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2003年2月19日(水)

◆そうかっ!!原書SF読みの湯川さんは「Tits Critic」でもあったのか!!益々親近感だにゃあ。おらあ、英国Page3系がいいなあ。Zoe Leeとか(ふっる〜)
◆昨日、娘と遊べなかった鬱憤を晴らすべく速攻で帰宅。購入本0冊だ、おらあ!と思ったら、SF春秋社の方から素敵な冊子が届いていた。
「にせものエマノン ありあけビッグサイト」氏飼文緒(SF春秋社)頂き!
銀河通信オンラインで「限定20部の超レア同人誌!」と話題沸騰のエマノン・パスティーシュ。先日この日記で「読みたいよお」とぼそっと書いたら、製作者御本人から「一部だけ残ってますが」とお譲り頂いてしまったのであった。
これは、嬉しい。大矢博子女史のように巨乳の谷間に挟むわけにはいかないが、とりあえず捧げ持って猫じゃ猫じゃを踊る。ありがとうございますありがとうございます。この御礼はきっと必ず。
それにしても「ありあけビッグサイト」というネーミングのセンスに驚嘆していたら、「にせものエマノン」だよ。うーん、これはもう完全にやられました。恐れ入りました。直ぐに読ませて頂きます。
◆郵便物がもう一つ。こちらは本の雑誌社から。新宿の紀伊国屋で、「本の雑誌フェア」をやるにあたって、執筆陣が「俺ならこの本を売る」と3冊の現役本を推薦する、という企画があった事は、以前の日記でもご紹介したが、その原稿料代わりに、「執筆陣のオススメ」という冊子を営業の杉江氏が送ってくれたのだった。それぞれにリキの入ったセレクションにコメントが嬉しい。まあ、そのうち本誌で紹介されるのかもしれないけど、ちょっと特した気分。ちなみに、私の選んだ3冊とコメントは、以下の通り。


<もっとも愛らしい刑事に萌えろ!ベイブ警察>
「刑事ぶたぶた」矢崎存美(徳間デュアル文庫)

<古書だったらウン十万円。戦前唯一の本格推理作家>
「とむらい機関車」大阪圭吉(創元推理文庫)

<カーの裏ベスト、カバーはベスト>
「囁く影」JDカー(ハヤカワミステリ文庫)


どうです、順当な線でしょ?
◆MYSCON4の参加者名簿で、よくいくサイトに拙サイトを挙げてくださった皆さん、ありがとうございました。MYSCONには行けませんが、いつもながら励みになります。
◆通い夫して、娘をお風呂にいれたり、だっこしたり。もうデレデレ。
◆BSで放映されていた「ピーター・フォーク自らを語る」を録画。本来、役者は役を演じていればいいと思うので、自分語りは好きではないが、やっぱり、この人だけは私にとって別格。録画できてよかった。


◆「SFバカ本 人類復活編」岬兄悟・大原まり子編(メディアファクトリー)編
なにやらこれはこれで安定感のある書下ろしアンソロジーシリーズ。出版社を替えて3冊目がこれ。帯が凄いぞ。「20世紀の最高傑作!」横に吹き出しで「エッ、もう21世紀じゃん……」。あはははは。
「蛇腹と電気のダンス」(北野勇作)粗大ゴミを拾うのが生き甲斐になってしまったOLの凄絶な夢物語。いつもの北野節に上方漫才のパワーまでが注入されて、妖しいまでの爆笑譚に仕上がっている。掃き溜めにつるつるでっせ。
「皮まで愛して」(草上仁)強引な艶笑譚。えっちの描写はさすがだが、これはなんぼなんでも。
「床下世界」(岬兄悟)床下三寸に迷い込んでしまった男の闇の中の彷徨をのほほーんと描いた悪夢的幻想譚。こちらも強引な話ではあるが、着地を上手く決めており、まんまと読まされてしまった。
「片頭痛の恋」(矢崎存美)「偏」頭痛ではないかとは思うのだが、ぶたぶたの作者の持病をネタにした抒情譚。あまり頭痛という必然性がなく、<夢に出てくる人>という手垢の着いた展開の域を出ていない。この作者にしては、やや練り込み不足の印象。
「キャッツ・マター」(小室みつ子)人間の脳を支配する謎の音楽。その陰謀に挑む猫たちの物語。これは猫好きには堪らない話である。山田正紀の「宇宙犬ビーグル号」の裏返しのような快作。SF専業でない人だから、懐かしいSFが書けるという好例。
「ベルサイユでポン!」(高瀬美恵)大傑作!!!!なんとマリー・アントワネットは麻雀に嵌まっていた!!フランス革命前夜の狂気を活写した雄編。笑い殺されるかと思った。
「デボロン人の物語(ブチッ)」(大原まり子)吾妻ひでお風のぐちょぐちょにゅめにゅめした大人の童話。ぐるっと回ってデーボデボ。及第点をあげます。


2003年2月18日(火)

