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2003年4月30日(水)

◆「パナウェープ研究所」という名称にドキっとしている社員が7万人はいるにちがいない>うちの会社
◆休日をもらう。7時間睡眠。松井対イチローの大リーグ中継を流しながら朝御飯。食後、昨日の日記を書いていたら猛烈な睡魔に襲われる。昼飯を食べて軽い午睡を取るつもりが目が覚めたら日が暮れていた。阪神・巨人戦を見て1日が終わる。とほほ。どうも日頃の寝不足がここへ来て祟った模様。購入本0冊。いや、デイリースポーツは買いましたけどね。
◆お詫びと訂正:4月20日の日記で大下宇陀児を一冊も読んでいないと書きましたが、1冊は読んでました。春陽文庫の「宙に浮く首」を99年6月8日に読了しているではあーりませんか。すんません、以下に訂正させて頂きます。

大下宇陀児「宙に浮く首」以外全部!どっかーん

で、その「宙に浮く首」であるが、はっきり言って酷評である。だが、それに懲りて二度と宇陀児を買わないかというと、全然そんな事はなくて、十万円ぐらいまとめ買いした事もある。少しお金に余裕があった頃で、日本の探偵小説も勉強しようかなと思い、とりあえず馬鹿になって注文を入れてみたところ、他の作家は軒並み抽選ハズレだったのに、宇陀児だけは9割程度買えてしまった。要は人気がないのである。東方社のような分厚くて下品な本を並べてみたかっただけなんだけど、買えたのは仙花紙の珍本やら戦前版。うーん、困ったなあ。もう1冊ぐらい読んでみるかなあ。


◆「家に棲むもの」小林泰三(角川ホラー文庫)読了
文庫オリジナルの最新作品集。書下ろしも3作入ってコストパフォーマンスが嬉しい出版である。偉いっ!!
「家に棲むもの」歪んだ家に嫁いだ嫁が姑の異常に気付いた時、天井は悲鳴を上げ、狂った影は異臭とともに降りてくる。呟きの向うにもう一人の姑。中編級の表題作。一つ間違うとバカ・ホラーになってしまうところを土俵際でフンばった話。ビロウ・シーリング。
「食性」貴方は、肉食の彼女がいいですか?それとも草食の彼女がいいですか?たべちゃいたいほど可愛い彼女がいいですか?なにやら「美味しんぼ」ネタの書下ろし作品。ありきたりだが、フィニッシュが綺麗なので許せる。
「五人目の告白」尋常ならざる告白続く。覚えのない襲撃を受ける女。女の死体の翳に怯えるオタク。したいをはっけんしたぼく。そしてバラバラの告白はいつしか収束していく。それが何人目の事かは、告白者だけが知らない。随分と実験的な作品だと思ったらデビュー当時の作品だった。すとんと落すラストは吉だが、やや整理が悪く、くどい印象。
「肉」マッドサイエンティストと教え子の神をも畏れぬ実験譚。関西弁でごまかしてはいるものの、「人獣細工」の原型を思わせる習作。あの緊張感溢れる名作と同じ人が書いたとも思えません。
「森の中の少女」決して森の境を踏み越えてはいけない。娘を狙って異形がやってくる。角を生やしたのは誰?一発ネタの垢ずきんちゃん。
「魔女の家」魔女に捕われた少年の手記を読んだ時、私に疑念が湧きあがる。一体この手記はどこからきたのか?そして私はどこからきたのか?視点のアクロバットが嬉しいショッカー。
「お祖父ちゃんの絵」お祖母ちゃんが地下室で一枚の絵を前に孫娘に語る昔の恋物語。微笑ましくも美しいシチュエーションはやがて狂気と血の色に塗潰されていく。今はもう動かない古処刑。これは怖い。読んでいるこちらまでがおかしくなりそうな傑作。


2003年4月29日(火)

◆緑の日である。青の日、赤の日、黒の日はないが、白の日はあるぞ。ホワイトデー。ブルー・マンデー、ブラック・マンデーならあるなあ。
さあ、アシモフだったら、これで黒後家蜘蛛クラブを1編でっちあげるところだ。
◆周辺の観測ポイントを4店チェック。これといったものはございません。
「最後の刑事」Pラヴゼイ(早川書房)100円
「ブロークン・ハート・クラブ殺人事件」イーサン・ブラック(DHC)100円
「死のオブジェ」Cオコンネル(創元推理文庫)100円
「かめくん」北野勇作(徳間デュアル文庫)100円
「いか星人」北野勇作(徳間デュアル文庫)100円
「家に棲むもの」小林泰三(角川ホラー文庫)250円
「維納の森殺人事件」高柳芳夫(双葉ノベルズ)200円
d「新・人獣裁判 狂殺の森」友成純一(大陸書房 奇想天外ノベルズ)100円
今更ながら何故か買い漏らしていたダイヤモンド・シリーズの第一作を買う。DHCの本は「孤高の暗殺者」「キャスコ湾乗っ取り」等のボブ・ライスの別名義作品らしい。高柳芳夫はジャケット買い。ROM117号で紹介されていた依光隆の美人画に惹かれて買ってみる。中味は絶対に読みそうもない、政・財・官の癒着を描いたこてこての社会派サスペンスらしい。友成純一は、ちょいめずの1冊。アル中時代の日常を記した後書きだけでも一読の値打ちがある。
◆夜は久しぶりに奥さんの実家で宴会。阪神・巨人戦を見ながら呑んだくれていたら、テレビの前に転がしておいたうちの赤ん坊も何やら手を振り上げて応援らしきものをやるではないか。虎ギャル?それとも虎児ってやつですか?


