戻る


2003年2月28日(金)

◆「2月は逃げる」というが、改めて実感。もう終わりかよ。その割りには本を買いすぎた一ヶ月だったような気もするが、なあに、土田さんやよしださんや未読王さんに比べれば可愛いものである。可愛いと言って。
◆二日酔が脚に来る。腎機能が低下したのか、むくみが酷く、靴がきついのだ。それでも、神保町タッチ&ゴウ。
d「八千万の眼」Eマクベイン(ポケミス・カラーカバー)300円
「わが青春のマリアンヌ」Bメンデルスゾーン(早川ポケットブック)300円
「The Mad Hatter Mystery」John Dickson Carr(Penguin)250円
「Death-Watch」John Dickson Carr(Penguin)250円
「It Walks by Night」John Dickson Carr(Penguin)250円
「Castle Skull」John Dickson Carr(Pocket Book)250円
「The Corpse in the Wax Works」John Dickson Carr(Pocket Book)250円
「The Eight of Sword」John Dickson Carr(Pan)250円
「Schatten der Vergengenheit」John Dickson Carr(Oullstein)250円
「Der Flusterer」John Dickson Carr(Oullstein)250円
「Sleep in Thunder」Ed Lacy(Grosset & Dunlop)300円
同じ人の棚から出たんだろうなあと思わせる大量のペーパーバックが均一棚に放出されていた。ガードナーやクリスティーが殆どだったが、その中からあっただけカーを抜いてくる。ペンギンでは「帽子収集狂」がお馴染みの古い装丁。嬉しいなあ。ポケットブックの「髑髏城」「蝋人形館」はカバーが抜群に決まっている。いひひひひ。更に嬉しかったのはドイツ語版の2冊。どちらのカバー絵もなかなかなのよ、これが。因みに上が「剣の八」で、下が「囁く影」なんだそうな。全然直訳しとらんな。
このドイツの<梟叢書>からは少なくともあと6冊はカーの作品が出ているようなのだが、「皇帝のかぎタバコ入れ」「盲目の理髪師」「緑のカプセル」辺りは直訳(であ・かいざーす・しゅなっぷたばこどーず、とかね)でなんとなく原作が判るが、「ドッペルゲンガー」とか言われてもどの作品なんだか全然見当着きませんわな。うみゅう。そう考えると日本の題名ってのは結構原作に忠実だよねえ。一番、原題とかけ離れているのは「猫と鼠の殺人」あたりかな?あれもポケミス版の「嘲るものの座」だと、直訳だもんなあ。
カバー絵買いばかりでもなんなのでエド・レイシーを1冊買っておく。どことなく、ヤングアダルトのような軽さが伝わってくるサスペンスである。
なにはともあれ、個人的にはプチ血風気分。なんじゃかんじゃで買いすぎた2月を締め括るに相応しい賑やかさなのであった。
◆帰宅すると、愛娘はご機嫌。しかし寝かせようとすると泣く。結局、夫婦で御飯を食べ終わる頃には、日が変わっていた。それでも、可愛いものは可愛い。


◆「闇匣」黒田研二(講談社ノベルズ)読了
密室本。ショート感想。既に大家の貫禄すら出てきた暗黒悲劇。
地位も愛も勝ち得た主人公が婚約者とともに誘拐され、暗黒の部屋の中で、見下していた友人からの告発を受ける。闇は記憶の中の殺人を呼び起こし、沈黙の音が裏切りと復讐のバラードを奏でる。
被害者と加害者が目まぐるしくシャッフルされる展開の妙、気配りの行き届いた睡眠薬パズル、周到な伏線と鮮やかな逆転劇。醜女の深情けぶりには些かアタマを抱えるが、それは問うまい。S&Gの調べに乗せたこれぞまことの黒田節なのだから。


2003年2月27日(木)