◆都内出張のついでに会社の近所の古本屋で1冊。
「大学のつむじ風」城戸禮(春陽文庫)100円
こんな買い物一つでなんとなく幸せな気分になれるんだから安上がりなもんである。現役本の頃は見向きもしなかったのになあ(遠い目)。
◆会社の売店の書棚の前で、同じ職場の元気娘から
「何か面白い本、ないっすかあ?」
と尋ねられる。いや、私の趣味は偏ってるからなあ、20代の女性に薦められるような本はなあ、と躊躇する。
「どんな傾向?」と聞けば
「今、新宿鮫6冊目まで、読んでるんすけど」とのこと。
おおお!そうか!君は推理小説を読むのか?!思わずアドレナリンがあがる。
「なんだっけ、『炎蛹』の次だよな、えーっと氷雨じゃなくて」
「えー、ほら!んー、なんで読んでる私が思い出さない」
「『氷舞』!」
「そう!それっ!」
と盛り上がる。
「んー、でも2作目が一番よかったっす」
「ドゥ・ユアン」
「?」
「毒猿でしょ」
「そうそう、あの殺し屋がチョー格好いい」
となれば、話は早い。「これ号泣もの」といって「亡国のイージス」を薦めることにする。
「泣くんですかあ?」
「そう!もうわんわん泣く」
そうなのだ、買え!読め!読んで泣くのだ!!
◆ダラダラ残業。氷雨も降っていたので通い夫をパス。電話越しに愛娘の元気な泣き声を聞く。おお、よちよち。「亡国のイージス」でも読んだか?読むわきゃないよな。


◆「札幌・オホーツク逆転の殺人」深谷忠記(カッパノベルズ)読了
実は、結構<黒江壮&笹谷美緒>シリーズのファンだったりする。初期の壮大な一発メカ(バカ)トリックには随分と楽しませて貰った。80年代後半はアリバイトリックといえば、この人だった。しかし、一人の作家がそうそう幾つも驚天動地のトリックを思いつけるわけもなく、やがて平板なサスペンスに堕した作品の率が上がってくる。特に「花」を題名にあしらった作品はトホホである。で、このお話はといえば、数々の名作を世に問うてきた「逆転」シリーズの名には価しない残念な仕上がり。最初から「花」シリーズで出してもらえれば、期待しなかったものを。
日本エンタテーメント大賞を受賞した新人作家・鳥海昌夫が連絡不能となり、その一ヶ月後、黒焦げ死体となって発見される。担当編集者となった笹谷美緒は、鳥海から賞金500万円を託された元恋人・坂本留美の訪問を受ける。鳥海の過去を追う捜査陣は、彼が少年時代に犯罪を犯していた事を知り、当時の共犯者に容疑の目を向けた。だが、その時既に、復讐と清算の交錯は始まっていた。北海道と東京を結ぶ殺意の増殖。蹂躪者たちに死の裁きが下る時、壮の仮説が一本の補助線を引く。
一昔前の深谷忠記であれば、小ネタにしか用いないトリックをメインに据え、抒情のふくらし粉でごまかしたルーティン作。余りの底の浅さに、黒江壮は「考える人」になっている暇もない。もう、このシリーズも終わってるのかなあ。山前さんも「異色の展開、驚愕のラスト」なんぞと持ち上げてる場合じゃないぞお。


2003年2月17日(月)

◆Murder by the Mail に払込み。今月ははっきり言って本を買いすぎ。ううむ、小遣い口座の貧乏がこじれてきた。いっちょダブリ本でも売っぱらいますかね?
◆就業後は、週末のイベント疲れでどこにも寄る気力が湧かず、まっすぐに通い夫して、娘を抱っこして和む。


◆「濡れた心」多岐川恭(講談社)読了
それいけ恥かし読書。乱歩賞ぐらいは読んでおこうと思いながら、ここ数年の近作を別にしても、西東登だの、藤村正太だの、西村京太郎だのといったところがまだ読めていない。多岐川恭については、一昨年あたりから、「変人島風物誌」や「異郷の帆」で、その本格魂に触れ、ようやく「読まず嫌い」を脱したところ。個人的には「お楽しみはこれからだ」な作家の最右翼である。このクラスの作家は、やはり文格が高いというか、文書技法が一定水準に達していることから、実に安心して読める。この作品でも、全編を登場人物たちの「日記」で綴るという冒険を難なくこなしている。これは凡手が真似をすると、茶番にしかならない技法だが、さすが多岐川恭、この第二長編からその力量を遺憾なく発揮しているのであった。少女達の多感な内面を叙情豊かに描いた「桜の園」的ミステリであるが、さりとて叙情に流される事なく、事件現場の見取り図や地図もついた、いかにも推理小説な心配りが嬉しい作品でもある。ただ、あまりにも堂々たる少女小説であるがために、ギルティーあたりから出ている特殊マニア向けアドベンチャーゲームの設定そのものといえなくもない。深川拓さん的にはこんな話(かもしれない)
【女性キャラクター】
「御厨典子」女系一家の一粒種として何不自由なく成長しながらも、乙女らしい屈託を抱えた美少女。本人がそれと気づかぬうちに男女を問わず周囲の人間の恋情を掻き立てずにはいられない儚さの持ち主。「寿利」に恋心を抱いている。
「南方寿利」スポーツ万能の元気娘で、中でも水泳が得意。抜群のプロポーションと健康的な美貌で学園の人気を「典子」と二分する。「典子」に恋心を抱いている。
「小村トシ」典子の友人。病弱なため2年進級が遅れるが、その怜悧な知性と潔癖さで、教師すら圧倒する優等生。兄は現職の刑事。本人は産婦人科医師を目指している。
「御厨賤子」「典子」の母。若くして夫を無くしながらも、貞節を守り続けてきた日本的美人。高校生の娘がいるとは思えない瑞々しさを母という器に封じ込めた健気さが男の獣性をそそる。亡夫の友人・鷹場傭次郎とは結婚以前からプラトニックな関係にある。
【ストーリー】
あなたは【情熱的な英語教師】【野心家の書生】どちらかのキャラクターを選択して、「御厨典子」の心を支配するのがゲームの目的です。ただ「典子」に迫るだけでは、彼女の心を捉えることは出来ません。他の女性キャラクターを攻略し関係を重ねながら、あるいは、「拳銃」や「制服のボタン」といったアイテムを効果的に使って、ライヴァルを退けながら、「典子」の内面を揺さぶることが必要です。
尚、ゲームの途中に殺人事件が起きます。あなた自身が被害者にならないように、注意深くプレイしてください。貴方が殺されると、そこでゲームオーバーとなります。