◆「ヴェトナム戦場の殺人」DKハーフォード(扶桑社文庫)読了
池上冬樹、小山正激賞の戦場推理連作集。日本独自編集だそうな。余程のこの作者・作品に入れ込んでいないと、日本で世界に先駆け本にするなんてな事は出来るこっちゃない。どなかたは存じ上げないが、まずはこの本の編集者に敬意を表しておこう。
実は正直なところ、戦争を真正面から扱った作品というのは、苦手である。勿論、ガンダムだのヤマトだの銀英伝だのスターウォーズだの宇宙の戦士だのは大好きだが、地獄の黙示録だの、シン・レッド・ラインだの、軍旗はためく下にだのとなると、ご遠慮申し上げたくなってしまうのだ。
そこでこの作品であるが、おそらくは超軍事大国アメリカが唯一勝てなかった戦争であるヴェトナム戦争が舞台。主人公の「わたし」ことカール・ハチェットは憲兵隊(MP)犯罪捜査部(CID)所属の捜査官で、人を殺す事を是とし生業とする軍隊という組織で起きる仲間うちでの犯罪に対し、相棒のミッチ・ミッチレーとともに挑む。本格推理としての妙味は些か薄味だが、そこに描かれた人間ドラマの重さは、無惨にも散らされる命の軽さと反比例して読む者の心をうつ。
「A中隊」
とことん戦争に向いていない落ちこぼれ兵が拳銃「自殺」した。だがその兇器が間近からは発見されなかった。果して、不適応者を巡る災厄とは?ホワイダニットとフーダニットを鮮やかに解く戦場の名探偵。
「ホーチミン・ルートの死」
軍きってのならず者小隊に所属する男。身の危険を感じていた彼は、ヴェトコンとの銃撃戦で命を落す。だが、何発もの掃射を受けた死体の着ていたシャツには何故かタマの痕がなかった。果して男を殺したのは誰なのか?われわれの前に立ちはだかる鉄壁の結束。残された武器ただ一つ、母の愛。
「バンブー・パイパー」
帰国を目前に控えミッチが死ぬ。一匹の蛇が彼の命を奪ったのだ。大きな不正の匂いをかぎつけたと言っていた矢先の死だった。北ベトナム軍が迫り来る最前線で命と賭して相棒ミッチの死の真相を探る「わたし」。
いずれもヴェトナムという戦場ならではの小道具を巧く用いており、異常な状況下の推理小説として、高い完成度を誇る。戦場に行った人間でなければ書けないリアルな描写が素晴らしい。そこには人間を腐らせる熱帯雨林の温度と湿度がある。特に第二作は、時代や洋の東西を超えた真実に胸が詰まる名作。推理趣味で、ここのところ出版ラッシュの続く古典には及ばないものの、それを補って余りある何かがある。御勧め。


2003年4月28日(月)

◆連休の谷間だが電車は左程すいていない。しかし、夫婦ともども、変則的な睡眠時間の後遺症で朝から鳥頭状態。三歩あるくと何かを忘れている。一歩、二歩、三歩、あれ?今、何歩だっけ? へ?三歩? そうだっけかな……なんで歩数数えてんだっけ?
◆明後日を休むために残業。一駅途中下車してブックオフ・チェック。安物買い。
「魔法探偵スラクサス」Mスコット(早川FT文庫)100円
「ヴェトナム戦場の殺人」DKハーフォード(扶桑社文庫)100円
「死のフェニーチェ劇場」ドナ・M・レオン(文藝春秋)100円
「鏡の国のスパイ 灰姫」打海文三(角川書店)100円
いやあFT文庫は久しぶりだなあ。このあたりの本でももう通巻番号が300を越えているんだねえ。ハーフォードは、識者絶賛の書。年間回顧で読むまでは、出ていた事も知らなかった作品である。「灰姫」は100円縛りで探していた本。おまけに400円分の割引券を使って新たな支払なし。やってしまいました。ドナ・レオンは郭公亭の若旦那の影響。