◆普段は絶対お世話にならない目覚まし時計に叩き起こされ、昨日の日記をパス。
◆事業場のナンバー2に呼び出され、来期からの仕事の割り振りを聞かされる。
「はあ?」
どうやら私の場合、仕事が30割増しで忙しくなるらしい。
嘘でしょ。嘘だといって。ただでさえ育児で、ネットや読書に避ける時間が減っているのに、
この上、まだ減らせというの? 
言うんだろうなあ?
◆就業後、送別会。だが、送られる主が持病で緊急入院してしまい、ただの飲み会にチェンジ。最初から判っていれば、70ブックオフ節約できたものを。しかも二次会に連れ込まれ午前様。もうダメポ。へらへらになって帰ってきたら、娘もぐずっていた。


◆「悪徳警官」WPマッギヴァーン(創元推理文庫)読了
ショート感想。 裏世界と馴れ合いに飼い慣らされた悪徳警官が、潔癖さ故に命を奪われた弟の復讐に燃え改心回復する、とまあ、言ってみればそれだけの話である。二時間ドラマで映像化されるような汚れたヒーローものである。
だが、さすがにオリジナルは違う。例えば、酒の飲み方一つでキャラクターを際立たせる描写の確かさ、成り上がりの中ボス、アル中気味の情婦、悪徳警官がそれぞれにどう酒を飲むかを、その眼で確かめて欲しい。兄を憧憬の眼差しで追い続けた少年の夢がどう壊れていったのか?兄弟を知る神父が、兄をどう叱責するか、パターンと言ってしまうには余りに堂々たる書きぶりに唸る。結城昌治を手放しで褒める前に、まずマッギヴァーンぐらいは読んでおかなきゃ駄目だ、と再認識させられた。これぞ、アメリカ。
蛇足だが、中田耕治が訳者後書きで、自慢気にハードボイルドへの鎮魂を述べているが、この人の夜郎自大ぶりが見えて笑える。どっこい、ハードボイルドは死んじゃいねえぜ。


2003年2月26日(水)

◆大阪日帰り出張。無理矢理、萬字屋のサービス棚から1冊。
d「カトマンズ・イエティ・ホテル」河野典生(講談社:帯)250円
横尾忠則の装丁が大変お洒落な、奇妙な味系短編集。背アセだけと、帯付き美本がこの値段は破格かな。文庫落ちもしてないし。
◆帰宅したら、お風呂で茹であがった娘の裸身が、、、うーん、赤ちゃんだ。
娘を交替でだっこしながら、遅めの夕食。食べ終わる頃には「赤ちゃんをさがせ」が始まるのであった。一条刑事の情けない男役が嵌っていて笑える。オダギリジョーはクウガ以降すかした役が多いのにね。


◆「明智小五郎対金田一耕助」芦辺拓(原書房)読了
東西の名探偵たちのパスティーシュ集。結論から言えば「素晴らしい」の一言。本当に芦辺拓のパスティーシュは良く出来ている。確かにミステリマニアであれば、パロディの一つや二つは書けるかもしれないが、斯くも質の高い贋作を立て続けに世に送れるというのは、才能のみでも、愛のみでも不可能である。まさに、生まれてくるのが50年遅かった芦辺拓なればこそ可能な夢のコラボレーションである。
「明智小五郎対金田一耕助」<本陣殺人事件>前夜、金田一耕助は商都大阪にいた。向かい合わせに建つ老舗の薬屋。世代を越えた怨念が、名探偵の眼前に惨劇を招く夜、失われた顔が奇跡の逆転を呼ぶ。闇は「蔵の中」、「D町」で殺人事件は起きる。完璧。丁寧な虚構の勝利。明智は明智らしく、金田一は金田一らしく、不可能を可能にした力技に脱帽。ラストで新たな敵との対決に胸踊らせる明智の姿に涙せぬ者はおるまい。
「フレンチ警部と<雷鳴の城>」フレンチ主任警部夫妻が休暇中に遭遇した、不穏を孕む館。伝説が甦る夜、凶行は白の向うで起きる。Fで始まる巨漢探偵が墓場から電話を受け、不可能劇の幕は開く。ヤードはオールスターキャスト、探偵もオールスターキャスト。超絶。カーの世界に投げ込まれたフレンチ夫婦の戸惑いと健闘ぶりに拍手。そして、長年にわたるカーマニアの内輪受けを斯くも見事な不可能犯罪に結実させた手際に敬服。ああ、びっくりした。
「ブラウン神父の日本趣味」完全な密室殺人に挑むブラウン神父。ジャポニズムの部屋に封じ込められた策謀と<見えない人>の秘密とは?国辱ものの一発ネタを折り目正しい作品に仕上げた芦辺拓の努力に敬意を払う。二人の書痴のギャグはやや空回り。
「そしてオリエント急行から誰もいなくなった」ユーゴスラビアにも探偵はいた筈だ、という思いが見せたもうひとつの悪夢。アイデアのみの安易な幻想譚。
「Qの悲劇」二人のクイーンという設定をフルに活かした鮮やかなフーダニット。幕間狂言を演じる哲学者の存在までがメタである。ただラストのイリュージョンは余分。折角の論理のアクロバットが「なんでもあり」で希釈されてしまった。
「探偵映画の夜」マニアによるマニアックな蘊蓄がただただ嬉しい作品。トリックは有名な馬鹿トリックのバリエーションで、犯人も無理無理だが、このノリに免じて許してあげます。
「少年は怪人を夢見る」幾重にも織り成す変化の綾。孤児となった少年が悪に仕える時、物理法則を越えた否定は魔人を誕生させる。まあ、このラストしかあるまいと思っていたが、泣ける。いや、ホンマ。
お願いしますから、これでパスティーシュをやめる、なんていわないでください。


