去 切れぬ兄への言い訳を 気丈に託す紋次郎「顔役の幼女」
坂の麓で散る命 無体のつけを逆恨み 使いの駄賃に悪を斬る「死出の山越え」
売られた恩と紋次郎 返せぬ仇の二人旅 血の宿縁に仰ぐ月「名月の別れ旅」
拾った証を酔うて持つ 口を衝くのは手鞠唄 鞠を突くのは長楊枝「さらば手鞠唄」
待ち伏せていた意趣返し 故郷で命を散らすのは 外道の首を撥ねてから「追われる七人」
多少なりとも推理小説的なツイストが加えられているのは「追われる七人」のみであり、それとても、これまで幾度となく笹沢左保が股旅小説で使ってきたパターンのバリエーションに過ぎない。後は、紋次郎の兄が登場する「顔役の養女」が紋次郎サーガとしては注目に値するのかもしれないが、これも紋次郎の命の恩人である姉の死を扱った「川留めの水は濁った」に比べるとなんとも気の抜けた話に過ぎない。
作者の亡くなった今こそ、かつて木枯し紋次郎に嵌まった経験のある、腕に自慢の新進時代小説家たちが贋作・木枯し紋次郎を書いてくれないものだろうか?


2003年5月25日(日)

◆午前中、日記書きに勤しむ。なんとか図書館本の感想を書き終えて、午後から図書館へ。借りていた6冊を返して、新たに9冊ばかり借りてくる。後はお昼寝中の奥さんと娘の横で、ひたすら読書。ああ、小市民的幸せ。
◆ジグソーハウスさんの書影コーナーに、先日買ってもらった本が何冊か載っている。おお、なにやら娘を嫁に出した父親の気分。というか、娘を女衒に叩き売ったオヤジ気分か?
高く買ってもらうんですよ。


◆「最後の刑事」Pラヴゼイ(早川書房)読了
今ではすっかり人気が定着したラヴゼイの現代もの、バース勤務のピーター・ダイヤモンド(元)警視を主人公に据えたシリーズ第1作。出版当時は、それまで「歴史推理作家」というレッテルを貼られていたラヴゼイが現代ものに初挑戦した「異色作」という扱いだったようだ。さしずめ、京極夏彦が現代を舞台にした刑事小説を描いたような違和感があったのかもしれない。場所をローマ時代の遺跡が残る保養地バースに設定したのは、一種の「保険」のようなものであり、主人公の造型をデジタルデバイドされた叩き上げのオヤヂ捜査官にしたのも、「古臭い」という謗りへの予防線と考えられなくもなく、さすがは、小説巧者ラヴゼイ、巧みに自分の過去のイメージを逆手にとりながら、新たなジャンルをこじ開ける事に成功した。
冤罪事件の生け贄の山羊役を堂々としりぞけた叩き上げ捜査官のピーター・ダイヤモンド警視。科学捜査と情報技術を疎んじ「最後の刑事」と呼ばれる彼の「最後の事件」は、湖に浮かぶ死美人事件であった。被害者の夫が名乗りをあげた時、文学的ソープオペラの幕は明く。母子家庭の英雄と郷土の女性文豪展。寝首を掻こうとする妻は、破滅の導火線を引き、第一容疑者は覆る。消えた手紙、撹乱される捜査、そして植え込まれる証拠、果して、逆転の証言台に立つ者の名とは?ありきたりのプロットでありながら、人称をずらした語り口で読ませる刑事小説。
凡手にかかれば二時間サスペンスの原作にしかなり得ない今更の話であるにもかかわらず、最後まで読者を引き付けて放さない作者の老獪さに脱帽。結局、我々は正義の勝利を見届けたいんだな。ビブリオ趣味と観光趣味を程好くまぶし、最後にツイストも決めてみせる風俗推理。パズラーではないが、幸せな読書時間は保証された英国風「名刑事小説」として評価しておきます。


2003年5月24日(土)

◆午前中、日記書きに勤しむ。午後は反動で爆睡。夕方、初めて娘をベビーバギーに乗せて外出。といっても近所の図書館に絵本を借りに行く奥さんの御伴。誰か「まあ、可愛い」とか「お父さんにそっくり」とか声掛けてくれないかにゃあ、とドキドキしながらバギーを押していたが、結局、どこの家族連れも「うちの子、一番」状態である。ま、そりゃそうですね。香港でもないことだし。