◆「死神の戯れ」Pラヴゼイ(ハヤカワミステリ文庫)読了
昨年の新刊を読んでみる。丁度私のミステリ読書歴と同じぐらい推理作家をやっている人なので、いつまでたっても若いつもりでいたら2000年にはダイヤモンド・ダガー受賞だもんな。シリーズものも単発ものも落差なく本格魂溢れる作品に仕上げるプロだけど、この長編は渇いたユーモアに彩られたサスペンス。何分にも倒叙なので犯人当ての楽しみはない。では「殺人者はへまをする」的コロンボ=古畑趣味があるかといえば、それもない。文字通り、巨匠が肩の力を抜いて「楽しい殺人」を描いた作品なのである。
堂々たる体躯に人好きのする笑顔、そして爽やかな弁舌。<いやあ楽しい>(オー・ティス・ジョイ)という名の青年牧師はウィルトシャーの人気者であった。だが、彼にはもうひとつの顔があった。神をも恐れぬ殺人者。彼の公金横領の証拠を掴んだ主教を撲殺し、破廉恥な自殺にみせかけ天国に送ってさしあげ、彼に全幅の信頼をおいていたうっかり者の老会計士が教会の金を盗まれた事を気に病んで辞任を申し出た時には、長い眠りに就かせてあげた。そんな事とは露知らず彼に秋波を送る村の女性たち。中でもジャズ狂いの夫に愛想をつかしたレイチェルと、バツイチのシンシアはその最右翼だった。そして、新たな会計係選出を巡る一幕が、破綻への序曲となる。燃え上がる恋情、戯れる死神、牧師の楽しみ、女たちの秘密、ああ、殺人は容易だ、オー・ティス・ジョイ!
とにかくキャラの立たせ方が巧い。主役のオーティスをはじめ、思わず映画の配役が頭に浮かぶ達者な描き分け(オーティス役は元気な頃のクリストファー・リーブね)。宗教が深く生活に織り込まれた英国では、この悪徳牧師のとびっぷりはさぞや冒涜的にしてショッキングなものであろう。さしずめ日本であれば、窪塚洋介扮する青年坊主がさくさくと身勝手な理由で殺人を繰り返す、てな印象かな?また、夢想癖のある人妻レイチェルの暴走ぶりも笑いを誘い、彼女とダメ亭主のやり取りのくだりでは、つい「殺れ!殺っちまえ」とエールを贈りたくなる。なんとも背徳的な倒叙サスペンス。解説にサイモン・ブレッドの賛辞が書いてあったけど、なるほどこれはラヴゼイ版の「殺意のシステム」ってわけか。文庫500頁一気読み保証。


2003年4月27日(日)

◆駅前のそごうで北海道物産展が始まっている。コンビニで阪神の大逆転勝利を伝えるデイリースポーツを買って開店前の入り口に並び、まんまとカレーパン一番乗り。前回は1時間待ちだったんだよな。ついでに、ずわいがにのクリームコロッケ、柳月銘菓三方六(チョコレートバームクーヘン)、マルセイバターサンドなどを買い込む。数量限定に弱いのである。一応、デパート内に入っている三省堂もチェックするが、「ハイ・シエラ」はここでも切れていた。何故?購入本0冊。
◆あとは只管、日記を書く。


◆「QED 式の密室」高田崇史(講談社ノベルズ)読了
密室本。戸田さんがSRマンスリーの年間評で褒めていたので読んでみる。この人の作品はシリーズ第2作しか読めていないが、非常に面白かった。だったら、立て続けに読めばよさそうなものなのだが、なかなか古本屋でめぐり合えないのである。ノベルズの刷数もそこそこいっており、第一作も文庫落ちしたのところをみると、世の中には出回っているが、ファンがなかなか手放さないということか。ううむ>悩んでないで、本屋で買えよ。
それは、桑原崇と小松崎良平の出会いの学生食堂で始まった。学友・弓削和哉が持ち込んだ30年前の祖父殺しの謎。内側から鍵の掛かった密室の中で喉に短剣を突き立てられ絶命していた「陰陽師の末裔」。式神の存在を信じる弓削は、祖父から式神の術を学ぼうとしていた男を真犯人として告発する。だが、桑原の博覧強記は、完全密室を開放し、一千数百年に及ぶ歴史の闇を照らす。果して、式神とは?鬼とは?呪いとは?不埒なまでの論理の方程式が、安部清明伝説を解体する。
なるほど、これは面白い。この短さの中によくぞ日ノ本二千年の呪を解体してみせた。天晴れ、天晴れ。柳田国男やら星野之宣やらを読んでおけば、更にリーダビリティー向上。近頃都に流行る陰陽師の神秘性もここまで説明されてしまうと、形無しである。それがまた「補助線一本」なのである。快刀乱麻とはまさにこういう状態をいうのだ。探偵小説ブームの昭和31年に起きた密室殺人の方も必要十分。思い切り不可能趣味を追求できるところを、あっさりとしかもアクロバティックに開平してみせる。実に快作である。密室好きも、陰陽師好きも必読!