2003年2月25日(火)

◆天気もいいので定点観測。1冊を除いて安物買い。
「浦賀和宏殺人事件」浦賀和宏(講談社ノベルズ:帯)350円
「闇匣」黒田研二(講談社ノベルズ:帯)350円
「殺しも鯖もMで始まる」浅暮三文(講談社ノベルズ:帯)350円
「迷宮学事件」秋月涼介(講談社ノベルズ:帯)400円
「明智小五郎対金田一耕助」芦辺拓(原書房:帯)500円
「青い家」テリ・ホルブルック(ポケミス:帯)600円
「マドモワゼルB」Mポンス(早川書房)500円
開封はしてあるが応募券はついている密室本がズラリと並んでいたので、「座談会」本欲しさに4冊買う。殊能作品を買っているので、これで応募券は揃ったな。後は、忘れず申し込むだけである。「全部、メフィストでもってるもんね、欲しくないもんね」とは思っていたが、あとひと月で締め切り!!となると、なんとなく浮き足立ってくるところが小市民である。
芦辺本とポケミスは節約できると思わなかったなあ。それこそ30年前から新刊を古本落ちで買ってはいたけれど、最近の値付けって乱暴に安くない?昔は、3割引ぐらいだったと思うんだけどなあ。(>お前が云うな)
探究していたのは「マドモワゼルB」。幻想小説らしいのだが、持っているつもりが持っていなかった本。「マドモワゼル傑作集」と勘違いしていたのであった。この値段ならニコヤカに買えますわな。
◆もの凄く忙しいと思われるサイトの主宰者が酔狂にも一文にもならないボランティアをやっているらしく、なぜか寄稿の依頼を受ける。勿論こちらもタダ働きである。3月末締切といわれたが、速攻で送稿する。んなもん、タダの話に時間掛けてどうすんだ?