◆「武装酒場」樋口明雄(ハルキノベルズ)読了
ライトノヴェルやSFアクションから一転大人の鑑賞に耐える骨太の冒険小説を世に問うてみたり、ルパン3世小説や怪奇実話で糊口をしのいでいたかと思うと、クーンツはだしのジェットコースターホラーを放つ、まあ何を書かせても及第点をクリアしてくるのが樋口明雄である。で、この作品は、なかなかその実像を掴ませない(悪く言えば「器用貧乏」を絵に描いたような)作者が贈る<飲み助のためのスラップスティック>。それは阿佐ヶ谷の居酒屋「善次郎」の一日。作者を思わせる売れない「(器用)貧乏」な小説家も登場して、ヤクザに警察にマスコミ、果ては自衛隊まで入り乱れ、命懸けのドタバタを繰り広げる。
カッとなって新妻を手にかけてしまった中年デザイナーのターさん、競馬に嵌まって数千万年の借金漬けのサラリーマン・西やん、年下の本命男に袖にされた超美貌のお局様OL・園原淳子、売れないホラー小説家・宮津勉、いつもの面子がジェリー・ルイス似のオヤジ村井善次郎が経営する酒場にやってくる。納戸に住み込む元天才博士チョウさんが掘り出してきた銃器一式。チンピラヤクザが組の兵器庫へ、元マル暴刑事のアリさんを案内した時、オカマと肉屋が縺れ合う悪酔いのワルプルギスとバッカスの宴は、まだ宵の口であった。暴発拳銃、たてつけの悪いギロチン、お手玉手榴弾、秘密の不発弾、さあ<善次郎>へ行こう!酔っ払いに明日はない!ここは阿佐ヶ谷高架下、天下御免の武装酒場!
一気読みのドタバタ爆笑小説。緻密な銃器・兵器の蘊蓄が笑いのマグニチュードを加速し、酔漢たちの幸せを祈らずにはいられなくなる痛快譚。筋金入りのB級作品であり、愛すべき作品。宮津の登場シーンで作家について自嘲気味に綴られたくだりは哀切にしてニヤリ。作者の小説を1冊でも読んだ事のある人は、是非ご一読あれ。


2003年5月23日(金)

◆神保町タッチ&ゴウ。地下鉄の入り口でばったりと鎌倉の御前に遭遇する。
「いやあ、ここで会いますか」と御前。
「うへえ、こりゃあペンペン草一本残ってませんね」と私。
って、ホントに何もないじゃん!!
◆仕方がないので、前倒し給料日に素早く並んでいた、いつもの2冊を購入。
「ミステリマガジン 2003年7月号」(早川書房)840円
「SFマガジン 2003年7月号」(早川書房)890円
HMMはフランスミステリ特集。ボアロ&ナルスジャックだのフレデリック・ダールだのといった懐かしい名前が並ぶ一方で、ポケミス6月刊行予定の「死が招く」へのアペリティフといわんばかりにアルテのツイスト博士もの「コニャック殺人事件」も掲載されている。とれびあん。アルテはエッセイの方でも「ポケミス50周年お祝辞」が掲載されているが、まあ、こちらは外交辞令の域をでず、日本代表・若竹七海の情けない実録ポケミス体験記の方に軍配が上がる。向う上面の小山親方いかがでしょうか?物言いございません。
◆SFマガジンは、「ぼくたちのリアル・フィクション」特集。って、要はライトノヴェル特集である。なんやねん、リアル・フィクションって?週刊誌の黒い事件簿みたいな実際の事件をもとにした風俗事件小説を想像してしまいますのう。

「ジャンルの無効化」の果てに待つものは、果して何なのだろうか?

ミステリやSFといった垣根は取り払われてしまい、小説はフュージョンする。

まあ、とりあえず、HMMとSFMが合体して

「ハヤカワSMマガジン」になるにちがいない。

ああ、なんてリアルな!!>どこが?