2003年4月26日(土)

◆再放送のCSI:2を視聴。刑務所建設現場からの転落死とサイコセラピー中の少年の発作死の謎を追う構成。前者は物理トリック、後者は設定の妙でみせる。スピーディーな展開と遊び心が嬉しい傑作。ついに「ドクター刑事クインシー」の正統派後継者が生まれたといって過言ではなかろう。
◆給料も出たので、あれこれとお買い物。まずは古本から。だって、新刊で買おうと思っている本が、古本屋にあったりしたらショック大きいじゃない?
d「キリオンスレイの復活と死」都筑道夫(角川文庫)50円
「殺人者の顔」Hマイケル(創元推理文庫:帯)50円
「死神の戯れ」Pラヴゼイ(早川ミステリ文庫)120円
「式の密室」高田祟史(講談社ノベルズ:帯)300円
「マックス・マウスと仲間たち」松尾由実(朝日新聞社:帯)620円
角川文庫版都筑道夫クエスト一歩前進。松尾由実のハードカバーは出ていた事も知らなかった本。帯に曰く「セックスレス世代の恋愛小説」らしい。「瑠奈子のキッチン」もそうだったんだけど、この人の芸域って広いよなあ。
引き続き、新刊書店でお買い物。
「ミステリマガジン 2003年6月号」(早川書房)840円
「SFマガジン 2003年6月号」(早川書房)890円
「バニーレークは行方不明」イヴリン・パイパー(ポケミス:帯)1100円
「甦る男」イアン・ランキン(ポケミス:帯)1800円
「雷鳴の夜」ロバート・ファン・ヒューリック(ポケミス:帯)900円
「ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎」 Aバークリー(晶文社:帯)2000円
なんといってもミステリマガジンが凄い。今回は何度目かになる、HMMM(Hidetoshi Mori's Mystery Magazine)である。「本格ミステリの至宝」と銘打ち、イネス、ヘアー、パトQ、ポーストに、ゴドフリーなどこれでもかっ!という本格魂迸るラインナップ。これは、お値段の値打ちがあります。毎号こういう内容だったら、本当に素晴らしいと思う。これで、日本人作家の代わりに、ヘイク・タルボットの「絞首刑吏の助手」が分載されていたりすれば完璧なんだけどなあ。SFMもスプロール・フィクション(境界文学?)の特集で気を吐いており、今月のハヤカワ二大マガジンは熱いぜ。後は、4冊分引き離されてしまったポケミス。とりあえず並んでいた3冊だけ買う。黒白さんではないが、中味よりも50周年帯の予告に驚く。HMMの方でもクラシックの文庫化新訳予告が度肝を抜いてくれるが、この期に及んでオルセンは凄いなあ。ヒューリックも2冊目が出て、やっと早川のやる気を信じられそうな気がする。もう一冊は季刊アントニー・バークリー2003年春、幻の第三作である。こんな本が日本語で読めるなんてなあ。原書ですら拝んだ事がございません(いや、今はストラタスがあるんだけどさ)。とりあえず押し頂く様にして買う。さりげなくスタージョンが次回配本らしい。こちらも夢の叢書の様相を呈してきたぞお。古典復興のフォローの風は既に暴風域に達してきた。とにかくこの幸せが一日でも一瞬でも長続きする事を祈らずにはいられない。「読切れないし、高い本ばかりだから、刊行ペースを落せ」なんていう事は口が裂けても申しません。どんどん行っちゃってください。はっきりいって、底の浅い日本の本格拾遺とは異なり海外には、本当に凄い本がまだなんぼでもあるのである。
◆でもって「ブラック・ジャックによろしく」の5巻も出ていたので、買う読む泣く。いいねえ。この漫画。