◆「悪魔のような女」ボアロー&ナルスジャック(早川書房)読了
それいけ恥かし読書<フランス編>パート2。これは昨年末の「恥かしベスト」の次点作品。実はこの作者も「買ってあるだけ、積んであるだけ」の作品が多い(というか半分以上がそうである)。余りにも有名なチーム作家の最初の作品。何度も映像化された、サスペンスの古典である。たまたま所持しているポケミスが分解寸前の初版だったために、外に持ち出す勇気がなく、今日に至るまで飾っておくだけの作品だった。中味は「これぞフランスミステリ!」といわんばかりの夫と妻と愛人に捧げる犯罪である。
物語が始まった時、陰謀者たちの企みは、既に動き出していた。莫大な保険金を掛けた連れ合いを葬る計画。愛人の女医の指示は沈着にして的確。うだつの上がらないセールスマンの0時間、浴槽に妻は眠り、罠の口は閉じる。だが、完璧な筈の計画は徐々に軋み始める。消える死体、配達される死者のメッセージ、肉親の扉を死者が叩く時、冷たい美貌も微笑を凍らせる。深まる疑惑、懊悩する愛情、慙愧のフラッシュバックの中、足音は近づく。物語が終わった時、まだ企みは半ばであった。
瑣末な日常風景を積み上げ、緻密な殺人計画の進行を緊張感を昂進させながら綴る手際は称賛に値する。悪夢のような展開と二枚腰の逆転も鮮やか。しかし、これ以降のフランスミステリの形を作った作品だけに、作者のやりたい事がよく見える。ひょっとして、フランスミステリというのは、永遠にこの作品を超える事ができないのではなかろうか?とすら思えた。もっと若い頃に読んで素直に驚きたかった傑作である。


2003年2月24日(月)

◆奥さんのお使いで、銀座のYAMAHAで、楽典の原書を探す。ここまで来てしまったので八重洲まで脚を伸ばして、古書館チェック。300均でダブり買い。
d「世界ミステリ全集9」ボアロ&ナルスジャック、シムノン、シナモン(早川書房:函)300円
シムノンの「メグレの回想録」はHMMの連載以降、これでしか本になっていない作品。とりあえず、函がついて300円なら安い買い物。丁度「悪魔のような女」を読まなきゃなあ、と思っていたところだったので、タイミング良し。
◆帰宅して娘の相手。今日は朝からブーたれが続いているらしい。ううう、君は何を訴えているのだ?教えてくださいませんか?
奥さんもバテバテ。ひがな一日、授乳しながら「フタゴサウルスの襲来」を読んで、「これに比べればまだウチはマシ」と自分を言いきかせていたらしい。はあ、まだ3日目だよ。


◆「黒白の旅路」夏樹静子(講談社)読了
白状しよう。この作者も「Mの悲劇」と「家路の果て」ぐらいしか読んでいない。後は精々「火曜サスペンス」で女検事シリーズをみた程度である(鷲尾いさ子じゃなくて桃井かおりの頃ね)。せめて「蒸発」ぐらいは読んでおかないといけないのだが、不運にも何かの本でネタバレされてしまい、なんとなく遠ざかっていた。さてこの作品はミステリの文法を巧みに抒情サスペンスの中に昇華した中期の代表作。週刊小説に連載されたらしいが、いかにも先を読みたくさせる<引き>の連続である。
父の愛を失ったと落ち込む女子大生が夜のバイト先で知り合った実業家から心中を持ち掛けられる。伊豆の山中で睡眠薬を呷る二人。そして眠りから覚めた女は、相方が刺殺されている事に気付く。一体、誰が何のためにこれから死のうという男をわざわざ殺したのか?派閥に悩み、経営難に追い込まれ、形だけの夫婦仲に疲れ、事故死させてしまった幼児の遺族から死の脅迫までも受けていた男。多すぎる容疑者を、孤独な逃亡者が追い始めた時、黒と白が交錯する旅路の幕が開く。
被害者の過去を追ううちに、闇が深まっていくという「火車」的展開が堪らない。上手いね、この人。次々と起きる現在の殺人、そして過去の殺人。そのうえで、ミステリとしての大技に真っ向から挑んでくる。非常に惜しむらくは、その大技を律義に説明してしまったところ。連載という制約の中では、致し方なかったのか?それとも、あえてこの逆転を捨て石に使ったとすれば、その意気や良し。大人だ。


2003年2月23日(日)

◆すべて赤ちゃん中心に世界が回り始める。
◆朝から図書館へ行って取寄せを頼んだり、育児書も含めて何冊か借りてみたり。
◆午前中から午後にかけて娘のご機嫌は持続。夕方、はじめてこちらの家で沐浴に挑戦。湯温の調節だけでも一苦労である。赤ちゃんが寝ている間に、奥さんは一ヶ月ぶりに自宅での台所仕事。次々と冷蔵庫から発掘される「ミイラ死体」や「腐乱死体」。かあちゃん、ゴメン。