というようなお話である。多岐川先生ごめんなさい。

推理小説としてのメイントリックは、アンフェアの部類。関係者全員が日記を書いているというのも、普通に考えると不自然。それでも、この書に描かれた娘らしい恋心のゆらぎは懐かしくも美しい。マルチアングルでお楽しみください>まだ云うか、この口は!!


2003年2月15日(土)・16日(日)

◆初めての内孫の祝いに実家から両親が上京。お雛様も飾って無事の誕生を寿ぐ。もう、食べる食べる、呑む呑む。笑う笑う。話す話す。二日酔になる。
◆両親を東京駅まで送っていったついでに八重洲古書センターを覗く。先日どかんと置いてあった別冊宝石が通常棚に移動していたが、まだコストパフォーマンスの良い本が残っていたので、1冊だけ拾う
d「別冊宝石 アメリカ現代三人集」(宝石社)300円
抄訳とはいえ、クエンティンのダルースもの「Puzzle for the Puppets」や、フェーベ・アトウッド・テイラー、ロックリッジ夫妻の長編が3つ入って300円はお買い得。所持本を傷めないよう、自分の読書用に確保する。勿論、このあたりの作品も買うだけ買って読んでない口である。あとは百均で1冊。
「暗黒星雲」Fホイル(法政大学出版会)100円
ひょっとしてこの本は現役本かな?まあ、100円だし。
◆雨のそぼ降る中を一駅途中下車して、ブックオフ定点観測。
「切り裂き魔ゴーレム」(新潮社:帯)950円
「雪虫」堂場瞬一(中央公論社:帯)100円
「展翅蝶−昭和80年、夏−」東野司(エニックス)100円
「SFバカ本 人類復活編」岬兄悟・大原まり子(メディアファクトリー:帯)100円
「塙保己一推理帖」中津文彦(光文社カッパノベルズ)100円
「札幌・オホーツク逆転の殺人」深谷忠記(光文社カッパノベルズ)100円
「千の夜の還える処」ひかわ玲子(富士見書房:帯)100円
「切り裂き魔ゴーレム」の半額以下が嬉しいところ。どうやらこのお店のルールでは、950円を価格の上限にしている模様である。いわば千円均一ですな。
◆帰宅すると、またまたamazonで買った本が届く。
「A Maze of Murders」C.L.Glace(Headline Minotour)2402円
ドハティーの別名義のシリーズ。薔薇戦争時代を背景にして、キャサリン・スゥエインブルックなる女性が探偵役を務めるシリーズの第6作。今月出版のバリバリの新作である。ちょっと洋書買い過ぎかも。
◆見るとはなしにWOWOWで録画しておいた「修羅雪姫」を視聴。
日本映画離れしたアクションが凄い。釈も「スカイ・ハイ」のおひきずりさんなんかより、身体はった演技がいいぞ。ただ、アクション以外の立ち振る舞いが隙だらけで、これが天性の殺戮マシーンの動きか?とやや不満を残す。架空世界の設定は気合が入っており、リドリー・スコット調というか、オネアミスっぽいというか、どこか歪んだ風景(電車とか、高層ビルとか)も吉。しかしストーリーがその設定を生かしきっていないのが残念。号泣が次に繋がらないプロットも爽快感に欠ける。思いっきり省略してもいいから、ラストは「佐野史郎の生首を三白眼でねめつけ、足蹴にする釈」みたいなカットで終わって欲しかったですのう。釈ファンは必見。