◆「白蛇島」三浦しをん(角川書店)読了
騙された。
てっきり「お姉さんが教えてあげる」系の淫靡なホラーを想像していた。岩井志麻子版の「蛇鏡」のような話を期待していた。
全然違うやん。
巻末の著者紹介によれば作者の長編小説としては「格闘する者に○」「月魚」に続く第3作なのだそうな。これが各誌で大絶賛なのだそうだ。この絶賛を聞いた事がなかった段階で、この人は私の守備範囲外の作家であると気がつくべきだったのだ。ううむ。
故郷の島へ帰る少年、前田悟史。島では13年ぶりの大祭が開かれようとしていた。家に待つのは、いつもと変わらぬ母、奉納の踊りの練習に余念のない妹、ぶっきらぼうな父。島の風習である<持念兄弟>の契りを結んだ中川光市とともに、大祭の準備に勤しむ集落を白い軽トラックで巡る悟史は、「あれ」が出たという噂を耳にする。村の守り神にして、禁忌。そして、ある夜、悟史は「あれ」を窓の外に見てしまう。それは悟史の「見る力」故か?それとも、島に仇なすものの扮装なのか?夏の狭間、闇の中に白い亀裂は眠り、少年は荒ぶる神の導きによってこの世の裏側へと誘われる。宮司の血が裏切る時、祭囃子はとどかない。
ちょっとホラーでファンタジックな少年小説。ボーイズ・ラブの要素は欠片もないのでそちらの御趣味の方は入り口でお帰りください。作者は持念兄弟、白蛇様、シゲ地、などなど思わせぶりなガジェットを丁寧に書込み、夏の夜の夢にも解釈できる、少年たちの闇との闘いを描く。伸びやかな少女たち、元気な年寄りたち、そして心で結ばれた少年たちと青年たち。なんとも、穏やかで懐かしい日本の原風景。そして、その裏側にある怨嗟と禁忌。光に満ちた青の世界を白が突っ走って行く。うーん、ポルノ映画館に入ったつもりが青春映画を見せられたような違和感は残るのは、一重に黒を基調にした装丁と帯の挙句のせいである。これはこれで面白うございましけどね。


2003年4月25日(金)

◆会社近くの古本屋を久しぶりに覗いたらレイアウトが全面変更になっており、エロ本面積が大幅アップ。うーん、やはり下半身商売をやらないと古書店経営は成り立たないのだろうか?と少し哀しくなる。が、そこはそれ、従来は五十音順だった文庫の並びが雑然としており、「何かありそう」な気配に、いそいそとチェックに励む。勿論、何もない。無理矢理、百均棚から一冊だけ拾う。
「警視庁物語 顔のない女」長谷川公之(春陽文庫)100円
このシリーズ一冊だけ読んだが余りの詰まらなさに収集欲を完全に喪失してしまっている。まあ、春陽文庫の白背だし。百円だし。


◆「ともだち」樋口有介(中央公論社)読了
青春推理の名手、樋口有介の1999年作品。小峰元は嘘臭く、赤川次郎は安っぽく、宮部みゆきはみんなが読むから厭だ、というへそ曲りなヤング・アダルト好きは是非にお試しあれ。これも美少女剣士が颯爽と悪を斬るといった「ヤング・なんたら」といった週刊誌あたりでありがちなお話ではあるのだが、ハードカバーにして三百頁がつるっと読めてしまう事請け合い。
神子上さやか、星朋学園2年生、美術部所属、身長170p、その祖父・無風齋とともに、神子上一刀流・奥義「不合の剣」を今に伝える唯一人の女剣士。そのさやかが絵のモデルにしていた同級生・小夏佐和子が扼殺された。星朋学園の女子生徒を狙った犯罪はこれで3件目。それまでの2件では、素行不良のコギャルがボコにされただけだった。一体誰が何の恨みで学園一の美少女を殺したのか?心の疼きを押えながら犯人探しに乗り出すさやか。謎めいた佐和子のステディ、台風の如きさやかの信奉者、色惚けの老剣士、男盛りの中年刑事、老若男女入り乱れ、追うは獣、夜の闇。
まるで二時間ドラマのような話であり、推理の妙味には欠ける。だが、滅法面白い学園ドラマである。とにかく、主人公さやかのキャラが良いのだ。孤独癖がある凛とした美少女。そこまではともかくとして、剣豪小説を愛読しているために独り言が侍言葉になるというくだりは大笑い。忘れた頃に、この趣向を交えながら、読者を飽きさせる事がない。平凡で単純な型の中にこそ、非凡が宿るという好例であろう。こちらの期待値が低かったせいもあるのだが、望外に楽しませてもらえた。和田誠の表紙画もシンプルな題名とテーマを過不足なく表していていい感じである。


2003年4月24日(木)