◆「踊り子の死」Jマゴーン(創元推理文庫)読了
昨年度、各種ベストで好成績を収めたロイド&ヒル・シリーズの第3作。今回は英国本格の伝統の一つである全寮制のパブリック・スクールものに挑戦。マゴーン版の「トム・ブラウンの死体」であり「甘い毒」であり「ロープとリングの事件」であり「のぞかれた窓」である。
新年度から女学生も迎える事となったパブリック・スクールが災厄に見舞われたのは、舞踏会が催された夜の事だった。激しい雨の中、グラウンドの真ん中に、乱れた姿で放置された副校長ハムリンの妻ダイアナの死体。寄宿生の母親役でありながら、大人の男とみれば誰かまわず娼婦の如く振る舞った色情狂の死は、学園の経営を根幹から揺さぶる事となった。自動車事故から半年間のリハビリを終え、赴任した英語教師のニュービーも着任早々ダイアナの「洗礼」を受けていた。だが、彼の心を奪っていたのは、自動車事故でなくなった友人ナイトの未亡人で歴史教師のキャロラインだった。キャロラインに懸想する美術教師サム、妻の不品行に目を瞑り続けてきた副校長、妻から性生活を拒否されてきた校長トレッドウェル、学園一の優等生で監督生を務めるマシュー、果して赤裸々なる「踊り子」を殴り殺したのは?そしてその動機とは?不倫の探偵たちが見た忙しい陰謀者たちの宴の始末。
直球ど真ん中のフーダニットでありながら、随分とエロティックな話である。どんどんサカってしまう副校長夫人、妄想の中で同僚を犯す英語教師、「とりあえず俺と寝ようぜ」と迫る美術教師、いやよいやよも好きのうちな女歴史教師、おまけに、探偵役の主席警部と女刑事は捜査そっちのけで「うっふん」である。これがフランス書院文庫ならば「悶絶色情寮母、果てる!」てな邦題がお似合いである。犯行時刻と目される1時間の間に、あらゆる容疑者たちがそれぞれの思惑で怪しげな行動をとっている、というフーダニットの王道を行く展開に二転三転するプロット、じっくりと騙りの妙を味わえる作品。それにしても、この学園の行く末を案じると「お気の毒」としか申し上げようがない。


2003年5月22日(木)

◆気がついたら今朝方の「歌の翼に」を含む感想5冊分一気上げで、1500感想文を突破してました。
昔日のパワーはございませんが、よくぞここまで、と感無量でございます。よよよよ。

「寄り抜きkashibaさん」で自分のお気に入りを選ぶと何故かSF系に集中してしまうというのが困ったものです。

のりのりの「猫の地球儀」
闇の企み「夜陰譚」
ガンダムパロディ「亡国のイージス」
プロジェクトXパロディ「くらやみ城の冒険」
作者の文体模写「いつか火星のあった場所」
韻律にこだわった「光車よ、まわれ!」
たたみかける「拷問」
ヒッチコック劇場パロディ「伯爵夫人の宝石」
ええかっこしいな「ブギーポップは笑わない」
しみじみとした「鳥の歌いまは絶え」

こんな感じかな?

5月20日の「歌の翼に」は、最近には珍しく2時間半かけた文章。九つのミニコメすべてをディッシュの題名づくしにするという力技を試みてみました。バカですねえ。
◆残業。購入本0冊。復路早々に課題図書を読切る。なにせ、あの日影丈吉全集につき、読み終わった際の保険にもう一冊鞄に入れる余裕がなかった。
「うううううう、活字、活字をくれええ。」と全集の月報や解説を舐めるようによんでみたが、なおも時間が余ったので、デイリースポーツを隅から隅まで読む。で、オールスターゲームの投票で爆笑。
今年のセリーグの人気投票は好調なチーム事情を反映して阪神独占状態なのだが、一塁選手のところに、阪神の7戦全勝投手ムーアの名前があったのだ。知っている人は知っているが、やたらとバッティングのいい投手であり、打率は4割前後。恐怖の9番バッターなのである。で、なんで笑ったかというと、ムーアって7戦全勝しながら、先発投手としての得票と一塁手としての得票を比べると、圧倒的に一塁手としての得票が多いのである。それはなんぼなんでも失礼だぞ>組織票の人達。


◆「現代忍者考」日影丈吉(国書刊行会)読了
日影丈吉全集第2巻の目玉商品。元版は、東都ミステリの最入手困難作の一つ。で、東都ミステリの入手困難作といえば島久平の「密室の妻」とか、飛鳥高の「虚ろな車」とか、だったりするわけで、作者がマイナー・ビッグ、叢書がマイナー・ビッグ、なのにどの出版社も復刊を躊躇する、その結果、マニアが古書価格を釣り上げる、といった作品に碌なものはない。この作品も全く期待しないで読んだ。なるほど、これは碌なものではない。とても「応家の人々」「女の家」といったブンガク的香気漂う東都ミステリの傑作を世に送ったのと同じ作家の筆になるものとは思えない。

しかし、個人的には、非常に楽しめたっ!!!