◆「夜汽車はバビロンへ」Jハッチングス編(扶桑社文庫)読了
「ホール・イン・ツー」(ラルフ・マキナニー) 誰が口うるさい日曜ゴルファーを吊るしたのか?どこにでもいるグリーン上の問題児がホールインワンを達成した時に堪忍袋の緒は切れる。ミスディレクションと伏線の妙に唸る爆笑もののフーダニット。人を呪わば穴二つ。
「引きまわし」(アンドリュー・ヴァクス)うすのろ容疑者を預かった刑事の晴れ舞台。徐々に明らかになる設定に一言で幕を引くエンディングが憎い。へえ、ヴァクスってこんな話も書くんだね。
「銀幕のスター」(ジャニス・ロウ)狂暴な夫から逃げ出した妻が、逃亡の果てに見たカーテンフォールとは?追う者と追われる者の逆転が鮮やかな、クライムノヴェル。上々の夫と妻に捧げる犯罪。まだ、こんな手があったのか。
「名もなき墓」(ジョージ・C・チェスブロ)格闘技の天才にして、実業家。中国黒社会から逃げ出した小さな命を救うため、男は単身、虎穴へと乗り込む。圧倒的な暴力描写で、ベトナム戦争後のロビン・フッドを描いた快作。でも、推理小説ではないよな、これって。
「衣装」(ルース・レンデル)買い物依存症のキャリア・ウーマンの葛藤を抉り出した短編。次々と着もしない服を買いあさる女性の描写が圧巻。ミステリという範疇からは外れるような気がしなくもないが、それなりにスリリングではある。
「石の家の悲劇」(ジェレマイア・ヒーリイ)博愛の意気に燃える司祭が惨殺される。人一倍、更生に熱心だった聖職者に隠された秘密に迫る私立探偵ジョン・カディ。短い中にアクロバティックな犯人当てを仕込んだPI小説。このまま2時間テレフーチャーの原作になります。
「追憶」(キャロリン・G・ハート)名家で数十年の時を超えて繰り返される謎の盗難事件。やや、退屈な話ではあるが、すべてを見通す老女探偵ヘンリーOの目の優しさに感じ入る。
「この葬儀取りやめ」(レジナルド・ヒル)この作品集のベスト。繰り延べになった遠方からの死体の葬儀。皮肉な偶然は、棺に仕組まれた陰謀を墓場への導く。灰は灰に。ツイストの連続を堪能できる逸品。誰かと思ったらヒルじゃないか。
「キリストの涙」(ケイト・ウィルヘルム)女流SF作家が描くトレジャーハンターもの。実に頭の良いコンゲーム小説でもある。百年前の僧侶たちとの知恵比べと、恨み重なるギャングとの駆け引きが並行して進む妙。中篇だが、長編並みのアイデアとプロットをぶち込んだ贅沢な作品。これぐらい書かないと一人前のエンタテイメントじゃないんだねえ。脱帽。
「夜汽車はバビロンヘ」(レイ・ブラッドベリ)夜汽車の無聊を慰めるイカサマカード使い。どこまでも不器用な男は、自縄自縛の罠に落ち、悪夢の中をクイーンが舞う。心理的に追いつめられていく主人公の葛藤がお見事。これはブンガクしてます。
「無宿鳥」(ジョン・ハーヴェイ)「あの男はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です。」「はい」みたいなお話。いいねえ。
「ルミナリアでクリスマスを」(ジャネット・ラピエール)押売りされた好意に光をもて報いよ。一人暮らしの老女のたのしみが増えた年。誰かの命が消えた冬。どこへ転がるか判らない残酷なクリスマス・ストーリー。


◆「呪われた週末」Pクエンティン(宝石社)読了
クエンティンのダルース夫妻シリーズだが「俳優パズル」ばりの本格推理を期待すると、肩透かしにあう。だがこれはこれで、時代の風俗を巧みに織り込んだテンポの良いサスペンスである。こんな話。
サン・フランシスコでのつかの間の休暇を美貌の妻アイリスとともに楽しむピーター・ダルース中尉。偶然知り合った美女の好意で高級ホテルの一室を確保できたところまでは、順風満帆だった。だが、その瞬間から悪意は彼等夫婦に絡みついてくる。サウナ風呂で着ていた軍服一式盗まれ、揚句に、アイリスの従姉の死体まで抱え込む事になるダルース夫妻。自らの無実を晴らすために不慣れな街を駆け回るピーター。よきサマリア人たる私立探偵コンビの助けを借りながら真相に迫るたび、常に真犯人に一歩先をこされ、最悪の状況へと追い込まれていく。赤い薔薇、白い薔薇、クロッカスが開く時、象は忘れない、と眠り猫は云う。
クエンティン版の「幻の女」。少々、設定に無理があるものの、スピーディーな展開で、有無を言わさず読者を派手なクライマックスまで引き摺っていく。初期作の生真面目は影を潜め、躁病的なドタバタが繰り広げられ、クエンティンというよりはライスを彷彿とさせる一編だった。全編これ無理の固まりだが、パワフルな1作。ドタバタサスペンスがお好きな人はどうぞ。戦争真っ最中にこんな話を出せるアメリカってやっぱり凄いかも。


2003年2月14日(金)

◆本の雑誌の撮影用の本を確保に別宅へ。ついでに積読本の中から、読書用に何冊か持って帰る。下手な古本屋に行くよりも「収獲」があったような気分になる。だから、自分の本なんだって。
◆帰宅するとMurder by the Mail から本が届いていた。
「Murder in the Mill-race」 E.C.R.Lorac(Chivers Press)2500円
「The Man with Bated Breath」Joseph Baker Carr(Viking Press)6000円
久しぶりにロラックを買う。戦前本の濃いところは絶望領域なので、精々戦後ものの抜けているところを狙って参りまっしょい。JBカーは「JDカーの別名か?」と言われたアメリカの不可能犯罪派。この作品は第2作らしい。これまで、名前だけは知っていたが縁遠い作家だったので、ダストジャケット付きが買えてラッキー。1冊5000円を超える買い物は久しぶりだよなあ。