◆残業。役員の我侭に付合わされ、3週間前から楽しみにしていた飲み会がぶっ飛ぶ。余りの仕打ちにグレて、遅い時間だったが無理矢理途中下車、閉店間際の安田ママさんの勤め先を覗く。木曜日・金曜日は21時まで営業しているのだ。おお、これが噂の本の雑誌フェアかあ。なるほど、サイン本もある。常連ライターご推薦の3冊もずらっと平積みだ。恥かしい事に私の推薦書もならんでいるぞ。しかも、1冊1冊特製の帯がついているではないか、おおおお。そうか、こういうフェアだったのか。田舎者は新宿の紀伊国屋書店でのフェアにはいけなかったんだよな。買いたい本は山のようにあったが、給料日前日なので自嘲する、へへへ、じゃなくて自重する。ああ、ポケミスも4冊も放されてしまった。メフィストはもたもたしているうちに次の号が出てしまった。メフィストと名前が変わってからは毎号買ってきたものの、最近は漫画しか読んでないもんなあ、どうせ、みんな本になるんだろうし、丁度いい機会なんで、ここで購入を止めてしまおうか?創元からも和物雑誌が出る事だし、タイミング的にはいいよな。ふと、EQが出て暫くしてから15年間ほどミステリマガジンの購入を止めていた事を思い出した。なんじゃかんじゃ言いながら後から古本屋で揃えたのだが、メフィストもそれで充分かもなあ。ミステリマガジンの数倍は世の中に出回ってそうだし。などと、本屋まで来て後ろ向きの思考に入ってしまった。
◆ついでに、ブックオフも覗く。安物買い。
「白蛇島」三浦しをん(角川書店:帯)100円
「桜憑き」井上雅彦編(光文社カッパノベルズ)100円
「ターフの誘惑」石川喬司(広済堂)100円
石川喬司の本は、東京新聞連載の競馬エッセイ集。絶対読まない本だけど、まあ100円だし。給料日前日でも安心して買えます。
◆更についでに別宅に寄ってSRマンスリーも回収。ありゃあ?また請求書が入ってやんの。先月払ったところなのにい。もう、これも止めたろかしらん。例会にも全く顔を出せないし、全国大会にも行けないし、唯一の繋がりが、マンスリーだもんなあ。とまれ、今回は世界一遅い年間ベスト10号。もう4月だよ。「このマンスリーが遅い」結果は翻訳作品、国内作品とも一位は全くの予想外。特に国内は驚いた。翻訳だって短篇集送りにされても文句を言えない作品だしなあ。まあ「アイルランドの薔薇」の評判が良かったのは、SRの投票者の質の高さを証明しているようで、ほっとするんだけど。


◆「赤ちゃんがいっぱい」青井夏海(創元推理文庫)読了
というわけで頂き物を早速読んでみた。前作「赤ちゃんをさがせ」でも、表題作は中編級の長さがあったが、今回は更にパワーアップ。作者の長編作家としての力量が初めて試される作品となった。さあ、果して「『赤ちゃんをさがせ』は単なる陣痛に過ぎなかった」という事になりますやら。
のっけから「あゆみ助産院」をリストラされてしまった新米助産師の陽奈ちゃん。頼りの聡子先輩は寄りを戻した夫・宝田さんとの間に生まれた二人目の育児に追われ休業中。そんな彼女が、背に腹は代えられないと操を曲げて門を叩いた務め口こそ今回の事件の舞台となる<ハローベイビー研究所>。今をさる事20数年前、一世を風靡した天才赤ちゃん兄妹を生み出したという歴史と実績故に、今日も研究所では、何百人という妊婦さんが日々これ天才赤ちゃんを夢見て研修に励んでいた。だが、今やアメリカで天文学者となった「天才児」の兄がスーパーバイザーとして研究所に戻ってくるや、不思議な盗難事件が続発する。花瓶、クリーニングの引換券、そして絵。失せ物ばかりではない。なんと運良く就職の決まった陽奈ちゃんは、生後三ヶ月の赤ちゃんまで拾ってしまうのだ!そして甦る18年前の捨て子事件。小さな謎がいっぱい、小さな陰謀がいっぱい、そして赤ちゃんがいっぱい。こんな事件を解決できるのは、そう「伝説の助産婦」明楽先生しかいない!!さあ、今こそ愛をいっぱい、小さな奇跡をいっぱい!!
証言の積み重ねの中から、真実という宝石を取り上げて、縺れた人間関係を解きほぐし、悪を成敗する。伝説の助産婦は今回もやってくれました。小さなすれ違いで、お話を膨らませていく手際は鮮やかで、長編推理を支える謎というには、やや小味な感は免れないものの、読後感の爽やかさがこの安楽椅子探偵ものを愛すべきエンタテイメントに仕上げている。例えば3ヶ月の赤ちゃんと6ヶ月の赤ちゃんを描き分けてみせる、例えば流行に流されているようで何か頼れるものを求める妊婦さんたちの不安を写してみせる、それが母の筆というものである。楽しい時間をありがとうございました。


2003年4月23日(水)