これは霞流一も裸で盆踊りする昭和バカミスのケツ作である。あーこりゃこりゃ。これ1冊に5,6千円出しても全然惜しくない。
A新聞論説委員の江木は、プレスクラブ支配人飛島と暇つぶしのチェスに興じていた時、二つ向うのブロックに立つビルの八階の窓から何者かが飛び降りるのを目撃する。だが、その下の路上には死体は発見されず、偶然近くで洗濯をしていた婆さんも何も起きなかったという。ブン屋根性で8階に入居しているV国大使館に特攻取材を敢行するが空振り。しかし、実はV国大使館では、覚えのない金髪女の死体を抱えパニックに陥っていたのだった。街で噂の善意の蝿女。船から消えた金髪の踊り子。富豪の腹話術が呼ぶ、密室の殺し屋殺し。スパイに、女推理作家に、事件記者相乱れて繰り広げるドタバタ推理ゲームの顛末とは?異郷での怪事件に立ち向かう私立探偵ノーマン・キンの迷推理。
「長い墜落」と密室殺人の二大不可能犯罪に、片言日本語の外人探偵が挑む徹底的に作り物めいたコード満載の昭和30年代探偵小説。視点はぐちゃぐちゃ、プロットはなんでもあり、トリックはアンフェアすれすれの大バカトリックで動機は後からついてくる。同じユーモア推理路線でも「真っ赤な子犬」やら「移行死体」で感じたエスプリは一切ない。昭和30年代探偵映画の如き安普請・低予算のバーレスク。作者の名前をブラインドテストされたら、絶対に当たりまへん。日影丈吉マニアからみれば鬼子のような話だが、へそ曲りの本格絶版推理マニアからは偏愛されるにたる堂々たる「失敗作」であろう。


2003年5月21日(水)

◆二日酔のまま出社。本日も多忙。朝から延々社外の会議。夕方、打ち合わせで関内まで足を伸ばすが、古本屋を覗いている暇などない。購入本0冊。まあ、電車に乗っている時間が長い分、読書は進んだけどね。

◆「魔女」樋口有介(文藝春秋)読了
最近マイブームの樋口有介。奥付けによれば2001年発行の第20作だそうな。装丁にベルギーの幻想画家デルヴォーの絵(「ポンペイ」)をあしらった平積み映えのする本である。まあ、この人の作品が平積みされる事は滅多にないが。個人的に「魔女」といえば、映像的には虫プロアニメの「哀しみのベラドンナ」と三山のぼる「女フィスト」、ミステリの世界ではカーの「火刑法廷」てなところにトドメをさす。だが、この21世紀の青春推理もなかなか捨てたものではない。まずプロローグが凄い。
安彦千秋が焼き殺された。ぼく・山口広也は千秋のモト彼の就職浪人。テレビキャスターを目指す姉の水穂から、千秋の死が殺人である証拠を掴むよう5万円のバイト料を押し付けられる。なんとなく付き合い、なんとなく別れてしまったぼくと千秋。だから彼女が、死の直前、病院で老人向けのソーシャル・ワークに力を入れていたことも知らなかった。しかし、関係者に聞込みを重ねるうちに、「アンニュイな恋人」「誠実な天使」とは異なった千秋の姿が見え始める。「男を狂わせる性の達人」、「継父を呪い殺した魔女」、一体、千秋とは何者だったのか?千秋の異父妹・安彦みかんとともに、ぼくが辿り着いた魔術の真相。人の本性は白、それとも黒?
というわけでお約束だが、安彦みかん萌えっ!!ちょっと変な美少女を造型させると巧いね、この人。オカルトミステリの香りづけも多少施されてはいるものの、中味は「いつもの樋口有介」である。適度な謎と、ワクワクする探索と、納得のいく結末。被害者の相貌を描き尽したところで犯人が見え、探偵たちの間を青い風が吹きぬけていく。ワン・パターンではあるが、だからこそ安心して読める。これもまた一種のコージー・ミステリなのであろう。