◆「アメリカミステリ傑作選」Sグラフトン選(DHC)
折角定価で買ったので、空き時間を使って1日に1,2編ずつ読んできたアンソロジー。二つ目の作品がどうしてもダメで往生した。こういう作品を採る編者のセンスにはついていけないと感じる。何も個々までミステリの定義を広げなくてもなあ。以下ミニコメ。
「養育費」(デイヴィッド・バラード)賭け事好きの男の嵌った罠。犬がいて、子供がいて、そして哀切だ。
「月にかけて誓うなかれ」(スコット・バーテルズ)全編こリ、ラリッた語り。こりってミステリ?
「ケラー、窮地に陥る」( ローレンス・ブロック)再読。MVA短編部門賞に輝く名作。鮮やかなキャラクタたちの織り成すプロフェッショナルの物語。導入部・展開部・鮮やかな結末と非の打ち所のない一編。
「隣人」(メアリ・ヒギンズ・クラーク)「隣の青ひげ」譚。いかにもこの作者らしいサスペンス。手堅過ぎて、物足りないというと贅沢か。
「過去からの声」(メリル・ジョーン・ガーバー)小説家志望の鬼才と凡才。その光と影の交錯を切り取った佳作。ミステリだとは認めたくないが、エリンあたりの逸品を思わせる格がある。
「老スパイクラブ」(エドワード・D・ホック)再読。過去の汚点が甦る時、殺しの許可書もそこにある。老境のランド、フーダニットに挑む。まあ作者の標準作。
「犬と呼ばないで」(パット・ジョーダン)気の利いた男女ペア+一匹のクライムストーリー。これは拾いもの。
「ミリアムを探せ」(スチュアート・カミンスキー)失踪した若妻を探せという富豪の依頼。ありきたりの事件が騙し絵のように覆る異色作。へえ、これはビックリ。
「秘密」(ジャニス・ロウ)上昇志向のキャリアウーマンの封印された記憶の匣。語り口だけで構成したサスペンス。捻りのなさにむしろ驚く。
「スマトラの大ネズミ」(ジョン・T・レスクワ)題名から起こしたホームズ・パスティーシュ。ページ数の割に大きなネタを扱いすぎ、やや語り急いだ感あり。
「闇にうごめくもの」(ジョン・ラッツ)釣り竿一本でワルどもと渡り合う調査員の活躍。ワニの描写もなかなか。
「判決嘆願書」(マーガレット・マロン)探偵が犯人のアリバイを証明してしまうフーダニットの良作。少ない登場人物でよく頑張りました。
「囚人たちの医者」(ジェイ・マキナニー)小さな世界の小さな狂気。閉じた望みの中で生命が閉じる。奇妙な味系だが、口に合わなかった。
「黒い犬」(ウォルター・モズリイ)情けは人のためならず。黒いものへの思いやりが黒い者を救う法廷ミステリ。登場人物たちのへらず口に乾杯。
「神の思し召し」(ジョイス・キャロル・オーツ)祖母の失踪にこだわり続けた孫娘の述懐。粘着質な書き込みが味だが、ミステリの妙味に欠ける。
「ローズ・コテージのご婦人たち」(ピーター・ロビンスン)オールド・ミスたちの秘密に迫るビブリオ風味の異色編。のどかで邪悪でしみじみとしている。
「退院十二日目」(デイヴ・ショウ)訴訟王国アメリカの当たり屋が、予期せぬ犯罪に巻き込まれた時、何が起こったか。軽やかに笑える一編。題名を始めセンスの良さが嬉しい。
「暗示の威力」(ヘレン・タッカー)奥様は魔女だったのでしょうか?短編ミステリの見本のような夫と妻という名の魔女に捧げる犯罪。
「お持ち帰り」(ドナルド・E・ウェストレイク) FBIの張り込み捜査員がバーガーショップで遭遇した災厄の顛末を綴ったユーモア小説。肩の凝らない名人芸。
「それからの彼女の人生」(スティーヴ・ヤーブロウ)父のよる母殺しの証言者となった少女のトラウマの記録。過剰なカットバックが読者を選ぶ実は普通のクライム・ノベル。