◆残業。ボロボロになって帰宅すると本が二冊届いていた。1冊は森さんから。
「Murder,Mystery and Malone」Craig Rice(Crippen&Landru)17$
遅配トラブルに巻き込まれ、宙に浮いていたロスト・クラシックスの1冊。
日本版マンハントなどに訳出されたきりの作品も多く、このまま創元推理文庫で出してくれないかなあ。題名はどうしよう?こっちの方が、「マローン殺し」という訳題がピタリと来る原題なんだけどなあ。「良き酔いどれの宵:マローン殺し2」とか。
もう一冊は、謹呈本。
「赤ちゃんがいっぱい」青井夏海(創元推理文庫:帯)頂き!
おおお、これは嬉しい。お母さん推理作家の第3作にして、助産婦探偵第2弾にして、第1長編。乳臭い我が家にとって何よりの贈り物である。奥さんも喜んでおりました。ありがとうございますありがとうございます。せんぱーい、赤ちゃんがおっぱいですう。


◆「ながい眠り」ヒラリー・ウォー(ポケミス)読了
何故か昭和40年代の終わりになって十年ぶりにポケミスで出たフェローズ署長シリーズの第1作。正直、この本が出た時は「何で今更?」と面食らった記憶がある。創元の「失踪当時の服装は」が現役と品切れの境目にあった頃であり、ミステリ初心者の高校生にとって、ウォーといえばマイナーな過去の人という印象だったのである。勿論、それから更に30年近く経ってから、ウォー作品が次々と新訳されるなどとは夢にも思っていなかった。で、改めてすれっからしの目で読んでみると、これが結構いけるではありませんか。うん。
不動産屋から契約書だけを盗むという奇妙な盗難事件が発生。だが、それはプロローグに過ぎなかった。その不動産屋が紹介した貸家の一つからトランク詰めの女性のバラバラ死体が発見され、ストックフォード警察署始まって以来の長く厄介な事件の本番が始まる。その貸家に住んでいたのは「ジョン・キャンベル夫妻」。だが、ジョン・キャンベルが、他人の名前を騙っていたことが判明。しかも、彼を見たという目撃者の証言は、微妙に食い違い、完成した似顔絵は誰にも似ていない有り様。現場に残されたメモ帳から一人の女性の住所と氏名が判明するが、捜査の陣頭に立つフェローズ署長は死体の主と思われた当の本人にまみえる事となる。果して、女物のトランクに残されたJ.Sは何の頭文字なのか?そして、不倫の殺人犯の正体とは?
現実に即した捜査の試行錯誤が丁寧にかつスリリングに書き込まれており、鮮やかな幕切れまで読者を退屈させる事のない警察小説の佳編。87分署調の過剰なサービス精神はないが、似顔絵少女や、新聞記者との駆け引きなどそれなりの膨らみを持たせた情味豊かな作品であり、古さを感じさせない。ウォー復権の今こそ復刊を。


2003年4月22日(火)

e-NOVELSの小説現代連動企画 e-ROTICA 第二弾、山田正紀「愛の嵐」がアップされた。んでもって、そのオマケに山田正紀評を書かせてもらっている。
3月末に「とりあえずサイトを閉じるにはやめとくか」と思った理由の一つがこれ。リンク先のサイトが消えていたら格好がつかないな、と思ったわけだ。
大好きな作家について語るというのは、とりあえず自分のサイトをもってさえいれば毎日でも出来るけど、依頼を受けてその作家本人の目の届くところでやらせて貰えるという事はそうそうあることではない。2月末に原稿依頼を受け二つ返事で引き受け、即、資料も見ずに2時間でぶっ書いた文章。出来はともかくとして、私としては、今年一番のノリで書いた文章である。乞う、御笑覧。
既によしださんには、気に入って頂けたよう(@啓示板)なので、所期の目標は達成したようなものである。
◆仕事での修羅場が慢性化してきた。購入本0冊も慢性化してきた。
残業が生活習慣病の克服に役立つという珍しいケースである。
うれしくね〜っ!!
◆日経一面に載ったパナソニックの電子本、3万円あれば、ブックオフで300冊かあ、と反射的に思ってしまった私は文化の敵かもしれない。しかし、たかだか消費税表示のために、またしても多くの本が絶版に追い込まれるかと思うと、電子本という形態も悪くないかな、と考えたりもする。そのうち、電子本データをむしゃむしゃ食べるウイルスが出てきて「電気羊」と呼ばれるとか。


◆「UMAハンター馬子(1)」田中啓文(小学館M文庫)読了 
♪渦巻く性欲うなりを立てて 燃える燃える
♪不老不死求めド田舎へ 進め進め
♪おんびき語るおばはんだ
♪名付けてUMAハンター馬子