◆「The Mask of Ra」Paul Doherty(Headline)Finished
今年2冊目の原書購読もドハティー(既に1ヵ月半が経とうというのに、まだ2冊目だもんな。こりゃあ、今年は20冊も危ないなあ)。今回は、ドハティーの中でも初めて試すシリーズ。エジプト第18王朝のハトシェプスト女王の時代に活躍した王立法廷の判事Amerotkeを主人公にした「エジプト神シリーズ」の第1巻である。直訳すれば「太陽神の仮面」ですな。
ハトシェプスト女王は、エジプト王朝史の中でも、一際異彩を放つ存在であり、多少なりともエジプトに興味のある方なら名前ぐらいはご存知であろう。トトメス1世の娘として生まれ、異母兄のトトメス2世と結婚(!)。トトメス2世の夭逝によって、幼くして即位した妾イシスの子トトメス3世の摂政となるが、やがて共同統治の形をとり自らが王として立つ。後年、継子扱いされたトトメス3世が、ハトシェプスト女王の存在を歴史から抹消したため、長らくその存在が知られていなかったという曰くつきの女帝である。現在もハトシェプストの収穫祭はエジプトの年中行事として定着しており、その栄華を忍ばせるオベリスクは観光ポイントの一つとなっている(らしい)。
こう書いてみると、ハトシェプスト女王の姿が、密偵ヒュー・コーベットの時代と修道士アセルスタンの時代の合間にイングランドを支配したエドワード2世妃イザベラに、トトメス3世の姿が実母イザベラを幽閉したエドワード3世に重なるような気がする。何の事はない、ドハティーは自分の得意中の得意な中世イングランの人間関係をエジプト史を透かして見ているのであった。ミステリ史上エジプトを舞台にしたものといえば、考古学者夫人のクリスティーの異色作「死が最後にやってくる」が直ちに脳裏に浮かぶが、丁度その作品が、いつものクリスティー節で「一族の殺人」を描いたものであったように、蟹は自分の甲羅に合わせて穴を掘るのであった。
とはいえ、この話、第1の被害者は、誰あろうトトメス2世その人だったりする。歴史上は30代で病死したとされているファラオの死は、なんと凱旋の王宮で毒蛇によってもたらされたものであったのだ!なあんて、さすがやってくれます、ドハティーさん。こんな話。

時はエジプト第18王朝。処はナイル河畔の首都テーベ。今まさに、サッカラより凱旋した偉大なるファラオ・トトメス2世を迎える民衆の興奮は最高潮に達していた。だが、神殿へと進み入ったファラオが、守護たる太陽神の像に向かった時、凶兆は天上から届く。落ちてくる鳩。血で汚される大地。そして、王はその場で悶死を遂げる。異母妹にして妻であるハトシェプストに看取られながら。「それは仮面に過ぎぬ」という謎の言葉を遺して。狂騒の神前から持ち出された死体を検分した医師は、そこに蛇の噛み跡と毒の痕跡を発見する。更に、王の船室から蛇の死体が発見されるに至り、王の死という最悪の凶事の責は、警備不行き届きとの理由で、ファラオの警護長メネロト隊長が負うこととなる。
だが、メネロトと家族ぐるみで付き合ってきた<二つの真実の法院>を統べる主席裁判官アメロトケは、友人の無実を信じていた。検察官にしてファラオの信厚い僧侶セトは、メネロトを厳しく追求するが、アメロトケは、ある証人を喚問することで、王の死が単純な事故死では説明できない事を立証してしまう。首の皮一枚で繋がったメネロトの命。だが、審理の繰り延べは、新たな災厄をもたらす。謎の暗殺者集団によって、急襲される閉門の館。兇刃の煌きは、兵士たちの命と引き換えにメネロトを解き放つ。更に、ハトシェプストを囲む御前会議の場で、サッカラ行きに同行した側近イプヴェールが、ファラオの死をなぞるように毒蛇に噛まれその命を落としてしまうのであった!!死の罠を仕掛けた者は、御前会議の中にいるのか?
汚される王墓。切断される生首。権謀術数の宮廷。不敵な脅迫者。死者の都にハイエナは牙を剥き、脅威は遥か北方より迫り来る。戦車の音が轟く兵営で、静かな毒は新たな生贄を求める。果たして地下迷宮に待つ禁断の真実とは?
それは救世主の生誕の1500年前、ナイルに死者の霊は漂い、新たな王の誕生を見守る。

冒頭からバタバタ人が死に、中盤からは凄絶な戦争になだれ込むという念の入れよう、なんとも死体が多すぎる歴史推理である。だが、真犯人の動機は、なかなか大掛かりで、ただの政争や、卑小な欲望で終わらせないところに、作者の新シリーズにかける意気込みが窺い知れる。
不可能犯罪のトリックは小粒で、特にファラオの死に纏わる解法は、些か肩透かし。当方の読解能力のせいかもしれないが、狐につままれたような想いがした。そんなんありかい!!
キャラクターとしては、アメロトケの従者であるシュフォイなる小人がいい味を出している。このあたりは、ドハティーとしての勝利の方程式と言ってよかろう。クリスティーの「死が最後にやってくる」に比べれば、遥かに壮大で、時代考証も行き届いた作品。エジプトが好きな人ならきっとご満足いただけるでしょう。