◆「フタゴサウルスの襲来」かんべむさし(中央公論社)読了
思いがけず双子が生まれてしまったSF作家かんべ家の地獄の1年間を、当時のメモをもとに再現した子育て記。生真面目なドキュメンタリーであり、ユーモラスな標題からハチャハチャエッセイを期待すると面食らう事になる。個人的には、自分が父親になるという自覚を欠いていたため、数あるかんべむさしの著作の中でも、まず読む事はないだろうと思っていた本である。が、育児書を読まなければならない立場に立つと、逆に馴染みのある作者の本から手にとりたくなるもので、とりあえず、父親修行の入門編として、愛娘の横で寝転びながら、読んでみた。
一読絶句。これは、恐ろしい手記である。なまじな「お約束ホラー」よりも怖い。貴方には、想像できるだろうか?
一人だけでも持て余す<妖怪『泣き赤子』>が、自宅に二人もやってくるのだ。
片方が泣き出すと、寝ていた筈のもう片方も、ぎゅあーん、ぎゅあああーんと泣き出すのだ。
競うように、声を嗄らしながら泣くわめくのだ。それも、一晩中。それも、毎晩毎晩。
そして、何故泣くのかが判らないのだ。
親たちは自意識を喪失した奴隷の如く、手製のゴロゴロを前へ後ろへと動かし続けるのだ。
累積する疲労、慢性化する睡眠不足、不協和音を奏でる夫婦仲、磨耗する情愛、喪失する記憶、
これぞ、生き地獄である。
外から見れば「まあ〜、可愛い双子ちゃん!!」と羨望の的となる家庭のナマの姿がここにはある。作者は、フタゴザウルスの泣きわめきの歴史と親たちの疲労困憊ぶりを、くどい程克明に描く。その真実を通じて、はからずも双子の親になってしまったお母さん・お父さんに「貴方たちだけがダメなのではない、みんな死ぬ思いだったのだ。安心して苦しみなさい」という<戦友>としてのエールを送らんがためである。
「双子の観察記録が書けるではないか」と喜んだとかいう星新一の作家魂や、この逆境の中で、「笑い宇宙の旅芸人」「孤冬黙示録」等の代表作を世に問うた作者の胆力にも敬意を表する。が、やはり、「お父さんは偉い!お母さんはもっと偉い!!」と素直に感じ入った次第である。ああ、うちは、ふたごでなくてよかった。(しみじみ)


2003年2月22日(土)

◆赤ちゃんが来た。
◆午前中、整理しながら、暖房機をフル稼動させて、部屋を温める。昼前に新たに買ったベビー布団一式とともに、奥さんの実家でお世話になっていた時の生活物資一式が到着。そして凱旋将軍のように、赤ちゃんがやってくる。幸いご機嫌麗しく、よく寝てくれる。義父母さんと昼食。午後から一ヶ月検診へ。結果は「順調」だった由。その間、私は追加で必要になったものを買い出しへ。本屋を覗いている余裕などない。ベビー布団に大き目のものを買った事もあって、初日はとりあえず、私と母娘は別室で寝る。昼間順調だった反動を恐れていた夜も大過なく、順調すぎる幕開け。


2003年2月21日(金)