♪逆まくあやかしはやてにのって 狂う狂う
♪イルカを見捨てて大地をけって 走れ走れ
♪自分を守るおばはんだ
♪名づけてUMAハンター馬子

というわけで、e-NOVELS連載の蘇我家馬子フィールドワーク。妖怪ハンター稗田礼二郎の眷属としては、既に異端の民俗学者・蓮杖那智がミステリ界で人気を集めているが、わざとその裏を行ったのか?と思えてならない、強烈なおばはんキャラがここに登場。脂肪の行き渡った肢体・ごてくその化粧・傍若無人な言動に行動・節操のない下半身、と凡そ関西系中年婦女子の悪徳を一身に背負った「おんびき祭文」の名人・馬子が弟子のイルカとともに、UMAの正体を暴く羽目になる爆笑連作伝奇。
「湖の秘密」のネッシーならぬリュッシー、「魔の山へ飛べ」のツチノコ、「あなたはだあれ?」のキツネと、斯界の有名UMAが、馬子の不老不死探索の旅に現われては消えていく。まあ、赤裸々でありながら、弟子にも読者にもその正体を明かさない馬子こそが最大のUMAであることには異論はなかろう。それぞれに「なぜリュッシーは内陸にも現われるのか?」「黒孔山に封印された災厄の正体とは?」「死なない老婆はどこから来たか?」などといった謎とツイストの利いた解法が盛り込まれており、笑いとシリアスの緩急が素晴らしい連作である。各話の題名は勿論「ウルトラセブン」であり、今から「のるまんこの使者」が楽しみである>こらこら。


2003年4月21日(月)

◆やってしまった。
電車の友に持ってでたディック・フランシス「罰金」。読む程に既視感の固まりで、出社してから自分のサイトをチェックすると、既読だった。
がああん。このサイトを始めて4年目だが、カドフェル、87分署に続いて、3度目の出来事。ああ、情けない。只でさえ貴重な一日の読書時間の半分をむざむざと捨ててしまった。人生は短く、積読はどこまでも高い。中年老いやすく、読なりがたし。意識的な再読と違って、うっかり再読は呆け中年の証(あかし)かと思うと辛いよなあ。でも、さすがにMVAを取っただけの事はあって、本当に面白いね、この話。
「うっかり再読」の条件。
1)翻訳ものである
2)20作以上出ているシリーズものである
3)一時期固め読みしてそれきりになっている
ペリー・メイスンをうっかり再読しないのは、ひとえに「全部読んだ」という自信があるからである。でも、中味はすっかり忘れているものばかりだよなあ。きっと読んだら面白いんだろうなあ。まあ、老後の楽しみってことで。
◆仕事が修羅場。購入本0冊。


◆「黄金」アイザック・アシモフ(早川書房)読了
書くために生まれてきた男の死後に出版された最後の作品集。短篇SFとショートショートに、アイザック・アシモフ・マガジン用のSFやら小説ネタのエッセイを加えて1冊に編んだ本。これに、ブラック・ウイドワーズやユニオン倶楽部の拾遺集を付け加えてくれればほぼ完璧な本になったであろうが、贅沢は言うまい。それにしても、東京創元社はいつになったら、「黒後家蜘蛛&ユニオン倶楽部拾遺集」を出してくれるのか?こうなりゃ光文社文庫に期待した方がいいのか?光文社が出した途端に、創元でも出してくるのだろうか?
さて、この作品集、牧真治の達者な解説でも長めの短篇である「キャル」と表題作「黄金」以外の作品については触れていないのもむべなるかな。掌編の方には旧作の影が見える一発ネタや、黒後家蜘蛛の捨てネタにも使えない地口ネタが満載で、アシモフが書いたのでなければ返品されるような作品も多い。いや実際に返品されたのかもしれない。そして「それでこそアシモフ」と思わせてしまうところがこの作者の偉大なところであろう。「キャル」は作家の気まぐれで創作に目覚めた(プログラムされた)ロボットの物語。「黄金」は一編のSFを映像化する未来の映画監督の物語。いずれもクリエーターが主人公になっているところに、晩年のアシモフの創作に対する思いが見えて胸に迫るものがある。「キャル」の作中作に小悪魔アザレルを用いたり、オチで自らの三原則を超える第四原則(?)を持ち出してみたりと、これ一作でひとり見本市的な作品に仕上がってるのが嬉しい。表題作の「黄金」も「ミクロの決死圏2」あたりの裏話を知っていると更に興味深いものがある。
エッセイの多くは雑誌の巻頭言である関係で、それ一編で完成された科学エッセイを期待すると肩透しに逢うが、それでも作家の周辺を巡る断章は、物書きを目指すもの必読の内容が並ぶ。ネット書評子もかの大作家の「書評」についての心得を読んで学ぶべき事は多いと思う。この1冊で、アシモフの神髄が判るという本ではない。が、もう1冊、アシモフおじさんの本が読みたいんだ!というファンの期待には十二分に応える本であろう。