2003年2月13日(木)

◆「怪の会」がこの3月に解散すると思ったら、今度は「創元推理倶楽部」も解散だそうで、うーむ、秋田分科会の金田一耕助本は、どうなっちゃうんだろうか?
でも、正直なところ、こういう集いが、一部の固定化した書き手と会誌を講読するだけの人々の集まりになってしまうと、辛いものがあるもんなあ。まあ、世の中、パソコン一台あれば自分の腕一本で、サイトの一つも立ち上げられるわけで、自分から発信するものを持っている人からすれば、余り不自由は感じないと思う。毎日同人誌作っているようなもんですから。楽しいですよお。地獄ですよお。
◆ハヤカワ文庫の2003年1月版カタログが出たらしい。勤務先が近いたっくんさんも手に入れておられたので、「ははーん、あそこかな」といつも貰う会社の近所の本屋を覗いてみる。うわ、まだ2002年1月版が山積みであるじゃん。うーん、たっくんさんはどこで手に入れたのだろうか?
仕方がないので、途中下車してネタもとの安田ママさんの勤務先にゴウ!ところが、レジにも、文庫コーナーにも見当たらない。「カタログありませんか?」とだけ尋ねるのも恥かしいので、とりあえず以前から気になっていた漫画を2冊買う。
「ダイホンヤ」とり・みき/田北鑑生(早川書房・帯)1500円
「ラスト・ブックマン」とり・みき/田北鑑生(早川書房・帯)1400円
うへえ、漫画の値段じゃないよな、これって。
「よおし、これで俺様は客だぞ」という顔をして、「ハヤカワの文庫カタログでていませんか?」とショートカットの眼鏡美人に尋ねると、裏を調べて「お配りできるものが切れてしまったのですが」とのお答え。その場では「ああ、じゃあ、結構です。すみませんねえ」と鷹揚な帰宅途上の中年サラリーマンの顔をしておいて、店を出るや、泣きながら帰ってくる。しくしくしくしくしく。
◆エマノン・パロディの「ありあけビッグサイト」読みたい。もの凄く読みたい。題名を聞くだけで絶対ツボの予感。
◆帰宅すると「本の雑誌」の最新号が届いていた。新刊情報はさておき、アイスランドの国民1人当たり年間出版点数は世界一なのだ!と言う事に驚く。なんと日本の11倍以上!! おお、世界に冠たる愛書ランド!!(>やめい)
まあ、人口そのものが少ないので、そういう勘定になるということらしいのだが、人口の少ない国は幾らでもあるわけで、やはり本と接する事が日常生活に深く刻み込まれているということなのであろう。アイスランドといえば、漁業と温泉のイメージしかなかったので、これはビックリ。
翻って、もし日本人がアイスランド人並みに本を読んだら、まだ今の10倍以上出せるのか、と思うと気が遠くなってきた。くらくら。もう、読めません。これ以上読めません。書店員の皆さんなら思わず腰に手が行くところだな。うん。
◆通い夫して、娘の映像をSDカードに納めてみる。さあ、パソコンに貼れるかな?


◆「十月の旅人」レイ・ブラッドベリ(大和書房)読了
74年の初刊行当時は単行本未収録作集だったらしい。この作家も人生の一時期嵌まる作家である。「今日は十月、明日は火星」な日々を送られた方も少なくあるまい?「彼女とストロベリー、夜はブルーベリー、ポケットにブラッドベリー」状態に入ると、草木の香りに敏感になり、目は六等星の揺らぎを捉え、耳は遥か遠い霧笛の音を拾ってくるのである。さあ、ぼくの地下書庫へおいで。
閑話休題。久しぶりにブラッドベリを読んでみた。さすがに、拾遺集だけあって、ブラッドベリというよりはシェクリイに近いアイデア・ストーリーも多く、身体中の穴からブラッドベリー汁が垂れてくるという訳にはいかないかないものの、それなりに楽しめた。以下、ミニコメ。
「十月のゲーム」ハロウィンものの定番ともいえるホラー。おそらく再読。最後の一行の余韻が作者の非凡を表していて吉。
「休日」火星年代記の習作といった趣の掌編。星新一あたりに全く同じネタがあったような気がする。しかし、火星からみた地球ってどんななんだろうね?かなり暗いような気もするのだけど。
「対象」少年の冒険心と残酷さをテーマにしたファーストコンタクトもの、それとも捩じれたサイコもの?いかにも40年代後期のアイデアストーリー。
「永遠と地球」トマス・ウルフに新作を書かせるお話。この類いではヘミングウェイやら、ポーやら、アンブローズ・ビアスやら枚挙に暇がないのだが、アメリカ人は歴史の浅い分、自国の大家に対する思い入れが強いんだな、きっと。
「昼下がりの死」技巧的一人称のクライムノベル。へえ、こんな話、昔から書いていたんだ、と改めて最近のブラッドベリのミステリを見直した。いやあ、この分野で稼げなくてよかった。
「灰の怒り」臨死の目が見た日常。そして怒り。これはブラッドベリの小説だ。何も起きないラストが、また、なんとも。
「ドゥーダッド」ブラインドテストされれば、まちがいなくシェクリイかブラウンの作品だと思い込む、小粋なクライムとんでもSF。ホンキイトンクなシチュエーションに染まっていく主人公が笑える。その悲劇的結末も含めて。
「夢魔」宇宙遭難者の見た夢と狂気を風の星に封じ込めた快作。完璧なアイデア・ストーリー。昔懐かしいえすえふ魂が疼くんだ。
「すると岩が叫んだ」アメリカ人の不安を炎熱の大地と喧騒の中に止揚した佳作。典型的なイフ・ノベルだが、切り取られる情景の鮮やかさが、作者の後年を思わせる。マンハントの読者はさぞや面食らったろうなあ。