◆朝寝過ごす。うわ、7時だよ。
◆茗荷さんの薔薇小路とげまろネタ、上手い!!!あたしゃ本家を聞いたことないんだけど、こんな感じか?
「何せ、本格が廃れてた時も本格を売ってきた、昔の友達の昔語りを、足でかせいで、掘り出して、出版社まわって売ってくる。本格のぎょーしょーとよばれたましたよ、そりゃあね。
「とにかく人気者ですよ。ええ、流行る時はドッと出る。25年前には角川文庫と立風書房で同じ本が出ちゃう。で、同じ頃に絶版になる。これが交互に出続けてると<おなかいっぱい>になっちゃうんだけど、一緒に切れてるから、高級感が維持できる。寡作・絶版は良心的・傑作の代名詞だと勘違いしてくれちゃいますからね。ものぐさで、マニア受けなだけなんだけどね。
で、出る時はドっとでる。本棚は鮎哲ドット混む。双葉社と創元から同じ本が出る。光文社と創元から同じ本が出る。負けてなるかと出版芸術社と創元から同じ本がでる。なあんだ創元は、同じ本ばっかり出してるね。それも後追いで(笑)扶桑社が「白の恐怖」出してくれれば、創元も「白樺荘事件」を出してくれるかな(大笑)」
◆吉野仁さんが仁賀克雄に噛み付いておられる。なんだかなあ。シャンブロウの翻訳やロバート・ブロックを精力的に紹介してくれた功績は高く高く評価しておるのですが、ドストエフスキーに小林秀雄かあ。ワセミスの中の人も大変だろうなあと小一時間。
◆一駅途中下車して定点観測。三軒あるうちの一軒の古本屋が潰れていた。新古本でそこそこ美味しい思いをさせてもらったお店。付近にブックオフが出来たとかいう気配もなく、後継者がどうとかいう気遣いもなさそうなリサイクル系のお店だったのだが、潰れる時には潰れるんだねえ。一冊だけダブり買い。
d「月あかりの殺人者」Fディドロ(ポケミス)90円
状態はよくないが、600番台の効き目の一つがこの値段なら買いでしょう。
◆通い夫の夜。明日から、我が家に赤ちゃんが引っ越してくる準備のため、散らかり放題。


◆「マイ・フェア・レディーズ」トニー・ケンリック(角川文庫)読了
久しぶりのトニー・ケンリック。実はこの作家も3冊目までしか読んでいない。「殺人はリビエラで」「スカイジャック」「リリアンと悪党ども」、いずれも軽快なタッチで描かれたそのジャンルに名を残す傑作揃いだった。この4作目も角川の復刊ラインナップ3冊に入ったからには、「スカイジャック」「リリアンと悪党ども」並みに面白いのかと思い、手にとってみた。
コンゲームの首謀者は口八丁手八丁の新聞記者レディング。伝説の故買屋が愛人の娼婦ロイス・ピンクに遺した80万ドル相当の宝石を掠めとろうと、失踪した「愛人」をでっち上げようとする。その条件は、英国淑女の教育を受けた娼婦であること。準備万端臨んだ第1ラウンドは、「愛人」の正体を、宝石の預かり主に見破られ、あえなく失敗。だが、気のいい娼婦マーシャの協力を得た主人公は、娼婦に淑女の教育を施すのではなく、淑女の教育を受けた英国女性を娼婦に仕立て上げるという逆転の発想に思い至る。果たして数々の不可能はどこまで可能となるのか?横溢するユーモア、タフな駆け引き、騙し騙され、殺し殺され、スペインの雨の平野に降る、ソニーの電飾は路上に降る。
失敗を恐れず次々と大胆な奇手を考案しては実行に移していくレディングの執念に脱帽。この才能を本業に活かせば、もっと出世できるのではなかろうかと思えてしまうほどにマメである。加えて、主演女優ジェニファーの聖女ぶりと性女ぶりの落差にドッキリ。更に小股の切れ上がった助演女優マーシャも印象深く、なるほど小洒落た大人の読み物である。だが、職業的な犯罪者たちとの命のやり取りは、主人公たちにとって刺激が強すぎたようで、許容限度を越えた果てに迎えた結末は、これまでの3作にはない忸怩たるホロ苦さに彩られている。二回捻りのツイストは、さすがケンリックだが、「犯罪は引き合わない」という最後の一線へのこだわりが爽快さを奪ってしまった。もっと背徳的でもよかったんじゃないのかな?序盤の駆け引き、中盤のツイスト、クライマックスの疾走感と申し分なかっただけに、このエンディングは残念。


2003年2月20日(木)