2003年2月12日(水)

◆最近、休日の方が余裕がございませんな。はあ。朝起き上がる事ができず、休日分の日記をアップできず。
◆昨年末から沈黙されていたサイコ・ドクターこと風野春樹氏の読冊日記が2ヶ月ぶりに浮上。掲示板での悶着が更新停止の引き金かと思いきや、ふうん、かの鉄人でもネタ探しに苦労されていたのか。いわんや、私の如き凡人をや。
◆私と同じ11月6日生まれの青縁眼鏡さんの日記上で「蠍会」設立のご提案あり。美川健一的に妖しくて、それはそれで素敵なんだけど、ただでさえ狭いネットミステリ界に更に後天的に如何ともし難い条件を資格とするセクトを設けるってのはどうでしょうね。そもそも「『蠍会』の片隅にでも」などというケチ臭い事を言わず、「英米の古典推理を原書で読む眼鏡ッ娘の美人妻」という「ネットの中の島々の黒曜石の中の不死鳥」にも匹敵する稀有な属性(どんなんやねん?)をお持ちの貴方がその気になれば、忽ちのうちに「青縁眼鏡ファンクラブ」が立ち上がり、日本全国から黄金期の未訳ミステリが「どうぞお読みください!」と集まってくるような気がするのですけど、いかがでしょうか?
◆途中下車して定点観測。
「自由への一撃」Eゴーマン編(扶桑社文庫)100円
「ケラーの療法」ミステリシーン編(扶桑社文庫)100円
「夜汽車はバビロンへ」Jハッチングズ編(扶桑社文庫)100円
d「殺人はリビエラで」Tケンリック(角川文庫)100円
d「明智小五郎全集」江戸川乱歩(講談社文庫大衆文学館)100円
d「黄金豹/妖人ゴング」江戸川乱歩(講談社乱歩文庫)100円
「サーバーのイヌ・いぬ・犬」Jサーバー(早川書房)100円
「今夜、宇宙の片隅で」三谷幸喜(フジテレビ出版:帯)100円
アンソロジーを幾つか安物買い。ケンリックのデビュー作は前回の復刊時にスルーされたが、個人的には「裏傑作」だと信じているのでサルベージ。乱歩の2冊は100円なら普通拾うでしょ。サーバーの犬尽くし本は、まさかハードカバーで出ていたとは知らなかった。今やハヤカワノンフィクション文庫版も入手困難なので反射的に押える。三谷幸喜のシナリオ本は、この売れっ子脚本家にして最初のシナリオ本。三谷幸喜にしてはノリの悪い話だけど、まあ、100円だし。
◆通い夫して、義父さんの誕生日を祝って、ちょっとの間、娘を抱く。今日はあれこれ可愛いお祝いにかこまれ1日ご機嫌だった様子。普通に幸せ。普通が一番。
◆帰宅したら「Murder by the Mail」のカタログ到着。だめもとで2冊注文を入れたら通ってしまった。ありゃりゃ?本当に不況なのだろうか??


◆「環蛇銭」加門七海(講談社)読了
ウロボロスをモチーフにした著者お得意の呪術ホラー最新作。最近では今邑綾もすっかり取り憑かれた感があるが、蛇といえばホラー界では定番中の定番。今更「蛇」で伝奇を書くというのは、相当な準備と覚悟が必要である。だが、さすがにフィールドワークはお手の物の作者の事、高橋克彦並みの大風呂敷を広げながら、知的にスリリングなエンタテイメントに挑んでいる。こんな話。
俺の名は修。昔聞いた曲が咽ぶ夜、夭逝した友人・須賀裕一の名を騙るホームレスが俺の扉を叩く。それが「呪」の始まりだった。禁忌の発掘。自分を呑む蛇が囲む古銭。身体を何者かに奪われ朽ち果てていく友人を救うべく、環蛇銭の由来を調べる俺。千年の時を越えて生き続ける魔の正体は、清悦?それとも海尊?幻夢の中で椿の化身は紅と白の花弁を揺らし、八百比丘尼は闇へと消える。封印と鏡、神話と伝承、篩われるのはヘルメスの杖、失われるのは血の連鎖。果して、投げ遣りな魂たちは千年の呪に抗えるのか?
徐々に暴かれていく「呪」の本体は意外性あり。人魚伝説と蛇神話が、印度や西洋呪術に結びついていく蘊蓄部分の加速感もまずまず。すかしたコイン商や、呪の虜となった妖夫人など、いかがわしいキャラクターたちと主人公コンビが織り成す探索行が、自らを呑み込むように始まりの場所でカタストロフを迎える円環型プロットも様式美を誇る。だが、どことなく整理が悪い印象を受けてしまうのは、主人公たる「俺」に最後まで感情移入できないからであろうか?とにかくこいつが未熟者なのだ。ここまで屈折したダメ・キャラクターを用いずとも物語は綴れたと思うのだが。妙な作者の思い入れが、佳作足り得たであろう素材を生煮えの伝奇チャンプルーにしてしまった。惜しい。
あと立派な造りの本なのはいいが、字組みを緩くしてページ数を稼ぐのは頂けない。物理的な重さで勝負しないでくれ。