◆途中下車して、安田ママさんの勤務先へ。ハヤカワの最新文庫カタログを取りおいて貰っているのである。そのまま、カタログだけ貰ってくるのもなんなので、いずれ買わなきゃいけないお買い物を2冊。
「創元推理21/2003年春号」(東京創元社)700円
「007/ゼロ マイナス テン」レイモンド・ベンスン(ポケミス:帯)1100円
創元推理21は終刊号。やはり鎌倉の御前と喜国さんを入れた鼎談が同世代感覚で愉しい。天藤真の絶筆一挙掲載も書誌的には意味があるだろう。死後合作の企画がかなりの段階まで進んでポシャッていたとは知らなかった。編集者が礼を失すると、読者が割りを食うという例ですな。草野唯雄が補筆したもう一つの遺作「日曜日は殺しの日」の出来はともかくとして「とりあえず【物語】が完結する事に慣れている」推理小説ファンとしては、未完というのは残念としか言いようがない。
ポケミスはまだ2冊買わなきゃ追いつかないぞお。実は、007シリーズも恥ずかしながら1冊も読んでいないのである。だいたい、あれって映画で見るべき話だとは思いませぬか?いずれ前から読んでいくにしてもこの本にたどり着くには、まだまだ随分と時間が必要である。時間は、ノット・イナフである。読むのは、アナザー・デイである。
買い物かたがたレジでお願いして、取りおきのカタログ2冊(ハヤカワ文庫とポケミス)を無事ゲット。安田ママさん、ありがとうございまする。文庫カタログは年を追うごとに薄くなっているような気がするなあ。生まれる以上に死んでいるという事なのかな?少「紙」化現象?SFも数が出ているようで(上・下)ばっかりでカタログのページ増には貢献していない。「黒と青」や「ベウラの頂」級が文庫落ちしたらどうなっちゃうんだろうね。
◆調べもので別宅へ、タッチ&ゴウ。疑問の一つは解消する。ついつい「創元推理」をパラパラと創刊号から立ち読みしてしまう。終刊号で、貫井氏らが懐古しているのが不思議だったが、なるほど、随分と歴史である。「大量死」なんてのも、ここから始まったんだね。要は、東京創元社の日本もの路線の歴史であり、探偵小説研究会の発祥の地だったてわけだ。
◆通い夫して、娘に遊んで貰う。おおお、なんか言い始めているぞ。面白れえ。


◆「ありあけ ビッグサイト」(SF春秋社:私家版)読了
コミケが好きである。その熱気は勿論、その幼さ、猥雑さも含めて愛していると言ってよい。一体、世界のどこに、ビッグサイトクラスの展示会場を借り切って、年に5日も行われる同人誌展示即売会があろうか?宇宙一の同人誌即売会と言っても過言ではない。異議のある宇宙人は、サークル入場券を添えて申し出るように。そのコミケを舞台に、あの伝説の少女が還ってきた。思わずネーミングセンスに嫉妬する噂の同人小説は、こんな話。
地球生命の30億年の記憶を背負った少女・エマノン。お約束のファースト・コンタクトは、歪んだ時空への入り口。溢れる饒舌、浪費されるメモリー、複製される魔法王女。そして、むかし海だった場所で、饗宴の幕は開く。
さかしまコスチュームプレイ、
ぎょうれつウレセンサークル、
うつせみラブアフィア、
おわらいメタエスエフ、
ここは、ありあけビッグサイト。
「われをとおりてなげきのまちへ、われをとおりてとわのばつ、われをすぎればつみおおき、じごくのたみのつどうまち、なにもわれよりさきになく、なにもわれよりあとになく、いっさいのきぼうをすてよ、わがもんをすぎるもの」
コミケでは貴方の悲鳴は誰にも聞こえない。

正統派エマノン・パスティーシュでありながら、オタッキッシュなハチャハチャ小説でもある快作。まさに「骨を切らせて肉を断つ」捨て身の読み物。いやあ、同人小説は斯く在りたい。先日、銀河通信オンラインの掲示板での湯川・ダイジマン両氏のカキコでその存在を知り、この日記で「読みたいよう」と愚痴ったら、作者ご自身から「1冊余ってますけど」とお譲り頂けたもの。うーん、ネットやっててよかった。カジシンの手塚パスティーシュよりも笑えます。はい。ありがとうございました。