2003年2月11日(火)

◆建国記念日。自宅の片づけで身を粉にして働く。この週末、当方の両親が揃って孫の顔を見に来るのである。今更ながらに暖房機を買い足したりして、一体何をやっていることやら。
◆家事の隙間を縫ってブックオフ定点観測。因縁の書を半額ゲット。
「アメリカミステリ傑作選2002」DEウェストレイク編(DHC:帯)1400円
先週幸運にも2000年版・2001年版を無事確保できたDHCの現役本。実は、こいつも一緒に勢いで買ってしまおうかと思ったのだが、「いやいや、品切れになりそうになってからでも遅くない」と安易に走る心を叱咤していたのだ。むっふっふっふ、このチキン・ゲーム、私の勝ちだ。いやまあ、その先の百均落ちを狙う人がいたら、負けだけどさ。
それにしても、この本を買っておいてブックオフに売る人がいるというのが信じられない。いるんだねえ、こういう年間ベストアンソロジーを読むためだけに買う人って。


◆「ジェフ・マールの追想」加賀美雅之(私家版)読了
カーに淫した作者が、真っ向からカーのパスティーシュに挑んだ中編。作者の第一作品集が編まれる際には目玉となるであろう未発表作を読ませてもらった。
最愛の妻とともにバンコラン宅を訪れたジェフ・マールは、結婚前夜、バンコランとともに巻き込まれたグランギニョールの再演に思いを馳せていた。婚約者シャロンの前に姿を現す「人狼」ローラン。夜歩く死者は甦り、因縁の曖昧宿に血の顎は開く。二重の完全密室、セーヌに舞う生首、姿なき襲撃者、そして妖しい東洋人。論理の迷宮の先に待つのは絶望と云う名の神。探偵小説への自負が躍る加賀美版「パリへ行った紳士」
なるほど、カーである。設定は勿論、プロットもトリックも「まんま」カーである。限られた登場人物を巧みに操り、不可能を演出した手際は「妖魔の森の家」級。ただ、物理的なトリックは本歌の焼き直しといった印象で、頁数の制約からか、オカルティックな不可能性を煽るにはやや薄味の感を免れない。さはさりながら、カーというリングの中での規定演技とすれば、100点満点を与えてよかろう。
このまま、アルテの向うを張って日本のカー路線を突っ走るか、作者なりの自由演技を加えてドハティーのようにカーを消化するか、いずれにしても楽しみな作家である。


2003年2月10日(月)

◆飛び石連休の谷間。出勤して関西出張の後始末。残業になり購入本0冊。
◆通い夫して、そのままお泊まり。今夜も我が娘はおとなしく寝てくれた。いい子ちゃん!
◆「放出中古車戦隊」ではないが「○○センター」というのを「○○戦隊」と読み替えると結構笑える。
「政府刊行物サービス・センター」→「政府刊行物サービス戦隊」
「国民生活センター」→「国民生活戦隊」
「省エネルギーセンター」→「省エネルギー戦隊」
「八重洲ブックセンター」→「八重洲ブック戦隊」
「ロックフェラーセンター」→「ロックフェラー戦隊」
「世界貿易センタービル」→「世界貿易戦隊ビル」
いかにも攻撃されそうな。


◆「飛蝗の農場」(創元推理文庫)読了
ショート感想。いわずとしれた「何を今更」の昨年のこのミス1位受賞作。文庫で500頁になりなんとする長丁場を、ほぼ主演男優と主演女優だけで持たせる地力が凄いという評判の書。こんな話。
女の細腕一本で切り盛りする農場に、追われる男が転がり込む。恐慌と銃声、看護と覚醒、喪失した筈の記憶の向こうで、男達のハイド&シークは繰り返す。出会いと別れが血に染められる時、汚水溝の渉猟者が身勝手な愛を叫ぶ。それは愚者が選んだセカンド・ベスト。飛蝗の唸りを紅蓮が襲う。
「スマッシュヒットとなった低予算の自主制作映画をハリウッドでリメイクした」ような「隣のサイコさん」。なるほど、人間描写や状況設定の巧みさは大いに評価に値する。文章も達者で、推理小説である以前に小説として成立している。しかし、このサプライズに、果たしてこの長さは必要なのだろうか?異様なまでのリーダビリティーの高さは評価しつつも、ページタナーの原動力は私に限っていえば「早く終わらないかなあ」なのであった。正直、新しさの欠片もない、技巧のみの作品に何時間も費やす気にはなれない。私はこんな話を読みたいがためにミステリを読んでいるのではない。「このミス1位は全部読む」と決めた人が読めばいい「話題作」であろう。